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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2016.10.01 (Sat)

すべての希望から締め出され
もう一つの悪夢が押さえつけようとする
おれが家から遠く離れているときに
おまえが一人でいると告げるためなんかで電話するなよ
裏切りや騙すのは容易い
からかったり、いじめるのは簡単だ
だが、開放を得るには難しいのさ


顔のない眼

顔のない眼

顔のない眼

顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない

 

多くの時間を費やした
夢を生かし続けるため すべての嘘を信じて
いまでは哀しくさせるんだ
真相に怒り狂わせるのさ
過去の おまえを愛していたために

顔のない眼

顔のない眼

顔のない眼

顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない

 

おまえが、音楽に浸り聴き入っているとき
他の誰かのポケットに滑り込み
車を盗んで、ラス ヴェガス
ああ、ジゴロの溜まり場さ

州ざかいでウロついて
聖水をワインに変える
飲み干せよ、おお
バスに乗り、幻覚の旅に出る
最先端に いようとして、殺人事件の本を読む

おまえが、そこから出て行っても、おまえのことを思ってる

唱えろよ おまえの祈りを


今、眼を閉じて
そして、なぜだか
おまえを軽蔑していない
今、できることの全ては
一度は そうだったように、愛すること
新しく、よみがえって
だが、おまえの眼からは消え去ってしまった
おれも悟ったほうが いいのだろう

顔のない眼

顔のない眼

顔のない眼

顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない

そんなにも人間のクズなのさ、顔なき おまえの眼

そして今は、ますます悪くなっている

(超意訳?)

――Billy Idol "Eyes Without A Face"

 

ビリー・アイドルっていうミュージシャンが いることは、むかしから、その顔も見てて知ってたんだけど、

楽曲のほうは、たぶん、一度も聴いたことなかったの。

この人って、普通にしてたら、典型的な金髪碧眼タイプの白人で、かなりの美男子と言っていいと思っては いたんだけども、

むかしの音楽雑誌のグラビア等で見かけるたびに、

けっこう人気あるらしいけど、どーして、いつも思いっきし唇を捻じ曲げて、こうも不機嫌そうな顔してるんだろ、、、と怪訝に感じてて、その楽曲に対する興味までが削がれていたんだと思う。

 

で、

最近になってハマってるのが、これなんだけど。

この夏、たまたま見かけて、
ああ、そう言えば、いたよなあビリー・アイドル、いっぺんくらいは聴いてみるか、と、気まぐれに視聴したとたん、気に入っちゃって、ここんとこ、繰り返し聴いてる曲の一つ。

 

――In the Midnight Hour――

 Billy IdolEyes Without A Face

 

  BILLY IDOL“Eyes Without A Face. Live 1984”

   
この映像
、ステージで、演奏中に、ビリーがマイクを落っことしてるのを、コメントで「ハハハ(笑)」と指摘されてるね、私もクスッとなったわw

ライヴ映像のビリーの色白な横顔は、少年っぽいほど若い。。。この頃でも、20歳代後半くらいかな?

ギターのSteve Stevensも、めっちゃカッコイイ。

バック コーラスの、ボンデージ風な衣装の女の子が可愛い。

 

…でも、白人って、劣化が激しいなあと思う場合が多い。

もちろん、何歳になっても、年齢相応の魅力を保ち、ステキな人も また多い。

特に東アジア人種の容貌は、ほとんどが、若い頃から地味めだし、トシとっても、それほどの激変は少ないほうだと思うけど、

「命短し恋せよ乙女」「若いうちが花」だということが、外見的にも あまりにモロだと、そりゃあ、なるべく早くから頭角を現しておいて、若いうちに、めいっぱいエネルギッシュに華々しく過ごしておこうとするのだろうかね。

殊にロック ミュージックの世界では、激しく燃え尽きて、そのまま、あっけなく亡くなってしまった、という事例に事欠かない。

 

あちゃらの人たちって、男女とも、日本の若者よりも数段、おとなっぽいと感じるのは、映画俳優とかでも顕著。

 

白人の場合は、なんせ、体型の変化がスゴいことも多いし。

 

わりと近頃のものらしいビリーたちの動画も見たけど、
なんか、『カジャ グーグー』時代のリマールやニックを連想して(ジェズは、若い頃のカッコイイ面影も残しつつ、年齢相応に渋くなってて、グッドで ございますけどね)
80’sショック――私が愛したオトコたち()(過去エントリーです)

最初のうちは、「ビリーよ、おまえさんもか!」「なんでやねん!!」と、
怒りに似た気持ちだったんだがwやがて哀しきナントヤラ。

 

上記で紹介したPVも、一種の耽美的世界観みたいなものが感じられて、なかなか魅力的な映像になってる。

ビリーの腕のポーズなんか、ちと「ナチ」っぽいけどw

いまでは、あの ひん曲げた唇さえも、いと愛らしく思える()

まあ、これも「スタイル」なわけだろうね。

怒りと不機嫌むき出しの顔つきも、むしろ真っ正直?で、とても結構ですね、いと好まし()

こんなふうに思えたの、ビリーが初めてよんemoji

それに、どこかユーモラスなのね。

卑しく媚びた笑顔なんかよりも、よっぽど良い。

 

 

ちなみに、

くだんの楽曲は、ビリー・アイドルが、下記の映画を鑑賞したとき、触発されて生まれた作品だそうな。
【参考】
Les Yeux Sans Visage”『顔のない眼』(1959年公開フランス映画)
父親である医師を演じている俳優には、どこか、無声映画時代の雰囲気を感じる、少し古い映画。
(
全体とおして鑑賞できる動画も あります。私も見せてもろた。
追記:但し、グロ嫌いな私でも、なんとか耐えられたとは言え、このテの映像等に悪影響を蒙るタイプの人は、避けておいたほうが無難かも、です。あしからず。)

 

 

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Updated   
2016.07.22 (Fri)

検索してみたら、個人的な鬱憤混じりに言い遺したと思しき古今東西の偉い人たちの警句やイヤミやらが、あれこれ紹介されていて、なかなか面白い。そのなかから、幾つか抜粋。

まずは、ゲーテ大先生から。

 

「新聞を読まなくなってから、私は心が のびのびし、実に気持ちが良い。
人々は他人のすることばかり気にかけて、自分の手近かの義務を忘れがちだ」

 

ふむふむ、なるほどで ございます。

「新聞」の箇所に、現代は、「テレビ」とか「ネット」とか入れてみても共感できそうですねえ。

 

 

「新聞を読まない人のほうが、読んでいる人より正しく物事を認識できる。
何も知らない人は、嘘と偽りに心を奪われている人より真実に近い」
by ジェファーソン

 

おお、これは、
わが日の本のインテリゲンチャ大先達、兼好法師おっしゃるところの、

「今様の事どもの めづらしきを、言ひ広め、もてなすこそ、また うけられね。世に こと古りたるまで知らぬ人は、心にくし。~」
(『徒然草』
第七十八段)

という御意見に共通しているような。

どうじゃ?「情弱」を嘲笑う軽薄短小どもはw

 

 

最後に、

私が思わずフきだしたのが、下記。

この発言者について、何らの知識も なかったもので、いったい、いつ頃の、どこの国の人かしらんと思って検索してみたら、どうやら、1970~80年代にかけて、アメリカ議会図書館長を務めた人らしい。

 

「つまらない新聞を読んで
なんて近頃は くだらないんだ!
と言った時代も あったろうが、

最近の読者は こう言う。
なんて くだらない新聞なんだ!

と。

by ダニエル・J・ブールスティン

 

                 
             Seymour Joseph Guy“Summer Issue”(1861)

 

Updated   
2016.05.13 (Fri)

 

レイプ等の性的逸脱に関する共通点について。

これに追記する。

 

「欠ける」ということが、何らかの面で「過剰」を招く
という興味深い現象。

良くも悪くも両面においての。

 

 

多くの一般家庭の事例を見ても察しが つくであろうように、本当は、男性が、女性をコントロールしたがり、実際そうするよりも、

女性が男性をコントロールしているほうが、現実には上手く いっている傾向が高いらしいと思われるし(少なくとも日本では)、

また、多数の男性がたは、実のところ、「女房の尻に敷かれている」状態のほうを、むしろ快く受け入れてもいるようだ(少なくとも日本では)。これは、男性の許容性が高いとかいうのでは なくて、

多くの女性が、実権すなわち財布を握っている、
言わば「影に隠れた真の実力者」という立場を堅持できていれば、牙城である家庭は自分のもの、表向きだけ「男性を立てておく」ほうがラクだから、という本音に似ている(少なくとも日本では)。

夫側である男性は、(少なくとも日本では)仕事仕事に明け暮れていれば、こまごました日常品の価格でさえ、さだかには知らない。
なので、家計管理を任せておけるのなら、そのほうが、仕事だけに集中していられる。
本音では、自分で得た収入を自分の好き勝手に遣いたいのは やまやまだろう。けれど、
もし、財布を握っているのが男性側であれば、大概の場合、勝手な判断で、これくらい渡しておけば、まず間に合うだろう、と言うより、間に合わせてほしい、間に合わせるべきだ、と、およそ現実的でない金額を渡すのみでは、妻側は、つよい不満を溜め込む恐れが高くなる。

このような水面下の関係性が ない国だと(そのほうが、日本以外の国では一般的なのかな?欧米圏では、家庭の財布を握っているのは夫側が普通のことだと聞いているが)、そうなると女性側は、むしろ、ハッキリした表現で自己主張せざるを得ないのでは なかろうかとも思う。

(以上、ちょっと書き飛ばしたかなと思うので、コトバを補いました。)

で、
もちろん、その場合、女性側の知性レベルも問われるはずだろうが、

そこは それ、伴侶というものは、私が かねがね言ってきたように、

相手のレベルが自分のレベル

であるから、
多くの男性たちにとって、あくまで日常生活の範囲内に おいては、自分よりも、ほんの少し上回って狡猾なくらいの女性のほうが、かえって安心感があるのかもしれない()
男性も、本当は、もともと、たまらなく好きな対象である女性たちを尊敬していたいのだろう。

ただし、あくまでも、自分のテリトリーや得意とする分野、プライドを支えている分野を明け渡さずに済むかぎりで。

 

もし、
自分よりも、ほんの少し下回っていると思える程度の「おバカちゃん」が伴侶であるなら、今度は逆に、徹底的にコントロールするべく、伴侶と、その家庭内管理を、自己つごうで強化することも あるだろう。

 

だからこそ、
思考を深める質の良い教育は、肉体的性的欲求のコントロールに苦労する男性には勿論のこと、

女性に対しても、別様の意味から、必要なのは当然だ。

 

子どもの初期段階教育に関与する度合いが、現状、母親のほうが高いのだし、

もっと大きく出て、世界規模で考えると、
古今東西、圧倒的に男性が意欲を示してきた、戦争というものを抑止・阻止するためにも、女性は、男性に おもねり、引きずられているようでは いけないし、

むしろ、女性のほうにこそ、男性の「過剰」性向をコントロールする力が必要であると、私は思っている。

 

もっとも、女性のなかには、男性も真っ青な凶悪犯罪を やってのける者も いるのは事実だが、こういう女性の脳は、多分に男性型だろうと思われる。

(実は私自身も、「男性脳」の範疇らしいのだがwま、科学的に確かなことなのかどうか、正確なところは不明。)

 

 

「ヤフコメ」投稿のなかに、海外での経験談のようだが、少しだけ科学的根拠の面から述べているものを見かけたけれど、

言うところの「テスタスタロン」というのは、たぶん「テストステロン」のことだと思うが、これについて指摘しているということは、やはり、男性性の問題だということになろう。



 

併せて、

気候条件が もたらすところに根本的原因が あるらしいという指摘、要は、それによって鍛えられ、上下する思考力発達度の違いを示しているのであれば、
やはり教育、または、実生活上の豊富な経験・体験による思考力の深化が関係してくるということだろう。

単なる知識でない、想像力や洞察力を養う教育の重要性も結局、そこのところを問われるわけだから。

 

ただ、アフリカあたりの気候風土を指して「穏やか」という見解は、私には意外だった。

 

一般的に言って、暑い地域というのは、露出度が高くなるせいなのか、性的にも放埓になる傾向は多少あるのかもしれない。

実際、夏場のほうが、性犯罪も頻発しているのでは ないかなと思う。
ちゃんと調べずに言っているので、私個人の実感に過ぎないかもだが。

 

だからこそ、暑い気候の国の宗教や文化的に、性の方面でのルールや縛りが激烈になるのかと思える。それも、立場の弱い女性に厳しい。

 

日本でも、真夏になると理解できることだと思うが、

極度に暑いと、ダルくてダルくて、めんどくさくなって、つらつら思考しているエネルギーなんぞ低下し、覚えず衝動的傾向を帯びてくるようだ。

寒さが強烈でも、同じようなことなのだけれど、

ただ、厳寒地域では、考えるのダルいなどと悠長なことを言っていては、たちどころにして、生命の存続が危ぶまれるだろうから、必然的に、生き延びる方策を思考し続け、ついでに()なぜ、生とは、かくも苦労が多いのかを突き詰めて考え込まざるをえないかもしれないし(哲学w)

寒さは、体温を容赦なく奪い続けるし、脳は、使えば使うほど、エネルギー補給を要求し続けるし、補給を じゅうぶん満たせない者は不利になってしまうのだから、生き延びるための工夫を図り、実行し続けていかざるをえない。

その結果、白人の文化・文明は、飛躍的発展を遂げた、と。

 

皮肉なことに、生活も教育も高レベルなはずの欧米圏「先進国」で、
しかも、戒律が厳しいはずのキリスト教の坊さんが、裏では、性的犯罪を犯し続けていたことが発覚した事件は少なくないようで、
それも やっぱり、男性だ。

 

日本でも、仏教の僧侶と言えど、性欲発散のために、「稚児」という小児性愛かつ同性愛的存在を黙認されていたという歴史が ある。

女性を肉欲対象にするよりはマシ、ということらしいのだが、
それだけに、
かえって、もともとの、女性に対する性欲の強烈さが滲み出ている。

 

 

Updated   
2016.05.11 (Wed)

うちの母親が生前、何の気まぐれからか、パン屑だか米粒だかを、ベランダに撒いたら、目敏く やって来て、じきに覚えて習慣化したごとく食べに来るようになった雀たちを、可愛い可愛いと、悦に入っていたらしく、実家に帰っていた私に、その話を していたとき、父親が横合いから、「だーれが掃除を するんか!」とプンプン怒っていたのを思い出した()

母は、その頃すでに、病気で倒れたあとだったから、辛うじて回復してからも、あまりマメには動けないうえ、もともと、掃除が嫌いだった人なので、そっちのほうは、家事に几帳面だった親父が、せっせと後始末していたようだ。

けど、
母親は、生まれも育ちも大阪ど真ん中の都会っ子、
親父は、千葉のド田舎育ち()

 

街のツバメ、子育ての敵はヒト 巣作り妨害、農村の7倍
朝日新聞デジタル 510()915分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160510-00000016-asahi-soci

 

あんな小さな、野性の生きものでも、あの小さなオデコで必死に考えたのか、生き延びるために、人間の生活ぶりを、よく観察してる。

人間側にも人間にとっての、その時代背景や環境による つごうと理由が ある。

だいたい、都会地では、もともと田舎から来て住み着いてる人のほうが多いでしょw

 

基本的に街育ちの私も、近場の大きな公園のみならず、ほんの少しの土や緑のスペースを見逃さず やって来る小さな鳥たちは、いかにも健気で、特に可愛いもんだと常々ほほえましく思って見てるけど、

昔の農家のように、広いタタキとか土間とかが ある家屋なら、巣を掛けられても、それほど、気にならないかもしれないが、
都会の街なかで押し合いヘシ合いしてるような狭い家では、そこの住人にとって、かなり酷なことだとは思う。

卵や雛を狙って、みーさんが、屋内に侵入してくるかもしれないし。

 

しかし、知事の許可が必要ということは知らなかった。。。

 

ともかく、巣が掛けられたあと、雛が孵ったあとで、無慈悲に取り払ってしまうのは、さすがに、燕も可哀そうだから、せめて、事前に防いでおこうと思うのも、じゅうぶん理解できる。

まあ、せっかく苦労して拵えた巣をアッサリ壊されてしまうのは、燕たちにとって、思わぬ大地震に襲われたようなものだろうか。
なんてこと してくれたんだ!と立ち向かって怒りの抗議することもできないもんね。

 

 

ものすごいスピードで回転する脚

 

『雨のステイション』

 

 

Updated   
2016.05.09 (Mon)

冨田勲氏が、この5日に急逝されたという。

今年は、どういうものか、国内外ともに、音楽方面での著名人の訃報が いやに多いような印象が してきていたけれど、

氏の御年齢を知り、うちの親と同年配だったのだと分かって、少し意外な気が したくらいに、先進的なかただったなあと、あらためて思う。

あの世代も また、日本の新旧のハザマに位置していると言うべき存在と思うのだが、

冨田氏の場合も、『新日本紀行』あたりを聴くと、そのことを特に感じる。

 

巨匠逝く、冨田勲さんのあゆみ シンセサイザーの先駆け
MusicVoice 58()1951分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160508-00010007-musicv-musi

 

冨田氏の代表的作品の一つである『新日本紀行』に込められた、いろいろな日本民謡の面影を、私は従来から感じていて、
そのなかでも、『こきりこぶし』を取り上げ、旧ブログにて、私なりに少々、論じてみたことがある。
そのおりに、
当時、同じサイトでのブロガーの一人で、ご自身が現代音楽に携わっており、結婚後は、ずっとアメリカ在住で長年になるという人が、私のエントリー読後の感想コメントを寄せてくれた。

『君が代』の旋律に雅楽(もちろん、中国や朝鮮から伝来しているはず)の影響が あることは、私も容易に察していたのだが、同時に、上記の人は、たしか、『新日本紀行』には、『君が代』の影響も あるようだといったことを教えてくれた記憶が ある。今となっては うろ覚えなのだが、言われてみれば、なるほど、そんな感じも するので、とても興味深く思った。

そもそも、日本の古い民謡には、中近東の民族音楽が源流として息づいているという説も あるようだし、私個人の感覚でも、ほぼ違和感なく納得できるので面白い。
ちなみに、私は、アラブ方面の音楽も、若い頃から好む。

 

http://www.gokayama-info.jp/?page_id=78

旧ブログでも紹介させてもらったサイトなんだけど↑

ここのなかにあるコーナー「伝承団体:越中五箇山こきりこ唄保存会」をクリックすると、「こきりこ動画」というのを閲覧できます。
くだんの動画で、唄と太鼓などを担当しておられる男性がたの お顔が、双子さんかと思えるほどソックリなので、見るたびに、思わず しげしげと眺めてしまうのだが()やっぱり、ご兄弟なのだろうかね?
ま、それは ともかく、なかなか味わいのある祭り風景です。
ええ風情でっせー。飛び込みで一緒に踊りたくなってくる。

http://www.kokiriko.com/kokiriko-tv/index.html

 

 

学校時分、親しくしていたクラスメートに、幼い頃からピアノを習っていて、電子キーボード系へと興味を抱き始めていた友人が おり、その友人の薦めも あって、乏しい小遣いを はたき、ドビュッシーの曲ばかり集めてアレンジした冨田氏のレコード アルバムを手に入れてあり、いまでも大事に保管してある。

宇宙的壮麗、ロマンチック、だけでなく、どこかユーモラスな趣も含まれていたりするのが冨田氏の個性であったように思う。
『ゴリウォーグのケークウォーク』なんて、聴いていてズッコケたあと大笑いしたものだが、

私にとってドビュッシーは、クラシック系のなかでは特にムシの好くとしか言いようのない感覚を もよおさせる作曲家の一人で、
『亜麻色の髪の乙女』などは、学生時代にまつわる思い出の曲であり、原曲にしても、富田氏のアレンジ作品にしても、当時から特に気に入っていた。


  
 

クラシック音楽のアレンジと言うと、
エマーソン・レイク&パーマーの『展覧会の絵』も そうだけど、
いかにも それっぽい雰囲気のものでは、中学生だったか高校生だったかに、リック・ウェイクマンの『アラゴンのキャサリン』を聴いて、グッと気に入ったのを思い出し、youtubeで探してみたら、あった あった。
ただし、これは、一応、と言うべきであろうか?リック自身の作品なのである。ながいこと騙されてたわ(笑)



 

欧米圏のミュージシャンには、かつて「汚気・愚」(OK/goo)でも回答したことが あったように、それこそ、へヴィメタル バンドのメンバーでも、古典も古典のクラシックに親しんで育ち、かつ詳しい人が多いのは当然なのかもしれないが、リッチー・ブラックモアなんて、大昔の古楽器演奏さえも こなすくらいだ。

 

 

『新日本紀行』の話に戻ると、

「日本人なら誰でも」

という、普段、ウヨやネトウヨあたりが、さもエラそうにのたまっているのを見るたびに、

「おまえさん、それで日本人代表のつもり?emoji

と、血圧が激上がりそうになることが たびたびなのだがw

この作品に限っては、「日本人ならば誰しも」という評価が許されるのではないかと思える。

 

昔日の日本の姿、また、地方の風景にも、実際は疎いと言ったほうが、個人的には正確なのだけれど、『新日本紀行』というテレビ番組にリアルタイムで親しんでいた子ども時代を思い出せるせいなのか、日本人の、あるいは、日本の風土に抱かれて生育した者にしか分からないのでは なかろうかと思えるほどに、心の底の郷愁を掻き立てられ、じつに懐かしさ泡立つ出来栄えであることは特筆に値すると思う。

でも、もしかして、中国あたりの人にも共感されるかもしれないな。
『昴』とか『北国の春』の例もあることだし()

 

坂本龍一氏が作曲した『ラスト エンペラー』テーマ曲にも、『新日本紀行』テーマ曲の影響を認めているとのことだそうで。

数奇の家に生まれて

 

 

稲穂を揺らして渡る風。。。
風は少しく湿潤を含んで。。。

 

さきのアメリカ在住のブロガーも、私へのコメント文中で、

『新日本紀行』のテーマ曲を耳にすると、せつない思いに胸が いっぱいになり、泣きだしたくなってしまう、というふうに言っていた。
 

※まだ何かが残ってるな、、、と思ってて、あとから ついた。

どうも、『亡き王女のためのパヴァ―ヌ』あたりの要素も感じられる箇所が あるような。。。
これはラヴェル作品で、この作曲家も、私の特に好みなんだけど、
そうしてみると、『新日本紀行』1曲のなかに、どれほど多くの国や地域からの歌や楽曲が織り込まれているのやらemojiこうなると、日本の、とか、日本人だから、とか言ってる場合じゃなくて、もはや人類規模の。。。
まあ、音楽とは、そういうものなのだろうね。



   

  
  安野光雅『蓮華岳と爺ケ岳』(安曇野