2015.07.15 (Wed)
の続き。
アベコベ安倍朕が、とうとう、やっちまった。
アベコベ安倍朕つれもて行こら、万年野党の道まっしぐら、
偽称『自由民主党』こと
現『日本会議党』(嗤)
質疑応答を台無しにしたのは、ひとえに、与党側。
この醜悪な姿は、国民として、忘れようにも忘れられるものでない。
国会を冒涜した安倍政権。
国会を冒涜したということは、民主主義と、その国民を冒涜したということ。
許すまじ。
2015.07.15 (Wed)
真っ当な答弁を避けまくって、のら~りくらり、
失笑ものの的外れな比喩を持ち出して見せ、
合間合間には、
前代未聞にも首相みずから下品なデマやじを飛ばし、
あげく、
まともな返しに窮しては支離滅裂な答弁で誤魔化す。
誰が安倍朕に入れ知恵したやら、
そのやりかたを貫いて、
単に、時間を稼いだだけなのは、与党側。
安倍政府の言う「じゅうぶんな時間を かけた」云々というのが、
どうして、真っ当な理由になり得ないかというと、
どこまでも「形式主義」、つまり、
表面的・形骸・欺瞞そのものだからであって、
これぞ、「骨抜き」。
観察してたら、そのへんのボンヤリした子どもでも見抜ける程度の、
いかにも低級な狡さだ。
なのに、
まともに相手にしていたら、そのこと自体で、時間を浪費、
しかも、
相手は、自分側の つごうを見計らって、適当なとこで一気に落とし込むことが可能な、圧倒的に有利な立場を得てしまっている。
だからと言って、
野党には野党の務めがあるから、
かんたんに諦めて、先方が拵えた土俵を降りるわけにもいかず、
さりとて、時間は無尽蔵でない。
喰い下がれば喰い下がるほど、ヘタ打てば、狡猾な相手よりも、自分のほうが、よっぽど、浪費の原因だとして、国民の責めを負いかねない。
このジレンマ。
おおよその質問側は、志位さんに代表されるように理路整然、これこそ「ていねいに」、真面目に、的を突く質問していた。
ひるがえって、
安倍政権の姿勢は、どこまでものらりくらり、的外れ、支離滅裂。
これのどこが、まともな議論(民主主義のプロセス)と言えるか。![]()
「カルト連」と全く同じ やりくち。
やっぱり、安倍シンパであり、『日本会議』関係者だからなのか。
世論は、明らかに、反対多数、
支持者は少数派。
これが現実。
ネトウヨは、二言目には、「民主主義は多数決!」てなデマを言って憚らないが、
あるいは、それを信じ込んでいるらしいとも見受けるが、
どっちにせよ、
アンタたちは少数派。分際を知りなさいw
自分たちが普段、大声で主張してる「多数決だから!」云々というヘリクツにも、もろに反してるだろが!!(嗤)
【続く】
2015.07.15 (Wed)
の続き。
たまたま、最近、
安倍朕の祖父さんである岸 信介氏の晩年に収録されていたインタビューを、youtubeの映像で見たのだけど、
やはりと言うか、
ごく若い頃に、帝国陸軍近衛軍人だった、実家の親父なんかと似たものを感じた。
時代性というものなんだろうか、独特なものがあるね。
剛直というのか、
つまり、
傲慢そのものなんだ。
ある面で、「疑うことを知らぬ」ように思考停止的の傲慢。
かつ、幼児的万能感。
一見、いかにも豪放磊落な態度でもって、ハッキリと、こともなげに、
言っちゃってたよw
「(あの当時の日本が やったことは、状況的に)侵略でしょ!」
と。
状況的に、ねーww
ところが、
自分(たち)が犯してきたことについて省み、そこで何を思うかというと、
幼児の如く、正当化しかないんだな。
「他の国だって、やってたことなんだよ!」(キッパリ)
ひたすら、
オレが悪いんじゃない、あいつらだって やってた!あいつらだって!!
けっして疑わない。
周囲が、どうなのか。それ見て、決める。
そこに哲学なんど あるわけもない。
要領の良い立ち回りと、機を捉えては逃さず攻撃。
それしか考えない。ロボットみたいに。
安倍朕と自民党、それを支える『日本会議』あたりに類する団体の野望は、一にも二にも「普通の軍隊」という。
普通の軍隊ということは、専守防衛徹底ではなく、先制攻撃可能な軍隊ということだ。
彼らが やりたいのは、これ。
先制攻撃可能にしたい、ということ。
だが、
いわく「エスタブリッシュメント」のゾンビ団体『日本会議』にとっては、
一般国民や庶民層なんざ、実のところ、自分たちが使役する駒であって当然と思ってる。
そのために結集させる「神輿」が、天皇家だ。
利用できるか どうかが最重要事なのであって、
心底からの尊崇なんて ないのは、安倍朕の態度を見てるだけでも分かること。
国民一般に対して、軽蔑はあっても、愛がないのも同じこと。
安倍朕に、その自覚も ないだろう。
しかも、安倍朕自身が、「神輿」として利用されているふしが窺える。
なぜなら、
「エリート」なんだから、「最高責任者」「最高権力者」なんだから、
そんな自分たちには、使役する側として値するだけの判断力が備わっているはずだから、
と思い込んでいる。
思考停止の傲慢な俗物さ。
彼らの理想世界は、鉄壁のヒエラルキー世界。
だから必然的に、全体主義的な世界や、宗教と相性が良い。
ほんものの価値あるヴィジョン実行能力もないくせに、
狡猾さだけが本物の勝ちの王道だと思ってる。
安倍朕らの振る舞いを見てたら、よく分かる。
しかし、野党連も、もっともっと自己研鑽して、見識と見通し力と実行力を磨いてよね。
もう、不甲斐ないッたら。。。いやんなってくる![]()
【続く】
2015.07.15 (Wed)
ばち当たるぞぉ![]()
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「理解は進んだ」のか進んでないのか
どっちやと思ってるのかな、このシュショウは。
だって、
きょう、安倍朕の太鼓持ち『産経』が、
「国民の理解が進んでない」とかと、安倍朕が言うたという記事を出してるのを見たが、
こないだは、「理解が進んだので」云々言ってたんじゃなかったぁ?このひと。
どっちなんだよ?
じゅうぶん理解が進んだと思ってるのか、いないのか。
ほんと、たいがいイライラさせてくれるよ、このシュショウは![]()
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おっ!![]()
さっき、オリンピックの新競技場計画変更を指示した、ってさw
まぁー、こ・の!タイミングですよww
これも、いままで、「計画変更なし!」って言ってたじゃん。
早速、安倍シンパが、
あさましさ全開の擁護&民主党に擦り付けの醜悪コメ連発だwww![]()
あーやだやだ
顔見るのも不快不快![]()
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よくも、こんだけ、あっちフラフラこっちフラフラ、言を翻し続けられるもんだな(呆)
それでも、
おのれ個人レベルの妄想と珍念をゴリ押しする情熱だけは揺らがないみたいだが
まじ、オツムと精神の正常を疑わせるほど酷いもんだ(呆)
だけどね、
正確には、「理解が進んでない」のとは違うのよ、わからんのかなあ?安倍朕。
むしろ、
理解力が敏い人、本質を見抜く能力が高い人から いち早く、反対してきたわけ。
ほとんどの国民はボケ~としてて、
アベの毒入りミックスジュースだろうが何だろうが、
自分ちの懐具合が少しでも良くなれば、程度のことしか考えてないから、
つい最近まで、『安保(戦争)法案』の危険性にも、
それどころか、
安倍政権自体の危険性にも、のほほんとタカを括っていたはず。
だいたいが、なにごとにも遅すぎるんだ。
だから、自民党なんぞを、いつまーでも「一強」で居させる。
いつだったかのエントリーでも書いたけど、
「だって、自民党でないと安心できないでしょ」←現実に聞いたセリフ。
これを言った人は、ご亭主が、自衛隊員だった。
まあ、自衛隊員が仕事と納得してくれて、殺るも殺られるも敢えて危険を冒すのを厭わないだけで済むなら、まだいいよ。
それに見合うだけの報酬も待遇も得ているはずだし。
だが、
将来的に、その段階で済まなくなり、拡大する危険性が拭えないから、反対してるんだ。
特に、子どもさんや孫さんがいる人たち、それでいいんですか?と。
日本は、この70年近くの道のりを、平和憲法のもとにあって、
可能なかぎり、八方援助に努めてきて、そのことについては評価しこそすれ、
いま現在、本当に、この日本を憎んで、攻撃してやりたいとまで望んでいる国なんて、実際には ないと思う。
ただし、
今後、「中国脅威論」等で むやみに煽り、へたに刺激してしまったら、そっちのほうが危険になってくる予感はあるけど。
中国に限らない、
安倍朕の迂闊な外交演説が、“IS”の人質犠牲事件を招いてしまったように、
新たな災いを呼び込んでしまうこと、
これを危惧しているんだ、現実論に立って反対する側は。
なにも、理想論とか人道論とか、ましてやセンチメンタルで言ってるんじゃないよ。
むしろ、「お花畑」で、妄想的で、あさはかな情緒に浸りきって、
論理的根拠も乏しく煽り立てているのは、はたして、どっちなのか、よく見極めないとね。
【続く】
2015.07.10 (Fri)
の続き。
「愛の反対語は、無関心」。。。
余裕のなさは、無関心を招く。
『【続】「トリクル ダウン」ではなく、底上げが必要だったのに。。。』
最近の、新幹線車内巻き込み自殺と言い、
「貧すりゃ鈍す」どころか、
「衣食じゅうぶんに足って」なお無関心とは、どういうことか、日本。
実際に死んで見せないと、華麗にスルーされるだけ。
死んで見せれば、
いっとき大騒ぎになっても、じきに関心が薄れ、またぞろ、同様の悲惨が繰り返されるだけ。
「誰が見ても」分かる状態だったのに、と憤る親御さんのコトバは、そのまま、一番そばにいた、父親であるはずの自分自身にも返ってくるということに全く気づいてもいないのだろうか?と、私は訝しく思った。
なぜ、肝心の親である自分には言わなかったのか、なぜ、親の自分が気づかなかったか、疑問に思わないのだろうか?と。
実際には、「子の心、親知らず」という場合も多いと思うのである。
ただただ、
各自の誰しも、それが、そのとき本人の精いっぱいだった、
ってことに尽きるのだろう。