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2018.03.10 (Sat)

ってなとこか?wそれじゃ可愛過ぎかなww

ずばり言って、ほとんど暴力団的恫喝

(支持者層も出自的にも、ごく近い自民党なのだから、それは、お手のものだよねwほんとに下品な政党だよ 怒)
というのが実態なのだとすれば、

私は、「ドラえもん世代」じゃないので、番組を見ていたこともなく、詳しくは知らないけど、

「のび太」どころか「ジャイアン」でも可愛過ぎだろうね。

 

 

古賀茂明「テレビが絶対に報じない福井照・沖縄北方担当相の深刻なスキャンダル」AERA dot.2018/03/05 07:00

http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E5%8F%A4%E8%B3%80%E8%8C%82%E6%98%8E%E3%80%8C%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%81%8C%E7%B5%B6%E5%AF%BE%E3%81%AB%E5%A0%B1%E3%81%98%E3%81%AA%E3%81%84%E7%A6%8F%E4%BA%95%E7%85%A7%E3%83%BB%E6%B2%96%E7%B8%84%E5%8C%97%E6%96%B9%E6%8B%85%E5%BD%93%E7%9B%B8%E3%81%AE%E6%B7%B1%E5%88%BB%E3%81%AA%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%83%80%E3%83%AB%E3%80%8D/ar-BBJRFmN?ocid=FUJITSUDHP#page=2

 当時の世論調査で一般庶民や中小企業経営者に聞くと、アベノミクスの恩恵が感じられないというものが大多数だった。しかし、福井氏は、それを伝えられると選挙に不利だと考え、事実とは全く逆の庶民や中小企業に恩恵が及んでいる例を探して報道しろという、全く理不尽なことを言っている。驚くべき要求ではないか。

 

 

先般の「裁量労働制」審議のおりも、最大の後ろ盾であり、支持組織である財界の利益を謀って

もって、政権維持という目的を第一に据え、

一般国民のため働くべきはずの省庁・官僚に対し、つよく要請する。

 

たとえ「『ドラえもん』官僚」だとしても、そうそう毎回、政権に都合の良いマジックが繰り出せるとは まいらぬのだろう。

 

数字が苦手な私でも、あんな、小学生でさえ難なく気づくだろうものを、官僚のポカミスとも信じられん、と呆れたデータの内容を読んでいて、

これは、、、もしかしたら、官僚側も、ついに、破れかぶれを通り越し、

「じゃあ、これでイイですかっ!?いいですよねっ!!」

と、腹立ちまぎれのデタラメ提出だったのかも、とすら思えた。

 

 

いつぞやは、

仮にも大卒の日本人とは、ましてや、首相という最高の地位に就いている者とは到底思えぬ、特別な知識は不要な、一般的な漢字すらも読めない安倍ちんのために添えている「ルビ」が、振ってもらえてなかったということも あったしねえw

あのときも、わざと、かな?と思ったもんだ。

 

で、付いた仇名が、

でんでん」。(爆笑)

 

ヤスブシンゾウ

 

ところで、

かつて、あの「カルト連」が好んで言い散らしていたことを思い出させるのが、今現在、大ハヤリの「悪魔の証明」てなコトバ。

ま、そんなヘリクツを言い募ってるよりも、

現実的には、疑いを掛けられた当人が、さっさとアリバイなり、
潔白を証明しなければ ならない、
ってことだわ。

 

 

よくぞ、ここまで投げ出さず、思いのほかにガンバってる野党側の努力も あってか、さすがの自民党・安倍政府も、鬼門である『森友疑惑』から、なかなか去り切れないでいる現状だが、
いま また、官僚絡みの文書疑惑で紛糾している もよう。

 

そう言えば、
と、またまた思い出すのが、例の『産経』系サイトで、何も知らない私が旧ブログを やってたときだ。

あの頃、あっちやこっちで、ブロガーたちが、

「国民の知る権利は必要ないから、なくせ!!」

「知りたがる国民はダメ!」

とか頻りに主張する連中が いたのよね。

どこからの差し金で やってるブロガーたちなんだろね。

 

さて、

要するに、『森友学園』に対する土地契約に あたって、不当なほどの値引き――国民の利益を害するほどの、という、その理由が、
ひとえに、まずは優遇すべき「教育施設」であるうえに、「埋設ゴミ発覚」にあったからというのなら、そういうことならば、お役所の論理や文書等に疎い一般の国民が聞いても、ああ そうなのか、まあ、仕方ないか、と理解できること。

それなのに、、、

今回またぞろ、あたかも隠蔽しようとするかのように、そこに関わる文言を削除していたというのが事実であれば、なぜに、なにゆえに、わざわざ、そんなことを する必要が あったのか?という疑問が湧かざるを得ない。

その目的はどこに あったのか?と。

 

 

だいいち、この「『森友』疑惑」の発覚当初、さっそく、野党側が、現地に赴き、地元の住民たちに聞いてまわったり、担当役人を問い詰めたりした結果、

住民たちは一様に、「そんな大量のゴミを搬出していた ようすを見たことが ない」と証言し、

役人たちは、くだんのゴミを確認しに赴いたことが実は一度も ない、ということを白状していた。

 

私は、公の大金が絡むのだから尚のことで、
一般国民に対しては、ちまちまチクチク煩い役所が敢えて負かる以上、実際の確認に赴かないなんてことが あるのか、と驚いたものだ。

 

しかも なお、

そもそも『森友』以前に交渉していた音大に対する対処は、やはり、腑に落ちないまま。。。

 

【追記】
とくに、有害廃棄物のみならず、いわゆる「同和」絡みだののイワク付きゆえに、役所側としては、とにかく早いとこ売りはらってしまいたいばかりだったからだ、とか頻りと主張してる連中が いるからね。


ちなみに、ここいら近くは、以前も言ったけど、私個人的にも少々知ってた土地だが、そういう話は一度も聞いたこと なかったので、それが本当の話なら、なんで?と。



ついでに言っとくが、

例の『安倍晋三記念小学院』とかいうのも、けっして、根も葉もないデマの類には あたらないのだ、ということも、先日の当ブログで指摘しておいた。


だいたい、第二次政権として返り咲くということが なければ、当のアベシは、自分の名を冠して記念した学校名を、いたって気分良く、許可したのであろうから。


おっと、

このエントリーと以後に続くエントリーも、昨夜までにアップするつもりで、すでに書き上げてあったものなんだけど、眠くなってしまったので、今、アップしているしだい。


で、昨日から今日にかけて出ていた各社の記事によると、

最初期の段階で、『森友学園』の例の土地交渉に直接あたっていた担当職員の、その部下であった職員のかたが、自死されたという報。。。


元検事だったという かたの投稿によると、自殺者が出たとなると、その疑惑はホンモノだとかいうことは、その方面での定説であるといったことを述べておられるのを見かけて、思わずグサッと きた。


恐らく、この問題の発覚以降は、たちまち、直属上司からの当たりも厳しくなったのか
(佐川氏も、部下に対し、とても厳しい人だそうだが、なまじ、自分がデキるタイプだけに、ということでもあるのだろう)
懸命に補佐を努め続けるにも、日々積もりゆく疲労困憊で、もはや、うつ状態だったのでないかと察する。ありがちなことであるが、今回、大変お気の毒なことだった。

とは言え、この職員のかたが正面から取り上げられて出ている記事の類を、私は全くと言っていいほど、見た覚えは ないんだけれども。。。

どんな組織でも、個々の家庭内でさえも、何らかの問題が ある場合は、最も弱い立場の者にシワ寄せが いくものだ。

続いて、

渦中にあり続けた佐川氏が、とうとう、国税庁長官職を辞したという報。

あたかも、第一次政権を投げ出したときのアベシを彷彿させる。

もっとも、この場合、そのアベシ筋からの圧力が絡んでいるのはミエミエだが。

 

ひるがえって、

アメリカのトランプさんから、「圧力の成果」が出たヨ~というので、近々、な~ぜ~か、トランプさん自身が、北朝鮮へ、のこのこ出かけていくんだとさ、

あんだけ熱心に叫んでたはずの「チュウゴクホウイモウ~」を、

今度は、「キタヘ、アツリョクぅ~」に変えてたアベシという忠実な家来に対する「はしご外し」の言い訳を、電話一本で済まされちゃった、
ということらしいw

日本の大手メディアの悪い癖で、
『毎日新聞』さんもね、こういうゴマすったみたいな記事で、どっち向いて おもねっとるのか不審な書きかたするのは、いいかげん、やめにしときなさい、みっともないから。

<日米首脳>安倍首相、4月にも訪米 トランプ氏と会談へ3/9() 10:11配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180309-00000018-mai-pol


まともな日本人を恥ずかしくさせるような、そんな「ピエロ メディア」っぷりは、『産経シンブン』だけで じゅうぶん過ぎるww

【続】毎日新聞は「反日」なのか?w

アベちん焦る!!


【続く】

 

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Updated   
2018.03.03 (Sat)

室井佑月「同化すっか」2018.3.1 07:00

https://dot.asahi.com/wa/2018022800008.html?page=1

 

オリンピックの若い選手たちを見ていたら、

「ああ、民衆全体の程度が低まると、逆に、ごく一部では突出して輝く者が出てくるというフシギな現象が、ここにも、か」

と、私なんかは思ったりするの。

こういうところにも、ある種の「格差」の激しさが、とね。

 

ま、もっとも、アッソウの爺さんが、またぞろトクトクと、余計な口出ししてよったとおり、「カネ」の格差も、現実としてあるだろう。

それに加えて、
浅田真央選手然り、羽生結弦選手然り、ある意味、典型的な「優等生」、並外れた すり込まれぶり、素直な資質が齎した面も大きいだろう。

 

だって、皆、幼い頃、親とか周囲の大人たちに言われたとおり、そのまま やってきたんだから。

投げ出しもせず、倦まず弛まず、年頃になっても、反発や反抗どころか、しおらしく感謝しながら、いよいよ、のめり込んでいく。。。

普通は、あり得へんでしょ、こんな猛烈な素直さ。

その素直さと、負けん気が並び立ってるんだわね。

そりゃ、やっぱり、生来の素質や適性に叶ってたということは勿論、大きいだろうけど。

 

「特に母親が熱心な場合は」
という、羽生選手の関係者か どなたかによる指摘は、私の実感としても頷けるところだ。

そのくらい、母親の齎す影響は、良くも悪くも大きい。

 

 

さて。

あんな政府、戦後最悪の政権が、やること なすこと、庶民の敵のはずにも かかわらず、フシギなことには、いまも、大概の(胡散臭い)世論調査によれば、ほぼ「高止まり」したまんま、だという、前代未聞のケッタイさ。

 

しかも、

そもそもの自民党。

これが「ネット サポ」を組織して、あっちこっちで、という話も、多くの人が知るところとなってきたようだし、

もともと、財界の連中は勿論、それだけじゃなく、長期政権党ならでは、自衛隊を始め、各省庁という公的組織との なれ合い、癒着も深い。
何十年かけて、深い泥沼にしてしまった。

 

 

殊に、アベシの場合は、第一次の終わりかたの、これまた前代未聞級の みっともなさを、どうやって蹴散らかし、まさにゾンビの如くに蘇ることが できたであろうか。

(すでに述べたことだが、じつは、私の個人的に、病気や介護が続いていた時期だったため、麻生政権時も第一次安倍政権時も、ほとんど、記憶していない。それどころか、あの当時は、正直言って、いま現在の首相が誰だかも、ハッキリ答えられない状態だった。)

恐らく、あの禍々しい『日本会議』なんかの「後ろ盾」的存在が大きい。

これなくしては、不可能だったに違いない。

だから、アベシは、『日本会議』も、足を向けて寝られない、大きく義理のある相手だ。

 

このシュショーには、じつに「オトモダチ優先」という批判以上に、こうしたシガラミで雁字搦めの如くにならざるを得ない相手が多過ぎる。

 

ただ、これは、本人の資質を源に つくりあげてきた本人の欲望――おのが半径何メートル以内のトリマキたちから、しごく便利良く使われることによって、劣等感の深さを癒し、自分の存在感を高め、盤石にしたい――

(
だからこそ、あの共依存夫婦の片割れヨメさんも常々呼びかけてるでしょ、亭主の安倍のために、「ご利用ご利用!」と。安っぽいことだね 嗤)

それは、個人レベルの欲望が招いていることで、まさに「自業自得」なのである。

 

だが、その罪は、こやつらを選出した覚えなんぞカケラもない、私みたいな一庶民が引っ被り、ツケを払うハメにならされるのだ。

ほんとに、はらわた煮えくり返るわぁ。。。emoji

 

 

何度か言ってきたけど、
私はね、この国の、また、国民性に対して、あまり良い感じが持てないので、若い頃から、障碍さえ なかったなら、とっとと日本から出たいのに、と思うほどだった。いまでも、可能なら、そうしたいわよ。


 

たしかに、以前なら、いかに自民党政権であろうとも、安倍政権のような不祥事が一度でも起こったら、即、退陣を余儀なくされるほどの厳しさは辛うじて あったと記憶する。

それが、どうして、、、

 

しかし まあ、、、なんだ?この国。

 

日本人って、
この国の民衆って、いくらなんでも、ここまで、レベル低かったっけ?

 

いやいや、
いつの頃からか、ガクッと、レベルを落とす切っ掛けが、どこかに あったに違いない、と、私の脳裏を、あれこれ駆けめぐる。。。

 

 

要するに、

軽蔑される無力な正直者よりも、

いっそ、狡猾なほうが、

汚い手を駆使してでも、結局は勝つ者を支持する、

ってこと。

それが、ほとんどの人間のサガであるらしい。

 

それでも、

『水戸黄門』などの物語が定番の人気を誇ってきたように、ほんとうは、「勧善懲悪」的大逆転を、さしたる思想もなく単純なる民衆は、心底では望んでいる。

だから、それを撥ね返し、汚いやつを追い出すことが できた者は、一転して、ヤンヤの喝采を受ける。

 

「民衆・国民のレベルが、一国のレベル、政治のレベル」

とは、かねて言い続けてきた私だが、

同時に、こうした現象は、個々の家庭にも、社会全体にも起きるのだ、ということも言い続けてきた。

すなわち、

狡猾な者が勝ち続けてしまうと、その者に対する卑屈な称賛と共に、徐々に、屈折した空気が満ちていき、人々は、称賛する派と非難する派とを問わず、やがてのことに、すべてに対する不信感と、無力感を拗らせていく。

ちょうど、この、室井佑月さんの嘆きのようにね。

だから、深刻な社会的有害だと言うんです。

 

あの政権と、その支持者は、そこに狙いが あるのかもしれない。

なにせ、麻生にしろ(←だいたいが、この爺さん、かりにも財務大臣でありながら、なにを他人事みたいにニヤニヤとemojiと苦々しいかぎりだったが、ここへ来て、やっと、シッポを掴まれそうな事態に陥ったようだなw)、安倍夫婦にしろ、一度ならず自分たちが追い詰められた、さんざんに貶められた、という屈辱の記憶を、有権者の大部分である一般国民のほうへと向けて投影し、無自覚のうちにも、憎悪を募らせる理由にしている。

だから、「日本なんか、どうなってもいい」のだし、
庶民・国民を愛することなど、彼らにはサラサラできない。

その澱んだ眼に入るのは、個人レベルでの利害関係者だけ。

 

 

「勝ち馬に乗りたがる」という性向は、日本人はと言うか、けっこう、人類普遍のことなのかもしれないが、

私なんかには、全くと言っていいほど、持ち合わせないものだ。


ただ、
選挙結果が、正面から支持して投票している者が多いわけでは決して なく、ひとえに、棄権等による、結果的に「消極的支持」になってしまっているという実態は ともかく、
各メディアによる世論調査の結果には、少なからぬ疑問を抱かせられるのが正直なところでは ある。
なんと言っても、『朝日新聞』さえも含めた日本の大手メディアは、政権、特に自民党政権寄りなのは、官僚と同様なのだ。

 

 

「手のひら返し」、それは、無節操な一般大衆のサガなのです。

そこから彼らを解き放つには、何が必要なのかを考えなくては。

 

 

Updated   
2018.03.03 (Sat)

それが問題だ。


 

いわく「セルフ プロデュース」の上手さってのは、本人の計算以上に、
その時の運と言うのか、タイミングにハマったどうかも大きいと思う。

でも、そういうものを天性備えている人は、たしかに、スター性のある人だということは言えると思う。

 

マリリン・モンローも そうだった。彼女の「物語」には、個人の生い立ちの薄幸さや、私生活でのトラブルも含まれていて、それでいて、天真爛漫な、あっけらかんとした お色気が、温もりを伴って立ち昇っている、これも、ある意味、ギャップの面白さみたいな面が あった。

単に恵まれた出自、だから天真爛漫でノーテンキ、しかも、お色気むんむん、これじゃ、逆に、反感まねいたんじゃないかと思えるし。特に、同性からね。ところが、モンローの場合、むしろ、同性からの支持が高い。

 

ただ、彼女の場合、あまりにも、イメージ演出の、その図が当たり過ぎた、みたいな印象があって、そのために、本人の公私とも見果てぬ夢を叶えるのには、かえって邪魔になったみたいな感も ある。

ピッタシはまり役のために、かえって、役柄が狭くならざるを得なかった俳優のケースとか、ありがちだもんね。

 

その点、同様に、「自身の演出の才に長けている」という羽生選手は、
「当たり過ぎが邪魔する」ことなく、目指すものを手に入れられた。

で、

えーと、今後の「4回転半」「5回転」ですか、

これが一つ できたなら、なおも、皆を黙らせ続けることが できるのでしょうね。

すでに磨き上げられてる他の諸々は、ほぼモウマンタイにできるし。

 

いままで、「難易度が高い」とは言われつつも、多くの選手が何度となく跳んで、フツーのジャンプや回転になってしまってるものを幾つ織り込んだとて、

いまだ「前人未到」の新技一つを据えたら、たちまちにして、

雨後の竹の子の如く、あとからあとから湧いてる天才的若手たちを向こうに回しても、

この世界じゃ、もはや「高齢者」である20歳代後半になっても、

何かの印籠よろしく、

「これ、この技が、眼に入らぬか~」、

ひかえぃ!!てなもんだ。

 

羽生結弦はスピルバーグを超える? 引退後のシナリオ…2018.3.1 11:30

https://dot.asahi.com/wa/2018022800011.html?page=1

「『4回転半のアクセル以外にも、やることがたくさんある。例えば、プログラムに入れる4回転の数を増やす、前後を洗練させるなど、工夫することで優勝できる。そんな無理(4回転半)はせずに勝てる、と普通のコーチなら考えるでしょう』」
(千葉大学国際教養学部教授の吉岡伸彦さん)

こんなことも、あんなことも、必要なくなるのじゃない?新技一つで。

ある意味、最も効率的でラクとさえ言える作戦なのかもね。

 

 

じゃあ、残るは、

それを、彼は できるか、できないのか。

それが問題。

 

 

ところで、羽生選手のとこは、親御さんが学校の先生だそうですが、それは関係ないとしても、羽生クンって、教えるの好きみたいな感じも あるね。

 

「芸術」論バレエとフィギュア スケートの場合

 

「芸術(技術)は長し」。されど。。。

いろんな意味に捉えられてる、この、いにしえの賢人の格言。

羽生選手の場合には、どのように解釈すべきなのだろうか。

 

「美しい4回転半・5回転」も、見てみたくないことはないけど、、、

やっぱり、基本的には、「国威発揚」だとか国家の「威信」云々は関係なくて、個人の栄誉だと思うし、

私の日常生活から甚だ遠い『オリンピック』もスケートも、そして、
誰かが、「世のため、人のため」どんだけ超人的なジャンプを跳んでも、

私個人的には、それほどの関心は ないので()

 

とは言え、

いまでも、詳しいことは知らないままだし、熱心なファンになることもないだろう私からの、単なる「老婆心」なんだが、
羽生選手には、まず、痛めた足を大事にしてほしいとは思う。

トシとったら、こたえると思うで~。。。emoji

 

Updated   
2018.02.27 (Tue)

羽生結弦が語るフィギュア芸術論「難しいジャンプがあるから芸術が成り立っている」2/27() 16:19配信

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180227-00000092-sph-spo

 

あ、そうかぁ、、、

少なくとも、羽生結弦選手にとって、フィギュア スケートは、

そして、誰あろう、自身の演技は、芸術に他ならない、ということなんだな。

 

芸術てのじゃないよと思ってるとか、あるいは、

身体能力の開拓をだ、限界を競うのだ!やっぱスポーツですっ!!

と考えてて、そう言い切る選手は、やっぱり いるかな?いないかなあ?とも思った。。。

 

先日の当ブログ エントリーで紹介した、こちらは往年の体操界の人、チャスラフスカ元選手は、その苦言と、全体の発言から推して、

体操は、なんたって芸術なの!

と言い切ってたように思えた。

 

私は、つい最近になって、このことを知ったんだけど、なんと、彼女、最初は、フィギュア スケートやってたんですってね。

 

「ナルシシズム」。。。

 

ところで、

旧ブログのときにも、彼女のことを話題にしたことが あって、

かつて、うちのスケベい親父が、何かのおりに、家族で雑談中、
『東京オリンピック』のときのチャスラフスカ選手を思い出して、

「うむ、毛唐(←!)とは言え、あれは女らしくて、よかった!!

と、褒めちぎってた。

なぜか、鼻の下が伸びてたが。。。w

 

そして、

なぜか、その旧ブログやってたサイト(←産経ですがな、産経!w)で、「毛唐」というコトバが流行ってるみたいな感じに一時なってて、あの当時は、ひどく怪訝に思ったものだったが、いまなら、

「そういうことだったんだなーw」

と、私にも察しが ついてますww

 

 

で、

そうそう、「正しい技術」。そうなのよね。

バレエにおいても、基本中の基本として心得なきゃならないことで、

基本形の脚の開きかた一つとっても、実際に「正しい技術」を踏まえて やらないと、たちまち、骨まで痛めちゃうからね。

 

それでも、プルシェンコ元選手のように、あそこまで腰を痛めるわけで。どんだけ酷使してるんだ、ってことなんだろうけど。。。

 

 

バレエ ダンサーはさ、意外なくらい、高年齢になっても現役で踊ってきた人、たくさん いるよ。

でも、フィギュアは勿論、およそスポーツの世界で、高齢になっても現役バリバリ~、つうのは、私は聞いたことないがなあ。

 

それと、

やっぱりバレエの世界でも、やたら高く跳べりゃイイとか、猛烈フェッテ(回転)すりゃあイイ、とは ならないのよね。「ピルエット ダンサー」てな、幾分の軽侮を込めたコトバも あるくらいでさ。

 

 

羽生選手への評価のなかに、「言語能力の高さ」ということも挙げられるそうだけど、

それ聞いて、これは野球界の、落合博満氏を思い出したわ。

落合――変遷する男の顔

落合――変遷の男。



このたびの、羽生選手の凱旋を迎えて、思いがけぬ芸術論が展開されました。いやあ、興味深いっすねー。。。

 

 

Updated   
2018.02.25 (Sun)

ザギトワ勝利の含み笑い、だってさ(苦笑)

まあ、それは見てないんだけども、

「恥じらいを込めて笑う、、、こっ、これは、、、できない
(↑大島弓子『毎日が日曜日』参照)

ってとこじゃない?

なんてったって、15歳の女の子だよ?

 

さて、

私、好きが嵩じて、ほんのちょっとだけ やってたクラシック バレエの影響もあるんだろうと思うが、

いま話題の、弱冠15歳で金メダルのザギトワ選手について。

 

まあ、全部は見てないんだけど、この選手の演技を見ていて、「雑だ」と批判していた人たちの感想も、正直、まあ理解できるわなと思った。

「雑」と言うか、

これから後半に集中して跳ばなきゃならないジャンプのことに、全意識が行ってるのか、そこに全てを賭けているから、こまかい表現のことなんか構っておれるかぃ、二の次、三の次よ!みたいな。

と言うよりも、

私の眼には、やっぱり、15歳の、身軽い少女、という感じが した。

 

体操の世界で喩えるなら、
さしづめ、私もリアル タイムで見てた、あのコマネチ選手と、どこか共通するものを感じた。

 

でもね、

ロシアには、アンナ・パヴロヴァっていう、往年のバレリーナが いて、
バレエに疎くても、その名を耳にしたことが ある人は少なくないであろうけど、
むかし、私が実家に居た頃、テレビ番組で、彼女が踊ってる場面の短い記録映像を見たところ、そのとき一緒に見ていた母親が、

「大らかなと言うか、意外に大雑把やねえ」

と驚いてた。

私も全く同感だった。

プリセツカヤのほうが、よっぽど繊細で凝った踊りかただったが、
とも思う。

まあ、パヴロヴァの、そのシーンは、いつも そんな感じだったと限らないのかもしれない。

 

 

私は、オリンピックに関して、動画を見るということも、従来、殆ど しないほうなんだけど、あんまり「ザギトワ」「ザギトワ」言ってるもんだから、
ほう、どんだけスゴいのよ?と、こればかりは、まず見ないことには、なんとも、、、と、軽い気持ちで見てみたうちの一つが、メドベージェワ選手も引き受けているという女性コーチから、容赦ない徹底的ダメ出しされてた練習場面。

 

いや、私はね、全くの門外漢、どシロウトですよ。だけど、あのコーチがダメ出しして言ってたこと、すんなり理解できた。

特に、「退屈だわよ」とまで言われちゃってたとこ。

 

たしかに、いまのザギトワ選手から、その恵まれた容姿と、お得意のジャンプを奪ったら、何が残るの?

そりゃもう、かなり退屈ですわ。

 

見てたら、とにかく「あたしに対して御所望のジャンプを、言われたとおり上手に跳べたら、それでいいんでしょ?」ってな感じ。

 

だから、コーチさんたちも、あたま捻って考えた作戦なんでしょう。

いまの、この子の一番の得手を最大限に生かすには、、、前半は、エネルギーを温存しておいて、、、とかさ。

「勝たなきゃ、意味ない」んだもん?

 

だいたいは、この年齢に、「こまやか」とか「円熟味」みたいなものを要求するほうが無理なんだろうし、

今回、
得点とメダルを分け合った、同じロシアの女子選手であるメドベージェワ選手と比べたら、こういう分野の女子の場合は特に、ほんの1歳2歳差が、とても大きな違いを醸し出すようになるんだなあということも、あらためて思った。

 

たかだか2歳前後の年齢差でも、メドベージェワ選手のほうが「お姉さん」的雰囲気で、ザギトワには まだ欠けてる落ち着き、安定感を備えている。

 

メドベージェワ選手のほうは、容貌が、一見、ロシア人というよりも、アメリカの女の子みたいな明るいキュートさが あるね。

ザギトワ選手のほうが、むしろ、「クラシック美」な容貌で、白人女性には、そういう人が多いみたいだけど、素顔を見れば、まあ年齢相応なのに比べ、お化粧すると、とたんに、とても大人びて見えるのね。

 

 

…そうねえ、

今回、ジャンプ技術に偏っていたとも言えようザギトワ選手の場合、これに、こまやかな表現力とか円熟味さえも伴う安定感が付いてきたなら、ほんとうの「完璧」を手に入れたということになるんだろうな。

 

ただし、4年後、あの世界では、最も ほど良い年齢になるわけなのだろうが、なにしろ、「アシが早い」という表現が、本来の、時間に関わる意味であるとおり、年齢の問題を思うとき、どうなんだろなあ、順調に生き残ってるかしら、、、という気も、ちょっと する。

 

基礎訓練の一環として、表現力を養うために、新体操あたりでも、やっぱりバレエ レッスンを取り入れるらしいけど、

彼女のは、ジャンプ、結局それを中心に据えたプログラムと同じく、要求されたとおりしていることで、ザギトワ選手が、まだ15歳とは思えない「お色気~!」と騒ぐ向きに、ちょっと講釈たれておこう。

 

大昔のバレエは、たとえば、ドガの絵を見たりしても、それを窺わせるシーンが あるけど、貧しい、若い娘が、パトロンになってくれる裕福な男性を得る場でも あったらしいのね。

 

それに、
15歳ともなれば、ザギトワ選手の素顔を見たら、むしろ、まだまだ幼い しぐさ、雰囲気だよ。

アジア人そして日本女性である私なんか、この年齢当時には、すでに、おとなの女性と間違われてたもんだ。

ただ、学年でも常に1、2を争う高身長だったから、相応に、出るとこはリッパに出てただけじゃなくて、手指・腕・足は長く、全体にスラリとした体型だった。

 

ところで、

バレエはねえ、

実際、私が教えてもらってた先生とか見てたら、舞台での華やかさ優雅さは想像できないくらいに、アッケラカンと、かつ、「体育会系」な雰囲気ですよ。

これは、似た世界で言うと、社交ダンスでも そうだと聞くし(これ習ってた知人は、先生が、とにかく厳しくて、まさに「スパルタ」式の世界よ、人間性の面までズカズカ踏み込んで批判してくるし、と言ってた)

これも個人的に、ちょっとだけ知ってるファッション モデルの世界についても言えそうなんだけど、私の知ってるモデルさんたちも、学生時代に、バレエじゃなくてー、バレーボールやってたんだ、とか言ってて、

あるいは、
ふつうに飲み食い、喋って、ぎゃっはギャッハ笑ってるの見て、

「おいおい、そのへんの女の子のほうが、よっぽど色っぽくて女らしいじゃんかよ」

と言いたくなるほど、まあー、はっきり言って、ガサツですわw

 

私なんか、シンプルなターンでさえ、呑み込み遅くて、みんなと逆の方向に回ったりして、指導の先生に叱られるというより、呆れられたもんね。

バレエはバレエで、固くてグラつくカラダを支えてもらおうとするあまり、強く握り過ぎで、一列に並べてあったバーが、私の所だけズレていってるしまつ。。。

 

やっぱりさ、
何によらず、カラダ張って競う世界の人って、外見の要素だけじゃなく、機敏さなんかも要求されるからね、
なかみは男っぽい、スポーツマン タイプの人が多いのかなという印象でした。

 

 

うむ、
バレエは、おのずからスポーツの要素も含んでくるが、やっぱり、表現・芸術。

フィギュアも、表現・芸術の要素を大きく含むが、基本的にスポーツ。

そういうことなんだろう。

重なり合うところが あるから、せめぎ合いというか、微妙さは、どうしても出てくるよね。

 

 

皆さん御存じのとおり、ロシアは、バレエ王国でもある。

 

「異次元」という称えかた、いまでも、彼に捧げたいとすら思う、

「天才」「完璧」「キング」という呼称は、まさしく、彼のためにあると、
どシロウトにさえ実感させたのが、かのプルシェンコ元選手。

 

どんなに素晴らしい選手でも、「帝王」プルシェンコの横に立ったら、まだ子ども、という感じが してしまうだろうなと思う。

 

余裕しゃくしゃく、ユーモラスでさえある、プルシェンコ氏の悠々たる演技のなかに、バレエの、あれは、ニジンスキーだね、『牧神の午後』を彷彿させるポーズが挿入されてた。

                    
                Blanche(1861-1942)Vaslav Nijinsky in Danse Orientale(1910)


(
付け足し)

ぬいぐるみのことなんだけど。

きょう知ったには、かつて、ザギトワ選手が、坂本選手の『スヌーピー』を欲しがって欲しがって、根負けして譲ったことが あったって話だったが、ある意味、象徴的な話かも()

 

で、体操のコマネチ元選手も、プライベートの姿を紹介したドキュメンタリー番組で、ヌイグルミた~くさん持ってたのを憶えてる。やっぱりファンからのプレゼントが殆どだったかもしれないけど。

 

羽生クンも、「プー」のヌイグルミ好きなのは有名だね。

男のくせに、みたいなコメント見かけたことあるけど、あんがい、若いうちは、男性でも、ぬいぐるみ好きが多いのかな?と思ったのは、うちの兄が大学生の頃、私のヌイグルミが、幾つも行方不明になったことが あってさ。

後日、真相が判明したんだが、全部、兄の下宿先の部屋へ、拉致されてた。。。

なかの一つは、なぜか、「火の神さま」とて崇拝の対象に選び出され、
おりおり、ひれ伏して拝んでいたようだ。

兄とは言え、理解できん(困惑)

 

ザギトワ選手は、12歳で、親元から出て、訓練の日々に入ったそうだけど、子どものうちから、ああいう過酷な世界に入れられるわけなんだから、それで、柔らかい感触のヌイグルミや何かに、癒されるみたいなことでもあるのかもな。ましてや、女の子なんだし。

 

 

まだ未読でも、この物語の結末を知ってしまっても いいと思われるかたは、どうぞ。

http://www.hagiomoto.net/works/122.html

『青い鳥』。

いやあ、久しぶりに思い出したわ。

萩尾望都さんも、大島弓子さん同様、小学校時分から始まって、若い頃の私が夢中になった漫画家さんたちの一人なんだけど、上記の作品も、バレエ ファンであるという萩尾さんのバレエ シリーズのなかの一つだったと記憶していた。

これも萩尾作品らしく、鬼気迫るほどのリアル感ながら、
美しく、ほんとに
せつない、せつない物語でしたよ。