2020.02.03 (Mon)
さあー、皆さん、いっせいに爆笑だ。
というよりも、
ますます恥ずかしくなってきたわい。il||li _| ̄|○ il||lガックシ
まあ、これこそが、アベシの「レジェンド」となるのだろうw
戦後最悪にして最長の在位のあいだ、
垂れ流しまくった珍語・珍発言・珍回答・珍答弁の かずかずww
後世までも語り伝えられることだろう。
ミサイルでも肺炎でも、国民の不幸事を、ただちに、おのれの政権維持やイイほうへ回るため利用しようとかかることだけは敏い。
日本の、これが首相、、、
副首相のほうも似たり寄ったりの「あーあー(^ρ^)」コンビ。
いや、なんかの間違いだろ?そうよね?ね??
そういえば、
私につきまとってきた、「自己愛性人格障害」のストーカー女も、基本的レベルのコトバ間違いや取り違えが特徴的に甚だしかったな。
たとえば、
「しばし」と「しばしば」の意味の違いが全く分かってないとかさ。
そういうのを注意されたら、とたんに逆上するのよw
(そもそも、先方からイチャモンつけてきたんだが。)
素直に調べるとか勉強し直す気もないんだわな。
ええ、大卒ではない私を、この低学歴!!と、さんざん罵ってくれたが、
そういう自分だって、いわゆる「紙の大学」、しかも、卒業も覚束ないとて、ヒイヒイ言ってたくせに(嗤)
書いてること全体も、感情むき出しで、根本がグラグラ。
論文なんど、とうてい、書けやしまい。
ま、言語能力とは、すなわち論理能力なのだよ。
2020.02.03 (Mon)
なぜ、こんなことになったのかと、そこが知りたくて、『ペシャワール会』の中村医師が殺害された事件についての見出しをズラッと眺めてみると、いずれも、まさに「美談合戦」の様相を呈しているのが一目瞭然で、殆どの記事は、読む前からゲップが出そうで、スルーしていた私。
ただ一つ、外国の有名メディアが、
中村氏は、現地での利権争いに巻き込まれていたのでは ないかという報道を出していたので、その感想だけ、当方のエントリーで触れておいた。すなわち、やっぱり、ここでも、日本のメディアは踏み込む力がないのかと。
ところで、
うちのブログを やってる先の業者さんが、内部システムのトラブル発生だとかで、なんと、1週間以上にもわたるアクセス不能、エントリーアップも全然できないなか、このエントリーの下書きを書き始めた前日、
現地民の新生児に、故 中村医師にちなんだ名前を与えた親御さんが、インターネットでは大量の称賛を得たのとウラハラに、攻撃的なコトバや恫喝にも晒されて、襲撃の危険を恐れた大家さんに追い出されてしまい、引っ越しを余儀なくされたという記事を読んだばかりだった。
あそこらへんの人の特徴的な、アイラインを ひいたみたいにクッキリした目にして、やはり愛らしいばかりの あかちゃんが微笑む姿を覗かせてもらい、ほっこりした気持ちと同時に、なんとも複雑な心境になっていたところ、やっと、
こういう記事が、国内で、やっと!出た。
『週刊プレイボーイ』ですぜw
私は、よっぽどの「ウヨ」臭とか「煽り」傾向まる出し、という評価を下すに至って、時間のムダと見離していないかぎりは、基本的に、どこのメディアだからとか拘らず、あくまでも一つひとつの記事内容で判断するので、ここの記事も、過去から何度か読ませてもらってきたけど。
これは、特に考えさせられる良記事ですよ。
『「中村哲さんはなぜ狙われたのか?」アフガニスタンの武装解除をしてきた紛争解決請負人・伊勢﨑賢治が語る事件の背景』
1/28(火) 6:10配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200128-01105890-playboyz-pol
まさに、「ミギ」からも「ヒダリ」からも、それぞれに つごうよく誤解されバッシングされてきた私は、伊勢崎賢治氏のコラムも、過去から幾つか読ませてもらっていて、自分自身の考察における参考にしていた お一人なのだが、こういう識者に教われる学生は幸運だなと思う。
有名大学のセンセイでも、ほんとうに、なんだ こりゃと呆れるような軽薄短小が多いみたいなのだから。
さて置き、
今回の記事、まさに、現地・現場において、しかも、政治や国際間の駆け引きが有形無形に作用する位置からの事情を知らない一般国民・市民には、想像が及ばない面での問題点を幾つも指摘しておられて、
ことに日本国内の大手紙、メディア各社は、自分たちのオモネリ度合い、こうした事件が勃発すると、たちまち、判で押したような通り一遍で浅薄な「美談合戦」に走る ありようを大いに恥じるべきだ。
総じて国民のレベルが低いから、踏み込んだ話よりも、お涙ちょうだい的美談のほうがウケ、視聴者獲得度が上がるからと、そういう姑息な理由に逃げるなよ。
さて、
~
政治からの「中立性」、少なくともそれを装うことは、NGOにとって保安上の鉄則のはず~
伊勢崎氏が指摘しておられることは、
つまり、これまでの日本政府が、タテマエとは言えど、まがりなりにしても大前提としてきたはずの「平和・友好的外交」の姿勢と同じだ。
これ、すなわち、最大の「防衛」戦略でも あったから。
外部の者には理解しかねる現地での複雑に入り組んだ事情で、いっそのこと、こうも言えるという、最も安全な「丸腰」というものは、国家という最高レベルにおいても同様で、そのような国を攻撃する側の国こそが、全世界からバッシングと制圧を受けるはずなのだ。
~
アフリカのシエラレオネでの国際NGO時代に、経験豊富なインド人の先輩同僚にキツく言われたのは、「活動国が政情不安になったら、外国人スタッフが退避し、事業を現地スタッフだけの遠隔操作モードに切り替えるのは、保身のためではない。
そういうときほど外国人は高価値ターゲット(High-Value Target)になり、現地スタッフと関係住民を巻き添えにする。結果、事業存続も危ぶまれる。決してヒーローになってはいけない(Don't be a Hero)」
~
(記事抜粋にあたり、部分的修正および強調は、当ブログ主による)
ところが、最近、近づいてくる次期大統領選にあたって、いろいろ焦りと思惑あるトランプさんが、イランの司令官を殺害したことに絡み、アメリカに協力している国々、米軍基地を置いている国にも、と、
まさに、当の われわれ日本人までがゾッとするような宣言をブチあげたでは ないか。
「持続可能性」の確保とは。
環境問題についても、すべての立場側に対して言えることだ。
“JICA”と言えば、近頃、当ブログでも、このエントリーで取りあげた。
~
長年、活動資金を寄付で賄ってきたペシャワール会も、最近はJICA(国際協力機構)の公的資金の援助を受け入れていたと聞きます。
公的資金が入っている以上、日本政府としては、中村さんを「邦人保護」しなければならなくなります。僕の時代もそうでしたが、現場の日本大使館には、そんなことできません。保護はおろか、大使館を一歩出るのにも東京の本省にギャーギャー言われるのですから。
だからアフガニスタン当局に対して、名誉市民にもなったことですし「中村さんに警護をつけるように」と要請しても不思議ではありません。ふたつの政府の事情の板挟みになり、中村さんは従来のスタイルを変えざるをえなかったのかもしれません。
いずれにせよ、中村さんの死を悼(いた)み、その遺志を引き継ぐのは大切ですが、それを「命を賭してアフガニスタンに尽くした日本人」という美談で終わらせるのではなく、なぜ殉職を防げなかったのかをしっかりと考える必要がある。後に続く人たちのために。
そうじゃないと、人道援助がまるで「特攻隊」のようなものになってしまいます。
悼みつつも、中村さんの殉職を教訓にしなければならないのです。
~
(記事抜粋にあたり、部分的強調は、当ブログ主による)
こちらの政府も省庁側も、現地や現場の事情を熟知している人の意見を真っ先に よく聞くべきだ。
しかし、ひとたび何か勃発して、「邦人保護」に手抜かりが あったのでは ないか等と責められるのを恐れ、それこそ「保身でギャーギャー」、
現実に ままあるだろう。
そこで、ここぞマスコミの踏み込み力を発揮してもらいたいものなのだが、
「だめだコリャ」!だもんなあ、政治屋やヒラメ官僚と同じく、
思い上がったエリート意識だけが肥大した、この国の「御用メディア」と「サラリーマン記者」。
一般人並みに無知でも表面だけは撫でておく、それで仕事は足れりの、要領だけ優等生ちゃんにはムリな要請なんだろうか。
そして、ここでも、「邦人保護」のタテマエが押してきて、
いわゆる「自己責任」論が顔を出すことになる。
2020.02.03 (Mon)
『鮨代を、「支持率」で払うメディアかな』の続き。
ところで、
これまでは、東浩紀さんという、お名前くらいしか、私は知らなかったんだけども、
先述したヤフゴミんの「ビッグ データで改善」説を、どうにか少しでも調べてみようかと思い、たまたま見かけた、このかたが、
「安倍政権は、個人的に嫌いだが、有権者の多くが支持した結果、選挙で3分の2の議席を得たのなら、自分は、その現実を受け入れる」
といった趣旨のことを述べておられた。
まあ、なんと言いますか、
あまりに平凡というか、現状のシステムでは当然としか言いようのない、ただただ無難でしかないことを おっしゃってるのね。
私なんかは、
「あほが選んだ結果なんか、むざむざ受け入れたくは ない!!」
というのが本音ですからなw
だって、巻き添えになっちゃうじゃんか。
そこを、じゃあ、どうすりゃいい?と悩んでるわけなんですわ。
それと、
東浩紀氏は、「支持できない政党に投票しろというのは逸脱」ということも おっしゃってるが、それどころか、現実には、
どうしても、なにやら「勝ち馬に乗りたい」ってんで、
べつに支持してきたわけでも なんでもないけど、とにかく最後は勝ちそうなほうへ ほうへと次から次にドドッと乗っかっておこうとするんだとさ。
そういう「脊髄反射」的な、習性みたいなことらしい、この国の民衆の大多数は。
「しっかり考えて」とか「支持」以前の問題なのよねえ。
「投票率が高いほど、『自民党』が議席数を伸ばす」という「ビッグ データの予測」のことも、東氏は挙げておられたが、
だったら、投票率は低いままのほうが良い、って言いたいのか?それも また「逸脱」だもんねえ。
ま、投票率が低かろうが、「白票」多数だろうが、いずれでも、自民党は有利だよってことを言いたいだけか?
ただ、ここで挙げておいた東氏の御意見は、何年も前のものらしいので、いまでも同じに考えておられるのかは分からない。
こちらは、このかたの追っかけを する気もヒマもないので、その後のことは分かりません。どうも、興味が持てないのだ。
それと、
(あくまで、この時点での)東氏は、「国民は自民党を圧倒的に支持している」と断定されているが、これは、いずれにせよ、正確でない、あまりに雑過ぎる言いかただと思う。
選挙投票締め切り時刻になるやならぬやでソレッとばかり、当確状況やら、与党議席数の確保ぶりをドンドン流し、そして、
シナリオどおりに決まると、今度は、
「圧勝」だー「大勝」だーと、国民に向けたスリコミ演出を、さっそく開始するのが、各メディアお約束の運びなんだけど、
なまじ、優勢・劣勢情況のことを逐一速報し、それを見て、
「むっ、やっぱり『自・公』与党が勝利か!」と、
そこで、急ぎ判断した一般有権者が、
「じゃあ、ここは敢えて(『維新』を別にした)野党側に、ほんの少しでも多くの議席を得させねば!」
とかって、「戦略的」に考えるかいな?
「勝ち馬に乗りたい」ばかりなんだという有権者のレベルでよ?
東氏も、結局のところ、
野党に投票するか、いっそのこと、投票に行くな、というのが「戦略」たり得る、
また、国民の良識などに期待するな、と喝破された点では、私も、ほぼ同様に考えてきた。
「あほ多数が選んだ結果なんかを受け入れて、巻き添えを喰らいたくは ない」
のだから、その意味では、もう寝ていてくれ!と言いたいくらいなのよ。
低すぎな投票率のほうは、ほぼ実現しかけていると言える、それと共に、
ひどく低い投票率ともなると、さすがに、選挙結果の重みなんぞ、殆ど誰もが認めなくなる可能性は あるが、
「白票」も当然あり得てよしと、社会全体に認知させるほど増大したとしても、こっちのほうは、どうしたって頭打ちの限界が見えてるでしょ。
これで国民全体の「雰囲気」が どう変化しようと、「コア支持層」およびガッチリ結ばっている利害関係だけで勝手に回せるかぎりは、シモジモ一般国民の思いなんぞ、視野にも入れてないという態度を通すだろう。
私は、わりと近い過去エントリーで、「(自民党支持者が主張してやまない)消極的支持では なく、むしろ、消極的不支持なのかも?」と、低すぎる投票率に絡めた考察を述べてある。
「ベター」の値打ちすら ないとき。どうすりゃいいのか。
あたま良いかたがたには、チエなりヒントを示していただきたいもんだ。しょうもない詭弁では なくて。
現状のままだと、根幹からマズイということは明らかになってきてるんだから。
たぶん、フザケ半分の「高みの見物」なんだろうかね、
あのテの「言論商売人」たちってのは。
2020.02.03 (Mon)
しかも、その鮨代は、税金w
ここで、ちょっと お知らせです。
当ブログ運営先の業者さんにおいて、何やら内部システムがトラブルを起こしたらしく(サーバーのノードが云々とか)、ここ10日間近くにわたるアクセス不能により、うちも全く更新できない状況になっていました。
まあ、ぼちぼち直してぇや、と思いつつ(苦笑)、
なんとか復旧できたようなので、『忍者』さん、ご苦労さんでした。
その間に、下書きだけ始めておいて、やっとアップできたエントリーが、
そして、ただ今、お目にかけてる
『鮨代を、「支持率」で払うメディアかな』
というしだいでござる。
個人的にも、いつまで続けられるのか全く不明な当ブログですが、ともあれ、今後とも よろしく~♡
さて。
「ベター」ですらない。「ベター」の値打ちも ない。
こんなとき、どうすりゃいいのか、どんだけ考えてみても、結論は出ない。
と言うのも、
「ギリギリ」でもない、ハッキリ言って、崖っぷちから、かなーり、足がハミ出してるというくらいの危険な譲歩でもって、本来なら、とうてい気に喰わない政党なり候補者、それは、私にとって、いちおう、『自民党』でない、「野党」の範疇に入ってるだけ、ということでしかないのだが、
それでも、
どうしようもない情況なので、心のなかで、
違うー!違うー!!
と叫びたいのを押し殺し、「ベター」のつもりになって投票してみたら、、、
当選しました。してしまいましたよ。
で、
案の定、
結局は『自民党』と同じような、そして安倍政権に ひたすら おもねるような行政を得意になって やってるわ。
「ベターを」なんて、それもマヤカシだったのだと思い知ったら、やっぱり、投票自体を放棄する、に傾いてしまう。
どうすりゃいいんだよ。
どう逆立ちしても、断じて投票したくない面々だけが並んでいたとき、
しかたなく、
「全員、イヤ!!」
と書いて放り込んできたことも あるよ(苦笑)「白票」ってか、無効票だね。
悪の親玉、暴力団さながらの『自民』は言うまでもないが、
そこへ へばりついて、もはやカラカラに干上がったまま なお へばりついてる、ん●のカ●の如き『公明』、
その下で、あからさまな上目遣いして、ご用うかがいにスタンバってる、もろ名前負けを恥とも思わぬ『維新』、
こうした党の候補者しか並んでなかったとき、
たちまち、目の前が暗くなり、めまいを起こしそうになったわ、つうの。
私は、候補者個人に肩入れして、投票先を決めるということは、ない。
だから、「タレント」なんかの知名度だけで投票する連中とは、根本から異人種。
基本的に支持し続けるだけの価値ありと見做せる対象が あれば、そのまま、すんなり行けば いいという話になるが、こちとら、いわゆる「無党派層」だ。それでも、
基本的には、あくまでも、どこの政党に所属しているのかを重視する。
なので、
「候補者個人は良いと思うけど、その所属政党が気に入らない」
ということで悩んだことは ない。
その組織の特性なり、普段からの主張や活動ぶりは、あるていど分かるのだからね。
まずは候補者自身が、どこを選び、そこに所属しているのか、
もし、そこに ふさわしくなかったのなら、いずれ、その人は出ていくんだし。
最近、「ヤフゴミん」の一人が、
「白票」にも意義とか価値は ありまーす!みたいに言ってて、それは、「ビッグ データ」によって、男女別やら年齢層やら分析することで、次回選挙の改善策に繋がるから、てなことを主張していた。
おおかた、これまた、どこかの誰かからの受け売りを、さも自分の見解みたく述べてるんだろうけど、
はて、
「ビッグ データ」によって、投票率など選挙に関する改善が図られ云々って、本当か?
そんなこと やってきてるというのは、私は知らないし、だいいち、これまでに、間違いなく何か改善された、ってこと あったっけ?
投票率は、まーすますダダ下がりしたけど。
仮に、20~30歳代の投票率がガクンと低く、60~70歳代が最も高いとなったら、じゃあ2、30歳代に前向きになってもらえるような政策・施策を実行します、ってなるか?
違うやろ。むしろ逆やろ。とうに分かってることやんか。
私も、ここ数年、「白票」のススメを頻りと繰り返す「ヤフゴミん」を見かけていたので、一見は尤もらしいような意見だけど、胡散臭い感じも するなあと思ってたら、
なるほど、白票すなわち、結局は与党『自民党』に有利なんだとさw
「ビッグ データで改善できるから~」というので「白票」のススメを やってたヤフゴミんは、「ネトウヨ」の定番たる「反韓」心情を、抑制しつつもプンプンにおわせてたし、たぶん、やはり与党『自・公』支持者と思しい。
こんなのが、いっちょまえに子持ちだというんだから、社会を劣化させる分子のバラマキみたいなもんだ。
いくら少子化が甚だ危惧されと言えど、聡明さとヴィジョンに欠けた、怪しい説を断言口調で触れ回るタチの悪い者には、どこぞのシュショー夫妻が そうであるように、せめても、子なしでいてくれたほうが望ましいというもの。
ちょうど、「下手の考え休むに似たり」で、あほが「シッカリ考えた」つもりになって投票するくらいなら、それこそ「寝ていてくれ」たほうが、よっぽどマシ、ってのと同じ。
学生さんなどの若い人たちが、選挙のとき、「何を基準に考えたら、、、」と、投票に あたって悩んでしまうんだそうだが、
広く情報に接して、特にインターネットでは、みずからの取捨選択能力が非常に大きく左右するのだから、いまのうちに鍛えておくことだ。
様々な現実に接し、観察し、疑問を持ち、大いに考えること。
「要領(だけ)良い子ちゃん」にならないで。
遠からず、自分自身で営む生活が始まるのよ。「何を基準に」って、厭でも直面する日が来る。
学校現場では、政治絡みとなると、思いきったことは しにくいという本音も あるそうで、それもそうかとすれば、やはり、個々の家庭あるいは生育環境も重要。
親御さんは、保護者の立場として、頭ごなしに抑えつける、あるいは放任のほうがラクかもしれないが、大概の人は、視野も世界も狭いという自覚に乏しく、へんにウヌボレてる。親である自分自身からして鍛え直さなくては ならない必要に迫られることだろう。
政・官・財に蔓延する「俗物」の分身を増やさないで、と言いたい。
私の若い頃は、ネットだ検索だ、って皆無。
私の場合は、小学生時代から読み始めた新聞を、社会人になってからは、職業上の必要もあったので、よりいっそう、時間を かけ、まさに舐めるように読んできたが、それでも なお、不十分なのは明白。
特に日本では、新聞と言えど素直に信用できないところも ままある。
いまだに、もの知らずな、浅薄な自分であることよと、われながらナサケなくなってしまうことが少なくない。
【続く】
2020.02.03 (Mon)
『「冷コ」――季節外れの想ひ出あちこち』の続きです。
「俺のコーヒーが飲めんのくぁ?!」
と、スゴむ人も いないだろうけどねw
と言うのは、
昨年だったか一昨年だったかの春ごろ、
という記事を読んだことが あった。
ここも また寝かせてあったと言うか、ほぼ忘れてたエントリーなんだけど。
う~ん。
単に形式的儀礼でしかないんだから、ここは飲もうが飲むまいが、とは言えど、せっかく出されて、勧められたものに全く、手を つけないのも、マナー違反になるんじゃないかな?
私は、この場合、マナー云々よりも、捨てることのほうが、気になってしまう。。。
たしか、お醤油なんかを匙に一杯ほども流したら、これを浄化するためには、浴槽に幾杯もの水が必要になるとか何かで読んだことが あるので。
もうさ、
コーヒー、紅茶、ココアにコーラ、はたまた、お水、白湯、煎茶、焙じ茶、ウーロンもアルよ~
っと、
いっそのこと、「メニュー」を用意して、「どれになさいます~?」と選択してもらったら良いのでは?(笑)
…
って、喫茶店かい?!w
と思った。
ただ、私も、職場の来客応対時、コーヒー、お茶、どっちも、持病や服薬の つごうで、飲めなくなっちゃってねー、と、申し訳なさそうに言った人を実際、知ってるし。
そう言えば、職場の同僚男性のなかに、チョコレート(てか、甘い物)が大の苦手で、『バレンタイン デー』で もらった義理チョコを、いつも持て余してしまうので、という人も いた。
いちばん無難そうな日本茶でさえも、やっぱり好みとか あるし、緑茶は、気分が悪くなってしまうという人も いる。
いろんなケースが あるんだよね。。。
これは趣味・趣向の世界だけど、「お濃茶」を いただくときは、事前に、「懐石」つって、軽く食事を済ませておかないと、それこそ、胃が痛くなるとか聞くわね。
私自身も、20歳代までは、もっぱら紅茶党だった。
そもそも、小学生のうちは、コーヒーは、まだ早いと、飲ませてもらえなかったから、興味も なかった。
高校生になって以降あたりかな、実家の親が、突如として「サイフォン式」コーヒーに凝りだしてから、だんだんと、コーヒー党になっていったんだけど、それ以来、自宅では基本的に、ドリップのレギュラーしか飲まない、と言うか、もう飲めない。インスタントは、たいてい、飲む気が しない。たまに飲んだら、昔よりは、だいぶ美味しくなったとは思うけど。
コーヒーと言うか、ミルクたっぷりのコーヒー党だった うちの親父なんかは、
「焙じ茶は薬臭いみたいな匂いがキライだ」
と言ってた。紅茶もキライだったようだ。
親父は、「酒乱」「アル中」になってしまったほどの酒好きだったが、
しかし、お酒だったら何でもイイというわけで なく、
ビール以外は、洋酒類を好まず、もっぱら日本酒または焼酎。ウイスキーやワインの類は敬遠していた。
ある年の暮れ、私が、退社後に買って帰ったチーズ ケーキを、さっそく、晩酌のアテにして、舌鼓を打ちながら日本酒を飲み始めた。
それを見て、ええっ?親父、マジかよ??と思ったことが ある。
過去エントリーでも書いたけど、
この親父、ご飯に牛乳かけて食べてたのを目撃して、
気でも違ったか!?と、小学生だった私は やっぱりビックリ仰天、わが目を疑ったくらいだ。
親父は千葉の田舎育ちだったので、近所に牧場みたいな所が あって、時々、ヤギさんの お乳を飲ませてもらってたらしい。その味が、よっぽど忘れられないのかw
「ほんとうは、牛乳よりも、ヤギの乳のほうが好きなんだあ」
と言ってた。
「ミルク好きの酒好き」なのよ。
洋酒なら ともかく、もっぱら日本酒だもんね、すげえヘンなの~と思ったけど。
母親のほうは、逆に、病気の影響からか、いつしか、コーヒーを受けつけなくなり、
『フォション』だの『フォートナム&メイソン』といった、外国の有名メーカーのなかでも「アール グレイ」「ベルガモット」といった、ストレート向き風味のものばかりを好むようになっていた。
もっと昔は、『トワイニング』ね。
母方の祖父は、若い頃、「モボ」と呼ばれるようなオシャレ男子で、
カフェ文化と言うのか、必ず、日に一度は老舗の喫茶店でコーヒー ブレイクを楽しむ習慣を持つ人だったんだけど、
ある日、祖父宅へ行ったとき、台所を覗いた うちの母親が、
「あっ、おとうさん!『トワイニング』の「黒」なんか置いてあるやん」
と言うと、祖父は、
「うむ、そのメーカーなら、「黒」(『プリンス ウェールズ』)が美味い」
と答えていたのを憶えている。
ここのは、私が子どもの頃、日本国内の一般家庭に広く知られるようになり、私自身も受験生時代なんかは、深夜のティーブレイクとして、あの青い缶入りの『クイーン マリー』ご愛顧でした(笑)
やっぱりミルク ティーにすることが多いので、『アッサム』や『ニルギリ』も特に好みです。
しかし、本当にコーヒー好きの人は、あの特有の香りが漂ってきただけで、一種の「ハイ状態」に近くなるようだ。
とある お宅に訪問したとき、
話し込んでいる最中、頃合を見はからったように、ご家族のかたが、コーヒーを出してくださったんだけど、ああ、ここの あるじ、コーヒーが大好きなんだ、と察せられた。
なぜかというと、あるじ自身が、運ばれて来たコーヒーを前に、いちだんと「ハイ」な状態になったのが明らかに窺えたから(笑)
ちなみに、私も、紅茶ならば、香りが良いものであれば、ストレートで楽しんで飲めるけど、
コーヒーとなると、たまに、体調が良くないときは、あの香りを嗅いだだけで、気分が悪くなることもある。
なので、
「きょうも元気だ、御飯が美味い」の「御飯」を入れ替えて、
「きょうも元気だ、コーヒーが美味い」で、ほんとに通用する。
「アメリカン」と称した、みょうに薄いやつも、げろマズで飲めないや~と思うし、
ブラック コーヒー自体を、そもそも一切、受けつけないので、ミルクまたはクリームなしのコーヒーは、私にとっては ありえない飲み物。
紅茶でもコーヒーでも、ミルクたっぷり派。
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