忍者ブログ
とりあえず、ひかりのくに
     
<< | 2025年07月 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 | >>
[29]  [4]  [28]  [27]  [26]  [25]  [5]  [24]  [7]  [3]  [1
Updated   
2013.12.21 (Sat)

希望学」。。。                        2010/07/14 02:25

今年の2月の記事らしいので、だいぶ出遅れてしまっているけれど。。。(出遅れ得意のデオクレティアヌスでございます;)

【すくむ社会第3部】(3)」とあるので、シリーズ記事のようだが、この記事部分だけサラッと読んでみた。

まず、ひきこもりやフリーターの先がけというのは、もう少し早い世代から出てきていたはずと思う。

それから、ほとんどか全く社会経験や労働経験がないままにひきこもっている場合と、一応の経験後に ひきこもってしまっている場合とでは、内実が大きく異なる面も伴うだろう。

社会の歪みが押しつけられているのは若者だけではない。

なぜか、職場に、人知れず精神的な面での問題を抱えていたらしい先輩同僚たちが いたため、そうとは気づかずに、知らず知らず、そのひとたちの荷までも引き受けさせられてしまっていた、こっちも障碍者の端くれである私の個人的不運は ともかくとして。

ああいった、気付かれにくい精神の面での問題を抱えつつ働いているひとも また、そのことを必死に隠していた。
そのシワ寄せが、無知な新人の私に被さってきたわけだが、かつての私自身が、健常者のふりをしていたように、あのひとたちも また、自分の不利になると思う弱点を押し隠して生き残るため、自分の荷を少しでも軽くするために、押し付けやすい者を目敏く選り分けながら生きているのだ。

希望が持てる状況とは何か。

こうすれば、こうなるだろうというヴィジョンや見通しが立って、ゆえに努力でき、つまるところは安心立命できるかどうか。

いくら努力しても報われない、空回りして消耗するのみでは、むなしくなるのも当然だ。

一応にせよ、人並みの条件のもとに報われる立場を確保できている者が、そうではない者を見下して、とことん搾取する利用対象と見做すばかりでは、やっかみも恨みも疲弊も募っていき、今度は自分が、いつ転落するかもしれないような全体状況ともなってくると、たちまち、互いに疑心暗鬼と足の引っ張り合いが始まり、われ関せずが罷り通り、人心は荒む。

私が、かつて勤務していた大企業でも、正社員と契約社員などとの待遇差は、唖然とするほどに大きかった。

社の業績に応じて、正社員の待遇を至れり尽くせりするのは結構なのだが、これが契約社員となると、まさに生活保護費なみの給料すら危うい事態。

そんななかを、正社員以上に努力したところで、あるいは また、なんらかの技能を持っていたとしても、それは、あくまで正社員の個人的成績を上げるために、つごう良く利用される。

アンタ自身は絶対的規定上、正社員に昇格することも、給料が上がることも、一切ないから、そのつもりでね、と、のっけから宣告された者には、何の将来的希望が持てるだろうか。

それでも頑張ってると、しまいには、「…いっくら頑張ったってさぁ、未練たらしいのかコイツは」てな侮蔑の視線すら注がれたり。

そうかと思えば、残業手当なんか1円も出やしないのに、たまにはと、定時で退出しようとしたら、まだ手伝ってほしいことがあるのに、とギロリ。


重ねるが、もちろん、正社員の待遇を、いやが上にも良くしていくのに文句はない。

正社員のみを海外へ豪華慰労旅行に大判振る舞いとあっても、せいぜい、羨ましいかぎりだと思っておればいいことで(まあ、バブル時代じゃあるまいし、そんなのは、いまどき、ないはずだけども)。

が、いかに契約社員といえども、パートタイム勤務ではなく、正社員と ほぼ同様の勤務形態であれば、せめて生活保護費に負けない程度の額の給料は与えるべきだろう。
働きに出るということは、当然、それ自体に経費も かかるわけで、
保護費を下げてツジツマ合わせをしようとするかに見える政府には、いったい、なにを考えてと、正気を疑いたくなってしまうが、ふつうに生活できる賃金を、働いた分はマトモに払ってくださいというだけの話だ。

これが、天下の有名大企業の水面下の実態だったりする。

 

くだんの記事中には

~宇野重規准教授(42)=政治学=はこう語る。

「むちゃくちゃな発想だが、この不満をどこに持っていくんだというときに戦争はある種すっきりすると考えたんでしょうね。裏を返せば、現状を変えたいというエネルギーの表れでもある」~


とあるが、そうなんだろうか。
私は、この准教授さんとは、むしろ逆の考えかも。

とりあえず、善悪の問題などは抜きにして、戦争が、大昔から、社会全体に強力な刺激を与える方策として利用されてきた側面は、歴史的にみても明らかだし、
「現状を変えたいというエネルギーの表れ」というのは、その男性個人が辛うじて、そうした論文を書き上げたということ自体については言えるのかもしれないが、
そもそも、戦争という、庶民にとって、いつも上から降ってくるような現象に頼るかのごとき考え方自体としては、本質的には、むしろ受け身なものに思え

カテゴリー選択は、ややこしいので、テキトー。

PR