2014.06.16 (Mon)
特に「皇室」制度を有り難く戴いてる日本が、それ言う資格あるかねえ?w
そりゃあ、誰しも産まれてくる場所を選んだ覚えはないわけだけど。
さて置き、
『「生まれながらの差別」に鈍感な日本社会―― 「自分の子どもさえ良ければ」を乗り越えられるか』
2014年6月13日 7時30分
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20140613-00036318/
うちの実家の兄なんかは、いわゆる「団塊」の尻尾世代にあたるのだけど、年齢の離れた私が幼かった当時は、実家の家計も大変厳しい頃だったので
(「勉強できないやつは中卒で働け」という方針だった親父は大酒呑みの借金持ちだったし)、
血のつながらぬ後妻の母親は、この長男を、塾にも私立にも行かせられぬとて、そりゃもう血相変えて、義理の跡取り息子のお尻叩いて叩きまくって(つまり「教育熱心」w)
兄本人も腹くくって必死に勉強して、「駅弁大学」とは言え、なんとか自力で、国立大に現役で入った。
あの人は、もともと、IQも高くはないと言うか、むしろ、平均以下だったというのだから、私の記憶から振り返っても、あの頃の兄は、よく頑張ったほうでなかったかと、いまでも思う。
その後、なにを悩んでか、
私なんかの何倍も何倍も結構な満ち足りたはずの生活を手に入れても慰められ得なかったのか、結局は自死したけれど。
私自身が一つ二つ私大受験失敗したとき、親は思わずホッとしてたもんだw
ま、私は、お勉強が嫌いだったww
…
このことは、例の「カルト連」の「ブラげろんぬ」爺さんや、その分身だか腰巾着どもにも、きゃつらの個人ブログで、しかたなく、しぶしぶ相手してやったおりに少々言って聞かせたこともあるが、
まったく、どこにも「格差」なき世界なんてものはあり得ない。
大いに現実的対処を要する問題として捉えるべきは、「過ぎたるは、、、」ってことだろう。
そう言や、「カルト連」自体の関係者だか単なる野次馬的シンパだか知らないけど、これも「OKウェイヴ・おしえてgoo」に居着きの常連「ハコブル」さん お好みの主張だったなあ、「自己責任」ってスローガンはw
何かにつけては指摘披露する「キャパ(シティ)」云々というスローガンも、いったい、どこの誰を真似たものやらww
どう転んでも、「新自由主義」であれ何であれ、ご大層な哲学だの政治思想やらなんどを持ちあわせてるご仁じゃ全くなかったと思うのだけどww
~「教育熱心な家庭」というが、それは「自分の子どもさえ良ければ」=「自己チュー」を意味していることが多い。~
まあ、実際そんなとこが殆どなのでしょう。
さしあたっては、無利子化のことは勿論、返却金の額について等、思い切って柔軟な検討を進めるしかないんじゃないかな。
ほんでも、精いっぱい社会全体で学費の一切を支えてみたとして、その投資の恩恵で、最高学府までも出たものの、いったい何が原因なのだか、以降まともに働くことなく、ひきこもったまま一生終わり、なんてことが多くなっちゃ救いようがない。
冒頭に掲げたコラムの主旨は、全体に、ごもっともで、聡明なる ご主張とは思う。だけど、
どんなにか、教育機会均等化を整えたところで、なおも格差は生じるでしょう、当然の摂理として。
『年収1000万世帯でも50%前後が奨学金を申請、その理由とは?』
2014/05/01 12:00