2022.02.08 (Tue)
まずは、
先日の、電車内タバコ注意したら凶悪暴行で返されたという事件ね。
これも あとから詳しく報じていたけど、
暴行犯は女連れだったそうで、「優先座席に寝そべり」という最初の情況は、ははあ、連れの女の膝にでも頭のっけてタバコぷかぷか、なんてな光景だったのか?wと。
で、
キッパリずばり真っ向から注意した男子高校生側も、数人連れだった。
「恥かかされた!」「メンツへし折られた!」
それも「女の前で!!」みたいな、か?ww
女連れの男、特に、屈折した劣等感のカタマリみたいな若造ほど、そりゃイキりたつもんねぇw
うちの母親が、親父と抜き差しならぬ不倫関係になり、とあるアパートで「通い婚」的な生活状態だったときに、階下の一室に入居していた家族連れの男性と、私の母親が、切っ掛けや理由は、私は聞いたのに憶えてないのか忘れてしまったか、とにかく、険悪な状況になったのだそうだ。
敗戦後の余韻も まだ少しは残っている時代だったのであろう。
くだんの男性は、戦時中、うちの親父よりも、ずっと下位の軍人だったとかも言ってたかなぁ?
で、親父が、私の母親の訴えを聞いてイキリたち、
「俺の女にガタガタ言うんじゃねえ!!」
とかナントカと怒鳴り込みに行って、ソッコーで相手の男性を問答無用に屈服させたらしい。
「俺の女」だった、私の母親は、うっとり
なーんてことも あったらしい(嗤)
男女絡みは、リクツじゃないからねえw
で、次は、横井庄一氏に関する記事。
そうだった、そうだった。
30年近くも『グアム島』内で隠れ住んでいた横井氏が帰国されたときの大騒ぎは、私は まだ子どもだったが、世間も、うちの親も、もちきりの話題だっただけに、さすがに憶えているし、例の、「恥ずかしながら」というコトバが、一種のブームのようになっていた影響で、クラスメートの男子たちが、軽薄にもフザケて真似したりしていたことも あったように思う。
『これが横井庄一さんの隠れた「穴」の“断面図”~“原寸大”を前に小学生たちも息を飲む~』
2/1(火) 15:00配信 最終更新:2/1(火) 16:26CBCテレビ
https://news.yahoo.co.jp/articles/6782b34dd492dbdd9e6d85af3efd4666a968409e
この記事のなかでアップされている動画を見てみて、
あの頃の私は、やはり、戦後の子どもだったのだと再認識した。
というのは、
帰国後の記者会見の席に おいて、「恥ずかしながら」と話す、横井氏の表情の意味するところを、当時の私には、理解しきれていなかったなと気づいたから。
いま、このトシになって、やっと多少の理解が及ぶようになったのだろうか、
「恥ずかしながら、生きながらえておりましたけど」
と絞り出す、その表情は、帰国できた単純な嬉しさよりも、むしろ、
「ああー、やれやれだった」という深い深い疲労感と共に、どこか苦渋の入り混じった、なんとも複雑な表情だった。
のちに、今度は、『ルバング島』で小野田寛郎氏が発見されたわけだが、
かつての上官を、現地に呼びつけ、「情報将校」としての長い、あまりにも長い任務を、キッチリと手順を踏んで解除させてのけた、そのうえで、あくまでも「命令」に従ったのである、と言わんばかりの帰国を果たした小野田氏の表情からは(横井氏のときよりは、私の年齢も少し上がって、中学生になっていただけあってか)、
もはや、話に聞くしかなかった時代の、まさに、ほんものの兵士の、現に生きて、立っている姿に、凄まじい意地と気迫を感じさせられたものだが、
そこのあたりの差が、横井氏の、いつの時代も変わらずに共通する庶民の柔軟な雰囲気が失われず前面に出ていたこととの違いだろうか。
それでも、
お二方とも、内に抱え込んだまま、目を逸らさなければ、やってられない重苦しさ、全てを言い尽くせることは なかったであろう。
横井氏の場合は、期せずして、現地住民に見つかり、もし最悪の場合は、その場で、二度と、故郷の土を踏みしめることも叶わぬまま終わったかもしれない、その いっぽうで、小野田氏の場合は、身内や戦友たちの一団が、自分を探しに来たことを知っていながら、なおも頑なに潜んでいて、ついに捜索を打ち切られた。その翌年、
みずから攻撃的にという「装い」だったのだろうか、今度は積極的に出てきて、日本の青年と遭遇するまでの、更に その間は、それまで以上に、よりいっそうの孤独と深い葛藤、後悔にさえも苛まれた1年だったことだろうと察する。
意地を張っていた本心では、なんとしてでも、自分を見つけ出し、無理にでも連れ帰ってほしかっただろうと思う。
もし、日本から やって来た「冒険家」青年の存在が なかったら、
小野田さんは、そのままだったのだろうか。。。
お二方とも、と言うよりも、日本兵は、現地の人々からの多大な恨みを買っていたのだ。
恐らく、横井さんや小野田さんのように、出るにも出られず、あるいは、敢えて、故国に背を向け、その地で黙って死に絶えていった人たちは、私たちの想像以上に多いのでは なかろうか。
小野田氏の場合、『日本会議』と深入りしてしまっていたというのも、残念なことだった。
ちなみに、
戦時中、まだ二十歳前後という若さだった うちの親父も、小野田氏と同世代であり、軍隊での階級なども近い。
以前から思っていたが、
それぞれの入隊、士官した頃の青年時代の風貌を写真で見ると、なんだか、似ているのだ。
晩年に至ってからも、やはり、共通した感じが ある。
もっとも、小野田さんのほうが、うちの親父なんかよりも、もっとキリッとしたハンサムだけどw
ただ、
親父も、もともと細身で細面(ほそおもて)なせいか、一見は、軍人それも将校クラスのバリバリ軍人にしては そぐわない、どちらかと言えば知的・柔和な雰囲気と言うか、軟弱にさえ見えるくらいなのだが、
しかし、なかみは、外見と大いに異なっていて、意外なほど「剛毅」と言うのか、いや、それよりも、以前から指摘していたように、
アメさんじゃないけれど、ずばり、
「クレイジー!
」
としか言いようのない、
独特のガチガチゴリゴリした硬直性を保っていた。
これは、私らの世代も勿論だが、いまどきの若者、いやいや、
「疎開児童」世代であり、戦後の「墨塗り教科書」に、おとなたちへの猛烈な怒りと反発心が湧き起こったと言う世代の私の母親ですらも、
親父らの世代は、ほんとに独特、逆立ちしたって、あれは真似できない、と言い切っていたものだ。
あの時代の教育ぶり、ってことかな。。。
先日のエントリーで、再び、隣家の おじさんは「シベリア帰り」の人だったという話を少し述べたけれど、
どうりで、この おじさんが、ご自宅は勿論、うちの実家の台所やら水回りを始め、物置部屋、私の部屋の内装などをも含めて、ほぼ一人で黙々と建て増しや拡張していったあとに、やがて引っ越されたため、ご自宅の分を解体しなければならないので来てもらった専門業者が、あまりにも頑丈に造り過ぎていると言って驚き、非常に難儀していた、という理由も分かった。
そう、知ってる人は知ってるね。
「シベリア抑留」経験者だったからこそなんだ。
でもね、
この おじさん、「仏の」何タラさんと呼んでも通るくらいに、およそ不機嫌な感じの表情を、ついぞ見たことが ない私らにも、ご家族に対しても、常に穏かで、いつも、ひたすら優しい人だったけれど、
あるとき、おばさんから聞いた話では、
戦後になって、やっと、日本に帰って来て、まだ年数も浅かった頃までは、お酒を飲んで、酔いが回ったかなと思ったとたん、何が気に障ったのやら、無言のまま、いきなり、出刃包丁をグサーッと畳に深く突き立て、その包丁の柄を握ったまま、一畳分まるごと高々と持ち上げ、ぶんぶん振り回すほどの怪力で暴れていたんだという。
とても信じられない話だったけど。
あの おじさんも、戦時中そして抑留中の、コトバに できないものを深く、抱え込んでいたのだろうか。
で、私の場合は、
皮肉なことに、戦時中が、人生で最も輝かしいエリート時代だった親父は勿論のこと、
「疎開児童」世代だった母親にしても、
祖父は裕福だったので、戦時につきものの苦労、衣食住の どの面でも、基本的には、酷い不自由までは なかったから、都会っ子が田舎に疎開したときの定番話で、土地の学校の同級生に ねたまれ、特に、男子にサンザンいじめられて、だから、田舎者は大嫌いになったんだ、
とかいう、せいぜい、その程度なので、
本人にとっては、いろいろ大変な思いを したと精いっぱい言いたいわけであっても、
私には、うちの両親からの話だけでは、それほどの切迫感も感じられず、さりとて、学校の授業も、「臭い物にフタ」的通り一遍。
言っとくけど、
ウヨどもの主張とはウラハラで、
われわれの学校時分も、「平和教育」と言うよりは、単に、日本にとって つごうの悪いことは全てサラーッと駆け足で流して終わってたのw
だから、
うかうかしてたら、あの時代のことについて、ほとんど無知なまま成人し、親に なってしまうかもしれなかった私には、なんとなくながら危機感が あり、ゆえに、
学校の授業や親らの話には、あまり期待できないのならと、その かわりに、原爆投下や敗戦前後の話題が特集される時期の新聞記事、テレビならドキュメンタリー番組、若い兵士が書き遺したものや、当時の子どもたちの ようすなどを、ひととおりは知っておかねば なるまいと思い、自発的に読んだり見たりに努めていたものなのです。怠惰な私でもね。
私らの世代だって、いまの若い世代と同じく、「平和な時代」しか知らない。
だが、親や体験者から直接に聞かせてもらうことは、まだ可能だった。
けれど、
同時代を生きていた人どうしでさえ、全く同じ体験を したとは限らないのも現実なのよね。
たとえば、戦地の前線へ赴いた人と、国内から出ることが なかった親父とでは、同じ軍人でも、苦労の度合が全然、異なっているし、
母親の場合、祖父のツテで、地方に疎開していて、戦争が終わってから、生まれ育った大阪市内の実家へ戻ってきたので、『大阪大空襲』の直撃を、じかには知らない。
その頃、たまたま、事情が あってか、疎開せず、大阪市内に とどまっていた同級生とバッタリ遭遇し、そこで、あの『大阪大空襲』の凄まじかったことを聞いたのだ、と。
【続く】
2022.02.02 (Wed)
『うんざりウンザリうんざり!』の続き。
やれやれ、
だれに頼まれたからとて、そんなにも過酷な苦労してるわけ?
「自分自身が、ナニしたくてナニした結果の腹ぼて、あるいは妊活とやらを強行したのか、いずれにせよ、だれから頼まれもせんのに産んだだけのことで、こうも自己愛まる出しになるとは(嗤)」
「あーたが産み落とした、生まれさせられた子どもは、まず確実に逃げられぬ何らかの苦しみを負う日が、いつか必ず訪れる。どのみち死ぬ日が やってくる。この国では特に大災害に遭いやすいし、理不尽にも、ひょっとしたら、殺されるかもしれない。わかってて産んだのよね?いや、全くのところ、考えもしなかったんでしょうねw」
と、
しょせん、「ヤフゴミ捨て場」に入り浸り、視野の狭い自己愛コメント投稿に耽ってる、こんなのが母親だなんて、ろくなもんじゃあるまいという印象を拭えない私は、つい、冷笑してしまうんだけどさw
同じ女性どうしの あいだにも、イミフな敵を つくり、
同じ妊婦どうしや母親どうしの あいださえにも、ヘンな格付けランキングを拵えたがる。
なんか、近頃、このテの、自己愛性マザー、ナルシストかあちゃんが急激に増加してるんだろうか。
脳に異常が あった うちの母親は、まさに、そういうタイプだったがな。
いまの母親世代よりも、ずっと上の世代で、60歳代で亡くなり、いま存命ならば、80歳代なんだけど。
あるいは、これって、もしかしたら、一種の、いわゆる「フェミ」的スタンスからの投稿なのかな?とも思えたが、およそ宗教にも「フェミ」なんちゃらにも疎い私には、こうしたケッタイな風潮の原因となっている詳しいところは分からない。
ただ、いったい、自己愛的な歪みから起こしているような犯罪は、男の側にも、よりいっそう頻々と見受けられる傾向の現代だ。
付け加えておくと、
私の義姉(親父の長女)も、『帝王切開』で出産した。
あの頃は、いまみたいに、「少子化」が深刻になるという切迫感などなく、まだまだ、出生数が多かった時代だからか、『帝王切開』は、妊婦の要望じゃなく、病院や医者側のスケジュールの つごうで決められてしまうらしかった。
いまどきの妊婦さんは、持病とか、よんどころない事情が あるわけでもないのに、あえて『帝王切開』希望が多いんだろうか?そのへん、私は知らないけど。
義姉も、出産後、何度か、うちに電話してきて、母親が、何やら なだめているようすなのを、当時は、小学生か中1だった私は、何なんだろう?と怪訝に思いつつ、ただ、横で聞いていたのだが、
受話器を置いてから、母親が、いささかウンザリした口調で言っていたには、義姉は、切った おなかが痛いことをコボシているということだった。
ちなみに、
私自身も、開腹手術のあと、なにしろ、予想外に、痛み止めが殆ど効かなかったため、全身麻酔から覚めたとたん、七転八倒の苦しみを経験している。
痛み止めが効かないということは、おなかを切られた痛みが、そのままということなのだから、そりゃ、断末魔の如しだ。
このときも、わざわざ起こさずに、ほうっといてくれて よかったのに、とも思ったしw
以来、全身麻酔による「安楽死」の可能性に興味を持つようになった。
で、
重度の仮死状態で生まれさせられた私としては、はなはだ疑問に思えるのだが、
いちおうにせよ「自然分娩」と言っていいものやら どうやら、私の母親は、
『帝王切開』の傷が痛むと、電話で泣きついてくる義姉に対し、やっぱり、どこか軽蔑しているふうな感じだった。
私ら母子の場合、
出産予定日を1ヵ月も過ぎようとしているのに、
「出て来たがらないものを、無理に出すことも なかろう」
と、
すでに3人の子持ちだったバカな親父は言っていたそうだw
うんうん、いまの私には、察しが ついてるよ。
親父はサ、ダブル不倫相手だった私の母親を、そもそも、本気で、ヨメにするつもりもなかったのに、異常に気の強い女に押し切られたうえ、デキちゃった私を、本音では、産んでほしくなかったんだよねw
どうりで、出生届も出してなかったしww
で、
親父の言うことを本気にしていたとも思えないのだが、母親も母親だ。
初めての出産どころか、こっちも、すでに一度や二度は、出産も死産も経験済みでありながら、友人らと酒場へ飲みに出かけ、そこでナンパしてきた男が警察官で、などと、私に向かって、ヘンな自慢を語っていたが、このように、のほほんと構えていて、
ついに、当時は出始めだったという『陣痛促進剤』を使用しなければ ならない事態になった。
胎児だった私は、命の綱の「胎盤」が、ほぼ完全に剥がれていた状態のなか、栄養どころか、酸素が絶たれた状態。もちろん、憶えてないけどw
生後6ヵ月からの記憶がハッキリあるくらいだから、ふつうの状態で生まれていたなら、いわゆる「胎内記憶」も鮮明だっただろう。
それにしても、
このバカップル、私が、重度障碍を抱えて生まれたら、どうするつもりだったのやら。
いまでも、
「無理に蘇生してもらわいでも、せっかく、キゲン良く死ぬとこだったんだから、ほっといてくれたほうがw」
と思うのだがww
当の母親は、あくまでも、自分が大出血して、死にそうになったことを延々と自慢するだけ。
おまけに、
「会陰切開」とかを しないで済んだのは、医者も感心したほど、アソコの皮膚が柔軟だった おかげとかいう、ヘンな自慢もwww
『鬼子母神』の逆バージョン。
死ぬまで隠し通し、黙りとおして、
文字どおり「墓場まで」持って行きおおせた、魔女のような母親だけど、
私も、近年、長いあいだ疑問に思っていたことを、いろいろ調べてみて、やっと分かったんだが。
乳児期に、中等度の聴覚障碍を負うことになった原因が、母親のアンタであるだけでなく、
許し難いのは、
障碍が判明していても、親として取るべき対処を完全放棄し、
私に対して、ひたすら、
障碍のことは隠せ!
いや、そんなものは障碍なんかじゃない、
聞こえないのは、努力が足りない!性格が悪いから聞こえないんだ!と、
そればかりを言い張ってたでしょ、アンタはw
しまいには、
「そーいう星のもとに生まれたオマエが悪い!!」
と きたもんだ。
私の逸失利益は、莫大なもんだと思うぞ。
振り返ると、
うちの親らは、何かにつけて、私を罵るだけでなく、特に人前で罵倒したり、ひどく恥ずかしい思いを させるのが、殊のほかに楽しかったんだなと思い当たるのよ。
やれ、「来世は」とか「今度生まれてくるときは」と、無責任で陳腐な定番セリフを言わずにおれない心情も、「切なる思いゆえの願望」であるのだろうとして、理解できないでは ないけれど、
やはり、問題が全くないわけじゃないとも思う。
どうしても、「リセット」の感覚、
命についての安っぽい感性が つきまとうからだ。
言ってる本人たちは、真逆のつもりで、多分に無自覚なんだろうけど。
【続く】
2022.02.02 (Wed)
最近、そうとうウンザリしていること。
まずは、相変わらずの政界のモメ事から いきましょうか。
これについては、いつにも増した、くだらない騒ぎなので、少しだけ触れるに とどめておくが、
いやはや、定番の「ヒットラー」を「ナチス」を、ってやつね。
『立憲民主党』の菅 元首相が、稚新あ、違った(?)w、『維新』だか橋下氏だかについて述べたという発言。
ことわっとくけど、私自身、『維新』にも橋下氏に対しても、早くから不審や批判を述べ続けてきたし、橋下さんと言えば、府知事のときだか市長のときだったか憶えてないけど、いつぞや、日本国内の駐留米軍兵士らに向けて、「風俗」ご利用のススメみたいな「提言」(?)を発して、内外ともに大顰蹙を買ったという騒ぎが あったわな。すっかり忘れてる人のほうが多いんだろうけど。
要するに、『アメリカ人』の「本音と建て前」というのは、基本的な宗教上の理由も大きいゆえにか、われわれ日本人以上に乖離している実態が あるようだし、少なくとも、「それを言っちゃあ おしめえよ」的な、まさに、「ご法度」発言だったのだが、
当の橋下氏ばかりは、そんなことにはトンと疎く、いたって妥当、適切な提言のつもりでブッ放しちゃったんだよね。
あのとき、完全に あらわになった、橋下さんの無知、無教養、軽薄ぶりは相変わらず継続していると見えて、
「国際的ご法度」などと、大きく出てのけたというので、わたしゃ、
「あー、そりゃ、菅さんも軽率だろうにせよ、橋下さんのハッタリと不勉強ぶりは相変わらずな!」
と、あらためて思った。
橋下氏の演説が上手いとか説得力が あるとかいうことが『ヒットラー』さながらとは本当なのか、私には全く分からない。ただ、不勉強を誤魔化すためにか、ヘリクツとハッタリ、単純な思い込みが目立つようだ、とは感じていた。
「ユダヤ人がっかり」ってのもさぁw
だったら、例の麻生さんの「ナチス(の手口)に学べ(学んだら どうだ)」云々発言は?(嗤)
これこそ、ユダヤ人にとって、致命的に聞き捨てならない発言のはずだろうにと思うがな。
でも、『自民ダッピ党』や麻生支持者らの擁護の洪水は、凄まじい勢いだったわな(嗤)嗤)
菅 元首相も、自党の政権を手離す結果となって以降、いまだに挽回できず、世間一般での評価が甚だ良くないままである、ゆえに、政権交代が遠ざかったまま足踏みしか できないどころか後退すら続いている局面は確かであると、ご本人自身、知っているはずだろうに、
しかも、いま現在、『立憲民主党』は、看板の顔を泉 健太氏に変えてみても(しかも、泉氏の風貌って、なんとなく『維新』っぽいよねw)、いよいよ坂を下ってく感じの現状なのだから、外野か どっかから指摘されたらしい「脅威に思うゆえ」の心理から出た発言だろうが何だろうが、
いかに、それが真実、本当のことであろうとも、ここは敢えて、悪口的な発信では なく、まさに、「建設的な」提言を、政治家としての矜持を以て発信することで、暗夜に足を踏み入れたかのような自党のための灯とすべきだった。
でも、正直なところ、ろくなアイディアも ないんでしょうね。
そこは、「敵方」だって同じなんだがね。
あーあ、与野党とも、なさけないね。
ほんとうに相変わらずで、
「ゆ党」と言うのか、『自民だっぴ党』の分身・子分たる稚新もとい『維新』のほうは大ハリキリ、自・公政権は ほくそ笑む、という構図。
このパターンを何度も再現してきた旧『民主党』系も、政権に就いていた当時から「ありゃ第二自民党だ」と、自身が言われてきたし、
野田 元首相に至っては、『自民党』への献身ぶりの、あまりな素晴らしさ見事さゆえに、『自民党』支持者のなかにすら、褒めそやす連中が少なくないようすだから、じつはスパイなんだろ?とまで思わせられたくらいだwいや、かなりマジで。
そこへ今度は、これも『立憲民主党』の特別顧問に おさまっているらしい菅 元首相による『ツイッター』か何かによる発信。
敵に塩とか燃料を差し入れしてるようなもんだ。
これといって、アイディアも ないから、政治家らしい指針や提言よりも、言い古されて退屈な悪口みたいなことしか言えない。
そして、
ワル極まって、大して何も言われないほどの高み(?)にまで登った『自民ダッピ』と、その腰巾着衆に、それこそ、ヘタの「揚げ足を取られる」だけ。だったら、黙ってるほうがマシ。
政治家としてのアイディアを高々と掲げ、同時に、そこに ついて来れやしない相手を、「おい、どうした?オマエんとこは、そこまでか?」と挑発し、徹底的に嘲ってみせるくらいなら、もう ちょっとは愉快なんだけどなw
ま、こうなった以上、菅さんも、とことん、反論、反撃したら いいさ。できるのならね。
ここでハンパな応酬しか できないでは、自分とこの党の歴代メンバーが繰り返してきたのと同じ、仲間の足を引っ張って終わることにしか ならないよ。
これぞ、終わった騒ぎだけど、
しょうもない不倫騒ぎなんぞで、まさに、自党の仲間らの足を引っ張って終わった、気鋭の(?)女性議員も いたよね。あれはガッカリなんてもんじゃなかった。いろいろ発覚して、せっかくの期待は粉々。
こういうことになる大もとの原因は、「不倫ケシカラン」の以前で、まず、本人の「エリート意識」と、子どもっぽいウヌボレが招いていることだ。
こんなにもタカ括ってイイ気になっていた者が、われわれ一般国民・庶民のための賢明な政治戦略を持って貫けるのだろうか、
また、世界の「海千山千」相手に、「手の内を見せず」渡り合えるのか、はなはだ怪しいぞと思わせられた。
でもさ。
たしかに、私も思ったよ。
「自民ダッピや稚新どもが、なにをエラソーに、鬼の首を取ったみたいに」
「自分に甘々、他人に厳しい姿勢と言うなら、テメエらの自分棚上げぶりのほうが、もっと強固で、年季が入ってて悪質だろうがよ」
「ほんもののワルには毎度のパターンだから、誰も驚かないだけw」
で、
「そこまでワルじゃない分、かわりにマ・ヌ・ケだから、ワキが甘くって、敵に叩かせる材料を、みずから提供しちゃってるだけw」と。
さて、「最近、ウンザリしている」ことの本題に入ろう。
まさしく、それは、実の親に虐待されて、殺された あかちゃんや子どもの記事には必ずと言っていいほど付くコメントのパターン。
「来世は」「次に生まれてくるときは」幸せに云々ってやつだ。
で、これも必ずのように、
「うちの子も同じくらいの年齢なので」胸が痛いだの、うちの子だったら、と続いてくる。
これから産みますとか近年に産みましたという世代なら、もしか、「ネット ゲーム」どっぷりのハシリ世代なんだろうか?
と思ってしまうくらい、命に対する感覚が軽薄なのかなあと疑わしく思えるのだが、
なぜなら、それは、まさに、
「リセットできる」
という感覚が まる出しになってるからだ。
まあ、そういうわけじゃなくて、せめてもの願望としてのセリフなのであろうか、「切なる思い」ゆえの表現なのかなと、軽薄にして陳腐なコトバの羅列でも、寛容に受けとめることも できようけれど、
こないだも、相変わらずのパターンで、あかんぼを殺してしまった母親の事件を報じる記事に付いた「ヤフゴミ捨て場」のコメントの ほぼ全てに!
「今度生まれてきたときは」
云々の定番セリフが、見事なほどズラ~リ並んでいたので、
さすがに、
「何かの宗教の仲間どうしが、一斉に投稿したのか?」
と、呆れてしまったよ。
あまりにも怪訝に思えたので、この典型的パターンのコメントを並べ立てる投稿者らの思考傾向を調べてみようかと思い、過去の投稿履歴を少々覗いてみたんだけど、
そこでは、「虹の橋」云々というセリフを述べているコメントも、目についた。
なるほど、近頃、ペット関係の記事には、「私も、うちの子(犬とか猫など)を亡くしたばかりで、悲しくって」と自己紹介する投稿者が、ペットの死を指して、「虹の橋を渡りました」てなセリフを、これまた判で押したみたいに一斉に並べる現象にも気づいていたのだが、これ、誰が言い始めたんだろうね、「虹の橋」ってのは。どうやら漠然としているらしいが。
まあ、いかにも定番という感じの、単純な慰めのためのオハナシに過ぎないようでは あるし、これ自体は、どうってことも ないと思うけれども。
しかし、
われわれ人間の子殺しの報道記事に必ずのように付く、「来世は」「今度生まれてきたら」という、このテのコメントには、大概、もう一つの共通したパターンも あって、それは、
「擁護するつもりは ないけれど」と前置きしつつも、
やっぱり、幼い子を殺した母親の肩を持ち、殺された子どもよりも、だんぜん、母親のほうに大いに同情する内容になっていることだ。
同時に、
夫であるか否かに かかわらず、子の父親への非難が伴っていることも多い。
かつ、
出産と育児が、どれほど大変であるかを力説し、
母親である自分たちを自己憐憫し、被害意識さらけ出しに及び、
最後は結局、
母親であることを、いかにヒロイックな、尊い犠牲的精神の発露ゆえかと自画自賛、
母親どうし絶賛し合って締めくくる(嗤)
おまけに、『帝王切開』で、おなか切った人は、子どものために切ったんだから、病気で切った人よりも偉いだとさ(呆)
なんなの?w
そのケッタイなマウンティングは(嗤)
それにさ、
あれかい、
「おまえのために、おかあさんは、おなか切ったんだ」
と、自分の子どもに言えるわけ?
ま、うちの母親も、概ね、こんな感じだったが。
キモチわるいわぁ。。。
悲劇のヒロイン ママ、
責任転嫁のナルシストかあちゃんw
【続く】
2022.01.23 (Sun)
エコ!エコ!と叫ばれる御時世だが、
もう何年も前から思っていて、旧ブログでも指摘したことが あるのは、
学校の制服の「衣替え」時期などの問題や、社会人になってからも続く、不合理な服装の問題、特に女性のストッキングやら男性のネクタイ、スーツなど。
それと、
日常の商品での、いわゆる「過包装」などの問題。
これは、私は、めったにない祝い事などで遣り取りする高級な贈答品等であれば、包装の華美さも、ひとつの文化だと思うので、たまにはイイじゃないかくらいに思ってるけれど、そういうのじゃなくて、本当に日常で使用するもの、たとえば、ティッシュペーパーなどの取り出し口に貼ってあるビニールとかフィルム部分とか。
あれって、ごく たまに、貼ってない製品も あったんだけど、その分なのか、いくらか安価だったし、実際に使ううえで、とくに支障も なかったよ。でも、いつの間にか、まったく見かけなくなった。
なので、
私は、こういったビニール・フィルム部分に固執している企業側のリクツが理解できないでいたのだけれど。
旧ブログの頃、このことを指摘したら、どこかで誰かが、このビニールで商売している会社だって あるんだよ!みたいに言ってたようだが、
まあ、いろいろな点で、ないよりは あったほうが、という程度のことだろうし、
「レジ袋」を原則廃止となった いまでは、そんな細かいこと、通用しないはずだとも思うんだけどな。
使い終わってからの、フィルム部分の分別も しにくいのよね。
いろんな製品を使ってきて、メーカーの違いなのか、同じメーカーでも、製品によるものなのかは分からないけど、あのフィルムは、すんなり外し易いものも あるのだが、多くは、けっこう、手間かかる。わりと力を入れて外したら、周囲の紙の部分が一緒に剥がれていて、外したフィルムに へばり付いている。
似たことで、
スーパーマーケットの食品や総菜類の包装パックには、各種のシールを色とりどりにベタベタ貼ってある、あれも、売る側の事情も あるにせよ、ちょっとは減らせないのか、もしくは、もうちょっとキレイに剥がし易くできないのかなと思う。
最近、ああいう部分まで剥がす必要は ないので、付いてるまま捨てて よいらしいということを聞いたけれど、以前は、爪を痛めかねないほど、神経質なくらいに、剥がす努力を していて、
どうしても剥がしきれなかったときは、
「ふん、よけいな時間とられて、こんなの、おカネ払ってる一般消費者の責任にするほうが間違ってるわな。その分も、価格を上乗せしてるんだろうし」
と、心のなかで捨てゼリフと共に捨てていた。
あと、これは女性ならではの問題意識だけど。
下着、ブラジャーのことだ。
私が若い頃までは、いまのような分別も せずに済んでいたから、ブラジャーなどの複雑な構造の女性用下着類も、せいぜい、剥き出しにならないように、不要の紙袋に入れるなどして、他のゴミと一緒に処分していた。
近年は、私もトシくってきたのでw「ワイヤー」入りのブラジャーなどは、よっぽどドレス アップする機会でもないと、ふだんは、もっぱら、ワイヤーなしの、オバンくさい、シンプルなブラしか使わないんだけど(苦笑)
ストレッチ レースで縁取りした洒落たパンツも、私は皮膚が弱いせいか、ある程度以上の時間を着用していると、密着接触による つよい痒みを必ず引き起こすので、まず普段使いでは買わない。
それでも、
ビンボボらしくも、さんざん使い古して、どうにもクタビレてきたら、やっと諦めて、金具を用いている部分などは、切れ味の鋭い鋏を駆使し、可能なかぎり解体、分別してから捨てている。これが、ワイヤー入りになると、そうでないものの何倍も手間と労力が かかるから、時間も大きく取られて、ウンザリしてしまう。
「女のフンドシ屋」wと揶揄されてきた、『京都』に本社を構える、ある大手の女性下着専門メーカーでは、処分したい下着を送付したら、その企業側で処理してくれるというサービスも あるそうなんだけど、そこまで する気も ないし、なんと言っても、自分の着古した(恥ずかしいほどクタビレたw)下着を、他人さんに見られるのも、かなり抵抗感あるし。
ワイヤーの持つ機能を、現代の技術で、分別する必要のない材質で、というわけにも いかないんだろうか。
肩が凝るから、からだの線がハッキリするような衣服も、もともと好きじゃないし、ワイヤー入りブラジャーなどで、体型をカッチリととのえる必要もないしw
今後、ますます、ワイヤー入りを購入するのは避けると思う、私はね。
それにしても、
むかし、住んでいたマンションで、下着を何度も盗まれたことが あったのを思い出した。
旧ブログでも書いたけど、
繊細なレースなどで ふんだんに飾っているなどの お洒落な、かつ高価な下着だけが、それは大概、ブラとパンツのセットになってるんだけど、揃えて盗まれてた。
そして、アカラサマなまでにハッキリしていたのは、
いかにもオバンくさい、シンプルで安価なブラやパンツは、そのまま残されていたことw
なかには、買ってから一度しか使ってなかったものも盗まれていたので、苦しい生活のなかで、たまにはとフンパツして購入したものなのに、、、と、猛烈に腹が立った。
犯人は、たぶん、あとから入居していた隣室の男。
よく振り返ると、洗濯物を干しているあいだなど、とたんに、タバコの臭いがプンプン流れ漂ってきていた。
無頓着だったので、気づかなかったけど、隣りのベランダから覗かれていたのかもしれない。
警察に被害届けを出すだけでも しておくべきだったなと、今にして思うが、入院や手術の必要など、思いがけない事情も生じていたので、ほどなくして引っ越した。
私が、そこに入居して間もなくから、
「いつも見ています。一度お会いして、お話したいので、連絡ください」てなメモが投函されてて、「あんた誰?(汗)」な事も あったし、
その後、別のマンションでも、収集の日に捨てておいたゴミ袋のなかの、ストッキングだけが引っぱり出されたのか、1階の共用エントランスの、私宅の郵便受けに、なぜか入っていたことも あった。
ババアになった今でさえも、つい2、3年前、連絡くださいとかワケわからんメモみたいな手紙みたいなものが投函されてたりしたので、もともとは無頓着で迂闊な私でも、若い頃以上に、こまかく用心する癖が ついた。それでも、限界は あるわな。
ほんと、女の一人暮らしは、何かとメンドウが多い。
女が、メンドウ、かつ剣呑な思いを するハメになる原因は、少なからず、男どもによる。
ヤフゴミんが、「女がオバンがババアがー」と喚いているのを見るたびに、
「エラソーにホザいとるけど、バカを産む女は、なるほど、『諸悪の根源』なのかもしれんが、それを助長し、増大させてるのは、おまいらみたいなバカ男だぞ」
と、唾棄したくもなるのよ。
「ヤフゴミ捨て場」のヤフゴミんの、あさはかなオツムでもって、信じ難いほどの世間知らずで管見のくせして、バカ晒してる自覚もない俗物ということは、特に政治や経済の分野で、目を覆いたくなるほどアカラサマなのだが、
たとえば、
下着やストッキングの大手メーカーである『アツギ』の国内工場が廃止され、今後は中国が生産拠点となるらしいというニュースに付いたコメント欄では、「日本製を買わないからだ」という、よほどの世間知らずなのか、管見だらけ。
買わないんじゃない。買えないんだよ。
理由は大きく二つ。
一つは、国内で、多くの人々の収入が伸びないまま、あるいは下がったせいで、割高なものを避け、少しでも安いものしか買えなくなったこと。
それも、贅沢品ではなくて、生活必需品を。
企業経営者らのエゴ、身勝手、あさはかさ、先見のなさと、これに おもねり、癒着し続けてきた『自民だっぴ党』政権の舵取りが根本的に間違っていたことによる。
もう一つは、これも同様の理由からなのだが、
われわれ一般の消費者が、日本製のものを購入しようと思っていても、気づけば、もはや見渡すかぎり、ほぼ中国製に、いつの間にか、取って代わられていたことによる。
あえて、割高でも、日本製をと探してみても、なかなか、ないのだ。
悪辣なアキンドどもと『自民だっぴ党』こそは、「格差拡大」によって、底辺層や「奴隷層」を増やす分、特権層や「上級国民」との決定的に克服できない大差を定着させ、国内を二分しようと目論んだのかもしれないが、
どっこい、
まさに「みんなで貧乏になろう」路線を驀進する結果を招いてしまった。
「日本製を買わずに、中国製の安いものを買いたがる国民が悪いんだ」とホザくヤフゴミんのバカさかげんは甚だしく、単なる世間知らずなのだか、『自民だっぴ党』のシンパだから、必死で擁護してるのか、
とにかく、権力層を守らんとして、呆れるほどの的外れをホザきまくって恥じない連中だ。
こういうバカを のさばらせて商売しているのが、『ヤフージャパン』だ。
たしかに、
『皇族』らに、新年早々、高い所から見下ろされて感激している、めでたい国民も少なくないのだそうだから、やっぱり、この国の名ばかり「主権者」がバカなんだろうな。
「象徴」なのに、あれこれのゲタを履かせないと いけないと、心底から思ってるらしい時代錯誤のカネ喰い虫『皇室』なんて存在は、いいかげんにサッサと廃止してもらいたいけど、ゲタを履かせてエエカッコするのが「象徴」ということはだな、この国と国民が、そういう姿であるという代表なんでしょ。
さしあたっては、次期『天皇』ご一家が、数十億円を費やした御殿に入居される光景が楽しみだわねえw
【続く】
2022.01.19 (Wed)
『【続】愚直に最短距離を目指す優等生は視野狭窄』の続き。
で、
医学部在学中の叔父は、殊のほか、教授の お気に入りとなり、
どこへ行くにも一緒に連れて行かれて、
叔父の姿が見えないと、教授は、「△□クンは、どこに いる?どうして、ここに いないんだ!」と騒ぐほどだったという。
この話を聞かせたら、私の級友たちは、
「それって、、、博士の異常な愛情!?」
と指摘していたものだがw
とにかく、叔父は、ふつうの医者では なくて、アメリカに留学し、研究の道に進もうとしていたらしい。
が。
ここでも、高齢の父親(私の祖父)の鶴の一声。
「年老いた父親を置いて、外国へなど、許さんぞよ」。
叔父には、弟だけでなく、兄も いたのだが、この、いちばん上だった叔父は、私が小学生の頃に、大学の山岳部で活動していて、とある高山にて遭難死。
学業優秀なだけでなく、ガタイも大きくて、スポーツマン。
見るからに豪放磊落な気性で あったが、また優しかった。
彼の両親は勿論だが、義理の姉である私の母親らも、後年になっても、ずっと、「あの子が生きていてくれたら」と嘆いていた。
ふしぎなことに、子どもだった私の眼から見ても、この叔父は、祖父にも、義祖母にも、まったく似ていなかった。
では、医者になったほうの叔父が、はたして、誰に似ているか、
それは、恐らく、もとは「無学文盲」で あった、そして、鋭敏な頭脳を生来として持っていた義祖母だろうということは、私にも察しが つく。
先妻が遺した息子たちを、きつい後妻に、完全に潰されてしまっていた祖父にとって、どの面から見ても、跡取り息子として申し分ない、人間が「できた息子」、
それが遭難死で、思いがけずも先立たれ、失ってしまったあととなっては、必然的に、次男である医学生の息子に跡取り役を負わせなければ ならなくなったのだから、異国になんぞ やるものか、という感じだ。
言っても昔の人だからね、
私の母親に対しても そうだったわけだけど、
子どもが、自分なりの進路や希望を見つけても、それが、親である自分の つごうに全く差し障り なければの話。
経済的には裕福なのだから、反対も干渉もせずに、認めてやれたはずなんだけれど、
ひとたび、自分の つごうに合わないとなったら、子どもの希望は一瞬にして、単なるワガママと見做して憚らない。
子どもが抗う姿勢を見せようものなら、最後は、執拗な泣き落とし戦術、ウンザリさせ、根負けさせる。
以前にも言及したと思うけど、
結婚についてもね、うちの親父は、
「代々の墓の守りを しないのは、とんでもなく怪しからんことだから、特に田舎では、親だけじゃない、村じゅう総出で容赦せず、本人が嫌がって泣こうが どうだろうが、テキトーに見繕った相手と強制的に結婚させるし、子が生まれないなら、養子を とるなりする、それも これも、墓を守るためなんだ」
と言っていた。
昔の人はサ、「家」意識とか、子どもは親の所有物、といった感覚が濃く残っていたんだな。
そういう感覚は、それに反発して、逆らって、苦労したはずの、私の母親らの世代にすら、かなり残っていたと思う。
本人自身が反発していた分、自分も また、親と似たことを してしまっているという自覚は乏しかったけど。
本人らは、自分の恨みツラミと被害意識ばかりに拘ってて、自分自身の抜き難いエゴについては無自覚だった。
私は以前から言ってることだけど、
「優等生」ちゃんは、その、悪しきまでの「素直」さゆえに、「信仰」の如く毒され易い。
そして、それは、あくまで本人(の視点)にとっての「挫折」が訪れたときに起き易い。
例の『オウム真理教』の幹部連中とか典型だったでしょ。
ほんとうの思考力、哲学を持たないで、ただ、要領が良いのが取り得だとなると、いささかも思い悩むことなく、上のほうから降ってきたタスクを耳にするや否や、最短距離をパパパと探り当て、さっさと実行するのみ。
そこは、たしかに、優秀なんだろう。
倫理や良識や哲学なんぞ、「最短距離」の前には、平気で かなぐり捨てるんだ。
「最短距離」こそ至上!!だからw
もっとも、あくまで「上」と、自分のための最短距離だわよ。
こういうのが、えてして、「エリート」というんで、官僚になったりするから、始末が悪いのだ。
意外と、リーダーになっては いけないタイプだよ。
だから、「上」の見識如何が大事になる。
だが、「上」も また、、、ってとこさねww
私の実体験で思うには、
ほんとうに優秀な人ってのは、もちろん、大きな挫折や悩みに苛まれた経験が少ないからこそ、自分に幻滅とかは しなくて済んできた分だけ、少なくとも、その時点までにおいては、大いに余裕あるからなんだろうか、意外と、デキの良くない相手に対しても、あまり蔑むことなく、
「ああ、あなたは、それでいいですよ、いい、いい、がんばったじゃないですか、それで結構ですよ~」
みたいに、大らかに受け止めてくれる人が多いのかなあと、特に職場で感じたことはある。
そりゃ、私のデキが悪いだけ、ってことなんだろうが(苦笑)
ただ、
要するにね、
事あるごとに、他者を蔑んで、
「わたしにも できることが できないなんて」
「わたしでも やってきたのよ、なぜ やれないの?」
「わたしでも」「わたしでも」
「わたしが」「わたしが」
といった罵りコトバが定番のように、つい出てしまう人ってのは、どんなに自信満々そうに見えていたとしても、意外と、きつい劣等感のカタマリなのよ。
だから、
こいつは自分よりも下だ、と踏んだら、即で、軽蔑を隠さないというのは、
どんだけ、自分自身を低く見積もって生きてきたのか、
ということに他ならないわけ。
それがミエミエだということに気づいてない。
で、
逆に、
自分よりも上と感じたら、とたんに平身低頭で、あやかりたいと願い、
家来や側近の位置に就きたがったり、いっしょうけんめい真似しようとしたり。
だから、しごく「素直に」「毒される」。
若造なら尚更よ。
引出しと、その容量が少ないからね。
トシくっても、引出しが少ないままで済んでると、ほぼ成長しないまま固まる。
要するに、俗物。
終生、「上」とか権力とか世間の大勢が決めた価値観しか持てない習性だから。
じつに「素直」なることカラッポそのものですわ。
『東大』も医者も、俗物にとって、ブランド信仰の如き対象。
最後に付け加えておくと、
IQが高いから、人間性も高いかというと、むしろ逆のことも多いくらいで、
まあ、関係ないだろうw
「最短距離」――それをカンタンに見分けられるから、悩まないだけ。
思い悩まない人間は、さあ、どんな人間でしょうか。
「最短距離」だけが目的の人間は。
「最短距離」を進む能力が ないことで思い悩んだ若造は、安易に、他者を殺めようとしましたが。