2021.12.02 (Thu)
『【続】伝統、技術、工芸そして和服――モノの価値とは。』の続き。
そもそも、古代の「女性『天皇』」だって、次代の男子への中継ぎ的存在でしかなかったというし。
愛子さんまでは、単に「女性天皇」で済むかもしれないが、
そのあとの代からは、そうは いかなくなる。
なんだかんだと、いったん始めてしまえば、
ま いっか、このままで、となるのが、俗世と人の習いである。
「万世一系」こそを誇ってきた『天皇』家を支える、たぐい稀なる伝説wファンタジーwwは、そこでプツンと切れる。
つまり、「やんごとある」wわれわれ庶民と、なにも変わらなくなるわけねwww
以前も言ったように、
「やんごとある」でも良い、ということなら、それは、われわれ庶民と同じ地平に立っているわけだから、特別優遇するには全く当たらないし、それでも なお特別扱いと(多少の犠牲は伴うにせよ、破格の)優遇を続けるのであれば、
残るは、より純然たる血筋や家柄差別でしか なくなるのよ。
考えてごらんなさい、
もしも、伝染病なり大災害なりで、「トリアージ」を迫られたときに、『皇族』と一般人となら、断然、『皇族』が優先されるだろう。その『皇族』が、どれだけ、治療の効果が なさそうな状態だったとしても。
自分自身が人事不省状態に陥っていたなら、抗議する自力もないだろうけど、
もし、自分の家族とか大切な人が、同じく救命が困難であることに大差は ないどころか、こっち側の可能性の高さは無視して、問答無用で『皇族』のために、命を遠慮しなければならないとなったら、私は「怒髪天」になるわよw
「男系・女系」の別なく、とにかく連綿と続いてきたのだ、そこに価値あり、ということとするのなら、われわれシモジモだって、「やんごとなき」人々ということになるはずよ?(笑)
『天皇制』『皇室』、
やっぱり、この制度は、こんにちでは無理と矛盾の体現でしかない。
「なかの人」たちも国民も共に、ダブル バインド、矛盾の坩堝に投げ入れて、混乱させ、思考力、論理力を奪い、無気力、無関心、低劣な精神へと押し遣っている、それが現実だ。
悦んでいるのは、「『皇室』ポルノ」に浸っているヘンタイ連中だけ(嗤)
…
私事の余談だが、
数年前に、『龍村』の刺繍帯を、近場の呉服屋へ持っていって、どれほどの値段が付くものか、見てもらったところ、
店の人は、あきらかに目を瞠りつつも、なんとまあ
「1万円で」と来た。![]()
しかも、他に、この帯と合う和服もセットで売ってもらえたら、、、と、
いかにも、舌なめずりするような眼つきで言う。
『龍村』ですよ?正真正銘の『龍村平蔵』。
初代さんのか二代目さんのかまでは、私には分からないけど、制作者名と共に『龍村』製であることを示す特有のラインと、一点物だからなのか、この帯の「銘」と言うのだろうか、重々しい固有名が付けられている。
売らずに持って帰ることにした『龍村』を、店の人は、いつまでも未練たらしく、何度も確かめるように めくってみたり引っ繰り返したりして、思案し続けていた。
おそらく、『龍村平蔵』の本物を目の当たりにした経験が なく、目利きの自信が乏しいのだろうか。
私は、内心の呆れを隠しつつ、その店の人と少し話を していて、
「宝石も そうだし、和服も、買ったときは数十万も払ったのに、売るとなったら、ねえ。ものの値段って、何だろうと思いますよね」
と言ったら、店の人も、思わず しみじみと頷いたものだ。
そりゃあ、子どもの頃から、わざわざ京都の老舗の呉服屋さんが、うちへ訪問して来て、いろんな反物を次々広げてくれるのをウットリ眺めつつ、ここで また母親のウンチクを聞かされた私の眼でも、「お、これは?」と思える生地に、5百円といった値札が ぶら下がってるんだものな。
この ずっと以前にも、かなり大ぶりのダイヤモンドや高価な宝石付きの指輪、海外の有名老舗ブランドの腕時計などを、なかば好奇心で、近所のショッピング モールへ来ていた買取業者に見てもらったら、
やはり、信じられないほどの安値を告げてきて、そこでも、あ、そうですかとアッサリ退散することにした その とたんに未練タラタラで、
待ってください、ご相談によっては、、、などと引き止めてきたのを断り、さっさと帰ってきたことが ある。
てなわけで、
買うときは「清水の舞台」だったかもしれないが、売るとなったら、あっけないものなのである。
『龍村』は、いまも、うちの箪笥で眠っているが、
この帯には、ちょっとした来歴がある。というのは、私の叔母は、若い頃、誘われて、ある写真家の専属モデルを やっていたのだが、
名前を聞けば、高齢の人なら、すぐに、「ああ、あの」と思い当たる、かつて、首相も務めた高名な政治家の、その夫人が出していた冊子の表紙モデルとして登場し、撮影されたときに着用したのが、くだんの帯だったそうな。
その帯を気に入り、買い取った叔母は、
朱赤色の地に、古典的にして大胆な趣向でデザインされた金糸銀糸の色も鮮やかな牡丹の、盛り上がらんばかり立体的に刺繍された帯が、
叔母にはハデになってしまった頃、毎度のパターンで、私への「お下がり」として寄こした以後、たまに私が和服を着るとなると、その帯の出番となっていた。
黒地の『京友禅』に朱赤の帯は、よく映えてくれた。
けれども、哀しいことに、私自身にも、もはやハデになってしまって久しく、それで、いったい、いくらで売れるのだろうかと、「買取します」看板を出している呉服屋に持ち込んでみたというわけ。
ちなみに、
『世界無形文化遺産』に輝く『文楽』の本拠地、わが大阪には、このように立派な伝統芸能も あるのだが、
こういった活動に対する補助金を、当時、『大阪維新』の橋下氏が、知事時代に続いて市長時代にも、「稼げない」「既得権益」とて激しく糾弾し、カットするぞと脅しを かけるような攻撃的主張を繰り広げ、それが また、橋下氏には毎度のパターンと言って過言でないほどにwあちこち誤謬と認識・知識不足だらけ、しかも、ひらきなおってホッカムリというwwこれを是正すべく各界から向けられた指摘と批判が巻き起こったのを憶えては いるのだが、その後、このことも、どうにか解決したのだろうか。
あの当時、橋下氏に対して、大阪らしくユーモラスに切り返していたらしい、すでに高齢の『住大夫』丈は、いっぺんで、健康を損なったそうだが。
いまは「コロナ禍」に伴った深刻な問題の あれこれが、
さすがに頭の なかには、まだドッカリ残っているはずなのだが、
先頃の「衆院選挙」結果を見るに、
どう考えても、大阪人は完全「鳥アタマ」かつ「どМ」化してしまったのかと思えてならないのだけれども。
~
「文化には、"もうかる文化"と"もうからない文化"がある。文楽は1体の人形を3人で操る。太夫も三味線もさらには裏方も、何人も必要な集団芸術。オーケストラやオペラなどと同じで、人件費や制作経費などをすべて入場料にかぶせれば、普通の庶民の所得では行くことはできなくなる」~
https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/5bu-ishin/06-ishin1.html
2021.12.02 (Thu)
『伝統、技術、工芸そして和服――モノの価値とは。』の続き。
敢えての「侘び寂び」精神ってやつだろうか、これって、実は、むしろ裕福者の道楽なのである。
いわゆる「玄人うけ」「通好み」な『大島紬』は、「泥染め」とも言うだけ あって、ほんとうに地味。
本来は労働着みたいなもので、言わば「ジーパン」に相当するかな。
「Tシャツ」も、もとは下着だったという。
日本の浴衣、古くは「小袖」も、そんなところだったらしいが、
やはり、結局は、よりラクで動きやすいものが勝ったということだろうか。
そういう実用性を放棄しても残るとしたら、
それとは全く異なるところに価値を見い出され、残しているわけだろうが、
ただ、よほどの機会が なければ、出番も ない。もしかしたら永久に。
こうなると、一切の日常からは切り離し、博物館入りしかないね。
たしかに、こんにちでは、あらゆる装いのルールもタブーさえも変化している面は多いだろう。
けれど、和服ならではの約束事やマナーも、まさに「伝統」の うちなのである。
昔は、たとえば「遊郭」(いまも一部地域で残ってるそうだが)とか「遊女」「女郎」って存在が あったそうだけれども、どんなに売れっ妓であろうと、なかでも「太夫」とか「花魁」っての?豪華絢爛な着物や簪やらで埋もれるほど着飾っていても、足は素足だ。
これには「粋」とかいう理由も あったそうだけど、
凍える真冬だろうが、どこまでも裸足なのだと。
もし、「粋」が本当の理由なら、18世紀頃のフランスの『エンパイア(帝政)様式』とかいう、シュミーズみたいなドレスを真冬になっても無理して着ていた、そのために、肺炎に かかって亡くなる女性が相次いだ、みたいな話を連想させるが、
私が若い頃、一緒にテレビの時代劇を見ていたとき、
母親が、ふと、私に向かって、
「おまえ、気が ついたか?」と言った。
赤貧洗うが如きビンボボ武士の妻女ですら、身なりは粗末でも、足袋は堂々と履くだろう。
だが、しょせんは「苦界」、「娼婦」、どんなに格式が高いとされる「太夫」や「花魁」でさえも、足は素足なんやで、足袋を履くことは許されん身分、そこが、武家などと違う、厳しい掟なんや、と。
うちの母親の解説が本当に正しいか否かは知らないけど、ちょっと似ているようでは ある。
要は、かけた金額それ自体なんかは二の次なのだ。
厳然と先んずる「ケジメ」がある、ってことらしい。
日本は昔から、特に「形式」を重んじる気風が、いまも濃い。
「ヤフコメ」投稿の一部に見られるように、
本来は労働着であったものを、値段が高額なんだからと、それに免じて、いわゆる「フォーマルな」場にも着ていけるということになれば、
すなわち、金額最優先になった、ということにも受け取れる。
ある意味、「成金趣味」とも言えよう。
すれば、
判断基準は飽くまでも金額の多寡、
「TPO」といった判断は、いっさい構うことなく、仕来りや約束事、マナー、それらの由来も何もかも無視、無知でも済むよね。
良いか悪いかは置いておいても、
そこで確実に消滅する、目に見えない「伝統」も あるわけで。
だから、
たとえば「『大島紬』を、フォーマルの場で着用して、なにが悪い?なんたって、値段が高いのだよ」
と主張していながら、
『大島紬』などの他にも、あらゆる「伝統」的物事を、税金を大いに投じてでも温存すべき!と論じるのは、根本的にヘンなのよ。わかるかな?w
なんか、『天皇制』『皇室制度』にも重なってくるねw
ついでにだけど、
最近、「ヤフゴミん」v.s「ヤフゴミん」でモメてる光景が増えてきてるがw
こういうとこでも、もはや『皇室』は、国民を分断している明白な現実、
まずは各メディア・マスコミ界が煽りまくって、自分たちの「飯のタネ」で あり、国家権力筋からの要請も あるのだろうから、陰に陽に、われわれ庶民国民をコントロールしようと画策しているのが鼻につくほど酷いのが分かる。
これは、週刊誌などの「お約束」、あからさまなゴシップ以上に、いちおう「信憑性が高い」「お堅い」とされる大手紙全体のほうが、むしろ、タチが悪いと思える。
そんなわけで、いまでは、ますます、おげれつネタの宝庫と化している『皇室』。
近頃、眞子さんの「エゴサーチ」も指摘されていたようだが、
加えて、何かと主導権を握りたがる御性格なのか、「お育ち」ゆえにか、ついつい、そんな姿勢になってしまうのか、こういったところは、ほんとうに、おばあさまの美智子さま譲りって感じね(苦笑)
でさ、
ある『ヤフゴミん』の、よく見かける内容では あるのだが、小室さん夫妻の、要は、今後の『皇室』への「喰い込み」を危惧するコメントに対して、
なぜか、ガシガシ反論・擁護しようとガンバる「ヤフゴミん小室派」側がw
「いったん『降嫁』した以上は、二度と『皇統譜』に戻ることは あり得ないのだ。『皇統譜』とは、常に一方向、一方通行のカタチでしか あり得ないルールだ」といった趣旨の反論を していて、
末尾で、「不勉強」だぞと、大いに嘲笑の ていだったのを見かけたが、
いや、ちょっと待った。
この問題については、むしろ、不勉強なのは、嘲笑した側の「ヤフゴミん」、オマエさんのほうだよ。
なぜかと言うと、
いわゆる『皇統譜』への復活は、単に結婚による「降嫁」などとは関係ない、『旧皇族』再帰をと、他ならぬ、現『宮』家のなかの人たち自身も支持しているからだ。
だから、
けっして、「荒唐無稽な妄想」と、一刀両断には言い切れまいわけ。
現代だからこそ、危うい所で留まっているのかもしれないが、
何度か指摘したように、大昔なら、権力争いの材料になりかねなかった「小室・眞子さん騒動」。
ましてや、ひとたび権力の座に就いた者の つごうや思惑による采配で、いくらでも「勝ち組」にすることが可能だった、そういう歴史だ。
いまのところ、一般国民の あいだでは、『旧皇族』復帰については嫌悪や反感が強い傾向らしいのだが、
ウカウカしていると、今後も、ますます『皇室』に投入される税金は増加する方向へ向かいかねない。
と言うのも、
最大にして最高の既得権益集団、まず『宮内庁』の官僚根性が腐っとるだけでなく、結局のところは、『皇室』『皇族』の人々だって、ご自分たちの都合が最優先なのだなということは、これまでの流れを見ていたら、察しは つく。
私は、『上皇』位を、あっさりと設けたのを見て、『皇室典範』なんて、意外なほど簡単に変えることが できるんだなと、けっこう驚いたものだ。
今回、『秋篠宮』さんも明言されたように、
「『皇室』の儀式というものの軽さ」という印象も、単なる印象では ないってことだろう。
『昭和天皇』も『香淳皇后』も、祭祀関係の儀式には、熱心でなく、かなり軽く考えていたようだし。
『秋篠宮』家へ、いわゆる「皇統」が移ることについて、危惧されているのも理解できるなあと思う、最近の記者会見の内容を少々聞いただけでもね。
かと言って、
またぞろ『皇室典範』を変更して、晴れて、愛子さんに「女性『天皇』」を、といっても、それは それで、あれや これや深い懸念は ある。
まず、愛子さんにだって、そんな重圧を背負いきれるのだろうか、という危惧。
彼女も、けっして、メンタル系が強いほうでは ないように思えるし。
環境が安定して提供されているかぎりに おいては ともかく、
ひとたび難題が起きて、内外に乱れを生じると、非常に苦しまれることと思う。
これからの『皇室』『皇族』は、ますます縮んでいくのであろうから、
愛子さんにとって、ご両親以外に、心底から安心、信用してアドバイスを得られる身内や側近の確保も困難になってくることは予想できよう。
第一、『皇室』ならではの最優先事項たる「伝統」であるところの「男系」。
「男系」で ひたすら遡って辿れば、最終的に『神武天皇』だっけ?
私はウロ覚えだけど、最終的な祖先に あたる特定の『天皇』に行きつけなくなるわけだよね。
【続く】
2021.11.29 (Mon)
えー、最初に宣言いたします。
あたくし、『自民党』のことは、今後、
『自由だっぴ党』
と呼ばせてもらいますよってにw
まずね、
いつに変わらぬ軽薄短小老政治屋アソウさんまでがトクトクと、ここぞのネガ キャンに利用して得意になってた、そのキャッチ フレーズは、
パクられたり、自分の意図や結論とは全く異なるほうへ歪めて利用されたことの何度か ある私が最初に、『立憲共産党』と言ったわけだけどさ(爆)
まるで、『日本共産党』と組んだせいだ!と言わんばかりの論調が、どこも かしこでも、幅を利かせているようだが、
ここは『立憲民主党』に、敢えて大きく譲歩し、盛り立ててやる側へ回った『日本共産党』が、今回の『衆院選挙』で最も損したな、
『立憲民主党』は『日本共産党』に謝ったか?というようなことを、私は言っておいたけど、
単に選挙だけのことなら、従来どおり、『日本共産党』は、自分とこだけで戦うほうが、よっぽどラクなくらいだろうと思う。
『(貴族)連合』と切れずに、『国民民主党』と、よりを戻すみたいなことに なろうものなら、
『日本共産党』は、もう、『立憲民主党』のキゲンを伺ってやることは ないのよ。もっと自己主張したら いい。
それよりも、今後も、『自分に伝票を切る怪』を除いた「野党共闘」を続ける方針ならば、『立憲民主党』を盛り立てることよりも、他の協同関係にある野党それぞれの盛り立て合いに、力を入れるほうが良い。
なにしろ、あっちゃこっちゃフラフラとブレるのが、何事も、いちばん、始末わるいわね。。。
そもそも、旧『民主党』からしてが、そうだった。
それとね、
『自分に伝票を切る怪』の代表選を やるの やらないの、『自分に伝票を切る怪』創立者、つまり、この怪の最高老害たる、もとが『自民党』構成員たる松井はんは、なんだかんだと翻して居座りが決定とか、
そこを指摘されると、「共産党は どうなんだー!志位ガー」と喚き散らすバカモノども。
あのね。『日本共産党』は、その名が示すとおりに、『共産党』ですからのw
あの党には、あの党ならではの流儀や理念や思考方向が あるのよ。
あたしゃ、よくは知らんけどw
室井佑月さんの夫君である、ええと、最近、トシのせいか、忘れっぽくてw、何と言ったっけかな?(苦笑)ああ、そうだ、米山隆一氏からの批判に対して、
やれ「『共産党』の代表は!?志位は!?!あれこそ、民主主義ちゃうやんか!!」という指摘には当たらないわけよw
オマエさんらが、お門違いを喚いているだけなの、わかったかい?(嗤)
そもそも、根本が噛み合わないまま ひっついて、単に選挙戦のために共依存しているだけの「腐れ縁夫婦」みたいな、まぎれもない「野合」たる「自・公連立」に比べて、
実際の政策・施策方針が概ね一致している「野党共闘」は、庶民国民にとって、なにも矛盾など していない。
あっという間に、『ダッピ』騒ぎも下火にしてやり、
あとは、ひたすら『自由だっぴ党』の代表選ばかりを大々的に報じていたテレビ、新聞業界で あった。
「『自民党』あやうし!」キャンペーンで、『自由だっぴ党』支持者らの危機感を煽り、「期日前投票」へと誘った、『読売』と『産経』コンビw
逆に、
「消極的支持層」だか「浮遊層」だか「無党派層」だかを、安心させるためか、無気力の惰眠のなかに眠らせるためにか、
「『自民党』だいじょぶだよ!!ゼッタイ!」と、子守歌よろしく言い聞かせていた『朝日』ww
『朝日』だって同罪なわけでしょ。ま、わかってるよ(嗤)
この国は、「『天皇』を中心とした」腐敗集権の国であることは。
一般の有権者国民は、相変わらず無自覚にして不勉強だから。
『野党共闘、当落を分けたものは? 出口調査でみえた「勝ちパターン」』朝日新聞社 2021/11/28 18:00
https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/%e9%87%8e%e5%85%9a%e5%85%b1%e9%97%98%e3%80%81%e5%bd%93%e8%90%bd%e3%82%92%e5%88%86%e3%81%91%e3%81%9f%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%ef%bc%9f-%e5%87%ba%e5%8f%a3%e8%aa%bf%e6%9f%bb%e3%81%a7%e3%81%bf%e3%81%88%e3%81%9f%e3%80%8c%e5%8b%9d%e3%81%a1%e3%83%91%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%80%8d/ar-AARdATb?ocid=FUJITSUDHP
『立憲民主党』の小川淳也氏が、『自由だっぴ党』の、もと「デジタルなんちゃら大臣」だった平井卓也氏に圧勝って。
それは、本質的に「敵失」みたいなもんでしょう。
あの平井氏じゃあね(嗤)勝って自慢にするには当たらんわ。
そりゃ、これで負けてたら、目も当てられんけど、実際あり得ることやからなあw
ふだんは威勢のイイ辻元さんもね、『自由だっぴ党』の重鎮らに縋る前に、本来やるべきことが あったんちゃうの?
私なんか、
「二階さんとこへ詣でて行った」と聞いて、あれ以来、何してはるんかな?と怪訝に思ってたくらいだもの。
しかし、あれだね、
『自・公』支持者のみならず、『維新』の支持者のなかにも、少なからぬ、「野党連立候補者」への投票が見られたというのであれば、これは意外なことだった。
幸先良いじゃないですかね?(笑)
いずれにせよ、来夏の「参院選」を迎える頃には、現首相である岸田さんたちの手腕もハッキリしてきているだろうし、
なにしろ、「野党連立」「共闘」を甚だ恐れていて、
いまのうちに、芽を摘んで、潰してしまいたいとの思惑はヒシヒシと感じるね(嗤)
『日本維新の会(=自分で自分に伝票を切る怪)』に投票するのは、
やっぱり、勉強不足の「無党派」が多いからなんだろうと思う。
あとは、やはり、
従来の野党では、どう やっても、しょせん力弱いものにしか なれまい、という思い込みと諦念。これには、マスコミ・メディア界の思惑と操作も絡んでいると思しい。
「歌を忘れたカナリア」と呼んでいいのかどうかは知らないけど、「公器」たるを忘れた、と言うのか、
ほんとうはネタで食ってる商売人でーす!という本音が あらわになっても恥じない、日本のマスコミ・メディア界。
あれやソレや、あっちでもコッチでも、まるで、単に物量だけで圧倒されてしまった戦勝国『アメリカ』v.s戦前・戦中の日本さながら。
「阿修羅と帝釈天」さながらの、
この世は「正義じゃないんだ、力そのものなんだよ」の摂理かいな?w
それと、やはり、
『自民党』こと『自由だっぴ党』の腐敗ぶり、特に、税金の用い方、カネの汚さは、どうしようもないところまで堕落しているのは分かりきっている、それでも、飽くまで自分自身が、『自由だっぴ党』の利権関係などに所属している者は、そのまま!そのまま!で済むと思ってるんだろうけども、
そうでもなくて、
わかりやすい不満を持っている者は、
『自由だっぴ党』が、税金の用い方やカネの汚さを改めてくれさえ したらなあ、それだけでもイイよ、
という程度の、わかりやすい不満ゆえに、
ただ、わかりやすい「身を切る」というプロパガンダやスローガンを掲げている、それ以外は、まるっと『自由だっぴ党』の分身に過ぎない『維新の会(=自分で自分に伝票を切る怪)』に、やすやすと靡いてしまって投票、という単純な図式だろうと思う。
要するに、ここでも、不勉強で、表面だけを見て判断する、「ふわぁ~」っとした有権者が多いということだ。
こういう、知性の低い手合いは、まさに「金持ちネタムな!僻むな!!」と罵倒されても、しかたないとすら思う。
とか、「ベーシック インカム」を やってくれるなら!!と、その一点だけで縋りつき、『自分に伝票を切る怪』のブチあげた「なんちゃってベーシック インカム」byケケ中に騙されてる自覚が ないのかもな(嗤)
さすがの『自由だっぴ党』政権も最近になって言い始めた「中間層を大事に」という主張と言うか、タテマエ。
「中間層を痩せさせるとマズイ」ということを、私は、かれこれ10年以上も前から警告してきたんだけれど、いまでは、それでは追いつかないだろうと思っている。
つまり、先日も言ったように、
「今すぐに、最も可処分所得を必要としている層とは?」「貯金に回せる層とは?」を考え、
「身を切る」以上に、「全体の底からアップ」しないと、どうにも ならないところまで来てしまっている、と。
全体の底からアップして、文句を唱える層は いないよ。
誰も損しないからだ。
往々にして、「底辺」ほど、ささやかな小さな幸せで満足するからね。
問題は、ここまで落ち込んでしまったまま、あらゆる各層間の断絶そして憎悪、くだらない争いにばかりエネルギーを費やしてしまった国で、どうやって、これから、全体の底をアップできるんだろうか、ということ。
ま、しかし、これとて、『自由だっぴ党』が言い始めるのは、またぞろ10年以上先になるんだろうな(嗤)
私は、その頃には、もう とっくに、この世の人では ないかもしれないので、子も孫も ない身、日本が消滅しようと、痛くも痒くもない。
不勉強のまま、弱い者いじめを して、全く反省も しない風潮の国など、どうなろうが、残念にも思えないし、同情も できない。沈没すりゃええ。
2021.11.23 (Tue)
『【再度】『聖』と『俗』。演出と犠牲。』の続き。
それと、
私は全くと言っていいほど知らない人で、そうとう高齢の女性のようだが、若い頃はアナウンサーだったとかいう、、、ああ、そう、下重暁子さんと おっしゃる、すでに文筆業に専念しておられて久しいのだろうか、例の眞子さんの結婚に伴った騒動について何度か繰り返し主張されていたみたいで、
要は、
「眞子さんたちだけに『家制度』を押しつけるのは愚か!彼女の自由で良いのだから、黙ってなさい!」という論調に終始していたようだ。
私は、この女性のコラムも、見出しだけじゃなあ?と思い、
試しに一度だけ、本文を読んでみたのだが、あ、やっぱり、もうエエわ、という感想しか持てなかった。
だってね、
『天皇制』『皇室』制度、それ自体が、もろに「家制度」そのものを全肯定してるじゃないの。
そして、「家制度」こそが、この国の「連綿たる」「伝統」なんでしょ?
われわれが「押しつけ」?
だ・か・ら、
私は、押しつけてませんよ、ってw
「家制度」そのものを体現している『天皇制』や『皇室』制度を無自覚にか?支持しながら、同時に、
一般へ向けては、「家制度を押しつけるな!」ww
けれども、
「一般人と全く同じくらい自由にしたら よい」とは、とうてい、思えませんな。
「なかの人、おかわいそう」?
だったら、
特別扱いするための、ケッタイな制度は、やめるしかないわなあ、
それだけのことだ。
さて、先日も取りあげた内田 樹氏の、「アンタにとって、『天皇制』『皇室』制度を なくすリスク以上に、これらの制度が存在するデメリットを言ってみろ?」という主張については、そのエントリー内で述べたとおり。
『とにかく汚い『自民党』はダッピッピw(←誹謗中傷?ww)』
要は、一人当たり換算で、たったの1円だろうと10円だろうと、召し上げられるものは召し上げられたうえに、なぜに、「つらい、苦しい、悲しい、籠の鳥」などと、逆恨みめいて嘆かれなきゃならんの?ってこと。
私の疑問と見解に近いらしい、法学の専門家さんも、
「かわいそうと思うのなら、廃止するしかない」
と、ズバリ指摘していたようだが、要するに、そういうことに帰結するほかは ないと思う。
ダブスタや甚だしく無理な矛盾を常に抱えさせられていると、気がヘンになってくる。しまいにゃ、感情鈍麻だよ。
ただ、
本質は商売人であるマスコミ、メディア界が、大衆を大いに煽り、ノセまくって儲ける話題づくりのために、殊更『皇族』の人たちを、尽きせぬ芸能ネタ扱いするのは、すぐに止め、必要で妥当な報道に徹するよう、各社、自戒してもらわなくては ならない。
滾滾と湧き続けるかのように見える「ネタの泉」も、寄ってたかって汲み尽くせば、早晩、涸れる日を招く。
われわれ一般大衆に向かって、「やめなさい!」「黙れ!!」と、
ヒステリックに説教する前に、最もマスコミやメディアに近い言論人たちも、まず、先に言うべき相手が あるだろに、と思う。
その矩を超えるところから、
「ミギ」にとっても「ヒダリ」にとっても、なぜか同様に忌まわしく思えてならないらしい、「『天皇制』『皇室』廃止」という主張や動きが起き始めるのだから。
で、内田氏ご自身は、
「『天皇制』『皇室』制度を廃止するリスク」
とは、どのように重大なことを想定しておられるのかが不明なのだけれど、
ただ、「リスク」面と言うなら、私も以前から言っているように、『天皇』や『皇族』を、民間へ「野放し」にするリスクは あるだろうなと考える。要するに、「悪い虫」「ヘンな虫」が寄りつきやすいというリスクねw
だからこそ、敗戦後の憲法のイの一番で縛ってあるのだろうと思うし。
ああいう、特別扱いと慇懃無礼、崇拝と軽侮が常に同時並行で向けられるような存在の人たちは、意外にも、けっこう鬱屈しているのを隠しつつ、気を遣い過ぎたり、媚びたりも する、その分も、プライドや自尊心とか自負心に縋るあまり、逆に、尊大な、心底ではウヌボレていて、見下す態度がチラチラ見え隠れしていることに自覚が薄い。そうやって、どうにかシャンとして折れるまい!とガンバっているゆえに、かえって脆い。
その意外な脆弱さに つけ込まれ易い。
と、まあ、そんな感じが していた。
ヨーロッパあたりの先進各国では、とうの昔に、「王室」や「帝室」を廃し、共和制に移行した あとになってから、かつての君主と一族が巻き返しを望み、これを担ぎ上げる郎党や王党派みたいな集団が走り回り暴れまくり、というような話はトンと聞かないのだし、
『教皇』なる宗教的地位の世界最高権威も、中世の頃の腐敗と反道徳性は凄まじきに至り、そのことを、やりたかほうだい謳歌する『教皇』本人・一族・係累・関係者一同、いっこうに恥じも せず、気にもしなかったらしいが、
こんにちでは、それでは通らなくなっており、いちおうは、いかにも道徳的な『教皇』のイメージが定着している。
さて、わが国の『天皇』も、多分に宗教がかっているが、いくら何でも、戦前・戦中の頃のような「現人神」の「絶対君主」時代に戻ろうなどと欲する国民は、さすがの日本に おいても、こんにち、ごく限られた方面の、狂気じみた連中くらいだろうと思うが、しかし、それだけに、現代では、『日本会議』を筆頭とした極右的主張の組織構成員が、狡猾さをフルに発揮して、陰に陽に、正体をボヤかしつつ、平凡・凡庸な民衆に喰い込もうとて画策し続けている。
「特権階級」と一般民衆。
どこか心底からウヌボレている人々と、ぼんやりノホホンとしている人々とは深く共通性が あって、どちらも、担がれたり、踊らされるのが好きだw
だから、
何を「国民投票」に かけるとしても、先に、この国の上から下まで、全体の知性レベルを上げていって おかないとならない、そう言ってきた。
ただに自由を、一般の国民、大衆なみに与えたら、「聖性」を備えているゆえに、誤謬や誘惑などに倒されはしないのか、特別な人たちであるのか否かは、すぐにバレるだろう。
「違法なことは、何も ないじゃないか」「証拠は あるのか」と、頻りに擁護する者たちへ。
そのセリフを、アベシなどの政治屋に ついても言うのか?(嗤)
法律なんて、凡俗の世界の最低限でしかないのだ。
ほとんどの国民大衆が、おのれを棚上げして、『天皇』と『皇室』に対し、飽きもせず要請し続けているのは、
単なる法律の基準クリア、などでは ないでしょ?
「聖性」とは、政治屋どものように、「法的には問題ないので」という苦しい言い訳が効くステージじゃないよ。
あなたがたは、まさか、「徳」ってコトバを知らないかな?
もちろん、私は、そんな難しい要請は しないけどw
(旧)『民主党』政権時に、「ハマグリ」という仇名で呼ばれていた議員が、国会開設の記念式典だったかで、『天皇』ご登場を待っていたとき、
居並ぶ議員たちとともに待機しておられた『秋篠宮』が、じっと立たれたまま お待ちになっているのを尻目に、詳細は曖昧ながら、たしか、なぜ立っているんだ、とか、さっさと座ろうぜ、みたいなことを言い放ち、問題視されたことが あったようなと憶えている。
それと、
『れいわ新選組』の山本太郎氏の、例の「『園遊会』おてまみ事件」ね。
当時、旧ブログでのエントリーに、この話題を取りあげ、いくつかの角度から、批判的見解を述べた私は、特に、あのときの侍従長だか『宮内庁』長官だかの態度を非難した。
仰々しくもwわざわざのオリジナル巻き手紙をば、山本議員から差し出された『天皇』さんが、驚きを あらわにも されず、いつもどおりの落ち着きある ごようすのまま、山本氏と少々の遣り取りを かわされつつ、ちょっとだけ開いてみるような しぐさも されたあと、すみやかに、侍従長だか『宮内庁』長官(風岡氏だったかな)のほうに向きなおられ、ほとんど「うやうやしい」ほどの しぐさで、今しがた受け取った巻き手紙を手渡された。
そこで、ニュース映像撮影のカメラが、まともに映し出した場面によって、それまでの一部始終を、さっきから仁王立ちの ていで睨んでいたと思しき侍従長だか『宮内庁』長官が、思いっきし、むくれ顔して、この事態への怒りを憚ることなく大っぴらに表現していたのが見えた。
そして、小柄な『天皇』さんが、ご自身よりも大柄な侍従長だか『宮内庁』長官に預けるべく差し出した手紙を、「当然だ!!」と言わんばかりに、山本氏のほうを終始、睨めつけながら片手で受け取って即、自分の羽織の袂に捻じ込むように突っ込んだのを見た私は、
「どっちが『天皇』で『侍従』なんだか!」
と、嘲笑しつつ非難したので あった。
そういう場面の記憶とか、怪訝に思うことも いろいろ あって、近頃では、どうも、一般の国民よりも、じつは、国会議員や『宮内庁』の関係者など、『皇族』がたに近い人たちのほうが、よっぽど、『皇室』『皇族』に対する軽視や見下しみたいな風潮が進んでいるのかな?と思うようになった。
まあ、案外と、大昔から、こんな傾向は多少あったのかもしれないけど。なにしろ、現代の政治屋と大差なく、互いに利用し合う世界だから。
…
虚ろな空間に、何かが あるように思って、ただ幻影を見詰め、
根本や本質からは、眼を逸らす癖が抜けない。
それでいて、細かいところはネチネチと気にする(嗤)
「哲学」というコトバも概念も持ち得なかった この国は、いまでも、他国からの借り受け暮らし、
真似事で表面だけ撫でて、わかったつもりになって、もっともらしく演じているのみ。
権力層もメディアも民衆も。
「上級」だろうが「シモジモ」だろうが、極端から極端へ持ち上げてみたり落としたりトコトン叩きまくったり。
いつ、餓えたケダモノみたいに牙を剥こうか剥かれるか、
虎視眈々と、怯え。
それにしても、『令和』という元号が発表されたとき、『昭和』も そうだったし、『平成』も特に そうだったと、「名前負け」を危惧した私。
また当たったみたいだなぁ(;^ ^A
2021.11.23 (Tue)
『【警告】一見、尤もらしい意見や提案に潜む罠に御注意。』の続き。
もともと、朝鮮半島あるいは大陸から、米などの栽培とか、武器製作に最も威力を発揮する金属加工とかいった種々の技術、同時に、最先端の学問・技芸の類を携えて渡来してきたわけだろうから、その水準に至っていない先住の人々には、「神秘性」さえ帯びた「権威」と、圧倒的脅威を見せつけることが できたはずで、
それは、ようやっと、自国の製品や産品に、正面から自負を感じることが できるようになった現代に辿り着けるまで、およそ「舶来」に最上の価値を置いてきた日本人の精神性に、長く、つよい影響を与え続けた。
結局のところ、「『皇室』の聖なる権威」みたいなものを、それが、少なくとも俗世間では根深く信じられているということを最も理解していたのが、
現代の若者とも思えぬほど、旧弊にしてスノッブな価値観を持っていた小室青年。彼こそが、やすやすと、『皇族』女性をトリコにできたわけよw
それにしても、
この騒ぎにおいて明らかとなった、眞子さんたちの「大恋愛」をダンゼン擁護、応援する老若男女は勿論、当の『皇族』女性たちの、殊のほか、恋愛に対する憧憬の強さ、ロマンチック趣味は意外なほどだったなw
また、一般人の男性に対する憧れのようなものもヒシヒシ感じられたが、
ある意味、『皇族』とか、いかにも「おぼっちゃま」系は、男性としての魅力に乏しいということかもねw意地悪な観察だけどww
やっぱり、いちばんモテるのは、「悪い、危険な男」系とか「ワイルド系」かなー?w
私個人は、どっちも、どうでもエエと思うけどw
事実、「悪い、危険な男(DV付きw)」だった、うちの親父は、みょうにモテてたし、
それを鋭く指摘した従兄は「ワイルド」系で、ちょっと、ものを尋ねただけの通りすがりの女性でも、たちまち、目がキラッキラになるんだからな、そばで見ていて、スんゴイなあと、感心するよww
もうオッサンになってる従兄は、若い頃から、単にハンサムとかは、私は思わないんだけどw他の女性たちに言わせれば、やっぱり「男前」なんだってさ。それに、なんとなく「男の色気」みたいなものが あるわな。本人は、そんなこと微塵も意識してないと思うけど。
剣道を教えた ついでに、はだしのまま、車を運転して、迎えに来てくれたとき、「あれっ
ハダシやん!」とビックリしたら、がっははは!と豪快に笑い飛ばしたガサツな男なんだけどねえ(苦笑)
男性側だって、いわゆる「悪女」タイプを好む人が多いのは、小室さんちの おかあちゃんの「もと婚約者」さんが代表格の一人になっちゃったなw
ところで、最近、読み始めて すぐに、「あ、しまったな」と、思わず舌打ちしたくなったコラムについて。
元来の性分なのか、いったん読み始めたら、たとえイライラしながらでも、いちおう最後まで読んでしまう癖を、ここでも通してしまい、せめて、誰が述べた主張なのかな?と、筆者名を確認したら、『保坂正康』と記されてあった。
https://news.yahoo.co.jp/articles/025a4b6019e59170914808c5299dab31666b9507
~「聖」なる存在として畏敬の念をもって見られてきた~
~皇族が聖なる存在として認識された大きな理由~
第一には、そのように演出してきたからでしょ、彼ら(の先祖たち)自身と、彼らと利害を共にする者たちの計算のうえで。
わりと近い時代では、『香淳皇后』の御実父は、『大正天皇』の皇后であった『貞明皇后』に嫌われていたという、その理由が、やはり、おカネの無心とか、
『香淳皇后』の御実兄は、女性関係の問題を起こしていたとか、
他にもスキャンダルは幾つも あるよね。
私自身、子ども時分から、周囲の おとなたちによって、『皇室』のスキャンダルを何度か聞かされた記憶が残っている。
もっとも、『天皇制』や『皇室』制度への反発的意向などが あったからでは全然ない。
むしろ、「畏敬」とか「尊崇」対象という、長年に わたったスリコミが、あの世代には つよく残っているからこそ、時おり発覚する『皇室』の問題やらスキャンダルに ついて、あたかも怪談か「世にも恐ろしい秘密」を語るような口調でもって、殊更ヒソヒソと話していた。
ただ、ごく若い頃は『近衛』将校として、『皇室』周辺で勤務していた親父だけは、瞬間着火の如く激怒したことが あった。
それは、『大正天皇』の体調問題が、脳に起因していたというようなことを、まだ何の先入観も持たない、『大正天皇』って誰?な小学生の私に、何の流れでか、近所の、噂好きな おばさんが吹き込み、帰宅してから、この内容を、本当?と、何気なく、親に尋ねたときだった。
しかしながら、まさに『天皇』その人と、『天皇家』自体のスキャンダラスな問題が発覚しないかぎりは、他の『宮』家のなかの問題であるに過ぎないなら、制度への致命的な打撃までは防げていたのだろう。
ところが、今回の騒動に おいては、遠からず『天皇』となる予定の今後、確実に2代は続けて引き継ぐことになっている『宮』家の一員であったがために、ここまでの大騒ぎになったのだろうと思われる。
しかも、その『天皇』となる予定の人が、お若い頃から堅持してきたという思想やポリシーなどを、親としての教育方針でも、そのまま、ご子女たちに垂れられていたに違いないと、そこからして大いに疑念を持たれている。
お子さんたちだって、幼い頃から、親御さんに常々教えられてきたことと矛盾するようなことを急旋回して言われたら、そりゃ反発するだろう。
~秋篠宮が「皇室としては類例を見ない結婚」と言った通り、これは戦後初めてのこと~
『久邇宮』家の第三『王女』だった通子さんは、どうなんでしょうかね。
ちなみに、
『秋篠宮』家の紀子さま佳子さまと、小室母子の名前の字やイニシャルの重なりが目立つのがオモシロいんだけどw
この通子さんも、前『皇后』美智子さまとは真逆のケースにして同じ読みかたの名前であること、そして、再婚相手の姓が、ご実父のスキャンダルの相手となってしまった女性の旧姓と同じというのも、偶然とは言え、なんだかフシギでオモシロい。
ちなみのちなみに、
うちも、特に私と親らが、『天皇』や『皇室』の かたがたと、誕生日などの数字とか名前の字などが共通している例が奇妙に多いのは、家族内では、時々言ってオモシロがっていたのだが、
先述したとおり、親父は、戦時中、『近衛師団』所属の青年将校だったので、『皇居』周辺に出入りしていた頃、まだ幼かった前『天皇』(現『上皇』)が、うちの親父が腰に提げているサーベルを触りに来られたりしたそうで、時に、ごく間近で接していたらしい。
そのせいか、中高年までは、いまどきの「えせウヨ」や声だけは無意味にデカい腰抜け「ネトウヨ」「ミリオタ」どもなんぞビビるであろうほどゴチゴチの『帝国軍人精神』だの『皇国史観』だの『天皇』崇拝にドップリ浸かってきた名残を隠しようもなかったほどなのだが、
いつしか、老齢に達する頃には、
むしろ、自分の親世代、つまり、青年時代の自分たちを、むざむざ、死地へと赴かせて平然としていた世代への隠然たる反感と同時に、『天皇』『皇族』という存在に対しても、どこか冷めた態度を見せるように変化していった。
と、旧ブログあるいは過去エントリーでも述べた話。
~情報を掴んだ週刊誌記者から取材を受けるまで、宮内庁幹部は把握していなかったばかりでなく~
いや、それも、先日のエントリーで紹介したコラムによれば、『皇室』担当の記者は、週刊誌の記者でも、身辺調査されたうえで、『宮内庁』からの指令を受けて、書くらしいのよ?w
でさ、
そもそも『皇室』の皆さんは、眞子さんの親御さんである『秋篠宮』ご夫妻も、そして『天皇』さんも、『上皇』ご夫妻も、ほんとうに、小室 圭さんとの結婚を厭わしく思って、心底から反対する気持ちなんか あったんだろうか?
まさに『高円宮』妃あたりが、娘さんたちに言い聞かせていたという「恋愛と結婚は別」よろしく、「タテマエに過ぎない、要は、国民向けの儀式と、実際の結婚は別」と割り切っているようにすら見えたけど。
私には、「まるで、話にならんわぃ┐(-_-)┌」としか思えないほど、全く異なる世界の住人であるような保坂正康氏の、くだんのコラムの内容に ついて、案の定、「ネトウヨ」圧倒的大多数の「ヤフゴミん」らが、「これぞ本質論!」とて、つよく共感した旨、歓び勇んで続々コメントしているようだ。
この保坂氏の名は、私も、どこかで目にしたようなオボロな記憶が あるものの、一度も関心を持ったことは なく、したがって、氏の著書を読んでみようとしたことも ないまま、その基本的な思考の方向性などを知ることもなかった。ゆえに、今回、てっきり、「右翼」系の論者によるものだろうと思ったが、ちょっとだけ確認しようと、検索してみたら、「反日」とか「左翼」であるという激しい指弾も出てきたので驚いた。
てなわけで、
「えっ??σ(;=_=)?」と混乱したままの私は、
この保坂氏に対しても、一言で済ませてしまうのだ。
「なぜ、特定の個人に対し、『聖性』なんぞを要請、かつ、全うされるべきと考えられるのですかぁ?」
この、最初も最初の素朴な一歩からしてが、「ウヨ」「ネトウヨ」ばりの、「黙れ!問答無用!!」とて撥ねつけられるタイプの御仁であるならば、やっぱり、私とは、対話はムリだな。
これも先日のエントリーで触れたが、
室井佑月氏の いわく、「祈ってくださるんだよ!」だから有難いんだ、
とする断定的主張も同様のことで、
祈らねば ならぬのであれば、「聖性」が必要ならば、
おのれ自身で、「祈り」と「聖性」を引き受けるべし、だ。
おやおや、「できるわけない」ってか?そーですか、そーですねw
「祈り」「聖性」、そんなの、私は強制したくも、されたくもない。
自分以外の誰かには、そんなこと当然、などと思わないから。
【続く】