2014.05.31 (Sat)
善良な市民の敵w片山(丑田)被告。
警察・検察を愚弄しまくった彼は、自分が携わるIT分野の知識の多寡や技術力が、自分よりも大きいか否かで、相手に対する判断と態度を徹底的に分けている(た)そうだ。(ほんと、あのカルト連の根性そっくりだよ
)
大金を持ってるから尊敬する、つうのと、どんだけ違うのかいな?(嗤)
ふつうは、そういう極端に単純な区分けでもって、たちまち、相手へ敬意を払うのか、逆に、トコトン舐めてかかるかを決めたりはしないもんだと思うが。
まあ、片山(丑田)の場合、警察・検察は、常々、打ち負かしてやりたいと、心底で憎み続けてきた対象だからなんだろうけどw
いかに片山(丑田)でも、自分の母親がITの知識や技術を持っていないからとて侮蔑するわけないだろうし。
先のエントリーでも述べてきたように、
「人格障害」者と同じく、「発達障害」者にとっても、特に、知能の問題は伴わない「アスペルガー」の場合、テキストのみの世界というものと、とても相性が良いというし、
いずれも、ともすれば偏った性向や思考に陥りがちゆえ、通常人以上に摩擦の多いであろう「リアル」の生活よりも大きな充足感と慰撫を得られて、非常に居心地の良い場であるというIT分野や「サイバー空間」というものの現状、無法地帯的な現状というものは、
喩えは良くないかもしれないが、まさに、
「ナントカに刃物」
状態だ。
なまじに知識と技術を手に入れ、それを「武器」として、ネット世界を自在に徘徊してきた片山(丑田)を見ていたら、典型的見本だと感じさせられる。
それにしても、
犯行に伴うブツの一部の、
慎重に選別されていたというセロテープの付着「DNA」と、
最後に墓穴となった被告所有スマホの付着「DNA」、
この不可解な落差ぶりは、なに?![]()
猫の首輪2点にしても、なんのことはない、
万引き やらかして入手しておったという盲点。
まあ、とにかく、
捜査当局には、今回の事件は、言わば「苦い良薬」として、今後に備え、改革・改善すべきは、すみやかに実行してもらいたいものだ。
はてさて、
「ユビキタス」の正負問題。。。困ったもんだな。
『片山(丑田)被告擁護派だった人たちへも少し批判しとくw(続きの続き)』
追記『片山(丑田)被告擁護派だった人たちへも少し批判しとくw』
2014.05.30 (Fri)
~ま、タイマー機能によって、送信時間をズラすことが できるなんていう程度のことは、私を含めた そんじょそこらの一般ユーザーも多くが知っていることだろうから、いまさら、こんなことを、片山(丑田)が、堂々とアリバイに使えると思っていたらしいことが、最大級に意外だったことの一つと言って過言でない。
そこらへんが、発達系障碍の極端なアンバランスさを感じさせるのだけれど。~
上記の箇所に加え、もっとツッコんで言えば、
今回は、捜査員が抜かりなく見ていたこと(←これを被告が気づかなかったままというのが、なんとも一番奇妙なんだがw)と共に、
「DNA」を付着させたままだったということ、これらがなかったなら、
要するに、
本人の身体と、くだんのスマホというブツが、あくまで別々の場所にあるという現実、このことを もって、
そのブツから送信したのは、片山(丑田)であるという断定を成し得ない限り、これまでの「グレーゾーン」と同様の状況にもっていけるわけで。
もちろん、そのスマホから送信したのは、片山(丑田)被告自身であろうなという、ほぼ確信的な疑念を、ほとんどの人が持つのは自然当然だし、そのことは、片山(丑田)被告本人も、とっくに承知のうえなわけよw
あの「カルト連」と同じ根性で、
「ほれほれ、なんぼ疑っても、決定的証拠はぁ?ほーれほれw」
と、腹のなかで嘲笑し続けておれるってわけさww
ほんっと、こやつは陰湿で、トコトン憎たらしい性格しとんのなあ。。。![]()
たぶん、まじの「反省」もできないままで一生終わるんじゃないかね。。。
ある意味、人として欠陥持ちなので。
内と外とが、こんだけ見事に釣り合ってるというのも、めずらしいほどだしなw
あらためて呆れたわえ(苦笑)
2014.05.28 (Wed)
『PC遠隔操作 ブラックハットの片山被告をホワイトハットに』
2014年5月22日 18時35分
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20140522-00035574/
ちなみに、
ああいう「黒技術」を持つタイプの者を、なにか有効な道で再利用いや、更生を兼ねて使えないか?といった提案は、ずっと以前から見かけてきたが、このことに関する私の意見は、下記エントリーでも少し述べてある。
もっとも、「クラッカー」とは異なり、「ハッカー」というものは本来、反社会的行為自体を目的にしているとは限らず、そもそも、IT技術開発系企業のなかにおいて、自分たちが今回、開発した新技術が万全なものであるか どうかアレコレ叩いたり試す作業を行なう者も、まさに「ハッカー」的な作業を行なっているはずではないのか。
このことを考えると、むしろ、科学者の好奇心に似たものだと思う。
もちろん、科学者の純粋なる好奇心が、とんでもない災厄を齎している現実の側面もあるわけだが。
ただし、
もし、上記のような提案が実際的な方向に進められうるとしたら、片山(丑田)の場合には、「劣等感」ということが基本的キーワードとしてあるようだから、その逆の「自尊感情」を満たしてやれればいいのかもしれない。
そうすると、ますます、タチの悪いウヌボレ(劣等感の裏返し)が昂じて、かえって逆効果の無反省になってしまうか どうかは、私には分からないが。
いずれにしても、
ネット自体が、「人格障害」者にとって、すこぶる相性が良いという説は、早くから、私も聞いている。
「発達障害」の人にも、多分に同じことが言えるのかもしれないと思う。
両者は、その原因が、ながらく判明しなかったケースにおいては尚更のこと、周囲の違和感、本人も また疎外感を抱きつつ、そもそも「生きづらさ」というものを漠然とながら感じつつ生きてきたということが多いというのだから、通常人の感覚では理解しづらく、どう転ぶか予想し難い屈折を抱えているであろうことは、事前に察しておかなければならないのではないか。
『片山(丑田)被告擁護派だった人たちへも少し批判しとくw』
『片山(丑田)被告擁護派だった人たちへも少し批判しとくw(続き)』
2014.05.28 (Wed)
最近、
知的あるいは発達系障碍と思しき子どもや青年を、どういうものか、たて続けに見かけた。いずれも男性だったが、
もしかして、昨今、増えているのだろうか?
こういう方面の障碍にも、いろいろと個々に違いも度合いもあるのは、私自身、間近に見たり聞いたりする機会があって、ほんの少しは知ってることもあるのだが、
はっきり言ってしまうと、ここ数日間に連続して見かけた場面では、
いずれも非常に衝動的な、突飛な しぐさと共に、どこか独特な軽薄さに溢れ、
通常の人なら備わっているはずの、ある程度なりに深みを伴った静かな知性というものが決定的に欠けているとしか言いようのない、奇異なまでに落ち着きのない表情と態度を伴っており、通りすがりの あかの他人でも、すぐに、それと気づくほどだった。ということは、彼らの場合は、重度に相当しているのだろうと思われた。
はたして、
そばに付き添っていた母親と思しき女性の、他人以上に、身内の私自身がイライラと疲れさせられ、この子にはウンザリしていると言わんばかり持て余している嫌悪の表情が目に入り、まあ、これでは、家族の苦労も大変なものだろうと察せられたことだ。
ただ、肉体的にも、いっそのこと、いつまでも、精神に相応の幼児でいてくれれば、それほどの問題にならないとしても、現実にハイティーン以降になってくると、たちまち深刻さを増してくるであろうことは、他人でも想像に難くない。特に、男性の場合は。
個人的な出来事からなのだが、
このことは、もう何年前になるのか、例の質問・回答サイト「OKウェイヴ・おしえてgoo」に参加していた初期の頃、ネット自体に初心者だった私は、とある「自己愛性人格障害」者(←本人申告)に絡まれるハメに陥り、その猛烈な逆恨みから、たちまち執拗なストーキングと激しい誹謗中傷攻撃を受け続けていたときの考察を述べたことがある。
それは、
なんだかんだ言って誰しも自分は一番可愛いもので、
たとえ、自分自身に発端なり原因があったとしても、そのために、周囲の者から怒りや叱責を受けたとき、リクツ抜きの不快感を持ってしまうのは、これも自然なことだ。
しかし、動物や幼い子どもでもないのだから、一応理性の備わった者であれば、少なくとも自分の負うべき責めについては、神妙に受け入れるのが一般的。
ところが、ある種のひとたちというのは、いくつ何十の年齢になっていても、怒られたとか叱責される現象が自分の身に起きたということの表面のみしか受け止めることができないようなのだ。
つまり、
どんなに、自分の側に根本的問題や失態があったとしても、そのために怒りや叱責を向けてきた相手のほうをこそ無条件に「悪」と感じるのか、憎んでしまうのらしいということ。
ありていに言えば、「逆恨み」というやつだが、
それだけ、起きたことの なかみというものを知的に客観的に吟味できない本人にとっては、ただ恐怖、脅威、強い圧迫だけを感じたということなのかもしれない。
「自己愛性」という名称も付くわけだ。
しかし、これは、もともとは、いたって素朴な感情が原点なので、べつに、不可解でもなんでもなく、生物である以上は普通に、誰しもが基本的には持っているはず。
ただ このままの状態では、幼児並みであり、甚だしい場合には、まるで野生動物並みだ。当然、陰にせよ陽にせよ深刻な問題になる。
野生動物並み、幼児並みの自己愛剥き出しのまま成人してしまった者が、この人間社会にて生活していくうえで、とうてい、妥当なところで平和に おさまっておれるものでないのは明白なのだから。
したがって、
幸か不幸か、知能に不足がないかぎりで、当人も、巧妙に隠そうとし、
また、その養育者も、最低限、支障が表に出ない程度には抑え込むことを要求する。
彼らは何故、周囲の者の怒りや叱責といった、自分にとって、ふつごうな出来事に際し、その出来事の勃発した根本原因は全く さしおいて、
ただ ただ、可愛い自分が怒られた、叱責された、という現象の表面のみに とらわれてしまうのか。
もちろん、それだから、おかど違いの被害意識のほうを抱え込んでしまい、本当の自己反省ということは し難いわけだ。
実は「自分」というものがないのだという説も聞くが、「人格障害」と名の付く者には、一見は、いかにも、俗世間的価値観に つよく反発していて、殊更ユニークな存在たる自分をアピールしながらも、そのくせ、
往々にして、
実は このうえなく俗世間的価値観にドップリ毒されているゆえであることの自覚がないらしいのを目撃することが何度もあった。
けっこう、学校時分は、とにかく勉強を頑張ったので、それなりの優等生だったという人も少なくないようだ。
典型的なのは、
頑張って努力したのに、決して一番にはなれなかった、社会人になっても、どうにも世間的な成功者には届かない者が、明確な答えのない芸術の世界の天分やら「天才」という呼称を渇望することだ。
なかには、安直に、オカルト能力に活路を見出そうとする者さえいる(笑)
それも これも、
自分一個のプライドを守ること、
おさまり悪くグラグラしている不安で人並み以上に苛まれているのを感じないようするため、
目につく何にでも縋り付き、がっつり喰い込み、余すことなく利用し、
もって、可哀そうな可愛い自分を安定させるための懸命の方策なのだろう。
それだけ、よく気が まわり、敏いのである。
少なくとも、私のように、ボーっと しては いないw
ただ、発達系障碍というものにも、知能自体には問題なく、というよりも、むしろ、ある側面においては、通常人以上の優れた集中性と能力を持つ場合もあるらしい。本人が好んで興味を持っていて、得意とする分野に関しては、非常に能弁で饒舌にもなるという。
こういった特徴的な現象は、むしろ、幼い子どもに、それほど珍しくなく見受けられることではないだろうか。
動物たちでさえ、考えようによっては、人間よりも鋭く優れている面があるわけで。
で、
ある意味、生命力旺盛で元気でマメで行動的な片山(丑田)被告だが、
世間一般でも、よくある母子関係だろうとも思うのだが、
恐らく、片山(丑田)にとって、その母親は、この世で最大の受容者であると同時に、隠然たる支配者でもあっただろう。
今後の更生にあたって、彼の母親は欠かせない重要な存在であることは、あかの他人にも理解できるけれど、
私個人の感じたことだが、
自分の息子の前科、
いま また再び、世間を騒がせ、無関係の人々を、より いっそうにも深刻に巻き込んだことについて、
かの母親自身、息子が犯人であるという認識を持ち、その被告に対し、被害者たちのことを大前提に諌めてきたというよりは、
ただ自分自身の平穏な生活を取り戻すことばかりを第一に求めていたのではないかと、
報道によって、その言動の一部を伝え聞いたかぎりでは、けっこう、片山(丑田)被告と似た視野の狭さを感じないではないのだ。
あくまで自分個人を中心とし、ごく狭い視野の価値観においてしか、ものごとの善悪の本質を踏まえ、実感していく能が、片山(丑田)には欠落しているとすれば、そんな母親だけを たよりに、さて、なかなか困難な話だよなと思う。
人生、どのような理不尽な苦労でも、良き糧にしていければ、それに越したことはない。だが、少なからぬ ある種の者たちは、自分の身のうえに齎された出来事を、他者への想像力の涵養に資するのではなく、
幼い子どもが、周囲の おとなたちの表面的な姿をソックリそのまま真似するごとくに、自分が味わった何らかの苦痛や不快そのままを、誰でも押し付けやすい対象に、そっくりと押し付けてしまう。
そういう幼い「学びかた=真似ぶ」しかできない者たちも存在するのだ。
想像力の欠如というのか、まずは、自分自身の痛みには酷く敏感でも、遠い他者の痛みに関して、どうも自分は鈍いらしい、ということから自覚を持つようにしていかなければならないだろう。
自己愛、自己中心性というものは、本来は自然のうちに用意されているものでもあろうだけに、ある種の人たちにとって、並々ならぬ努力と自律を要するだろう。
このことは、どちらかと言うと、人全般に対する関心が希薄になりがちなほうだった性質である私自身も、年齢を重ねていくうち、よく心しなければならないと思うようになったことの一つだが、
学校時分の片山(丑田)がイジメられていたという話が事実であるならば、その当時の関係者も含めて、このように自らを問い直さねばならない人々は、世に少なくないだろう。
2014.05.28 (Wed)
『【PC遠隔操作事件】被疑者の素顔を弁護人に聞く』
2013年2月19日 22時19分
http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20130219-00023545/
~前科については、彼は反省し、警察や検察を恨んだりしていません。~
だからー、
違うと思うよw
何度か言ったことだけど。。。
~
ーーなぜ録音・録画をしないと取り調べに応じないことにしたのですか。
実は、問題のウィルス「iesys.exe(アイシス・エグゼ)」に使われたプログラミング言語はC#ですが、彼は「僕はC#は使えない」と言うんですね。ところが、
~
ーー彼がC#を使えないというのは、彼にとって有利な事情ですね。
そうなんです。「それだけで、君は真犯人でない、ということになるのでは?」と聞くと、彼も「そうですね」と答えるんです。でも、彼がその話をしたのは、逮捕されてから6日後のことなんですよ。それで、「そんな大事なことを、何でもっと早く言わないのか。このことを、警察は知っているのか」と聞いたら、最初の身上調書の話が出てきたので、これは録音・録画をしないと危ない、と思ったのです。
~
これらも、
どシロウトの私なんかでも真っ先に、
「怪しい、こういうことって、案外と応用が効くもんじゃないの?」と思ってた箇所だ。
現に、PC関係の職に従事してるという一般コメント投稿者のなかにも、プログラミング言語に関して、片山が言ってるとおりだなんてことはない、と指摘している人たちは いたよ。
あと、最も怪しいと思ったのは、ここ。↓
~
ーーウィルスとか遠隔操作などに興味は?
「ない」と言っています。それで、「セキュリティの開発のためには、(日々進化する)ウィルスとデッドヒートを演じている演じているわけで、そういうことに関心を持つこと自体は悪いことじゃないんだよ」と水を向けてみました。でも、本人は「セキュリティには関係ないし、MALWAREには全く関心がない」と。ハッカーの情報を交換するサイトがあるらしいけど、と聞いても、「そういうのは見たことがありません」と。
それで、彼自身がウィルス対策をどうしているのかを聞いてみました。すると「Win8はウィンドウズディフェンダーがついているし、その前のWin7の時にはマイクロソフトで無料のソフトを手に入れた」とのこと。その程度で大丈夫なのか、と聞いたら、「危険なリンクには近づかないから」と言っていました。
~
なんで、こんなバカげきった言い分を、かんたんに信用できるんだろな。。。(呆)
あのさ、片山(丑田)は、そのへんの初歩的な一般ユーザーではなくて、一応にせよ専門職だよ?
このように、
私なんかは、ここへ来てネット上に溢れかえってる
「あの顔からしてが怪しいと思ってたw」
といった、容姿のこととかよりも
(もちろん、そう言いたい気持ちに共感できないではないさw大いにキョド不審でもあるしなww)
だが、
そもそも、被告本人が発言してることの内容が、あれも これも、えらくオカシイでしょ?っての。
だって、再び言うけど、
片山(丑田)は、あれでも一応、その分野の専門職なんだからさ。
なるほど、セキュリティについての姿勢が、専門職の身でありながら全然なってなかったことを、いまでは反省してます、てな殊勝なことを、いくら尤もらしく語っていてもね。
あまりに奇妙過ぎるんだ。
とは言え、いかに奇妙でも、これらのことをもって、片山(丑田)が犯人だと断定する直接の要素とは全く ならないけど。
特に、以下の部分は、どうやら、担当の佐藤弁護士と全く同じこと言っていたのだなということが、上記の江川紹子さんのコラムで紹介されている、当時の佐藤氏の発言記録によって窺い知れる。
『片山被告が記者に“動機”初告白「最初は腕試しのつもり」』
TBS系(JNN) 5月23日(金)17時9分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20140523-00000047-jnn-soci
~
「江の島の防犯カメラ映像の報道があったときは、やばいと思いました。それで、ずっと想定問答を繰り返していました。逮捕後、検察官に『猫に首輪を付けたか?』と聞かれ、『いいえ』と答えると突っ込まれなかったので、“映っていないんだな”“無罪を主張しよう”と思いました」
~
…
いまとなって読みかえせば、あらためて興味深いというか、なんというか、しみじみ感慨深いというか(苦笑)
先日から言ってきたが、
片山(丑田)は、あくまで、偶然の「グレーゾーン」に守られていただけ。
すでに殆ど「黒」なのだが、なお ところどころでグレーのモザイク部分が残されていたために、思い切った踏み込みが難しかっただけのこと。
その残っていたグレーのモザイク部分を、わざわざ自分で黒く塗り直しただけ。
その現場を、捜査員が、今度は、しっかと見ていたということ。
私は、「ネット人格」たらを得意げに主張したがる あの「カルト連」にも、バーチャルとリアルは所詮、別ものじゃないのよと言ってきた。
ま、タイマー機能によって、送信時間をズラすことが できるなんていう程度のことは、私を含めた そんじょそこらの一般ユーザーも多くが知っていることだろうから、いまさら、こんなことを、片山(丑田)が、堂々とアリバイに使えると思っていたらしいことが、最大級に意外だったことの一つと言って過言でない。
そこらへんが、発達系障碍の極端なアンバランスさを感じさせるのだけれど。
要は、
やっぱり、他人の知識や能力を、トコトンまでも甘く見ていて、のほほんとタカを括っていた、そんな おのれの慢心が我が身を抉ったということだと思う。
まさに、「敵は自分自身」だった。
ただ、
もしも、防犯カメラのことも今回の保釈中の尾行・監視等のことも、一時は自殺を考えたというのすらも、すべてが、捜査当局を翻弄するために、片山(丑田)の計算のなかで織り込み済みのうえでのことだったとしたら、
すでに指摘しておいたとおり、むしろ「無罪になりたくない」という、これまた、ある意味、もっとオモシロい屈折ぶりになってくるわけで、
警察が、最後の最後、なぜか、被告のゆくえを掴んでいなかったというのも、ハハア、あえての突き放しだったのかと勘繰りたくなるが、
ま、そこまでのものではないのだろうと思っておこう(苦笑)