2019.11.22 (Fri)
『最近の話題に対する感想まとめて』の続き。
あのかたの隣りに立っている お嫁さんがだね、仮に、紀子さまのような雰囲気の女性だったら、、、
ま、ナルヒト氏は、雅子さまを お嫁さんにして良かったんじゃないかとは思いますよ。
いつだって、雅子さまの話題ばっかりでしょうが(笑)
影薄いなあ~
と、ご結婚の当初から、私の周囲の者たち皆、言ってたもんね(苦笑)
特に言っておきたいのは、
「個人を越えて、ただただ、われわれ国民のために祈ってくださる、そういう尊い存在は有難いのだから、感謝せよ」だの、
「そういう、重くも尊い使命、縛りを背負った者こそが持つ幸せというものが あるのだ」
といった「ウヨ」「ネトウヨ」の浅薄な思考力、欺瞞に満ちた信念とエゴを、豪も自覚できない愚者の蛮声が、近頃では跋扈しているらしき世相に、こうまでナサケナイところまで来たのか、一般人の学歴が最高度にまで上がったはずの日本国民が、と溜め息しか出ない。
「ウヨ」「ネトウヨ」よ。
おまえさんらが言い張る そのヘリクツでいけば、国際的な学問の見地において、「宗教未然」とも評される『神道』精神どころか、
おまえさんらが大いに忌み嫌っているらしい『キリスト教』などの一神教徒が要請する「縛り」と同じことなんだよ。
「縛ってほしい」自分のために、他者に「縛り」を要求するな。
たえずグラグラぐにゃぐにゃして、真っ直ぐ立てない自分を支える柱の役を、他人に強要するな。
いつだったか、わりと近頃の当ブログ エントリーでも、たしか、古賀茂明氏の、『令和』を喜んでおられたコラムに対する意見でも言ったかと思うが、
「退位」の問題は、『令和』においても繰り返される可能性は踏まえておくべきだろう。
そして、それは、遠くない時期にやってくるであろうことが必然と見ておかねば なるまい。
ということは、
『秋篠宮』は、なにも、特段、「国民に寄り添って」の御意見や苦言では ないだろう。
『秋篠宮』その口を借りて言わせるという、いつもの やりかた、いわゆる高い身分の、「やんごとなき」身分の人が とる方法で投げかけるという やりかたで出された、『大嘗祭』についての御意見。
それが、どういう意味を含んでくるのか、
前『天皇退位』という出来事と、その後の『皇室』関係の、いっそうの税金膨れあがりをも考えたら、多少は察しが つく。
『オリンピック・パラリンピック招致』にせよ、『退位』にせよ『大嘗祭』その他の『皇室行事』にせよ、
この国の大衆は、また、立派な学者・識者ですら、
私の眼から見ると、たいがい、おめでたくも後手後手の見識だ。
それが、ほんとうに、なさけなくなる。
ぼ~っと生きてる見本みたいな私を、ここまで なさけなく思わせるなんてね。
終わっとるでよ、ほんとに。
とにかく、基本的に『自民党』支持者であり、「天皇へ~いかバンザーーーイ」が圧倒的多数の「ヤフゴミん」どもが言い募る、
「おまえ、たくさんの税金を納めてるのか?ああん??」やら、
「皇室に納める税金は、一人当たり換算して、わずか30円から40円だ!文句言うな!!」
というネトウヨども。
いいから、
私の「もやし」代を返せー!!w
もやしは、私の命綱じゃ!w(笑ってるけど、マジやで)
渦中の『桜を見る会』を めぐる大スキャンダルで、
どうやら、『ニューオータニ』も、イメージ悪くなったような。
最初は、「ホテル側が迷惑、かわいそう」という意見が多かったみたいだけど、
おそらくは、「後援会」とか支援者といった、安倍政権とアベシの個人的なメリットを、なんとかしてヒネリ出す代わり、
政府・内閣の公的行事であるということで、堂々と税金・公金を費やせる場では思いっきり、ふんだくることが できるんだから、
という、密室の取引だったのかな。
むしろ、公金・税金を使うときこそ、節度・適正さが必要のはずなんだがね。
内閣府のなかの人の、今井ナントカいう、私は よく知らんが、なんでも、アベシの側近中の側近、腰巾着のなかでもダントツの腰巾着という評判らしいのだが、
おまけに、『ニューオータニ』のエライさんと親戚なんだそうで。
いよいよ、数珠繋がりのグルの様相が、白日のもとに曝け出されてきた感じ。
(追記)
どこの記事を読んでみても一様に「緩み」「慢心」「増長」といった指摘のコトバが見られるが、そんなだから、メディアも「識者」も甘いんだと思う。
私は、この前のエントリーで述べたように、こういうことは結局のところ、安倍個人として、安倍政権として、『自民党』として、「戦略」の一環的に やってきてることだと思うぞ。
ただ、まあ、こうした「戦略」の本心を見抜かれることなく、長々と やってこれてしまった(メディアと一般国民がユルユルと許してしまった)ことで、まさに「緩み」や「慢心」がアカラサマになったと言えなくもないのだろうが。
私は、いつも、「桜を前に、恥ずかしくないのかな?」と思ってきた。
なにが「日本の魂の!」だか(嗤)
ばか騒ぎの下品な人間どもを、われ関せずとばかりに咲き誇り、
はらはらと惜し気もなく散らせる桜も、
「毎度毎度、どーして、こんなに煩くするのか、ニンゲンどもは」と、
桜の怒りを買ったのかもね。
酒は静かに飲むべかりけり
桜は静かに見るべかりけり
2019.11.22 (Fri)
まとめてアップが増えてきたなあwうちのブログ。
さて、
先日のエントリーで、『あいトリ』『表現の不自由展その後』を話題に とりあげた。そのなかで、「芸術や美術作品の力」とは、という話の流れで、バンクシーに関してもチラッと触れたが、
「バンクシーが描いたと思しい落書き」
を、東京都が、このたび、強化ガラスで覆って保存したとかいう。
ま、これはね、東京都の姿勢も理解できないでは ないが。
なんたって、集客力が あるんだからということだな。
そして、
そこいらの ばっちい落書き、まさに「感情の お漏らし」レベルでしかないような書き殴った落書きと、バンクシーの それを同列にするのは、やはり、多少の抵抗感を、個人的には感じるわ。
でもさ、
この場合、雨ざらし風ざらしで、徐々に薄れていくままにしておくほうが、ちょっとだけオシャレだったかなとも、私個人的には思うの。
せいぜい、薄れて、ほとんど見えなくなるまでの、ささやかな お楽しみと猶予、ってことで(笑)
描いた当人にしか、事実と真実は分からないけど。。。
私個人は、どんなに有名な高名なアーティストの作品でも、好みでない、いやなものは、いや。興味ないものは、興味ない。それだけ。
腹も立てない、無関心でいるだけ。
基本的に、そういうタイプなんだけど。
あとは、
『大嘗祭』と、『皇室』に関する話題。
何やら、雅子さまの落涙について、美智子さまから御注意が云々。
どこまで事実か知らんがねえ。
ことに「ヤフゴミん」の「手のひら返し」と無節操の酷さときたら、目を覆いたくなるばかりの体たらくだが、
少し前まで、『秋篠宮』家もちあげ、『皇太子』家バッシングの嵐が猛烈だったのに、
そのなかで、
とあるエライせんせいが、
「ご退位なされませ!」
と言ってのけたのは、たしか、当時の『皇太子』に対してだったのが、
いまや大々逆転して、「『秋篠宮』家は退位せよ!!」の大合唱。
「ヤフゴミん」のなかで、比較的まともな感覚の投稿者が、
「世間って恐い」
とか言ってたが、こういうコメントには、「そう思わない」ボタンが乱打されるという しまつ。
孫さんよ、「ヤフゴミ捨て場」は、いつ閉鎖するのかね?はやく しなさいよ。
で、
「雅子さまの落涙に対して、良くないと、美智子さまの御指摘」という話だけど、
これはね、べつだん、美智子さまの間違いでもイジワルでもないと思うよ。
もちろん、私個人として、雅子さまは、見るからに、とても真面目で真摯で、かつ、基本的には素直な御性格でいらっしゃるのだなという印象だけど、
いつぞや、『宮内庁』職員の座談会からと称した、雑誌系の記事で見かけた発言にも、
「『適応障害』のためか、いまは、昼夜逆転の生活になってしまっていて、そのせいで、『お出まし』が困難な傾向になってしまっている」という指摘だけでなく、
「(紀子さまとは また違った面が あり、)雅子さまは、ほんとうに真面目で良い人なんだけど」
という感想も あったように記憶している。
それで、思い出すのは、
『適応障害』で、まだ当分、「ご公務」の増加は見合わせておくという当時の発表が続いていた さなかの ある日、東北方面の大災害が、まだ大きく尾を引いている被災地へ、珍しく、ご夫妻で訪問されたおり、被災した住民の一人から、じかに話を聞いたときに、雅子さまは涙ぐんでおられたということだった。
これって、悪いような感じは全くないし、むしろ、個人の お人柄も感じられ、私は、「あれほどバッシングが続いている最中だから、よけいに感じやすい心理状態で いらっしゃるのかな」とも思えたが、
やはり、
この人の話で落涙し、あの人の話では、そうでもない、というのは好ましくない、という見かたもできるのかもとは思う。
美智子さまというと、生前のダイアナ元妃との関わりかたの変化について、うちの母親が、少々不審を感じてたみたいだけどね。これは、ここでは言わないけど。
もう一つ想起した話。
かつて、美智子さまが、おそらく、ご臨終間近の ご実母を、各宮ご兄弟を伴い、病室に見舞われたときに、弟宮たちだけを、病室内に留めて、皇太子たる御長男は、早々に退室されるよう促されたのは何故なのか?という疑問が掲げられた見出し部分だけを見かけたことが あった。なので、内容までは読んでいないのだが、
これは多分、『皇太子』すなわち『天皇』位に就かれることが明確である立場と、そうでない立場とを、はっきり分けておられるからなのだろうと、私はスンナリ理解していた。
いま、『愛子さまを天皇に!』という意見も、そこかしこで見かけるが、
前『天皇』ご夫妻が、『敬宮』さんを、ずっと、一般家庭の祖父母が、その孫を呼ぶのと同様に、呼び捨てされているという話にも、そのあたりの お考え、ご本意が窺われると思うのだ。
さてさて、それなのに、野党側が、『女性天皇』のみならず『女系天皇』を認めようという方針であるということらしいので、前『天皇』が、ご退位の意向を示された当時から、私は、幾度か問うてきた。すなわち、
「『象徴』であろうと何であろうと、そういった特殊な特別の存在を、特定の家系にのみ要請することは、明白な「出自」差別ゆえであって、「男女平等」「ヨーロッパの王室では」などという理由は、まったくの的外れだ」という指摘。
「民主主義」・「国民主権」に そぐわない「出自差別」を、いまだに温存して憚らぬ理由は、あくまでも「伝統ゆえ」という言い訳を するのならば、
とことん「伝統」を重く見て、たとえ、それが、たかだか『明治』時代に始めた「エセ伝統」「なんちゃって伝統」であろうと、でき得るかぎりは、それに則るべきでは ないのか、なかんづく、「男系」というシステムは、『皇室』の伝統の最も基底を成すところでは なかったのか、といった疑問を呈しておいた。
そこを変えるという、それは、
いわく「伝統が生き延びるうえで、徐々に変化した」現象では なく、
ここへ来てイッキに変えた、ということを目の当たりすることに ほかならない。
こういった点をクリアする理論を出してもらわんと。
男女平等という以前の、「出自」「血統」差別。
結局のところ、「伝統」という名の虚偽。
【続く】
2019.11.17 (Sun)
『「立法府の長」は、法を守らない(嗤)』の続き。
今回の『桜を見る会』の裏事情を知るにつけ、われわれ一般国民が想像する以上に、芸能界でも、「安倍夫妻ご利用ネットワーク」は、すでに広く深く張り巡らされていたのでは ないかと思う。
と言うのも、
私自身、何年も前に、雑誌などの特集記事に登場しているのを見かけていた有名俳優などが、多分、安倍夫妻、特に夫人のほうとの何らか繋がりを持っていたんだ、ああ、そうだったのかと、今ごろになって思い当たることが あったりするので。その俳優らが誰というのは伏せておくけれども。
「ネトウヨ」まる出しの主張で知られた社長だか会長だかが経営する化粧品企業の宣伝に登場している女優とかもね。
あのシュショー夫人は、ご亭主が返り咲いて、絶好調に見えるスタートを切った頃、さっそく、例の『靖国神社』に お参りしてきたと言い、これからの日本の若い世代の人たちも、こういうふうに、お国のために集められて殉じる時代が来るんだろうか、との思いに、しばし浸った、というふうな感想を、どこかで述べていたのを、私は記憶しているのだが、このときも、第二次政権の座に ついたばかりの首相夫妻に対し、私は まだ殆ど知らないままでいた彼らに、漠然とながら、なにか非常に嫌な予感めいたものを感じていた。
恐らく、「そういう方向」へ進ませる意向を持つ首相であり、ご亭主、その「返り咲き」に尽力した周辺の者らの思惑を、首相夫人として、みずからも返り咲いた彼女自身、よく承知していたのだろう。今後は、自分も率先してオモテに立ち、広告塔ともなって、推進する手伝いに励まなければ、と。
『サクラを見る会』での軽薄このうえもないハシャギっぷりを見ても分かるように、そもそも、俗人・俗物代表みたいな性格してこそ!な芸人・芸能人が大半だろうし、そういうところは、いわゆる「ヤンキー」なんかと よく似てる。
もともと、感性なども俗悪な傾向だから、権力や既存の「権威」的な存在に平伏し、疑問も持たない。
また、芸能人の多くは、何らかの宗教団体に入ってるみたいだし、
しょせん、「人気」で食う商売という共通性からも、「半分は芸人・芸能人みたいなもん」である政治屋とも、気が合うはずなんだw(『皇族』もかねww)
いまだに、「外交の安倍」てな幻想を、願望むき出しに語り騙る信者だか「ご利用」だか知らないが、
米国のトランプさんも、誰よりも言うがままになってくれるアベシに、日本の首相を続けていてほしいでしょうよ。
内心ではバカにしていてもね(嗤)
ところで、私は、「岸 信介」のことなんて、いつ頃の首相だったかしらん、どこかで名前を見かけたことくらいは あったかな程度の記憶だったけど、やっと数年ほども前になってから、「外孫」だというアベシの、あまりの胡散臭さ、えげつなさに驚いて、ちょっと調べてみるまでは、ほとんど何も知らなかった。
そして、
さすがのアベシご自慢だけある、この、母方の祖父は、若い頃から麻薬とカネ、のし上がってからは、アメリカとカネの話が よく知られているらしいことを初めて知って、ゲゲゲと仰天したのだけれど、
これでは、まるで、あの『北朝鮮』の「委員長」と言う名の「王族」モドキと同じ商売じゃないか。
いや、早い話が、「暴力団」やね。
幾度か指摘してきたように、私が子どもの時分から、政権党たる『自民党』のパートナーたるが、あろうことか、暴力団すなわち「ウヨ」すなわち、仲が悪いイメージのはずの『韓国』・『朝鮮人』をも含む、という図式は、世間でも知られていた。
麻薬にせよ「管理売春」にせよ、暴力団の定番みたいな商売じゃーないかいな(呆)
この国は、「暴力団国家」なのか?
それでいて、
「神聖なる天皇」と称するものを担いでおる。
こないだの晩は、
「へぇ~いか」マンセーいやバンザーイ、バンザーーイ、バンザーーーイと、集団で気でも狂ったように叫び続けたそうな。
幼い子どもが、その異様さに怯えたというほどに。
まあ、私自身は一切、ああいうの見てないけど。
しかし、雅子さまは、かなり不安定になっておられないかしらね?
昔から、日本人ってのは、自分らが良い気分になるために、大いに良い事してるつもりになって、とことん残酷だねえ。
ちなみに(?)
私は、進学予定の学校を下見に出かけたとき、通りすがりの高層ビルの前に据えられた、そこの社名を彫り込んであると思しき石碑みたいな物に、何気なく、目を留めたとたん、プッとフき出した。
なぜかと言うと、その石碑の表面に記された社名には、「□■組」と、「組」が付いてあったから。
ははあ、これが、いわゆる暴力団が やってる企業?と思い込んでw
付き添ってもらっていた母親を つつき、
「なあ、なあ、おかあさん、あれ見てみ?『組』て付いてる会社ってことは、ヤーさんの会社ってこと??」
と、漏れる笑いを片手で抑え、石碑を指差しながら聞いたら、
母親は、あわてたように、周囲の通行人を窺いつつ、
「シッ!なに笑てるねん?この会社は昔から有名な、ちゃんとした大企業やで。笑いなさんな、失礼や」
と、ヒソヒソ声で叱ってきた(苦笑)
…さてさて、
政府のスガはんらが、どういう「努力」なさったんかは知らんけど、
どうやら、小耳に挟んだ皆さん、あたかも「電凸」の勢いでもって、「予約」電話を殺到させかねないもようw
「あのっ!政府のスガさんから聞いたんですけど!!」
「宴会5000円コースで!予約名は『アベ』で おなしゃす!!」
なんてねw
渦中の『ニューオータニ』さんって、私の叔母が生前、時々、食事などに利用してたみたい。
叔母のパトロンだった おじさまが、故人の思い出話で、
「あの人は、まあ、男の わたしでもギョッとするくらい大きなステーキを一人で平らげて、お高いワインをボトルで頼んで、グビグビやってましたよ」
と呆れながら おっしゃったので、
「まー、ボトルじゃなくて、グラス ワインくらいにしておけば よろしいのにねえw」とかテキトーに応じたもんだが、
東京から、たまに、生まれ故郷の大阪へ帰ってきたときは、当時、叔母が定宿にしていた中之島の老舗ホテルへ会いに行ったおりなど、ホテル内の高級和食店あたりで食事したりしたけど、もうン~十年も前の私が20歳代の頃の話、あの頃でも、会席と言うか和食フルコース一人分1万円から出してくれてたと思う。
ぜんっぜん、おなか いっぱいにならんかった、上品すぎる和食。
ぐっと堪えて、部屋に戻ってから、さっそく、
「なんなん!?あの異様に少ない量はー!!」
と、おごってくれた叔母に対して、不満をブチマケようと構えたら、
すかさず、叔母は のたまった。
「あんた、隣に座ってた男の人、見た?」
いんや?と答えると、
「まだ20代の若い人だったわよ。あの若さで、ああいう お高い店に一人でフラッと入って食事するくらいだから、ぜったい、どこぞの御曹司だわ。あんた!ガンバって、ああいう男の人を、つかまえるのよ!!」
だって。あ、そーですか。
この叔母は、こういうことばっかり言う人だった(苦笑)
まあ、私が、もし、そういう男性と つき合ってて、ああいう高級和食店で、欲求不満に陥りそうな食事したひにゃ、相手の分まで奪って食っちゃうかも。実際、近いこと やってたしw
イカの天ぷらなんかねえ、ちょうど『MONO』消しゴムくらいの大きさのが、たった一切れでさ、
「もしや~次は」に ひかされて、
とうとう辿り着いた最後のシメの お茶漬け。美味しい お漬物も何種類か添えられていたけれど、肝心の御飯の量が少な過ぎ!
一種類の漬物を味わったら、もう、あとの御飯が ない!
というくらいの少量。
全体に、こういう感じで終始だから、大喰らいの私は、ましてや若かった頃だから、も~イライラを通り越し、悲哀感すら湧いてくる。
それにしても、お鮨ですか、ご無沙汰ですわあ。
今度、近所のスーパーマーケットの鮮魚コーナーへ行ったら、お買い得タイム サービスの残り物のパック寿司でも買って来よう。
高級鮨なんて、かれこれ10年くらい食べてませんわいwしくしく。。。(;о;)(ノД`)・゜・。
だからと言って、
「こうなったら、安倍後援会に入るぞ!」なんて、さもしいことは言いません。
アベシの後援会に入るなんて、末代までの恥だわよ。
さ、袋ラーメンでも食べよう。あ、もやし買うの忘れた。
急に寒くなったね。。。
ひゅーるりーらら~
2019.11.17 (Sun)
日本の最高権力者は、法律を守らなくていいらしい。
自分たちに つごうの良い法律をサッサとゴリ押しで拵えて、それ守るのは、あくまでシモジモ国民だということらしい。
実際、アベシは、「自分は、命令を下す立場なので」とか言ってのけてたそうな。
しかも、
「金持ちほど、カネに汚い」
というコトバを体現したみたいなのが、なかんづく、現首相ときたもんだ。
おはこのセリフ。
「任命責任」なんたら。
これ、本人のみは、われわれ一般の用法とは異なる意味で用いてるようだ。つまり、
「任命責任=任命する自由は、私に ある」と。
これもオハコ。
「丁寧に説明する」と丁寧に言い。
ニヤニヤニヤニヤ。。。
「悪魔に魂を売った顔」そのものだね、ありゃあ。
悪いことに追随、加担したら、報われて、良い思いが できるよ。
それを体現し、唆しているのも、現政権だ。
そして、
どの口が、、、と唖然とするのも、「道徳が大切」という言いぐさ。
ところが、予想外に せっぱ詰まりそうとなると、とたんに、もともと「八」の字の眉毛がカタッと最大限まで「八」の字化し、
これ以上ないくらいに顔面全体がズドドドと垂れ下がり、
いまにも泣き出しそうな表情に怒りを ないまぜにしながら、それでも必死に、早口で しゃべり続けて、こぶしを振りあげてみせる。
私には、あのシュショーは、生来、何かが欠けているように思えるんだ。
それが何であるかを明確に言うのは少し難しいけれど、
ただ、よりによって為政者、権力者にだけは、なっては いけない、
ぜったいに いけない原因になっているのが、何か欠けているゆえでは ないかと。
まあ、ああいう家の生まれでさえなければ、いまごろはアベシ自身も、「ひきこもり」とか「子ども部屋おじさん」と呼ばれかねない人生だったかもね。これを指摘する人は、けっこう多いようだ。
ほんと、国政の世界にだけは、入っては いけなかったのに。
それにしても、いま大騒ぎになってる『桜を見る会』の裏を知るにつけ、ほんとうに、ほんとうの「政治屋」なんだなあと、
あらためて思い知った。
まさに商売やってますやんか、自分の「顧客」相手に。どうやら税金をコッソリ元手にして?
口利き、内部情報共有、インサイダー、
安倍さまの おかげさまで、
刑期いや景気は良好ですなあ~と。
互恵ですな、ご同慶の至りですな、わっはっは。
顔を見合わせ、ほくそ笑む。
どうも、過去からの撮影画像など見てみると、もしかして、芸能人の殆どが、『サクラを見る会』に出たこと ありそうだよねえ。
もしや、ギャラも払ってるんじゃないの?
と言う気が してくる。
おっとっと、ここで出ました、恒例の「政権支持率の怪」(嗤)
『時事通信』が早速、出してる。
上昇してるんだそうよ(爆)
見出しはチラッと見ても、内容は読まなくなったけどね、私は。
どうも信用できないので、読むだけムダだと思うし、
事実どおりに伝えてるとしたら、それは それで、
同じ日本の国民、有権者どうしとして、この国の人々を心底、軽蔑したくなってしまうのが辛いから。
やっぱり、メディアは、忖度以上に裏で結託してるんじゃないかなと思える。
ずーーーっと以前から、それは疑わしく思ってきていて、
最近では、「政権支持率」の記事なんか、まったく読まなくなった。
恐らく、
あの政府・与党と大手の各メディアは、これを目的としているのでは ないかと思しい。
つまり、
「一般あるいは『シモジモ』国民を、ダブルバインドに陥らせること」。
これに陥るとね、
続く違和感と混乱状態は勿論、やがて最終的には、徒労感のすえ、思考停止、無関心・無気力になる。
すなわち、立ち上がることも、抵抗も できなくなるのさ。
まず、
いとも軽~い「おみこし」を自任しているのであろうアベシ、そして、その奥さんも加担している目論見というかタクラミは、恐らく、だいたいのところ、こういうことなのだと思う。
いつからなのかは知らないが、あの昭恵さんが口癖のように言ってきたという、
「首相夫人である私を利用してちょうだい!」「首相夫妻である私たちを利用して!」
これ、キーワードよ。
「ご利用!ご利用!」ってw
もちろん、自分たちも、利用できるものは何でも、徹底的に利用するの。
そうして、せこせこ紡いで、幾重にも張り巡らせた「ネットワーク」の中心部に居て、守られようとしてるんだ。
もう二度と、あのような退陣の憂き目、惨め、くやしさを味わうことがないように。
つまり、「永遠の」なんちゃらで いられるようにと。
殊更に自負心を募らせて生育した人は、うぬぼれと並立したコンプレックスが内在する。
自己中心的プライドを大きく傷つけられた、という切っ掛けが あり、恥と怨恨を抱え込んだ者は、以後、執拗に復讐心を募らせる。同時に、自分を防御するために役立つ者ばかりで固めようとする。
こういう者が、私利私欲を離れて、全国民のための善政を敷けるわけが ない。
私個人は、仕事と自分の病気やら親の介護やらが重なって大変だった時期に当たっていたからか、第一次の安倍政権については全くと言っていいほど、記憶にないのよ。なので、
第二次政権になってからしか知らないことが多いんだけど、
なぜか、「返り咲いた」ときから猛烈に嫌な予感が してならなかったので、それが、ほぼ当たっていたもんだから、どうして、こんな人が、、、と怪訝にも不審にも思い続けていた。
あのシュショー夫妻の二人とも、けっして、少なくとも一般的な意味で、「おつむが良い」とは言えないであろうイメージ濃厚だし(実際、そうなのだという指摘は、ネットじゅうに あふれてるしw)、当人自身で思いついたはずもないと思うんだが、
誰が、こうした「悪魔的入れヂエ」を授けたのか知らないけれど(またまた『日本会議』かな?嗤)、そのあたり特に、本当に怪訝で不審なわけ。
公務員の、とりわけ『自衛隊』の支持を強固に繋いでおく。そうした固い「組織票」を手離さないように長年やってきたのが自民党の生き残り策として代表的なところであり、その究極の姿が、いまの安倍政権だ。
なので、
そういった組織のなかの人以外の、ましてや「無党派」と呼ばれるような、一色でない層の人々が束になって投票して、それでも、やっと、それらしいカタマリの体になれるか なれないか?という水準であり、これは、どうやっても、ひっくりかえすほどのパワーには なりにくいね。
そこへ持ってきて、ひどい低投票率だ。
前々から言ってきたように、
政権奪取の力が乏しいようであるという以上に、
政権を得ても、だいじょうぶなのかなと思われてしまってるような、どこか ひ弱さが、野党各党から払拭しきれない、払拭できるほどのビジョンを示せない、のであれば(特に経済面については、私なんかは、そこまでガツガツする必要ないじゃん?てなノンビリした考えなのだが、まだまだ殆どの国民・大衆は、見果てぬ欲を持っているようだから)、
とりあえずは、せめて「与野党 伯仲」に持っていけるようにガンバることからだろうと、こう述べてきた。
【続く】
2019.11.12 (Tue)
『「芸術」って?やれやれw追加だww』の続き。
うちの母親なんかは、すごく綺麗な絵なのに、「気持ち悪い!!」と叫ぶなり、顔を背けてしまうことも あった。
「耽美派」系の画家などは、「ゴージャスな不吉」、とでもいうようなものをモチーフにして描いた作品が多いけど、まさに、「不吉」「死の影」などを感じさせるような作品だと、猛烈に拒絶すんのよ。
反面、
モネあたりの、女性たちが穏やかに船遊びしているといった場面には、気持ちが安らぐわ、と言ってた。知識も薄いし、特に好みの画家などは なかったようだが、
母親の妹である叔母は、有名な家柄出身の人たちや財閥系の御曹司との交流で、若いうちに磨かれたのかもしれないが、ファッションでもインテリアでも、とかく美意識が つよく、
自分自身では、これといって、ものを創作するような行為には殆ど無縁だったし、おそらく、その才能も乏しかっただろうが、
他人の作品の出来栄えに対しては、がぜん、上から目線で批評するクセが あった。
お花いっぱ~いが大好きなのにw画家のなかで、ジョルジュ・ブラックが特に好きだと言ってたなあ。
実の姉妹でも、だいぶ異なってるみたいだ、と私は思ってたのに、ひょんなところで、全く同じ好みを持っていたり。
ふだんの好みは多かれ少なかれ異なるのに、
死後になってから、じつは、二人とも、あるイラストレーターの作品が好きだったのだと判明したり。そのことを、本人どうしも知らなかったと思う。
「ああ、それ、あんたの おかあさん(自分の姉)が買ったんでしょ?なんで分かったのって?姉は、そういう色柄が、むかしから好みだったもん、ハッキリわかるのよ」と言ったり。
母親の弟は、学生時代、ピカソばりの絵を描いていたそうだ。
先日のエントリーで言ったように、ピカソ嫌いの親父は、特に東山魁夷のファンだった。
小学校低学年の頃、たまたま、おとな向けの、ある雑誌を めくってみたら、特集号だったのだろうか、ルソーの作品をパロディにした絵が幾つか載っていて、なかでも、
ボールを使うスポーツを していると思しき、さも楽しそうなオッサンたちの光景を描いた絵は、よく見ると、生首がボールになっているので、子どもながら心底、不気味さを感じたけれど、同時に、すごく ひき付けられて、しばらくのあいだ、なんとなく、目が離せなかったことを憶えている。
眠るジプシー女とライオンのも そう。食べられちゃってるやつね。
けっして、好みでもないんだが、魅入られたように見詰めてしまった。
これらはパロディ作品というものなのだということを知ったのは、ずーっと あとになってからで、小学生だった あのときの私は、ルソーも横尾忠則氏も全然、知らなかった。
ルソーの絵には、幼い子どもでも即座に感じ取るような、独特の静謐な空気感が齎すものか、魔力のように引き付ける力が あるのだが、そのルソー本人としては、たぶん、普通に楽しい光景や美しく幻想的な場面を、いたって真面目に描いたつもり、なのかもと思えるんだけれど、
それが、
なぜか、単純に楽しいとか美しいとかに向かわず、なんだかマカフシギな方向へ行ってしまってるのが、ある種の哀感すら もよおしてくる。
そういう、魔力的静謐、ある種の哀感を、横尾氏ならではのブキミ世界に連れ込んでしまっていて、元の絵も「パロディ」という単語も知らぬ小学生の私の眼を釘付けにし、以後、数十年後を経た今だに、あのときの感覚を、まざまざと思い出させる。
今度は小学校高学年の夏休み。
宿題の絵の題材に、庭の池を選ぼうと思い立ち、
掃き出し窓の縁に腰掛け、描き始めて しばらくしたら、
ふと、親父が やって来て、取りに来たらしいタバコを手に、ついでの感じで覗き込んだ。その とたん、
「お、おまえはぁ~!アホじゃないのか」
と、呆れ嗤われた。
藤棚の下。
水面下に沈められた幾つかの水蓮の鉢の あいだ。
小さな噴水から 注ぎ落ちる水の動きを楽しむかのように泳ぎ回っている金魚たち。
そのうえに浮かび漂う、
ビニール袋など、大小のゴミ。
それらをも逐一、ていねいに描き込んでいた私w
リアリストでしょ?ww
はて、見えたとおりに描いて、なに悪いのかと、しばし困惑していたら、
親父は重ねて言った。
「そーいうのはな!省いて、見栄えの良いところだけを描くもんなんだ。なに?学校の宿題だと?そんなもの持って行って、先生たちに見られたらカッコ悪いじゃないか!ゴミまで描くのは やめろ」
「やれやれ、まったく。。。」
と、首を振りつつ、部屋を出て行った。
自分が、下手の横好きに過ぎないということは自覚してるさ。
だからこそ、描くことは、ただ楽しい。純粋な歓び。
「問いかけ」だの批判だの、リクツを駆使するのは、文章で やるわ。
文章を書くのは、好きでもなく、むしろ、苦痛なんだけどね。
きのう、とある記事にて、安倍政権主催の『桜を見る会』たらいうやつで、税金を私物化しまくり、不正な使いかたを しておるとの批判を読んだが、
「立法府の長」さんよ、違法行為とは、たいしたシャレのつもりですか?(嗤)
まあ、毎度のことだが、
こんなに滑稽で醜い、と感じるシュショーは、はじめてだわ(呆)
それこそ、顔を一目、見ただけで、吐き気がしてくる。
ということは、りっぱな「芸術品」ということか、アベシは。(嗤)
「4銭」じゃなかった「4選」を口にするのが、あの!カネ甘利さん。なにをシャシャリ出てんのやら。
被災地と死傷者を そっちのけに、「まずまず」、
アベシと自党の私利私欲、私物化は「当然」のこと、と言い放った、国民への愛は ない二階さん。
みんな、ボケてしまってるのかね?欲深過ぎて。(呆)
はよ引退しろ!!どいつもコイツも
私も かねて、あきらかに皇室の『園遊会』を真似てるじゃんか、あれはと思ってた『桜を見る会』、
いつも以上に垂れ下がったニヤケ笑顔のアベシの周囲を取り囲み、
ヘ~ラヘラと俗物根性まる出しの芸人らが、さも嬉しそうにハシャいでる場面の写真を見て、「アンソール」の仮面の絵を連想していた。
『陰謀』