2014.09.26 (Fri)
「理解できない」「分かりにくい」とか言われてしまう理由。。。
『エネルギー・原発政策をめぐって亀裂を深める新聞~「読売、産経、日経新聞」対「朝日、毎日、東京新聞」』
THE PAGE 9月25日(木)11時36分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140925-00000006-wordleaf-pol
新聞社どうし、裏で相談して、おのおの役割分担決めてたりしてw
で、こういうコメ↓
「新聞ってのは情報をありのまま伝えれば良いんだよ」
(以前から言ってるけど)それは違うよ、っつうのw
「ありのまま」っつっても、これが意外と難しいことだし、
一応の「事実」の羅列だけしておけばいいというのであれば、それだったら、新聞社は一社のみ存在すればいいことにもなるでしょうが。
国営じゃないんだからさww
ったく もう。。。ほんと、何をか言わんや、だ。
私でも、「は?」
と思うような、こういう幼稚な意見をトクトクと、公の場に晒せるんだからなあ、
こういうひとって、いったい、トシ幾つなんだろう?と、いつもマジで思うわ。。。
で、本題は、こちらのコラムです。
冷泉氏の文章は、私には基本的にムシが好くものだし、
いつも必ずのようにというわけではないけれど、概ね納得できる御意見御見解だと思うことが多いし、
何より、実に幅広い関心対象と、それぞれについての知識も該博でおられるから、勉強になるので、時々拝見させていただいてる筆者の一人だ。
この記事も、すでに先日、目にしていたのだけど。
付いた「ヤフコメ」のほうも眺めてたら、久しぶりに激しい脱力感を起こしてしまってさ(苦笑)
『朝日「誤報」で日本が「誤解」されたという誤解 』
2014年09月18日(木)12時18分
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140918-00134630-newsweek-int
冷泉氏の今回ご意見そのものについては、
たとえば、氏も、この問題については、すでに「賠償済み」であるという、キッパリしたスタンスを表明しておられる、
だが、これについて、やはり、識者のなかでの異論は存在するようだし、
いわゆる「従軍慰安婦」問題についても、私は、けっして詳しいわけでないので、私見は、ここでは置いとくのだけれど、
冷泉さんはさぁ、
アメリカ在住の立場から見えているようすも踏まえたうえで、この場合、どのようにしたほうが、日本国にとっての得策なのか、
意地やら国民感情的なことは置いておいて、彼としても、そこから窺える環境や現実のほうを重視して述べているつもりでおられるのだと思う。
しかも、かなりズバッとした対処を言い切っておられるのだが。
それは多分、基本的には、いわゆる「右派」とか「保守派」と目される人たちの意にも叶っているであろう対処法だ。にも かかわらず、
冷泉氏の、いつもながら、こういう明瞭な文章を指して、
やれ難しい、やれ分からない、理解できない、もっと簡潔に、
あげく、「そんな簡単な話じゃないだろ」と言い、「このひと、なんか必死だね」とまで言いw
断然「簡単な話」に片付けようとしてきたのは、むしろ、「ウヨ」やら「ネトウヨ」と呼ばれてるひとたちのほうなのは明らかだし(単なる売春婦なのだ業者が勝手に、といった悪しき単純化)、
この冷泉氏の意見コラムに、それこそ「必死」のていで喰いつき、
それーっ!!とばかり夥しい異議コメントでもってドドドと押し寄せているのも、いつもどおり、「ネトウヨ」と呼ばれてるひとたちのほうだ。
「で?どうしろと?」とか「結論は何ですか?」とか言い募ってる「ヤフコメ民」見てるとさ、思わず、
「日本人って、こんなにまでアタマ悪かったっけー?」![]()
と首かしげてしまうわよ、ったく。
読解力と文章力とは、大部分連動しているはずのものなのだろうと思うけれど、
「ヤフコメ」その他でも、一般ネット投稿を眺めていて、「それにしても酷スな国語能力だよなあ」と、つくづく思ってしまうことは常々、
なかには、
視力も衰え、キータッチも甚だ覚束ない高齢者とかも多少いるのだろうし、
何ゆえなのかは、こちとら知らねど、
とにかくタイピングの速さがイコールで投稿の速さを競う向きの存在も少なからぬらしいから、
タイプ ミスも意に介さず、あとチェックもせず、
ましてや推敲なんて、しゃれたことは一切しないはずだよね。
いくらスピード勝負のネット時代かしらんが、
しかし まあー、この、論理性のなさは。。。
決定的だよお。
国語の衰退こそは、国家の衰退である!
とかって、一席ぶちあげる人は おられんか、とぞ思ふ昨今。
なんせ、日本、もうダメかもー;って思ってしまうほど酷いなあと、私でも思うもん![]()
一応、おとなとして、並みの日本語力が身についてるなら、あんな明瞭で、こなれた文章を読解できないはずがない。
だが しかし。
自分の気に入らないとか、つごうが悪い意見なので、認めたくないからでは ないかという、
「なに言っているか分からない」というレッテルを貼ることで、相手側主張の有効性を認めることを安易に回避しようとしてる、
という鋭い指摘もあった、あったw
うん!それよ、それ!!
やっと腑に落ちたww
あの「カルト連」もさー、
私の述べるところが理解できないのは、めちゃくちゃな内容だから、
あんた嘘つきだから、
恥ずかしく思え、惨めに思え、出て行け、消えろ等々と言ってクサしまくり、
同時に、
いかにも大勢で取り囲んで、オマエを嘲笑してやってるんだぞぉ、ホリャこれでもか!これでもか!!という演出してたわなあw
もちろん、肝心の運営は相変わらずの体たらくで、
罵詈雑言まき散らすストーカーどものほうをエコヒイキしとんのかよ?と不審感起こすような余計なことだけは、するのが早いが、
運営として一番やるべきはずの仕事は、なるべく後回しでチンタ~ラチンタ~ラww
ところが、
隠れ関係者の誰かだったのか違うのか、
単なる閲覧者に過ぎないようには、とても思えなかったものの、まあ結局は分からないけれども、
たまたま見かけた、全く外部の個人ブログなんかでは、私を悪く言うどころか、そもそも、あの「カルト連」側の言ってることがオカシイんだと嘲笑していたり、私を気の毒に思ってるらしかったり。
ま、いずれにしても皆、しょせんは無責任な観衆のうちの一人でしかなかったのは、たしかだけれどね。
あのとき、
親切ごかしだったり、
あべこべ説教をしに突然近寄って来たり、
遠まわしに、これ見よがしにヒソヒソ話やりながら哂って遠巻きに眺めていたり、
そうかと思えば、アカラサマに嗾けに来たり、と、
様々な態度を装ってた者たち全てを含めて、
いいトシした、それらの者の内面の姿、
私は正直言って、いまだに思い起こすとムカムカする不快感を覚えます。
まっ、これこそが、腐敗した「ルサンチマン」からの発露だという、「カルト連」の目的なわけだから、
「ムカついてるぜ」なんて正直に言ってしまったら、かえって、あいつらを悦ばせてしまうんだけどねwww
麻生さんの「ナチスに学べ」発言のときも、
「悪意に解釈するやつがアタマおかしい!」
「国語力、読解力が ない!!」
とか、さんざ言い募って擁護する連中、夥しく いたよなあ。
私も、「OKウェイヴ・おしえてgoo」や「2ちゃん」で、同じようなこと言われて叩かれまくったものだが、
それとも、
冷泉氏の本コラムのほうを見てみれば、賛同する人たちも圧倒的に多いらしいのが窺えるので、
一人で複アカ駆使して何役と演じる「ネット民」のコメント投稿が大量ゆえに、
単なる見かけ上、論理力皆無な人種が、やたらと増大したごとく感じるだけであるのなら、まだ幾分は救いがある。。。と言うか、そう願いたい。
2014.09.23 (Tue)
以前も紹介した、こちらのブログさんのエントリーとコメントが参考になるよw
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120408/1333847195
http://d.hatena.ne.jp/AmahaYui/20120408/1333882854
↑最後のコメントに、なぜか、またぞろ顔出してるねえ、うらはらハンネの「議論大歓迎」さんってのがw
なになに?
「私以外の人の恨みや辛みが心に流れ込んできて」
これも、amaguappaあたりが、「汚気愚」の「オカルト」カテ?か どっかで言ってたのと全く同じ内容のセリフだ!ww
「私以外の人の~流れ込んできて」だとぉ?
あのね、
人のせいにしなさんな、っつうの![]()
たぶん、うちのブログも覗きに来ているんじゃないかという気が、ここでも大いにするしw
この「議論大歓迎」さんが、はたして誰なのかということも、私には、おおかた察しが ついてるwその理由はね、
やっぱり、
このひと(あるいは、このひとたち)の前面に押し出してくる、そうとう変わった主張内容と、「ウィルス」だの「愛」だのといった定番的キーワードの用いかた、話の運びかた等の諸特徴からなんだけど。
だって、こんな独り善がり過ぎる主張や話の運びかたを恥ずかしげもなくする人なんて、そうそう いやしないからねww
「そんな世の中見て喜ぶやつ居るのかな。居るんだったとしたら井口氏の言葉借りれば世も末やな。とか思うんやけど」
現に、「喜ぶやつ居る」じゃないかよお
井口サンも、おたく自身もさwww違うのか?
こりゃあ、まさに、「世も末」かと思ったよ、私は。
履き違え度が酷過ぎなの。はよ気がつけよ
さてと、
「議論大歓迎」さんのコメントを一応、読んでみたうえで言うのだけれど、
「人を馬鹿にする様な言葉とか、嫌がらせしたりとか、そういうの取り合えずやめてみたらどうかな」
それ、さすがに、
少なくとも、自分から仕掛けた者が言うべきセリフではない
よね(爆)
恐らく、
「恨み辛みで」云々とかは、「議論大歓迎」さん ご本人自身が、何ゆえか、そういうものを従来から抱えていて、
だからこそ、大いに絶対的正義感からのつもりで、
これは使えるとばかり、ネットというツール大活用して
(そう、ネットなくして存在し得ない、ネットさまさまな連中w哀れww)、
他者の誰彼かまわず、「良い苦しみ」を与えてやった、
すなわち「鍛えてやった」くらいに固く信じているのだろうけど。。。
やれやれ。
「人を馬鹿にする様な言葉とか、嫌がらせしたり」
「今貴方が、しているその行為が、貴方が感じる嫌な思いの発端」
それを自分からやった、仕掛けた者ほど、無自覚なんだろうかね?
おまけに、
ある種のひとは、自分棚上げで逆恨みする傾向が目立って大きいしね。
だから、
他者が素朴な好意しか持ってやしないのに、むやみやたらと疑い、
しまいに相手がブチ切れてしまうほど、「実験」と称して、しつこく試そうとし続けたりねw
「人格障害」だからか何なのか知らないが、異常だわ。![]()
あとね、
「大東亜」戦争の話なんぞ、誰か してたか?
そういうところが、いかにも「ネトウヨ」さんらしいと言うか、
毎度ながら、実に唐突で、ピントはずれで、独り善がりな進行ぶりだってこと。
本質としての「議論」進行が妨げられるもとだわな。
「少し思い込みと決め付けが過ぎた」?
「少し」どころか、いまでもタップリですがなw
情報も思考回路も、「偏っ」てるのは、おたく自身。
それに気づこうともしないで、
「良い苦しみ」を与えて、鍛えてやった、みたいな、尊大このうえもない、謙虚さのカケラもない、ヘンなオカルト宗教みたいなの、
「こいつ、なんと鼻持ちならない」と、たいがい誰だって反発するよ。
まあ、いくら指摘してあげても理解できないのだろうけどね。
独り善がりとは、どういうことなのか、
気づいて反省するということも、もとより備わっておらないから、本当には心底からできないのだろう。
やれ「無償の愛」といったコトバを発したがるのも特徴的なことの一つなのだけども、
発しながら、当のご本人が一番、分かってない。
飽くまでも、独り善がり。
「愛」が「照れくさいとか恥ずかしいとか」
私自身は、そんなふうには全く思わないけどね。
でも、
「愛」だと思い込んでいて、実際やってることが似非でしかないことが豪も分からないひとには、もうウンザリだ。
どう言えば、こういう、独特の頑固さと、独り善がりに気づかせることが できるんだろうかと、不毛感に、つい溜息が出てしまう。
しかたないねえ。
永久に平行線なんだろうな。。。もう、それで けっこうだけど。
2014.09.23 (Tue)
『演技と露悪――「一家総出」のw』
今度は「tantan」とかいうハンネを名乗ってる露悪趣味者、ならびに、その関係筋の演者たちのwコメントに向けて、私から一言述べておくとすると、
「やがて行く道」という以前にね、
誰しも、この世に生まれ落ちたときは、「絶対的弱者」として登場するのだってことよ。
弱いことは悪いことと主張する「tantan」さんとやら、
おたく、実生活では一応、一人ならず子持ちでしょ。違う?w
あんたがたは、誰かしらに、ただちに保温してもらい、乳を与えてもらわないことには、じきに死んでしまう あかんぼう全て、殺害するか、生まれて来れないよう、事前に手立てしておくべきだとでも言うのかね?
それと、
「事前に蓄えて備えておくべき」とか小賢しいことを言うけれど、それすらも困難な人生を余儀なくされる障碍者が現実には多いということも知らない、世間知らずが まる出しだ。
なぜか「tantan」さんにまとわりついてるような「ele*****」さんとやらのコメントは、
さしづめ、mashumaroおばさんあたりのキャラだなw
ごくろうさんなこって(嗤)
ま、これも、
「こういうふうに、ワシに接してほちい❤」
という、ヒト♂としての願望の表現なんだろうwww
まあ、知能や精神系の病気や障害に効く医薬品などは、ほとんど期待できないのが実際かもしれないから、何かの健康食品だアロマテラピーだホメオパシーだと、そっち方面にすがるようになっていくのかもしれないけど、
そう言えば、
例の「汚気愚」の、なぜかテツ カテでw「代替医療」についてと称し、なにやら要領の得ない質問繰り返してた自称「医療関係者」が いたっけなww
私は、これも胡散臭いと思って、スルーしておいたけどw
ああ、ひょっとして、井口くぁしもとハカセとこのホメオパ看護婦のヨメさんでしたかな?違うかなww
とにかく、
俗に言うところの「逆張り」してるつもりなのかもしれないが、
そんなふうに、ネットじゅう、あちこちのサイトというサイトに出没し、
反社会的で下卑ていて、教育上も甚だ よろしくない、くだらぬ投稿に精出してるヒマと体力があるのならば、とっとと外に出て、働きなよ。
もうすでに定年世代で、まともな一般企業の雇用対象からは外れてしまってるんかもだけど。
自給自足目指した田畑のほうは、ちゃんとやっとるかね?w
ああ、あっちは違うハンネだったか?ww
ほんと、よほど、実生活で満たされずに、何かを求めて餓えているのか、
どんな報酬を見込んでなのか、
私だったら、お金もらっても、そんな「仕事」マッピラお断りだけどなあ(嗤)
~
たとえば、「OKウェイブ・おしえてgoo」(←私は、略して「汚気愚」と呼ぶw)のような形態のサイトでは、質問者・回答者それぞれにも成りすますし(落語家または「噺家」みたいなもん?w)、
激しいケンカや罵り合い状態さえも、自作自演で双方に成りすますことが含まれるw
~
目が不自由な人については、かつて、「検校」という位階があったことを、「ウィキペディア」で読んで、現代日本社会よりも、よほど先進的な面が あったようにも感じられ、とても興味深く思った。
2014.09.23 (Tue)
障碍者のなかでも話題が集中している視覚障碍者に関しては、こちらの、塩谷靖子さんと おっしゃるかたのコラムが参考になる。
以前のエントリーで、たしか、テレビ ドラマ『明日、ママがいない』とかいう題名の番組が問題として話題になったおりだったかにも紹介したことがあったと思う。なぜかと言うと、
一見、無関係な話題のようだけれど、そこで述べられている内容を読んでみれば分かることで、小説等の文学作品を、ここではテレビ ドラマ等に置き換えてみれば、隠れがちな問題の共通点が浮かびあがってくるからだ。
『ご存知ですか谷崎さん』
http://www.nobuko-soprano.jp/essay/tanisaki.htm
あと、こちらも。
『文学にみる障害者像』
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n176/n176_035.html
さてさて、
『外出で恐怖7割、性被害や暴力行為も 県視覚障害者協会アンケート』
埼玉新聞 9月21日(日)16時24分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140921-00010004-saitama-l11
私自身は、まだ20歳台の頃だったか、小田急線にて、同じ駅で降車した人のなかに、たまたま、白杖を携えていた視覚障害者を見かけたので、駅を出るところまで付き添ったことがあって以降は、地元に戻ってからも殆ど見かけたことがなく、ましてや、「白杖ブンブン振り回しながら、もの凄い勢いで歩く視覚障害者」というのには全く遭遇したことがないので、そんなことってあるんだろうか?と、訝しさが先に立ってしまうばかりだ。
さて置き、
この記事に付いた「ヤフコメ」への、またコメなんだけどさ
(↓クリックどうぞ)
まあ、「カルト連」のボスstomachmanあたりと、その仲間の臭いがプンプンなのよw特に、この「tantan」とかいうヒマ人ww
「自己責任」ってコトバを振りかざすのは、
「汚気愚」会員の一人で、始めの頃は、だいたい心理学カテ中心だったはずが、いつの間にやら、「ぶらゲロんぬ」爺さんのスレを中心に、テツ カテに「居着き」となった「ハコブル」つうひとも そうだったけどさ、
まあ、哲学的に考えたとき、「自己責任」というコトバほど、無根拠で薄っぺらいコトバもないもんだ(爆)
「満足に真っ直ぐ走る事すら出来んのに」と言うておられるのだよ?
なにズラしてんだw
「障害を優遇してれば、人口に占める障害者が増える。」
はあ?またデタラメで非科学的なことをwどっからツッコもうか迷うわww
「小さな政府派」
ははあ、「littlekiss(にゃんこ~!)」と同じ考えなのねwww
…あのカルト連との遣り取りで、何にウンザリさせられたかというと、何度か言ってきたことかと思うけど、
議論の出発点からして大きくズレてるもんだから、とにかく堪えて、そのまま相手になってやっていても、「ボタンの掛け違え」を正さないかぎり、あとはドンドンずれていくしかない、それと同じことで、
話の方向がズレにズレ、いつまで たっても、目的に着きはしない。
なにかと失礼な言動を寄こしては、私の反応を窺い、せせら笑ってる、他の古参メンバーたちは ともかくとして、
2度にわたり勧誘してきた「ボス」を信用して参加し始めたものの、これが全く頼りないだけでなく、じきに、挙動不審の様相さえ帯び始め、
最初に聞かされていたサイトの設立趣旨とは全然違うことやってばかりだから、次のステップに全く進んで行けない、
そのうち、古参の失礼さはエスカレートするわで、だんだんと、不審感が芽生え、
こちとら私もヒマ人ではないから、募る苛立ちと腹立たしさを堪えたところで、あとに残るのは、ただ不毛感と徒労感だけだった。
そういう連中の、しかも なお、
何が鼻について たまらなかったかと言うと、これも何度も言ったように、
あまりのやすっぽさよ(嗤)
なんと言うか、「田舎者臭い」と言っていいのか どうか、わかんないけども、
ある種独特な やすっぽさなんだが(苦笑)
要するに、洗練性とかセンスが ないのかねえ。
たぶん、何かしらを真似てるのだろうとは思うけど、
それは、他の誰かユーザーなり、古今の有名人なり、書物なり、ゲームなりを。
私は、そういったものごとには、どちらかと言えば、関心薄く、持てる知識も乏しいから、漠然とした印象だけどさ。
根本的な的はずしに加えて、こういう、どうしようもなく履き違え、センスに欠けたナルシシズムは、私には吐き気がして耐えられんw
まずね、
多くの人がカン違いしてるというか、見落としてるのは、
身体障碍者と言えど、その殆どは、何か一つ二つの機能問題を抱えているのみであって、その たった一つ二つの障碍から波及していく社会的な問題点は様々ではあるけれど、その障碍部分をカバーする、ほんの少しの手助けやアドバイスあるいは一時的なサポートさえあれば、あとは、障碍者本人が自分で判断して、周囲に大きくは迷惑かけないで済むよう、なんとか できる、ってこと。
これまでのエントリーでも、そこは言ってきた。
だから、たとえば、私みたいに、耳が不自由でも、仕事柄、目を酷使してきて痛めては いるけれど、視覚障害者の お手伝いは、私でも でき得るってこと。
逆に、
聴覚障碍と、それに伴う発話障碍がある人のサポートを、視覚障碍者が行なうこともできる。
したがって、なにも、ことは、「健常者」と障碍者との図式では ないよ。
助け合いは、障碍者どうしでも可能。
ただ、精神とか知能の問題や障碍を抱えている人の場合、一般的身体障碍のみの者と違って、ある特定部分に関してだけの手助けやサポートでは済まない、それこそ全人的に受け止めて、こちらが生活全体に及ぶほど振り回され続け、くたびれはてるリスクをも覚悟して、つきあわないとならない場合も、世に少なくは ないようだ。
からだや体格自体には特段の問題ない場合は、それだけに、周囲の人にとって、大なり小なり困惑する事態や始末の悪いことも多々あるかもしれないよね。
2014.09.19 (Fri)
…
私、つい最近、第二次大戦時に暗躍したという、ある人物(日本の軍人)に関する話を読んでいて、
「絶対悪」なるコトバについて、首を捻りつつ思い巡らすうち、ハタと思い当たったのだけど。
「絶対悪」
とは、いかなる者、いかなる状態を指すのか、ということ。
案外と、前記のアラシごとき、こうした者は、自己の思考や思想に対するマトモな検証能力も乏しいままに、自分の考えと行動は「絶対正義」なのだと、むやみやたら思い込んでいるのかと。
ま、「ヒットラー」信奉者ゆえなのかもしらないがw
そういうことも、かつて、あの「カルト連」のtokiから仄めかされたことがあったものだ。
で、
旧のブログへ、くだんのアラシが 押し掛けてきたあのときも、先に、他の人からコメントを もらっていて、たまたま、「サイコパス」の話題になり、
「サイコパス」とは どういうものかということを、あまり よく理解できないでいる私に、その人がアドバイスしてくれてたんだけど、遣り取りのなかで、
「悪魔的」という喩えが出て、そこに噛み付いてきた、あのアラシ。
まさに、上記「ヤフコメ」と同じく、
「悪魔て。。。そういう安易なレッテル貼りで理解するのは愚かしい」
と同内容の主張を、罵詈雑言でもってギャイギャイ吠えたくったわけ。
ただし、あのとき私のほうで言ったのは、
「悪魔」ではなく、「悪魔的」という言い方だったんだけどもね。
そりゃそうでしょ。
「悪魔」というのは、人間の想像物であって、現実、どんなに凶悪な行ないを する者であろうと、それは、ヒトの一種がやったには違いないことだ。
だいたい、「カルト連」のなかでも「ボス」と呼ばれてたstomachmanが、まさに、こう言ってた。
「常識・良識くそ喰らえ」ってさw
当然、まともな感覚と思考を持ってる人には受容できかねるような、呆れ果てるような主張をトクトクと述べたてる癖がある連中なんだけども、
それだから、いくらハンドルや文体を目まぐるしく変えていても、あまりに奇矯な屁リクツだったり、ひとりよがりに過ぎる主張なので、すぐ目につくし、ハハンwここでも、また やってるのか、と察しが ついてしまうわけ。
いろんなとこで、いろんなハンドルに取っ替え引っ替え、
文体もチョコチョコと、あるいは「bragelonne」の言い方では、「思い切った」文体に変えてみても、
そうやって、つみ重なっていくうち、いよいよと輪郭は明瞭になっていき、その なかみの正体あらわに浮かびあがってくる。
『ほうっておくと積もってくる埃はらいを兼ね、たまに総ざらいw【続き】』
さて、いちばん言いたいこと。
第一には、脳生理学・脳医学の分野になるのだろうけれど、やはり研究・分析は必要です。
予防のためにも、諦めちゃいけない。
せんだっても言ったけれど、
こういう問題において、周囲の一般人にも できることとしては、まず、
「共有」すること
だと考える。
ということは、つまり、隠さない、ということだ。
このことは、決して、問題となる本人を、共同体から排除・排斥することが目的なのではない、それだと、肝心の分析もできなくなる、予防にならないから。
とにかく、犯罪行為を犯させない未然の対処が、本人にも周囲にも肝心かなめ。
したがって、
あと、なお残る恐れのある問題としては、
「共有」すなわち、事前に、懸念の点や事案を明るみに出しておくことによって、周囲の人々が警戒し、遠ざけたり、敵視するといった事態が生じ、
その結果、問題の当人を孤立させてしまうだけかもしれない、これを避けるための方策が最重要だということになる。
ここでは、全員の協力が欠かせないし、各自の安全のためにも無関心は許されず、必然として、意識変革も要請されることになるのではないだろうか。