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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2014.08.24 (Sun)

学校時分、なけなしの お小遣いで買った「ジグソー」のドーナツ盤、わが家にもあったような?。。。あれ、まだ あったかなあ?w

そう言や、あるプロレスラーの登場時に使われる曲だとか聞いた。

あ、「ミル・マスカラス」だっけ。

 


 

 

「阿修羅 原」はブロンソン似だとしたら、
面喰い?なw私がファンだった「ダイナマイト・キッド」は(若い頃の)ミッキー・ローク似かな。

彼の登場曲は、“Car Wars”というのだそうだ。クールですねえ~カッコイイですねえ~emoji

 

     

          これは良い試合ですねえ~!emoji

          『タイガーマスクvsダイナマイト・キッド

          
 

もちろん、あたしゃ、もともとキッド好きだし、タイガーマスクも応援したいしで、困りましたぁ(笑)

 

しかし、あスタン・ハンセン、すっかりと、いかにもアメリカ人的好々爺になってて(笑) 

      
 


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2014.08.24 (Sun)

という記事を近頃は、よく目にするようになった。

地方の片田舎の、顔も名前も家庭事情も、近所どうしで、よく知り合っている場合でも、ある日のこと、ふと、行方不明になってしまい、それっきりという。

 

むかし、新聞記事等で、

自宅にいるというのに、「家へ帰りたい、帰りたい」と頻りに訴えて やまないようになった お年寄りの話を知り、こういうのって、当人にしてみたら、どんなに心細くて孤独で落ち着かない辛さだろうか、
また、目の前にいる家族の方も、なだめるのが大変と同時に、せつないだろうなあと思った。

 

で、「散歩に行ってくる」とて、長年慣れた近所に出て、それっきり、、、だという。

まあ、田舎というと、あちこち草深かったり、里山が近いということもあるだろうから、ちょっとばかり遠出して、いつしか、人が殆ど行きかうことのない地点にまで出てしまうことは大いにあり得ることなのかとも思う。

あるいは、

往々にして、時間の流れや、自身の来し方の順序を、どこかで とっ違えてしまっていることが、「認知症」の特徴として多いと聞くので、

それでなくとも、人間、若い頃の記憶のほうが根強く持続し、より鮮明な感覚を伴って残りがちだから、現役で仕事に邁進していた時期の自分に戻った錯覚を起こし、そのまま、仕事に行こうとして、遠方に向かってしまっている可能性もあろう。

ほんの隣りの市あたりでも、もう、見知った人は殆ど いないだろう。

 

 

ところで、

私、最近、「あっ」と思ったことがある。

 

大型スーパーストアにて買物中、店員さんが、陳列補充のため、ストック商品満載した運搬器具を押していて、そこに行きあった私に、「すみませーん」と頭を下げられたので、じゃまにならぬようにと方向転換した、
そのひょうしに、今まで、どこのコーナーにいて、次に、どこに向かおうとしていたのか、一瞬、わかんなくなっちゃったのだ(汗)emoji

 

「あれれ?」と思って、ぐるりと見渡してみたら、慣れ親しんだ店内が、あたかも初めて入った お店みたいな、、、

さっき物色してきた向こうの奥に見えてる お惣菜店も、反対側に見えてる お肉屋さんや果物コーナーも、いっぺんで、あたりの光景全体がサーッと ひいたみたいに、なんだか、みょうに遠い。。。(冷や汗)emoji

 

そのとき、つくづく思ったけど、だいたい、スーパーストアの店内なんて、どの場所に行っても似たり寄ったりの棚がズラッと並んでるもんね。

 

で、まあ、この変な感覚を、しばらく楽しんだあと(笑)
ああそうだったわぃ、とレジに向かい直したんだけども。

 

実は実は、

これに近いこと、二度目なんだよぉ。emoji

今年の、いつだったかにもあったのを思い出した。ガビ~ンemoji

今年は、実家絡みで、またまた怒髪天な出来事があったから、ストレスいや増しだったせいかなあ。。。?

 

さすがに、「わたしは誰?」までは いかなかったがw

 

実は実は実は、

小学生の頃、かなり「わたしは誰?」に近い、自分で「雲の上お散歩」wと呼ぶ状態に、かっきり一週間程度、おちいったことがあったんだけど。

その頃、その感覚のことを訴えたら、即、母親に思いっきり、どやしつけられましたww

 

 

だけどさ、自転車とか乗ってて、ふだんは行かない街角とか通らないでいた道筋とかに、ひとたび入り込んだら、そこが、自分の通常生活圏に、ごく近い場所であっても、たちまちにして見知らぬ所になってしまうし、
うろうろしてるうち、やっと、毎日通い慣れてる見慣れてる場所まで辿り着いても、「あれ?」と戸惑って、戻ってこれたことを、すぐには呑み込めないでいたりすることもありませんか?

あるでしょ?ねねね(滝汗)emoji

 

 

落とし穴は、すぐ そこにあるのだな。。。(あぶら汗)emoji

 

 

べつにカン係ないけど

レジ子スターの刺激


     ラジオ スターの悲劇

     


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2014.08.24 (Sun)

こういう記事があった。

子どもの将来を左右する!?ナメてはいけない子どもの“算数”の教え方
ダ・ヴィンチニュース817()550分配信 

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140817-00004715-davinci-ent

 

私の場合はさぁ、いろいろと事情が、かなり特殊で?w、親の胎内にいた頃から過酷な状態に置かれており、なかばは死んでる状態で、強制的手段でもって、やっとこ、しぶしぶと(←私がね!w)生まれ落とされ、
人生しょっぱなも しょっぱなから激しく疲れ果ててしまってるからなあ。

親を筆頭に、誰一人も、この しんどさを理解してくれなかったが。。。

いつもアタマ重いのwもう重くて重くて。

いよいよ近年は、疲労してると、百円玉と五十円玉の見分けさえ つかなくなってしまう私。ひい。。。ふう。。。(苦笑)

いっぺんでいい、かろやか~にまわるアタマになってみたいわ(爆)

 

これも、ずいぶん前に、回答か どっかで書いたことあるけど、

洗面器程度の量の水なら、子どもでも掻き回すのラクラクだろうが、浴槽に満タンの量となってくると、じょうぶな大人でも、なかなかにエネルギー必要でしょ。

「火事場のバカ力」的現象もあるにはあるけれど、継続は並大抵のことでなくなってくる。

 

だからね、
おつむがシッカリ的確に回り続けるには、何が必要?ということを考えてみれば、

俗に言う「文武両道」というのは、そんなに珍しいことでもなくと言うか、私に言わせれば、むしろ自然、当然だと思う。

 

 

ただ、世のなか、「文武」は からっきしだが、どういうものか、
気力は執拗じゅうぶん、体力だけ旺盛!
というタイプも少なからずいるようで、

真っ当な論理はダメ、もっぱら詭弁専門とかw

いきなり他人にゴチャラゴチャラ細かいヘリクツぶつけてきたり、

せめて、自分なりにでも、 できるだけ論理の筋を通そうという努力を全くせず、どうやら日本語らしきつもりの、「てにをは」も甚だ怪しく、イミフなモノ言い等を見ると、もう、めんどくさくって めんどくさくってww

「こちとら、おまえさんみたいに、やたらヒマと体力持て余しては おらんのよ」

と、ブチ切れそうになる!www

それもあって、コメント受け付けしないでおくという一つの用心もするようになった。

なんせウンザリげんなりで、懲りてるからね、あの「カルト」一味とシンパどもに。

ネットは、こういう手合いが、あまりにも多過ぎ。

 

他人に、どーしても、どんなかたちにしてもイチャモンつけたかったらば、奇を衒った言い方を気取る前に、せめても「てにをは」の遣い方と、文字変換を手抜きしない、できるだけでも見落とさないという基本レベルが身についてから。

そのうえで、

お互い時間の浪費を避けるために、相手の論を的確に理解する努力、それから、

いったい自分は何を言いたいのか?ということが自分自身で見極められるようになってから、コメントするようにしてもらいたいもんだ。

でも、これら全くと言っていいほどダメダメな者でも、ネットでは跋扈できるという現状。

 

 

ところで、

軽度や中度の障碍者というものは、だいたいが「健常者」に伍して社会生活やってることが殆どだろうから、それが、外部から見て、そうと分かりにくいものほど、ある面、重度の場合よりもストレス重く溜め込んできてることは多いと思う。

 

私の場合なんかは、障碍を知られないようせよという母親(←脳に部分的異常があった優等生ねw私の障碍の原因つくった当人でもあるww)のキビシーイお達しだったし、
当然、理解者を得られる可能性は ほぼ妨害され、遮断されていたし、

もし、何らかの経緯から知られてしまった(いずれは そうなるのもアタリマエ)となると、こちらが敢えて伏せていたぶん、たちまちにして、足もと見て吹っかけてくるような経営者や上司や同僚は決して少なくなかったからね。

特に、「隠れ」的と言うか潜在的精神障碍者と言うのか人格障害的性質のひとは。
ネットでは殊に見分け難い
このテのひとたちってのは往々、
勝手に劣等感のカタマリみたくなってて、そのせいなのか、なかなか計算高く姦計めぐらす、自己防衛心からの攻撃的になってる場合も多々見受けたし、ある意味での「甘ったれ」が多いようだから。

まあ、本人としては、自分なりに必死でガンバってきた、なのに!なのに!!という悔しさもあるのかなあと察するのだけども、

だからと言って、自分の勝手な欲求不満を押し付けやすい相手を選んでてい良く八つ当たりしないでほしいわな。

なので、私は、このテの「隠れ」ゆえ世間の いたる所に潜めている人格障害的性質とか、部分的ゆえ世間の いたる所に潜めている歪な精神を持つ者たちの味方は できないし、したくもない。
さんざ、足引っ張られてきたから。

 

 

さて、本題に戻るけど、

さんすうの単純計算題は、家で宿題やってて、数える指が足らぬとなると、足の指をも数え(爆)

なお足らぬと、兄の指まで借り出していたというので(爆(爆)
後年になっても、家族じゅうから笑われていたワタクシw当然、学校での算数テストはズタボロ、

なのに、応用力を見るための文章題であれば、どこを どうやったものだか、なぜか正解を捻り出せるというので、担任のみならず、職員室じゅうを、?の沼に陥らせていたという、伝説的ワタクシww

 

中学校に進学し、最初の頃の授業で出会った「集合論」は、わりとムシが好いて、べつに難しいとも感じず、むしろ単純なほうの話でないかとすら思ってて(だから、ムシが好いたのさw)、

クラスの優等生たちが、「集合」難しいな~と嘆くのを聞いていて、なにが?と、まじでフシギだった。

 

 

でも、やっぱり、算数・数学は基本、毎日コツコツ、の世界だと思う。

学校時分も、教師や周囲の目上たち全員から、そう諭されていた。

同時に、

とにかく、公式をだな、まる暗記しろよ、そうするだけでも解けるんだからね、と。

 

ところが、「ルーチン」と、わけ分からぬまま丸暗記するというのが、どちらも性に合わないワタクシw

 

小学3年生の時点で算数に躓くと、あとあと大変になるという話は、後年になって聞いたものだが、私自身も、ちょうど、その頃、親の生活状態等の激しい変化に伴い、家庭環境が、ますます芳しくなかったこともあり、子どもゆえ無自覚ではあったとしても、潜在的に落ち着かない生活を おくっていたという点など、成人後になって思い当たるところは幾つかあるのだが、まず、

「公式を、まる暗記」

私自身が、第一に算数や数学で躓いていた大きな理由の一つは、ここにあったと思う。

 

 

だが、しかし、ほんものの数学的天才は、公式を見ただけで、その意味するところと必然性が、たちどころに理解できるものなのだと言う。

なので私は、少なくとも算数や数学の天才でないことは明白だww

そういうものなんだ

と、とりあえずスンナリ納得できて、先へ進めるタイプというのは、学校の優等生に最も多い共通性だろうと思う。

 

ところが ところが、

あの「フィロトピア」にウカウカと参加してしまい、早くも最初に不審を感じ始めたときの私は、まずは、この「優等生」的姿勢で行っておこうと試みて(正確には、littlekissにゃんこ~!遣り過ごそうとしてw)、なぜか、あそこに残ってた、胡乱このうえもない古参らに寄ってたかって、簡単に捻り潰しに かかられたww

しかし、あそこの「ボス」格だったstomachmanというのは、数学大得意なキャラのはずなんだが(爆)

 

 

まあ、それは さて置き、

「そういうものなんだ」

と、とりあえずスンナリ納得しておいて、これをもって済まそうとするなら、たしかに、そこからは、懐疑や哲学というものは生まれないだろう。

 

 

哲学だけは、自然界と、その摂理を超え得るもの。

同時に、

けっして超え得ぬ哀しみを知ること。

 

 

Updated   
2014.08.24 (Sun)

関根麻里 韓国人歌手Kと挙式 白無垢、袴姿で
スポニチアネックス824()128分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140824-00000085-spnannex-ent

 

スポニチさんの当該記事に添えてあるフォトさあ、なんか厭らしいなあ?と感じるのは、私だけの気のせいだろうか?w

まずは、ふつう、結婚式の話題の場合に、こんな変なアングルの写真は使わないだろ?と思うのだがなあww

 

まあ、とにかく、

晴れの日を迎えられた主役の御両人には、おめでとう、お幸せにね、と心から申し上げる。

 

ところで、

以前、たまたま見かけた、在日朝鮮人であるというブロガーさんと、そのブログ常連さんたちが、

そこへ押し掛けてきた荒らしコメントの投稿者本人にとっては、厳然たる正義の主張のつもりなのであろうけれど、
もはや手の
つけようもないほど、浅ましさ このうえなくカン違いした「ネトうよ」に多く見受けるヘリクツを執拗に言い張るのを、面倒がらず相手になってやり、延々言いあっているのを、
私自身、その荒らしコメント投稿者に思い当たるふしを大いに感じたこともあって、当方のブログ
エントリーで紹介させてもらった、そのとき、少し触れたかと思うが、

すでに怪訝に思っていたところの、韓国の新聞記事等を毎日欠かさず、熱心に目を通している「嫌韓」派に加え、近頃では、

「在日韓国・朝鮮人」の友人・知人なんて、私には、いまだに一人も できたことがないので、いわゆる「ネトうよ」と思しきひとに、

「(仲の良い)韓国人や朝鮮人の友人・知人が何人も いますけど」

とか

「自宅のまわりや地区・町内には、在日が多い」

とか言ってるのを、たびたび見かけるものだから、なんともフシギだなあと思ってきたw

 

それと、日本語の奇妙さねww

 

もっとも、

上記に挙げた在日ブロガーさんたちのように端正な日本語も、彼ら祖国の言語も使いこなせる人たちは多いし、普通に日本の学校教育を受けて育ち、日常生活でも日本語を用いていれば、まともな自然な日本語を使えるのは、国籍が日本でない人であってもアタリマエだろうが、

句読点や「てにをは」を始め、全体、どうにも奇妙な感じを受ける日本語を書き込む投稿者というのは、なんなんだろうか??と、常々思ってきたw

 

なかには、まあまあ普通の日本人なのに、ごく基本レベルの日本語すら使えない日本人も、そりゃ、いるようだがなww

 

 

 

>ところで 白無垢、袴姿で とあるが、韓国人の結婚衣装ってなんだろな?

出席したことあるけど、ウェディングドレス→チマチョゴリだった。
チマチョゴリには結婚式だからと特に色の規定はないと聞いた。

 

へーえ、出席したことあるwww



こりゃまた、

結婚模様」て、なんのこと??どういう意味???

日本語で、こういう言い方してるの、初めて見たわwwww

 

 

ほんに、「嫌韓」さんというのは、さても おかしな日本語(もどき?)だったり、イミフなことを堂々と言い放つひとが多いようだ(嗤)



  『僕が一番欲しかったもの』
 

Updated   
2014.08.21 (Thu)

「おまえの かあちゃんデベソ」も、いかなる激烈な「ヘイト スピーチ」も、なるほど、「表現」のうちに入るのだろう。

 

だが、「言論」たり得ているとは到底言えまい。

 

 

ヘイトスピーチは「暴力」=日本政府に懸念続出―国連委
時事通信821()022分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140821-00000001-jij-int

 

 

ヘイトスピーチは言論表現ではない、というのには同意できないな。
言論表現ではあるけど、他者の権利を侵害する度合いが看過できないので、例外的に表現の自由の対象外とする、と言って欲しい。
口から発せられる言葉は、どんなものでも言論だ。

 

言論表現ではあるけど

そうじゃなくて、

「表現」のうちではあるにせよ、「言論」と言えるレベルには全然ない、
ってこと。

 

 

「嫌韓」でも「反日」でもいいさ。そりゃ自由だ。
好きやキライを強制したって しょうがない。

「日本が嫌いなら出て行け!!」と叫ぶことも表現として自由が認められ、守られるべきなら、
日本を嫌いで、そのことを表現することも また自由で、守られるべきはずなのだ。


「反日」については、むしろ、より思想的なものであって、単なる好き嫌いの範疇の問題では ないのだろうが。

 

いずれにせよ、

「ゴキブリ」

死ね

殺せ

こうした類の発言の どこが「言論」だよ?(嗤)

 

こんなものは、およそ「」では ない。

ただただ口汚い罵倒であり、恫喝であり、脅迫だ。

 

恫喝、脅迫の類は、りっぱに犯罪行為である。

 

 

 

ところで、あちら韓国の国民の大多数は、政府やメディアの主張や論調に対し、日本人一般よりも、もっと ずっと突き放した、クールな眼で見ているということを紹介している記事もあった。

中国にしても、その国民は、自分たちの政府がメディアを使うとは、どういうことなのかを先刻承知しているという。

こういった点では、たしかに、一般的日本人のほうが、まだまだ、ずっとウブなのだろう。

これが何ゆえ、そのようにウブでいられるのか?ということを考察、分析してみるのも興味深いものだろうが、ここでは置いておく。

とにかく、

「ネトうよ」と思しき連中の発言に よく見受けられる「ネットの真実」という噴飯もののセリフを持ち出したところで、それに対してもウブなままなら、結局、従来的にウブな人々と何の変わりは ない。

 

 

韓国でのアカラサマに激しい「反日」行為というのは、実際は、どちらかと言えば年配者だというし、それも一部の過激な連中に過ぎず、それならば、まあ、「在特会」なんかの存在と似たようなものなのだろう。

私は、こうした問題について、あまり詳しく見聞してきたことが なく、そういうことが、もしや「知らぬが仏」になりがちだったか?と慌てて思ってみたものの、私個人としては、国内的には、むしろ、日本人のなかに昔からコソコソと存在し続けた(隠れ)差別意識を持つ人のほうが多いというのが実態では ないかと思われるのだ。こちらも やはり、従来は年配者のほうに断然多かったと思う。

だが、こんにちの日本では、ネットによって、若い年齢層にまで、異変が生じているように見える。

 

 

身近で思い当たるのが、「ヨンさまブーム」だ。

これが話題頻りになっていた頃を思い出す。

 

「よりによって朝鮮人の男なんかをチヤホヤ騒いでるんだってな。それも、けっこうイイ歳した、年配のオバハンらまでが大騒ぎだと。まったく、なにを考えておるんだか」などと、
実家の父が、実に苦々しい顔つきを して、首を振り振り、繰り返し言ったこと。

 

もしかして、

父のような受け止めかたを していた人たちが、あの「韓流」大ブームのあいだ、苦々しく見詰めていたのかもしれない。

 

 

さすがに、普段の父は、目の前にいるのが、どこの国民で、何の人種だろうと、少なくとも、あからさまな差別や侮蔑した態度は、そうそう出しは しなかったと思う。

でも、黒人のことを、あたりまえに「くろんぼ」と呼んだりは した。

自覚も疑問も罪の意識も ないのだ。

それだから、傍目には、ある意味で「信念」を強く持っている人であるかのように、紛らわしくも、見えたろうし、思わせたろう。

 

父も また、ある面では非常に几帳面で真面目だったが、半面では、とてつもなくエゴイスティックで、ハチャメチャで、本当には反省ということが できない、恐らくは理解できてもいないひとだった。

 

こうした面では、母のほうも、父よりは、全体的に幾分ひかえめだったと思うのだけれど、いわゆる「部落民」とか「同和」関係の人たちなどに対して、根強い偏見を持っていたようだ。

 

 

彼らの いずれも、そもそも、自分自身のやること、考えることについて、まったく無批判、少しは疑ってみるということが なかった。

ろくに根拠もなく確信に満ちてさえいるように見えた。

 

そのくせ、根本的なところで、彼らなりの切実な理由で、根強い劣等感を持っていた。

 

 

しかし、真正面を向いて見据えることからは逃げていた。

こちらが敢えて、それを突きつけると、狂ったように爆発し、相手を精神的に抹殺しようと かかるか、

深く憎悪の眼差しでもって睨みつけ、相手の一切を遮断し、聞き入れなくなる。

 

 

環境や外部に由来する問題には大いに恨みを述べ、批判しても、自分自身で招いた問題には、まったく自己批判ということが できない。

ましてや、自己に内包する問題について分析してみたり検証する能力は持ち合わせず、と言うか、

彼らにとって、僅かでも自分のヘマやら罪等の不利を認めることは、さても居心地悪さに耐えかねるあまり、目を逸らし続けるしか できなかったのだ。

完璧主義とでもいうのか、それを やったら、プライドだけは突出していたせいなのか、とても生きては いられなかったのかもしれない。

 

 

だから、自分よりも立場や力が弱い者、それが自分の子どもであろうとも、ひとたび体面・自己保身のためとあらば徹底的に、罪や責任を擦り付けて恥じない。
逆に、つごうがいいうちは、それなりに溺愛のふりを する。

要するに、とことん、自分が第一で可愛いのだということが隠せもしない。

 

 

だが、彼らとて、同情心や情愛というものを知らないわけでは ないし、
頭が良いほうだけに、高度な論理能力を持ち合わせないのでは ないし、
正義感が希薄というわけですら なかった。

特に母のほうは、それらを、むしろ、豊かに備えていると思わせるひとだった。

 

この落差というか、バランス悪さ。

 

 

世間では、要領も良く、優秀な賢い人で通っていたとしても、内実は、
おとなたちの言いなりを受け入れている子どものままみたいなものだ。

(このあたりのことに関し、あとのエントリーでは、私なりに、算数・数学と絡めて少し述べるかもしれない)

 

 

さて、

日本は、理由は どうあれ、もともと自国の側が野心を起こして、各国からの誤解も怨みも買うような行為を犯したことがあるのは歴史上事実なのだから、他国や他民族に「反日」的感情が根強く残り続けていることがあっても、しかたがないと腹を括るべきだし、そのうえでの外交努力。

 

私自身、中国政府や朝鮮人に対して、日本国また日本人と異なる類の欠点もあり、そうとう大きな問題はあるという考えは持っている。

しかし、日本国と日本人にも、やはり同様に、根深い問題はある。

 

だいたい、昔から、日本人のなかに差別意識がある、あったことは事実なのだし、迫害行為もあった、

そんななかでも、種々の事情で、日本国内に生活基盤を持ち、日本人と、ほぼ変わりのない暮らしを長年にわたり営んできている「在日」の人々と、彼らの本国の政治姿勢や人々の感情や見解のありようとを全く同一視して攻撃することにも重大な誤りがある。

 

 

決して表にアカラサマには出しにくい抑圧気質であるなら、かえって深く沈潜し、陰湿の傾向を帯びてフシギは ない。

これを突きつけられ、直視を強いられるとなると、耐え切れず、とたんに、身も蓋もなく、ひらきなおって爆発する。

 

 

弱者蔑視や差別意識、排他性などの底にある動機には、無自覚の自己投影や潜在した劣等感があるものと察せられるが、

考えてみれば、日本人も また、他国、近代においては特に欧米圏への劣等感を強く持ち続けてきた。

 

さても、個人と国家の落差であるか、それとも、両者は不可分なのか。

 

(気に入らぬ他国民を指して、お互いに、相手は人間ではない、と言い捨てようとも)
しょせん、人間どうしに、さしたる違いはあるはずもなく、僅かの微妙な差があるのみ。

その僅かが、どんどん、深い隔たりの溝を つくっていく。

 

犯罪行為を おかす、おかさぬことの違いも同様で、ほんの僅かな差が、やがて、深刻な結果を つくりだすのだろう。