2014.09.06 (Sat)
『「まとめブログ」「バイラルメディア」』
基本的に、良識ある一般人の親切・実際の体験談・妥当な知識・貴重な時間等々をタダで利用させてもらって成り立ってるはずのQAサイト
(だから、こういう良心的会員が離れていきだしたら、すでに足もとから腐敗が始まってるってこと。あの潰れた「フィロトピア」みたいに、自浄能力がないのを、ひらきなおって、逆手にとって続けようとする「2ちゃん」方式では、将来は暗いね)
「OKウェイヴ」なんかでも該当するもんなぁ。「内容の信憑性は保障されない」ってな、自分で断ってるしさ(嗤)あ、自分で最初に断っとくだけ少しマシか(爆)
この「OKウェイヴ・おしえてgoo」と言えば、知る人ぞ知る?知らない?「テツ」カテ居着き名物のブラげろ爺さんと、その お仲間常連とが、毎度の顔ぶれ
(ハンドルはコチャコチャ変えてるけどねwそれ言えば、「証拠は?仕事のジャマするなー!!」と激怒してストーキングされるよww)
マンネリ パターンで繰り広げる大量投稿かつ長々文かつ長大スレッド。
(いまでもアキナイで やってんのかなぁ?知らないけどw)
くだんのブラげろ爺さんの「おトモダチ」城島明彦さんというひとが言うには、昨今の出版不況の影響とかで、モノ書き崩れさんなどは、お金に困ってか、
なんでも書かないと、
やってけない仕儀に陥っているのだそうなw
『「バイラルメディア」安易なシェアに潜むリスク うまく付き合う3つのポイント』
THE PAGE 2014/9/2 18:46
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140902-00000022-wordleaf-nb
SNSの普及以降、誰でも情報を発信することができるようになり、時にはマスメディアを動かすほどの「拡散力」を個人が持つようになってきています。このような状況に対して各国の政府では「デマ拡散時の罰則強化」に乗り出してきた国も出ています。中国では、国家を中傷する悪質なデマを掲載し、それが5千回の閲覧、500RTされると「デマを拡散した」として、3年以上の禁固刑に問われるというガイドラインが発効されています。
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「5千回の閲覧、500RTされると『デマを拡散した』として、3年以上の禁固刑に問われるというガイドライン」
いや、でもコレ、「嘘も百回言えば」とかいう問題もあるし?w歯止めとして一つのアイデアではあると、まじで思うわよ。中国とか「国家を中傷」とかいうのは ともかくねww
~
ただし、閲覧する時にSNSアカウントとの連携や、メールアドレスの登録を求めてくるバイラルメディアは注意が必要です。個人情報の収集を目的としているため、個人情報が意図しない用途に利用される潜在リスクがあります。
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「いいね」や「メールアドレス」を求めるバイラルメディアには近づかない
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やっぱりねー。
まあ、いちいちSNSアカウントだのメールアドレスの提示等を要求されるようなメンドクサさだと、まず、閲覧を止してしまうのが私のタチなのでwよくは分かんないけど、いまだに、その、売らるじゃなくて「バイラルメディア」とやらいうものとは、どことも、御縁を つくったことは一応、私個人はないと思う。
~
ある種の犯罪集団はこういう人達を「カモ」とみなします。その「カモ」を探すためにバイラルメディアで個人情報を収集されていたとしたら、、、あなたは既に狙いを定められているかもしれません。
~
「フェイス ブック」でも、実名登録やらの(もっとも、本当に実名なのかは保証の限りではないらしいが)公開している個人情報を、いわゆる「おれおれ詐欺」とか空き巣狙い等の犯罪や、その類の組織にシッカリ利用されてしまっているという記事も読んだことがある。
こんなものを、就職活動において必須などと煽っていた、どこぞの企業人が執筆した記事も読んだことがあって、これも旧ブログで批判しておいたことがある。
「仕事のジャマ」したかしら?ほっほほ![]()
2014.09.06 (Sat)
前回のエントリーでは、こういうことを述べたのだけど。
こういうニュースがあった。
『ネットカメラのぞかれる危険…弱点、乗っ取りも』
読売新聞 9月5日(金)16時10分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140905-00050134-yom-soci
~
このカメラはネットにつなぐと、カメラごとにURL(ネット上の住所)が割り当てられる。そのURLが分かれば、パスワードなどの情報を入力せずに第三者がカメラの映像を見ることが可能になる。
~
とーっくに、これまでも思ってきたことだけど、企業側や、そこの内部者については安心していていいのだろうかね?
個人的には、例の「カルト連」に遭遇した お陰もあってw
「匿名での投稿は卑怯」だのなんだのと、いっしょうけんめい煽られても、私は早々から、
「実名?変質者がウヨウヨしてるネットで、そんな危ないこと やってられるかよww」
と割り切っていたから、旧ブログのほうでも、
「ハンドルはハンドルでいい、防犯のためにも仕方ないこと。その代わり、どのサイトで投稿しようとも、同一人による投稿であることが、一般にも見分けられるよう手立てを講じておいたほうが よかったのではないか。そのほうが、ナリスマシやら煽りだのといった、ネット特有の悪質トラブルも防げたのでは」
と述べたこともあった。
だいいち、誰の「実名」であろうが なかろうが、
結局、問われるのは、投稿した意見の なかみ如何と一貫性なのでね。
まあ、ネットというものが、あらゆる面で「見切り発車」をもって開始されてしまっている以上、この問題も、いまさら、遅きに失し、どうしようもないのだろう。
さて、先日のエントリー
~
いったい、こんなことを述べてばかりいるブログなど、誰かに頼まれてやっているのだろうか、
そうでは なく、
自発的に、あるいは、自らの抑えきれぬ欲求に駆りたてられてやっているというのか。
~
この疑問に対するヒントや答えの一つは、これかもしれないし、
~「嫌韓系まとめブログの6割以上が、韓国系ブログサービスを利用し広告収入を得ていた」~
もう一つは、これ。
『「バイラルメディア」安易なシェアに潜むリスク うまく付き合う3つのポイント』
THE PAGE 2014/9/2 18:46
http://newsbiz.yahoo.co.jp/detail?a=20140902-00000022-wordleaf-nb
~
シェアされればデマでもいいという考えのリスク
1. 新たなメディアの形として注目された
2. BuzzFeedという成功例が存在する
3. 誰でも簡単に作れる
という3点から、ここ1年程で国内でも注目を集めるようになり、既に40近い「バイラルメディア」が乱立しています。
誰でも簡単に情報発信ができるようになると「記事の質や、内容の信憑性は保障されない」という問題が生まれます。かつ、バイラルメディアは「事実」を伝えることを目的としてはおらず「話題になりやすいネタ」を競い合い「閲覧数」を追い求める傾向が強いメディアです。
中には明らかに「虚(デマ)」である情報を掲載して「閲覧数」を稼ぐ、モラルのない運営者も出てきています。こういったデマをデマと知りつつ掲載し、拡散することは「名誉毀損」や「風説の流布」で逮捕されるリスクもあります。
~
(続く)
2014.09.04 (Thu)
「ヤフー」に限らずで、
個人的には、IT系企業全体に対して不審感イメージを持ってしまってるけどさ。
私も、今回の「アイメイト」(盲導犬)被害についての記事に付けたコメントのなかに、視覚障碍者にも聴覚障碍者にも誤解を招くような、作り話としか思えないような悪質投稿を見かけたので、
こうしたIT系サイトの運営方針ならびに実行ぶり、スタッフの質に、早くから不審と危惧を抱いてきた私は、「OKウェイヴ・おしえてgoo」で懲りてるゆえ、あくまで期待はせずに、一応、通報だけしておいたばかりなんだけど。
悪質な作り話を用いた、タチの悪い中傷とは違って、
きょう見かけた、「運営は何を考えてる?」的、一目瞭然的、単純で分かり易い見本というのが、こういうやつ。↓
『盲導犬つける男を目撃 大学生風ロン毛茶髪でニヤニヤ』
スポーツ報知 9月3日(水)7時5分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140902-00000279-sph-soci
・「射殺しろ」
・「ゴミ屑はとっととあの世へ行け。」
この場合、
上の投稿の「射殺しろ」つうのは放置、
下の「ゴミ屑」云々のほうは、「不適切な表現」カバー(←すぐ外せるし、意味も効力もないに等しい空しいカバーw)で覆ってあるのね。
(だいたい、こうした口汚い系単語を出す者というのが、ある種の主張や傾向性が高い連中らしいことは、私も とっくに気が ついてるのだけど)
この二つ並んだコメント投稿の、一方は剥き出しのまま、一方は、すぐに外せる「カバー」を一応は被せてある。
この判断基準というのが実に不可解で、モロに奇みょうの見本なのだけど、こうした例は、ネット上では、とても多く見かける。
これも、ある種の傾向を持つ連中の主張のなかに、よく見かけてきた決めゼリフの一つで、
「自分のアタマで考えなさい」
とかいうやつ。
私は、
「そう言うアンタこそ、たいがい受け売りで、エラソーにモノを言う癖ついてんじゃないのぉ?w」
とツッコミたくなるやつが、やけに多いことも感じてきたけど、
「自分のアタマで考えよ」「勉強しなさい」こういうことを毎度トクトクと言う者こそが、
胡散臭い「いいね!」やら「参考になった」とかいう、いわゆる「支持」ボタンの多さを誇ったり、
それによって、自分のコメントの正しさの根拠にできると信じているらしいのだから、(kiguru●iなんか、ズバリで言い放ってたもんなw)
なにをか言わんや。
こういう、ケッタイな、しかも俗物根性まる出し現象は、IT系企業が、世のなかの大衆に齎してしまった、大きな罪の一つ。
これ以上、世のなかの風潮を悪くする前に、サッサと やめんかい!!
と、いつも思うの。
2014.09.03 (Wed)
こっちのエントリーを先に書く予定だったのだ。
『「社会還元」』
私も、お役所特有の経済観念というのか、なんとも独特の処し方があることについての疑問は、若い頃から持っていた。
とは言え、
ただ、「ムダ」を削減する努力は当然としても、そこで、何を どう「ムダ」と考え、何を「必要だ」と判断するのかということにも、少なからぬ危惧感がある。
『社会保障財源から国・企業負担減らし「日本に財源がない」という政府・財務省の異常、消費税が壊す社会保障』
井上 伸 | 国家公務員一般労働組合執行委員、国公労連書記、雑誌編集者
2014年8月27日 15時11分
http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20140827-00038624/
「社会保障費の増減を見るには、額面上の数字を見るだけで判断するのではなく、国庫負担割合の低下を見る必要があるのです」
そこで、
「国における社会保障以外の支出(65兆円)がどう使われているのかという分析」
こういう作業は必須である。
数字の表面だけを見ていたら、本質を見誤るということは、よくあるのだろうし、詐欺的テクニックとしても、たびたび利用されてきているのだろう。
さて、「たかの友梨」問題でも、経営者の詭弁的言い訳やらの典型的な現象が見られたが、
要は、あまりの格差と乖離、これが平気で罷り通っていると、
「自分だって!」「自分だって!!」と思ってガンバった、そのことが化けて、俗に言う「姑根性」的いやらしさの連鎖を生じさせ、それが やがて、世間全体を殺伐とさせる大きな要因になって蔓延していくのだと思う。
「私だって!!」「ガンバったんだから!」とは、基本的に自分視点のみからの主張であり、おのれの言い分に過ぎない。
その主張、言い分に過ぎないものを、むやみ単純に押し付けていっても、目前の表面には見えてき難い何処かでシワ寄せが溜まってくるだけ。
その何処かとは、
およそ「弱者」と呼ばれる位置にスッポリ嵌めてしまわれることとなるのは必然。まず、乳幼児や子ども。
あらゆる個体間にも、差は大きく、いろいろあるものだ。
やはり、「最低限」としての基準設定は必要だし、そこからも外れていってしまうなんてものは、全体から見て、そんなに、割合が大きいはずも ない。
まあ、私とて、会社なり組織なり、その立ち上げ人に共感して、たとえ、相手が経営者、上長で、自分は単なる雇用者関係に過ぎなくても、相手も、自分と同様にボロを纏い、粥を啜って、苦しい状況のなかで頑張っているさなかの姿を目の当たりにしているなら、「意気に感ず」というのか、一心同体のつもりになって、自己犠牲精神とやらも辞さず、ついて行こうとする、かもしれない。
だが、自分の野心だけしか眼中になく、歪んだ手腕でもって成功にアグラを掻き、すっかりと思い上がり、人を人とも思わなくなった者を崇拝したり、黙って従い尽くすほど、おとなしくもオメデタくも ない。
もう一つ付け加えておく。
ネットというものに入り込んでも、あの「2ちゃん」の存在と同じく、数年に わたって、私が全く知らないでいたことの一つなのだったが、
近頃、例の「在特会」あたりが流行らせたものだろうか、「(どこそこ)から出て行け!!」なる要求。
これってね、
私個人的にも、なんか反射的に苛立ちや腹立ちを もよおさせるのだけれど、
考えてみれば、
うちの親が、かつての私に向かって、しょっちゅう言い放ったセリフを思い起こさせるんだな。
「おまえは、なんだ かんだ言っても結局、うちが居心地良いからこそ出ていく気がないんだろうよ」と。
こりゃ、単に、うちの親側の とんだ己惚れであって、
私自身は本当に本当に、一日も早く、実家を出て行きたかった。
けれども、
当の親自身が、このことを、世間に知られぬよう圧力を かけ続け、
私の自己認識を、自分たちの つごうに合うように、はたらきかけ続けた長年の その結果、
健常者からも、同じ障碍を持つ人々からも、孤立を余儀なくされたままで生きていた私自身の障碍ゆえに、容易に予測された職業上かつ生活上の困難が、
もう一つは、
父を、人として信用でき難かった私にとって、どんなに疎ましい親でも、母だけは、たった一人の「同志」という感覚に近かったというか、
ここでは、まさに「子の心、親知らず」という逆転が起きていて、
生まれながらの宿命のように罪悪感を背負わされた私にとり、母の存在は、この世で一番の心配の対象だったから、しょっちゅう凶暴になる酒乱の父のもとに残したまま、盾になってきた私が、ついに、母を捨てて出ていくことも含めて、怖かったのだ。
私自身は、幼い頃から、「おまえなんか捨てて出ていく」と、いつも脅されていたにも かかわらず。
そうして、それでも、やがて来た日に、(ある程度の親からの資金援助も含め)そうとうの無理を押して、意を決して、私は、実家を出たけれど、
そのことを、母の本音で、「おまえは、家を捨てて出ていった」という言い方をして寄こされたこともある。
なおかつ、反面では、
障碍にも かかわらず、健常者のなかに立ち混じって働きつつ、いつしか病気が重くなってしまっていても、やっとの思いで出た親の家に、以後、決して決して、戻ろうとはしなかった私の本音を、ごく少しだけでも理解したようだった。
そう。私は本当に、本心から厭だった。
己惚れやさんたちよ。少しは分かったかなw
2014.09.02 (Tue)
『「悪意」を見た』
さて、先述したコメント投稿者だが、
「私は視覚障害の方ではないのですが、以前、聴覚障害者の方と接する生活、仕事をしていたことがあります。大半の方は、」云々とある。
まず、
「聴覚障害者の方と接する生活、仕事」とは、
いったい、どういう生活であり、仕事なのだろうか?
しかも、「大半の」という断定的文言ときた。
もしも、専門的な立場とか、あるいは、何らかの施設職員といった立場に就いていた経験からとして、そういうことを言うのであれば、
マッタク、そんなことだから、
「思いが伝わりにくくて短気を起こし、暴力的になる人とかも…」
出てきてしまうのは、ある意味、当然かと思ってしまった。
くだんのコメント者の投稿内容、これも また、冷静に、少しばかり緻密に検証さえすれば、如何にも奇みょうなことを述べていることが すぐ分かるていのものだ。
分からず、そのまま鵜呑みできる者は、世のなかに疎い子どもか年寄りか、よほどの迂闊者だろう。
このコメントが言うところの、「存在が近ければ近くなるほど」とは、まったく限ったことでなく、
手当たりしだい、
(まさに、今回、被害を受けた盲導犬のように)
見知らぬ他者であれ、あかの他人であれ、
自分と比べて、状況的に、絶対的に負ける恐れはないものと直感的に踏んだら、ひとたび目についた対象相手に向かって早速実行、身勝手な欲求を押し通すことはある、脳や精神面に異常なところがあっても、こういうときの判断だけは、なぜか、じつに素早いものがあるのでは ないか。
「自己保身」のための他者犠牲といった、ほぼ特徴的、類型的な迷惑行為を及ぼして恥じないという共通した性質は、私の経験では、家族内に、身内に、職場内の同僚にも、ことごとく見受けたけれど、
これは、たとえ、どんな「身体的障碍」を持っていたとしても、あくまで、
その個人個人の内面的資質、精神のほうの問題ゆえの発露
なのだ。
そういえば、
うちの母親も、むかし、本人が、まだ若かった頃、友人の家族である視覚障碍の人から、ひょんなことで誤解を受け、全く不当な、いわれなき疑いを向けられた不愉快な経験を したというので、ずいぶんと、視覚障碍者全体を指して、あれこれ批判めいたことを聞かされたことがあった。
そういう当の母はというと、
すでに述べてきたとおり、脳に一部異常を抱えていた、しかも、要領の良いこと人後に落ちない優等生だったのだから、
わが母親とは言え、聞かされた こちらも、なんとも返事に窮したことを憶えている。
で、彼女の娘である私自身は、聴覚障碍者の端くれだw
当事者の端くれである私自身も言っておきたいのだが、
聴覚障碍者は、必要な音声を拾うことが できないと同時に、ほとんどの雑音や不快な騒音の類からは必然的に免れているという現象でもあるので、そのせいか、
それこそ、「大半の」人は、
どちらかと言えば、もの静かで、のんびり・おっとりタイプな性格の人が多いのが特徴と言われている。これは、私自身も少なからず思い当たることで、
つまりは、
「障碍も個性となっていく」
という一つの喝破に繋がっているのだなと実感する。
ただ、中途で聴覚障碍を負うことは、高齢になると誰しも珍しくない。なので、ただでさえ気が短くなる人が多いという高齢者で、家族のなかにいても孤立した感じに苛まれてしまう場合、イライラと、身近の家族に当たるということは、あるのかも しれない。
私なんかは、父が歳を取れば取るほどに、持病の影響でか、ますます、聞き取りにくい喋り方をするようになり、母は、とうに亡くなっていて、他の きょうだいたちも皆、他人事で、私だけが、めんどうを みている状態のなか、
もともと、暴力的で、きらいな親だったこともあり、
だんだん繰りごとのような話を聞き取るのに、難聴者の私は骨が折れ、ますます、疲れとストレスを溜め込んだ時期があった。
私の障碍についても、過去、親としての義務を果たさず、いっこう無関心であり続けたことも、私のやり切れなさに拍車を かけたと思う。
でも、イライラしていても、私は、暴力は振るわない。暴力を振るうのは、いつも、「健常者」たる父のほうw
私は、人生の殆どを、辛うじて「健常者」のフリを とおして生きてきたので、私以外の同分野の障碍者に接した経験は、いまだに、ごく ごく少ないままだ。
そっち方面の、数少ない知人のうちで、私よりも、もう少し重い等級ゆえ、子ども時分から発語訓練や補聴器を手離さずにやってきていた人は、長年の補聴器使用自体の苦痛からも、重いストレスを訴えていたことがある。そのために、仕事も辞めざるをえなかったそうだ。
まあ使ってみないと分からない鬱陶しさというのは、そうとうトシを喰ってしまってから、遅れて使用する機会が訪れた私も、早々に音をあげたくらいなので、少しは理解できている。
さて、
「そういうので八つ当たりとかをされるのは、自分の子供だったり近場のごく親しい人だったり。盲導犬も近い存在かつ、刃向わないなので、そういう風に扱われる事もあったりするのではと」いう、くだんのコメント投稿者。
だが、
私の知るかぎりで、聴覚障碍者というのも、一般的な業務に従事していれば、まず間違いなく必ず要請される的確なコミュニケーションと、日常生活上のあらゆる場面で多かれ少なかれ危険性が伴うため、周囲の人たちを巻き添えにしてしまうような迷惑を かけまいとするあまりに、がまんを重ね続けてきた結果、かなりのストレスを溜め込んできてしまっているのが大部分の現実だ。
はっきり言わせてもらおう。
私自身の場合は、一応「健常者」として、家庭においても職場でも「健常者」なみの仕事と、
どうかすると、それは、「弱みにつけこまれて」というべきだったのかもしれないのだが、
並居る「健常者」たち以上にも重い役割を果たさざるを得なかったことが一番大きい原因だろうが、
こういう立場にいる者の、知られざる苦労や困難の かずかず、
そのなかには、誰あろう「健常者」たち自身
(↑ことに、「隠れ」的と言うべき、要するに「共有」ということを できていなかった精神的問題のある者たち)からの悪意ある言動の端々から齎される苦痛や、それに対して堂々と抗議し、対等にモノ申すことすら、往々難しい立場であったことも、このブログでも幾度かは言及してきた。
私にストレスを齎してきた主な相手は常に、家庭内においては、私の親であり兄弟姉妹だったし、
一歩、外に出れば、職場の同僚なり上司であり、つまり、「健常者」たちだ。
その彼らも また、全員が、精神面あるいは脳における、何らかの異常や歪みを抱え持つ「隠れ」的障碍者だった。
このことは当然、あかの他人であれば勿論のこと、いちいち確証を得るわけにいかなかったものの、
のちに、いろいろと知識を得た私が、あらためて、当時を検証した結果、あきらかに思い当たることであり
(たとえば、1時間以内に提出しなければならないものを、上司が黙っているかぎりは、2時間でも3時間でも、ヘタすると一日じゅうでも!かかりっきりで同じことを繰り返し確認し続けている、要するに強迫的行為である それは、自分のミスが発覚して叱責されることを異様に恐れ過ぎるほどプライドが高いゆえだったかとも思われ、
そのくせ、シワ寄せを及ぼされても、責めることなく引き受け、その先輩社員が1時間かけるものを、30分、15分、10分とガンバって仕上げていく私に、口を極めて居丈高なセリフを吐いたとか、
くそ真面目以外にトリエがなく無能な部下を、どう教育することも できず、ただ、優秀な部下一人に、薄給ながら押し付けて犠牲にし、そうして誤魔化すというセオリーでやってきた、管理職である自分自身の業績を守ることしかアタマにない、個人としてはヤリ手、上司としては無能者は、私の場合にも、こちらの障碍を いいことに、捌ききれない分すべてを背負わせていた、とか。
どう見ても、思考回路や精神がマトモでは なかろうというものだ)、
うちの家族や身内の場合なら、もう、はっきりと、それぞれ何らかの精神異常だったり、脳の一部異常だったりしたことは判明している。
何らかの専門的立場にでも従事していたのか?と匂わせつつも、根拠と言える根拠なく、ただ、目的は、聴覚障碍者全体への誤解を招き、重ねさせようという悪意を感じるコメント。
ひいては、障碍者全体、特に身体障碍者全体への偏見に繋がっていきかねず、拡散的効果が高いと思われる「ヤフー」コメントで、こうした問題投稿。
これは もう、社会問題と捉えるべきであり、はなはだしい卑劣ぶりと言わざるをえない。
とにかく、今回の「アイ メイト(盲導犬)」事件の加害者は、必ず捕えてもらって、
捕えたら、その内面性、動機等を、よくよく調査してもらいたいものだ。
内面性の問題があることだけは明白。