2014.11.18 (Tue)
『ゲバラ、あ、やっぱり?――アレルギーとか喘息を、プチ考察』
そこで、うちの母の場合だが、
外見でも能力的にも、常人を上まわる幾多の有利さに恵まれていたと言っていいひとだったのだが、
やはり、プライドの高さ、負けん気、気性の激しさ、
それに ふさわしい毒舌、息も つかせぬ猛口撃が際立っていた。
ハッキリ言って、ほとんど異常性を帯びていたと言えるほどだったと思う。娘の私だけではなく、他人さんも認めるところだった。
同じく、
母親のそういう面を毛嫌いする同腹の姉も また、アレルギーと共に、母親の負けん気、気性の激しさを、やや小粒ながらも(笑)しっかり受け継いでいる。姉本人が聞いたら、すごく嫌がるだろうけど。
だが、外見からして堂々たる落ち着きぶりの反面で、
母も、コンプレックス深い人だった。
それを、勝気さで包み隠していた。
やはり際立っていた強迫的世話やきや親切ぶりにも、頭の回転が非常に早いだけに、より巧妙な計算を仕込んでいたことを自覚していなかった、と言うか、自分で目を逸らして、見ないようにしていたと思う。
ときに、
私に向けては特に、安心して曝け出されるアンバランスの極端さの原因が、脳の異常性にあったのか、生育環境にあったのか、その両方なのか、どちらのウェイトが大だったのか、もう誰にも分からないだろう。
ちなみに、
先述した、かつての同僚の場合は、生育環境や家庭面において、問題と言えるような点は、何もなかった。
おかあさんが少々キツイ傾向の性格だとは言っていたが、普通に穏やかな家庭の、子ども思いの平凡な母親には違いないようだ。
ただ、むしろ、その同僚本人のほうに問題があるのが、家族全員の共通した心配のタネであり、そのため、本人としては、家族に、一種の厄介者扱いされてきたというウラミめいた思いがあるらしい。
というわけで(?)、
私が周囲の人たちを観察してきたかぎりで、
アレルギーによる症状が、しょっちゅうキツく出る人のなかには、ある種、独特の気性の激しさとか、許容性の低さみたいなものが潜んでいるのではなかろうか、と感じたしだい。
言い換えれば、とても敏感な性質ゆえとも言えるわけで。
私なんかは、遺伝からも持ってるはずのアレルギー症状が、普段、あまりハッキリとは出にくい。
もともとの性格が、昼行燈みたくボーっとしてるからなのか(笑)
手術を要した病気を患ってた時期は、公私とも忙しく、非常に疲労蓄積していたせいもあって、さすがにストレスが大きく溜まっていたのか、珍しく、ある食べ物で、たちまち発疹が出たし、
ある入浴剤の何かの成分に反応したらしくて、まさに「喘鳴」だったのだと、いまなら分かるが、ひどい呼吸困難になったこともある。
けっこう危ないところだったが、なんせボンヤリしてるから、いただきものの入浴剤の成分に反応しているのだと、すぐには気づけなかった。
せっかく もらったのに、使いきらねば もったいない!と、呼吸困難をモノともせず、それからも使い続けようとガンバったのだが、あまりの苦しさに、早々ギブアップしたw
…で、やっと本当の本題なのだ(爆)
ゲバラが幼少期から重い喘息持ちであったにも かかわらず、非常に活動的な人だったということについて、
小児喘息だったという、「病気の問屋」を自任しつつも外向的で派手好きで、やはり活動的だった うちの母とソックリ重なるのである。
ヒントのにおいを嗅ぎつけた私は、喘息の治療薬ということに、ピンときたのである。
ナルホドであった。
ちなみに、心臓疾患のある人の場合も、なんだか じっとしていられない傾向があると聞いている。
うちは、親父が、ごく軽い先天性だったのだが、
母親のほうも心臓疾患を持っていたので、まぁ、この人だけは、喘息なんだか心臓なんだか脳の異常なんだか何だか、もうサッパリわからん。
┐(^_^;)┌
2014.11.18 (Tue)
『<学生43人失踪>メキシコで何が起こっているのか? 終息しない麻薬戦争』
THE PAGE 11月17日(月)17時35分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141117-00000019-wordleaf-s_ame&p=1
上記の記事を読んでいるうちに、
数年前、ふとしたおりに目撃した、ネット民のコメントその軽薄かつ醜悪極まる性根にヘドが出るわ!!と旧ブログで怒りを ぶちまけたことがあるのを思い出した。
あちらの麻薬組織と対峙していて殺されたという、気の毒な女性の凄惨な遺体写真を、わざわざ検索してか、どこぞのサイトで見ることが できたー
というので、
「ふう。。。いがった~(溜息
)」
とてヨロコビの投稿かましていた、趣味下劣なサイテー野郎。
さて、
最近のエントリーで、何気なく、こういうことを書いたのだが。↓
~長期の南米旅行へ繰り出した若きエルネストが、必要な試験のため、ろくに準備も勉強もできていないのに かかわらず、大学へ戻って受けた結果がトップ クラスの成績であったということを述べていた記事もあり、本当に優秀な人というのは、こういうものなんだろうかと~
~しかし、エネルギッシュだねえ。持病とかは関係ないんだ。~
しかし、実は、この現象について、私は早くから疑問に思ってきたのである。
ところで、
うちの母は、もともとアレルギー持ちで、私にも、そこは多少受け継がれているという片鱗が確かにあるものの、
母と体質が よく似てしまったと嘆く同腹の姉や母本人ほどには、フシギと つよく出ることがなかったので、そのことにも、むかしから、思うところがあった。
それに関しては、こういう話もある。
かつての職場の同僚にも、かなり重いアレルギーを持ってると自称してた人が いたのだけれど、そのせいで、蕁麻疹か何かが悪化し、外出も できず、一時は寝たっきりに近い状態で、ずっと家に閉じこもってた頃があったと聞いた。
ただ、だいぶ後年になってから、そのひとについて、私が思うに、
「アレルギーのせい」と言うよりも、実際には、精神的なほうで問題を起こしていたからでは ないのかな、と推察している。
というのも、
そのひとも、性格的に、独特なる容赦の なさと言うか、みょうにキツイところがあって、
もちろん、字が上手だったり、しごく真面目で良い面もあったのだけれど、かなり風変わりな、どこか極端な考えかたを するところが見受けられた。
そういう風変わりさというものは、ひどく地味ながら顔だちは ととのっていると言っていい外見の全体的雰囲気にも、なんとなく滲み出ていて、
そして、
これは、本人に何かしら、常人に勝ると言ってよい美点なり長所なり得意を持ち得ているかどうかとは必ずしも関係ないのだなと、ほとんど初めて気づかせてもらったことなのだけれど、
ああいうふうに屈折するのも しかたないかと、そのひとを見ていて、私にすら思えたのは、
つまりは要するに、
常人に勝ると言ってよい美点なり長所なり得意を、たったの一つでも持ち得ている(と自分で思える)かどうかと関係していたからこそでもあるに ほかならない。
少なくとも、そのひとは、何につけても内心で甚だ自信がなく、
実際、仕事においても、プライベートでの、ちょっとした生活上の技術も覚束なく、
ハッキリ言うと、この私から見てさえも、致命的にセンスというものがなく、何を やっても下手だった。
それは、いいのだ。私は、あまり気にするところでなかった。
世間で、「不器用」とも評して言われるものだろう。
その分、どう育ててか、非常な警戒心と防御心が発達し、しかも、できるかぎり人目につかぬように、キリキリと細心の注意を払うことで、自分が不利な立場に陥ることを防ぐ、その心がけだけを もって、世渡りの最高の戒めとしているごとき人だったので、その他の弱点一切を見逃してもらうために、自分が敵にまわしては到底、勝ち目がない相手には、表向きだけでも、ぜったいに逆らうことがなく、息を潜めるようにして、周囲に合わせ、てきとうに迎合もし、場の空気そのなかに埋没してしまいたいとの願望を秘めているかのようだった。
それなのに、プライドが滅法つよかったのだ。
常人に勝ると言ってよい美点なり長所なり得意を持つかどうかとは一切関係なしに。
相手を見て、タイミングを はかって、
よし!と判断したならば、ここぞ、ストレス発散とばかり、こちらが思わずギョッとさせられるようなイヤミや毒を、ためらいなく吐ききる。
そういうときと、
自分自身が矢面に立たされないよう、逃げを打つときだけは要領ピカイチだった。
防御につぐ防御に費やして、辛うじて残ったエネルギーは全て、こういう方面にだけ、注ぎ込んでいたのだなと察せられた。
このひとの、けっこうマメな世話やきや親切には、いつも、どこか強迫的で、幾分の計算を感じさせられた。
(続く)
2014.11.18 (Tue)
世の多くの者たちの記憶に、若くして美しいままの姿を鮮烈に残し、それが悲劇的経緯であるほど、あっけなく去っていった者は必然的に、イコンの一つとなる。
カストロ氏も また、大いなるカリスマの一人ではあるが、ゲバラのようなタイプの「イコン」となるには、あまりにも しぶとく(笑)強運だ。
しかも、
当然と言うべきか、さすがのゲバラですら呆れるほどの楽天的前向きな情熱家だった、こういう人だからこそ、ゲバラも、彼にトコトンついて行こうと思えたのだろうけれど。
いまでは、すっかり年老いたカストロ氏が、若き激動の日々を共に過ごした大盟友チェ・ゲバラについて、老体に鞭打つごとくに熱く熱く語っているのだが、
頭のキレる大物は、やっぱり言うことも言いかたも違うなあと感じ入った。
その回顧演説のなかでカストロ氏は、およそ戦略というものにおいて、
また、それ以上の諸次元においても基本的に欠かせぬ普遍的重要事として、非常に鋭い指摘を、簡潔かつ平易に述べておられる。
その昔の「泣く子も黙る」コンキスタ ドールスたちによって、苦しい境遇へと追いやられた先住民の人々と共に立ち上がったのも、かつての征服者たちの子孫でしょうに、
カストロが倒したバティスタには、先住民の血が流れてたらしいのだから、歴史の皮肉と言うのか何と言うか。
2014.11.16 (Sun)
このところ、体の不調が回復せず、ほとんど動けないなか、ブログ更新する気にもなれなかったが、Yahooの無料サービス動画配信で視聴できるというので、以前から関心があった『モーターサイクル南米旅行日記』映画化作品を、気分転換を兼ねて、見せてもらった。
ゲバラという人物について、私の子ども時分、テレビのドキュメンタリー番組でも よく とりあげられていた記憶があり、大いに興味もあって、彼に関する様々な記事を、おりおり拾い読んできたものだが、なかでも、長期の南米旅行へ繰り出した若きエルネストが、必要な試験のため、ろくに準備も勉強もできていないのに かかわらず、大学へ戻って受けた結果がトップ クラスの成績であったということを述べていた記事もあり、本当に優秀な人というのは、こういうものなんだろうかと、つくづく感心したのを、旧のブログでも述べたことがある。
(ちなみに、そのときは、「アタチュルク」(ムスタファ・ケマル・パシャ)も話題にあげた。)
「常に、考えた通りに行動してきた」と言うゲバラ。
これは単純なようでいて、貫くのは大変に困難な生きかたであるのは、多くの人が痛感していることだろう。もちろん私も、その一人。
考えた通りに行動してきた、そう言い切れるゲバラは、やはり、稀有の人だったと思う。
しかし、エネルギッシュだねえ。持病とかは関係ないんだ。
それで、
なるほどの「英雄、色を」なんとやら、まあ、なんと言ってもゲバラは、ラテン男らしいハンサムだしな(笑)
いまさっき、動画で、生前の彼が演説する姿を見てみたが、なんと言うか、情熱的で真摯ななかにも愛嬌がある。
原爆の被害を受けた日本のために、怒ってくれたゲバラ。
その日本のありさま、なかんづく政治は、最もゲバラの精神から遠いじゃないか!(とほほ;)
ゲバラが説いた「革命精神」なるものの神髄は、究極、たとえば、釈迦が説いた仏教の理想とも通じていくものがあり、興味深いところだ。
…
こういった類の、ごく近い時代に生きていたながら、いまでは歴史上の、と言うべき、なかば伝説めいた人たちを思うと、
しかも、その数奇な激動の人生が、殺されて終わったことも少なくないという つよい印象があることから、今回の『モーターサイクル ダイアリーズ』でも、最後に、「CIAに殺された」、というアカラサマなる字幕を見て、また少し考え込んでしまった。
私は、殺したのは、ひとりCIAだけでは ないのだろうという気が するのだが。
映画のほうを先に見てしまったので、まぁ、順序が逆になってしまったかもしれないが、今後、原作を読んでみたい。
ちなみに、
ゲバラは、
「ばか正直」
だったそうな。ここだけは!私とも共通しているようだ。(爆)
さすがに、映画を見ていたかぎりで、いかに私でも、ゲバラほど極端ではないぞぉ、と思ったけどさw
【追記】
ゲバラの愛したキューバ国民に栄光あれ!![]()
ところで、
私は、もともと、アラブ系やインドあたり、はたまた沖縄民謡なども、なんとなくムシが大好くんだが、
(うちの親父なんかは、沖縄民謡の音階に理解がついていけなくてキモチわるい、とまで言い放ってたけどw)
今回エントリー本文に、「アタチュルク」の名が あがったところで、トルコつながりということで、いとも単純なオマケ。
最近たまたま、「ユーチューブ」にて知って、なんとなくハマった音楽を。
だいたい、このあたりの音楽には、特有のコブシまわしなどに、日本の民謡その他の源流性が感じられるし、ここで紹介する歌は、たぶん、あちらの歌謡曲と言うか、まさにド演歌という感じ。
しかし、フシギな歌いかただなあ。。。
ためしに、あちらの男性歌手のも聴いてみたんだけど、ここまで独特な感じは なかったよ。まずまず普通な歌いかただった。
なんだろ、、、女性だからこそというので殊更、情念たっぷりに表現してるってことなのかなあ?
ま、聴いてみてくだされ。いっぺん聴いたら忘れられないくらい、すごい強烈だよ。動画もオモシロい。
“DILENCI”SIBEL CAN
2014.11.05 (Wed)
このことも、以前から何度か言及してきたことの一つなんだけど、
なにしろ、「天皇」という、一種の「(空洞の つくりになってる)ヒトバシラ」的制度を いただいてるかぎり、村上春樹さんも御指摘の「責任回避」性癖を持っているんだという自覚を持てないままでしょう、日本人は。
こないだも、元長崎市長だった本島氏が亡くなったという記事が出て、「顔本」あたりで、何やら、
「敗戦責任を、天皇陛下お一人に全て背負わせるのはイカン、日本人全体で背負うべき」とか演説してる、ガチうよのイミフなコメント見かけたけどw
ああ、でも、再び ことわっておくけれど、
私個人は、天皇制廃止とかを強硬主張する気までは ないよ。
あくまで、この制度によって齎される実際的メリットが少なくなく、概ね国民は満足を感じていて、
なおかつ、天皇と彼ら皇室も、さぞ、おシンドイでしょうのに、存続を希求されてるというのであれば。
まあ、これも一つの独特な歴史文化形態ではあろうし、ほとんど実質の乏しい形骸に過ぎないとしても、現代に生き続ける「神話伝説」の体現、と言うよりかは、
「くーき」(←鼻声w)
で出来てる的存在とも言えよう。
さて、そこで、だ。
「天皇」なる存在に、いったい如何なる本質を求めているというのか、
ここのところをサッパリ分かってないのを、自覚できないままでいるらしいのだ、当の国民たちの多くが。
そりゃ、自覚できたら、たちまち恥ずかしいはずなんだがなあ。
最上辺と最低辺の共通性。
『村上春樹「日本、戦争を起こして責任回避」』
中央日報日本語版11月4日(火)8時10分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141104-00000001-cnippou-kr