2016.01.07 (Thu)
早い話が、
「思いやり」なんて口先のキレイごとじゃなく、
実質は「口止め料」みたいなものだったわけだw
おかしいなあ?おかしいなあ??と、一般国民は首を捻りつつ思い続けたのも無理は なかった。
やっぱり、ここでも、
カネカネカネ、の自民党
でした(爆)
やーっぱり、こないだのエントリーでも言った推測どおり、
誰ぞのエラい祖父さんらが余計な裏取引した影響が、こんにちになっても、いまだに、悪しき作用となって引きずってる大いなる影、
それが、実質「アメリカの属国」的位置から、にっちもさっちもいかずに、ひたすら「アメぽち」を自任しておらなければならない、奇怪な状態に陥ってる原因だった。
ずっと前にも言ったけど、
近頃は、中央の大手なんかよりも、むしろ、地方紙や個人のジャーナリストあたりのほうが、まだしも、国民のために有意義な仕事してるね。
イギリスの記者も、自分とこの現役首相に、容赦なく厳しく食い下がってたよ。ちっとは見習う気ないのか?ないのなら、商売たたみなはれよ。
気骨を持ち合わせぬ「報道」機関なんて、その「木鐸」看板に偽りあり、
私利私欲しか関心のない政治屋と同じく恥ずべき詐欺商売だ。
メディアは、こういう報道を してナンボである。
大手紙や大手テレビ局は、本来こういう仕事を しなければならないはずだ。
『「外務省が米の機密解除に反対」 史実を隠す「外交の闇」 元諮問委員が証言』
西日本新聞 1月6日(水)13時40分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160106-00010011-nishinp-int
すでに、ある程度は、衆にも知られていた事も含んでいるが、この記事で、あらためて確信できたこと、それは、
自民党は、やっぱり、国益ではなく、党益しか考えていないということ。
この腐った政党は、国家と国民を私物化して平気の平左で、これからも居座り続けていくつもりでいるということだ。
ほんものの恥知らずである。
かの吉田の場合には、それでも まだ辛うじて、もう少しは先を深く考えていて、頭も悪くなかったのだろうが、
アメリカは、やはり、清以上に濁辞さず併せ呑んだとは言え、
そのヴィジョンを、最終的には、コセコセちまちました党益なんぞ以上に、
飽くまでも国家戦略としての見地に立ち、展開し続けてきたということ。
もう、スケールが段違いに違うわぁ。腹たつ!!
そんな自民党のために尽くす外務省は何ゆえに、と言うと、
本来的な「官僚気質」ガチガチというのもあるのかしらないが(「ナチス」の高官らみたいな?w)、
ひとえに、自民党政権の長期にわたり過ぎで、もう芯からズブズブだということ。
同じ道を踏もうとは思わないまでも、どのみち、長期にわたって権力を握ってきた者の後塵の道だ、
自民党のあとの仕事は、そりゃあ、難儀で、やりにくいのも当然だろう。
私欲や党利のためには、がぜん、「圧力」を かけられるのに、
「日米地位協定」に、メスを入れられないままでいるのは、
なぜですかー?w
どの政党が、与党になっても、ほんとうに不可能なことなんですかー??
【続く】
2016.01.07 (Thu)
『就任翌日に殺害された市長、家族守って犠牲に メキシコ』
AFPBB News 2016/01/06
~メキシコ全土では過去10年間に、100人近い市長と1000人以上の自治体職員が襲撃の犠牲となっている。
~
~「正しいことをしようとしても、同じ考えを共有しない人たちと対峙するとき、政治家として働くのは危険だ」
~
インターネットでも、こういう現象は言えてるな。
それにしても、世界的レベルで挙げられるほどの危険地帯であることを知られている所なのに、ずいぶん呑気な話にも思える。
蔓延している犯罪組織に立ち向かっていくことを宣言しての就任でしょ?
お祭り騒ぎで祝うどころか、いよいよ、いつでも襲撃されることを肝に銘じておらなければならないような事態だろうに。
私の家族が立候補するとなったら、頼むから、やめておいてくれと懇願したくなるし、機会さえあれば、他国に逃れたいと思うだろう。子どもを産む気にもなれやしない。
こんな地域に、のこのこ観光に行くなんて、もとが どんなに魅力的な所でも、個人的にはマッピラだと思うし、
相変わらずの悲惨極まる状況を、国家あげて、どうすることもできないでいるということにも、正直、呆れ果てる。
これだけの犠牲を、こんにちまで飽きもせず夥しく繰り返してきたのだから、まず、警備面は どうなっていたのか。
当該記事には書かれていない。
2016.01.05 (Tue)
『サミット前の「根回し」行脚その目的は』
の続き。
ところで、政治家と芸能人は、よく似てるよね。
自民党は昔から、タレント等の芸能人を立候補させることが たびたびなのは、よく知られているし。
いずれも、多くは何らかの宗教団体に加わっているもののようだし、
要するに、
とにかく組織的バックアップを必要としないでは いられない世界だからなのだろう。
民主主義における選挙制度の根深い問題も、ひとえに一般大衆の聡明さと知性、思想レベルが なかなか底上げにならず、相も変わらず、組織力すなわち単なる「数の力」に頼らざるを得ない現状を打破する方法を発見するしか なさそうだ。
もし、これが見つかれば、資質も乏しい者が、カネと世襲だけで就けてしまう問題も解決できるだろうけれど。
ただし、「数の力」と言えど、そう単純な話ではない。
現に、たかだか「1%」程度の者たちが、世のなかを牛耳っているという現象だ。
「数の力」に頼るということは、ずっと以前にも指摘したけれど、世のなかの現実として、あほとカシコとでは、圧倒的に、アホが多いだろう、ということ。
あほやバカというものは また、およそ理不尽で、おかしなものにも容易く毒される。
そして また、
いくら たくさん勉強した高学歴でも、「乾いた砂が吸収するごとく」身に ついた要領の良さのみで世渡りしてこれて、
それだけで得意になっているウヌボレ屋は、真の意味での知性と聡明さを備えているのでは ない。
それどころか、
なまじに要領だけでもって、こじんまりと現世的成功したことでウヌボレている分、世のなか全体にとって害悪ですら ある。
ところで、
知っている人も少なくないだろうと思うが、
たしかイギリスのベストセラー作家にして、政治家か、その方面の人でもあったらしいのだが、今、名前だけ失念してしまっているけれども、世界的ブームを起こしたほどの有名人が、大きなスキャンダルを起こして、
失脚してのち、だいぶ経ってから、あるとき、日本の雑誌のインタビューに応じた記事を、私も ずいぶん若い頃に読んだ記憶がある。そのなかで、なるほど、と深く納得したのが、
「エネルギーさえあれば、キングには なれなくても、プリンスくらいには なれる」
という喝破。
そのとおりだと、いまでも思う。
その人の生きざま、理屈抜きでの意志の強さ、自己主張の激しさぐあいを感じさせる発言と共に、
上掲したコトバは、まさに、この世の摂理の一端を言い表している。
類まれな部類のエネルギッシュさ、それに負けないくらいの頭脳と、摂理を喝破する慧眼を持ちながらも、一大スキャンダルの主となって、大いなる野心を抱えたままに失脚した、この男性は、
やはり、「キング」ではなく、「プリンス」どまりで終わったわけだ。
さて、すでに、戦後の何十年の時間を かけて、新しき国体として出発し、ここまで築きあげたものを、日本の政治と国民の生活を、水面下でジワジワと歪めてきた自民党は、おのれの半径数メートルの意向しか目に入らず、そこから外れている日本国民を、潜在意識下で蔑視し、憎悪すらしている無自覚な安倍氏を、このうえなく都合のよいパペットに仕立て上げ、
国の根本をば、またぞろ打ち壊し、危うくさせようと謀っていると見える。
恐らくは、大多数の一般国民には、関心も乏しく、よくは見通せもせず、分かっていない。そんなものだ。
メディアの、特に「一億総ハクチ化」を率先して担ってきた大手テレビ局を筆頭に、その ありようも大きく影響してきた結果。
自分たちの暮らしぶりがラクでさえあれば、それでいいと、その部分にしか目も耳も嗅覚も働かない、
それさえ果たせるのなら、
逆に、果たせないなら、自分の足を引っ張るのは、「弱者」という名の敵と見做し、
今後、武器商売で儲けたあげく、どこぞの覇道大国の後塵を拝するごとくに、今後の最大懸念である国内テロの道具に使われるであろう、自分たちの眼の届かぬ所で流通した殺しの道具、
それが、やがて自分たち自身に突きつけられる日が やって来る事態になろうとも、
いまがラクなら是という答えが返ってきさえするのであれば、
今度こそ、この国の国民であることを捨ててしまいたいと心底から願うだろう。
障碍を抱えて、理解者なく、苦労ばかり多く、努力の報われ難かった私の若い頃からの叶わぬ夢ではあったけれど。
一般国民に聞いてみるがいい。
「死の商人」に衣装替えしてまで、
カネと「先進国」の呼称にしがみつきたい国なのか?日本は。
なぜ、国民本来の身の丈に合った生活をこそ充実させることが できないままなのか。
なぜ、あくせくすれば するほどに、もともとの しみったれたアジアの後進国らしい貧乏臭い生活になっていくのか。
世界を見渡せば、「G7」なんちゃらに加わってなんかいなくても、
それなりに、ゆったりと優雅に、プライドを持って暮らせている国の国民も少なくは ないように思えて しょうがないのだが。
特に、日本の外務省の「アメさま見捨てられ不安」は、病的なまでに酷いものなのだそうで、
この理由を、誰か、懇切に説明している所は あるのだろうか。今まで、見かけた ためしがないのだが。
ちなみに、
「見捨てられ不安」というのは、「人格障害」の特徴なのですぞ。
ネトウヨあたりが、朝鮮民族の遺伝的に、そういう傾向が指摘されているのだ!とかと悪口ざんまいのネタに利用してるのを、しょっちゅう見かけるけど、それが事実なら、やっぱり似とるんちゃうの?日本人と(爆)
今回の「従軍慰安婦」の決着問題でも見られたように、為政者は、権力者は、自分の立場と保身に拘泥するあまり、ハナから当事者の頭越し、いつだって そうだ。
個の哀しみは、いつも踏み躙られ、
死は「数」でしかなく、
力も また「数」でしかない、
古今東西、概ねの政治の姿とは、いつも そうだったでは ないか。
自民党政治にせよ、その亜流にせよ、これは もう、末期的。
もはや自浄作用すらも徹底的に失い、とうに行き詰まっている。
むろんのこと独裁でもなく、
パターナリズムでもなく、
数の力に頼るでもなく、
愚衆政治でもない、
選良を産むための方策を編み出さなければ ならないのだが。
民衆全体の知的向上には、なお膨大な時間も かかるし、限界は あるし、画期的アイデアが必要だね。
なんとかならないかなあ。。。(思案投げ首)
2016.01.05 (Tue)
「集団的自衛権」で、カネだけではなく、血も流すことに無理やり決めさせましたんで、
今度のサミットでは、あほな日本国民の目くらましのため、わが政権維持のために、めいっぱい、ボクちんを持ち上げてくださるよう、なにとぞ、重々よろしゅうに、よろしゅうに御高配のほど。
と、根回しに行くんでしょ(嗤)
「集団的自衛権」については、民主党その他の野党も、基本的には、あるいは部分的には賛成というのが本音らしいのだから、
そりゃあ、安倍政権に対する異議申し立ての声が弱々しくなるのも当然だろう。
ましてや、再々指摘してきたように、民主党は、とうの むかしに、自民党の露払い的存在に堕していると言うか、
そもそも、自民党出身者だったり、官僚出身だったりするのだから、古巣の手の内はハナから承知のはずじゃないか?
それなので、早い話が「自民党の分派」党に過ぎないとの指摘にも頷けるものがある。
ま、もともと無党派層であり、「政党信仰」なんど奇妙キテレツな信心を微塵も持ち合わせぬ私は、とりあえず、戦後最悪の現政権に、国会内で真っ向から相対していける野党らしい党は、見渡すかぎり、いまのとこ、共産党くらいしかなさそうかなと思うので、さしあたっては、とにかく共産党の数を増やさせるしかないと考えている。
民主主義と憲法遵守義務を果たさぬ暴走を繰り返し続ける政権を転覆させられないまでも、
もはや、ネジレだけでも起こさぬわけにいかない仕儀となった。
『国会前で「アベ政治を許さない」 松元ヒロらがデモ』
日刊スポーツ 1月3日(日)14時50分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160103-00000084-nksports-pol
~僕は不良に『好き好き好き!』と近づいていって、3年間1度も殴られなかった。憲法9条を体で示していた。だから武器を持たない方が安心。~
ここで何を指して「不良グループ」と言ってるのかは分かりにくいけども、
まあ、すでに、特にはアメリカを筆頭として、各国に対し、そうやってきたようなものなんですけどね、日本は。あくまでも表向きはw
裏ではペコペコお辞儀しつつ、おカネ差し出すことで、アメリカを手伝ってたようなものだろうけどww
しかし、今後は、堂々と表にまわって、アメリカと共に、あるいは、アメリカの代わりとなって直接に武器を持ち、何の恨みがあるのやらハッキリしない相手でも「敵」と見做して、戦わなければ ならないということになったらしい。
そりゃあね、
一応、停戦中の、一応、安全地帯だとかいうタテマエになっては いても、実際には、やっぱり危険であり、ましてや、いまの時代に顕著な現象となった自爆テロだのゲリラだのいう予測困難な相手が、どこに潜んでいて、いつ飛び出してくるやら分からないような所へ行かされるのだから、そんな自衛隊の人たちにしてみれば、
ただただ、「殺しては いけない!」と叫ぶだけの善良なる平和主義者に対しても、
いったい、現に平和を享受しまくってるアンタらが、現場の何を分かって言うのか、と思ってるかもしれない。
せっかくの演説も、説得力薄いだろう。
自分の身を守る最低限の直接的手段も許されないまま、突発的な危険が潜む地帯へ行かされるんであれば、せめて、武器を携行し、いざとなったら自分で使えるようにしておいてから出動命令を出してほしいわと、最低限の切実な願いは、むしろ自然なことだとすら思う。
だから、自衛隊の おエライが、安倍朕に感謝したっつう話。
以前も言ったことだけど、そんな危険地帯に、なぜ、自衛隊を行かさなければならないのか、ってことが根本の問題なのだろう。
いつから、こういう事態になったのか。小泉政権の頃からだっけ?
【続く】
2016.01.05 (Tue)
岡 潔という人について、ひょんなことで検索してみたんだけれど、
ええと、この記事がキッカケだ。なかなか興味深く、オモシロかった。
『日本会議/日本青年協議会の宗教的活動の実態――シリーズ【草の根保守の蠢動 第26回】』2015年12月26日
で、
「ウィキペディア」等を、ひととおり読み流してから、
最後に、松岡正剛さんとこの記事を読んでいて、
途中まで来て、読むのを中止したw
セイゴオ氏のような書き手さんにとって、とても不本意な読み手の反応では あろうけれどね。
まあ、また暇なときにでも、続きに一応、目を通すかもしれないけど。
もともと、普段は、たとえ、どんなに鼻白んでしまっても、最後まで読みきるのが、私の癖だ。
また、岡 潔氏の唱導されていたところによっても、この故人に お叱りを受けるかもしれないけれど、
私が、中途までで、読むのを止めたのは、
いわく「未知」のものに対して、分からないから、とて打ち捨てたのでは なく、その逆とさえ言っていい。
すなわち、岡博士の述べ立てた内容に、かなりの思い込みの強固さが見て取れたからです。
岡博士の述べたというところを、そのまま引用して紹介しておられたので、当該記事の筆者であるセイゴオ氏自身に咎は ないのだけれど、
博士は、たとえば、幼児の発達段階を示唆し、もって、自分の唱えることの根拠に用いていたりするのだが、
これ一つ とっても、
私自身の実体験(無学無教養な低学歴の私には、これが最大の武器w)とは相容れないものなのだ。
すなわち、現実に そぐわない説だということ。
要するに、この博士は、ステレオ タイプと言っていいほどの、非科学的思い込みを、論の根拠に据えられている箇所が、セイゴオさんのコラムによって知れたわけ。
まあ、言っても、この先生も、いまから見れば、そうとう昔の人なんだし、
たとえば、「数学は、芸術です」と明言した広中平祐氏のことを取り上げた小論が、学生時代の数学担当教師に注目され、全校に向けて強制的に発表させられたこともある私は、数学と音楽の性質は酷似してるんじゃないかと指摘してきているように、両者究極のところを指せば、もう、リクツではない世界ということは、早くから理解してるけど。
うちの親や兄弟姉妹たちも そうだったが、単純に計算が得意で早く解答できるだけでは、本当に、数学というものを理解しているわけじゃないのかもしれない。
真逆に、
父方母方の双方とも、身内一族に全く似なかった特異なる生まれのw私ただ一人、算数レベルから まるでダメダメなのに、どういうわけか、数学的思考回路だと言われたこともある。
でも、「集合」論の方面なんかは、わりと得意ですの![]()
しかも、岡博士の場合、歴史上の伝説に過ぎないことを、事実であるように取り上げて、称賛していることもあり、このへんは、まさに、
ウヨの お得意、歴史修正主義の源
みたいな感wなるほど、ここかぁ、と思った。
この類稀なる数学者が、あの『日本会議』だか旧『生長の家』だかの信者らに崇められているわけだww
ただし、博士の言い遺された、あれこれの言説には、あの「カルト連」のストーカー野郎に、
「乾ききった砂漠の砂」
と罵倒された私の共感するところも含まれていて、多くは、理解も容易く可能だったよ。
岡氏と、かねて私の敬愛する三木 清氏双方とに共通した思想も垣間見えるところが あり、
三木氏にも、私なんかは思わず、首うなだれてしまうほど厳し~い指摘が遺されているけれど、
あくまで私の実感レベルにとっては、潔さんよりも、清さんの論のほうが、もっと すんなりと入ってきて納得できたなあ。
まあ、そんなとこでした(笑)