2025.06.04 (Wed)
『【続】薔薇の精』の続き。
ところで、
特に歌舞伎に関しては、やはり、より庶民に親しみやすい つくりになっていると感じるし、それでいて、舞の端々に、能の所作が取り入れられているのも窺えたりして、興味深いと思う。
ただ、子どもの頃からの疑問なのだが、謡などの声が、まるで老人のような声音で なされるのがフシギでね、
このトシになれば、内容は、まぎれもない色恋の思いを表現したものとは理解できるので、ますますフシギに思える。
とは言え、「色恋」の内容だからこそ、ということかもしれないとも思うし、
これが、もし、いかにも若々しく元気な声では、かえって、深みに欠けるのだろう。
どちらかと言えば、若い頃の恋愛の苦悩への追憶だったりする内容なのだから、枯れた老人のような声でこそ、何とも言えない哀感が醸し出されるのかとも思える。
花も雪も、はらえば もとどおりに清い。。。
歌舞伎のレクチャー的な時間を冒頭に設けた特別仕立ての構成になっている舞台を、学校時分、学外行事として観せてもらったことが あるのだが、およそ、趣味の良さというものが身についておらないクラスメートたちは、芝居が開始した最初のうちは、興味なさげな雰囲気だったのだけれど、だんだんと、人情あふれるストーリー運びと登場人物たちの素朴な、日本人らしく抑えめでありながらも、せつない感情表現の洗練された豊かさに引き込まれていったと見えて、最後は、拍手喝采の お開きとなった。
私は、この舞台の冒頭で、レクチャーを受け持ってくださった『片岡我當』氏が、「見得を切る」ときの所作の見本を披露してくださったときに、
「これは、ちょっと外しておきますね」
と、
さらっと ことわられてから、掛けておられた眼鏡を外し、スーツ姿のまま、大きく見得を切って見せてくださったのが、それは もう、思わず惚れ惚れするほどの男っぽい色気が滲み出ていたので、「ナマの」舞台ならではの迫力というものをヒシヒシと感じつつ、それ以来、我當さんファンになってしまった。
この話は、旧ブログでも、何かのおりに述べておいたことが あるし、十代の頃からババアになった今でも、あのときの我當丈の男っぷりが忘れられないでいる(苦笑)
カッコ良さは、時代を超えているのだなあと、初めて知った経験だった。
それと、
うちの高校には、現役オペラ歌手の方々を学内に招き、講堂のステージ上で、有名なオペラ作品などの楽曲から、いろいろ聴かせてもらった行事も あり、そのときも、「人間のナマの声の力」というものに打たれたことを、鮮明に憶えている。
坂東玉三郎氏の舞踊も次々に拝見させてもらってウットリした。もちろん、『ユーチューブ』だけどw
さながら『博多人形』が人間と化して舞っているような、まさに上村松園の画のなかから抜け出てきたような世界。
なんなら、女形の扮装なし、男性としての着流しのままでも、その舞姿の端正なこと。
冒頭の話題とした『薔薇の精』に絡んで、ニジンスキーの生前の記録動画が残っていないらしいことを、つくづく残念に思っているのだが、
玉三郎丈の場合は、われわれがリアルタイムで鑑賞させてもらえたことを、とてもラッキー至極に思う。
2025.06.04 (Wed)
『薔薇の精』の続き。
私は、もともと、能や雅楽も大好きで、とりわけ『蘭陵王』とか、憧れてきたのですが、
踊るのなら、こっち方面なら辛うじて可能?とかチラッと思いつつwやっぱ無理っぽいなとww
まあ、あの、蹲踞したり、すっくと立ち上ったりを繰り返すわけだからね、なんせ、腰が(泣)
ちょっと「ラジオ体操だいいち~!」てな掛け声が聞こえてきそうでも あるw
たとえば『太極拳』の動きにも似ているように感じるし、やはり、そもそも、他の日本の伝統舞踊の動き方とは、根本的に方向性が異質と思える面は確かに あると思う。
ただ、まぁ、どこの国でも、およそ舞踊というと、大概は、ここぞと派手に、また軽快に、あるいは思いっきり激しく踊ることが殆どのパターンのようであるし、日本古来の踊りにも、もちろん、同様の派手さや激しさを込めて踊るものも あるわけだけどね。多くは庶民的な賑々しい祭りなどの場合。
けれど、『上方舞』『地唄舞』となると、そもそもが、料亭なんかの、まさに「お座敷」で、料理の膳を前に、一献傾けている客の前で踊るわけなのだろうから、そりゃあ、飛んだり跳ねたりは憚られるというもんでしょう。畳も傷むしw
うちの母親なんてさ、ステージ狭しと足を踏み鳴らし、たっぷりしたスカートを盛大に翻しの『スペイン』舞踊とか「フラメンコ」を鑑賞しながら、すぐ傍のテーブルで飲食している観光客らの ようすを、テレビ番組の一場面で見たとたん、
「料理がホコリかぶるわ!」
と、呆れていたが(苦笑)
ま、そんなわけで、私は、たまに、日本古来の伝統芸能なども鑑賞するのだけれど、
『陵王』などを動画で鑑賞していたら、そういうところのコメント欄にても、結局、このような傾向なんだよなあと、あらためて、つくづくゲンナリしたのは、
やれ、
「日本の深い伝統ッ!」「日本人であるなら、神社の神聖さを、ちゃんと、わかっているはずッ!理解できるはずッ!」「日本という国を、もっと もっと知らなくてはッ!」
等々と、鼻息も荒げに一席ぶっていた ていの、どこぞのオバハンw
ほんとうに、エセ付き「うよ」やらネトウヨの、「半可通」レベルにも届いてやしない、ただの感情むき出しの知ったかぶったグセには呆れてしまう。
しょせんは自分も知らないのだから、せめて、知らないということを知り、おとなしく黙ってりゃいいものを、
どうしても、いっちょまえに、大上段から演説したいのなら、その前にゃ、最低限、基本的なところくらいは、ちっと確認してからにすれば いいだろうに、それすら しようともせず、勘違い演説を披露している光景が多々、見受けられる。
いわゆる「ミギ」系の手合いって、よろず、こういう頑なな思い込みのまま、勉強する気もないまま、せめて確認の労を取る気もサラサラなく、見てるほうが、思わず、小っ恥ずかしくなるような演説をブチたがるのよねえ。
「日本人ならではの!謙虚さ!奥ゆかしさ!」
そんなもの、どこ行っちゃったのよ~?(嗤)
その点では、、いわゆる「ヒダリ」系はね、良くも悪くも理屈っぽいだけに、そこまでトンチキやワケわかめな演説をブチあげたがる人を見かけることは、比較的に少ないw
だから、私は、「ミギ」系とか「ウヨク」のほうが、もっとキライなのですww
で、
さすがに、少しは知っているらしい人が、関西弁で、やんわりと、そのウヨおばはんの勘違い思い違いを注意していたようだけれど、
この、やんわりと、というような態度が また、いわゆる「ウヨ」系の連中を甘やかしている結果になっていると思う。
本人らのためにも、日本人全体のためにも、よくない。
私は、もう、長らく「毒親」だの「おカルト連」だのといった、性根が邪まな連中と戦ってきて、
「それは違う」
と、いちいち親切に言ってあげる気も失せてしまっているので、「ヤフごみ捨て場」の仲間入りは勿論のこと、『ユーチューブ』などのコメント欄にも、一切、かかわらないのだが、
「(日本を)知らなくてはっ!」
などと、
鼻の穴おっぴろげて口走っている くだんの、どこぞのオバハンみたいな、あまりにもエラソーな、しかも、根本的に無知なままの、間違ったことをトクトクと吹聴したままで永久トンズラを決め込んでいる手合いには、
「をいをい、いちばん、何も知らない、わかってないのは、当の おたく自身でんがな」
と、ピシゃリ指摘し、容赦なく せせら嗤ってやりたいけどもなw
なんせ、知らないのだからね、知らないことを知らないと、素直に認める、もう少し謙虚でいる、それどころか、まったく無知のままで、反省も改善も する気が なく、世間さまに向かって、ただ ただエッラソーに一席ぶってるのだからねえ。
日本語を多少は理解できる外国人も閲覧してるわけだし、
現に、『陵王』の動画のコメント欄には、中国人なのだろう、
「自国では忘れられてしまった古(いにしえ)の雅楽が、現代の日本に残されていた」
というふうに感激しているコメントが幾つか見られた。
考えてもみなはれ。
ああいうコメント欄で、肝心の日本人自身が、最も無知であるということを大々的に さらしてるわけですからね。とんだ赤っ恥やないかいな。
【続く】
2025.06.04 (Wed)
いよいよ近頃は、通常の食料品や日用品の買物を するたびに、レジにて冷や汗をかく思いが するようになった。
もちろん、うちなんかは、富裕層のような買物は不可能ですから、「消費税」も同じく、大した金額を払ってやしませんけども?(苦笑)
従来なら、1回、買物に行けば、できるだけ節約、時に、絶食も行いつつ、だいたい1週間から10日くらい もたせられたのだが、それが、1週間分も保たなくなってきている。
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と、そのクソ政府のせいで。![]()
さりとて、
野党勢は、こちらも相変わらずのトンマぶりか「力なき」ナントヤラに終始している。
あげくは、結局、自民党の亜流たるを恥じるでもない。自覚すらないのだろうかと思しい。
そもそも、「第二の自民党」を目指してきたのか、自民党のエセうよ、ばかウヨっぷりを見習っているのだか、
名ばかり『維新』あるいはヒャクタとかいう者らと つるんでいるような連中に至っては、自民党をも上回るほどの酷薄、愚劣ぶりだものな。
もう、溜息しか出てこないよ。
若い頃から、日本という国も風土も国民性も、なんだか自分には合っていないみたいだ、できることなら、日本から出たいと思っては いたのだが、
昨今の世界情勢を見渡し、眺めていたら、結局のところ、ほぼ、どの国にも長所と、それを台無しに しかねないほどの短所と悪行とが あるもので、
しかも、あの『アメリカ』の体たらくを見るにつけても、まだしも、日本のほうが、わずかにマシと言える面も ありそうなというほどの、えげつない情況だ。
おそロシアやらダメリカやら。。。
わが「神」、わが神の「正義」、わが「神の正義の実現」、
わが国、わが領土、わが国益、わが民族、わが伝統、わが主義と制度、
ファースト!ファースト!!ファースト!!!
もうウンザリ。ほんとうにゲンナリ。
要するに、人類の、特には男性の、そして、そんな男性に むやみと弱く、真似すら したがる、その自覚もない女性たちの履き違えや愚かさが世界じゅうで噴き出してる。
今年も とうとう、私の体質には豪も合わない、ねっちりした蒸し暑さ到来とともに、この国の上から下まで、なぜに、こうまでバカが多いのか?私ですら分かる、シンプルな基本の道理が、と、
理解に苦しむイライラの あまり、つい、別世界への現実逃避へと、よろめいてしまう。。。
子どもの頃から憧れていたクラシック バレエ。
もし、なれるものなら、バレリーナになりたいとすら思っていた。
それなら、渋る親に頼み込んででも、オルガン教室やソロバン教室などでなく、ずばりバレエ教室に通わせてもらえば よかったのだと、もはや このトシになってしまってから、自分の諦めのヘンな良過ぎさに呆れるのだが、それでも、未練は ず~っと引きずってきていて、その あげく。
やっとの思いで、とあるバレエ教室に混ぜてもらったものの、すでに30歳代になっていた私以外、全員が全員、20歳代までの生徒。
いちばん多いのは小学生w
教室の隅で、付き添いの おかあさんが正座して、幼い娘さんのレッスンをジッと見詰めていた。
あの当時、いわゆる「おとなバレエ」の教室ってのは、ほとんど見かけなかったように思う。
長く中断していて、近頃になって再開したという人でも、すでに幼い頃に習っていたので、基本が出来ている。
もともとからしてドンクサい私はと言うと、教室内の真ん中に設置されたバーレッスン用のバーをギュッと握りしめ、「第一ポジション」などの、ごく初歩の練習を始めたら、たちまち、バーの位置が歪み、ズレてく。
「はーい、もっと軽く握ってくださいね~」
と、先生が、苦笑を堪えつつ駆け寄って来られるしまつ。
レオタードやレッスン用シューズを購入するために、バレエ用品の店舗内を見て回っていたら、目に留まったポアント(トウ)シューズ。
あんなに憧れていたシューズ!
でも、いまから買ってしまって どうすんだ
と、自分で思いつつ、矢も楯も たまらずという勢いで、つい買ってしまった。
恥を忍んで、通い始めたものの、増してくる仕事の忙しさと体調の悪さに疲れてしまい、ほどなくしてギブアップ。
ピンクのサテンのトウ シューズ。。。
ケーキの箱みたいな、かわいい箱のなかで眠ったまま。
実際に履いてみたら わかるけど、詰め物は使うけども、それでも、こんなの履いて、爪先立ちしたり飛んだり跳ねたりするんだからね、そりゃ凄いわ。上手いヘタ以前に、それだけで、凄いですわ。
やっぱり、バレエも、「体育会」系の世界です。
で、これは数年前のこと。
市内の中心部に所用が あったとき、ふと、通りすがりのビルに、「おとなバレエ」の教室の看板が あるのを発見。
どうやら、むかしの知人が指導しているらしいし、通えたらなあ、、、と思いつつ、またぞろ未練を引きずりながら、そっと離れた。
だって、通えないもん。まず、「先立つもの」がね。
しかも、ふだんの食事と栄養が不十分でしょ。ますます落ちた体力。
おまけに、腰痛が持病の一つに なっちまってる。
トシとるって、いろいろ、哀しい。。。![]()
だから、せめてもと、バレエ メソッドに のっとったストレッチに励んでいたのだよ。
でも、それで、腰痛を招いたことも あるから、やっぱり、シロウト判断は、怖ぇわ。![]()
そうして、つい、哀しい気分で見てしまうのが、バレエの動画だわ。
もち、「ロハ」の『ユーチューブ』ですよ、フンw
でね、むかしから、特に好きなのが、
『薔薇の精』。
もうさ、
突如、窓から飛び込んでくるとき、そして、窓から出ていくとき、その場面だけで、薔薇の精の踊り手自身の技量とセンス、感受性が全て滲み出るように思える。
あと、ヒロインの少女が、ひとしきり踊ったあとで、再び、椅子に座り込んで、まどろむ瞬間、それまで、少女を優しくリードしていた「薔薇の精」が、彼女の足もとに寄り添い、ポーズするシーン。まさにフラゴナールの世界ですわ
いろんな踊り手のを観せてもらって、どの人も素晴らしいけど、
男性にも脚線美というものが あるのだと驚かされたのはマラーホフ。
バリシニコフも、パトリック・デュポンも、めちゃカッコイイ![]()
そして、
かのヌレエフは、やはり別格中の別格だなあと感じた。
ヌレエフは、『牧神の午後』の動画を先に観たけど、やっぱり、ダントツで素晴らしかった。
見れば察せられるとおり、エッチな内容なんだけどw牧歌的、かつ、とてもユーモラスよね。
どスケベぇな「牧神」に呆れ慄きつつ抵抗し、逃げ去ろうとする女神(妖精)たちの動きも また、ユーモラスであると同時に、ギリシャ神話の世界から現代までの、時代を超えた普遍性を感じさせる。
これを、そもそも、初めて振りつけたというニジンスキー自身が、さぞや、と思わされた しだい。
ニジンスキーが踊った時の動画が少しでも残ってないかなと、しばらく探し回ったのだが、残っていないようだ。
Blanche(French,1861-1942)Vaslav Nijinsky in Danse Orientale(1910)
【続く】
2025.05.18 (Sun)
『「賢い」とは?――春の夜の夢――』の続き。
トランプ政権が、あるいは、その踏襲的政権が、どこまで続くものか分からないし、この後の政権党が変わったとしても、どこまで軌道修正するのか否かも分からないけど、
相手が『共和』だろうが『民主』だろうが、日本側としては、もちろん、譲歩や取引材料にし得る点を、本来なら当然のこと、相応の時間を かけて、可能なかぎりで緻密に検討していくにせよ、辛うじてアメリカに譲歩可能な分は、今後は、言い方やんわりでも、しかし、精いっぱい、恩に着せてやれば よろしいw
かつて侵略した国々には、いつまで謝罪すればイイんだよ!?とか言いながら、アメリカに対しては「でごんしょう、でごんしょう」とて、いつまでもヘコヘコし続けるのもダメでしょ。
『プラザ合意』の屈辱を忘れるな。
「属国」視してきた日本に対しては特に そうだが、だいたい、アメリカが、純粋な善意やボランティア精神だけで何を やるはずもないわな(嗤)
必ず、自分とこのメリットを大いに計算したうえでのことだもの。
まあ、それは、日本も含めて、どこの国も多かれ少なかれの計算が あるわけだけどもさ。
だいたいね、
自国の経済を立て直したいからって、他国しかも同盟国を脅しまくって、自国を有利にするアイデアを出せ!の、自分とこに席を譲れ!のと、恫喝するとは何ですか?
どあつかましい。甘ったれるな!っての。![]()
![]()
こないだ、コンビニに立ち寄ると、たいがい、そうするのだが、いちおうは覗いてみる新聞販売コーナーにて、各紙の一面の見出しをサッと一通り流し見たところ、昨今の世界情勢と、それを、目下、牽引している各国の指導者に絡めて、『イエス・キリスト』のコトバを引き合いに出しつつ、批判を述べているコラムが、たしか『毎日新聞』だったかな、そういう、「社説」的コラムを、わざわざ1面に掲載しているのが、たまたま、目に留まった。
それで、立ち読みも いけないから、視野に入った部分しか読んでないのだけれども、どうやら、つい先日のエントリーにて、私が述べておいたこととも ちょっと重なるところが あるようだったので、もう少し加えておこうかと思う。
すなわち、イエス・キリストは、このように言い遺されているのだそうな。
要するに、単純ノホホンな「善人」よりも、人間のなかの醜さといったものを知っている「悪人」のほうが、ずっと賢い、と。
往々にして、理想論の類を唱える者は、自身の内の利己心を自覚しない、直視していない愚か者である、と。
…
それはね、
同じく『キリスト教』の お坊さんだったのかなあ、あの『ナチス』時代を振り返って、このように警告されているという話が ある。
最初は、自分自身や自分の周囲にまでは、『ナチ』の迫害が及ぶことは ないだろうと踏んでいたから、迫害が開始され、それが深刻の度合いを増していっても、まだまだ「他人事」に感じていたと。
ところが、いよいよとなって、ハッと気づいたときには、すでに、自分たちの足もとにも近づいてきており、まさに「あすは我が身」の とおりになってしまったと。
無関心の罪、つまりは、無関心だから、きちんと見てない、直視していないということなんです。
だいたいは、自分以外の者のことについては、自分を棚上げして、かつ、批判や罵倒を激越に繰り出しているパターンが多く見受けられるものだが、もちろん、自分棚上げ方式の手合いなんぞが、「内省」だとか「反省」だとか、自己を顧みて、なーんて、殊勝なことを やるはずもない。
そんなことを しようもんなら、謝らなきゃならなくなる、
謝ったら死ぬんだからw命が幾つ あっても、足りやしないww
ましてや、責任を問われる立場、重責に就いている者ともなれば、間違いの取り返しの つかなさも甚大になるわけだから。
ところが、
数年前の、どこかの新聞記事で、若い頃の戦時中、前線に駆り出されていたという、とある男性が、端的に、こう おっしゃったという。
「えらい人は、責任とりません!!」
と。
言われてみれば、大概の場合、そうだわな。
えらい人ほど、ウヤムヤだ。
そこで、先述の、『イエス・キリスト』のコトバ。
「賢い」とは、何を以て、どこに価値を置いて、賢いとするのか。
文字どおり「悪人」であるなら、それは、最も愚かな者だ。
自分さえ良ければ、自分だけ助かれば、それは、摂理として、あり得ないことだからです。
いわゆる「ウヨ」や「ネトウヨ」が、しょっちゅう罵っている「グローバリズム」だって、避けられない必然とも言えよう。
それと、『資本主義』ってのも、だいたいは、もとがキリスト教から発展していることが多い西洋哲学、何でもかんでも儲けが第一の全てという、典型的「悪徳」「あこぎ」な商人視点で止まっているはずが ない。だって、それで最終地点まで押し進めたら、「ぺんぺん草すらも生えない」不毛の荒野じゃん。
日本にも、『中之島公会堂(大阪市中央公会堂)』という大きな見本が存在するように、昔は、「大阪商人の哲学」というものが あって、それは、『プロテスタンティズム』の哲学や倫理と重なっているだろうと思います。
ほんとうに賢明な者は、まさに「滅び」を齎す、それを早める者でしかない「悪人」であるはずが ないのだ。
まあ、もちろん、「力なき正義」ってやつにも、私だってイライラするんだけどね(苦笑)
ものわかりが悪い有権者のせいでもあるわな。
人間が主張しているところの「悪」だろうが「善」だろうが、
最終的には、等しく潰れるのだ。
「驕れる者も久しからず」「猛き者も、ついには滅びぬ」
「ただ、春の夜の夢のごとし」「ひとえに、風の前の塵に同じ」
ってことだ。
で?ってゆう~、、、
だったら、トコトンひらきなおって、自分だけがオイシイ世界を目指し、阿鼻叫喚の地獄図絵のなかで死んでいきたいですか?ってことよ。
近頃、ニュース記事を読むのにもウンザリしてきてさ、ついつい、梅だ桜だツツジだバラだといった、お花の話題に目が行ってしまうんだけど、それは それで、つくづくと思うの。
これらの花びらの一片ほどの価値もない、それどころか、人の心身に、毒を振りかけることしか やらないような連中が、よりによって、国家の権力を手中にし続け、世界じゅうを牛耳っているんだからなあ、、、と。
私もね、あと何年、選挙投票に行くことが できるやらだけど、
さすがに、最近は、与党だけで なく、野党各党にも、げんなり気分が増加してきてます。
今夏は、またぞろクソ暑いなかの、『参院選』なんでしょ。
はあ~あ。。。
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』は言語道断の悪党だと、むかしから思ってるけど、
最近は、『立憲民主党』を見ていても、やっぱり、本当は『自民党』に入党したかったらしい、それだけに、自党の政権を終わらせ、以降、安倍政権の「草払い露払い」を粛々と務めた野田さんを党首にしてしまった『立民』にもゲンナリしてきたし、
かと言って、これも また、言うことと やってることがチグハグ、ダブスタを恥じもしない『国民民主党』も厭だし、
『日本共産党』は、相変わらずの青臭い理屈と「力なき正義」を体現しとるみたいな姿だし、
その他は、とにかく、話にならないほどの頼りなさ、
そうでなければ、とにかく狡猾だけをウリにするしかないのか、すり寄りの対象である『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の亜流まる出しに、いまだ故アベシやトランプの真似かいと せせら嗤いたくなるほどの悪質さとデタラメだらけ。
以前にも指摘したことの一つだけど、
「民主主義」とか「国民主権」、つまり、誰が「主権者」であるか、ということには、特に、国家レベルの権力者や為政者を守るためという目的を本質に含んでも いるんです。これは、「えせ民主主義」国家に顕著なこと。
そこを考えたら、日本でも、『天皇』という存在こそが「主権者」とする考えを、スンナリとは認めていなかったり、現代でも、いまだに「『天皇』を元首に」戻せとか主張している『天皇・皇室』崇拝者だか何なのだか知らんが、その連中は、ほんとうの意味で、『天皇』や『皇室』というものを守ろうとしているのか、はなはだ怪しいわけよ(嗤)
まあ、誰を元首や統治者ということにしようとも、「主権」を、国民に持たせようが持たせまいが、
最終的に、泣いて責任を取らされるのは、常に、一般の国民であり、民衆です。
泣かずに済む、泣かせなくて済むようにしていかなければ ならないのだけれど、
しかしながら、民衆とは、常に、アホで愚かなものですからね。
何様のつもりだったのやら、「森羅万象を」などと言い放った勘違い首相も いたけれど、
かの お釈迦さまは、「縁なき衆生は度し難し」と、ご尤もなことを言い遺されたという。
まっ、「第四の権力」者たる新聞社の記者さんたちを筆頭に、「自己の内の醜さ」にシッカリと向き合い、直視してくださいな。
けっこう、扇動の類や弱い者いじめに加担してきたでしょう、あなたがたはw
2025.05.18 (Sun)
こないだまで寒かったのに、とうとう、蒸し暑くなり始めました。ああ~あ。
今年は、なんと!九州のほうで梅雨入りになったそうな。
昨夏までと比べたら、暑さの始まりが、やや遅かったせいも あって、
エアコンの掃除を怠けてしまっているよ。。。![]()
こっちも梅雨入りになってしまったら、困るぅ~![]()
体温調節機能が生まれつき弱いのか、特に、体温が上がり過ぎてしまう暑さと湿度が最も苦手なのだが、冬生まれだからでもないだろうが、若い頃は、まだしも寒いほうが、という感じだったのに、トシのせいか、寒いのも辛くて たまらんようになってきた。
なんせ、光熱費こわいから
と、暑いのをガマンしていると、死に直結する昨今、そのかわり、せめて寒いのはガマンと節約していると、もともとは、めったに感じなかった頭痛が起きるようになってきた。
人間にとって、と言うか、私にとっては、少し肌寒いくらいが、ちょうど良いのだが、
最近、冷房を効かせたスーパーマーケットのなかにいると、たちまち、寒くなってきたので、人間のカラダってのも、勝手なもんだなと思ったものの、
結局、暑いのも、寒いのも、いやだ。それが、いちばんの本音。
なのに、日本の気候は、ますます、過ごしにくくなっていって、すぐに暑いか寒いかの二択と化してきている。
暑くても寒くても、動きにくいし、思考も まとまらない。
私も日本人のハシクレでは あるが、この国の気候は、何十年に わたって生きてきても、いっこうに、慣れたということが ない。
毎年、このように嘆いてます(苦笑)
さてさて、相変わらずのトランプ政権の話題だが、
何やら、『トランプ コイン』とかいうやつで、またぞろ、トランプ個人レベルでの悪質な手法が、しかも大っぴらに実行されているというので、最近は、さすがに、トランプを批判するコメントが急増してきた「ヤフごみ捨て場」でも、公私混同だ!こんな狡いこと、許していてイイんか!!と口々に批判しているみたい。
ちなみに、故アベシも、例の『アベノミクス』効果で、ヨメさんの実家である『森永』の株で大儲けしたとか。
私は、近頃、いわゆる「返り咲き」した権力者って、ろくなことにならない、ますます悪事を はたらくようになる事例が多いのかなと思うようになった。
「利益相反」的問題は、トランプ第一次の当時から懸念や批判が あったようだけれど、ここへ来て、いよいよ、やりたい放題の度が酷くなってきたというのは、それだけ、『アメリカ』の制度的問題、つまりは『大統領』個人の権力を与え過ぎとか、それに つられるような司法の弱さとか、そもそも大統領選挙のキミョウさとか、いろいろな指摘が あるというよりも、今さらにして、ゲゲッ
と気づいた日本人のほうが圧倒的に多いのだろう。
なにしろ、日本とアメリカの政治体制も、それを築き上げてきた歴史も、全然、異なっているわけだし、政治資金や政治献金の ありかたについても、理解できていない一般的日本人のほうが大多数なのだろう。
日本では、法的規制が用意されているから、さすがに、アメリカほど甘くは ない、ちゃんと厳しくしている、なーんて、ずいぶんウヌボレたコメントも散見するがw
アメリカ人はねえ、たとえば、献金するにしても、大胆な まる見え、堂々の おっぴろげにしておくほうが、むしろ、「陰でコソコソ」と、どこかの島国みたいなことになるのを防げる、という考えかたなんじゃないかな。
衆人環視のなかだからこそ、かえって、悪質なことは やり難い、みたいな。
まあ、考えかたとしては、そのほうが合理的で、むしろ、日本の やりかたのほうが、「泥縄式」みたく際限もなく、いつまで経っても抜け穴だらけじゃないかという見方もあるとは思う。実際、そうなのだから。
ところがだ。
トランプ出現を以て、あらためて、世界じゅうが、考えを改めるべきときに直面した。
それは、衆人環視だから、むしろ安心、安全では ないのだな、ってことだ。
だって、「衆人環視」の、その衆人の ありかたが問われている事態なんだもん。
つまり、衆人イコール善良でもないのだってこと。
たしかに、いわゆる「第三者」だからこそ知らないし、知らないから無責任ということは ままある。
先般の、例のマスクのカネ配りイベントで、みっともなくも大ハシャギしていたアメリカの一般民を憶えてるよね?
2回目あたりのときは、「みっともない」という批判が(私のブログ発かな?w)届いたのか、比較的抑えめ?wだったとは言え(嗤)今度は、「アメリカ人らしいというのか、あっさりしている」と、カン違いだかマヌケなんだか、しょうもねえコメントを投稿する者も いるしまつだったが。
要するに、ああいう軽薄短小が、一般大衆の姿なんだと、アメリカ人が、身を以て教えてくれたわけです(嗤(嗤)
で、もう一つ。
だいぶ前のエントリーとか、旧ブログでも指摘しておいたことなんだけど、アメリカ人の気質、ってやつね。
ある日本の女性が、この人は、パフォーマンスとか舞台芸能の分野で、かなりの知名度が あった人なんだけれど、いまでは、彼女に関する情報が乏しくなって久しいので、私も、現在の消息については知らない。
この女性は、何歳ごろのことだったのか、まだ若い頃に、アメリカで生活していたことが あるという。あちらに移住しようと考えておられたのかもしれないが、しばらくの あいだ、けっこう長く滞在したようだが、結局は、日本に帰国した。ノイローゼになって。
何かの記事で読んだ御本人の談話によれば、
アメリカ人の自己主張の激しさに、とてもじゃないが、日本人の感覚では、ついていけなかったと、こういうことらしい。
このテの事情ってのは、たとえば『フランス』あたりに留学などしていたといった日本人が、やはり、ノイローゼになって帰国したケースは少なくないらしい。
まあ、私が若い頃に聞いていた話だから、昨今の日本人は、もう少しは図太く、たくましくなってるかもしれないw
でもね、
いまの政権を見ていても実感するけど、まだまだ、アメリカ人と渡り合えるだけの、それを下支えするだけの考えかたを、全くと言っていいほど更新できていないんだなと思う。
まあ、高齢者だらけの政界だし、敗戦後の感覚や意識を引きずったままの政治家も多いせいも あるのかと思うけれど、
かと言って、若い世代なら良くなるに違いないとも思えない。。。![]()
![]()
まずね、アメリカ人ってのは、いや、アメリカ人に限らないみたいだけど、日本人とは逆で、自己主張できない者は無視するし、軽蔑すら されるってこと。
そのかわり、自分の主張や言い分を何度でも、めげることなく、食い下がり続ける根性を見せると、一転、かえって、感心して認める気分が出てくる、そういう気質なんだという話。
かのサッチャー氏が、イギリスの首相だったとき、各国と一斉に、さんざん議論したあとで、イギリス側の国益としては、納得しきれなかった事案について、会議終了後、当時のアメリカ大統領だったレーガン氏の席へツカツカと赴き、なおも、つよい態度で詰め寄っていた、その根性、レーガン氏は、国としての都合や政治的主張の内容は ともかくとして、彼女の姿勢については、いたく感心していたという逸話が ある。
そりゃ、自国を背負っている立場だもんね。
とことん食い下がって見せるという行動力そのものにこそ、断然の価値を置くというのであれば、極端には、どんなデタラメや自己つごうを押し通そうと、内容以上に、主張力そのものの強さ自体がモノを言う、ということになってしまうわね。
でも、日本人は、そういうのが大の苦手だし、やってもヘタクソだし、どうも似合わないのが哀しいところw
要するに、一般的な日本人の感覚であるとこころの、個人や自己の主張を抑えるべきだとか、和合第一だとか、「皆まで言うな」は、ハナから通らないってことよ(苦笑)
だからこそ、日本人特有の、一種の「甘え」だとも指摘されるんだろうけれど、
アメリカ人やフランス人、てか、中国人や朝鮮人でも大差は なさそうだが、だからと言って、私自身も、個人の つごうや自己主張ゴリゴリ押しは、やっぱり、キライですわよwまあ、まずは、その主張の なかみしだいだけど。その点は、一般的な日本人とも、私個人の感覚は多少ちがっているんだろうけど、とにかく和合第一!皆まで言うな!とまでは、けっして思いません、はいw
あくまでも、主張の なかみです。程度問題でもあるしね。
まっ、まずは、議論に及び腰ではダメだわな。
そりゃあ、
「黙れ!!」
では、一切、通用しませんしね(爆)
わかったか?軍人気取りの、低知性なネトウヨどもw
【続く】