2016.10.23 (Sun)
もともとから、今般の この表現に対しての批判は少なくなかったようなのだが、
たしかに、「生前」というコトバには、動かし難い「死」のイメージが伴ってくるゆえ、特に、家族や身内の者が見聞きしたときは、りくつ抜きでギョッとしてしまうのは、一般的にも共感できるところである。
『「生前退位」は「歴史の書物にない表現」 皇后さま、違和感表明 NHKの反応は…』楊井人文2016年10月22日 7時8分配信
http://bylines.news.yahoo.co.jp/yanaihitofumi/20161022-00063507/
めったに読まない『ヤフー』コラムの、とりわけ、めったに読まないでいた筆者さんなので(もちろん、全く読む気さえ起きない書き手のほうが圧倒的に多いw)、忘れてたが、このかた、『産経』ご出身でしたなあ。
なるほどね、という感じです(笑)
さて、揚井さんの提議しておられる、この問題については、ほぼ一言で指摘できますやろ。
要するに、現「天皇制」が、終身天皇制であるということの影響が最大にして根幹。
つまり、現天皇が亡くなったとき即で次の天皇が位に つくという仕組みでしょ。
なので、現に生きている人が「生きているうちの」という断り書きを縮小して、わざわざ、不自然さすら漂う「生前」と言うことになったのかと。
まあ、ことばの吟味が足りなさ過ぎな感は否めないね。
やっぱり無神経でもあるし、
ことばで商売してるわりには、ちとナサケナイかもw
私は、天皇さんの御意向表明のことが報じられた当初の頃のエントリーで、まだしも「存命」というコトバを用いるほうが よかったのでは なかろうかというふうに述べておいたけど。
要は、現天皇さんは、「終身天皇制」に対して、異議を述べておられたのだと思うが、
また、「全身全霊をもって」と おっしゃったことについても、
これも、私の過去エントリーで述べておいたことだけれど、
少なくとも、はたの者の眼に、まさしく「全身全霊をもって」取り組んでいるかどうかなんて、あきらかには分かりっこない。
ましてや、遠くから、何らかの画面越しに眺めるしかない大多数の一般国民にとってはね。
つまるところは、
失敗せず、滞りなく、まあ完璧に近いレベルで やりおおせたなら、「全身全霊をもって」というコトバの裏付けには できようか。
極端なことを言えば、
客観的に見て、どんなに お粗末なるデキであったとしても、ご本人が、「全身全霊をもって やっとります、やりました」と宣言すれば、そうなのだろうとしか言えないでは ないかと。
そう言えば、
かつて、美智子皇后が、紀宮内親王の降嫁にあたっての御述懐だったと記憶するが、
公務の場で、何かミスを してしまい、気分が落ち込んでしまったとき(もちろん、美智子さまのことだから、些細なレベルに過ぎないことだったろう)、「ドンマーイン!」と言って慰めてくれました、というふうに、幼い頃の内親王との思い出を語っていらした。私は微笑ましく拝読したけれども。
ちと意地の悪い言いかたかもしれないが、
皇室のかたがた、ことに最高位とされる天皇ともなると、さぞやプライド、自尊心、自負心も並外れて高く強くて いらっしゃるだろうから、おおぜいの人々の面前での、些細な間違いや小さな失敗をも、まず、当の御本人自身が、許せないのだろうかなと思う。
私みたいなチャランポランは、自他ともに対して、そういうの、あまり気にならないどころか、
「天皇さんだって人間だもの」
くらいにしか思わないので、かえって、親しみを感じるだろうにと思うのだが(笑)
完璧に近く こなせる能力に欠けている者が、かりにも天皇という地位についていることは許されない、という基準や定義も、現天皇さんに、それを決める権限は あるのだろうか。
とは言え、たしかに、あまりにも失敗が看過できないほど大きくなり増加し、おつむや精神の働きに、加齢ゆえの尋常でない傾向が出てきているのを目撃するのは、誰にとっても、いたたまれないこととは思う。
「天皇陛下の『ご意向』を表すときは『譲位』」云々と、この揚井さんは おっしゃってるけど、
そもそも、天皇自身の意向を表明して許される場合、許されない場合の区分けも、一般国民には殆ど分からないのが現状だろう。
ただ、
より古くからの伝統に近い対処法であり、「譲位」というコトバを使うべきだと、天皇さんから望んでおられるというのなら、それも また、主権者としての一国民である私なんかは、複雑な感覚が起きてくる。
新しい天皇とは、という模索?
古代に近い天皇の姿に戻る?
だって、早い話が、役所あたりの人事異動みたいなものなんでしょ?
でも、
「譲る」というコトバには、主権者国民が、ではなく、天皇個人の主体性的感覚が伴うでしょ。
天皇が、みずからの意向でもって、
皇太子なりの次代を指し、それへ「譲る」(与える)という表明は、本当には許されてないことなのでは なかったろうかと、幾ばくかの疑問が生じてくるからだ。
と なると、
せいぜい「退位」まで、それ以上の積極性を孕む表現を押し留めておかなくては ならなくなる。
ついでに、
近頃、それこそ酷く遅ればせながら、ネットウヨのなかにも、天皇の基本的人権が ない、と云々する者を見かけるようになったけれど、
たしかに、天皇と皇族の人権は、一般国民と同様では ない。
同様で ないけれど、しかし、それがダメならば、どだい、いわゆる天皇制もダメ、ということになるよ。
この「経済大国」「先進国」を標榜する国の一般国民において、
こともあろうに餓死だの過労死する者たちすら次々に出ているというのに、
彼ら天皇と皇族の人権は、ひとえに世襲によって縛られているせいで、ある面は厳しく制限されて いるものの、基本的人権が認められていないわけでは ない。
そういった点では、むろんのこと、一般国民の何倍も保証され、厚遇されている。そこは履き違えては ならない。
また言っとくが、
わたしゃ「臣民」wになるため生まれてきた覚えなんざサラサラ持たないし、
もしも、今後は「臣民」でいなければ ならないと強制されるなら、日本人を やめることに躊躇もない。
「不敬」だの「不敬罪」だの言い出す、時代錯誤にして思想性低劣なウヨ連中は、レイシズム大好物の分際が、と冷笑する対象でしかない。
俗物連中の心性は、空気で できた「虎の威」を借るナントヤラが本当のところだ。
劣等感のカタマリである自分を高みに置いて、他者を見下ろせる よすがとしての道具にしているだけ、という自覚が ない。
それだから、ひとたび何かあると、天皇だろうが皇族だろうが、たちまち呼び捨てにして、攻撃的干渉、口汚く罵り始めるでは ないか。
基本的人権思想など理解不能で眼中にもないからこそ、そういう下劣・下品な言動が できる。
いったい、何を尊崇している臣民だというのだろうか。ばかげた話だ。
かねがね、ウヨらの尊敬やまぬらしい福沢諭吉が書き遺した
「天は人の上に人を造らず」
云々と、対して、
この現代になっても、むやみに有難がっている天皇・皇族なる存在との折り合いを、どう つけているのやら つけてないのやら、
たぶん、ああいうテの連中は、そんなリクツや努力やなんかはハナから端折っておいて、豪も悩むことなく済ませているんだろうなとは察してるけどw
ずばり、「天皇制」や天皇という身分存在が なくなったとしても、これまでと異なる感覚の面で戸惑う向きは まま あっても、現実的に困るという人は、少なくとも一般国民のなかには全く いないか、ごくごく限られるだろうし、
現天皇さん お望みどおりに、「終身天皇」でなくなったところで、何ら全く困らない。
なので、私には、
はるか昔からタテマエでありながら、本来とされてきた意味内容がゴロッと消失しようとも、たとえ、もとよりファンタジーでしかないのが「伝統」の真相であっても、その根本から まるっと入れ替えてでも、
あとは いよいよ「天皇」「皇族」なる名称だけが残るのみでも かまわない、形骸に次ぐ形骸の そのまた形骸を残すべきだと、必死になっている者たちの感覚には、あまり共感できないでいる。
ましてや、「象徴」として「全身全霊をもって」完璧な手本の姿を強制され、洗脳され、一人の人間としての人生が犠牲になることもありうるのに、そんなこと、誰に対しても強いることは できない。私はね。
2016.10.10 (Mon)
実を言うとね、
この記事を出している『ビジネス ジャーナル』さんとこは、いつだったか、何かの記事を読んだときだったが、
今後は、ここの記事は、読む必要なしと判断して以来、一切、読んでこなかったw
これと同様に判断していて、私にとっては、時間のムダだから、ハナから読まないようにしているメディアは、他にも幾つか あるよww
けれど、
今回は、先述したような個人的動機が あったものだから、
ドラマそのものにも、主演女優さんにも関心ないけど、久しぶりに、ここの記事を、ザッと読んでみたわけ。
で、読後の感慨を述べますと、
この記事に飛び付いてる相変わらずの「ヤフコメ民」らの浅はかコメントの羅列に比べたら、
さすがに、今回『ビジネス ジャーナル』さんの述べている内容のほうが、よっぽど、事実、真実に のっとっています。
少なくとも、当該業界の人の談話として紹介されている内容には、経験者として私も無理なく頷けるし、
再び言うが、
この記事で述べられている懸念、出版、活字世界全体の甚だしいレベル沈下のことも、もう何年も前から、私自身、おりに触れては指摘してきたことと同じだ。
ああ、想像もしてない向きが多いだろうから、付け加えておくけど、
「校閲」って言っても、新聞とか雑誌だけのものじゃないのだよ。
あらゆる方面に、本当は欠かせないものなんだ。
単なる読み物なら、何かのミスが あっても、それが即、命にかかわるといった緊急事態になるところまでは いかないから、あとで、「訂正」なり「おわび」文を載せれば大概は済む話だろうけど、
たとえば、薬品の説明書とかね。
けっこう、いいかげんなことしてる大手製薬会社のことも、私の経験上、知ってるよ。
そのように、「校閲」と一口に言っても、様々な分野が あるのですわ。
校閲そのものが、いまでは極希少な専門分野になってしまったけれど、その希少ななかでも、それぞれ各分野に分かれておるのです。
だから、新聞業界なら新聞、医療系なら医療系専門で やってきた校閲者も いるわけ。
私は、基本的に、ジャンル問わずで やってたけど。その代わり、浅く広くで、ある特定の分野について専門的に知り尽くしているわけじゃない。
他の専門職では、たとえば、医師なども そういう面はあるよね。
まっ、ただ、もし私が、こういうドラマの制作者側なら、職業なりの実態を違えずに、
それでいて、その職業実態だからこそ起き得ることをドラマ仕立てにすることは不可能でないと、そのほうがオモシロいと考えるんだけど。
虚構や荒唐無稽にまでしてしまわなければ、何もドラマにできないわけでは なかろうに、と。
ただし、
実態につかず離れずだからこそ、始末の悪い、危険な作品も あるわね。小説でも映画でも。
だから、
これは本
なのだ、テレビ
なのだ、という基本の戒めは、
それらを受け入れる側も、しっかり持っていないと いけない。
だが、現実は、そうも いかない。いってない。
世のなか、老若男女のなかには、本だからテレビだから、本当のことなんだろと信じ込んでる者が、ほれ、ネットのなかにも跋扈してるでしょ。
まさに、そのネットが、いまでは、
「ネットで」「ネットなんだから」
という問題に直面してる。
2016.09.24 (Sat)
ガセ川、あ いや、長谷川 豊?とかいうひとは、すでに、いろんな意味で有名になってるらしいw
それにしても、どなたが呼んだか「ガセ川」とは、上手いねえww
私の疎さは相変わらずで、
このひとのことも、え?誰??状態だったんだけど、
なるほどね、
すでに、このひと自身がスキャンダルまみれで知られていたというのなら、せっかくの職場(「フジ テレビ」ですと?爆)も追われて、かくなるうえは炎上ブログで稼ぐしかないのだと。
そんな単純な動機?とも思ったけど、いやいや、これは、
自民党からの引き合いを期待してるのでは?
とも思えたわ、マジで。
だって、まんま、現財務大臣あたりが大悦びしそうなヘリクツだしw
日本最大の腐敗議員の巣窟であり、公金横領・不正使途の代わりの目くらましたる「弱者叩き」の総本山・自民党、
北朝鮮の おかげで、支持率アップぶり返したつうのだから、
北朝鮮には足向けて寝られん安倍政権の方針に、ぴったりマッチじゃんか(大嗤い)
まあー、言ってる自分は、五体満足の「健常者」でありながら、いったい、いつ働いてるんだか、
あるいは、
知性の低さで似た者どうしな亭主の影響でウヨ化した、お気楽チュプってやつなのか、
悠々自適ゆえに無責任な、さしづめ石原チンタロウみたいな隠居老人なのか、それとも、
こうした、自民党に都合のいい、ヘイト コメント投稿には、平日であろうが日夜を通して熱心なのに、
自民党お歴々の莫大な汚いカネ遣いのことは触れない。
というパターンは お約束みたいな情況だ。
だから、大手メディア
(むろんのこと、下品さと政権おもねりには定評あるタブロイド紙『産経』を、ここに入れていいのか、大いに疑問なのだがw産経に限らずで、
近年の、概ねネトウヨからの大バッシングが功を奏してかw安倍政権への媚びがアカラサマになってきたほど、落ちぶれ度ハゲシイ『朝日』w
および、辛うじてイイ子ちゃんぶりっこを保っているような『毎日』にしても知れているが、
「記者クラブ」所属の新聞社や、新聞社以外のテレビ局、大手メディアも共に、「ページビュー」で稼ぐためには、どんなデマガセ記事でも、扇動目的で載せるようなメディアは一切合切、潰れろ!恥知らずども!!
「大本営発表」メディアは要らんのじゃ!!!)
に対しては、自民党本部じきじきに、有形無形の圧力を かけているとしても、
下っ端の「ネトサポ」あるいは『日本会議』のシモジモだとか、
ことによると、日本社会分断工作による、「日本列島ディストピア化」を図っての、真の「反日」連中なのか、
単なるネタミ僻みでフテクサレている連中あたりが、
その出発点は「2ちゃんねる」を皮切りに、
「フェイスブック」、はたまた後続の「ヤフコメ」その他、まとめサイト等、ネット上の目立つ投稿欄という投稿欄は一手にコントロールしようとしてるんだな、
ってのが、手に取るように感じられるわよ(嗤)
で、くだんのガセ川あ、長谷川某さんがネタにしたらしい、「透析」患者や、あるいは、そこに至り易いという「糖尿病」患者について、私の周辺にも、身内・他人ともに、これらの患者は いるので、まずは一言。
その人たちが聞いたら、激怒するだろうよ。
これだけは確かだ。
要するに、ガセ川、
あー、長谷川さん、おたく、人気を必要とする商売なの?
だとしたら、
ものすごい数の人たちを、イッキに敵に まわしたと心得なさいよ。
透析患者や糖尿病の人、ただでさえ多いのに、いまも増え続けているというんでしょ?
たとえば、
これこれの食物は、自分にとっては摂取しないほうが いいとか、
これこれの含有成分には、アレルギーが誘発され得るとかいう場合でも、当の本人自身が、長年、気づかずに生きてきて、ある日、突然、そのことに気づく、ってケースも あるんですわ。
少しでも、遺伝的、潜在的に、その方面の素質を持っていたら、「普通」の人たちと それほど変わらない生活習慣であったはずなのに、何かの ひょうしに罹患する確率は高いでしょうに。癌なんか、特に そうよね。
こないだのエントリーでも述べたことだけど、
うちの父親は、いわゆるアル中だった。
が、肝臓なんか、全く壊さなかった。子どもたちの心は壊し続けたけどw
私の母親のほうは、私が、子ども時分から、酒飲みを嫌うことを知ってることもあってか、本人自身は、もともと好きなほうだったにも かかわらず、また、酒を扱う飲食店を経営していた時期もあったにも かかわらず、極力、飲酒は控えていたけれど、
思いがけず、交通事故が切っ掛けで、肝炎に罹患した。(輸血が原因)
生まれつき、脳みそを始め、内臓全般に持病の多い人でも あった。
私と別れて育った、父親違いの姉は、生育環境の問題で、せっかく優等生だったのに、中学校も行かず、グレてしまっていたけど、
最初の相手との あいだに、17歳で産んだ子を、うちの母親に言われるまま、裕福な先方に渡し、
自分は かなりトシくってから、辛うじて縁あって、いちおう真面目な人と再婚してのち、「高脂血症」であることが発覚して、慌てて、お酒とタバコを やめた、と言ってたけど、
たしかに、十代の頃から、さんざ大酒飲んで、ヘビースモーカーだったから、そんなことになったのかと思いきや、なんの、
医者の話では、そもそもが、母親からの遺伝だった。
ただでさえ、うちらの母親を恨んでいた姉は、
「おかあさんの せいやね~ん!!」
と、私の前で泣き叫ぶように訴えて、そりゃもう、怒ってたわw
薬ひとつ とっても、
それが、どのように効くか効かないか、個人差が あり、
あの患者には有功なのに、この患者には全く効かない、
あるいは効き過ぎる、
なんてことも あるのだ。私も証人の一人だ。
同様に、
日常生活のなかで、あの人たちには何ともないことなのに、この人には、発病の原因になった、ということも、少なからず あり得る。
だいたい、不摂生か どうかなんて、どこで見分けて、区切れるんだよ?
病気になったりする背景なんて、ほんとに、いろいろだよ?
極端な話なら、
「アル中」やギャンブル、ネット投稿なんかの依存症でも、その みなもとを突き詰めていったら、精神病の領域。
だから、医者に、あんたは、この病気だから、今後は、これこれの摂取や習慣は控えなさいと注意されても、それを やめるのが辛くて たまらん、どーしても やめられん、死んだほうがマシというレベルなら、
りっぱに依存症です。つまり、それも病気や障害のうち。「不摂生」レベルの話じゃない。
いかに下劣なネット民が多いと言えど、さすがに、
今回は、罹患率の高い病気絡みだけあって、自分の身に覚えのある人も少なくないわけでか、憤った指摘が多く寄こされているようだが、
ふだん、あらゆる弱者を叩くのには熱心でも、やはり、可愛い自分自身が現に抱えていることとなると、抗議しないでは いられないらしいw
あとね、
これは、私が、むかし、何かのインタビュー記事で読んだんだけど、
名前は失念しているが、聞けば、多くの人が知っているだろう有名なミュージシャンが、最初の華々しい時期を過ぎてから、とうとう、仕事が なくなって、しかたなく、肉体労働の世界に入っていた頃が あったのね。
その人は、かなりの年数を経てのち、ミュージシャンとして、再度のヒットを飛ばし、カムバックを果たすに至ったわけだけど。
建設か土方か何か、そういう方面の肉体労働だと、
一日の終わりに、それこそ焼酎みたいな、キツーイお酒を呷らないことには、心身ともに、持たないんだってさ。
そういうオッチャンたちが、日本じゅうの、都会の、見上げるようなビルディングを築き上げてきたわけだ。
歌にも あるよね。まさに『山谷ブルース』の世界(苦笑)
そのような仕事しか なかった人たちは、概ね、家庭環境も厳しいなかで育ち、学歴も低かったろう。
そうして、
年齢を重ね、力尽きる頃には、容赦なく、使い捨てにされてきたことだろう。
ガセいや長谷川さんよ、
ご自分の家族や身内のなかで、もし、それこそ「不摂生」が原因として、透析患者にでもなったとしたら、だからというので、おまえ、治療を遠慮しろとか、自殺せよとか勧めるわけ?
あるいは、ご自身で主張しているとおりに、殺してあげるとか。
できるわきゃないでしょ。
こういうことって、リクツもヘリクツも通るもんじゃないんだよ。
たとえば、障碍者や高齢者を、ゼイ・カネが惜しいから殺せだの言ってるやつも そう。
自分ちの家族、親や祖父母に対しても実行できるわけかね?
できると言うなら、それも また、哀れな話だけど。
よっぽど苦労知らず、現実を知らないから、うぬぼれて、思い上がってて、あり得ない極論しか吐けない、視野が極小だということを、みずから露見させてますよ。
病人や弱者を叩く前に、なぜ、将来ヴィジョンを見通す眼力も構想も持てず、やりたいほうだいのあげくに腐敗した政権や行政のほうは叩かないんだ?
いまごろになって、問題すり替えのために「弱者を叩け」指令でも出してるんじゃないの?自民党政権は、自分たちの失政は棚上げして。
ま、敢えての「炎上ブログ」ってのが、「ページビュー」稼ぎとかいうもののためなんだとしたら、
まさに、「票コジキ」の政治屋さんと同類だわなあ。
さしづめ、自民党の、あのひと、このひと、片山さつきとかいうのも いるわねw
ある向きからの「ニーズ」なんですかねww「ニーズ」の奴隷www
そこまでも、人間性を かなぐり捨て、えげつなさを辞さずに やらなきゃならないんだったら、さっさと政治屋稼業を辞めてくれたほうが、よっぽど国のため、庶民のためなんだが(嗤)すでに遅かったか。
2016.09.17 (Sat)
私個人的には、現安倍政権に比べれば、(旧)民主政権のときのほうが、まだしも、もう少し生活しやすかったので、もともと嫌いな自民党を支持するくらいなら、いちおう、(旧)民主党―民進党のほうを応援するんだけどね。ただ、この蓮舫さんに関して、個人的には、べつに、好きとも嫌いとも思ったことは ないと言うか無関心なほうだったのだけれど。
知名度も高いし、もとが芸能界の人だっただけに、華やかなイメージも あるはずなんだけど、それでも、なぜか、あんまし、ピンとくる感じが しなかったんだ。いまでも。
最近、
「(岡田代表は、大好きだけれど)つまらない男」とか、代表選にあたっての集まりの席で、対抗候補者の一人である玉木雄一郎氏に対して、「男が泣くな」とか言ったと報じられているのを見て、
まあ、そりゃそうかもだろうけど(苦笑)
この人も、立場を わきまえてないのだろうか、ことばの遣いかたが、わりと軽薄にしてキツい(大陸とか中華系の女性の特徴でもあるらしいが?笑)、および、考えかたが少々俗、やっぱり、ちょっと甘ったれっぽいのかな、と感じた。
「二重国籍」問題というので、それっとばかり産経シンブンあたりを中心に、ここぞと攻撃されてしまっているようだが、このことに関しても、発覚する前には、けっこう、イキがったような、軽薄なことを口走っていたらしいことが、次々に暴露されている。
釈明の言動にしても、行き当たりばったり的な傾向が あるようだ。
わきが甘い人は、ことばの遣いかたにも出る。
将来ヴィジョンを厳しく見通す資質を要請されるべき政治家としては、
やはり、全体に、どこか甘いのだろうかなと感じさせられた。
お嬢さん育ちらしいしね。
まあ、ほとんどの政治家と言うか政治屋さんに、彼女を嗤う資格は ないわけだけど。
どこぞの世襲議員たちや首相やらさしてもらってるボク朕のような、
オツムの悪さや性格の悪さ、狡猾さ由来とは、また ちょっと異なった類のものだろうとは思うけれども。
悪く とれば「自民党のスパイ」みたいな、そうでないなら、驚くべき無能とも言えそうな、(旧)民主党政権最後にして、自民党のための首相だったみたいな野田氏を幹事長に据えたということから、もう早速、前途が危ぶまれているらしい。
かつての勢いを失ったままの党を背負って立つことになった蓮舫さんには、今後は、自分のなかの俗っぽさと軽薄な感覚を自覚して、
それらが、知らず知らず滲み出てしまうコトバ遣いにも、重々、気を つけてもらいたいと思う。
そうでないと、党勢の回復どころか、それを大きく妨げる恐れすら あるから。
あなたの お望みどおり決定した以上、これまでにも増して精いっぱい、大局を見据えて やっていただきたい。
「自民党の亜流」「第二自民党」は、返上してもらわないとね。
頑張ってください。
『<民進代表選>蓮舫氏支持伸ばす 決選でも有利か 終盤情勢』
毎日新聞 9月14日(水)7時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160914-00000007-mai-pol
『<民進党>新代表に蓮舫氏 1回目投票で決定』
2016/9/15(木) 14:35掲載
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6214542
2016.09.16 (Fri)
『「酒強いほど依存症リスク」9割知らない 内閣府調査』
(朝日新聞デジタル)2016/9/9(金) 8:05掲載
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6213839
先行エントリーで予告したとおり、記事に目を通し、エントリーを書き始めてから、1週間近く、放置してあったのだが、
この記事に付いた「フェイスブック」投稿者のなかに、
「アルコール依存症は酒をたしなむ者たちすべてのことです。ちなみにアルコール中毒は酒の飲みすぎで死ぬ直前の者」
云々していて、
全体に、述べていることが おかしいと言うか、はっきり言ってデタラメにも かかわらず、「イイネ!」が早くも幾つか押されているのだから、つくづく呆れてしまうのが、ネットの常態というものだけれど、
さておき、
その投稿者こそが間違いで、「アルコール依存症」も「アルコール中毒」も、もともとは同じ内容を指していた。
英語で言う"Alcoholic"を訳して、「アルコール中毒」略して「アル中」、
近ごろでは、医学的に正式な名称として、「アルコール依存症」と呼びましょう、ということになっただけなのであるそうだ。
ともあれ、そういうことよりも、
私が、以前から、どうなんだろう?と疑問を持っていたのは、
「酒に強い」とは、正確には、いかなることを指すのだろうか?ということだ。
「意志が強い」から、敢えて飲み続けることが できるんだよ、と、逆から穿ったようなことを言ってのける者も見かけることは少なくないが、
本当に「意志が強くて」、自分自身の飲食等についてのコントロールが できないとは、いったい、どういうことなのか。
どうにも奇妙としか思えない。
「依存症」なのに、「意志が強い」などということが あり得るのか。じつに おかしな見解だ。
ただ、しいて言うならば、
心身に毒でしかないものを、気が済むまで徹底的に受け入れられるだけの体力とか、肉体面においては、ある種の強靭さが備わっていると言えそうではあるだろうか。
だが、どんなに隠されても、とことん探し出して飲み続けようとするのは、それは「意志が強い」のではなく、本人自身、不本意で あっても、
飲み始めて、そこそこのあたりでセーブすることも、
自分を望ましい状態に保つため律することも できず、
ひたすら引きずられるが如くのまま、なすすべもなくなっているというのが実態だろう。
いわゆる、「お酒を飲んでも乱れない人」という表現も あるが、
それは つまり、ある程度、大量に飲酒しても、普段の その人の落ち着いている態度や行動と、ほぼ全く変わらないでいられるということが、「お酒に強い」ということなのか、
それとも、
実家の父親が そうだったように、
日常の晩酌程度でも、うかうかしていると、つい調子に乗って、まずまず平常でいられる許容範囲をホンの少し超えてしまったが最後、危ぶんで止める周囲の声も拒絶し始め、
ましてや、最初から、はめを外して賑やかに飲もうやという席であったりすると当然のこと、ここぞとばかり、がぶがぶ飲んで飲み倒してしまう、
これは、「酒に強い」「意志が強い」ゆえと、はたして言えるのだろうか。
結局は、「阿鼻叫喚の地獄図絵」というやつに、家族を引きずり込んでしまうのが定番だった。
兄などは生前、
「よくもまあ、若い頃から、あんだけ飲み倒してきて、あのトシになっても、肝臓一つ壊すでなく、ピンピンしとるんだからな、あの親父は」
と、吐き捨てるように言っていた。
そう言う兄だって、自分の親の どっちに似たのか知らないが、酒好きには違いなかった。
が、結婚してから、自分の家族に対して、暴力を振るったということまでは、ついぞ聞いたことがない。
私自身、自分の両親の どちらに似ても、
と言うか、じつに皮肉なことには、体質的に、父親に似た面として、特に胃腸が弱い傾向のせいか、もともと、お酒が合わないようだという自覚は ある。
アルコール自体が、自分の体質に合わないらしいというのは、化粧品類に含まれたアルコール成分に反応してカブレることが あるくらいなので、ごく若い頃から、それと知れていたのだが、
体調に用心しながらであれば、まあ、ある程度は飲めないでもない。
色白ゆえ、飲めば たちまちにして、頬が まっピンクと化すので、お酒の席では、よく、周囲に囃されたり、からかわれたものだが、
それより何より、私は、大概の酒の味を、好きになれないのだ。
したがって、お酒一般に対する興味が薄い。
味そのものが好きであれば、体質に合わなくても、少しは口に運びたい気持ちを持つのだろうが、
ビールでも日本酒でもワインでも、まあまあ、これなら美味しいと言っていいかなと感じられたのは、限られたブランドなど、僅かな一部のみだ。それでも、飲み続けたいと思うほどでは ない。
なので、
私には、どう頑張ってみても、がぶがぶ飲んで、人格が変わったかという状態になるまで行き着きようが ない。
かなり飲んだとしても、私は、「酒に乱れる」ということが ない。
まして、父のように、陰湿な暴力に走るなどということは ありえない。
しいて、起きる変化を言えば、
いつもより、幾分は陽気になるかなという程度。
お酒を飲んだときに、その人間の本性が出る、とは、これも昔から言われているようだ。
ならば、それが、私の「本性」ということなのだろう。
酒は静かに飲むべかりけり、と言った、昔の人が いる。
私は、このコトバを、学生時分に知って以来、気に入って、おりに触れては思い起こしていた。
思い起こすと同時に、
静かに飲めない酒好きほど、下品で見苦しい者は なく、およそ美意識というものに欠けている彼らは、自他ともに認める酒好きでは あっても、
ほんとうのところ、自覚なく、酒を冒涜しているのであると思考し、
ましてや、父のように「酒乱」と呼ばれる手合いともなると、心底から侮蔑の念が湧く対象だった。
おいしく飲めて、どこまでも乱れることを憚らず、どハデに憂さ晴らしできる傍迷惑な人たちが、ちょっぴり羨ましく思うことも、自分に飲酒が認められる年齢となって以降、ときには あったが、
私とて、あの親らや身内連中の血のなかに流れている依存症の異様を受け継いでいないとは言い切れまいし、
ある意味では、彼ら以上に、徹底して のめり込む危うさも潜んでいることは自覚している。
もしも、私が、父のような酒乱癖だったら。
あの父が齎し続けた阿鼻叫喚以上の悲劇と、次世代にまで及ぶ恥を、彼らは覚悟しなければ ならなかっただろう。
寄ってたかって、一人ひとりが、私を つかまえては、
「おまえの父親ソックリ(でダメ)」
「おまえの母親ソックリ(でダメ)」
「(腹違いの)兄ソックリ(でダメ)」
「(腹違いの)姉ソックリ(でダメ)」
おのおの勝手に不満を溜め込んでいる対象の家族を、お互いどうしで名指しして、家族の誰かと私がソックリだという理由を拵えては、その対象である相手に直接では なく、なぜか、幼い私に向かって、不満の つぶてを投げつけてきたものだ。
あのツギハギ家族の全員に、いまは宣言する。
あんたたちの誰にも全く似てなくて、ほんとうに、よかった!!
父方・母方いずれにも、酒の絡んだ醜聞も少なくない、酒好きな一族のなかで、なぜか私だけが奇跡的に、こうした面は全く受け継がなかった、このことに感謝する気持ちのほうが、だんぜん大きいのである。
これは、私の親は勿論のこと、すべての身内連中こそ、幸いに思うべきことだ。
まったくもって、感謝感謝である。