2026.04.19 (Sun)
「他人の子どもの死をエンタメ化」しているというような鋭い指摘を見かけた。
なるほどと思いつつ、
こないだ、私自身、「ヤフごみ捨て場」運営へ通報しておいたコメント欄の とある投稿内容について思い起こし、まさに「エンタメ化」の一種だよなと確信した。
それは、
いま大きな話題となっている『南丹』市に おける、男子児童の行方不明、一連の不可解な流れに次いで、殺害後の遺棄が発覚したばかりの事件についてなのだけれど、
こういった、凶悪かつスキャンダラスな事件ともなると、ここぞと張りきって湧いてくるヘイト スピーカーの群れも、がぜん、目立つのだが、
私自身は、どちらにせよ、それほど見ることは ないので、実際のところには詳しくないが、たしかに、特にテレビの方面では、必要以上に煽ってるような傾向は あったゆえに、いわゆる「SNS」などで過熱気味になるのも、一部のテレビ番組からの煽りも影響しているという指摘も ある。
さすがに、言うところの「オールド メディア」では、発信者が誰ということはハッキリさせているだけに、あからさまな曲解や穿ち過ぎな憶測などを無責任に垂れ流すわけにも いかないはずだが、そこへ いくと、発信者が明らかになっていないまま、どのようなデタラメや誹謗中傷の類を垂れ流そうとも、インターネット上では野放しされてしまう現状では、オールド メディア以上に、とんでもなく、デマの宝庫となってしまう。
それと、
インターネットが一般に利用されだした当初から、たとえば、ある種の「発達障害」者とか、また、「自己愛性人格障害」者とインターネットとの相性の良さ、みたいなことも、専門筋から指摘されていたようなのだが、私の身内にも一人ならず いる、その方面の者らを見ていても、際立って特徴的に見受けられることの一つが、まさに、「作話」などの多さである。要するに、客観的には虚偽でしかないのだが、それを垂れ流す本人に とっては、何らかの不満解消や、娯楽の一種ですら あったりもするので、なかなかに始末が悪い。
必要もないのに作り話を、まっかな嘘を、それこそ、「息を吐くように」垂れ流してしまうのである。
しかも、当人にとって、それが楽しいと感じられるのは、やはり、他人の反応なのだから、まずは信じさせたいので、真に受けたりしてくれようものなら、もう、やめられない、とまらない、エスカレートを極めてしまうし、そこへ、本人の内心で不満を溜め込んできたことに かかわるものとか、あるいは、何らかの組織・団体に所属しているとか支持しているとか、多少なりシンパシーを感じているといった経緯に よっては、その組織・団体の方針に合致しているような、それが、まさにヘイト的示唆のようなことで あっても、事件や話題に乗じて、次々に ばら撒くといったことも起きているのだろう。
そうして、結局は、言うところの「オールド メディア」、それは、やはり、主として新聞の記事を通して知ることになるのだが、そこで、あらためて、流布されていた内容との乖離に、多くの人が驚き呆れる、このパターンに なりがちなのが、昨今は定着してきている様相だ。
そう言えば、
最近も、コンビニの新聞コーナーを覗いてみたら、ウヨ御用達の『産経』は、くだんの男児が遺体で発見されたという大見出しを、1面にデカデカと載せていたがw
『朝日』と『毎日』は、チラッと見たかぎり、1面で大見出しという体裁には していなかったようだww
で、
年齢だとか国籍だとか、あまりにもデマが過ぎる場合には、現場の捜査関係筋も、これくらいは言っておくほうが いいのでは ないかと思ったのだが、つまり、
「それらは、事実では ありません」
と、この一言で済むのでは ないかな、と。
むろん、それ以上のことを聞き出したがるのは常のことだとしても、
捜査中なので、詳細は控えます!と、ピシッと突っ撥ねたら いいことでは なかろうか。
さて、
私が、「ヤフゴミ捨て場」運営に通報したコメントというのは、こうだ。
よりに よって、殺害されていたことが発覚した男児について、とある投稿者は、
「もう大丈夫」
と、こう言っていたのである。
もちろん、死んでしまったのだから、それ以上の苦痛は届かないはずには違いない。
だが、自分の子どもや親などが不当かつ残酷に殺されて、そのことを、「もう大丈夫」などと言われて、納得したり慰められたりする遺族が、どこに いるだろうか。
無神経、ひとりよがりの極みである。
何の宗教なんだか知らないが、往々、宗教関係者や熱心な信者を自負する者に、独特の無神経さとエゴイスティックなまでの抑圧感を漂わせた言動が実際には少なからず見られるように思う。
こういったことは、政治思想の分野にも見受けられるところが あり、
だからこそ、ほとんど「宗教の一分野」だとまで断じられてしまうのだろう。
要するに、「ドグマ」に陥ってるってことだ。
さて、
私が問題視しているコメントは、概ねがパターンに なっていて、案の定で、
「次に生まれてきたら」「来世では」
と、続くのだが、
今回も、別の投稿者では あるが、以前も一度ならず見かけて、
「いいかげんに せんか!
」
と、反吐が出るほど不快になった、それは、
「次は、幸せな家庭の、優しい親の所へ生まれておいで」
そして、
「いっぱい食べて、いっぱい遊んで」
と、続く。
このテの投稿者のコメントに、改善を試み、解決を目指していくべき社会問題という観点からの提案の類は、カケラも示されたことは なく、その点で、二言目には、「死刑だ!死刑!」と、ワンパターンに喚くことしか できない手合いと変わりは ないのだが、
いったい、何の宗教なんだか知らないけれど、
本人は大いに善意のつもりなんだろうが、
いかにも甘ったるい、かつ、やすっぽいコトバに、自分でウットリしていることが剥き出しになっていることに全く無自覚。
鼻に つくなんてもんじゃないよ。ほんとうに不快。
他人の子の不幸事を利用して、甘美なポエム制作活動に酔い痴れる、公衆の面前での自慰行為、一種のポルノだわ。
その醜悪なナルシシズムと きたら。
まさに、「エンタメ化」している。
少しは自覚して、謹んでもらいたいもんだ。