2020.08.29 (Sat)
『ウィ シャル オーバーカム』を歌い「天網恢恢」と叫ぶの続き。
自己愛の権化が採用するパターンとは、どこまでも「かわいそうな自分」を演出するものだ。そのためには、事実を隠蔽し、真実を捏造する。
そうしておいて、次には、
そのプロセスを完璧に忘却するために、みずからの「信者」となる。そこが仕上げの最終段階。
念のため言っておくが、
ほんとうに国民全体を思う首相であれば、見込み違いゆえの多少の失策が あったとしても、ほとんどの国民は、健康問題のことを揶揄したりは しないだろう。それは人間の自然な感情というものだし、
こんな私だって、どちらかと言えば、同情心つよい性格だよ、まじ。
しかし、アベシの場合、そうは いかないのも自業自得。
なぜなら、
自分の周囲を固めてくれ、自分をチヤホヤしてくれる者以外は、すべて、これ「こんな人たち」と言い放ち、選挙で下野させられたと、一般国民を逆恨みして憎悪する、およそ「民主主義」を理解せず、ふさわしくもない、冷酷な政権の主だったからだ。
「国民から主権を なくせ」
「国民の生活が大事なんて政治は間違ってる」
こんなことを叫ぶ連中のボスですよ?安倍晋三という、まさに自己愛を満たすことが目的だった「政治屋」は。
で、最後まで、誰か他のせいにするのが習い性のアベシは、最後には、おのれ自身の腹のせいにするしか なくなった(爆)
いわゆる「識者」と呼ばれる人のなかにも、「人として」「体調を心配するのが」なんちゃら言っとるけど、おまいら、ハンパに「良い子」ぶるんじゃないよ!wある意味、いちばんタチが悪い
自己利益に合致する者ばかりで固めて、そういう限られた者のための「政治」を やる。
ルール違反だろうが法律違反だろうが、口先とは裏腹な「道徳」に反した、非人間的な施策を やる。
一般国民にとって大迷惑な、こういう者を惜しめるはずが なかろうが。
辞任も遅過ぎた。
この政権のあいだに、どれだけの悪が罷り通り、過去の自民党の どの政権よりも、むだな税金、死に金が注ぎ込まれたことか。
第一次の辞任では、表向きか どうなのか分からないが、なんでも「1ヵ月の入院が必要」とか言っておきながら、せいぜい2週間で出てきたとかw
そして、性懲りもなく、みずから第二次政権へと突き進み、
総裁任期ルールも破棄して延長し直した。
ほぼ、前回と「同じ道」のような既視感は否めない。
いずれにせよ、これで見逃すわけには いかないぞ。
恐らく、例の河井夫婦の件に至って、
「黒川」事件の失敗のことも あったし、いろいろと、罪を積み重ねたことの追及を誤魔化せる気が、さすがに しなくなってきたのだろう。
今度こそ お手上げと観念した代わりの辞意なのかとも思えるが、
アベシが犯した悪行は、これに留まるものでは到底、ない。
今後とも、逮捕を視野に入れた捜査を実行してもらいたい。
しかし、裏では取引してるかもね、
ここで退陣しておけば、なんとか見逃してもらえるとかってさ。
また言っとくんだけど、
この国に、ほんものの「左翼」とか、純然たる『共産主義』なんて、もはや存在しないだろうし、いまどき、『日本共産党』ですら該当しないと思うよw
それ以前に、
「左翼」も「右翼」も、ほんものは存在しないんだろう、おそらく。
そもそも、何の思想も哲学も、自力で うち立てたことなく、外国から齎されても、せいぜい、悪い意味での「換骨奪胎」が関の山、大昔から、そういう国民性だ。
まあ、現在も『共産主義』を標榜している国家でさえ、眉唾レベルなのが実際で、
よろず、「如是我聞」の如し、最終的には聞き間違いによる「糸電話」の「伝言ゲーム」みたくなってしまうのが、人間の繰り返してきた歴史であると言って過言でなかろう。
内田氏の「無責任」を糾弾する資格は、ない。
とりわけ、
匿名にアグラを掻き、例の「ヤフゴミ捨て場」などにおいて、平気でデマ飛ばし、私利私欲ゆえのコメントを撒き散らすネトウヨどもには。
私自身も、自分の身を守るために やっている、匿名での批判や糾弾は いっこう構わないが、少なくとも、デマは飛ばすな。
ましてや、弱者の立場を余儀なくされている人たちを叩くための作話や悪意のデマを飛ばすのは。言語道断だ。
そう言う類のことを、仮にも首相であるアベシと、その閣僚や官僚らが、しでかしてきているんだ。
「新型コロナ」の問題にしても、「安倍政権が抑えてる」んじゃないっての。
ほぼアジア全体が、低め推移でしょっての。
むしろ、衛生状態が良くない国も少なくないアジア圏で、いちばん悪いくらいなんだろ、日本は。
「外交の安倍」というキャッチも、真に受けてるままのアホが、いまだ散見されるが、
「外交だけは」じゃないっての。
何も進展しなかったどころか、悪くなっちまったよ、っての。
さーて、このあとも大変さは続く。
次の政権は、暴走の あと始末になるだろう。
ますます、油断も隙もないわな。
あからさまな御用マスコミは勿論だが、
そんなのより以上に始末の悪い『朝日新聞』や『毎日新聞』など蝙蝠マスコミ・メディアが、えせホシュやネトウヨに おもねって、権力側を甘やかすな!ばかもん(激怒)
野党側も、「いつか来た、この道」を、『自民党』と安倍政権の二の舞・三の舞にならぬよう、しっかりすることだ。頼むで、ほんまに
いくらなんでも、アベシよりも知力が低いはずは ないでしょう?え、違うのか??w
うん、それは確かに そう、
要するに、官僚らは、国民によって選出されるのでは ないから、「民意」そのものとは違う。
ところが、
持病などに関係なく、もともと、自分の地頭にサッパリ頼れないアベシは、ひたすら、「今井ちゃ~んボクちんを助けて~」と、御用官僚らの言うことに従ってきただけだろう。
で、その今井ちゃんは、アベちゃんと心中すると宣言していたそうな。
ぜひ、実行してよね!!今井ちゃん!
今後の政権と国民のためには、こうした御用官僚どもを残らず一掃しておかねば ならない。
一般国民にとっての、最も害悪だから。
その御用官僚勢力と、どう渡りあうのか、この戦略・戦術は練ってあるのかな?野党側。
それと、財界および『日本会議』などのカルト勢力ね。
この期に及んでも「韓国ガー」と言い募るバカウヨ。相変わらず、韓国に夢中だ。他には何も考えてないみたい(嗤)
「甘利が良い」とか言ってる愚か者も。
相変わらずだが、まじでアタマだいじょうぶかよ?首から下だけは頑丈なんだろうけど(嗤)
こんな手合いからは、それこそ、「主権を取りあげろー!!」と言いたくなっちゃうw
まっ、
税金で吊り上げた株や投資でイイ思いを でけた恩返しとばかり、「弱者シネシネ大作戦」に協力・邁進してきたネトウヨさんらには、このたびは、ご愁傷さまデスね(嗤)
さー、わっしょいワッショイ!大忙しだw
次なるミコシの軽量コンテストを やらなくっちゃデスね(嗤)嗤)
野心と弱みに つけ込めるやつは、誰かな~?
デスよね、『不自由民死党』のアベ信者さんたち(嗤)嗤)嗤)
2020.08.28 (Fri)
と いきたいところだが、まだまだ、正念場は続くなあ。
「奥山の おどろが下も 踏み分けて 道ある世ぞと」
今夜は祝杯でも挙げたいところで あるが、どうにも、怒りの苦々しさと共に味わうことになりそうだ。
もっとも、体質も あるので、もともと お酒は好きじゃないんだけどね、私は。
とうとう、アベシが辞意を固めたという一報を見て、今さら言ったところで しょうがないのだが、私の予感は、また当たりました(笑)
当ブログを読み通してもらえばハッキリ分かるだろうが、安倍政権第二次発足以降、これまでに私が危惧し、過去エントリーで指摘してきたことは、ほぼ全部、そのとおりになってるよ。
特に、今年、2020年は、とんでもない年になるだろうとも予感していたから、恐らく、『オリンピック』も、何かは あるだろうと思っていた。
「新型コロナ ウイルス」によって齎されることになるとまでは、想像していなかったけど。
でも、大衆には勿論、また、あの原発大事故による放射能汚染についても、様々に見解が分かれたことで察せるようになったことだが、いざとなったら、「専門家」と名の付く人にさえも分からない、予想すらも できない人が大多数の世のなかなのだ。
私は、安倍政権によって、このことを、あらためて思い知った。
そして、絶望の思いを味わった。
もっとも、このたびの一報を見るまでは、あのアベシのことだから、またぞろ、御用官僚に用意してもらった原稿を棒読みし、そそくさと退散して、あらためて、一般国民のシラケ気分を徹底的に盛り上げなおすんだろう、という予想も捨てきれないところでは あった。いままで、うんざりするほど繰り返されてきたパターンだから。
きのうの段階までは、内田 樹氏の ぶっちゃけた指摘に対するブーブーを見ていて思うに、
こやつら、どこを見て非難しているのかしらんが、
内田 樹氏の その ぶっちゃけは、とある有名作家さんの場合と比べて、今回、初めて依頼されたという、その「異変」のことを指摘していたわけで。
ということは、
やはり、依頼した新聞2社は(あるいは、他社の多くも)、かなりの確率で把握していたということなのだろう。
こないだ、アベシは、
「これから、仕事を頑張る」とかって、すがすがしく(?)コメントしたところだったが、
なんだか、「ぼく、これから勉強がんばる」って、殊勝な顔して言う小学生のセリフみたいだなwと思ったよ、私は。
おおかた、どこのメディアも、今回も やっぱりだった、突然の辞意と退任について、かなり甘い解説を してるんだろうが、この期に及んで、まだ やるのか、忖度メディアよ。
マスゴミマスゴミと罵りつつ、その「マスゴミ」からしか、情報を得る よすがも持ってやしないネトウヨどもに罵倒されながら、なおも忖度するのか。おたくら、プライドのカケラもないのんか?(嗤)
たのむから、権力筋に おもねる記事は勿論、こうもり記事みたいなものも出してくれるな。
一般読者に対する配信ならぬ背信だ。
「支持率32%」と出したかと思えば、次には「34%」その次は「36%」(爆)
ふざけんなっての(怒)
だいたいさ、こないだ、『産経』の調査がエセだったことがバレたっちゅうのに、なおも「支持率は いまだ」と挙げるウヨもサヨも。
あーあ、あほらしや
実際は、30%を とっくに切ってますよと、アベシ自身、どこかで聞かされてたかもねw
また、
先日は、甘利さんや麻生さんと、スガさんらの言うことが真っ向から逆になっていて、いったい、なにやってんだろ、こやつらは、と呆れても いたけど、
となると、
まずは、「怪文書」のスガさんが嘘ついてたな、ってことになるね。
これで「次期首相」候補の一人だって?ちゃんちゃら おかしいわマスコミも(嗤)
アベシ以上に、見るからに陰気そのものだし、この人が、各国のトップと並んでるところを想像するのも厭よw
たぶん、ご本人も多少なり自覚してるだろうけどさww
「首相は、責任感が強いゆえ」云々の擁護なんざ、最近では、さすがに「無責任だ」という世論が高まってきていた昨今に、忖度メディアも、エセ世論調査の政権支持率をば、ちょびっと下げただけで、ぶるぶると震え、恐れを なしたアベシ自身が、側近どもの口を借りて言わせてるんだろうと察してたけどね、私は。
「病気で、正しい判断が できない」?
なに甘ったれたことを。
親は勿論、上司や同僚などの他人相手も、一般の庶民は、選べないことだらけのなかで生活してる。
「ブレーンが」云々言う擁護も大いに間違ってるよ。
まさに「類友」、自分のレベルに合った者が集まるもんなのですから。
だって、この国で首相は、人事権を握ってる、最高権力者なのよ?
もとは他人であった結婚相手でも、現代においては自分で好んで選んだはずなんだから、それは自己責任であり、
したがって昭恵さんは、アベシならではの、よく吊り合った嫁さんです。
アベシが、かつて自分で言い放ったとおりに、首相辞任だけでなく、議員辞職まで実行しないかぎりは、この人の「病気の深刻さ」なんど、大量の下血をも体験した私は、断じて信用しませんな。
ただ、
「脳腸相関」とか言うんだっけ?
私自身も、生まれつき、胃腸系が弱く、乳児の頃にも、腸の急病で、死の一歩手前まで行ったことが ある(自分では憶えてないけど)。
いまでも、体調が良くないときは特にだけど、
あたかも誰かに思いっきり、おなかを殴られたあとに残るみたいな深い痛みを感じることが多い。
そういうときは、なんとなく、惨めな心地がして、憂鬱な気分が募る。
実際に、殴られる痛みを知ってるだけにね。
なので、
腸の持病を抱えているというアベシも、首から下の健康状態より むしろ、首から上、メンタル面の弱さを感じさせるのは、そこも影響しているかも しれない。
近頃では、ハッキリ言って、眼つきからして おかしいと思っていたわ。
ほんとうに、この人が首相やってることに深刻な危うさを感じさせられたのは、そういう面での理由のほうが大きいよ。
もともと、思考力や精神面での脆弱さが あると見受けるしね。
まあ、要は、もとから どこか おかしいのよ、アベシは。
それにしても、
逃げるのは「今しかないと決断」だとさ(嗤)
ほんとに、この人は、どこまで、、、(呆)
やっぱり嘘と、同じことの繰り返しだった。
「2度あることは3度」とか言うけれど、今後は、一切、ゴメンだよ(怒)
2020.08.27 (Thu)
『自分を憎むとは、他人も憎むこと。』の続き。
ま、
あの、か~るい植松は、要するに「『生活保護』利用者を憎悪する『生活保護』予備軍」みたいなもんで、
植松自身が、ある種の精神的異常者の範疇だろうし、ゆえに、自分自身で、「死ぬべき存在」と断罪しなければ ならなくなった。
なんとも皮肉なことよ。
この異常なまでの軽薄短小・短絡にして俗物男を擁護するどころか褒めそやす連中が、「ヤフゴミ捨て場」にも溢れかえってたなあ。
「あんたは、いったい、いつ働いてんの?」
と不審に思うほど、毎日、一日じゅうを費やして、「ヤフゴミ捨て場」への有害廃棄コメント投稿に励みまくってるような者も夥しく居るしね(嗤)
それに、
他の犯罪だと、「どういう育て方したんだよ?!親の顔が見たい!」だの「親の所へ行って取材して来い」だのという声が湧いてくるのに、どういうわけか、植松の親に対してだけは、あまり騒がないときたもんで(嗤)
えらい差を つけてるなあ(嗤)嗤)
まあ、短絡的に「臭いものには蓋」とばかり、さっさと死刑にするばかりが有効策では ないはずだろうけど。
急いで幕引きするだけで、原因や施策の追究は、またぞろ後回しになるという弊害も あるだろうし。
でも、こういうところでも、「税金ガー」の連中が湧いてくるのよねw
駅の設備だって、ようやっと、視覚障碍者のことも考え始めたけれど、
もともと全く念頭になかった時代に出来た駅だから、「バリア フリー」設備を新たに備え付けること自体が困難だったりするね。
あげく、悲惨な事故が起きると、「障害者は、外へ出てくるな!」と言って はばからない。
『産経』系のブログ サイトで、そう言い放ってるブロガーを何人も目撃しましたわよ。
~
障害者が生きやすい社会は健常者も生きやすい社会なのだと感じる。弱いものに歩幅を合わせた社会こそがすべての人間にとって生きやすい社会なのではないだろうか。
~
そうそう。
ほら、「多目的トイレ」なんか、典型的よね。
んで、その、とっても融通の利くトイレで、「健常者」の男女がナニするのに利用してたとかね(嗤)
~
死を望んだALS患者の彼女は社会の重圧に殺されたのだと私は思っているし、もし彼女がもう少し生きていたら、違った未来が見えていたと思いたい。
~
さあ、それは どうだろう?
難しく構えて「社会の重圧」ってかよりも、
彼女の必死の要望に対して、医療担当者を始め、チームを組んでいたというスタッフ、周囲の人たちが、どれだけ向き合ってたのかな?
という疑問を、私は消すことが できないでいる。
いろんな記事やインタビューに目を通しても、そこは、ほとんどスルーされてるから。
もちろん、あのような特殊な難病だと、ケアする側も、負担は重いであろうことは理解してるつもりだけど。。。
まあ、「税金ガー」が出てくるたびに、その大切な税金をば、しょーもないことにムダ遣いしたり、私利私欲で横領したりしてきた『自民党』政権に腹を立て、
そんな悪辣な政党を圧倒的に支持してきた愚かな日本の国民にも絶望してしまいたくなる私だが、
今回の「嘱託殺人」事件で犠牲になってしまった女性については、なぜ、もっと違う所にいる人たちとのコンタクトへ進んで行けなかったのか、そういうところにも、疑問を持っている。
2020.08.27 (Thu)
自分を許せる人は、他人も許す。
ほんとかな?
うん、なかなか難しいね。
『障害者手帳をもつ私は「死んでもいい命」?「働かざる者、食うべからず」の日本は生きにくい。』ハフポスト日本版2020/08/26 11:56
(旧)『優生保護法』については、
私も、自分が成人してから なお長く残っていたことを知ったとき、かなり驚いた。仮にも『民主主義』の「先進国」たるもの、とっくに廃止されているとばかり思い込んでいたので。
さて、
このコラムの筆者さんにも、基本的として心得ておいていただきたいことを述べておこう。
まずは、生まれたときから『生活保護』というケースは、当然、養育者の事情からだろうが、ごく少ないんじゃないか。というのも、
『生活保護』利用している最中の人で、働きつつ、不足分を補填してもらう方法を とっているケースも多いし、
何よりも、
もともとは普通に労働して、
普通に税金を納めてきてた人が多いでしょう。
そのことを忘れているのか、それとも分かってないのか、カン違いしてる人が目につくね。
でね、
自分の仕事や社会生活が苦しいからって、『生活保護』などの、いわゆる「セーフティネット」という制度を憎むなんて、はなはだバカげてる、ただナンセンスなことなんだと、気づいていない人は、それこそ、
「そんなオツムだから、おまえさんは」
と、ふだん、「ネトウヨ」らが得意げに言い放つセリフを、私も吐きたくなるのよ。
「新型コロナ ウイルス」騒ぎで、職を失う人たちが増加して、必然的に『生活保護』を利用することになった人たちのなかに、以前は、利用者を悪く思い、ネット上で、蔑み、罵ったりしたことが ある人が いるのならば、ひとつインタビューしたいもんだわと、私は、以前のエントリー内で言ったけれど、
「生活保護を受けるくらいなら、死んだほうがマシ!」
と言い放ってた「ヤフゴミん」は、自分自身が、そういう情況に置かれたら、これは もう、さっさと自殺するしかないよねえw
「仕事」とは何か。お金を直接に稼ぐことだけが「仕事」たり得るのか。
~
障害者年金を受給し、そのお金でフラフラと買い物をし、遊びに行っているだけの存在だった。
~
若いうちから、ずっと そういう状態を続けているのだとすれば、さすがに、あまり良くはないと思うね。
この記事を お書きになった人が、実在しておられるのかも、私には分からないが、まだ若いかたのようでは あるし、直接に お金を稼ぐことばかりに拘って、ひけめを感じたりする必要は全くないけれど、
できれば、「ライフ ワーク」のようなものを見つけるとか、少なくとも、何らかの勉強に努めるほうが望ましいだろう。たぶん、いまは そうされているのだろうと察するが、
だいたい、『障害者年金』って、1級または、せいぜい2級までじゃないかな、「生活費」と辛うじて呼べるほどの額を支給されるのは。
この筆者さんは、親御さんのもとで生活されているそうだから、その お陰で、おせじにも潤沢とは言えない『障害者年金』を、買物や遊びに回せるのだろうかと思う。
でも、親御さんとて、いつまでも元気で、そばに居て支えてくれるわけじゃないからね。
まあ、「就職して、お金を稼げない自分は、自殺するべき」と思うのなら、それは他人に対しても、そう思ってしまうもんよね。「自己投影」ってやつね。
~
「自分は生きる価値がないのではないか?」という考えをなくすため、自分より劣っていると感じられるものを見つけて差別することにより精神の安定を保つのだ。
~
もちろん、そういう面も大きいのだろうけど、
なんと言っても、普通に真面目に、あるいは、頑張っても、全く報われず、なぜか生活は苦しいまま、まるで「ドツボ」に嵌まってくみたいな状態だと、「生きる価値」云々なんかを考える前に、どんどん疲弊していってしまうからねえ。
そもそも、いちおう人並みの条件で生きていられる者ですら、なんだかんだとシンドイのだから、人並みでない者の苦労は、人並みな自分の何倍と重いものになるはずという想像力が ないのよね。
私も以前に述べたように、親のエゴで、親が原因で背負った障碍を隠して就労したために、入社後になってバレては、
「迷惑だよ」「どうして、こんな人が ここに居るの?」
等々と罵られたことは何度も ある。
しかも、
障碍のことを承知しておいてもらったら、それは それで、
他の社員の何倍も こなせと押しつけられたり。
「あんたは障害が あるんだから、他の社員の3倍は頑張らないとダメ!」なんですと。
私、からだ弱いんですけど
まあ、なぜか私の場合は、なまじっか、面接時に買いかぶられちゃうんだわな(苦笑)
個人としての能力は低くても、まさに「親の七光り」的に、国家権力をも握った者が、悪行を繰り返しつつ、莫大な報酬を得ると。
現実は、そういう社会ですね。
【続く】
2020.08.25 (Tue)
『「改善」できないなら、敗北だ。しかし』の続き。
これまでのエントリーでも言ってきたように、
私は、自殺や自死という行為について、「意志」というコトバは使わない。
また、
「安楽死」という呼称に対しても、以前から疑わしく思っていた。
それは、
ほんとうに「安楽」に死ねるのだろうか?
という素朴な懸念からであるし、
そこのところは、「消極的」と付く「安楽死」ならば、すでに、国内においても実施されてきているという、
ならば、
「消極的」とは如何なる状態なのか、
「積極的」と付いた場合と、どう異なってくるのか、
そこを知りたいのである。
少なくとも、
「消極的」というレベルを実行したために、かえって増大した苦痛に耐えなければならないのであれば、こんな酷なことは ないと思う。
ところで、私個人にも、医師という立場の人からは、まあ、いろんなタイプが いるのは当然として、基本的には、やはり、患者を治癒、そこまでは いかなくても、少しでもラクな状態へと改善させることに、使命感や、やりがいを持っているのであろうことを感じる機会は あった。
とある医師は、もとは、一時期の母親の担当だったのだが、周囲の知人などからは、
「あの お医者は遠慮会釈なく、ずけずけと厳しい所見を言い放つ、怖い冷たい医者だ」
という、もっぱらの評判だったらしい。
けれど、私自身も、自分の病気の症状が深刻化しつつあったおり、その医師の診察と処方を受けたあと、再度の診察時、
「だいぶラクになりましたぁ」
と告げたとたん、
クールを絵に描いたような その医師の頬が、反射的に弛み、いささか ほころんだ表情になったのを目にした。
やはり、これが、医師の「本能」とも言うべきところなのだな、と思ったことだった。
刑務官の役割とは違うのだから、
これが本当の「医師の本能」とするところであるなら、
やはり、「自殺幇助」などが本懐となるはずもなく、
「積極的」と付く「安楽死」ともなれば、患者にとって、そのほうが、今後も生命を持続させる以上のメリットが大きいと確信できるほどでなくては、これも、たいへん酷なことでは あるまいかと思われる。
社会や制度、現状を、いつになったら「改善」できるのか。
答えを出せないのなら、ただ議論を避けるだけで やり過ごそうとするのは卑怯というものだろう。
現に苦痛に苛まれている患者当人にとっては、残酷なことだ。
ただ、危険性は看過できないのも現実。
ことに、わが国でも、「シネシネ大作戦」煽り屋連中が跋扈している世相だ。
どうやら、先回エントリーで言及した西部氏と、その「お弟子さん」やら、周辺の「右翼」「保守」勢力の影響が あるのだろうか。
それに対して、
「左翼」とか「ヒダリ」が どうこう、という揶揄の類も相変わらずで「ヤフゴミ捨て場」には飛び交っている。
じつに くだらないし、
苦しんでいる患者にとって、こんな虚しい話もないだろう。
「改善」できないのなら敗北だ。
しかし、
ケースによっては、乗り越えることが できない患者の苦しみは今、起きている現実である。
いつまで待てばいいのかも答えられない。
思い切って議論を開始するにしても、右や左の思想だの机上の理想論、偏った方向へ傾くことへの警戒を重々意識しつつ、
いろいろな側面や段階にての支障が あるようで、非常に困難な問題の一つでは あるが、
すでに実行している『スイス』などの国々における実態や起きている問題点なども調査して炙り出し、慎重に吟味する要が あろう。
ここも また難しい点だろうとは思われるが。
手を拱いているうちに、また次の類似事件が起きる恐れは、念頭に置いておかなければ ならないだろう。
このままでは、悲痛な犯罪の歴史が、また1ページ増えることになる。
「改善」できる社会への希望を捨てないという輝かしい旗を、どこまでも高く差し掲げて進む人々の姿勢は理解できるし、私個人としても、基本の足場は、そこに置きたい。
しかしながら、その旗だけを見上げていて、足もとに横たわっている人の苦痛を、視野から締め出したくは ない。
だいたい、どこか矛盾を来しているのでないかと思えるのは、
現社会の「負の面」に呑み込まれてしまう危険を、つよく警戒するばかりであるならば、
本音では、この社会を信用するには足りないと思っている疑心が、
そして、自分たちが敗北するかもしれないという、自信のなさが あるからでは ないか?
諦めない希望と裏腹な、その疑心と自信のなさは、どこから来ているのか。