2020.05.24 (Sun)
ネットを利用した「精神の殺人者」ども。
ネットは、「間接的殺人」のツールなのか。
パソコンをプライベートで使うようになったのは、私の場合、世間一般よりも10年ほど遅れたという話は、当ブログでも何回か述べたことが あるけど、
それから間もなくして、
このブログにもコーナーを設けてあるように、「カルト連」と名付けた連中からの、わけワカメな誹謗・中傷・攻撃を寄ってたかって(多分、いわゆる複アカも多かった)受けるハメになり、「ヒール」呼ばわりされ、もちろん、「消えろ」も言われた。
「専門家」「研究者」を自称する(詐称だということが すぐに分かるほど、程度の低いこと言ってたけどw)者からは、「双極性障害」だ「統合失調症」だと、さも尤もらしく、幾つもの精神病名を付けられたよ。
むしろ、あの連中のほうが、何かしらの精神的治療を受けなければならない立場だったらしいけどねw
たとえば『自己愛性人格障害』でカウンセリングしてもらってるとか。
誠実さのカケラもない、何が理由か知らないが、ものすごい悪意と劣等感のカタマリみたいな連中だということは察していたけど、それでも、どうしても、こっちは厭な気分になる。アタリマエだ。
しかもね、
それを目的にしてるんだよ、あの「カルト連」つうのは。
なにも軽い気持ちでやってるわけじゃないのよ。
その頃から、冒頭の指摘を、私は繰り返し訴えてきた。
なんせ、まさしく「魑魅魍魎」「多勢に無勢」なんだからね。
最近、女子プロレスラーで、『テラスハウス』たらいう番組にも参加していたという若い女性が、どうやら、ネットの誹謗・中傷・罵倒を苦にして自殺したらしいんだけども、私は、ああいう番組には興味が薄く、
そもそも、テレビ自体を見(れ)なくなってるから、詳細は知らないんだが。
「ヤフゴミ捨て場」のオーサーさんたちも、何かカン違いしていて、毎度のキレイごとばかり、判を押したように言ってるけれど、
ネットの誹謗・中傷・罵倒というものは、かなりの割合で、
本気の悪意マンマン剥き出しだったりするんですよ。
私なんかは、ある意味で単純な性格なんだろうけど、自分一個のネタミやヒガミなんぞを、自分よりも弱い立場の者に ぶつけようとは思わん。
そんなことして、いくらかでも気が晴れるだろうとは、とうてい思えないから。て言うか、
そんなことで気が紛れるような程度の苦労じゃないから。私にとっては、時間のムダ遣いでしかない。
真っ向から批判するべき対象は他にいるし、
その対象が、現に目の前にいるのなら、やはり、言うべきことはハッキリ言うほうの性格です。
自分よりも強い者にこそ言うべきことを、どうしても言えないのであれば、それは自分が悪い、と割り切ってしまうので、腹に溜まったものを、自分よりも弱い者に ぶつける理不尽を しなくて済むわけ。
身勝手な鬱憤晴らしのために八つ当たりとか、そういうことを やる者が いる、それは事実、(親にも、そしてネット上で遭遇した連中からも)やられてきた側の体験として、よく知ってるけれど、いまだに、よく理解できないでいる。
だって、
自分自身が、筋合でもない、自分より弱い立場の者に、「正義」という名の八つ当たりや鬱憤晴らししてみたところで、それによって、自分のなかの何かがスッキリできるとは、とても思えないし、それどころか、
かえって、自己嫌悪が募ると思うから。
おそらく、それは、やった側にも真実なんじゃないのかな。
だから、やれば やるほど、もっと陰湿に、もっと暴力度合が高まっていく。
これは、家庭内で、子を虐待していた親にも見受けられる現象よね。
要するに、アディクトしてるわけで。一種の「依存」なのだ。
他者や国民が苦しんでいることに無関心な者や、自分が犯した間違いや罪を、自分より弱い者に押し付けて、そうすることで、自分だけは良いほうに回って済ませようと図るのは、まず「自己愛性人格障害」か、あるいは、何かが欠落しているのか、または、その両方だろう。
こういうのが親になったり、
ましてや、政治の世界に入っちゃいかん。これも何度も言ってきた。
でも、異常なくらい自己愛が強いわけだから、そりゃあウヌボレも凄い。
ただし、そのウヌボレは、往々にして無自覚な「劣等意識」と「被害意識」を背中に貼り付かせている。だから、始末が悪い事このうえないの。
そりゃ、自分は可愛い。だから、
何気なく悪気なく やってしまったことで、思わぬ側杖を傍に喰らわせてしまい、それを注意されただけでも、多くの人は、反射的にムッとしてしまう。それくらい、自己愛は強く備わっている。
当人ばかりが、自分の得手勝手は、それを やる権利が あるんだと思い込んでるから、悪びれもせず、ひらきなおる。
その思い込みの裏に、大概、「逆恨みの心理」が あるから。
そして また、この逆恨みの対象は、自分が勝てそうな相手なら、見境が ないときてる。自分の子でも、国民でも、あかの他人でも。
今の政府ツートップも、そうでしょう。
自分にとって役に立つか、自分よりも強い者には媚びへつらい、その分、底辺庶民を見下して苛めている。
この国では目下、内面性で何か欠落しているのか、弱い立場に追いやられている国民の苦しみが豪も想像できない酷薄な者が、よりによって、為政者としてトップの地位に就き、悪政を振るっている。
それにしても、
テレビ ドラマ等で、悪役を演じている俳優などを、その私生活でも悪人なのだと思い込んでしまう人々って。とある女優さんだかタレントさんが言ってたのを憶えているのだが、
テレビ局内の お手洗いなどで遭遇した、お掃除係の人に、なぜか睨まれたり、道端で、通りすがりの人が近寄ってきたと思ったら、急に罵られたりとか。
実際、いいトシしたオトナなのにだよ、
ということを、これも旧のブログか過去エントリーの どこかで、私自身も呆れつつ指摘したけど、昔から、変わらないのかね。
そうかと思えば、善人の役を演じたら、これまた、たちまち真逆の反応になるんですってさ。
この幼稚さ。。。
そりゃあ、バカな政治が罷り通るわけだ、やっぱり日本人全体に、バカが多いのか?ちょっと信じられないというか、信じたくないけど。
他の国では、どんな傾向なのかな。
まあ、国民全体に、知的レベルが低めというと、それは「発展途上国」のイメージだけど、近頃はアメリカでも、バカっぽさが堂々たる感じになってきてるもんねw
テレビ番組の「コメンテーター」なんてコジャレた感じの呼び方が なかった時代でも、ニュースや政治関係の話題に口を挟むゲストという役割の出演者は、いまと同じように並んでいたけれど、一般家庭にも普及したパソコンやインターネットは なかった頃、たしかに、「双方向」といったような現象は、ほとんどの場合は、概ねは起き得なかった。
ただ、読書なんかも、一方的情報の典型的なカタチのはずなのに、テレビやネットのような問題は起きにくいよね。むしろ、読者の内側で、書き手との豊かな交流が静かに起きていると言えよう。
むかしは、テレビの出演者に向かって返事したり、勝手に しゃべったりする多くの視聴者の姿が、世間で よくある笑える現象みたいに扱われてたけど、
うちの母親なんか、テレビのなかで、気に入らないことを発言した人に、というのは、傍から見たら、どこまで行ってもテレビの画面に向かって、という光景でしかないのだが、
それこそ一方的に、
「おっさん(おばはん)、何アホなこと言うとるんや!ひっこめ!!
」
とか怒鳴ってたけどな(苦笑)
親父なんかは、すでに言ったことあるけど、戦争映画で、(旧)日本軍が負けこんでる場面なんか見たら、顔色変えて怒鳴ってたよww
最後に、もう一度、言っておこう。
「それを目的にしている」
という指摘を先述しておいたが、私が非常な迷惑を こうむった相手連中からは、本気で、
「死ね」
という悪意を感じたよ。
ええ、
ハッキリ「首を吊れ」と言いたかったみたいよ。
というか、言ってたようだ。まあ、遠回しな言いかたでは あったけど。
ま、からだも弱いし、生まれながらに様々な苦労を重ねてきた私ですから、ともすれば、かんたんに くずおれてしまいそうな、綱渡りの危うさをも抱えてきているけれど、そこは、なんせサバイバーですからな、くだらん連中だと分かったら、以後、どーでも いいのよ。
若い頃は、クソ親父を どうにかしてくれようと思っていたけれど、このクソ親のために苦労した自分のほうこそがブタバコ入りになるのは、いかにもアホらしいと思い直した私ですわ。
というわけでね、
けっして「軽い気持ち」で、とかいうのじゃなく、悪意でハチ切れんばかりなのよw
「誹謗中傷された相手の気持ちを想像して」なんて、
心理学の専門家さん、甘いよ甘いww