2014.07.21 (Mon)
私は、かねがね、かつて、わが国が占領していたというアジア各国の、特に高齢にさしかかった世代の人々の、いまどき日本人顔負けな流暢さで話す日本語の見事な的確さに驚くばかりだったのだが、
戦時中、日本が占領した各国・各地域において、「同化政策」だか何やらで徹底的に日本語を叩き込もうとしたということ。あれってのは、
現地民の教育のためとか崇高な目的なんかじゃなく、
単に、自分たちに分からない、理解し難いコトバを話されると、現地民にスパイされるかも、と心配だとか、あれこれ疑心暗鬼になってしまうからだったんだな。要するに、現地支配と同時に、自分たちを防御するための軍事戦略の一環。
こんだけ狡猾に立ち回ってて、それでも負けたんだからなあ。。。![]()
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私も、最近まで、よくは分かってなかったんだけども、沖縄の人の話で、あらためて知った。
そう言えば、
内海愛子教授が、インドネシアだったかの事情について、当時、同様なことがあったのを説明されていたのだった。
2014.07.21 (Mon)
やれやれ、えらいことで。![]()
一般の人たちのなかでも、
「集団的自衛権を行使できないと、安倍首相が言うとおり、あれが できないだろ、これも できない、だから喫緊に!」
と言い募り、嗾け騒ぐ「安倍信者」的、自民党シンパの多数の手合いに対し、
「それらは、従来の個別自衛権の範疇!」
と根気強く言い返し続けてきた人たちもいる。
「限定的」だから、という言い分も、海外では、また、実際の現場においては尚のこと、とうてい理解され得まい、ということも。
ただ、私なんかも含めて、多くの国民が、いまの政府にいだく最大懸念は当然のこと、
このうえにも、もっと もっと
「なしくずし」を やりかねない
ということなのだ。
なんせ、「ナチスに学べ」の体たらくだもん、あの政府(嗤)
自民党の(そろそろ息の根を止めてやらないと!w)やりくちというものは、ほぼ「一党独裁」的長年の経過のなかで あきらかなことだけど、
安倍政権は、特に酷いから。
こういう予測からくる不安を、「感情的に見える」なんて、私には、ちっとも思えないよ。
むしろ、こういう危惧意識を持たない「安倍信者」連中が言う「お花畑」なんざ、まさに「ブーメラン」的セリフだろが(嗤)嗤)
こないだのエントリーでも触れたように、
言わばメタ概念としての「自衛権」のなかに、「個別」「集団」というシチュエーションでワザワザ分け目を入れたのは、そもそも、「自衛隊」を設置しようとした時点からだったのだろうかと思うけど。
つまり、「伏線」。
『国会質問で見えてきた集団的自衛権論争の核心部分』
2014年07月19日
http://blogos.com/article/90858/
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閣議決定で「集団的自衛権」と呼んでいるものは、実際は個別的自衛権と集団的自衛権が重複する領域にある事象で、今回政府はそれを必死になって探し出し、それを集めたものを無理矢理「集団的自衛権」と呼んでいるだけであって、実際はこれまでの個別的自衛権の範囲を一切超えるものではないと~
~
実際に安倍首相や岸田外相らは、自分たちの勝手な理解に基づく集団的自衛権容認論を海外で大っぴらに喧伝し始めている。内閣法制局と公明党幹部の間の阿吽の呼吸などというものが、外国政府との外交交渉の場で通用するとはとても思えない。官僚が悪知恵とも呼べるような手法で、政治家の要求と法律との整合性を保てるような玉虫色の解を出して、とりあえずはその場を収めることができたとしても、その効力はせいぜい霞ヶ関から半径1キロの範囲程度にしか及ばないだろう。そして、何よりもまず、主権者である国民がそのような法律家たちの解釈を共有できていなければ、何の意味もない。
~
確かに法律家の目から見るとそれが真実なのかもしれない。しかし、両日の安倍首相や岸田外相の答弁を見る限り、政治家の多くはあの場で横畠氏と世の法律家の間で交わされた暗号通信の意味を正確に理解していないことは明らかだ。恐らくそれは質問をしていた岡田克也議員や福山哲郎議員についても言えることだろう。だとすると、いくら官僚や法律家が法律の専門的な知識を駆使して、実際は解釈改憲とは言えないような代物を作っておきながら、解釈改憲と言いたくてしょうがない政治家には「解釈改憲をしたと言っても差し支えはありませんよ」と甘言するような二重構図は非常に危険と言わねばならない。
~
(文字強調は当ブログ主による)
だ・か・ら、
「危険」なのは、多くの人が指摘してきてるっつうの。
なに勿体ぶってんだろ、このオッチャンたちw
「重複部分」について呼び名を反転させた程度に過ぎない、ってことかいな。
べつに目新しい話でもないぞww
で、
「内閣法制局長官」っての、いまは特に、安倍さんの息が大いに かかってやしませんのかね?w
安倍さんらは、なぜ、「解釈改憲!!」と言いたがるの?ww
先日も外遊先のオーストラリアで、
「これから日本は、いままでよりも、もっと、いろんなことが できるようにさせてもらいますんで」
とか言って、ちゃらちゃらゴマすってきたってんでしょ、安倍さんはww
その分、
中国、また韓国との関係も、ますます不必要に悪化させてるし。。。
いったい、どうするつもりよ?![]()
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やはり課題となるのは今回の「疑惑の解釈改憲」に基づいて、実際の法律の整備が行われる時だろう。もし今回の閣議決定が横畠長官が答弁したようなものだとすれば、新しく整備される法律は個別的自衛権の範疇をはみ出すものは一切できないということになる。そのような法律家の認識を前提として法案審議が行われるか、現時点では内閣法制局官僚の手の平の上で踊ったような形になっている政治家が主導権を握り、自分たちの理解する閣議決定の解釈に則った法律を作ってしまうか。そして、それをメディアやわれわれ国民が許すのか。今、それが問われている。
ちょっとちょっと。
「個別的自衛権の範疇をはみ出すものは一切できない」のに、それで、いったい、なにを「新しく整備」するわけ?
こんなナンセンスな話は ないよ。
まさに「税金ムダ遣い」国会でしかないじゃないか![]()
その実は、「踊らせて」もらったフリ、ってことじゃないの?
どいつもコイツも、一般国民を誑かすようなことを していいと思ってんだ![]()
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で、先にアップした、このエントリーで とりあげた、(もと産経記者)木村正人氏のコラムを読むと、ますます苦笑が こみあげてくるわ;
『ついに、出たw』
それにしてもさ、
木村氏のコラムで言う「道徳的権威も失墜し、システムも壊れ」
そんなアメリカの代わりを張って、再び、アジアのリーダー気取りで?
フィリピンやらベトナムやらと つるんで、日本が矢面に、
で、どうなるっての?w
そうして日本が窮地に陥った時には、フィリピンやらベトナムやら、あのあたりの国々が束にでもなって?どれだけ助けてくれるわけ??(嗤)
2014.07.20 (Sun)
まあ、なんだ、
「私の性器は猥褻ではない」
と言うが、司法、警察としての判断に、「私の」「あなたの」「あの人の」は全く無関係だってことなので(苦笑)
『差別の思想では表現は守れない』
赤木智弘2014年07月20日
http://blogos.com/article/90860/
~
彼女は、男性器柄の靴下を履いていた。それは彼女の作品ではなく、一般的に販売されているものではあったが、それを履いていることに対して、「これには男性器を踏んづけているという意図がある」とおっしゃっていた。
ろくでなし子の表現は「自分の手足と同じように女性器を描く」ということで、そこにわいせつの意図(法的なわいせつの概念とは異なることに注意)がないということは、大変わかり易く明らかである。一方で、この女性の表現は男性に対する暴力性や差別性を含んでいることも明確である。ならば北原の考え方をそのまま女性に適用すれば、この女性の表現は当然、規制されるべきということになってしまう。
もちろん、僕はこの女性の表現が規制されるべきとは考えない。なぜなら、そうした暴力性や差別性を表現することも含めて、芸術の役割と言えるからである。また、そうした暴力性や差別性は法に触れない限りは許容されるべきである。暴力性や差別性という意図を規制することは、個人の思想の自由に、国家権力が土足で踏み込むことにほかならない。
~
今回は北原の近しい人が逮捕勾留されたことから、北原に対して表現の自由を主張してほしいという意図で近づくメディアもあるだろう。しかし、彼女の意図することは、メディアの意図とは真逆の表現規制であり、また女性性を言い訳にした表現擁護、すなわち男性に対する性差別を積極的に行う人物であるということを意識する必要がある。
~
「これには男性器を踏んづけているという意図がある」
パフォーマンスなのね。
あくまで私個人としては興味がないことだし、どうでもいいんだけど、
肝心の話題、「自分の手足と同じように女性器を描く」。
なぜ、今回、あえて手足ではなく、女性器だったか。それも、お金と交換に。
「寄付」なら寄付で、よけいな引き換えしなくていいと思うのだが。
すると、「寄付」金の集まりが振るわなくなるのだろうか?やっぱ、なんかヘン。
「暴力性や差別性は法に触れない限りは許容されるべきである」
つまり、法に触れさえしたら、許容されませんw
だったら、法を つくったもん勝ちだww
どんな人も大概は、自分は、まずまず普通の感覚の持ち主だと、なんとなく思ってるでしょうし、
(普通は大多数が)共感でき・納得できれば、法を設けられやすい、
そうでない場合、これを法とするとき、往々にして(広範囲に)暴力および暴力的なことが起きる。
「教育」だって、そうでしょ。
女性全体への暴力性という長い歴史の経緯と問題告発、
それに伴う、新たな、また様々な暴力性。
さっき、「ガザ」空爆に関連してイスラエルと、アメリカを中心とする国連の問題を論じたコラムの内容も連想した(苦笑)
『ついに、出たw』
「そうした暴力性や差別性を表現することも含めて、芸術の役割と言えるからである」
表現に及んだ時点で、それ自体で、たちまち暴力性を帯びるという現象は、あきらかにあるのではないか。
見るのも厭ってこともある。ごく繊細な人だと、吐いちゃうことすらあるでしょうし。
「児童ポルノ」にしても、こっそり秘かに一人で楽しんでいるうちは、そりゃ勝手、自由だよ。
でも、このことは、私の旧ブログでも指摘したことがあるけど、
男性は、どうも、特に視覚から受ける刺激に、たいへん敏感なようだ。
子どもは、真似をするのが大好きだ。
で、
子どもっぽい男ほど、はた迷惑な性犯罪に走りやすいのではないかと(爆)
ところで、えー、私の「宣言」としては、もう数年も前に、また、旧のブログででも言っちゃってるんだけど、、、
「芸術」「表現」ナンボのもんじゃい!つうw
「アーティストぉ?なんか偉いの?」つうww
ただねえ、
これも数年前、旧のブログにて取りあげた、
キューバの往年のプリマ バレリーナが、インタビューで述べた、
「芸術とは、人の心を豊かにするものです」
これこそ、端的な答えだと思う。
さて、私は、こういう絵を見るとき、いつも少し身構えてしまうんだけど(笑)
それでいて、この絵には、いかにも陰惨さ充満のなかに一種の美(それは、元になっている絵の古典的端正さから否応なく自然と引き継いでいる効果かもしれないが)、それゆえに抗い難い引力も感じるのである。
このように感じる人は、世に少なくは ないだろう。
なので、まちがいなく世界の名画の一つになっているのだと思う。
Francis Bacon『インノケンティウス10世像による習作』
2013/3/20 日本経済新聞 電子版
2014.07.20 (Sun)
きのう見かけた「やふコメ」では、ついに、
「日本をアメリカの一部にしてもらいたい、かねてからマジで訴えてきました」
とかいう投稿者が いたよぉw
とうとう、ここまで極まれり(爆)
ま、そうなったら本当に「アメリカの沖縄」だと言いますか「ハワイ」だったらステキと言うか?w
あ、そうそう、天皇家は、せいぜい一領主の身分として残してもらえるのかしらね??ww
もしかしてアメリカの沖縄?しかも「使える」自衛隊付き日本。(続き)
ところで、この↓記事を
『ガザで地上戦に突入~ 私たちが今ここでできること』
2014年7月19日
伊藤 和子|弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長
http://bylines.news.yahoo.co.jp/itokazuko/20140719-00037531/
読んだあと、
今度は↓こっちの記事を読んでw
『第一次大戦開戦100年にみる中国の宣伝工作の巧みさ』
木村正人2014年07月17日
http://blogos.com/article/90667/
この↓記事も読んだら、もっとオモシロいぞぉww
さすがは、もと産経記者(?)
『ドイツ二重スパイ オバマに泣かされ続けのメルケルがブチ切れ 笑うKGBプーチン』
木村正人2014年07月11日
http://blogos.com/article/90273/
2014.07.19 (Sat)
おひとつ、いかがぁ?![]()
あ、お饅頭じゃないですよ~(笑)
『「私の身体はわいせつじゃない」釈放された「ろくでなし子」さんが会見』
2014年07月18日
http://www.bengo4.com/topics/1821/
個人的には、どっちか言うと、正直それほど興味がない話題なんだけど、、、
記事見出しチラッと見て、
「お、とうとう出たかぁ3Dでw」と思い、
最初は、タイホされちゃったという、くだんの女性に対して、
「自分で『ろくでなし』つって世話ないわねw『イタイひと』ってやつかなー。ずいぶん、性的なことでコンプレックスがあるんだろうか?」
という印象が湧いた。
ことさらに芸術家だとかアーティストを名乗りたがるタイプってのは、意識的あるいは、そうでなくても、俗な価値観に囚われやすい、いわゆる人格障害者に特に多いみたいなんだが。
なぜなら、
女体とかセックスとか性的なこと一般も、俗世間においてリッパな商品的価値であり、一種のバリューというものを強く持つからね。
「わたしは『セックス依存症』なんです、と、何カン違いしてるのか、必要もなく唐突に、さも自慢げに自分で言いふらすひともいたくらいだ。
記事本文を読んでみても、その女性の「作品」自体には、あまり興味なくて。
でも、「作品」の一つが視野に入り、それを見たかぎりでは、「猥褻」とか言うよりは、全然アッケラカンな雰囲気だわなw
ま、「猥褻」さということの指標に、「劣情」を催させるとかいうのであれば、ああいうのは、どうなんだろか。
どうもビミョ~だと思うがなあ?ww
「猥褻」「劣情」というものは、隠微な淫靡、隠す、「チラ見せ」ということの裏に往々伴う「罪の意識」「うしろめたさ」が、少なくとも一方の側に存してこそ盛り上がるんでw
あっぱれ青天白日のもと
なにを隠そう、
「まる出し」の「おっぴろげげげ」では、ハナから色気なんてないでしょが(笑)
かく言う私自身も言われたことあるけど(苦笑)フンッ![]()
男性と女性では、多かれ少なかれ、感覚が違ってくるだろうと思うし。
「芸術」なんだから、こう受け止めてほしいの、そういう感じ方は許せないのとか主張したって、しょうがないやね。
まあ、くだんの女性のような やりかたは、一つの文化系を破壊する所業とは言えるのかも(爆)
現金もらった相手にホイホイ配るというのも、「芸術」作品としてビミョ~に感じたし。
男性と女性とで、こうした異性の局部コピー作品なるものを購入するひとのデータ分析でも してみたら、たぶん、大幅に差があるんではないかなと推測するんだけども。
たとえば、女性の局部コピー作品を入手したがる一般的男性と、男性の局部コピー作品を入手したがる一般的女性と比べたらね。
ついでの話題。
「子授けの湯」
だとか、「淡島神社」などで祀られてある「男根」像というのは見たことあるけど、
世に「子宝飴」なるものもあるとは、
うぶな?アタクシ、きょうまで知らなくてーw
画像とか見て、ああ、なるほどね、とww
あたくしと同じくウブな かたは、そっと検索してみてね(笑)
でも、昔からある、こういうものになると、むしろ、切実な思いの こもったもんだよねえ。
いやらしーわ!とかマジで怒る向きもいるのかしらん??
私は、あまり大きくしないでwふつうに、おいしかったら、それでイイww
公衆の面前でペロペロするのは、さすがに避けちゃうだろうけど(笑)
Balthus(1908-2001)『夢見るテレーズ』(1938)