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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2014.11.18 (Tue)

世の多くの者たちの記憶に、若くして美しいままの姿を鮮烈に残し、それが悲劇的経緯であるほど、あっけなく去っていった者は必然的に、イコンの一つとなる。

 

カストロ氏も また、大いなるカリスマの一人ではあるが、ゲバラのようなタイプの「イコン」となるには、あまりにも しぶとく(笑)強運だ。
しかも、
当然と言うべきか、さすがのゲバラですら呆れるほどの楽天的前向きな情熱家だった、こういう人だからこそ、ゲバラも、彼にトコトンつ
いて行こうと思えたのだろうけれど。

 

いまでは、すっかり年老いたカストロ氏が、若き激動の日々を共に過ごした大盟友チェ・ゲバラについて、老体に鞭打つごとくに熱く熱く語っているのだが、

頭のキレる大物は、やっぱり言うことも言いかたも違うなあと感じ入った。

 

その回顧演説のなかでカストロ氏は、およそ戦略というものにおいて、
また、それ以上の諸次元においても基本的に欠かせぬ普遍的重要事として、非常に鋭い指摘を、簡潔かつ平易に述べておられる。

 

 

その昔の「泣く子も黙る」コンキスタ  ドールスたちによって、苦しい境遇へと追いやられた先住民の人々と共に立ち上がったのも、かつての征服者たちの子孫でしょうに、

カストロが倒したバティスタには、先住民の血が流れてたらしいのだから、歴史の皮肉と言うのか何と言うか。

 

 

 


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Updated   
2014.11.16 (Sun)

このところ、体の不調が回復せず、ほとんど動けないなか、ブログ更新する気にもなれなかったが、Yahooの無料サービス動画配信で視聴できるというので、以前から関心があった『モーターサイクル南米旅行日記映画化作品を、気分転換を兼ねて、見せてもらった。

 

ゲバラという人物について、私の子ども時分、テレビのドキュメンタリー番組でも よく とりあげられていた記憶があり、大いに興味もあって、彼に関する様々な記事を、おりおり拾い読んできたものだが、なかでも、長期の南米旅行へ繰り出した若きエルネストが、必要な試験のため、ろくに準備も勉強もできていないのに かかわらず、大学へ戻って受けた結果がトップ クラスの成績であったということを述べていた記事もあり、本当に優秀な人というのは、こういうものなんだろうかと、つくづく感心したのを、旧のブログでも述べたことがある。
(ちなみに、そのときは、「アタチュルク」(
ムスタファ・ケマル・パシャ)も話題にあげた。)

 

常に、考えた通りに行動してきた」と言うゲバラ

これは単純なようでいて、貫くのは大変に困難な生きかたであるのは、多くの人が痛感していることだろう。もちろん私も、その一人。

考えた通りに行動してきた、そう言い切れるゲバラは、やはり、稀有の人だったと思う。

しかし、エネルギッシュだねえ。持病とかは関係ないんだ。

それで、
なるほどの「英雄、色を」なんとやら、まあ、なんと言ってもゲバラは、ラテン男らしいハンサムだしな(笑)

いまさっき、動画で、生前の彼が演説する姿を見てみたが、なんと言うか、情熱的で真摯ななかにも愛嬌がある。

 

原爆の被害を受けた日本のために、怒ってくれたゲバラ。

 

その日本のありさま、なかんづく政治は、最もゲバラの精神から遠いじゃないか!(とほほ;)

 

ゲバラが説いた「革命精神」なるものの神髄は、究極、たとえば、釈迦が説いた仏教の理想とも通じていくものがあり、興味深いところだ。

 

こういった類の、ごく近い時代に生きていたながら、いまでは歴史上の、と言うべき、なかば伝説めいた人たちを思うと、
しかも、その数奇な激動の人生が、殺されて終わったことも少なくないという つよい印象があることから、今回の『モーターサイクル ダイアリーズ』でも、最後に、「CIAに殺された」、というアカラサマなる字幕を見て、また少し考え込んでしまった。

私は、殺したのは、ひとりCIAだけでは ないのだろうという気が するのだが。

 

 

映画のほうを先に見てしまったので、まぁ、順序が逆になってしまったかもしれないが、今後、原作を読んでみたい。

 

ちなみに、

ゲバラは、
ばか正直
だったそうな。ここだけは!私とも共通しているようだ。(爆)

さすがに、映画を見ていたかぎりで、いかに私でも、ゲバラほど極端ではないぞぉ、と思ったけどさw

【追記】
emojiゲバラの愛したキューバ国民に栄光あれ!emoji

 

 

ところで、
私は、もともと、アラブ系やインドあたり、はたまた沖縄民謡なども、なんとなくムシが大好くんだが、

(うちの親父なんかは、沖縄民謡の音階に理解がついていけなくてキモチわるい、とまで言い放ってたけどw)

今回エントリー本文に、「アタチュルク」の名が あがったところで、トルコつながりということで、いとも単純なオマケ。

最近たまたま、「ユーチューブ」にて知って、なんとなくハマった音楽を。

だいたい、このあたりの音楽には、特有のコブシまわしなどに、日本の民謡その他の源流性が感じられるし、ここで紹介する歌は、たぶん、あちらの歌謡曲と言うか、まさにド演歌という感じ。

 

しかし、フシギな歌いかただなあ。。。

ためしに、あちらの男性歌手のも聴いてみたんだけど、ここまで独特な感じは なかったよ。まずまず普通な歌いかただった。

なんだろ、、、女性だからこそというので殊更、情念たっぷりに表現してるってことなのかなあ?

ま、聴いてみてくだされ。いっぺん聴いたら忘れられないくらい、すごい強烈だよ。動画もオモシロい。

 

       “DILENCISIBEL CAN

     


Updated   
2014.11.05 (Wed)

このことも、以前から何度か言及してきたことの一つなんだけど、

なにしろ、「天皇」という、一種の「(空洞の つくりなってるヒトバシラ」的制度を いただいてるかぎり、村上春樹さんも御指摘の「責任回避」性癖を持っているんだという自覚を持てないままでしょう、日本人は。

 

こないだも、元長崎市長だった本島氏が亡くなったという記事が出て、「顔本」あたりで、何やら、
「敗戦責任を、天皇陛下お一人に全て背負わせるのはイカン、日本人全体で背負うべき」とか演説してる、ガチうよのイミフなコメント見かけたけどw

 

 

ああ、でも、再び ことわっておくけれど、
私個人は、天皇制廃止とかを強硬主張する気までは ないよ。

あくまで、この制度によって齎される実際的メリットが少なくなく、概ね国民は満足を感じていて、
なおかつ、天皇と彼ら皇室も、さぞ、おシンドイでしょうのに、存続を希求されてるというのであれば。

 

まあ、これも一つの独特な歴史文化形態ではあろうし、ほとんど実質の乏しい形骸に過ぎないとしても、現代に生き続ける「神話伝説」の体現、と言うよかは、
「くーき」(←鼻声w)
で出来てる的存在とも言えよう。

さて、そこで、だ。
「天皇」なる存在に、いったい如何なる本質を求めているというのか、
ここのとこをサッパリ分かってないのを、自覚できないままでいるらしいのだ、当の国民たち多くが。

そりゃ、自覚できたら、たちまち恥ずかしいはずなんだがなあ。


最上辺と最低辺の共通性。

 

 

村上春樹「日本、戦争を起こして責任回避」
中央日報日本語版114()810分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141104-00000001-cnippou-kr



Updated   
2014.11.05 (Wed)

周囲の大人たちは、夢にも思わず、

報道筋からも、カケラも見えなかった頃から、

共産主義ならびに一党独裁の限界性を見抜き、あのソ連崩壊を予感していた小・中学生時代には、誰に一切、強制されもせぬのに、

親が、「毎年1ヵ月は、ロハ月間」との契約で、勧誘のニイチャンに泣いてもらってw購読していた右系新聞ただ一紙だけを丁寧に読み、

テレビはというと、ニュースやドキュメンタリー番組を中心に視聴していた、あの頃の私は、国際情勢にも少なからぬ関心を備え、

「安全神話」を着々と築きあげる政策の ただなかにあった、原子力問題にも危惧意識を抱いていた。

 

トシ喰った今現在の私なんかよりも、よっぽど、アンテナを広く研ぎ澄ませ、鋭敏だったのかと、われながら思う。(そりゃ、クラスで浮くわな;w)

 

 

で、聞いた当初から、はなはだ違和感ありまくりだった

ネットで真実を知った

なるコトバ。

最近、このことを、よくよく考えてみた。

 

違和感の原因は、すぐに思い当たった。

 

それは、

たとえば、大学の授業や大学院で用いるような専門的なテキスト等は、大学進学しなかった私には、よほどの切っ掛けと関心を得たとき、書店なり図書館へと趣き、人に尋ね、探すしかなかったのだが、

ネットを積極的に利用し始めてからは、たしかに、それ以前なら、まず、めったと読むことも目にすることもなかったような、実に様々なジャンルの、硬軟とり混ぜた記事に、容易に接する機会は格段に増えた。

 

だが、

あの12歳前後からコツコツと培い、あるいは、おのずと直感・直観的に蓄えてきた私なりの思想的なものの骨子自体は、ほとんど変わっていないことに気づいたのだ。

 

 

もっとも、

あまりに荒唐無稽の陰謀論なんぞを盛んに振り回していたり、

スピリチュアル系伝道者気取りの胡散臭い書き手だと、始めのうちは、ある種の滑稽味を覚えて、ニタニタ嗤いを もよおしながら眺めたりもしていたが、じきに、それにも飽き、

特に「2ちゃんねる」系サイトだの「ウヨ」系の与太ブログだのは、最初からスルーするのが基本なのだが、

そうして、いまや、

「右」の人々からは、「おのれ、左だな」とて罵られ、「左」の人々からは、「ふん、右なんだろ」と軽侮されるに至った私が いる。(笑)

 

 

Updated   
2014.11.05 (Wed)

「弊社への感謝で十分」=中村氏の関係改善呼び掛けに―日亜化学
時事通信 114()133分配信

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141104-00000064-jij-soci

 

ぎゃっはははー(爆)

 

 

 

 

日亜が一枚上手だね

という、ありがちなコメントされてる人が いたけど、

そうそうwそうなの。

 

あの「カルト連」も、ぜーったい、そう言うところですわww

必殺遠まわしの術駆使しまくりだったもんなあwww

 

 

かく言う私自身は、勤め先に自腹切るのもあまり気にしないタイプだし、中村氏も日亜さん側も、そのどちらにも、もし、これが自分だったならば、たぶん、こうは しなかったろうなと思える過去の側面があるので、どちらに対しても全面的に共感できるわけでは ないのだけれど、

まあ要するに、
双方とも、それぞれの立場から、お互いに恨み怨みがましい言動かましあってる、ってことでしょうか。(苦笑)