2016.04.29 (Fri)
『新潟・乳児殺害、逮捕の母親「出産直後に殺害」』
TBS系(JNN) 4月27日(水)13時8分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20160427-00000025-jnn-soci
『「中絶相談も応じてもらえず」赤ちゃんを山中に…』
テレビ朝日系(ANN) 4月27日(水)17時16分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160427-00000042-ann-soci
「取り合ってもらえなかった」という、くだんの女性の供述は、じゅうぶん あり得ることだと思う。
エゴの強い者は、立場の弱い者の訴えに、耳を貸すことは ない。
私の親も、私が、学校時分は もとより、就職の時期にあたって、いよいよ せっぱ詰まったあたりから、障碍の問題について、この先の危惧を訴えても、一切、取り合わなかった。
自分一人だけで なんとかせよ、親に持ってくるな、こっちは関係ない、
というメッセージだったと解している。
日本でも、昔は、「間引き」ということが多々横行してた時代が あったことは伝わっている。
出産直後の疲労した母親に、到底そんなことは できないはず云々という意見を投稿している者たちも いるけれど、まあ、出産経験だけは ない私個人として言えることもないのだが、
昔の、いわゆる「間引き」は、出産直後の母親自身で、赤子の鼻と口を塞ぎ、、、という話も読んだ記憶が ある。
昔の、それも、子ども時分から身を粉に重労働してきた厳しい気候の地の人は、女性と言えど、いまどきのヤワな日本人とは断然、くらべものにならないのではとも思うし、
たいがいは、鼻と口もとに、濡れた布を被せ、、、という簡単な やりかたで、
産婆を頼めた場合なら、障碍を持って生まれた場合、気づいた産婆が、真相は親にも知らせず、「死産」というタテマエにて、上記の方法で すみやかに そっと始末、、、
という話も、知ってる人は少なくないだろう。
特に、この事件の舞台となった新潟を東北に含めていいのやら微妙だということらしいが、まあ、あのあたり一帯では、日本列島のなかでも、ことに気候風土の厳しさから、飢饉等に伴って、「間引き」も多かったのでは なかろうかということは、私のような疎い者でも容易に察せられるだけに、因果な印象も いや増しだ。
生まれたばかりの あかんぼうなんて、小柄な場合は、ほとんど、おとなの片手のひらに乗ってしまうほどの大きさだし、大の男が手を下さなくても、女の手でも、片手で強く押さえつけただけで絶命するだろうし、敢えて、裸のまま放置しておいただけでも死ぬだろう。
しかも、
これはカン違いしてる者も見かけるが、切断ではない、にせよ、たかだか生まれて間もない赤子の首をば、わざわざ刃物を用いて切ったというのだから、やはり、なみなみならぬ心理の表出を感じてしまうところだ。
まったく、望まれてもいないし、愛されてもいない。
この私も、多少は似たか寄ったかの出生で あったのだろうが(もちろん、うちの親でさえ、さすがに そこまでアカラサマに言ってのけるほどの勇気は なかったようだがw似たようなことは口走ったことが ある。
もっとも、自分ではなく、飽くまで相手のせいにして、だったがww)、
それでも、
かろうじて曲がりなりにも育てているうちには、多少は親らしい情みたいなものは発生してくるのが自然の成り行きでは あろう。
が、しょせん、親らにとって、つごうの悪い存在の子でしかない。
なんぼかは育てられたところで、おさだまりの虐待、こうした親なら、どのみち、殺してしまうかもしれないし、
なんとか生育したところで、
今度は子どもが年頃になってから、親を恨んで殺害に及ぶ恐れも あるし、親に似てか似ずか、おとなしい従順な性格の子なら、身勝手な親に、最後の最後までトコトン振り回されることも大いに あり得る。
いずれにせよ、結局は不幸な人生に終始してしまう恐れが高い。
そこを考えると、私個人は、この不憫な赤子が、まだ無我のうちに、この世を去ったことが、せめてものだった、という思いを禁じえないのだ。
日本の世間も、けっして、温かいとばかり言える所では ない。
さて、
だいぶ以前にも、たぶん旧ブログで述べたのだろうと思うが、
一般家庭内で、しかも実の父親が娘を、、、といった事例が、はたして「稀なこと」であるのかどうか、
あいにく、私の生育家庭は、けっして「一般的」「普通」とは言えない内情だったのが本当のところなので、うちの事例を挙げてみても しょうがないのかもしれないけれど、
ただ、世界的女優とか、有名人の場合は、半生記や自伝のようなものを発表することが多いので、それらを鑑みると、やはり、けっこう多いようだと言っていい事態であることは察せられる。
近年では、ナスターシャ・キンスキーの告白も驚きを誘ったし、
私の若い頃に、ちらっと読んだ記憶のある、フランスか あのあたりの国の女性作家が、子ども時分のことで、実父との、微妙ながらも性的出来事を記していた。この程度のことなら、
と言っても、当事者にとっては、「この程度」とは言い難い気分もあろうが、私自身にも、思い当たることは ある。
うちは、両親とも、いわゆるダブル不倫によって一緒になる前、母のほうは、最初の結婚相手とのあいだに もうけていた娘を手離しているのだが、
こんにちの私が考えるに、
実の父親のもとで育ったにも かかわらず、苦労を重ねた姉の身の上を考慮しても、母の言い分とは逆に、私の父親のもとに来なかったことのほうが、さいわいだったかもしれないと思うのである。
その、異父姉の場合、17歳の身で、時代錯誤にも、姉の父親らに一方的に決められていた「婚約者」を嫌って、他の男との男児を産んだのだが、後日、結局、相手側へ手離した その子と共に、出産して間もない一時期、うちの親の家に逗留し、子育てを していた。
母も、へんに教育的なところを、ここぞとばかり発揮して、幼い頃に離した長姉に対し、私に対するとき以上に、親の権威的態度を ふりかざし、タバコを絶てと厳命したり、子どものためには、それが一番と、母乳での育児を勧めて、そのように させていたのだが、
17歳の姉が、静かに授乳中の部屋に入り込んで行ったり、入浴中に、浴室の戸を、そらぞらしくも間違ったフリして親父が覗こうとしたこと、
この事件の報道を読んで、私は たちまち思い出した。
以前、どこかのエントリーにて思い起こして述べたことが あったと思うが、
私は、体格がズバ抜けてと言うよりも、出生時の異常のせいではと思うのだが、体格の成長が、一般レベルより早かったにも かかわらず、小学高学年に さしかかる頃まで、父親とも平気で入浴していた。
その頃は、内風呂のない住まいだったので、近所の銭湯通いだったのだが、
たまたま、クラスメートの男子と、男湯内で遭遇したことがキッカケにならなかったら、ヘタすると、小学校を卒業するまで、父と、男湯での入浴を続けていたかもしれない。
そんな私自身にも、家に風呂場が出来、十代の終わり頃だったか、そのあたりから20歳代にかけて、親父に、入浴中の戸を開けて覗かれる、ということが、たびたび起きた。
立腹して、母に、それを訴えたこともあるのだが、
うちの母親は、日ごろ、かなり、正義感が強いほうの性格で、気性も激しく、プライドも高く、それに見合う口調もハッキリとしていて、ひとたび怒ると容赦のないモノ言いを するのが常であったにも かかわらず、
そのときは、どういうわけか、父親を責めるでもなく、私の苦情にも、どこか苦い表情で、何やら口ごもっていただけだった。
ちなみに、
母も、先述の姉も、腹違い長姉も、私以外の女は皆、ファザコンであるw
父親の違う姉は、実父を嫌って、むしろ、うちの親父のほうを、おとうさん おとうさんと好いていたので、複雑さが増すのだがww
うちの母親に関しては、毎度の父親との どハデな夫婦ゲンカのたびに、なぜか、押し入れから、特に上段に積み上げてあった重い荷の入った段ボール箱を次から次へと下ろし始める癖が あったので、
私は幼い頃、見ていて泣きながらも怪訝に思っていた。
おとなになってから、その理由に気づいた。
当時、母は、妊娠中だったのだ。
そのせいなのだろうか、
後日、生まれたら私の、唯一、「義理」と付かない きょうだいにあたる子を流産した。
生まれて来なくて よかったね、(たぶん)おとうと。。。(涙)
その後、たまりかねて、自分で、簡単な錠を買ってきて、浴室の戸に取り付けたことが あったのを、きょうまで長らく忘れていたのだった。
実を言えば、実態は、もっと いろいろドロドロ あった。
でも、いちいち思い出すのも疲れるし不愉快だ。
2016.04.27 (Wed)
この曲を、近いうちに、うちのブログでアップするつもりでいた。。。
今度はビリー・ポールかよぉ。。。
まあ、彼の場合は、年齢もあるし、病気も分かってたそうだが。
『米ソウル歌手ビリー・ポールさん死去、81歳』
2016年4月26日(火)10時29分配信マイナビニュース
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/mycom-20160426024/1.htm
いわゆる、「フィラデルフィア(フィリ―)サウンド」っていうの?都会的で、なんとも言えず、色っぽい。
ビリーも そうだし、『天使の ささやき』で一世を風靡した“The Three Degrees”という女性グループも良かったね~。
とっても女らしくて、とにかく色っぽくて。まさに「世界の恋人」。
先日、急死したプリンスのは、「ミネアポリス サウンド」と称されていて、
しかも創始者であるということだ。
『プリンスの急死に世界が号泣。どこがそんなに凄いのか?』
(SPA!)2016年4月25日(月)配信
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/spa-20160425-1098719/1.htm
~
けれども、一方で楽曲そのものに目を向けると、基礎構造は驚くほどシンプルだと気づく。言葉とメロディを組み合わせるソングライティングの第一段階において、余分な細工がほとんど見当たらないのだ。
~
もちろん、これだけでプリンスの偉大さがカバーできるわけではない。しかしながら、複雑に掛け合わされた音楽なのに、これほどまで多くの人に親しまれたのは、ライトなリスナーをもとらえる分かりやすさがあったからだろう。
しかし、分かりやすさこそ、最も解明しづらい要素であることは、言うまでもない。プリンスは、種明かしをしないまま、逝った。
~
うん、この記事を読んで、思い起こした、「創発」というコトバ。
ま、芸術分野でも特に、名作と評価されるものの構造に多く見受けられるところではないでしょうか。
考えてみれば、「この世はヴァリエテに満ち満ちて」いるのだと、
例のQAサイトで、むかしの回答に述べたことが あったなあ。
あのときの質問者さんは、私の言うところの意味を、なんとか、そこそこながらでも理解できてくれていただろうか?と思うけれど。。。その部分以外は、ほぼ全体が、自分でも、もう 思い出せない。
「分かりやすさこそ、最も解明しづらい要素」
これなんかも、あの「カルト連」のオッサンやババさまらに説いてやって、サッパリこと理解できないようだったからなw
そういうのって、哲学の「エバー グリーン」たる、基本たるところでしょうによ。
その時点で、つくづく、
「あ、この連中、看板に違って、哲学の素養としてもロクに持ち合わせてないし(ネットや他人の言うところをマンマ知識としてコレクションするのが関の山)、そもそも、素質自体が備わっていないんだ」
と気づいた。
向いてないんだから、無理しなきゃいいのに。
あやつらの分身だか部分だか、お面の一つだかwのbragelonneときたひにゃ、「創発」の理論を噛み砕いて説明してやっても、全然ワカラーンというので、ついには毎度のパターンでワケわかめなオステリー起こして、罵詈雑言吐いて寄こしたもんなぁ(嗤)![]()
要するに、あれらは、本質からして向いてないんだ、哲学というものにも、科学にも。
せいぜいが、やすっぽいスピリチュアルの真似事に走り込み、胡散臭い宗教に、ただカブレていくしかない。
自分一人で縋ってるぶんには、どうぞ お好きに、だけどさ、
筋合いもないのに、大嘘ついてでも勝手に引きずり込もうと、ああいう くっだらんハカリゴトするから、傍迷惑になる。
話を戻して、
ビリー・ポールの年齢を知って驚いたことには、うちの親と同年配なんだけど、
わたしゃ初めて、この曲が、FM放送で、たまたま流れてきたのを聴いたとき、ビリーの歌声に、たちまちトロけちゃいましたがな。
じつに名曲、間違いなく「エバー グリーン」の一つだね。
この歌を、ビリーと同じ歌唱力で歌いこなせる人って、いるのかなあ?というくらい、むずかしいぞと思う。
安らかに。。。すてきなビリー。
2016.04.27 (Wed)
『男は女が大好きw』の続き。
もう一度はっきり言いますよー。
3歳前後の幼い子どもにさえも、ヘンなひとだなあと思われるよ、つうの。
ね?恥ずかしくないか??(嗤)
そんなわけだから、
私自身、いまに始まったことじゃなく、世の男に昔から「ロリコン」が多いというのには実感が ある。
ただ、レイプにまで及ばれたら、そりゃあ悲惨なことになってしまったはずだろうけど、
あのオニイチャンらは、おのが同年配の女性を相手にしているかのようにロマンチックかつエロチックな言動をヒソヒソと、
よりによって小児の私に向かって大マジメに?垂れ流してたくらいなので(その異様な雰囲気は、幼い子どもでも、なんとなく察することは できる。逐一の意味内容は よく分かっておらなくても。私は、おとなに囲まれて育ったような環境だから、一般的な家庭の子どもよりはマセていたことも あるかもしれない。おまけに、こちとら聴障なのだから、そもそも何を頻りにゴニョゴニョ囁かれてるのやら、殆ど聞き取れなかったというマヌケな場面w)、
いまでこそ、そういうのも、リッパな?性犯罪の範疇に相当するのかどうか分からないけれど、ある意味では、それ以上に剥きつけられた深刻な事態に陥ることだけは辛うじて免れたのが、振り返ればフシギなほどの幸いだったと思う。
ただ、さっきもチラッと述べたように、幼い私に対して、性的行為に及んだ者のなかには、人格障害の女も含まれていたという事実。
だから、必ずしも、性別だけで括っていいことでは ないのだろう。
しかし、圧倒的割合で、男性が不利なことは明白な事実だと認めざるを得ない。痴漢から強姦まで、およそ性犯罪者の殆どは男性である。このことについては、誰であろうと、反論の余地も ないはずだ。
なので、男性がたは、
特に、ネットのなかでしか、女性に呪詛を吐けないらしいナサケナイ男性は、文句を言う相手を間違ってるということに、いいかげん、気づきなさい。
私が、もし、男性ならば、自分の持って生まれた性を恥じたであろうほどに、男性の肩身を狭くしているとしたら、
それは、あなたがたの同性である男性たち自身なのです。そうでしょうが?
女にヤツアタリするな、みっともねえぞ![]()
女が好きで好きで、どうしようもないくせに(嗤)
私の推察では、女が好き過ぎて、女性に性転換した者さえも、いくらかは混じってるんじゃないか?って くらいだ。
むかし、あるオッサンなどは、実の娘を犯してみたいと告白してきよったが、どうやら、自分自身が女だったらという、まぎれもなく、その自分の血や遺伝子を受け継いだ、しかも異性でもある娘に対する投影からの興味が、幾分かは心理的に混じり込んでいるように思えた。
ところで、
『熊本地震 女性が安心できる避難所を!』
木村正人2016年4月22日 17時36分配
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20160422-00056920/
男はねえ、女の排泄の姿や臭いにすらも欲情するらしいからね(爆)
一般的な女性には到底、理解できかねる感覚のはずだろうけど、
ほんと、男性という性は、元来は女性性の変形されて思いっきし偏った性であるらしいだけに、ときとして、哀れだなあ、、、と思えるほどだ。
これも、私個人の経験から。
むかし勤務していた公的施設の職場では、スタッフが少人数だったせいもあり、同僚のなかの一人の男性と、二人だけになる時間帯も多かったんだけど、
各自の職務分担区分は、かなりハッキリしていて、その男性は、力仕事から軽作業までを含む雑務全般を担当、トイレ掃除も、彼の仕事のうちに入ってた。
これは、私側にも用心が足りなかったとするべきなのか、
あとから振り返ると、まあ、ウッカリしてたなあとは思うんだけど、
トイレを使ったあと、時おり処分したナプキンの類なんかも、その同僚が仕事として始末する。
時間帯等によっては、トイレを使用する者の出入りが、ほんの数人程度に限られている場合、今さっき、誰が使ったあとか、容易に分かるわけだ。
この、栃木だか茨城だか、あのあたりの田舎出身の男が、
あるとき、ニヤニヤしながら言って寄こしたことが ある。
遠まわしを要するに、
私が使用して処分したナプキン等を、汚物入れにセットしたポリ袋のなかからワザワザ取り出して、その臭いを嗅ぎ、とっくりと観察していたらしい。
一言で言うと、ヘンタイとしか言いようが ないわな。
いまどきなら、まさにセクハラと糾弾していい対象だ。
だけど、男性たちにとっては、それほど奇異なシュミというほどでもないのかもしれない。
女子高生を中心に、若い女性の下着、それも、「ナマ下着」とか言うのだろうか、できるだけ、経血等の汚れが付着したものをと所望する向きも あるとか。
こういうのって、チャンスさえあれば、自分自身に対しても否定しきれない男性は、女性には考えられないほど意外に多いんじゃない?(嗤)
ま、若い頃なら、さすがの私も、かなりのショックを受けただろうけど、
「ふーん、そんなに嗅ぎたかったかぃ。せいぜい、気の済むまで嗅いどけや(嘲)
」
と、侮蔑しか感じなくなった私、こういうのは、トシの功と言っていいのかどうなのか、われながら、根性すわったなーと、自分自身に感慨深くも あるwww
2016.04.27 (Wed)
どうしようもないほどに。。。w
狂おしいほどに。。。ww
そうでしょ?www
もちろん、同性愛の男性とかは別にして、
「ババアに興味ないわ!!」とか「ブスに興味は ない!」等と殊更に激しく言い募ってみせる投稿が、なぜか、ネット上では多く見られるけど、
ま、この点では、女性側からも同様のことが言えるさねw
ジジイも、ブ男も、デブデブ男も、ちっさい男(心・身ともにw)も、お呼びで ない!御免蒙ると断言する女性も決して少なくは ないだろうよww
それと、
うちの母親なんかは、見事なグラマーを とうの昔に通り越し、
もはや巨大な、というほどのデブだったし、
若い頃には、親父に、
「掃き溜めに鶴が いた~!!」
と歓喜された、つうんだけどw
それも通り越して、
美人とか言うよりも、凄いカンロクが服着てノッシノッシ、って姿だったよw
それでも、60歳代に なんなんとしてからも、チカンに遭うたりナンパされとったんだからw
かかりつけの医院で、聴診器を当てられてる受診中、うちの母親の巨乳を目当てに、
いかにも取って付けたような質問のフリして、「ところで、せんせえ~」と言いつつ、カーテンの隙間からヌッと覗き込みに来る、どこぞの爺。
うちの母がキッと睨みつけようとも、
何度、看護婦さんに叱られても、やめないww
遭遇したときは、性懲りもなく必ず覗きに来るwww
どんだけジジイになっても枯れもせず、
よそのオバはんの巨乳を覗きに来ずにいられないドすけべいのまま(嗤)
20歳代のときの入院先で、ほとんどマッパになって、レントゲンの台上に横にならされてから、
少し離れた向こう側の壁に設けられた、患者観察用らしき小窓のほうを、ふと、見たらば、
さっきまで一人しか いなかったはずの男性技師が、いつの間にか一挙に何人も増えていて、
白衣を着ている若い男性たちの顔が、小さな窓のところへ鈴なりに集まり押し合い へし合いしながら全員で、こっちを凝視してたという、病院での異様な経験は、自分にも あるけど、
いったい、患者を何だと思ってるのか、なんとも羞恥を もよおさせ、
しまいにはブキミですら あった。
あ、私?
まぁ、少なくとも、自分よりチビな男と つきあってたことも あるよw
私が、日本女性の平均より高めの身長だからかもしれないけど、男性の身長に、それほど拘ったことは ない。
もっとも、低身長の人の心身ともの特徴性みたいなものは、男女含めて何人かと つきあいが あったすえ、共通した傾向を見受けるふしは あると思ってるけど。
やっぱり、男性のほうが、より深い劣等感を持つらしく、気にしていると、自分から言った者も いる。
私としては、そうとうに心外なんだが、いわゆる「おぢさんキラー」タイプだったらしいw
世間ではジジイと呼ぶべきらしい年配の男性がたには、若い頃の自分と同世代の男どもによりも、ずっと多く好かれる傾向だったし、
あと、男くさいスポーツマン タイプね。
ところが、あいにくと、当時の私は、おぢさんやスポーツマン タイプが厭で厭で。
なんでって、暑苦しいのが多いからよw
見るからにエネルギッシュで、ギラギラしてる?って感じがww
もっとも、こういう連中は、若い女に限る!というゴーマンな主張も大声で宣言しそうでは あるのだけど、その反面で、
ひとたび切迫して余裕が なくなったら、それこそ、ババアだろうがブスだろうが、背に腹は代えられぬとばかり、、、てな感じも漂っとる(嗤)
それ以外の皆さん それぞれ、いかなブ男でもデブ男でも、私自身から、そんなにムゲに接したことは、まあ、なかったろうと、思う。
と言うか、いちいち、あんまし憶えてないのだが(苦笑)
かと言って、
いわゆるネクラというのか、言いたいこともハッキリと顔を上げて言えずに、ぶつぶつモソモソ口ごもってばかりで、うつむいたままイジイジしてるタイプも、そりゃー、お世辞にも好きでは ない。
ましてや、2次元愛好家だか何だか知らないが、ロリコン趣味等にビチャビチャ浸りきったあげく、ひらきなおってるようなのはね。
ただ、あからさまにイヤラシイどスケベとか、暑苦しく迫って来る厚かましいタイプに対しては、容赦なくピシャリと撥ねつけた。一番、嫌いなタイプだもの。
少なくとも、ある一線から先においては、私のテリトリーに押し入ることを許さなかった。
でもさ、嫌いだー厭だぁと思うタイプほど、そういうのばかりが、しつこく寄って来るという皮肉な現象ってあるもんで。
たまに珍しく、こちらも、ある程度以上に好感を持てる相手だと、なんだか、どこか受け身で、待ってます~ってな感じで、自分からは少しずつ、相手の ようすと反応を用心深く窺いながらも、それは「紳士的」な態度と言うよりは、なまじに、容姿であれ経歴であれプライドが高いほうの男性ほど、むしろ、女性のほうにこそ、大いに積極的になってもらって、男性側である自分の首根っこを押さえ込みグイグイ引きずっていってほしいのか、ある意味、小心な そのテの男性には、それくらいの女性のほうが、パートナーとして、ちょうど、ぐあいが よろしいようだ。
プライドの高い自分側が賭けに出て不利を負いたくないという本音を持っているゆえであることも少なくないかもしれないし、だからなのか、
不倫やりたい、が、責任は避けたい、そういう、ムシのいい下心を秘めている場合にも、相手女性の反応が、ほんの少しでも芳しくないと感じたとたん、たちまち怯えたようにサッと手を引っ込め、背中を向けてイジケる、てなパターンも見受ける。
ま、なかには、
ちょっと前に流行ってたらしい「壁ドン」ではないのだがwがぶり寄るだけガブガブ寄りつきまくったくせに、オイシイ思いを させてもらえさえしたら、やっぱり、最後の責任だけは避けておきたい、というケシカラン男も いる。
あ、これ、うちの親父のことですw
で まあ、私なりに、こんにちまでに見てきた男性たちを通して、
一番、女性に対して、動物的な行為に直接およびやすいのは、やはり、職業等も含め、ある傾向のタイプに集中しているということは確かであるように思う。
ズバリ言って、まず、どうしようもなく低い知能、知性の問題が大きいタイプは、現実として 存在する。
あるいは、そんな低知性でも、否応なく、意識に上せて来ざるを得ない、世間的劣等感から来るのか、自分よりも力弱いのは確実、それでいて、受容性の深い対象をと餓え、隙あらばと、もの欲しげにギョロギョロ探し求めているか、あるいは逆に、しょんぼりと諦めている。
だが、
最も姑息で陰湿でイヤラシイ所業に およぶのは、実は、ごく一般的な、平凡なサラリーマン諸氏だったりもする。
なまじに保身という知恵や知性が、あるていど以上には働くだけに、彼らは、無意識のうちに、自分は押しも押されもしないマトモたる階層の人間なのだと信じて疑わないでいる者が多いから。
この点は、女性でも、意外に、最も鼻持ちならない傾向を持つ層のようだ。
「健常」「普通」「人並み」という線上に居るはずの自分だからこそ、自分より少しでも劣っていると思える対象を、鵜の目鷹の目で怠りなく探っているようなところが ある。警戒と排除のためのスケープ ゴートを。
「人並み」から上には、まして、はるか上には なり得ないだろうのは自覚しているけれども、そのかわりに、それ以下なんかでは絶対ならないに違いない、「人並み分の価値」くらいは有している自分を当然と信じている、最も鼻持ちならない人種。
もちろん、どのような世界や分野に所属していようと、そのなかにおいても個々に多かれ少なかれの違いが あるのは当然だ。
私には、どういうわけか、幼い頃から、ぶっちゃけ、男女を問わず、性的なことに巻き込まれる危険が付きまといやすかった。
自分でも不可解なんだけど、
まだ幼稚園も行ってない年齢、つまり3歳前後にして、若いオニイチャンなど何人かに誘惑されたのも憶えているのだが、この話も、旧ブログで披露したことが あったと思うけれど、ここでも言っといてあげよう。
すなわち、
どのオニイチャンも、みょうにロマンチックなムードでねー。
要は、
普通に、オニイチャンたちの年齢に見合う女の人を恋人にしてから言うべきなセリフをゴニョゴニョ囁いてくるので、
子ども心に、ヘンなオニイチャンだなあと、怪訝に思ったもんなのです。
【続く】
2016.04.23 (Sat)
こないだ、ボウイが亡くなったばかりなのに。
それでも、ボウイの場合、すでに病気のことが分かってたから、自他共に覚悟していて、それを見据えて、最後の仕事を仕上げたらしいけど、
プリンスの場合は、あまりにも あっけなかった。
でも まあ、とりようによっては。。。だね。
ところで、
私らの世代は、いわゆる「バブル」の子、みたいな言われ方されて、いまどきの若い人たちには、何もかも誰も彼もが恵まれてて良かったんだろうみたいに思えるそうなのだけど、けっして、そんなことは ない。
やっぱり、どんな時代に あっても、その人その人によって、情況は大幅に異なることもあるしね。
まあ、全方位的に特異な条件を背負っている私なんか、クラスメートや親しい友だちのなかにすら、自分と共通した悩みや同様の環境を持っている子は、ほぼ皆無だったので、ほとんどの子が、あくまで私から見たら、うらやましいほど恵まれてると感じることも多々あったけれど、
なかには、経済面は豊かな家庭でも、祖母と母親間の嫁姑争いの激しさの果て、小学生の頃に、母親と二人で家を出て、その母親が、その後、入院し、退院することなく急死したのを、2、3日ほど、自分だけが、その事態を知らないでいて、反発の対象だった父親から突然、母親の葬儀の日を知らされ、混乱と葛藤の気持ちを抱えたまま、母子二人で暮らした家から元の家へ戻ったという過去を持つ友人も いた。
また、
母親よりも父親のほうを、ずっと信頼していたのに、その父親は、女房にウンザリしていて、よその女性と一緒になるために離婚し、あまり好きでない母親のほうへ残されたせいなのか、性格が ひどく屈折していた子も いた。もっとも、その子は、亭主に見限られたらしい母親のほうに、外見も性質も、よく似ていた。
ただ、
いまごろになって、
世界情勢やら現政権の方針等からも、なんだか不穏さが漂っているような、そうとうキナ臭くなってきた感じも しないでは ないけれど、
あの時代の日本は、さすがに、行きつくところへ行きついた敗戦の阿鼻叫喚のあと、やっと訪れた平和第一の時代の さなかだったからなのか、戦争なんてものは、いかに理由が あろうとも許されないことという基本は揺るぎない、単なるタテマエでない感覚は、私が所属してきた市井の市民、一般国民間においては、多かれ少なかれ、誰しもに あったように思う。
まあ、そういった大上段っぽいこと以外では、
ロックを中心としたミュージック シーンでの収穫が、画期的なほど豊かに広がっていたこと、かな。私個人は子ども時分から、日本の歌謡曲とかアイドルに興味薄いほうだったし。
あとは、ファッションの面かな。
こういった点では、いまどきの若い人たちが、なんとなく少し可哀そうにすら思えるのよ、
音楽でもファッションでも、日本国内では、なんか ちょっと貧相な印象が あって(苦笑)まあ、一概には言えないけど。
私だって、自分たち世代の流行ものが薄っぺらで安っぽく感じる面も あったし、親や祖父母が若かりし時代のファッションやら音楽に「レトロ」「レトロ」と憧れたこともある。
さて、プリンスの楽曲で、特に好みの一つだったのは、
“When Doves Cry”(『ビートに抱かれて』)
久々に「プリンス漁り」をして、
たとえば、エルヴィス・プレスリーのステージについても、旧ブログか過去エントリーで感想を述べたときに、同じようなことを思ったのだけれど、
(ちなみに、うちの母親は、一つ年下であるプレスリーの熱狂的なファンだったw)
ジャニス・ジョプリンでもマイケル・ジャクソンでもプリンスでも、パワー全全全開と言うか、これじゃ、ステージ降りたら疲れ果てちゃってるわなと察せるほど、一滴の手抜き一切ナシに最初からブッ飛ばし最後まで駆け抜ける、ってな感じ、とにかく、パワー!パワー!で仕事熱心、ひたすら忠実なのね。
そりゃあ、ずば抜けた成功しなきゃ おかしいとも思えるくらいだけど、
その反面では、ありがちなクスリの問題が つきまとうね。
ともあれ、
Rest In Peace, Prince
あえてプリンス以外のミュージシャンで。