2017.01.27 (Fri)
そりゃあ、トップが詳細まで全てを把握するのも無理だし、
いくら金持ちでも、石原の爺さんが、個人で賠償しきれるとも思えないのが現実だし、それで裁判所に訴えても しようがないと思うよ。
だが、しかしだ。
『石原都政の議事録を入手、徹底検証 キーマンの元副知事が激白』dot.
~
〈豊洲用地は工場跡地であり、土壌処理や地中埋設物の撤去等が必要です。弊社では、土壌の自浄作用を考慮したより合理的な方法を採用し、長期的に取組む予定でありますが、譲渡に当たりその時点で処理と言うことになれば、大変な改善費用を要することになります。これについては、どうお考えですか?〉(東ガス)
だが、これに対する都の回答はそっけないものだ。
〈土壌処理及び地中埋設物の撤去については、新市場の着工時期までには、その処理が完了することが必要です〉(都)
~
いかにも「お役所」らしさに あふれる傲慢かつズラシた返事w
~
果たして、当時の都は汚染についてどう考えていたのか。交渉役の福永元副知事を電話で直撃した。
──土壌汚染については、どういう認識だった?
「当時は土壌の問題は、シビアなかたちではとらえていなかった。市場として対応できる範囲の中で、きちっと処理できるということで進めていたと思います」
~
せっかく電凸したのに、なぜ、この大きな隙間まる見えの返事について、記者さんはツッコまないの?
私も、もとはマスコミ系で仕事してたけど、そんな話には、すかさずツッコむよ。
で、
汚染に対する検査の数値も、以前は誤魔化していたから、最近の数値と大幅に異なってしまったのだとしたら、以前の検査を差配していた担当者・責任者は誰なの?
済んでしまったことは仕方ない、で見切り発車ばかりしてきたから、あとになるほど、手の打ちようが なくなるんだ。
問題の芽は、早めに対処しないとね。何ごとも そうだよ。
時間が積み重なるほどに、大問題が明らかになっても、もう、おいそれと身動きとれないんだから。
単なる買い物客なら、まだしも、
そこで毎日、働く人は、たまに来る者とは、わけが違うよね。
揮発性の物質なんて、どんな細い隙間からも昇ってくるし、
だいいち、大きな地震とか再び起きたら、どんな対処も小細工もワヤになるわね。
~
──青島氏が決断した?
「これだけの大きなプロジェクトだから、知事が言うからハイ、わかりましたというシステムではない。担当部局が候補地を比較検討し、究極的には豊洲しかありえない、というプロセスでここまできている。(後の混乱を)知りながらやった、ということではもちろんない。それだけ積み上げてきたわけですから」
結局、移転は都職員による検討の積み重ねで決まった、という。混乱の「真犯人」を特定することは難しいが、当時の都職員たちが汚染を甘く見ていたことが失敗の「原点」だったのではないだろうか。
~
「積み上げてきた」(嗤)
いったん決めたら、役所の腰ほど重いものはない。
そのくせ、
ここがイイとなったら、いとも拙速。やれやれ(嗤(嗤)
「知事が言うからハイ、わかりましたというシステムではない」
いや、
じゃあ、部下が こう言ってきたから、と鵜呑みにして自動的にサインするのか?知事って存在は。
そんなだったら、私でも務まるよ。
ゴーサイン出すトップの存在意義って、何なの?
それと、この問題についても、
(旧)民主党議員たちが、豊洲市場予定地に移設は検討し直す必要ありと求めていたのに、チンタロウ爺さんが無視したままなのは何故?
と、旧ブログで取りあげたこと あるよ。もう何年前になるか。
ところで、
『水責めなどの拷問「効果ある」、トランプ大統領が見解示す』
AFP=時事 1/26(木) 12:58配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170126-00000019-jij_afp-int
『トランプ氏、CIAの「秘密収容施設」復活の検討指示へ=関係者』Reuters
~トランプ氏はABCニュースのインタビューで、「水責め」と呼ばれる過酷な尋問を認めるか聞かれ、「ポンペオ(CIA長官)やマティス(国防長官)、わたしのチームに判断は任せる。彼らが望まないならばそれで結構だ。彼らが望むならば実施に向けて取り組む」と述べた。~
~議会筋によると、マティス氏とポンペオ氏は秘密収容施設再開に向けた動きについて知らされていないという。
~
ええっ?!(愕然)
2017.01.25 (Wed)
ないらしいw
今度のアメリカ大統領。
ここまで、かねがね、こういう印象を抱いてきたんだけれども、
この新大統領は、とても似てるねえ。
誰にって?
安倍チンだよw
もっと言えば、
安倍チンと橋下さんが合体して、
よりいっそう下品になった感じww
安倍チンは、いちおうの「ぼんぼん育ち」ということの おかげか、あくまでも、おとなしく黙ってるぶんには、まあ、単なるおとなしい「ぼんぼん」に見えなくもない。
ただ それだけ。
それが、
ひとたび、チョーシに乗って、何か喋りだすと、もう いけない。
お里もオツムの なかみもバ~レバレ。
いっぽうの橋下さんは、ねえw
何も言うことないわww
そのツイッター中毒ぶり、ポピュリズム中毒ぶりと同様で、
ただただ、トランプさんと似てるわねーとしか。
仮想敵づくり、
プロパガンダ、
公私混同的思考回路、
やってることのパターン、もうソックリ。
だいたい、「自分の報酬は、もらわなくていい」という、一見かっこ良さげな言明も、その底に潜んでいるのは、公私混同の一種の現れじゃないのかと、私は睨んでいる。
もちろん、世間では、他にも、あのひと、このひととも似てるなってことを指摘されているキャラクターたちが いるね。「森・元」とかww
さしづめ、
私も、過去エントリーで指摘しておいた、元都知事の石原慎太郎氏。
このチンタロウ爺さんがブチあげてきたことで、
良かったこと、うまくいったこと、何か ありましたかね?
オリンピック、銀行、尖閣、豊洲市場、、、
大ごとほど、後になるほど、発覚した問題だらけ。
パターンって、あるものなんだなあと、つくづくと実感するよ、ああいう面々の共通性。
小国日本の首相やるどころでない、
世界第一の大国として、自国のみならずと言うか、むしろ、自国同様に見て、国外全ての状・情況を的確に視野に入れつつ統治していかなければ ならない、その重責の椅子についたのちは、と、私自身も、オバマ前大統領も、ほとんど願望のような予測、
「現実の重さ」を わきまえるだろう、どころか、
もう早速に、自分の就任式典参加の民衆の「数」が嘘だの事実だのと、しょーもないことで喚いてたという。
「戦い」と称して、そんな喚きを拡散することに精出すよりも、もっと大事なことが目白押しだろうに、
何とか言う女性の作家だったと思うが、
まさに、
これ、安倍チンについての発言だったよね(爆)
トランプさんにもピッタリじゃんか。
しかし、
ビジネスマン、企業家としての辣腕、実績の点では、たしかに、安倍チンは、逆立ちしたって、足もとにも寄れないわな。それどころか、
生まれた家が、ごく平凡な一般家庭だったら、ただの平凡な社会人としての人生すら、全うが危ぶまれたであろう、ひきこもりニートになっていたかもとすら評されている、日本の現首相。。。
雇用が改善されてるとかいうけれど、そんなのは、「アベノミクス」も安倍チンの能力も関係ないし。
国内、国外、いったい、何についてだったら、うまく できるの?
カネ儲けして生き残れる策のことでアタマいっぱいの経済団体、
胡散臭い政治団体、
ヘイトやデマゴギーの勢力に担ぎ上げられて、
マリオネットみたいに拙くギクギク踊ることだけ?
上手く踊れた~♪と満足できたら、みっともない自画自賛の高揚に浸りきり、
半径数メートル以外は、全員敵にしてしまい、
それ以外は全て、貢ぎ物を掲げながらスリ寄るゴマすりの対象。
自分自身が、とある薬物の深刻な依存だそうなのに、
薬物に関係していることを大義名分に、基本的な裁判も一切なく、自国民を虐殺し続けているという、まさに「人治国家」に陥ってしまっているフィリピンの大統領にすら、手のひらで転がされている、日本国首相。
日本、フィリピン、そして、ついにアメリカ。
剥き出しの「反知性」ムーヴメント真っ盛り。
この反動は、どのように恐ろしいものになるのだろうか。
真面目な話を しておくと、
トランプさんは、
「中間層労働者の経済底上げが大事」ということは、いちおう言ったそうだ。
そりゃそうだろう。
私みたいな門外漢でも、難なく理解できる、経済学の初歩の基本みたいなことだろう。
ただ、
これは もう、少なくとも庶民層・特には下位中間層にとって、何ら なかみのない、「空気」「掛け声」に過ぎないのだから、「失敗」も「成功」も あるかぃ、と指摘してきた「アベノミクス」も そう、
その掲げる政策や施策が、目指す、と公言するところに到達可能な方法として、はたして有効なのだろうか?
それどころか、もしや、真逆の結果になってしまうんじゃないのか?
ということの検討について、懸念と疑念が拭えないわけ。
あそこまで好戦的、挑発的に、このうえもなく口いっぱいのことを宣言しまくった以上、ハッキリと成果を上げられない場合は、アメリカ国民が、わが日本国民ほどの小心さで おとなしく見逃してくれるはずも なかろう。
「アベノミクス」これをブチあげ意気揚々としておれた当初の安倍チン、
どこかのテレビ局のアナウンサー氏が、
「安倍さん、中小企業については、(賃上げとか)そんな余裕は あるんですか?」
と、日本の国内事情に鑑み、基本的で、しごく尤もなことであったゆえ、痛い所を突かれたはずの的確な質問であったのだが、
当の安倍チン、
つごうのいいとき悪いときで、抜いたり差したりの例のイヤホンを、
この瞬間にスポンと引き抜くが早いか、
「これから、アベノミクスで、とにかく、良くなっていくんです!!!」
と、ただ吠えて突っ撥ねただけだったという。。。
日本と大いに違い、
イギリスでもアメリカでも、大手紙誌やジャーナリズムに、権力に対する鋭い批判力と気骨が残っているのが羨ましいことだ。
この日本では、
ネットで有象無象が撒き散らす、個人的不満や逆恨みから発するデマにさえ、あろうことか、公務員や「ザ・票乞食」の政治屋までが乗っかって右往左往している、
そんな ありさまを、
大手紙からして、指くわえて眺めてるか、もしくは、
ウヨ系紙誌が、知性や羞恥というコトバは、我が辞書に載っていない!とばかり煽りたてるのを、
さすがに堂々とマネするほどのナリフリかまわずは及び腰の代わり、
陰から持って回った迂遠さで、体の良い援護射撃を意図するか。
こんなんで、国家の行く末を誤らないで済むのか?という事態。
この、教育レベルに見合わぬ感情的、低知性を鑑みると、日本人の知性というものは、まじで、発展途上国を嗤えない、どころか、
日本特有のタチの悪さ、なまじっか、表面だけ つるっと見せかけることで取り繕われ、抑えつけられてることの自覚もない国民性が、いまや真性「感情鈍麻」の域に入ってきていると、私は見る。
かなり危ない段階だと思う。
おまけ。
『マグロの乱獲規制を訴え続けていた松方弘樹「政治的関係で巻き網漁が放置されているのはおかしい」』2016.09.11
「以前、安倍元首相の事務所に巻き網漁の規制について相談したのですが、具体化しませんでした。調べてみると、後援会幹部が巻き網漁をしていました。また見島周辺の巻き網船の操業規制について、萩市長や地元選出の河村建夫衆院議員(山口3区)にお願いしましたが、状況は変わらない。地元の巻き網船業者に配慮をしたためとしか思えません。水産庁が巻き網漁の規制をしないのは、有力者が背後にいることを気にしているのでしょう」
古くから伝え聞く「木守柿」の日本精神も知らないのでしょうよ。
なんせ、
「ウツクシイ日本を取り脆す」だから(嗤)
2017.01.25 (Wed)
去年、ついに、「天皇退位」なることを表明された動機の底には、やはり、次期天皇となるはずの現皇太子、その皇太子妃の「適応」問題は含まれているのだろう。
下記について、踏み込んだ予想を している人も少なくないようだが、
現皇太子が、ひとまず予定どおり「天皇位」となられても、
このたび、御父君の「前例」が できるわけで あり、
「皇室典範」の問題は置いても、
いずれは、やはり自分も退位なり譲位なりをと表明される可能性は、けっして、一蹴しきれないであろう。しかも、早い段階での。
そうなれば、
その次代は、「明治帝を尊敬している」と言明されていた秋篠宮さんに、というわけ。
そして、そこから、その息子さんへと、一応は続けられる。
まあ、建前上で、触れることが できないからなのか、単に、関心が薄く、個人的に、その気が おありでないのか、そこは分からないけれど、
「退位」でも「譲位」でも「前天皇」でも「上皇」でも いいが、それらの問題よりも、
いま、日本の民衆にとって本当の喫緊は、
「あすは我が身」の弱者が弱者を叩きまくっている、
しかも、公の立場の者らが、それを煽っている、
という問題についてのほうが、よほど深刻だろうに。
「ファンタジー」に ひれ伏すウヨども。
「滅私」や「高潔」を、特定の家系、特定の人間に要求することの理由もマトモに説明できないオマエさんらが、まずは、酷薄な身勝手さを自覚し、
他者に要求してやまない「滅私」と「高潔」とやらを、おのれ自身に課せ。
なーにが、
「天皇陛下の赤子」で、「天皇陛下の前では、みな平等」だ。
あほくせえ。
そりゃあ、
ただミーハー、
ひたすら無責任、
われ関せず、
どこまでもアナタ任せな国民性で、
真の民主主義が根づかないのも当然。
2017.01.25 (Wed)
たとえば、イジメ問題においてなどで、よく、そういう、いかにも傍観者的言いかたは、問題を歪め、根深くするという指摘が あり、
それは、私自身、もっともな指摘であることを実感しているのだが、
しかし、
ときとして、世のなかには、それが当てはまるケースも あるのかなということも思う。
最近では、
アパなんとかいう会社の経営者だかいう立場の人が、
いわゆる「南京(大虐殺)事件」についての独自持論を展開した著作を、自分とこのホテルの客室に常備したりしているというので、中国の怒りを買ったらしい。
私も、旧ブログでは、この「南京(大虐殺)事件」のことも取りあげたことが あり、自分なりに、あれこれの説や当時の時点までで判明していることを調べてみて持った疑問や見解や結論は、いまでも、ほぼ変わらないので、ここで繰り返して同じことを述べる気になれず、ごく手短に済ませるけれど。
いわゆる「南京事件」について、それが「あった」ことを証明しろ、と言うのなら、
「なかった」と証明したことには なり得ない、と言い返されるのがオチだし、
ネットウヨでもウヨでも、要は、
「そもそも、なかった」
ことにしたいようなのだが、さすがに、それは、できない相談なので あるまいか。
残る論争は、それこそ、くだらない「数」の多寡を問うもののようで、
はたから眺めていると、
「数十万人」が虚偽のフッカケであることが明白なほど多過ぎるならば、では、ぐっと減らして、数万人と言って寄こすのなら納得して認めるのか、
だいたい、「数」が多いか少ないかばかりを言いたがるのは、
それこそ、民主主義は「数」で決まる、てなデマだか無知だか信心ゆえか知らないが、
こんな低レベルの論争にも、ほとほと呆れる。
このように、「数」が、数がと言い募るネットウヨ・ウヨどもが、市井の凶悪殺人事件において、被害者が一人のみの場合と、数人の被害者が発生した場合とで、死刑に処されるか否かの違いが生じてくることに関し、
その殺害方法が残虐であったなら、一人のみの被害であろうとも、議論の余地なく死刑に処すべき、数は関係ない!とも主張するのだから、
さても、おかしな連中だ。
私は、このような喩え方も したと思う。
仮にだが、
盗みに入って、そこの家人に見つかり、
「カネだけでない、宝石も盗んだろ」
さあ出せ、と責められたとする。
事実に反するを承知のうえで主張して、返せ、償えと迫るほうも、極めて厚かましいのは、それは そうなのだが、
片や、
「なにを!?盗んだのはカネだけだ、宝石も、とは、とんだ言いがかりじゃないか、厚かましい」
とて、
盗みを はたらいた、という厳然たる事実そっちのけに、激怒してみせる滑稽さ、
ましてや、
そもそも盗んでなど いなかった、事実無根だ、と ひらきなおるは、まさに「盗人猛々しい」という姿そのものである。
「従軍慰安婦」問題についても同様で、
そもそも、なかったことにしたいようなのだが、同じく、できない相談だ。
そんなこと、
あの中曽根オンタイに、あらためて確認でもすりゃよかろうもの(嗤)
ちなみに、
実家の父は、あの時代を肌身で知っている世代だから、私は、あるとき、尋ねてみたということも、旧ブログに記していた。
親父の返答は、こうだ。
たしかに、あったことは事実。
ただ、国家として直接の強制行為が あったのかどうかは、なんとも言えないところだが、国家として関与していたことは事実だ、
と、苦渋の表情で認めていたよ。
しかしながら、
うちの親父は、中曽根さんよりも もっと下の世代で、陸軍エリートだったとは言えど、当時で、やっと二十歳そこいらの若造、しかも、近衛連隊の将校だったから、宮城(きゅうじょう)にて、現天皇さんたちの(まだ御幼少のミギリというやつで、親父の提げているサーベルを、興味津々で触って来られたそうな 笑)身近で護衛する役目、終戦に至るまで、国外の前線に出されたことは一度も なく、したがって、現地の いわゆる「慰安所」というものを利用する機会もないまま、つまるところ、親父の言ったことも、自分自身の直接的体験では なく、他から伝え聞いたことでしか ない。
ということで、
これについても、残る論争は、日本が、国家として直接的の強制行為が あったか否かということらしいが、
どなただったか、識者の忠告によると、
そのへんのことをムキになって反論しても、当事国以外の国際社会は、そんなことを問題にしているのではなくて、いかにも的外れな論争なのだということを、他ならぬ日本の政府自身が、理解できていないという内容の指摘だった。
国際社会が厳しく問うてる焦点は、まさに、前代未聞の「国家管理売春」であったという問題なのだと。
「愛国」とは、国を愛するゆえに、とは、どういうことか。
私は、「愛する」こととは、問答無用に「猫可愛がり」することでは ない、と考えている。
やはり旧のブログで、それが、例の『産経』系ブログ サイトであったためか、単なる「ネットウヨ」から本物の?ウヨク団体メンバーまで含めたウヨうよウヨよ、という ありさまだったので、
彼らにも向けているつもりで、このように問いただしたことが ある。
たとえば、
子育てにおいて、愛する子どもが可愛くて しかたないからとて、子の誤りを糾し、危険を諌めることなく、ひたすらに よしよしと猫可愛がりすることが、ほんものの愛情なのか?と。
このような接しかたの反面には、理不尽な暴力も容易であろう。
そのように育てあげた子どもは、どんな道を歩むことになるのだろうか。
私個人は、少なくとも、「南京事件」や「従軍慰安婦」について、被害国とされる側に全き味方を する気にもなれないし、それ以上に、わが日本を庇う気に なれない。
ただ ただ、
どの国でも、「国粋主義」とか「愛国者」を気取る連中が、呆れるほどのワンパターンで同類であること、
それだから、どこまでも、いつまで経っても、互いの利害矛盾を克服できないのが道理であること、
どの国の男も、呆れるほどのワンパターンか五十歩百歩、これは もう、どうしようもないサガなのか、という暗澹の気持ちだけが湧き起こる。
原始、ひとりで用は足りていた女性性のなかから敢えて枝分かれさせ、生きのびるための多様性を課し、特化した偏りをこそ受け持たせるため生じさせた、「男」という、「1本欠けている」性。
愛すべき、だが、どうしようもない、さても皮肉なサガよ。
男という存在は、徹底的にコントロールしてやらねば ならぬのだな(嗤)
2017.01.19 (Thu)
つい最近、実家の母親の祥月命日であったため(ちなみに、ちょうど十日後は、父親の祥月命日で、どちらも1月中のことであり、偶然なのか どうなのか、末尾の数字も同じと きている)、
そのせいか、この時期になると、特に、いろいろ思い返すのだけれど、
なかでも、ある場面が、いつも必ず思い出される。
それは、「脳のなかの光景」だ。
こんなことは、言っても しょうがないだろうので、周囲の者たちの誰にも、わざわざ言うことなく きているのだが。
いよいよ、今晩が峠であろうという旨を宣告された日だった。
母は、意識不明に陥っていた。
(急激に、この状態になったのは、ある看護婦からの心無い仕打ちが切っ掛けに違いないと、私は確信している。思い出すと、胸が苦しくなるので、あまり考えないようにしている)
実母と二人きりで過ごすのは、幼い頃に生き別れて以来だったはずの、母の先夫とのあいだに もうけた娘すなわち、私の、父親違いの姉に当たる者を、その夜は、病室に残して、見守らせることとなり、
父も私も、とりあえず、それぞれの自宅へ戻った。
出勤したばかりで、他の同僚らも出て来ていない早朝、近所の人からの突然の電話で連絡を受け取り、母が入院中だった病院へ大急ぎで直行して以来、
私は、どこか、現実離れしたような浮遊感覚のまま、
また一方では、今後の流れを冷静に見越しながらという、
真逆に相反する心と引き裂かれる思考を同時進行で保持しながら、
好むと好まざるとに かかわらぬ、さしあたっての やるべきこととして最低限の準備を済ませて、ようやっとのことで、真夜中過ぎのベッドに もぐり込んだ。
すでに、不眠症が深刻化していた身には、
疲労困憊していたせいで、かえって、眠りは訪れにくく、少々うとうとしたかと思ったとたん、目が覚めてしまった。
直前に見ていた、夢とも言えない夢の光景は、あたかも、放送終了後のテレビ画面さながらの、「砂嵐」そのものだったことを憶えている。
そのまま寝直す気にも なれず、
まるでロボットのように機械的に起き上がり、
敢えての計算で着ていたワンピース型の寝間着の上に、
セーターやボトム、防寒コートを着込み、
その間、何の感情も動くことなく、機械的に、
再び、母のいる病院へと向かっていた。
冷たい冷たい早朝の澄んだ空気のなかを、昇ってきたばかりの陽の光が、まばゆく きらめいていた。
あの日から、はや10数年が経っているのだが、毎年、あの早暁の前後の光景を、まざまざと思い出さずに いられない。
さて、もう一つの「脳内ビジュアル」の話。
例の「カルト連」の巣窟サイトにて、
あそこの連中の誰もが無関心だったなか、その詐欺サイトと連中の正体に気づき始めていた私が、あえて、ひとり呟くように語ったことだ。
それは、私が、その時点から数年前に経験した麻酔の効果による現象の話だった。
それよりも もっと前には、全身麻酔も経験していて、
そのときの印象は、「砂嵐」どころか真っ黒な画面と言うか、
まさに「疑似的な死」あるいは「限定的な死」とも言うべきものであったが、
局所麻酔の場合、自分の意識自体は、まず通常どおり働いているので、
意識が全く働いていない全身麻酔のときとは異なった、興味深い現象を垣間見ることが できたのだった。
そのおりには、より近年の経験だったわけで、記憶も、より詳細だったとは思うが、
多少アヤフヤになってしまった今でも、鮮やかに残っている光景。
オペ室のベッドに横たわり、しばらくしてから、
寝入りばなの夢のような感覚で、わりと心地よく うとうとしながら、
しかし、私のなかの「もう一つの眼」はシッカリと見開いていて、
眼前に繰り広げられ始めた鮮やかな光景を見つめていた。
乳白色の滑らかなプラスチック様材質を思わせる、四角い、かつ細長い帯状の物体が、左右から静かに、同じ速度で、蛇のように するする伸びてきた。
基礎の乳白色の物体のなかから、不思議な光が漏れている。
少しアヤフヤになっているが、
一方はオレンジがかった赤系の蛍光色、もう一方は緑系蛍光色だったと記憶している。
左右で全く異なっている色調の それらが、全く同じ速度で、中心に向かい、同時に伸びてきている。
と見る間に、
その両側の細長い「光の帯」は、中心の位置で出遭うと、
たちまち、鉤なりに組み合わさって合体した。
そのとき、
麻酔が確実に効き始めていることを、私は自覚したのであった。
思うに、脳のなかで、薬剤の化学反応の光景を如実に眺めていたという感である。