2017.02.26 (Sun)
『「マスクで隠さず唇を見せて」聴覚障害者の願い、ネットで拡散』
篠原修司 | IT系フリーライター 2/26(日) 11:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/shinoharashuji/20170226-00068106/
このコラム中の、ツイッター投稿者の おっしゃってる実例、どれも これもが、同じ障碍を背負っている私にも、逐一、身につまされることばかり。
だから、歯医者や美容室に行くのも、できるかぎり避けたい(苦笑)
でもね、
私自身、アレルギー持ちだし、鼻水たれまくって どうしようもないときも あり、外出時にマスクが必要な場合は あるから、マスクしていること自体を理由にして咎める気には なれないなあ。
たとえ、それが「伊達マスク」だとしてもね。
基本的には、そのひとの つごう、あくまで自由だろう。
それに、大概の人は、こちらが聞き取りにくそうだと早々に察して、マスクを ずらし、口もと見せてくれるよ。
だけども、
ひとの勝手でしょと言えば それまでよ、も困っちゃう現実ってのは あるよね。
案の定で出てくるコメントの典型、
誰かも言ってる、これぞ「健常者(?)の暴言」の典型、
「家にコモってろ!」ってやつ。
いまは、ああいう「福祉切り捨て」政府だし、
末端の役所の職員まで挙げて、
障碍者だろうが高齢者だろうが、とにかく労働せい、という方針だもの。
まあね、
どこぞの苦労知らずな部外者に、エラソーに言われるまでもなく、
私の本音では、家にコモってたいのよw
聴覚障碍者にとっても、自宅外でのことは特に、ほぼ全てが、軽くはないストレスのタネ。
365日、これストレスの人生。
それでも、
文字どおり、家にコモっていたんじゃ、日常生活が成り立たないっしょ。
仕事以外でも、外出が必要なことなんて、いくらも あるだろが。
さて、
聴障者にとって、マスクずらしなんかよりも確実に効果的なこととは。
それは、
筆談です。
それも、いちいち全部を書く必要は ないの。
ごく一部だけ、それこそ、文字どおりに「一筆」ていどで いいんです。
慣れてる聴障者は、その場の話のテーマさえ分かってたら、ほんの一言が記されるだけで、ほぼ全て察します。
でもね、
これも、障碍者からのワガママ要求だと思うものらしい。少なからぬ「健常者」にとっては。
実際、
「書くのが厭な人もいるでしょ、筆談してほしいなんて、甘えだわ」
と、ピシャリ言われたことも ある。
えてして、そう言う人ほど、仕方なく何度も聞き返すハメになり、これまたロコツに厭な顔してくるのよww
たとえば、
こちらが客として、ある程度、高額の商品を購入するとかいった場面だと、さすがに、そういうときの店員さんなどは、まずまず、こちらの要望も受容してくれて、
なかには、やっぱり、しぶしぶながら、、、という雰囲気が滲み出る人も いるものの、
筆談に快く応じてくれる人も増えたなあと実感している。
なんせ、役所とか公共施設の職員なんて、こちらの事情を話して頼んでも、いっさい応じてくれないことなんてザラ。
店員じゃないのだから、公務員さまは、国民・市民よりも上!と、
普段の腹のなかでは思い込んでるのだろうか、
まして障碍者なんて、「健常」の国民・市民よりも、さらにさらに下の階層と思ってるのがモロに伝わってくる輩も多いよ。
「甘えるな!!」
「障害者ごとき、つけあがらせては ならねえ!」
って頑ななまでに思うのらしい。実際の話だ。
でも ま、
マスクしてる人も増えたが、
私が若かった時分の世間は、まだまだ聴障者に対する理解が、いまよりも、ずーっと低かったし、
それだけ偏見もキツかったから、もっと もっと大変だった。
だいたいが、うちの親。
まさに恫喝でもって、
就職の面接時にも、障碍のことは絶対に申告するな、
の一点張り。
とりあえず、「健常者」のフリして、一般企業で雇ってもらいさえすれば、親としては、見かけだけでも立場が繕える、
いったん入社さえできた後は、自分の娘が、どんだけ悩もうが苦しもうが、知ったことか、あとは野となれ山となれ、
そういう親だったからね。
実際、面接に出向いた先で、
その日は、体調が少々良くなかったせいもあってか、相手の声との相性が合わなかったのか、いつものように聞き取りと滑舌をゴマカシきれず、
「そんな障害のあるカラダで、ここへ何しに来たの?」
と嘲笑されたことも あった。
なんとか雇ってもらったあとでも、障碍のことがバレて、おおぜいの人が いるなかで、すごく怒られたことも あった。
【続く】
2017.02.26 (Sun)
今回、やっと発覚した巨悪疑獄事件、
その舞台である『森友学園』の土地。
私は、従来実態を考え合わせて、
「生活ごみ」レベルのものを、土地全体くまなく深く掘り返すということを実際にやるものなのかな?ということをも怪訝に思っていたのだけれど、生活ごみと言えども、やはり、かなりの土壌汚染の原因となるということで、看過できないほどの問題が あるらしい。
この豊中市中に竣工予定の小学校の土壌汚染について、当の理事長の口から出た、「校舎建物の下から出た埋蔵物だけを掘り出し、グラウンド部分には、手を つけてない」という、そればかりか、
掘り出した埋設物は、そのままでは問題があることを承知で、手つかずにしておいたというグラウンド側に穴掘って埋め直したらしい。
さすがに、この場面を現場で目撃した作業員の一人が、子どもの遊ぶ場所で、これは問題だと思ったそうな。
誰かがコメントで提案してたが、「保育園や老人施設に転換利用したら一件落着」てな無責任なことも できないだろう、このままでは。
役所というところは従来、一般市民に対しては厳しく目を光らせ、不親切かつ細かく文句を つけてくるのに余念がない性質の組織だ。
そもそも、「瑕疵」があるものを承知で売り渡すにあたっては、その分を考慮した価格で提示するのは、民間と同じく当然のことでは あろうが、
くだんの土地の場合も、それを大前提に価格設定した以上は、その価格まで下げた根拠であるところの問題の処理を、間違いなく行なったのかどうか、
それは、売りはらったあとのことゆえ、確認義務は ないのだと言う。
こんなバカなことが あるものか。
しかも、今回の対象は、
子どもたちが出入りし、長時間を過ごすことになる小学生のための校舎敷地なのだ。
要するに、本音では、子どもたちの健康なんか、どうでもいいわけだ。
そのくせ、くだんの学園の教育方針は素晴らしいと絶賛してきたのが、
日本国への「愛国心」を むやみと声高に強調する、あの『日本会議』とズブズブの「首相」と呼ばれる者ときた。
こんな笑い話があるものか。
おまけに、
その首相の名代の如く、「名誉校長」の座に おさまっていたヨメが、
敢えて再度指摘するのだが、
かつて、一般家庭の子どもたちを殺害または重度障害に突き落とした、かの大企業『森永』の娘。
こんな皮肉な話も あるまい。
亭主に見合ったヨメの出来。。。
ちなみに、
「ヒ素ミルク事件」のことを知ってからは、
アベシのヨメが、この企業の関係者一族出身ということも手伝って、私は現在も、「森永不買ひとり運動」継続中w
それにしても、よくまあ潰れもせず残ってるもんだなあ、この『森永』という大企業。たかだか、菓子・乳業類のメーカーふぜいなのに、とフシギで しゃーないことの一つであったが、
なんでかと言うと、
やはり、カネカネカネの立場で、当時は国を挙げて、この企業側に味方し、被害者庶民の嘆きは無視したらしい。
なるほど、
「お国のため、犠牲となって、命を惜しまず捨てよ」死ね死ね死ねと、子どもに向かって諭す教育方針を褒め称えるわけか。
で、その「お国」とは、畢竟、
「エスタブリッシュメント」気取りの、実際には、出自も怪しげなナリアガリでしかない権力者連中と大企業のことに ほかならない。
いちおう「国側の」と指弾しているふうを装い、その なかみはと言うと、
単なる「ミス」レベルにしておいてやろうという魂胆ミエミエな先日の発言に続いて、相変わらずズレた言い訳めいた発言だが、
この学園の小学校について、もともとの私立学校設置基準を変更してやったのは、ほかならぬ松井さん一人の采配にてホイホイ決めたことだそうじゃないか。おまえさん、大いに噛んでるよねw
出自も怪しいナリアガリと言えば、典型的なのが、いまの大阪府知事に おさまっている このオッサンらや、その政党。
おまえさんや橋下さんが、近年、何やら、政権との取引目的に、アベシと密談を重ねていることを報じられていたのを、私は忘れてないぞ。
「エスタブリッシュ」だろうが、近頃のしてきたばかりのナリアガリだろうが、権力を手中にした連中の腹にあるのは、カネ儲けのみ。
その一点において組んでいるのが、「ビジネス」としてのウヨク運動だ。
あとね、ついでに言い添えておくが、
学校関係や新聞社といった組織の場合は、国民や民衆の文化享受や情報共有の権利と密接に関わり、単なる功利組織ではないはずの存在である(そうでなくては ならない)。
私は、現状の朝鮮学校の偏り甚だしい(「森友」同様、戦前・戦中の日本国と似ている時代錯誤的)と思える教育方針については、第一に、児童・生徒たちの利益に鑑み、決して肯じることは できないが、
学校の設置自体や、多少の優遇が存することについては反対するものでない。
まあ、政治権力側にとっては、相手がマスコミにせよ朝鮮学校にせよ、
とにかく取り込んでおき、懐柔または黙らせておくための一環でしかないのだろうが。
こういうときに、判で押したように湧いてきては言い募る、アベシら政権擁護の自民党サポーターズ、もちろん『日本会議』、『在特会』メンバーやシンパら お得意のデマ飛ばし。
毎度の自分棚上げ方式まる出しの、やれ『朝日』『毎日』が どうだの、『朝鮮学校』は どうだのと、それらは、もともとの経緯や背景事情が異なる。
特に、ただでさえ数少ない「韓国学校」は勿論のこと、朝鮮学校について過剰攻撃するのなら、結局は、かつての日本国自体に、もともとの責が及ぶことを自覚しておけよ。
今現在、首相の座にある者こそが疑わしい疑獄事件なのだから、
まさに目の前で起きていることを見逃すわけには いかない。
これの追及は、野党が率先するのも当然の議員の義務。
各メディアも、邪まな計算からのヘンな自主規制で手を拱いていては、国の行く末を誤るのが当然。
この忌まわしいこと このうえない戦後最悪政権を、徹底的に追い込んでもらいたい。
安倍政権を、これ以上、続けさせると、残った禍根を どうすることも できなくなるぞ。
そこまでいってしまったら、安倍の あとを引き受ける覚悟を持てる者が いなくなる。
そうなったら、完全に おしまいだ。
日本と、その一般国民を憎悪し、息の根を止めたいと欲している(それも、一種の「投影」と思しいが、とにかく、それ以前に、自覚が ないのかもしれない)連中にとっては、
そこに本懐が あるのだろうが。。。
まあ、むやみやたらと韓国の悪口ばかりに盛大で執着的な者の魂胆が奈辺に あるかと問うなら、
そりゃあ、日本と韓国が仲違いすることを最も喜ぶのは、北朝鮮関係者だろうて。違う?www
まっ、ここへ来て、アベシを庇いきれそうにない応援団、もろに「蜥蜴のシッポ切り」コメント一斉発動!状態なのが まる分かり(嗤)
日本を内側からダメにしているのは、オマエさんらだよ。
ただ、これだけは断言できよう。
アベシは、『日本会議』の お陰で、首相の椅子に座れた。
第一次政権時、あれだけ みっともない姿を晒して撤退した屈辱を挽回できるよう尽くしてくれた『日本会議』には、足を向けて寝られもしないはずだ。
そして、
くだんの『森友』理事長は、その『日本会議』の大阪支部長なのだ。
カネ、そして裏切りの世界。。。
安もんのノワール映画の出来損ないみたいだわな(嗤)
人間も感性も、安もん連中の。
2017.02.22 (Wed)
そして、
冬に ちなむ名を持ち、春を愛する私が載せる(笑)
これも旧ブログで紹介したことのある、私の好きな詩の一つを。
「ササゲ」じたいの季節には、まだ早いようですが。。。
http://www.mame.or.jp/photogallery/hana.html#
「春」 田中冬二
すぺいんささげの鉢を
外へ出して寝ても
よい頃となりました
今夜から明日の朝へ かけ
太平洋の沿岸は
暖かい雨になるだろうと
海洋測候所は報じています
「蕨餅そのうす青に春惜しむ」冬二
『近畿でも春一番 発表は4年ぶり』ウェザーマップ 2/20(月) 15:21配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170220-00010002-wmap-soci
2017.02.22 (Wed)
『箸と歯ブラシ』の続き。
小学生にもなって、これだもの。
そりゃあ、幼児はねえ。
まして、年齢の近い きょうだいが いると、子どもは、何を やってるときもフザケるものだし。
子育ては大変ですね。
でも、それも、人生のなかで いっときのことですから、
親さんがた、なんとかガンバってくださいませ。
夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』より抜粋
~風呂場の横を通り過ぎると、ここは今女の子が三人で顔を洗ってる最中で、なかなか繁昌している。
顔を洗うと云ったところで、上の二人が幼稚園の生徒で、三番目は姉の尻についてさえ行かれないくらい小さいのだから、正式に顔が洗えて、器用に御化粧が出来るはずがない。一番小さいのがバケツの中から濡れ雑巾を引きずり出してしきりに顔中撫で廻わしている。雑巾で顔を洗うのは定めし心持ちがわるかろうけれども、地震がゆるたびに おもちろいわと云う子だから このくらいの事はあっても驚ろくに足らん。ことによると八木独仙君より悟っているかも知れない。さすがに長女は長女だけに、姉をもって自ら任じているから、うがい茶碗を からからかんと抛り出して「坊やちゃん、それは雑巾よ」と雑巾をとりにかかる。坊やちゃんもなかなか自信家だから容易に姉の云う事なんか聞きそうにしない。「いやーよ、ばぶ」と云いながら雑巾を引っ張り返した。このばぶなる語はいかなる意義で、いかなる語源を有しているか、誰も知ってるものがない。ただこの坊やちゃんが癇癪を起した時に折々ご使用になるばかりだ。雑巾はこの時姉の手と、坊やちゃんの手で左右に引っ張られるから、水を含んだ真中から ぽたぽた雫が垂れて、容赦なく坊やの足にかかる、足だけなら我慢するが膝のあたりが したたか濡れる。坊やはこれでも元禄を着ているのである。元禄とは何の事だとだんだん聞いて見ると、中形の模様なら何でも元禄だそうだ。一体だれに教わって来たものか分らない。「坊やちゃん、元禄が濡れるから御よしなさい、ね」と姉が洒落れた事を云う。その癖この姉は ついこの間まで元禄と双六とを間違えていた物識りである。
元禄で思い出したからついでに喋舌(しゃべ)ってしまうが、この子供の言葉ちがいをやる事は夥しいもので、折々人を馬鹿にしたような間違を云ってる。火事で茸が飛んで来たり、御茶の味噌の女学校へ行ったり、恵比寿、台所(だいどこ)と並べたり、或る時などは「わたしゃ藁店の子じゃないわ」と云うから、よくよく聞き糺して見ると裏店と藁店を混同していたりする。主人は こんな間違を聞くたびに笑っているが、自分が学校へ出て英語を教える時などは、これよりも滑稽な誤謬を真面目になって、生徒に聞かせるのだろう。
坊やは――当人は坊やとは云わない。いつでも坊ばと云う――元禄が濡れたのを見て「元どこが べたい」と云って泣き出した。元禄が冷たくては大変だから、御三が台所から飛び出して来て、雑巾を取上げて着物を拭いてやる。この騒動中比較的静かであったのは、次女のすん子嬢である。すん子嬢は向うむきになって棚の上からころがり落ちた、お白粉の瓶をあけて、しきりに御化粧を施している。第一に突っ込んだ指をもって鼻の頭をキューと撫でたから竪(たて)に一本白い筋が通って、鼻のありかがいささか分明(ぶんみょう)になって来た。次に塗りつけた指を転じて頬の上を摩擦したから、そこへもってきて、これまた白いかたまりが出来上った。これだけ装飾がととのったところへ、下女がはいって来て坊ばの着物を拭いたついでに、すん子の顔もふいてしまった。すん子は少々不満の体に見えた。
~
長火鉢の傍に陣取って、食卓を前に控えたる主人の三面には、先刻(さっき)雑巾で顔を洗った坊ばと御茶の味噌の学校へ行く とん子と、お白粉罎(びん)に指を突き込んだ すん子が、すでに勢揃をして朝飯を食っている。主人は一応この三女子の顔を公平に見渡した。とん子の顔は南蛮鉄の刀の鍔のような輪廓を有している。すん子も妹だけに多少姉の面影を存して琉球塗の朱盆くらいな資格はある。ただ坊ばに至っては独り異彩を放って、面長に出来上っている。但し竪(たて)に長いのなら世間にその例もすくなくないが、この子のは横に長いのである。いかに流行が変化し易くったって、横に長い顔がはやる事はなかろう。主人は自分の子ながらも、つくづく考える事がある。これでも生長しなければならぬ。生長するどころではない、その生長の速やかなる事は禅寺の筍が若竹に変化する勢で大きくなる。主人はまた大きくなったなと思うたんびに、後ろから追手に せまられるような気がして ひやひやする。いかに空漠なる主人でもこの三令嬢が女であるくらいは心得ている。女である以上はどうにか片付けなくてはならんくらいも承知している。承知しているだけで片付ける手腕のない事も自覚している。そこで自分の子ながらも少しく持て余しているところである。持て余すくらいなら製造しなければいいのだが、そこが人間である。人間の定義を云うと ほかに何にもない。ただ入(い)らざる事を捏造して自ら苦しんでいる者だと云えば、それで充分だ。
さすがに子供は えらい。これほどおやじが処置に窮しているとは夢にも知らず、楽しそうにご飯をたべる。ところが始末におえないのは坊ばである。坊ばは当年とって三歳であるから、細君が気を利かして、食事のときには、三歳然たる小形の箸と茶碗をあてがうのだが、坊ばは決して承知しない。必ず姉の茶碗を奪い、姉の箸を引ったくって、持ちあつかい悪(にく)い奴を無理に持ちあつかっている。世の中を見渡すと無能無才の小人ほど、いやにのさばり出て柄にもない官職に登りたがるものだが、あの性質は全くこの坊ば時代から萌芽しているのである。その因って来(きた)るところはかくのごとく深いのだから、決して教育や薫陶で癒(なお)せる者ではないと、早くあきらめてしまうのがいい。
坊ばは隣りから分捕った偉大なる茶碗と、長大なる箸を専有して、しきりに暴威を擅(ほしいまま)にしている。使いこなせない者をむやみに使おうとするのだから、勢(いきおい)暴威を逞しくせざるを得ない。坊ばは まず箸の根元を二本いっしょに握ったまま うんと茶碗の底へ突込んだ。茶碗の中は飯が八分通り盛り込まれて、その上に味噌汁が一面に漲っている。箸の力が茶碗へ伝わるやいなや、今までどうか、こうか、平均を保っていたのが、急に襲撃を受けたので三十度ばかり傾いた。同時に味噌汁は容赦なくだらだらと胸のあたりへこぼれだす。坊ばはそのくらいな事で辟易する訳がない。坊ばは暴君である。今度は突き込んだ箸を、うんと力一杯茶碗の底から刎ね上げた。同時に小さな口を縁(ふち)まで持って行って、刎ね上げられた米粒を這入るだけ口の中へ受納した。打ち洩らされた米粒は黄色な汁と相和して鼻のあたまと頬っぺたと顋とへ、やっと掛声をして飛びついた。飛びつき損じて畳の上へこぼれたものは打算の限りでない。随分無分別な飯の食い方である。吾輩は謹んで有名なる金田君及び天下の勢力家に忠告する。公等(ら)の他をあつかう事、坊ばの茶碗と箸をあつかうがごとくんば、公等の口へ飛び込む米粒は極めて僅少のものである。必然の勢をもって飛び込むにあらず、戸迷(とまどい)をして飛び込むのである。どうか御再考を煩わしたい。世故にたけた敏腕家にも似合しからぬ事だ。
姉のとん子は、自分の箸と茶碗を坊ばに掠奪されて、不相応に小さな奴をもってさっきから我慢していたが、もともと小さ過ぎるのだから、一杯にもった積りでも、あんとあけると三口ほどで食ってしまう。したがって頻繁に御はちの方へ手が出る。もう四膳かえて、今度は五杯目である。とん子は御はちの蓋をあけて大きなしゃもじを取り上げて、しばらく眺めていた。これは食おうか、よそうかと迷っていたものらしいが、ついに決心したものと見えて、焦げのなさそうなところを見計って一掬(ひとしゃく)い しゃもじの上へ乗せたまでは無難であったが、それを裏返して、ぐいと茶碗の上をこいたら、茶碗に入りきらん飯は塊まったまま畳の上へ転がり出した。とん子は驚ろく景色もなく、こぼれた飯を鄭寧に拾い始めた。拾って何にするかと思ったら、みんな御はちの中へ入れてしまった。少しきたないようだ。
坊ばが一大活躍を試みて箸を刎ね上げた時は、ちょうどとん子が飯をよそい了(おわ)った時である。さすがに姉は姉だけで、坊ばの顔のいかにも乱雑なのを見かねて「あら坊ばちゃん、大変よ、顔が御ぜん粒だらけよ」と云いながら、早速坊ばの顔の掃除にとりかかる。第一に鼻のあたまに寄寓していたのを取払う。取払って捨てると思のほか、すぐ自分の口のなかへ入れてしまったのには驚ろいた。それから頬っぺたにかかる。ここには大分(だいぶ)群をなして数にしたら、両方を合せて約二十粒もあったろう。姉は丹念に一粒ずつ取っては食い、取っては食い、とうとう妹の顔中にある奴を一つ残らず食ってしまった。この時ただ今まではおとなしく沢庵をかじっていたすん子が、急に盛り立ての味噌汁の中から薩摩芋のくずれたのをしゃくい出して、勢よく口の内へ抛(ほう)り込んだ。諸君も御承知であろうが、汁にした薩摩芋の熱したのほど口中にこたえる者はない。大人ですら注意しないと火傷をしたような心持ちがする。ましてすん子のごとき、薩摩芋に経験の乏しい者は無論狼狽する訳である。すん子はワッと云いながら口中の芋を食卓の上へ吐き出した。その二三片が どう云う拍子か、坊ばの前まですべって来て、ちょうどいい加減な距離でとまる。坊ばは固(もと)より薩摩芋が大好きである。大好きな薩摩芋が眼の前へ飛んで来たのだから、早速箸を抛り出して、手攫みにしてむしゃむしゃ食ってしまった。
~
2017.02.22 (Wed)
♪「虫歯みんな抜いて入れ歯さし歯」♪
つう『武田薬品』提供の名曲を、嘉門達夫で初めて聴いたとき、ひっくりかえって爆笑したことを思い出した。
ちなみに、去年の夏ごろ、急に、異常が起きて痛みだしたのに、歯医者へ行くのをガマンしていたら ますます酷くなった痛みを こらえつつ、youtubeにて『アランブラ宮殿の想い出』をギター演奏で聴いているあいだは、痛みが軽くなったフシギな現象を書いておいた。
その後、しかたなく、やっとの思いで、近所の歯医者さんへ行きましたわ。
『25歳まで乳歯だった私…意外と多い「大人乳歯」原因は?注意点は? 専門医「とにかく抜けるまで大事に」』withnews 2/13(月) 7:00配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170208-00000008-withnews-sci
けっこう、いてはるんやね、
年齢が高くなっても、乳歯が残ってる人たち。
ふと、動物たちにも、乳歯というものは あるのかな?と思って、軽く検索してみたら、
ほとんどの哺乳類には、人間と同じく、乳歯や永久歯が あるらしい。
私の場合は、一見、白くて整った歯並びが、子ども時分から褒められていたくらいだったのだが、実は、歯の質自体は、かなり弱いらしく、それも母親に似たと思しいが、歯列矯正だけは、今日まで未経験ながら、すでに小学低学年から、歯医者は経験していた。
初めての歯医者通いは、たぶん、東京の叔母宅に滞在していた夏休みのときだったと思う。
子ども心に、とても腕の良いベテランの歯医者さんで、痛みも恐れも全く感じなかった。
中学生頃、「親知らず」が一ヵ所、顔を覗かせ始め、
「もう これ以上、歯は要らんのに」
と、交換日記に書いて、友人たちに笑われたことも憶えている。
たしか、中学か高校生くらいのとき、私も、「乳歯」が部分的に残っていたということで、親に せせら笑われたことが あった。
母は、自分で認めていたように、歯磨きを怠りがちだったツケで(歯磨き剤特有の刺激感が苦手だったらしいのと、歯磨きを避ければ避けるほど、歯茎が過敏になっていったのも原因か)、
ついに寝たきり状態になった晩年は、介護する私が難儀するほど、惨憺たるありさまになってしまっていた。
皆さんも、ご用心ください。
いっぽう、父親のほうは、わりとマメに歯磨きも行っていた おかげなのか、もともと、じょうぶな歯質だった おかげか、歯医者に通うということが殆ど なく、やっと中高年になってから、何十年ぶりかで、近所の歯医者に行ったとき、
昔の歯医者とは、診察の椅子の形状からして大きく様変わりしていたため、いったい、どのように腰掛けたらいいのかを、まず戸惑ったそうで、少しく思案したあげく、思わず、自分で腕枕する恰好で寝そべって(昼寝しに行ったんじゃあるまいしw)、
「あのう、寝ないでくださいね」
と注意され、
「歯医者に来るのは、ずいぶん久しぶりなんですな」
と見抜かれたと、帰宅してから、自分で苦笑していた。
母なんかは、非常に血圧が高かったので、歯医者に行くと、ますます、血圧が高くなって、治療室から出るときは、五里霧中のなかを泳ぐが如くヨロヨロ歩いてしまうとボヤいていたものだが、
歯の治療は、無意識のうちに緊張するのだろうか、やっぱり、歯医者って、何歳になっても苦手だぁ。
私自身、かれこれ数十年前に実家を出て自活生活に入って しばらくした時期に、久しぶりの歯医者通いの必要が生じ、まだ慣れていない土地で、そこの地の、わりと新しく美麗な建物の歯科医院に行ってみたところ、
けっこう悪化してしまっていたと見えて、かなり削ったり何やかやと時間が かかり、やっと解放され、長椅子から起き上がって、フラフラと室外へ出ようと、治療室のドアノブに手を掛けた瞬間、
なぜか、助手の女性に、横合いから急に抱きかかえられ、キョトンとしていると、
「あの、そこ、違います」
と止められた。
出口は こっちですよ~と苦笑され、
ハッと目の前を見ると、モップ等の掃除道具が。。。
私が、あけていたのは、室内物置用のドアだった。
「あ、あはっ♪(^^; どうもスミマセン」
と照れ笑いしつつ、
歯医者さんと助手さんたちの押しころす忍び笑いを背に、退出したことも思い出したw
もう一つ、
私も、歯ブラシでは ないんだけど、お箸で、ケガしたこともある。
『消費者庁、子供の歯磨き中の喉突き事故などを注意喚起』
Impress Watch 2/15(水) 17:05配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170215-00000112-impress-ind
小学校3、4年時分だったかと記憶しているが、
ある日の夕食時に、
母親と、大学生で、下宿先から帰って来ていた、腹違い兄と3人で、食卓についていたときだった。
ふと、当時の私が楽しみにしていたアニメのヒーローもの番組を放送する曜日だったかどうか忘れていたので、もう始まっているかもと、テレビ番組表を確認しようとして、配達された夕刊紙を、急いで取りに行った。
行儀の悪いことに、お箸を手にしたまま、玄関先に向かい、夕刊を手に、茶の間へ戻る途中、板の間で、足が滑ってスッころび、なんと、、、
お箸の先端が、眉間のド真ん中に。あわわ。。。![]()
![]()
![]()
痛みは、あまりの急な出来事だったせいか、フシギなほど殆ど感じなかったのだが、
もろにアッサリ突き刺さった、この悲惨な現象に、自分でも心底タマゲてしまい、
母と兄の居る茶の間に戻ると、
ひたいから箸を突きだしている私の姿に、
二人とも呆れつつ、母は急いで軟膏を用意、
兄は、半泣きの私の額から、突き刺さっていた箸をヒッコ抜いてくれた(笑)
いや、今でこそ、自分で笑えるが、
よく まあ、目に刺さらなかったものだ。
手鏡で、自分でも確認してみると、
ものの見事に、眉間の中心にポコンと小さな穴が あいていた。
そこへ、母か兄が、軟膏を塗り込んでくれたのだが、
塗った分だけ、そのまま穴のなかへとメリ込んでいったのでw
われながら怖れ呆れつつ、
はたして、こんなんで治るのか?と、この先を案じたものだが、
これでも意外なくらいに早く、穴は ふさがっていった。
いまでは、跡形もない。
【続く】