2019.04.24 (Wed)
やっぱり「命令」の令かww
『昭和と平成、元号に込められた「願い」はなぜ現実にならないのか』4/22(月) 6:00配信
というコラムですわ。
これ、明治大学の専門職の大学院のグローバルのビジネスの研究科うんたらカンタラいうところの教授さんで、野田 稔氏というかたが筆者ということなのだが。
どうやら、
気に入ろうが入るまいが、「上」から下し置かれた目標を実現・達成できるよう、「シモジモ」国民、民衆は、とにかくシッカリ受け入れて、努力しなさい!
てことが言いたいらしい。
まずね、
「『願い』を現実のものにする 実践者になろう」
ってところで、いきなり、
はあ?
って印象よw
チカラこぶ振りあげて、センセイらしくも指導的口調の主張が並んでいます。
「~そうした名前であり、新たな時代のブランドを皆で大切にし、その名前に込められた意味をしかと受け止める。そして、その元号に恥じない時代を作っていく。それは為政者ではなく、私たち国民であり市民の責務なのだと~」
「私たちはこのブランドを守るべきなのだと~」
「~こうした日本人好みのたおやかな世を保つためには、力強い意志と不断の努力が必要なのです」
「日本の文明は世界で最長を誇り、1万2000年も続いています。その間、外敵からの本格的な侵略は一度も受けずに、国土が踏みにじられることもありませんでした」
「日本人好みの」?「たおやかな世」??
「国土が踏みにじられることもありませんでした」???
ですと。
あなたの言ってることは本当に本当ですか?
いやはや、それよりもですね、
「願い」を命令するとはねえw
宗教と同じやんか。![]()
「要は『自分が自分らしくどう生きるか』」!
ってw
あのですね。明治大学の専門職大学院のグローバルなんたらカンタラの教授さん。
そもそも、いやも応もなく、いきなり「上」から湧いて降ってきたように与えられたものを、イコールで、「国民・市民の責務」だとか「守るべき」なんだとか「力強い意志と不断の努力が必要」だとか。
なんのジョークですか?w
やれやれ、大学で、これから成長していく若者、学生相手に、ものを教える立場の人が、これだもんね。
私は、こんな、のっけからハズシまくってるセンセイに教わりとうないよw
「ブランド」「ブランド」って、どこかの誰かが唱えたリクツを信奉している優等生が、そのまんまでセンセイになりました、って典型だね。
わるいけど、私は、「ブランド価値」というものを裏付ける不断の努力は当然だろうとは思うけど、いつの間にやら勝手に他者から押しつけられた「ファンタジー」を「ブランド」そのものとして信奉する趣味は ない。
このコラムは、時間のムダだあ、読むんじゃなかった
と後悔したもののなかへ放り込んだ。
ま、「ないものねだり」というコトバもあるw
一般的に、子どもとか個人の名付けにおいても、親などが良かれと願いを込めるのはアタリマエと思ってる人が多いようなんだけど、
じつのところ、昔はさ、必ずしも そんなことなかったじゃない?
私が幼い頃には まだ、おじいちゃん・おばあちゃんと呼ばれる高齢の人の名前に、こりゃ酷いなと思っちゃうような名前の人、けっこう多かったの、憶えてるもん。
「捨て」とか「ヨソ」とか。
こういうのは、「名前負け」を避けるためとか、一種の「魔除け」的な意味合いが あるのだと聞いたことも ある。
まあ、昔は、現代と違って、何人いるのか、こしらえた親すらも覚えてられないほどの子だくさんで、しかも女の子だと、しまいにゃ、いちいち名付けするも めんどくさくなって、テキトーに済ませてたというのが実際には多かったのかもしれないけど。
で、私は先日、このエントリーを書いてアップした。
まさか、くだんのセンセイも、うちのブログをパクってないやろな??w
もういっぺん言っとくけど、
「元号」自体については、日本国内においてさえも、『キリスト教』に由来するという西暦一辺倒というのでは、それも またオモロないような感じもする私だって、反対しているわけじゃないのだが、
『一身一元法』には反対してるわけ。
なぜなら、これは、無自覚のうちに、個人崇拝させんがため、一般国民の心理をコントロールする力が働くからだ。無自覚のうちに、だ。
『昭和天皇』のときに、突如として、それを実感、自覚したからね、私は。
ハッキリ言って、無自覚な日本国民と天皇・皇室の関係性は、「共依存」状態にさせられてる。
まあ、いずれにせよ、次期天皇ご夫妻の力で、どこまで、『皇室』に対する関心を繋ぎとめておけるか、あるいは、この間、過去に見られなかったほどの反発なり、徹底的な無関心なりを国民において招いてしまうかがカギだろう。
そこは、マスコミの大衆操作や、宮内庁を始めとする官僚、政権、「エスタブリッシュ」層、それらの、一般国民や大衆には見えざる思惑、計算が大いに絡んでくるだろう。
いわゆるエスタブリッシュ層の者こそは、アメリカに対する「売国行為」に励んでいたという事実。
『昭和天皇』の「沖縄メッセージ」にも、それは現れてる。
なぜか、当の沖縄でさえも、ほとんど追及しないようなのがフシギだが。
「消耗品」にされた無知な庶民は、いい面の皮だ。
皇室も、どうやら、例の『日本会議』と密接に繋がってるようだし。
すでに先日、述べておいたことだが、次期天皇も、おそらくは、『退位』の道を踏まれることになるだろうと思う。
『皇嗣』とやらの、聞き慣れぬ肩書きを得られることになった秋篠宮さんが、最近、あらためて、年齢のことを指摘されたというので、なかには、兄宮の皇位引退を、いまから急かしているのでは、という、悪意混じりともとれるような穿った指摘も あるようなのだが、
いずれにしても、これから30年もつかどうか。
ただでさえ、雅子さまのコンディション問題が解決されたとは見えないし、せいぜい長くても20年ほどかなと、私個人は予想しているのだが、それも、個人的には何ら関係のない話、どうなろうと知ったこっちゃない。
ただ、ヘタすると、10年ほどで、またも「退位します~」ということになったら、ますます、よけいに莫大な税金投入を繰り返し要することになるので、それも また大問題だ。
だから、
それでなくても憲法違反の疑い濃厚な『大嘗祭』を、これは、『大嘗祭』の特徴的な性質上からも、「女性天皇」「女系天皇」を容認するという現実的段階に至る前に、あくまで皇室の内々の行事にしておくか、すっぱりと廃止するか考えておくべきじゃないのかなと言ったわけよ。
もちろん、「総意」やらいうもののなかに加わらせてもらった覚えも全くない私個人は、
「伝統文化」なんて、ほんとは、そんな なかみは ないのだ、どうでもイイことなんだ、
というのが真実であるならば、いっそ、『天皇制』『皇室制度』自体、なくすべきがスジという考えだよ。
なぜならば、
「伝統」そっちのけでいいんだという そのあとに残るのは、どう考えても、
単に「出自差別」「出自優遇」しか残らないでは ないか。
それでは、いつまで経っても、ほんとうの「民主主義」「国民主権」の精神が根付くはずは ない、と思うから。
国民自身が、いつまで経っても、「偶像崇拝」を好む、「お上」まかせ精神の自覚なく、上から下まで無責任で いつづけるしかないから。
天皇家・皇室のなかだけで、天皇の意向のみで全て何事も決めるべきだ、国民は黙っとれ!という、大バカ者のコメントを投稿するヤフゴミんも いたが、
そんなら、苦しい庶民の税金の世話にならずに、天皇家ならびに皇室は、今後は自力のみで、(海外に隠し財産を逃してあるという説も あるが)せいぜい、取り巻きに支援してもらうなりして、やっていったら よろし。
そしたら、秋篠宮さんとこも、あれほど口汚く誹られることもないんだろう。
崇拝するか、罵るか、どっちかで極端だもんな、ネットに溢れかえってる声は。
国民全体の精神衛生にも、はなはだ有害だ。
「裏付けしてもらう権威」なんてものは、
カネだけは唸るほど得た商売人が、最後に手に入れたがるのは「名誉」のブランド、というパターンと同じこと。
長らく、武家が実権力を握っていたあいだは、彼らとの取引による商売。相手先の事情で、実入りが うまく いかないときゃあ、『天皇・皇族』でありながらも貧乏たらたらに耐えなければ ならんかった。
欧米からの画期的な文明・文化が怒涛の如く流れ込み、新たな権威に取って代わる節目までは、ひたすら、中国大陸からの古い受け売り文化を、「権威」ブランドを保つ よすがにして、それを、商売取引に利用するかたちで、辛うじてプライドを保っていた天皇家も、
『ごイッシン』だというんで、ここでも また、士族に担ぎ出されなければ、そのまま潰えていたかもしれないんだろ、あの家は。
この現代においても、パターンは共通していて、「天皇が任命している」ような形式を とってるだけのことだもの。
まあ、「男女産み分け」技術を利用できたのが、秋篠宮家の男子誕生を齎したという説も あるようだし、それが事実なら、ヤキモキ心配せんでも、今後は、それで いけるんやないの?(笑)知らんけどw