2019.07.28 (Sun)
あれだね、以前から思ってたけど、
植松と、『寝屋川 中学生なぶり殺し事件』の山田とかいう男の顔、
よく似てるなあ~と。
さて置き、
もう、できるだけ手短に言う。
要するに、
犯した罪が、今さら取り返しのつかないこと、償うことも不可能な事だった深刻・重大な場合ほど、
やった当人自身は、罪を認めることが できないわけよ。
そういう心理。
(そういえば、重大事になることほど、決して謝罪しないのって、欧米圏の伝統的精神文化だっけ??償えない限りは、という理由かららしいけど)
なかみのないプライドやらミエで凝り固まってるタイプだと、ひとたび挫折してしまったとなると、なおさら、そうなるんでしょう。
そもそも、まともなリクツから発生させたでもなくて、(私が何度も指摘してきた)「俗悪」な精神に浸食された、脆弱きわまる思考回路なんだからさ。
こういう心理って、ある意味で、子を産み落とした親たちにも、共通性は あるように思うw
どこの親も、子を産んでしまったら、あと戻り不可能である以上は、ひたすら、そのことを肯定するしかなくなるみたいで、
むしろ、子を持ってない人たちを殊更に見下したり、攻撃(口撃)する連中すら いるでしょ。
こういう連中って、例の植松に通じるものが あるよw
特に、
子を持つことによって、あたかも「人並み」「一人前」になれるってな安易な価値観と錯覚を疑わないできた者は、例外なく、子という存在を利用している自覚もないしね。
で、「産んでもらった恩は」と、あつかましいことを主張するw
うちの親なんかも そうだったけど、
こういう親ほど、自分の子が、障碍を抱えていることを認められないだろう。
あいにく、認めざるを得ないほど重い障碍だった場合は、それこそ、耐えられなくて、自分のほうが発狂するとかw
うちの親が紛れもなく、そうだったように、子の障碍を認めたくない、
認めなくても、それでも、
孤立して苦労するのは、その子自身だけで済む、とあれば、それで済ませておきたい、という本音で、ネグレクトを通しきる。
そうして、最後に言い放つのは、これまでも指摘してきたとおり、
「親に勝てると思うな!!」と、
「勝ち負け」の次元に落とし込もうとする(嗤)
とにかく勝ち負けが全て、という価値観であるなら、
そりゃあ、植松が体現したように、
とりあえずは確実に勝てそうな相手を攻撃するでしょうよ。
異常なほど、気が小せえんだし、
だからこそ、くだらない俗悪な劣等感に苛まれ続けてきたんだろうし。
私が、インターネット上で遭遇し、
「フルボッコにしてやったー!!」と大ヨロコビしてた連中すなわち「カルト連」も、へんに劣等感が つよいんだろか?とは察していたけれど、
案の定で、『ナチス』大好き連中だった(嗤)
ま、「ネトウヨ」現象に現れているように、
日本の社会の病理噴出、ここに極まれり、
ということも指摘できるだろう。
日本のみに限らなさそうだけども。
それが「流行してる」と思えたら、それだけでピャッと飛びつくみたい。
なんせ、軽薄短小の俗悪に侵食され易い脳タイプだからですわ。
それにしても、治せるんかねえ?こういう極度の脆弱性脳というものは。。。
それ自体が、障害の範疇に相当すると思えるし、
まあ、植松は、間違いなく、『人格障害』の面が大きいだろう。
さすがの「ヤフゴミん」のなかでも、最近、やっと、少しはマトモな指摘が出てきてるようだが、
植松の如きは、「信念」(←私は、「信念」なんて、鬱陶しいだけと思ってるけどw)、
あるいは「思想」とも呼べない、
言わば、一種の「流行り病」にカブレたようなもので、
本質的に、「思想の自由」なんぞでは ない。
むしろ、
どうしようもなく「不自由」ゆえなんだ。
頑固、とことん頑な、まるでガチガチの「壁」みたくなるのは、
弱くて不安定だから。
本人としては、それで、身を守ってるつもり、なんだろう。
いま、われわれ社会の構成員に できることは、
取り返しのつかないことが勃発してしまった以上は、
今後の予防策を希求することだけだ。
『かみ合わぬ会話 答え求めて 植松被告と面会続けやまゆり園事件3年』7/28(日) 12:20配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190728-00000010-kana-l14
この記事の本文中に登場する『こんな夜更けにバナナかよ』の、『筋ジストロフィー』を発症した故・鹿野靖明さんという かたは、「奔放」というほどのことでもなかったと思う。
夜更けに、小腹が すいたとかで、台所をゴソゴソなんて、ほぼ全ての人が経験してるはずだし、それを、自分自身の手足では やれないから、というだけのことだもの。
そういう状態が、24時間365日、毎日の日常でしょ。
ましてや、中途の病気や障碍となるとね。
そりゃ、どこかで割り切らないと。精神が持たないでしょうよ。
だから、スタッフ何人かで手分けする。
家族とかのなかで、
ましてや、一人に重点的に引き受けさせると、引き受けさせられた者が潰れてしまうのアタリマエだから。
私自身、以前のエントリーでも言ったように、自分の障碍が なければ、もっと ずーっと生きやすく、動きやすい人生だったろうと思うけど、
その代わり、ここまで、ものごと全般を深く考えることもなかったと思う。
それが幸か不幸かということは ともかくとして、
そうならざるを得なかった。
で、
私も、話しかけられて、返事が できずに、「シカトした」ってな言いがかりつけられ、仲間ハズレにされたとか、何度も ありました。
学校でも、社会人となってからも。
親ですら、
呼んでるのに無視した!勝手つんぼ!!
そういうことを言って怒るんだよ。
もし、植松に遭遇してたら、私も、「意思の疎通が」なんちゃらを理由にして、グサリと やられたかもね。![]()
何らかの状況により、たとえば、うしろから急に話しかけられたりとかしても、なかなか、気が つけないんだわ。聴覚障碍なのでね。
ほんと、他人事じゃないのよ。![]()