2022.06.04 (Sat)
いわゆる「バブル」が崩壊したとは言え、少しは余韻も残っている感じが していた程度には、いまよりはマシだったはずのような時代の一時期、私が勤務していた、そこそこの規模の企業が、後年になって倒産した、ということが あった。ただし、私自身は、とっくに、そこを辞め、他の会社へ転職していたので、あとから、たまたまニュースを見かけて知ったのだが、驚く以上に、さも ありなん、という感想のほうが大きかった。
と言うのも、
その会社は、いわゆる「同族会社」ってやつで、まあ、日本の同族会社なら ありがちなことなのかとは思うんだけれど、真っ先に思い浮かぶのは、「公私混同」「男尊女卑」の社風がアカラサマだったこと。
どのように公私混同、男尊女卑だったかというのは、大きな例を挙げると、
私が所属していた部署と他部署が同居する階のフロア全体に加えて、面談室から応接室、社長室も含めた広範囲に わたる掃除。
これのためだけでも、出勤時間を2時間ほど早めるべしと、先輩社員から申し渡されたときはビックリした。
いちおう、早出した分の手当ては支払われると言ってたとは思うものの、そんなの いらないから、とにかく、ふつうに出勤させてほしいわぁと、のっけからゲンナリしたことはハッキリ憶えている。
わたしゃ、その理不尽な早出のために、寝過ごして慌てて出勤途中、飛ばし過ぎた自転車で思わぬアクシデントを起こしてしまい、かなりのケガを したことも あった。
当時は、会社が間借りしているビルなので、空調を作動させる時間帯も、ビルの管理側によるので、夏季は、早出した日の午前7時とか8時とかでも、もはや朝からキツイ日射し、まだ冷房が入っていない職場のフロア全体がムンムンの暑さ。
この暑さのなかを、掃除機かけて、拭き掃除して回らにゃならん。冷房が入ってないから、もう汗だくだく。
そうして、始業時間が近づいてきたら、ぼつぼつ出勤してきた社員たち一人ひとりの、飲み物の希望を確認する。そのための、たしか、一覧表を貼りだしてあったと思う。
フロア全員の「お茶くみ」と言っても、単に、お茶だけ入れるのと違うよ。
もちろん、お茶も、水を いっぱいに満たした大きなヤカンを、給湯室のガス コンロに据えて沸かしておいて作る。
そのうえで なお、同じフロアの社員たちが、費用を出し合って購入してあるコーヒーを所望する人には、お砂糖は いるか いらないか、いるのなら、角砂糖を幾つ、クリーミング パウダーの類は、入れてと所望している人には、スプーン何杯か、いちいち確認する。
各自が要望する飲み物が入ったら、各自のマグ カップを、各自の机に運んであげる。
ますます汗だくだく。
自分が飲むコーヒーやら お茶なんぞ、飲みたいときに自分で用意して入れるルールに しとけば済むことだろがよと、私は心底いまいましく思ってたけどね。
とある女性社員なんかは(先輩の一人なんだけど、私より年下で、女性というよりも、まだ女子中学生みたいだった)、いささかヌケたオツムと、「天然」過ぎる性格だというので、本名を もじって、皮肉と嘲笑を込めた仇名で呼ばれていた。
もちろん、仕事もトロく、それでいてアッケラカンと、後輩の私なんかに対しては、自分を棚上げにして、なかなかエラソーな説教してみせるというメデタサなもんだから、社員じゅうから小バカにされていたのだが、
でも、根が単純で、性格が悪いというほどじゃないと思っていた私は、他の人たちのように、彼女をバカにしたりする気には ならなかったけれど、ただ、一回、メンドクサい思いを したことが あった。
ほとんど忘れていたことなので、詳細は思い出せないが、
あるとき、その人が、私にとっては不快な思いを して当然だろうというほどの、何か迂闊というか軽率なことを してしまったことが あった。
私は、立腹したわけでは ないけれど、軽く苦情は言ったかもしれない。
そのあとで、
いちおう『秘書課』所属(実際は、使い走りなど雑用係の扱い)の彼女が、『制作部』の私の所まで来て、背後から話しかけたらしいのだが、あいにく、聴覚障碍者である私には よくあることで、まったく聞こえていなかった。なので、振り向きも せず、仕事に没頭していた。
隣りの席の先輩女性社員が(仕事は、まあまあデキるけど、かなり意地の悪いところが ある性格)、この一部始終を見ていて、
これも あとから、
「あんた、さっき、□△が来て、ゴメンとか言って謝ってたけど、無視してたやろ。やっぱり、怒ってるんやなあと思ったわ」
などと、小声で囁いたので、私はギョッとして、聞こえてなかった、、、と言ったけれども、その先輩社員には、言い訳にしか聞こえなかっただろう。なんせ、私は、障碍のことを伏せて入社していたから。
それ以来、他の社員たちの、私に対する視線も、どことなく冷たい感じが漂うようになった。
さて置き、
その、「いちおう秘書課」に所属している、くだんの女子、いや、女性社員が「当番」の日。
朝の「お茶くみ」やコーヒーを入れている最中に、彼女は盛大なクシャミを した。
すると、、同じ部署の先輩男性社員が、
「あーあ、口もとを押さえも せんと」
と、ロコツに顔を顰めたので、先述の、隣りの先輩女性が、これも小声で教えてくれたには、
「あの子な、若いのに、進行中の『歯周病』やねんて。『歯周病菌』て、知ってるやろ?せやから、みんなのマグ カップに向かって、今、もろにクシャミしてたわ言うて、※□さん(←顔を顰めた、先輩の男性社員)が怒ってるねん」
くだんの女子じゃなかった女性社員は、自分が飲むコーヒーを入れてる最中にも、私の直属上司が、突然、意を決した ようすで立ち上がり、
ふだんは、いたって優しい紳士タイプの青年なのに、いつになく険しい表情で、つかつかと、彼女の傍らに行き、何やら注意されているようすなので、どうしたんだろ?と思っていると、これまた、隣りの先輩女性がヒソヒソと教えてくれたのは、
「あの子な、黙ってたら、何杯でもコーヒー入れて飲むねん。みんなから集金して買ってるコーヒーやん。せやから、□△さん(←直属上司)が、『コーヒー飲むのは、3杯までに しとき』って、注意してるねんw」
ということだった(苦笑)
私の高校時代のクラスメートは、小学生時分に、どちらも教師で あった御両親が別居し、しばらくして、ともに家を出ていた おかあさんが病死してしまった。
おにいさんが一人いるけれど、おかあさんのほうに付いて出た子どもは彼女だけで、しかたなく、母娘二人で暮らした家を出て、父親の もとへ帰った。
亡き母親と険悪な仲だったゆえ、別居の原因でもある祖母の居る実家に戻ってからは、おとうさんの後妻さんが嫁いでくるまで、食事の用意や家事全般を担い、今度は、祖母の看病も しなければ ならなくなったりで、これも「ヤング ケアラー」、良家の育ちであるわりに、かなり苦労したらしい。
やがて、当時は国内1、2位を争う大手の化粧品会社に就職し、海外との取引や折衝業務が多く、あたりまえに英語が飛び交うようなエリート部署に配属されたのだけど、
仕事中、自分が、お茶を飲みたいときに、よく気の回る、利発な彼女は、つい考え込んでしまい、新入りの女性社員として、気を遣い過ぎ、敢えて、上司の分の お茶も運んだら、ヘンな目で見られてしまったとか、いろいろ悩んでいたことが あった。
社内に おいては、上司であれ誰であれ、自分の飲み物は自分で、と いう暗黙的ルールになっていたからなのだそうだが、その話を聞いた私は、さすがに大企業だなあと、単純に感心したものだ。
彼女が配属された部署は、先述したように、海外との連絡業務が多いので、外国の法律・法規関係や語学に堪能なエリートばかりが所属し、東大卒もゴロゴロしている部署なので、単に学歴などだけを見たなら、なぜ、社内一のエリート部署に、珍しくも女性社員の一人として配属されたのか、彼女自身も予想外だったらしいのだが、入社試験の成績が、錚々たる名門大学卒の才媛たちをも上回っていたのだろうと、私は推察している。
高校時代に、私らの担任から、何かの ひょうしで、ふと聞かされたことが あったのは、学年でもトップ クラスの優等生だった彼女は、わが校「三羽からす」の一人と呼ばれている、ということだった。
それはフシギでも何でもない。彼女は、総じて成績優秀だったのだから。
不可解なのは、私だ。
私も、その「三羽からす」のうちの一人と言われたので、どういうこと?と甚だ怪訝に思い、意味を知らなかったので、じつは「三ばか・ラス」とバカにされているのでは あるまいか?とまで疑ったw
しかし、だとすれば、まぎれもなく優等生の彼女が、そのうちの一人で あるというのは どうにも不可解なので、帰宅してから、うちの親らに、「三羽からす」とかいうのは、本当は悪い意味なん?と尋ねると、親らは苦笑しながら、いや、それは確かに褒めコトバなんだよ、と言った。
ますます不可解だと思った私だったが、
ただ、彼女と、もう一人の「カラス」のように、まんべんなくデキる典型的優等生では ないけれど、ある分野に限っては、毎度まったく勉強せずに、真面目で勤勉な彼女たちを上回る成績の科目も あったことは事実なので、まあ、そのあたりの おかげなのかな?と、とりあえず納得しておいた。
私なんどまでも含めて、「わが校の三羽からす」と呼んでくださった恩師たちを思うと、なんとも申し訳なさを感じてしまう しだいで ある。
他の「カラス」とも、はなはだバランスが とれないしねw
センセェ~ごめんなさい。。。
【続く】
2022.05.30 (Mon)
『【続・続】再び、「ズレを感じるとき」』の続き。
うちの両親は互いに、最初の結婚相手と別れるとき、そこまで漕ぎつけるまでに、実は親父のほうは、それほど本気でなかったようなのだが(私の この推察を、母親は、決して認めたくないだろう)、
特に母親のほうは、先夫が、まあ、うちの親父に、「ヨメさんを寝取られた」立場だからねwそりゃ怒るし。
でも、母親に言わせると、先方のほうに、いろいろ原因が あって、そもそも親が勝手に決めた結婚だったから、性格も合わないしで、いろいろ苦労させられたんだ、と言ってたんだけど。
家出して、すでに、私を妊娠していた母親の先夫は、もはや、寝取った男との関係を切らせることは不可能と悟った代わりに、自分の娘(私と同腹の姉)を返せ、今後は自分が引き取って育てるからと主張した。
まあ、無理もない、理解できると思うわなあ。
しかし、母親も、姉娘を手離すのを渋り続けた。
そこから どう膠着していったのやら、
ついに、うちの母親は、こう言い放ったのだという。
「あくまでも、娘を手離してほしいのなら」
10万円、寄こせ、と。
…
それを、姉は心底、恨んでたわけ。
そりゃそうでしょ。
しかも、姉の実父も、ほどなくして再婚したにも かかわらず、よその女を何人も連れ込み始め、言わば「妻妾同居」状態のなかで子どもも産ませるという、すっかりタガが外れたような生活に溺れた。
そんななかで、
「あんたは、10万円で売られた子」
と、
後妻である継母や愛人の女たちから、イヤミたっぷりに聞かされつつ、
しかも、義理の弟妹のメンドウみさせられながら生育したんですわ。
そりゃグレるわな。
でね、
うちの極度に饒舌な母親の言い訳ね。
これが また、めずらしくも、たったの一言よ。
「あの子の父親が、ほんとうに10万円を、持ってくるとは思わんかったから」
…
あの時代の10万円の価値は、いまよりも、ずっと高かっただろう。
それにしてもだ。
自分の母親やけどね、
せめて、言って いいことと悪いことの区別もサッパリつかんのか!?!おのれはぁ、、、
と、烈火のごとく怒鳴りつけますよ、いまの私ならね。
どうりで、私に対しても、理不尽で凶悪な罵倒を、年がら年じゅう、繰り返してくれたわなと。
私の障碍もね、親が死んでからですよ、やっと、『障害手帳』を取得、
それから、やっと、パソコンで検索しつつ、よくよく調べていったら、
なんのこっちゃない、
そもそも、原因は母親だった。
それを、何も知らないで、ひどく困っている、若い頃の私に対して、
「そういう星のもとに生まれたんだ!(だから、悪いのはオマエ)」
はいはい、
「ヤフゴミん」も、よく言いふらすでしょ、「前世」だの「来世」だのとw
「来世」が あるのなら、次は、あんたら夫婦の番だわねえ、と。
私は、腹のなかで せせら嗤っております。
私らの母親は、自分を正当化するために、まともな努力や頑張りで足りない分は、まあ実際、頑張ってたのやけどね、それは、本人の強硬な主張とは違って、あくまでも、自分のメンツから来る欲求を通すためです。
で、その努力や頑張りでも足りなければ、
小賢しさや狡猾さを陰に陽に用い、なおも、それだけでは足りないなら、めちゃくちゃなヘリクツでも平気で言い放ち、ゴリ押しする人だった。いったい、誰に似たんだか。。。
こういう点では、一般的に、男性のほうが、比較的単純なのだろうか、
親父のほうの場合、自分が悪いこと自体は、少なくとも、腹のなかでは多少、認めているようで(と言うか、あきらかに、認めざるを得ないような悪事を はたらいたのだからw)、口達者な母親のようなヘリクツで正当化までは しないのだけれども、親父本人は、「おれは口下手だから」とww
ただ、結局のところは、「ああ、俺が悪いだろうよ、それが どうした?」と、ひらきなおるタイプだったのは同様ですわ。
あのさ、こないだ、ある記事を読んでいたら、プーチン大統領の人となりを分析していて、指摘の中心となっていたのは、『ソ連』時代、パッとしないスパイ稼業を やっていた頃に培われたと思しい、
「人たらし」
の特徴が ある、というふうなことが述べられていた。
これね、実は親父も、戦況が逼迫してきた弱冠20歳代の頃、エリート士官として、スパイ養成の速成教育を施されていた時期が あって。
なぜ、男前でもないのに、あんなのが、ごっつ美人で人妻だった、私の母親だけでなく、ほかの女の人たちにもモテてるみたいなのか、
私ひとりを除き、ほかの姉妹たちは、父親違いの、それこそ「10万円で売られた」姉ですらも、親父には懐いてたし、先妻のほうの、精神病の長女なんかは、おとうさ~ん、おとうさんと、そりゃもう甘えるし媚びるし。優しい父親なんかじゃないんですよ、不可解だよ
高齢になってからは、ヘルパーさんにまでモテてたからね。
実の娘の一人である私だけが、ひとり孤独にw
「なんで、あの親父が。。。」
と、首を捻っていたわけで。
で、親父も親父で、
「あいつは男」(←私のことよw)
と。
あ、でもさ、
これも、長男である兄を除けばだけど、同性にもモテてるほうだった。
「親分」とか呼ばれててねw
で、私と兄だけが、
「けっ!なんで、あんなクソ親父がぁ
」
って感じww
そっか、スパイ教育の賜物で、「人たらし」だったってこと??
でも、私には通用しなかったねwww
世間の人々はね、こんな男女を、評価するんだわなあ。
まあ、親父が酒乱なのは知られていても、私のボンクラぐあいのほうが、よほど大問題視されてw「親不孝よ」だの「人の道よ」だの何だのと説教してくる。けっ!!
不貞だろうが酒乱だろうがDVだろうが虐待だろうが、
とても頭が良くて優秀で、りっぱな人、というふうに評価されてましたわ。少なくとも、表向きはね。
そうして、最後の最後まで逃げおおせたのだから、まあ、大したものだが、
結局のところ、
あかの他人からは、「大物」とか「太っ腹」などと、イヤミを込めて揶揄されたりすることも あったような、計算しない、ボケッとした性格の私こそが、大したアホなんだろうけどw
私自身は、当初はノホホンとしているようでもね、深入りしたあげくに、自分だけじゃなく、周囲の人たち、特に、弱い立場の人までも巻き込んでしまい、深刻な問題になったとか、そんな事態を引き起こしたことは、親らと違って、実際には一度だって ないのである。
むしろ、間違いなく最も私に助けられたのは、うちの親、きょうだいたちだ。
ただ、親らは、決して、決して認めないw
と言うか、
自覚に甚だ乏しいから、気づいても いなかったのかもしれないが。
いや、分かっていたとしても。
やっぱり、ぜったいに認めないだろうwそういう性分だからww
先述した、もと同級生だった彼女のことに戻ると。
その話を思い出すたびに、これに限らず、何らの「人生ストック」を持ち合わせぬ子ども時分から、人並み外れてボ~ッとしていながらも、何かしらの異様さや違和感というものにだけは敏感だった自分に思い当たる。
こういうことって、ほとんど個人に生まれつきの「直感」に近いものなんだろうかと考えたりも する。
あのあと、彼女は、まだ ずいぶん若いうちに、同じ「宗教」仲間の一人と結婚したと聞いたが、
子どもの頃は何の影も宿していなかった彼女の明るい瞳に生じていた不気味な「底光り」が、私は、いまだに忘れられず、残念に思えてならない。
2022.05.30 (Mon)
『【続】再び、「ズレを感じるとき」』の続き。
たとえば『オウム真理教』の如きに引っ掛かった、とりわけ、世に言う「高学歴エリート」などの連中に関しては、特有のウヌボレやら自負心やら、それまで失敗知らずで来れた自分自身の恵まれた環境に対する無自覚なアタリマエ感覚ゆえ、生涯の終わるまでも「無謬」や「完璧」を求めたいという欲求ゆえに、意外なほど脆い。
要は、これも一種の欲張り・俗物的価値観が、取り返しの つかない、極端なまでに異様な過ちを犯すに至った要因であると思われ、
その意外な脆さが、根本で同じような俗物的価値観の権化である詐欺師に利用された、ただ、こっちは、「エリート」などでは なく、むしろ劣等感や被害意識のカタマリだったりもするようだが。
だから、押しも押されもせぬような「エリート」を、自分の指や顎ひとつで自由自在にコントロールできる快感が、ものすごいのだろう。
まさに、世のなかに対する「リベンジ」を果たせたような感覚なのだろう。
ま、このように心理的な分析自体は、まったく部外者であっても、それほどの困難なく可能だと思うのだが、
もちろん、それでも、やっぱり、根本的に違和感を拭いきれない対象のうちには違いないなあと、私は思う。
自分のなかに、そういう要素が希薄だからなのか、そもそもからして、思いつかないし、やりたいとも、真似したいとも思わない。
なにがオモシロいんだろうか?という、シラ~ッとした感想が湧くだけ。
だいたい、私なんかは基本的に、
「みんな揃ってオイッチニ!オイッチニ!」とか、『北朝鮮』のマスゲームみたいのや『大日本帝国』みたいな全体同調圧力の類がキライでねw
とにかく集団でもって何かする雰囲気じたいが苦手なほうなので、
むかし、
「これ欲しい人は、手を挙げて!」と、
次々に、いろんな品物を掲げて煽りまくる声に応えて、ハイ!ハイ!!と、異様に沸き返る会場に(それは何かの商売人が主宰していたらしいのだが)、偶然、紛れ込まされたとたん、
「うわぁ、、、なんだ?ここ
」と、ソッコーで逃げ出したことも ある。
なぜ、あんなものに熱狂できる人たちが大勢いるのか、まじで理解できないのよ。。。(困惑)
いまだにボ~ッとした性分であるのが基本の私だから、誰でも何に対しても、最初から敏感に疑心暗鬼を向けることは少ないほうなのだろうとは思う。なので、
それこそ「腹に一物、手に荷物」な詐欺師タイプの人から見れば、いかにも、騙して利用しやすいように見えるらしいw
そして、利用されたり、裏切られていたことに、もし、私が気づいたとしても、何も できないまま、泣き寝入りするだけだろうと、とことんタカを括られるようだww
むしろ、実際は、このほうが圧倒的に多かったのだが、意外にも、最初から、私がマンマと引っ掛かってくれなかったなら、それだけで、何事か企んでいた先方のほうが逆恨みして激怒することさえも、一度ならず あったくらいだ。そりゃ お門違いというもんですわな。
トシくった いまよりも はるかに、疑うことを知らない子どもだった頃の私。。。
親みずからが生み出し、
親を中心に泥沼化し、
親が呼んでいるのか呼ばれてるのか、常に、周囲の諍いやトラブルに巻き込まれ、トバッチリを被る立場だった私には、どうにも、実の親たち彼らが異質で、理解できなくて、いつも悲しく、ダルかった。
だからこそ、なんとか理解しようと努めたわけ。混乱しっぱなしは苦痛だからね。
それが、自分なりの「分析」癖となり、やがて、心理学部への志望や、精神医学の分野に関心を持つ動機となっていった。
いつも悲しい私が、それでも自分がシッカリして、この世で ほぼ唯一、かわいそうで、守ってあげなければ ならない対象、と思い詰めていた存在は、親父以上に作話の多い、魔女みたいな母親だったのだけれどw
いいオトナになってから、自分がヘンな欲を掻いた結果、騙されるのとは、根本が違う。
なんせ、相手は親なんだから。幼い子どもには、どうすることも できや しない。
両親とも、要は、自分が したいように押し通す、押し通せた側が「勝ち」ってな感覚なの。
だから、どっちが勝つか、夫婦間だろうが親子間だろうが、延々と争う。飽きもせずにね。
それだけ、エネルギッシュなんだろうな。
それに、ある意味で、すごくマメ。熱心。
病気とか持っていても、ほんとうに、「いまわのキワ」くらいまで行けば ともかく、若いうちは、それは あまり関係ないようだ。
もっとも、
持病の種類や、その治療薬が、本人の性格にまで影響を及ぼしているケースも あると見受ける。
この夫婦、両人とも、やって許されること、許されないこと、言って いいこと、いけないことの区別の基準は どこにあるのかと言うとですね、
彼らに あっては、どこまでも、自分一個のための、要するに損得に結び付くか否かが境界で あって、
そこに関係なしと判断しているかぎりに おいては、わりと鷹揚に、ものわかり良く、なかなか立派な、道徳的な、人道的なことも唱えてみせる。
だが、
ひとたび、これは自分の利害に かかわると(考えたのでは なくw)感じたとたんに、まるで獰猛な、野獣と化すことを辞さないw
それくらい、この世で いちばんに、自分が可愛いの。
無自覚な被害意識と不安感を抱えている彼らは、とにかく自分が可哀そうで可哀そうで、いつも、「これ以上の損させられてなるものか!!」と、わが子で あろうが、自分のプライドにとっては、少しでも不つごうなことを突きつけてくるものと身構えたが最後、
たちまち「手負いのケダモノ」と化すw
なんせ、自分は「手負い」だという感覚を持ってるから、
だから、反省なんか しないの。
情に訴えようと、理詰めで追及されようと、ますます、被害意識を つよくして、頑なに なるだけ。
「更生」が難しい理由の根幹でしょうねw
そういうわけで、私を軽く見て、侮り続けた者、それは、どのような他人よりも、実の母親らこそが代表格なのだが、
どっちを向いても「半分 他人」ばかりの複雑な関係性の なかに、強行して産み落とした私を、最も利用しながら大迷惑を被らせ続けている母親らのほうが、娘である私の眼から見れば、よっぽど、おとなげないし、理不尽で暑苦しい依存関係のなかに引きずりこみ、縺れ合うことを欲していて、その くだらなさに呆れるばかりだった。
こういう連中が、いわゆる「腐れ縁」を、頼まれもしないのに、みずから積極的に構築し易いタイプなのですわ。
シガラミってやつが大好きだからね(嗤)
シガラミに立腹しながらも、
彼らにとっては、それとても「守られる」砦みたいな、「仲間」、「人脈」でさえ あると同時に、自分の被害意識を昂じさせてくれる、ある種のマスターベーションに耽ることのできるオカズでもあるから(嗤)
そうして、犠牲者は自分だ、という主張を激しく繰り返して やまない。
私以外に、結局「半分 他人」ばかりの関係性のなかで生育したのは、実父側に引き取られていた同腹の姉のみなのだが、
この姉は、不倫バカップルで あった、うちの親らにとっては、「利用できない」から「役に立たない子」であるばかりか、彼らの醜い不貞行為を、その幼い目に焼き付けている、後ろめたさを刺激される、どこか鬱陶しい娘でも あったろう。
姉は、私と二人のときは、母親に対する怒りを隠さなかった。
「10万円で売られた」。
ええ、私も知っている。
母親自身が、いつかバレるであろうことを見越してなのか、まだ小学生や中学生だった私に向かって唐突に切り出し、正当化するための言い訳を聞かせていたから。
姉を「10万円で売り渡した」ことの理由をね。
ほんとうに、くだらない言い訳だったよ。。。
いつだったか、ずっと前のエントリーでも、この話をチラッと出して、いつか取りあげるかもしれないなと述べておいたと思うけど、
いったい、どういうことかと言うとね、、、。
【続く】
2022.05.26 (Thu)
『再び、「ズレを感じるとき」』の続き。
それにしても、「ヤフゴミん」のなかには、ああいう「マルチ商法」の類に引っ掛かったことが あると告白している者が少なくないようだったので、わたしゃ、かなり驚きました。
しかも、その言い訳が、「意識高い系だったから」ですとさ(嗤)
「意識が高い」んじゃなくて、低級な欲が旺盛過ぎたんでしょうw
だいたい「ヤフゴミん」って、株などの投資で大いに儲けてますヨ♪と、ふだんから、コメント欄で自慢しまくる者も多いんだけどねえ(嗤)当然、アベシまんせー!!だよネェ(嗤(嗤)
まあ、集団の「ヒエラルキー」でもって、「信者」らをコントロールしようと はかる仕組みは、宗教も政治も同じですわな。
これは、ついでの付け足しだけど。
『ヤフージャパン』以外のポータル サイトでも、復活させた「コメント欄」というものに対する意見が出てきたりしているようでw
先日は、「コメント欄を設けるのは、あくまで企業やサイト側の自由だ」とする投稿も見かけたが、
こんなものは、たった一言で済むのよ。
「自由と責任」。
ほれ、マイノリティや弱者叩きが大好きなネトウヨが、誹謗中傷を投稿する「自由」をジャマしてくれるな!とて、特に好んで言い放つセリフの定番、それが「自由!」ですよねw
「自由には責任が伴う(はず)!」とも、よく力説してるよねえ?ww
私自身、例の「いやがらせカルト連」の誰やら(たしか「キグル●だったかな?w」)に、ブログのコメント欄を閉じているのは卑怯だ!とかと、
ま~、しつこくイチャモンつけられたことが あったが、こっちの勝手じゃ。そんなもん、知るかい。┐(-_-)┌
あの連中こそは、うちのコメント欄へ連日しょっちゅう押し掛けてきて、支離滅裂で凶悪な罵倒・恫喝投稿を大量に並べ立てて荒らすんだからよ。
こちとら、あの連中みたいなヒマ人でも なければ、
何かの胡散臭い集団構成員として、手分けするための徒党を組んでるわけでも なし、
毎日毎日、ブログやコメント欄の管理だけして生きてるのと違うからな。
ちなみに、当時の私は、自分が被った被害が、何によって引き起こされたのかを突き止めたいと思って、多少いろいろと追跡・調査していた頃も あるのだが、
まずは連中、案の定、かの『2ちゃんねる』常連でも あったようだ。
あんな、犯罪者の巣窟みたいな所へ出入りする やつらの気が知れんわ、ほんとに下品でモノズキだなあと、
私なんかは心底から呆れてたもんだけど。
いまでは、『ヤフージャパン』コメント欄が、かつての『2ちゃんねる』の代替を果たしてるよね(嗤)
だから、『ヤフージャパン』の運営に対しても、何度も言ってきたの。
「管理責任を持ちきれないのなら、コメント欄は閉鎖しなさいよ、社会的に有害なレベルですから」と。
ところで、
旧ブログか過去エントリーでも述べておいた話なんだけど、
たとえば、小学生の頃、うちの母親が、『PTA』で親しくなっていた保護者からの誘いを断り切れなかったのか、その保護者の娘であるクラスメートと一緒に、ある日、とつぜん、「新興宗教」に相当する類の組織の集会に連れて行かれたことが あった。
そこの会場に入ってから、あたりの ようすをキョロキョロ眺めていた私は、やがて、「教祖」なる人物が(私に付き添っていたクラスメートは、「先生」と呼んでいたようだが、遠目には、子どもの眼にも、まだ、わりと若いように見える、女性で あった)、さも勿体ぶった、「お高く留まった」みたいな ようすで、側近と思しき者らに、うやうやしく かしずかれつつ、壇上に登場し、設けられてあった「玉座」のような雰囲気の席に着いて、ほどなく、私は、強烈な違和感と嫌悪感を もよおしてきた。
「教祖」のみならず、
そこに いる人(信者)たち全員にも、なんとも言えない異様さを感じて、
帰宅後、母親に、
「アレなに?あんなのヘンやん
」
と訴え、
もちろん、そもそも本気でなかった母親も苦笑して頷き、以来、私ら親子が参加することは二度と なかった。
それより何より最もショックだったのは、
私の隣りに終始つき添い、いろいろと、その場に おいて やる事と決められているらしい しぐさやらルールを、懇切丁寧に「教えて」くれたクラスメート、つまり、うちの母親と、『PTA』で親しくなった おばさんとこの長女なんだけど、
彼女とは、小学校に入学当初から長らく同じクラス、しかも、偶然、名前も一字違いの同音だったせいか、先方から親し気に仲良くしてくれて、優しく穏かな性格の彼女に関しては、ただの一度も、不快な思いなど したことが なく、たびたび、お互いの家へ遊びに行き来していた頃が あった。
そんな彼女は、私と違って、りっぱな優等生なのに、あんなヘンなものに夢中になってるなんて、なんで、なんで、、、と、それが第一の衝撃だったわけ。
ところが、彼女の おとうさんが急に亡くなられてしまい、お葬式のときに、私も母親らと参列した記憶が かすかに あるのだけれど、こまかいことは憶えていないものの、なぜか、彼女の おじいちゃんが、よろよろと玄関先に出て来られ、手にしていた お茶碗らしきものを、いきなり、出入口のセメント敷きの所に叩きつけて、カチャーンと割られたので、それと同時に、参列していた人たちの あいだから、「おお」「ああ~」と いう溜め息まじりの どよめき声が響き渡ったことだけは鮮明に憶えている。
あとで母親に尋ねたら、そのクラスメートの おとうさんが生前、日常的に使用されていた お茶碗だということだった。
振り返るに、
うちの母親も、おばさんも、あの頃は、まだ30歳代なかばくらいの年齢だったのだ。
彼女の一家は、残された全員が、悲しく、将来が心細く、辛かったことだろう。
いまになって考えると、どうも、この頃から、おばさんやクラスメートたち一家の異変が起きていったように思えるのだ。
やがて、私らは中学生になり、別の学区になり、以来、疎遠になっていたのが、お互い20歳代になっていた ある日のこと、突然、彼女からの連絡が あり、訝しく思いつつも、「遊びに行って いい?」と言うのを断る理由も ないので、なかば戸惑いつつ、約束の日時が来た。
会ってみれば、
子どもの頃と変わらぬ、利発そうな清楚な雰囲気は そのままに、
しかし、私が真っ先に驚いたのは、あの、屈託のない、明るい眼差しが、すっかり、底光りするような、得体の知れないような表情の眼つきに変わっていたこと。
彼女は、なぜか、見知らぬ中年男性を伴っていた。
ますます困惑する私に、言い訳のような理由を言っているのを聞けば、どうやら、あの新興宗教への、再びの勧誘が目的なのだった。
せっかく久しぶりの再会なのに、残念だけれど、玄関先での立ち話だけで帰ってもらったが、彼女らが去ったあと、うちの母親は、
「な?こんなことやろうと思ったわよ」
と言った。
私としては、あれから、きょうに至るまで、例のヘンな新興宗教の団体に入ったままだったということに、まずは驚いていたのだが、
むしろ、もともと真面目な性格の優等生だった彼女だからなのかなぁとも思った。
いずれにせよ、とっくに疎遠になっていた私のところにまで、信者仲間を連れて訪ねてくるくらいだから、その組織もジリ貧状態だったのでは なかろうか。
【続く】
2022.05.25 (Wed)
まずは、例の誤送金について、もう少し。
あくまで「法的には確保」したと、もとの公金の殆どの金額を回収できるとか、役場の口座に復することが できることになったとか、
そういうニュースが あったようだが、
けっして「よかった」んじゃなくてデスね!
まあ、全く取り戻せないという事態よりは、ずっとマシ、だろうにせよ、
あんなケッタイな伝票で通るとは、ふつうは思わんだろうに、シッカリと確認も しなかったのか、トンチンカンなんてものじゃないデキの新人、
それ以上に(以下か;)
無責任な「メクラ判」突いてたのかい?と思える役場の上司ら、
「これは何です?以前は、こんな伝票は使わなかったですけど?」
とか言ってあげなかったのか、
事後になってから「だいじょうぶデスか?」と言ってきた不親切な銀行、
特に、氏名も顔も全国一斉に晒されちゃったネコババ野郎は、ちっとや そっとの軽い刑罰を受けるよりも、もっと重い罰を、すでに受けさせられたようなものだろうな、はははいやはや。
くだんのネコババ男の面相を見るにつけても、「どこが『男前』やねん?(嗤)」という感想は正直、禁じ得ないwそれどころか、どう見ても、こりゃ「よた者」「チンピラ」や ないのかい?!と言いたくなるほどの、ガラの悪い風貌だったな。。。やっぱりか。
特に、カネに汚い県民性なのかという印象は、アベシと、その地元の おかげで、私のなかでは、すでにシッカリ確定していたものの、そこへ加えて、美意識やセンスも皆目、備わっていないようだと思えたわww
役場の失敗の、呆れるほどの愚かさについては さて置き、
ネコババ田口の場合、なにが「罪」と言ったら、それは、悪意、悪質性、ひとえに、すべて分かっていたうえで、まだ全然、何の決着も ついていない、どう扱うべきか分からないままの、そもそもが自分のものでは全くない金員それも公金をばサッサと右から左へ、自分の勝手で動かしたことだ。
すべて知っていて、(カジノ関係の業者に)ほとんど、または全部を振り込んだことと、
単にカン違いして振り込んでしまったこととは、悪意と悪質性に おける大きな差異が ある。
大いに悪意あった田口某、ならびに、役場の職員を庇い立てするような向きにも言っておく。
「ミスや間違いは、誰でも、どこかで やってしまう恐れは あるのだから、あまり責めるのは、、、あすは我が身」
などという、それに真っ向から反して、
職員らのミスや間違いに、徹底して つけ込んだのは誰なのかってことだ。
そう、あきらかに、当の田口自身だろが。
こやつこそは、他者のミスや間違いを最も容赦しなかったのだから、今後、おのれが生きていくうえで、自分自身のミスや間違いや迂闊さは、断じて許されないよなあ。
完璧な姿勢で処していくのがスジというものだろう。
すでに、どデカい間違いを犯した こやつこそがだ(嗤)
それから、
これも「ヤフゴミん」の主張を見かけたのだが、毎度のように、こやつらのアタマと精神の程度を せせら嗤いたくなったこと。というのは、
なにやら、地方から都会へ出てきた学生とか、まだ入社して日の浅い会社員などをターゲットに、これと同様、地方出身の、同世代の者が、二人一組などになって、街角で、奇妙な勧誘を執拗に繰り返しているという現象を、『関西テレビ』だったかが報じていて、その記事の内容に よれば、くだんの勧誘する二人組から取材を始め、確認を進めていったところ、
結局、もとは「マルチ商法」とか「ねずみ講」とか呼ばれるようなことを やって、おそらくは前科者か、それの寸前まで行ったようなヤカラが、社会に戻って来て、またぞろ似たことを やろうと画策し、しかし、さすがに今度は、司法分野の専門筋の協力を得たとかで、「コンプライアンスが」云々と小賢しいことを並べ立て、その「商法」や「講」組織のテッペンおよび直接の配下らを、「カリスマ」だの「師匠」などと呼ばせており、
要は、
まさに「法の抜け穴」を利用して、
実質は以前と同じ「マルチ商法」「ねずみ講」の類を繰り返しているものらしい。
さすがの「ヤフゴミん」と言えど、精いっぱいに「法の不備」ということを指摘し、これについての「議員の怠慢」ということをも あげつらっていたが、
ここに、はなはだ余計で、やっぱり浅はかだなと、私が思ったのは、
「ネトウヨ」と呼ばれるような論調でもって投稿したがる者の大きな特徴の一つで あるところの、
「何でも かんでも、政治や政府のせいにするのは、好きでは ないが」云々
てな、しょうもない前置きだ。
もっとも、こういうセリフを常用する者の本音は知れている。
あくまでも、『自民だっぴ党』のせいにだけは するな!
って牽制と願望なのよw
それだけだわね(嗤)
で、まあ、あえて厳しいことを言うとだね。
ああいった勧誘の類に、やすやすと引っ掛かってしまうのは、若い世代に多いというのも事実なのだろうが、これは、いわゆる「世間知らず」と呼ばれるような、「世間知」の低い、人生経験の乏しいことから来る面が最大であろう。
しかし、
こういった面での「ストックの乏しさ」を抱えたままであるゆえなら、それが「いいトシ」の中高年だろうと高齢だろうと、同じく易々と引っ掛かっている現実が あるわけで。
特に、高齢者の場合、自分が若かった頃や現役時代とは多かれ少なかれ変化しており、様々な変遷が あったのだということについて甚だ疎くなっており、ある時期からは、ほんとうに全く不勉強となったまま、のんびりマイペースで生きてきて、そのうえ、もはや、おつむの働きも鈍ってきている場合は少なくないだろう。
そこに加え、
そんなレベルでも、現役時代には、かつての景気などが手伝い、なまじな大金を持ち得ていれば、のほほんと生きてこれた分だけ、そうとうにウヌボレても おり、実際的には、すでに不相応な自負心ばかりを維持し続けて、本人だけが現役の延長気分で いることも多いのだろうと見受ける。
ウヌボレや自負心は、えてして脆い。
頭脳や身体が弱ってくると、「防御本能」的に、反比例するかのように、なおさらウヌボレや自負心を つよく保とうとする傾向が出てくる。
なので、
なかには、コンビニの店員さんなどが、いっしょうけんめい忠告しても、警察に駆けつけてもらおうとも、頑なに拒絶し通して、何らかの「反社会的」組織や存在に、うかうかと大金を渡してしまう、これ自体が実質的に反社会的行為になってしまうようなことを犯してしまう。
私なんかは、懇切丁寧な注意や啓蒙では効かないのならば、いっそのこと、反社会的組織に加担した!ということで、これは もう、ずばり犯罪行為であると指定してしまったらイイのにとすら思うくらいだ。
さて、くだんのヤフゴミんが言うように、「法の不備」は「議員の怠慢」といった指摘は、これ自体は尤もだけれども、それは置いといて、
ここでも、あえて厳しいことを言えば、
なにも子どもや知的障碍などじゃないのだから、
いかに世間知らずで あろうと、大学生にもなって、やすやすと引っ掛かるのは、それこそ「自己責任」と言われても しょうがないことだ。
極端なことを言えば、
引っ掛かるカモさえ いなければ、詐欺を はたらこうと、手ぐすね引いてる者が いても、どうにも はたらきようが ないわけでね。
だいたい、ごく普通レベルの常識に照らして、おかしいと思わないほうが、おかしいようなことだ。
人並みのアタマを持って、大学まで進学して おきながら、
何が悲しくって、
特定の店で、毎月15万から30万もの買物を続けなきゃならんの??
その時点で、おかしいと思わないのが、おかしい。
そりゃ唸るほど金持ちなら、本人の好き勝手かもしれないけど、
「これは自己投資である」などと、まるめ込まれて、
大枚の借金してまで言いなりになる若造も、そうとう、おつむがヘンだし、思考回路が狂ってるよ。
こんな若造が、選挙に行っても、狡猾で悪辣な政治屋にこそ、良かれと投票するに決まっとるわねw迷惑だわ!ww
それでも、
あくまで守るべき存在の子どもでもなければ知的障碍者というわけでもない、
いちおう、大のオトナの本人がだ、
こんなものを信用して、これからも継続する、それで満足であると思うのなら、誰にも止められや しないわね。
そこらへんと比べれば、
「何でも かんでも、政治や政治家のせいにするのは」
という「ヤフゴミん」の前置きセリフは、じつに余計で浅薄。
「自己責任」や「自己判断」だけでは逃れようも ない、どうしようもない社会制度の不備・不足こそが、真っ先に問われるべき、政治家や政治の責任だよ。
まあ、それとて、有権者・国民が、最終責任者なのだけれど。
【続く】