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Updated   
2019.03.30 (Sat)

というのも、

「いまは、時代が変わって、『天皇制』や『皇室制度』にも、宗教的な面は不要なんだから」

といった主張が あるようだね。

まあ、それ自体が、単に出自差別」でしかなくなってしまう、
という大前提をスルーしていることにしかならない、
そういう思考停止でしかないことの自覚が皆無
なわけだけど。

 

「女性天皇」だろうが「女系天皇」だろうが、
え?なんだソレ??よくワカランてな、疎い一般国民が言う、

天皇は男女どちらでもいいよ~、むしろ、女性の天皇歓迎!

という意見は、「男女差別は廃止すべきだから」という以前の、

「出自」「家柄」差別でしかない

という問題を、『国連』のナントカいう組織ですらも、分かってないようだ。


「男女平等」にした、「宗教色を廃した」と、どのようにリクツを付けてみても、
特定の家系出身だからという理由で、特別な地位に就かせること自体、じゅうぶんに「宗教」的である。

 

で、

『大嘗祭』ってのは、何のためにやるの?

あの、ひときわ莫大な税金つぎ込んでやるという。

 

国民が餓死するところまで追い込まれてる、えせ民主主義の、「成熟」しきらないうちから早々に腐り始めていた、こんなシケた国でw

 

 

はっきり言わせてもらうと、

現天皇ご夫妻は、とことん、イメージ重視、それは昔からのことでは あるが、

要は、ご自分たちのファミリーが、一般国民や大衆の目に、

「お手本のように非の打ちどころのない、穏やかで、仲が良くて、ご清潔で、ご立派で」

完璧なファミリーだというふうに見えてくれてさえいたら、それで良い、
みたいに見えるときが ある。

 

 

最近の天皇さんは、ずいぶん涙もろくなられた ごようすで、

本来ならば、『天皇』となれば、個人的なことを、あれやこれや言及したり、ましてや嘆いたりするのは、いわゆる『帝王道』とやらに悖るはずなのだけれど、

天皇その人のみならず、近頃は、宮家の人たちも、堂々と、ご自分たちの家庭のことを中心に語られる傾向が見受けられる。

なるほど、時代が変わったのだし、「新しい天皇像」「一個の人間である天皇像」を模索されてきて、ここへ至ったのだろう。

同時に、

おそらく、老齢に特有の、ある種の病にかかっておられるからだろうか、

それが一番大きな理由で、ただでさえ「お出まし」の機会を過剰なまでに増やし続けてきた立場でもあるゆえ、これ以上の深刻な状態に至る前に、できるだけ早い退場を、という御決断を なされたのだろうと察しているが、

それでも、
ここぞとばかり、いろんな儀式やイベントに出ずっぱりらしい。

負担が重くて、ますます悪化するんじゃないの?そんなことばかりやってたら。

何のための「退位」なんだろう、と思う。

 

まあ、この『日本』という国においては、およそ障がい者や病者を、最も隠蔽したがるのは、皮肉にも、『皇室』というファミリーが代表格だものね。

 

 

すでに、当ブログでは何度か問題提起してきたように、『大嘗祭』のような、このテの「伝統的儀式」は、男性の天皇でないと いけないというのだが、

そこを、どこかしら変えて、性別問題は、もう関係ないことにしてしまったりもできるのであるなら、

最初の疑問に立ち返り、

「伝統」ってなに?

それは本当の、正当な、連綿と伝え遺すべき「伝統」であるのか?

また、

「男女差別だから」という以前に、

まるで、「□□時代から漬け込んでおります~」という自称で、古さだけを自慢する糠床やら、だし汁なんかと変わりやしない、

「出自」や「家柄」で差別・優遇してるだけでは ないか。

という疑問は おさまらない。

 

 

いずれにせよ、

こないだまで、「秋篠宮家マンセー、皇太子一家コキおろし」してた

(そう言や、「皇太子」さんについて、「天皇」位を御辞退なされませ!とか主張していた、けっこう有名らしい識者だか学者だかのオジイチャンいたじゃない?どこ行ったのかしらw)

ネット、「ヤフゴミ」あたりが騒いでるような、

「女性天皇を、愛子さまに」

といったことは、当の天皇ご夫妻の胸中にないだろうよ。

 

なぜなら、『秋篠宮』さんも指摘されたという、「帝王学」と言うのか「天皇になる教育」とやらいうものを、生まれたときから置かれてきているのは、いまは、近く新『天皇』位に就かれる徳仁(この字で合ってる?w)氏、そのあとに続くであろう予定の、悠仁さんしか いないから。

たぶん、秋篠宮さんは、それこそ「繋ぎの」存在であり、その御子息が「成年皇族」の年齢に達したあたりで、伯父にあたる、そして、予定どおりに天皇位に就いた徳仁さんも、お父上に倣い、みずからも「退位」ルートを踏まれて、甥御さんにバトンタッチするのでは ないかなあという気が する。

 

問題は、それらがスムーズに運ぶとして、悠仁さん以降の成り行きだ。

もちろん、すぐ そこに来ている、全然、遠くもない、近い将来である。

 

 

だいたい、日本では昔から、「滅びゆく運命に入った家は、女の子ばかりが生まれやすくなるものだ」と言われる。

 

美智子さまも、紀子さまも、もとは「平民」だとか庶民の出だが、古い歴史上では、こういう事例が実際に行われていたとして、あくまで表面的形式を整えたうえで、公式の かたちを外に示す、ということは、一般には知られざるところで、少なからず あったのかもしれない。

いま現在の「天皇家」そのものですら、もとを ただせば、古来の本筋とは、かなり変わっているらしい。

 

「血」というものは、どこかで、大きく入れ替わらないと、そのまま潰えていくのが、「家系」やら「王朝」やらいうものにはハッキリ出やすい現象のようで、言わば、ここでも「新陳代謝」ということが ないと いけないのだろう。

 

あくまでも残したいものらしい『天皇家』という、殊のほか「古い」らしい血が、微かに微かに混じっているという「糠床」「だし汁」のようなものについて、

私個人としてもキーワードの一言を示すなら、

「自然淘汰」

これに尽きると思う。

やみくもに小細工して残そうとしても、しょうがない。

 

 

なにしろ、以前から指摘されていたとおり、『秋篠宮』さんの風貌などは、どちらかと言えば、美智子さまのほうの系統に近く見える。

その御子息が、また庶民出の母親を持っていて、いずれ『天皇位』となるわけだから、これも、「血の入れ替わり」なのだろう。

 

まさに、『明治帝』が深く恐れたという『崇徳上皇』の逸話を思い出す、とは、以前にも言ったけれど、ま、現実は、こういうものだ。
なしくずし、止められない、こういうことは、世の常である。

 

思えば、あの敗戦時に、アメリカの思惑など無視して、皇室廃止という筋を通せなかった日本人だ。

 

さしあたっては何よりも、まずは『大嘗祭』を無しにすりゃいいのに、
と思うわ。

もし、女性の天皇OKにするためには、
そして また、
「一切の宗教色を廃し、あくまでも象徴としてのみの存在」にするためには必要な手続きでもあると思う。

 

 

税金バカ喰いの『宮内庁』も、無しでいい。

 

 

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Updated   
2019.03.30 (Sat)

『発達障碍』について、私なりの見解を少し。』の続き。

 

まあ、自分自身の実感で言えることは、

どんな障碍でも、中途半端は、いちばん、しまつが悪いと思える。

そして、

中途半端な知的や精神的異常者なら、そのへんにゴロゴロいるようだ。

 

 

ハンパな身体障碍は、たいがい、本人ひとり苦労する面が大きいが、

やはり、パッと見で分かりにくい場合もある内部障碍だから、はたの者が事情を知らないと、

知的や精神面での障碍は、本人よりも、むしろ、周囲の人が振り回されて難儀することのほうが多いと思う。

それが重なっていくと、当然、周囲からの怒りや不評を買うので、結局、本人も辛くなる、ってことだと思う。

大概は自覚もないし、いたって真面目にやっていて、はたに迷惑かけているつもりもないのだろうから。

 

ただ、、、

実際、周囲の者が、いっさい咎め立てせず、ひたすら許容し、全面的に受け入れているかぎりは、当の本人が、いちばんノホホンとしてる。

そういう状態なら、とくに問題も感じずにいられるのは本人ばかりなり、なのだ。

客観的に、自分を見ることも、反省することもない。

それどころか、

逆に、うぬぼれて、舐めてかかるようになり、
こっちのことを見下して、エラそーに言いよるで、

しまいには、

「黙って聞いてりゃウヌボレくさって、いっぺんブッ飛ばしたろか!!なにさまのつもり?!」

と怒り心頭になったことも少なからず あったよ、私は。基本的に穏やかで優しかったからねwどうやら、つけあがらせてしまうらしい。

 

でも、本人としては、悪気は ないのだから、あくまでも自分は悪くない、つもり。

つい、おかどちがいな人に向かってにエラソーなことを口走ってしまい、

それを咎められると、被害意識を持つ、
というのでは、自分勝手と思われても しかたないぞ。

 

 

私の場合、ハンパな障碍者としての立場で、最大の「敵」となったのは、むしろ、他人よりも、親だった。

 

いっそ、紛れもなく重度であれば、有無や否応、つべこべ文句を言わせることも一切なかったのだが。

そうであったなら、
根本が無責任体質であり、ミエを張ることによって「責任」を示しているつもりという混同を起こしていた うちの親は、どうしただろうなあと、たまに考えることが ある。

 

私を捨て子にしただろうか。

何とか理由を つけて、どこかに置き去ろうとしただろうか。

何度も私を脅してきたセリフどおりに、母親は、さっさと家出しただろうか。

それとも、

彼らのなかの遺伝が目を覚まし、発狂しただろうか。

 

 

ということで、

もしかしたら、自分はマイペースが過ぎるのでは ないか?

と、おりおり、自分自身に注意し、言って聞かせる心がけは大事ですよ。

過ぎた「マイペース」だけじゃないよ、

わりと平穏に日々が流れてると、ついつい、「自分棚上げ」になりやすいウヌボレ、もね。
ただ、これは、「健常者」についても指摘できることで、要するに、「挫折を知らない」とか苦労知らずな者ほど、ウヌボレがちってことだ。

 

つまり、客観的な姿勢を忘れないことが常に必要だということ。ハンパな障碍者は特に。

どうしても、一般社会に出て、仕事しながら生活せざるを得ないのだから、自分自身が しんどいのは勿論だが、当の自分側が、知らず知らずとは言え、思わぬ迷惑行為を及ぼしてしまうこともあるから、自覚が大事になってくる。

 

でも、その自覚が全くないことによる問題は、畢竟、表面的に「健常」の範疇に おさまってると安心してウヌボレてる「健常者」だって、じゅうぶんタチが悪い。

 

 

ウヌボレと言えば、

最近、就活に伴う「OB訪問」とやらで、お酒を飲まされ
(そもそも、べろべろになるまで飲まなきゃならないほどの必要あるか?上手に断れんの??と、女の子のほうにも言いたいけどさ)
あげく、レイプされたという事件の表面化が相次いでいる。

 

商社マンというのは、うちの身内にもいるけど、やっぱり、皆が皆どうこうだと決めつけるわけには いかないが、少なくとも、はっきりと「幹部候補生」としてエリートとしての入社を果たすような男性だと、そもそも、大学に在学中から、つきあってる女の子やら婚約者が、すでにいる人も多いらしい。というのは、

女性のほうも、自分の身近にいる将来有望である男性は、ほっとかないわけで。がっちり掴んでおりますよ()

 

ああいう「OB訪問」レイプ事件を起こしちゃう男はね、まず、ウヌボレてるんです。

勉強でけたオレ、

有名大学に入って、卒業して、一流の大企業に就職でけたオレ。

何やったって、オレには許されるんぢゃー!!

というウ・ヌ・ボ・レ。

 

まさに、この世の春、オレさまの天下ぢゃないかぁー!

春と言えば、女だ!!

そこへ、
自分で期待してたほどには、収穫を、いまだ得てないとなったら、それも また、
「オレさまこそは、何やってもイイはずなんぢゃー!!」病に掻き立てられ、犯罪行為に及ぶバカ。

 

ほら、エリートと目される官僚なんかにも少なくないでしょ。

ただ、要領だけはイイおつむなら、とにかく「手が後ろに」まわらないようにして、罪を犯す。

それすら できかねるアホーは、手が後ろにまわるような犯罪やっちまい、

その原因が、単純すぎるウヌボレにあったとなると、
これは もう、知的障碍者を嗤えない立場だよ。

知的障碍者と異なる点は、ただ単に、ガッコの(暗記第一の日本の学校教育における)勉強だけは、まんべんなく できた、それだけ。

 

 

最後に繰り返すが、

自分はマイペースあるいは、思い込み、独り善がりが過ぎるのでないか?

と、ときには、自分自身に注意し、言って聞かせる心がけ。

「マイペース」「独り善がり」だけじゃないよ、

ともすれば、「自分棚上げ」になりやすいウヌボレも。

 

けれど。

 

哀しいことに、

そういうコントロールは、もとより、性に合わないことなんだ。

 

性に合わないことを長年やってると、ストレスたまるのアタリマエ。

 

聴障者の私が、就職の面接でも、社内会議でも、「健常者」または健聴者の人の数倍は疲労困憊してしまうことと同じようなことなんだよ。

 

中途半端は、理解者が少ない、ひどく、気を遣う。そのわりに、責められる。

 

速いペースで疲れが蓄積し、積み重なっていくと、

ある日あるとき、張り詰めていた糸が切れてしまう、

そして、放心したように弛緩したまま戻れなくなる。

そんな状態になる。

 

結局、無理は続かないということだ。

 

 

ま、とにかく、

さしあたっては、少しでも早く気づけるかどうかが、第一の分かれ目だと思う。

 

まして、親がアテにならないどころか、ことごとく足ひっぱる敵にしかならないような環境だと、

自分で何とかして、環境を一から つくり直すなりして、生き延びないとならないからね。

そのためには、その悪環境を、一日も早く絶ち切らないとならない。

 

遅くなると、致命的。

むしろ、親が元気で強気で押してくるうちにでないと、正面きって戦えなくなる。

 

 

死も、そして病気も障碍も、誰にも代わっては もらえないのだから。

 

 

Updated   
2019.03.30 (Sat)

冒頭に、キーワードを一言。それは、

「マイペース」。

 

じつのところ、私自身、これに該当してるんじゃないかなと自分で思っている面が あるし、

亡くなった両親それぞれにも、いまにして振り返れば、大いに思い当たるし、

私や身内のみならず、ご近所の人や同僚たちといった他人にも、ああ、この人も、たぶん、そうだと思える人たちは、少なからず いる。

なので、けっして、ほんとうの「マイノリティ」ではないらしい実態が察せられるし、

しかしながら、
そうじゃないかなと見受けても、皆が同じ共通性が あるからというわけでは なく、それぞれに、特徴的な、突出した感じの面が あるので、やはり、「アスペルガー」の場合にも、「何割」であるとか、
「スペクトラム」というコトバに窺えるように、要は軽重とか度合によって、はっきりとした「障碍」とは認識されないまま生育したあとは社会人として生活している、そういう当人自身の「生き辛さ」、そして また、周囲に与える「迷惑」度合も違ってくるのは確かだと思う。

 

このような方面で特に代表的なこととして、私自身が経験・体験してきたケースやシチュエーションのなかでの出来事や事例も、おりに触れて、当ブログで述べてある過去エントリーでは、かつての同僚のことを話題にしているエントリーが幾つか ある。

正直言って、いまでも多少は不快な思いが残っている。
しかし、そればかりではなく、自分自身に対する戒めともしている。

 

まずは、一言で言って、

「マイペース」が過ぎないように、みずからを注意している、

ということ。

自分自身にも思い当たるだけにね。

ということは、「自覚」の有無も重要になってくるわけで。

 

 

ところで、

近場で行きつけのスーパーマーケットに、最近、社員か非正規かアルバイトかなどは知らないけれど、見慣れない若い人なので、新入りさんだなと思いつつ買い物中、その人の行動や態度から、ああ、傾向のある人かなと思った出来事が あった。それは、ほんとうに、ちょっとしたことなんだけれど、

やっぱり、

固執しているようにさえ見えるほどのマイペース

な感じが見受けられたということ。

というのは、

私は、とある商品を、棚から取りたいのだけれど、その新入りらしき男の子が、大きな台車のようなものを、商品棚のド真ん前に据えたまま黙々と作業しているので、ちょっとのあいだ待ってみたのだけれど、すぐには終わらないようす。

熱心な作業を中断させるのも、わるい気がして、とりあえず、他の物を買って回ってから、また戻ってきてみたら、まだ同じ状況。

少し離れた所で待っているのを、ふと、顔を上げたときに、私に気づいて、それでも、またすぐ俯き、作業に没頭しているかのように、全く同様のペースで続けている。

まあ、商品を取らせてちょうだいと、私のほうからハッキリ言ってあげれば よかったんだろうけど、何やら誤解したのかもしれないが、向こうは、さも怪訝そうな表情を浮かべていた。

 

その怪訝そうな表情を見て、私は、

「この子、これから どれくらいのあいだ、ここで、こういう仕事を続けていけるか、こっちには知りようもないけど、おそらく、今後、他の人たちから注意されることが重なると、そのたび、本人にしてみれば不本意な気持になって、ヘタすると、被害意識を募らせるようになるかもな」

と思った。

 

他の店員さんなら、客が少しでも立ち止まって待とうとする気配を察したら、丁寧な接客態度の人であれば、すかさず、「申し訳ございません!」と言いつつ、棚の前をサッと あけてくれるのだけれど。あるいは、何か お探しですかと聞いて、代わりに、こちらが指定した商品を取ってくれる。

 

 

私の過去の同僚も、あえて一言で言うと、これだった。

「マイペースが過ぎる」

そのために、私に迷惑かけてしまっていることに気づいていなかった、
あるいは、
大したことじゃないと ひらきなおって甘えている感じすら あった。

 

こちらは明白な障碍持ちであるため、一部、ある種の仕事(電話応対など)が できかねることを受け入れてもらっての新入りだった、そんな私の立場からは言いにくいので、

このような場合は やはり、直属の上司が指導し、
部下各人の能力を勘案して、業務上の公平な配分や采配すべきところなんだけど、

このときの上司も、やたら こまかく指示を出し、それを遂行せよと押しが強いばかりで、本音は自己利益と保身のカタマリでね。

こんなハッキリ言ってしまって悪いかもしれないけど、全社的にも、評判よくない上司だったし、私一個の感覚から来る被害意識ばかりでは ないと思う。

 

とにかく、全体のノルマを はけさえしたら、無能社員のシワ寄せを、別の社員一人に全面的に背負わせてでも、上司である自分の立場が安泰でさえあれば、それで良い、という姿勢まる出し。

もっとも、こっちにシワ寄せ、おんぶに抱っこ状態だった「無能社員」側に言わせれば、

「あの上司は、優秀な社員ほど潰したがってるから~」

という言い分だったw

ま、私には理解不能ざんす。

 

 

言っとくけど、

「発達障碍」だとか、あるいは、精神的な何かの病気であるとかいうことが、すなわち、何らかの面で特異的能力や才能を必ず備えているなんて保証は ないのよ。

その点を、こういうタイプの子どもを持った親さんたちも、肝に銘じていてほしいわ。

こっちが潰されかねないほど、タチの悪いケースも あるんでね、悪しからず。

 

だいたい、たとえば、目の見えない人が、あたかも その代わりのように、聴覚が鋭いとか、よく聞くパターンの話だけれど、

逆に、聴覚障碍だからって、視力が良いとは限らないでしょ。
どっちの機能も、すごく落ちていることなんてザラだろうと思う。

 

私自身も、聴覚障碍を持つ身だから、その軋轢から来るのか、いわゆる発達障碍の何かに該当するような面を併発してるように、自分で思えるし、ストレス多過ぎて、うつ病にも罹患した。

 

 

そう言えば、

とある看護助手の人で、患者を殺害した犯人だという自白にもとづいているということで、無実なのに、刑期をつとめあげてしまったという女性が いたよね。

この人の場合、軽度とは言え知的障碍のため、「迎合的」傾向が あり、そのうえ、彼女の側が、恋愛感情を持ってしまっていたという当時の取調官に、あたかもサービスするかのように、自分が加害者であると認めてしまったらしいという。

この人のケースは、ご本人自身で引っ被った かたちになってるけど、

もしもだよ、

もしも、その「迎合性」とやらのために、誰か他の人に、罪を着せることになってたら、、、

そういう恐れも全くありえないわけじゃないだろう。

 

 

厳しいこと言いたくなるのも、

これまでの私自身の人生において、聴覚障碍ひいては身体障碍一般のことを、最も侮蔑した態度を見せたり、攻撃的な態度を見せてきたのは、ほとんどが、知的や精神面の問題を抱えている人たちだったから。

 

「迎合的」とか、思考停止とか毒され易い傾向が あるのなら、そうなってもフシギは ない。

身近の周囲からや世間の俗悪さに、最も感化されるであろうから。
そういう面において、ある意味で最も脆弱なタイプだということ。

 

少なくとも知的や精神的に、いちおう「健常者」の範疇にある人なら、もう少し計算も働くからか、あからさまなまでの態度には出さない、ま、その程度の違いでしかないんだけど。

 

特に、私が、過去にネットで遭遇した連中からは、最悪の侮辱を受けたもので、それによって、

「世のなか、こんなにも、精神に問題ある者らが、インターネットじゅうを徘徊してるんだ」

と、初めて思い知ったわけ。

 

そりゃ、そもそも思考や感性に、大きな歪みや病みを抱えているんだから、さもありなんということだろう。

 

もちろん、だからと言って、知的障碍者や精神障碍者でも、皆が皆、そういう人ばかりでは ない。

私自身の実際に知っている人たちのなかにも、やっぱり、気立ての良い人というのは いるし、
症状さえ出てないなら、むしろ、しっかりしてるくらいの人だって いる。

知的や精神障碍者、と一言で言っても、結局のところ、その現れ様は、その人にもよる。その意味においては、「健常者」たちと変わりは ないのだ。

 

ちなみに、

ある精神障碍の人は、自分と同じような精神障碍の人とは、うまく いかなくて苦手だと、そう言ってる人が いた。

う~ん、
「類友」のはずなのに、自分と似ている相手だと、うまく いきにくいとか、何かしら衝突したりするというのであれば、当の自分自身の性格の悪さも疑うべきかもなw

うちの両親が典型的だった。
見かけは、ある意味、正反対のタイプに見えなくもないんだけど、根本が同類だったから。

 

でも、こういう場合、目的や利害関係を共にして、それが噛み合っているかぎりにおいては、とんとん拍子で進んで行ったりする、最初のうちはねw

 

ひとたび、利害対立する兆しが浮上したとたん、手のひら返したごとくに右・左へ別れたり、争いになったりもする。
しょせん、利害で結ばってるだけだからだ。

 

 

私?私自身は、自分と似ているタイプの人ほど、ばっちりスムーズだよ()
そもそも、ケンカにもならない。お互いに腹を立てたり、被害を被るような事態には ならないから。

 

まあ、私に似てる人なんて、およそ いなかったけど。

 

【続く】

 

 

Updated   
2019.03.28 (Thu)

けしからん『ソフトバンク/ヤフー』の続き。

 

それにしてもだ。

最先端技術を つかさどる世界の代表格のはずだろ?「インターネット」ってのは。

そのなかでも、『ソフトバンク/ヤフー ジャパン』は、国内で最大手の一角じゃないかい。

それが、ひとたび何か問題が起きたら、
聴障者にとっては泣き所の、ややこしい電話案内のみかよ。いやはや、えらく素朴なこって。

 

まじで、この際だから、今度こそは、プロバイダーから変えちゃる!
と思ってたんだけど、

最初に相談させてもらったスタッフのニイチャンに、
「これまで契約してきたものを止めて、新契約となると、違約金とか工事代金とか発生しちゃいますから、正直、おすすめできません」
と言われた。

 

でもまあ、カスタマーサービス電話番号を調べてくれて、教えてもらった おかげで、なんとか、なんとか、かたづいた、ようだ。。。やれやれ。

と思いきや、

なんかイヤな予感が、なお残る。。。emoji

 

というのは、

『ソフトバンク/ヤフー』が寄こす宅配業者から、うちに来る直前に、予告電話一本、入れてもらえないですかねと尋ねたら、大まかな時間は指定できますが、電話の御要望については お受けできませんということだったので、しかたない、

こういう場合には、玄関ドアを開けっぱなしにする、もしくは、ドアの傍に立ちっぱなしで、ひたすら待つのよ。
相手が来るまで。1時間でも2時間でも。

真冬の風が吹き込もうとも、真夏の熱風が押し寄せようとも。

なぜって、ドアホンも聞こえないからね、私の場合。

 

先日は、寒さが戻ってきた感じだったし、『ソフトバンク』の店舗を探し回って疲れたせいか、カゼっぽくて、体調が良くないから、玄関のドアを開きっぱなしにしておいたあと、ちょっと横になってたら、タイミング悪く、業者が やって来ていたのに気づかず、
そそくさと「ご不在連絡票」だけ置いて行かれちゃってた。

 

だいいち、
何度も念押しといた予定時間帯と違うがなー!!サガワくんよぉ!emoji

 

あわてて、電話受付に、再配達を頼もうとしたら、なぜか、受付の女の子の声が、

「お客様の お声が聞こえません」

とか言ってるようだったが、アッサリそのまま、冷たくプツン。

あ?えっ?ちょっとお!!

それは、こっちのセリフですがなー!!!emoji

 

 

たいがいの場合、玄関ドアが大きく開いてるのに、インターホン鳴らしても、玄関先へ出て来なかったら、大きめの声かけて呼んでくれるんだけど。

 

もう一度、配達担当の人に電話し直して、これから持って来てもらいたいが、何時ごろになります?と聞いても、ハッキリとは分かりません、多分、夕方の5時ごろまでなら、なんとか、、、と言ってるらしい。

そんなら、5時までということで待ってます、玄関のドアホンが聞こえないから、ドアを開けっぱなしにしてあるので、もし出て来なかったら、大きな声で呼んでくださいね、と、あらためて念押し。

 

というわけで、終始、スッタモンダが続いた。

なんだか、うちのクソ親と『ヤフー』が、がっちりリンクしたかのような構図だった。。。

だが、
私にとって、このメンドクサ~イ「構図」は、人生の様々な場面において定番パターンとさえ言えるものだ。
何故かは知らんが、呪いなんだろうな、母親の。emoji

 

 

私の障碍特性上の必要から言っても、特に、メールや、聴力を必要としない調べものなどの有用性は あるから、ただクサすばかりにするつもりは ないのだけれど、

マスコミ業界も含めた商売人、その御用達の政治屋、そのまた御用達の役人ども、
それらを戴いているだけのことは ある一般国民・大衆が、どんだけ~;なレベルなのかということも思い知ってしまったのは、インターネットの世界を通してならではだった。

 

ネットを使ってなかった頃は、いまの世のなか、これほどに、バカが跳梁跋扈してるとは、想像の外だった。

 

「パソコンやインターネットなど ないほうが、しあわせだった」という意見にも頷ける気が してくるな。

「こんなもの、イラネ!!」のなかに放り込んでしまいたくなるような気も してくるよ。

 

 

さて、近く行われる統一地方選挙、そして、参院議員選挙。

そこで、懐かしの1曲を。

 

〽これから始まる大レース~

ひしめきあって いななくは~♪

「駄馬いっせいにスタート!!」emoji

 

でもでも、1頭2頭くらいは、駄馬じゃないのも混じっている、と思いたいわなあ。

そうでないと、ますます無気力に陥ってしまいそうだもの。。。

 

 

ちなみに、
以前の地元首長の選挙で、候補者が、いずれも『自民』か自民寄りの党から出てるという、異常なほどの狭い選択肢しかなかったので、
思案投げ首を繰り返しても、どっちの候補者にも投票する気になれず、

なおも迷いつつ、とうとう、投票所に着いて、そのなかに入り、白い投票用紙を、意味なく凝視しながら、筆記具を握っても、なお、決めかねていた。

 

いつまで そうしているわけにも いかない、投票所のスタッフたちに不審に思われてしまうと焦ったあげく、

全員、イヤ!!

と書いた用紙を投票箱へemoji

 

もちろん、「無効票」にしかならないわけだが、どうにも こうにも、ゲンナリする候補者しか いなかったもんで。。。emoji

「白紙投票」はダメだという基本の考えを堅持する私が、このようなことを したのは、それが初めて。

 

願わくは、選択肢が あるようでいて、どれも選択したくないという、ある種の「拷問」めいた選挙だけは、御免蒙りたいものである。

 

しかし、

選択肢が あるように見えて実は選択になっていない」、

こういうことって、選挙以外の場面でも、私の人生では、けっこう多かったような気が する。。。

 

一例を挙げると、
聴覚障碍者なのに、よりによって聴覚を駆使しなければならない仕事のための養成学校へ進学せざるを得ない情況へと、母親の意向で、追い込まれたこととか。

母親に言わせれば、

「アンタには、この道しかない!」

ということで、そっちを選びたくないのならば、
障碍のことを隠し通し、あくまで健常者として、普通に就職すべし、さあ、どっちにするんだ?

という、母親が設定した「二者択一」的情況になってしまっていた。

 

それ以前、
そもそも、幾つかの理由で失敗した大学入試でも、まず、ヒアリング式のテストに、全く、歯が立たなかったのよね。。。

 

就活の面接でも、確実に、「健常者」の数倍は、エネルギー消耗してた。

だから、
それこそ「就職氷河期」なんて、何十社と面接を繰り返すのはアタリマエと言われていたけど、私には無理。ほんとにブッ倒れるよ。

 

 

あのころの母親の胸中では、いったい何を期していたのか、現在の私は察している。

つまり、私に対する常日頃の口癖だった、

「おまえのは障害なんかじゃない、単に、性格の問題なのだから、根性と努力で、どうとでも できるはず」、

ひいては、

「私の娘は、障害者なんかじゃございません!」

ということに したかったからなんだ。

 

要は、
私が、「健常者のフリ」を終生やり通せることを、固く望んでいたわけ。

 

母親の知人たちのなかで、障碍者福祉に関わっている人たちは、私の将来に深刻な影響が残るだろう、と忠告していたらしいのだが、うちの母は、ろこつに不快な表情を浮かべて、無視を貫いていたと、これは、母親の死後になって、親しかった人から打ち明けられたことだ。

 

 

もともとが、おつむボンヤリ、性格おっとりなタイプで、最初から、他者を むやみと疑ってかかるマメな性質では全然なかったので、巷間、よく聞くところだった
条件付きでないとわが子を愛せない
といった、いわゆる「毒親」の問題が、当の自分の親に該当しているなどとは、私は、つゆほども気づいてなかった。ひたすら、自分を責めていた。

 

なんせ、アル中・酒乱の亭主の存在さえも、うちの母親は、自分の健気さ、正義の立場としてのイメージづくりに利用していたとも窺える。

また、
子である私にしてみれば、親父を信用できるはずもないのは、火を見るより明らかという感じにならざるを得ないから、どうしても、母親に つくしかない。

 

いかにも太っ腹でアネゴ肌的な、気性は非常に激しいが、きっぷの良い女であり、親であるという演出のための仮面を被っている母親の、その仮面の下の異形の顔に、全く気づいていなかった。

 

恐るべき計算高さ、駆け引き好き、くだらない見栄っ張り、

その動機は、やはり、娘の私でも、なかなか理解し難いほどに深い劣等意識だったようだ。

 

じつに、母親が亡くなって、だいぶ経ったのちだ、やっと気づいたのは。

 

 

これを選んだら、いずれ詰むのは 目に見えている、

あるいは、

どうにも せっぱ詰まって、

「どれも腐り始めているのは分かっちゃいるが、とりあえず、傷みが より少ないものを拾いあげるしかない」

という情況のなかでの「選択肢」。

それは、「選択死」への道。

 

 

Updated   
2019.03.28 (Thu)

以前のエントリーでも、『ヤフー』は怪しからんという内容を述べたことが あるけどw

最近またぞろ、
この怒りと言うか不信感を新たにする出来事が あった。

 

数日前のこと、どこかで手続き上の行き違いが あったのか知らんけど、『ヤフー』関係の機器に支障が起きた。もうメンドイこと このうえないが、かと言って、このまま、手を つかねておっては、支払ってる高い料金が本当に1日ごとにムダになってしまうじゃないか!

電話よりも、メール連絡のほうが好つごうな、聴障者たる私にとって、
しかも、新聞を購読してない、テレビも見れないとなると、やっぱり、ネットが利用できないのは困ってしまう面も大きい。なので、

急ぎ、近場(と言っても、かなりの距離)の、過去、パソコンを購入したりしてきた大型電気店へと走り、たまたま、『ヤフー』関係のキャンペーンを やってるところを見受けたので、声かけてくれたスタッフの人に、すみませんが、筆談で相談させてもらえる人お願い、と頼んだ。

 

『ソフトバンク』の各支店も、ひところを思えば、かなり、たたんでしまったのか、相談に応じてくれたスタッフの人が、近距離の店舗を検索して、やっと一つ見つけてくれたものの、
そこを目指して、該当付近を探し回っても見つからず。

飲まず食わずで、おなかペコペコだは、持病かかえてる足腰が痛くなっちゃったはで、ヘトヘトになって、
あきらめて、結局、自宅から電話することに。

 

キャンペーン スタッフの人が、「電話になるので、大変かとは思いますが、、、」と、案じてくれたとおり。いや、そんなことは、自分で分かってる。

案の定、ほとんど聞こえないのを、あぶら汗、冷や汗かきまくりつつ、
あてずっぽで、マニュアル案内の か細い声が要求してくるとおりしているつもりで、てきとーにピッポッパ。emoji

 

何度か かけ直し、最初から聞き直しを繰り返して、やーっとかめ、ナマの人間の声らしきものが、かすかに聞こえ始めたので、こちら、聴覚障碍です、と、まずは ことわって、何人か応対する人が替わって、そこから先も、さんざんに待たされ、
本格的に やり取りが始まってからも、途中、話が噛み合わなかったり、そうとうにトンチンカンな応答(こういう場面は、私にとって毎度のこと)を交えつつwかれこれ1時間ほど経過。

受話器で強く圧迫し続けた耳が赤くなって、痛い。emoji

 

聴障者はツライよ。。。

思わず、グチを言いたくなった出来事でした。

 

 

何度も何度も繰り返さざるを得なかった、このテの出来事が あるたびに、ナサケナイ、なんとも言えずミジメな気分になるのよ。

 

健常者の世界では勿論のこと浮きまくり、
さりとて、同じ聴障者どうしのはずの世界でも、なじむには、もはや時機を逸してしまった、まことに中途半端な存在である私にとって、
これが人生、

と言うか、疲れる。

心身の底深くから、疲れる。。。

 

 

ところで、聴障者との遣り取りにおいて、筆談等に応じるのは、「合理的配慮」のうちということで、いまでは、法的義務あるいは「努力義務」になっているらしいんだけども、専門筋や弁護士さんでも、それを知らない人が多いみたいな感じ。

当の私自身が、わりと最近、知人に教えてもらうまで知らんかった。

 

それで、スムーズな遣り取りのために、対面の場合なら筆談をと、あらかじめ用意しておいたペンとノートemojiemoji差し出し、お願いしても、相変わらずで、いっさい、応じてくれない人も少なくないのが現実。

 

電話じゃ埒が明かない場合であっても、ファクスが不可能ときたら、

話スムーズに進まないと、応対する立場のアナタもイライラするでしょうに?と、

ぶっちゃけ、障碍者である こちとらも内心、かなりイライラしてくることもある。急いでる場合は特にね。

 

しかし、それを、チラッとでも、雰囲気に出してしまったら、たちまち、人間関係とか悪くなるでしょ。

しょうもないことで不利益を被りたくは ないから、ここはグッと こらえて、平身低頭、どうか、どうか、お願いしますぅ~;と、拝み倒すくらいでないと。

 

 

つくづく、世のなか、聴障者のことなんか、そもそも考えてないわな、と、あらためて、身に沁みまするemoji

 

まあ、そうは言っても、私だって、自分自身が体験してない障碍については、理解が及んでないこと多いだろうからなあ。

 

 

で、こちらに拝み倒させるほど、頑なで意地の悪い相手というのは、たいがいの場合、さも勿体つけ、恩着せがましく、エラそーに踏んぞり返った態度と、こう、相場が決まってるってなもんで。

まず、うちの母親が、その代表格。

字が上手くないからと、自分で決めつけていたので、人前ではゼッタイに、字を書かない態度を通していた。異様にプライド高かったからね。

 

 

まあ、筆談にせよ、それ以外の方法にせよ、幼児期からの聴障者である自分の弱点を常日頃から自覚し理解していて、日常的に慣れてる私は、

いま何の話なのか、その要旨に関係する、言わば「キーワード」一つが分かりさえすれば、そこから全体をサーッと理解することが できる場合は多いんだけど。

 

いわゆる健常者また健聴者にしてみれば、殊更、大層な、めんどくさい作業、というイメージが あるみたいで、筆談のコツ的なことなんて、普段思いもしない、知る気もない人が殆どだろう。

なので、
こういう場面に慣れてない、かつ真面目な人ほど、いざとなると、やたら丁寧に、話すコトバ全てを書き連ねようと、無意味なくらいガンバってくださるから、そりゃメンドクサイわよねえと思う。

お察しできますよ。こちらも、ますます、申し訳なく思っちゃう。m(_ _)m

 

 

小学校で1年生から担任だった、昔かたぎなベテラン教師が、いみじくも見抜いたとおりとなった。

純真で、同情心あつい、素直な性質の子どもだが、あまりにも自己主張が できなさ過ぎるままだと、この子は将来、大変な苦労を することになるだろう、と。

 

思えば、

幼稚園、小学校と、担任教師に促されても促されても、専門医に診せるのを忌避し、

「おまえのは障害じゃないんだ、性格の問題だ!努力と根性が足りないからだ!!」

と、障害手帳の申請をトコトンまで邪魔し、就職の足を引っ張り、

時すでに遅過ぎた補聴器を、高価なため、やっと片耳の分だけ(本当は、両耳でないと いけないのだが)購入するのに資金援助してくれた親父に謝れ!と要求し、

結局、私の障碍タイプでは、どんな補聴器も役に立たないと分かったら、これまた呆れ果てたように、「ワガママ」呼ばわりし、さんざん罵り、

すべてを私一人に押しつけ、

周囲の全員に、「あの出来損ない娘が悪いから、こうなった」ということに しおおせたのち、死をもってトンズラこくのに間に合った、
要領だけはスバラシく抜きん出たクソ親。

 

他人よりも、しまつが悪い、実の親。

 

これで、「自己主張」だの「自己肯定感」なんざ、
ハナから培えるわきゃねえのよ。

 

ややこし過ぎる人間関係、愛憎入り乱れる血縁関係のなかに放り込まれて、一人だけ幼児だった私の眼から見れば、家族らは、不可解で凶暴なオトナばかり。。。

 

 

そう言えば、むかしの勤務先の、かなり年上の同僚で、
ご本人自身、そうとうの問題を抱える人物だったんだけれど、あるとき、うちの親と会って、食事を共にする機会が あったあとで、
この同僚は、こう言った。

「あんた、おかあさんを信用し過ぎだよ!」

その当時は、私も若かったせいか、ピンと来なかった。

 

これらのことも振り返ってみれば、

自分自身が邪まなら、相手も また、その類に違いないと疑ってかかるのが心理だろうし、

狡猾どうしの駆け引き勝負よろしく、相手を陥れてでも、自分が勝とうとヤッキになる。それが生き甲斐ですら ある、似た者どうしこそは、自分の同類を嗅ぎ分け、見分けられるもんだと。

 

ところが、自分自身が持たざる性質の相手だと、とうてい、想像も及ばぬまま、ただ素朴に単純に、相手を良いように理解しようとする。

この場合は、自分と似ても似つかない相手だからこそ、なかなか見分けられないんだと思う。

 

まして、親だとね。

子どもにとっては、自分の親を疑って かかるというのは、どうしても困難だ。

 

 

ダブル不倫の計算づく、しかも根本バカ女が妊婦、その腹のなかに いるうちから、脳性マヒにならないほうがフシギな状態で放置、
予定日もデタラメななかで産み落とされ、
したがって、大難産の重度仮死状態だったわけで、
その時点で、栄養どころか、酸欠脳状態。

だから、何十年このかた、「ぼ~~~」っとしてるの!!しんどいからよ!

 

 

自慢の立派な墓に、終生執着した相手と同じ穴ぐらの底、目論見どおり納まって、

おまえさんら「共依存」夫婦の死後の世界や「来世」とやらは、
さぞやシアワセ万々歳?

 

今回、私が、「そういう星のもとに生まれて」、自分の「宿題」を果たしたのだ、という、もっともらしいスピリチュアル話が真実であるのなら、

次に、「宿題」を果たさなければ ならないのは、まさに、おまえさんたちだ。そういうことだろ?()

 

 

いったい、この世で最初の「カルマ」とやらを拵えたのは、誰だったというのか。
ならば、やっぱり、宇宙ごと、この世は消滅すべきだろが。

 

まったくもって、無意味なオハナシが あったもんだ。

 

【続く】