2024.05.01 (Wed)
いわゆる『ララ物資(Licensed Agencies for Relief in Asia)』ってのが あるじゃないですか。
そう、
敗戦して間もない日本の、餓えと栄養失調などに苦しむ児童・生徒のためにと、戦勝国・占領国そして宗主国となった『アメリカ』が、思いやりをもって、送ってくれたという『ララ物資』。
私も、実家で生活していた若い頃、生前の母親が、おりに触れて、自分の子ども時代を回顧して話す内容のなかで、何度か言及していたことを憶えているのだが、母親は、とにかく、有難がっていた。
「さすがアメリカや。豪華な、美味しい食べ物が、たくさん届いてなあ、みんな大喜びしたもんだ」と。
でも、あれって、
アメリカ国内で余っていた家畜の餌だったという説も あるんだってねw
うちの母親が元気で生きていた頃に、この話を知ったら、どんな顔したことやらww
『学校給食の歴史と背景』
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私はね、例のトウモロコシ押し売りされた話のことを思い出して、よけいにムカついたw
このトウモロコシの件は、実のところ、手続き上の、ちょっとしたカラクリみたいなことが あって、トランプが、単純に喜び勇んで披露してみせただけのことで、実際には、日本側が買い取るには至っていなかった、という言い訳めいた話も知らないでは ないよ。
だが、
そういう話を、平伏して受け入れること自体が、大間違いだと言ってるんだ。舐められる原因だと。
『アメリカ』に媚びに媚び、それで、自分たちの私利私欲政権が続いていきさえするのならと、
あの原発事故から間もない当時、甘利氏が言い放ったというとおり、
「日本なんか、どうなってもイイんだ」
とて、朝鮮カルトの『統一教会』とでも結託する。
それが、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』の正体だ。もはや隠しようもなくミエミエとなった。
ところで、
これも「ヤフゴミ捨て場」で見かけた投稿からなんだけど、
いわく「為政者の統治行為上の違法行為を訴追する事は実は論争がある」
ってやつね。
いかにも、学ありげな口調のコメントだったけど。
それって、ちょうど、いま、トランプ絡みで指摘されてるところみたいよね。
でね。
私は、それは「ヘリクツ」の範疇なんじゃないかと思ってる。
なぜかと言うと、
その「統治行為上の」云々という指摘の根幹理由に、
「民主主義」及び「三権分立」(どや!)
という大前提が あるからなんだけれど、
しかし、
民主主義であろうが なかろうが、という以上に、
むしろ、
民主主義とは言えない、ずばり独裁体制、専制国家に おいてこそ、
言うところの「為政者の統治行為上の違法行為を訴追」しないことが堂々と罷り通ってる現実が あるわけよね。
それどころか、
訴追されそうな恐れのある「違法行為」そのものを、為政者、統治権力者についてのみは、完全に取っ払い、あり得ないことにも しちゃうわけで。
そもそも、引っ掛かってくるルール自体が存在しない状態にしてあるんだったら、「違法行為」もクソもないわけでね。
『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』も、よく持ち出してくる言い分と手法よねw
だったら、「民主主義」だから!という大前提に、何ほどの意味が あるのだろうか。
おまけに、
「三権分立」ってのも、この日本に おいても、ほんとうには機能しているわけじゃない。
従来から、『不逮捕特権』や『免責特権』やらというものを、不要と見做している私はね、
弱い者いじめ大好き、私利私欲まる出しの『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』ベッタリ、しかも、世間知らずなオボッチャマ・おじょうちゃん裁判官らに、エラソーに人を裁く資格なんか あるのかいなと、はなはだ疑わしく思っとります、ええ。
私は常々言ってきたけれど、
民主主義において、また「法治主義」ってやつもだが、まさに、主役たる国民大衆の圧倒的多数が、あるていど高い知性を持ち得ていないと、さっぱり機能しないことになる、と。
それが、「肉屋を支持する家畜」ともなりうる民主主義であり、また法治主義というものなのだ。
情報収集、意欲的な勉強、取捨選択に際しては、相応の知性が必要となるわけだし、
それらの前段階に おいて、積極的な関心かつ持続が必要となるのも当然だ。
こういった基本をスットバシても通用し得るとしたら、よほどの直感力が備わった少数者だけです。
ほとんどの者は、そんな直感力もないからには、地道に勉強しかない。
偏らないことに留意しつつ取捨選択力を培う努力に励むしかない。
同じく「ヤフゴミ捨て場」で、
ヒトラーが やったことは正しかったのじゃないかという気が してくるなどと言ってる者も いたようだが、
はっきり言っておく。
大間違いですよ。
なにバカなこと言っとるか。
それと、
ユダヤ人が被った痛みがわかれば、他者に対して、ヒトラーからされたことを真似してやってはいけないことくらいわかりそうなものだ、
と言っている投稿者も いたが、
これは、まあ、妥当なこととして、ほとんどの人が同意するところだろうね。
しかしながら、
われわれ一般人の日常生活レベルのなかに おいても、たとえば、昔から知られている事例として、いわゆる「嫁姑」の争いね。
たいがいは、「わたしだって、嫁入りしたばかりの若い頃、姑や小姑にイビラレたんだから」ってな姑側の言い分は よく知られていたようだけれど、
これは、親子間でも、あるいは先輩・後輩とか古参・新入りの事例にも当てはまる場合が あるだろう。
最近のエントリーで、例の『北朝鮮』の「王朝」モドキが、昔の『皇室』の真似に過ぎないということを、再び指摘したところだけど、
そこが、人間心理の始末の悪い現れなの。
人間の多くは、えてして、自分が やったことよりも、やられたことのほうを重く、鮮明に記憶する。
もちろん、皆が皆、同様な性質・性格とは限らないので、少数派では あっても、あまりに酷い目に遭ったからこそ、幼い子どもには ありがちなように、何か分からないが、おおかた自分自身が、何かの悪要因や原因を生み出してしまっているから、こんな目に遭うんじゃないのかと、なんとなく思えてしまい、そこから、不必要なまでに、自責の念に囚われる向きも ある。
ただし、このような人ならではの陥穽も あるだろう。
「この自分だって耐えて耐え抜いてきたんだから、だからアンタも」
という、筋違いの、たいがいは無意識の押しつけだ。
心底くやしい、惨め、屈辱、どうすることも かなわない、そういった思いが激しいほど、それと同じくらいか、それ以上のことを、みずからが、何かしらの対象に向けて発露・発散しないかぎり、ずーっと抱え続けて、ずーっと屈折し続けていくことになる。
それを薄れさせ、あるいは正当化を欲して、かつては、自分を凌駕し、踏み躙り、辱めた相手をソックリと真似し、それ以上の蹂躙を実行することとなる。
そこで初めて、
自分は、もう弱くない、自分を踏み躙り、痛めつけた相手よりも強くなれたのだ、という自己満足と錯覚に浸れる。
領土でも何でも、
これは自分のものだ!という意識が強烈な者ほど、ただ不当に奪われたのだという被害意識も強烈なことになる。
なぜか、これまた男性に多いよねw
【続く】
2024.04.27 (Sat)
『【続】Schneewittchenの「男性不要」論w』の続き。
ここからが、本題の本題。
先日、とある家庭内で奇跡が起きたそうな。
と言うのも、
『ジュズカケ鳩』という種類の雌の鳥が卵を産んで、雛が元気に孵ったというのだが(その2週間後、あえなく死んでしまったらしいが)、
しかし、家の人の説明では、この雌一羽のみで飼育してきており、オスと接触する機会は一度も なかった、というのである。
数年前に、九州のほうで、だったかな、『シロテナガ猿』とかいう種類の、若い雌猿が、オス猿と交尾できるはずは ないのに、ある日、突然、出産していたことが発覚したというので、なかなかの話題となったことを思い出し、
「いやいや、こっそり、男、いや、ボーイフレンドが できてたんじゃないのぉ?」
と、始めは、ちょっと お下品なことを思ったりしたのだがw
さすがに、お猿の「モモちゃん」のときのように、飼育している男性が、、、という声は見かけなかったわなww
しかし、今回の雌鳩の出産は、ほんとうに、オスは無関係のことだったらしい。
稀とは言うものの、時々聞くもんね、他の生物種でも自家生殖とか単為生殖とかって。
もちろん、オスではなく、雌だからこそ できることよね。
ここで、何度目か(?)
Scneewittchenの「男性不要論」登場でございますw
これまで、当ブログに おいて何度も言及してきたように、
性の基本は、女性である。
日本では、『皇室』あたりも、まさに直面しているところだが、
うちの母親なんかも、早くから指摘していたことで、
いわゆる「旧家」と呼ばれるような古い家になると、だんだんに、男子が生まれなくなっていくのだよ、と。
最後は、「先祖返り」みたく、女子ばかり生まれるようになっていくと。
まあ、必ずでは ないだろうし、古い家柄どうこうってより、他の条件にも左右されるのだろうし。
旧家のイメージって、昔から、多かれ少なかれ裕福な家というイメージも あるけど、そういうこととも関係してるかもな。
なんたって、生活が苦しいとか、生命が脅かされかねないくらいに切羽詰まってくると、がぜん、性欲モリモリしてくる傾向も、男性に顕著だ。
何らかの病気とかを含めた事情は別ですよ、当然だが、
揺るぎなき基本として、本来的には、産む性すなわち女性。
女性は、男性性も「兼ね備えている」存在なのであるゆえに。
そもそも、この世は、女性と呼ぶ必要もなく女性の世界だった。
それが、
ある日あるとき、
「女性では ない者」が産み落とされた。
それは、
本来なら「X」の形のはずが、
なぜか、一部が欠けた形の「遺伝子の容器」すなわち『染色体』というものを持って生まれた。
あるいは、
2本セットのはずが、欠けて1本または1種類だと、オスになる。
欠けてるんですな。
さよう、欠落してるんです。
あまりに歴然としていることで、
古今東西、多くの男に共通していて やりたがることときたら、だいたいが、性犯罪か戦争といった、凶悪性を帯びている傾向。
そして、ある面で、ひどく子どもっぽいとか、好んで偏りが激しい。
「みんなオオカミ」を自認してきた男どもよ。
異論は ないじゃろが。ああん?(嗤)
その、「欠け」が、影響してるわけだなあ、良くも悪くも。
良くも悪くもだ。
ちなみに、
『七面鳥』というのは、比較的に単為生殖が起きやすい種なのだそうだが、その場合、生まれるのはオスだけ。そして、なかなかに、気が荒いらしい。空腹など、何らかの不満に さらされると特にw
人類も、いいかげん、発展し過ぎたのか、のさばり過ぎたのか。
そろそろ、「欠落ゆえの」男性性ってのも、お払い箱に するべきときが来たのかな。
だいたい、個人的な劣等感や被害意識を抱え込んでいる者は、どんな分野・世界でも、始末の悪い混同を齎しがちだが、支配欲と権力欲に囚われた男どもは、古今東西で明白な大問題を起こし続けてきた。
その人間性を深く疑われる現代の代表格。
『ノビチョク』ザ・プーチン、
「中国の悪夢」ヂンピン、
昔の『皇室』の真似まる出しな金ザ・エセ王朝、
隠すフリも そらぞらしい、差別主義者エルドアン、
ええかげんにしとけクソ二ヤフ、
もはやカルトの教祖と化したトランプと、そのワナビーズ、
『イスラム原理主義』の男ども。。。
これらの男どもに媚びてしやまぬ女ども。
大っキライだわあ。。。
Gerome(French,1824-1904)The Day Of The Last Judgment
今後は、女性ひとりで産む。。。
男性という存在を一切、必要とせずに産む。。。
男やオスというものが全く存在しない、本来の世界へ帰っていくのぢゃwww
もっとも、
ほとんどの者は、最後は何らかの病苦のなかに息絶える。
そのことを分かっていながら、それでも産む、
ヒト族の女が最大に罪深いとも言えるんだろうけれど(苦笑)
このたび話題となった「処女懐胎・出産」のジュズカケ鳩『ちゃる』ちゃんが、孵った雛を可愛がってる ようすを見せてもらっているうちに、
先日、とある民家で飼われている鶏の一種が、自分の幼い雛を可愛がる ようすの動画を見たことも思い出した。
雛が、母鶏の背中に攀じ登ろうとするとき、母鶏は、自分の からだを、すぐ横の壁にピタッと寄せるようにして、そこから、雛が登りやすいように してやったり、雛が、自分の正面に来てヨチヨチ歩きまわっていると、腹部の前の羽毛をカーテンさながらフワフワ泳がせるように頻りに動かして、「ほらほら、おかあさんの おなかの下へ お入り!」と、雛に促してやっていた。
『中野重治の評論『冬に入る』を今読む ー平和運動の路線と関わってー』長周新聞2017年8月31日
https://www.chosyu-journal.jp/review/4583
『映画『オッペンハイマー』(クリストファー・ノーラン監督)を考える』長周新聞2024年4月12日
https://www.chosyu-journal.jp/review/29968
2024.04.27 (Sat)
『Schneewittchenの「男性不要」論w』の続き。
「ヒダリ」を自認する者たちにも言っとこう。
今回、見かけた『朝日新聞』の記事では、『クルド人』差別デモに対する抗議のデモ側に対して、例の『米軍基地』抗議活動を続ける『沖縄』県民に対する警察側からの、とんでもない侮辱発言が あった事件は、私の記憶にも新しいが、それと同様な発言内容が、今回も起きたことが発覚し、それについて、
「左派の運動への嫌悪を感じた」という、今回かかわっていた市民団体側の世話人という女性が、
「不適切な言動をすれば、市民からの信頼を失う。今後の指導を頑張ってほしい」とも言ったそうだが、
まず、みずから「左派の運動」と宣言するのは、どうなんだろうかね。
そもそも、多くの一般の市民からの信用を失ってしまっている点では、「左派」も お仲間だわねw
なぜなのか、本気で考えてみたことあるのかなあ。
もちろん、
私みたいに、いわゆるウヨ、ネトウヨに対して違和感、嫌悪感が つよいけれど、「ヒダリ」を称する人たちに対しても、負けず劣らずの違和感や呆れを感じている者も いるわけよ。
だいたい、公正なる精神に則った主張や活動を自負しているのであれば、それは、「右派」も「左派」も関係ないはずだがな。
クルド人たちに対する、日本国内での生活指導も、彼らを大事に受け入れるべきと考える あなたがたが率先してガンバってくださいよ。
自分たちの民族を誇りに思い、悪く思われたくないならば、どこの何人であろうと、外国では、自分たち一人ひとりが出身国や自民族の代表と見做されるんだということを、肝に銘じよ!と。
ましてや、この閉鎖的な気風の残る日本国内、一目瞭然で、日本人では ないことがハッキリわかる容貌なんだからね。
ああ、めんどくさ。
だから、わたしゃ、いまだに「ミギ」や「ヒダリ」に拘ってる連中が、時代遅れで浅はかに見えてしまうの。
ウヨ連中が、やれ「共産主義」だ「リベラル」だから、『朝日新聞』『毎日新聞』ケシカラン、とか喚き散らすけどさ、
あれらの新聞社だって、共産主義でもリベラルでもないでしょ!w
私に言わせりゃ、じゅうぶん「ウヨ」の範疇だしw
概ね、『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』政権のシモベだしww
ましてや、「弱者の味方」なんぞでは全然、ないと思うぞ(嗤)
アカラサマか遠まわしかの違いだけだwww
でもね、
過去エントリーから ずっと指摘してきてるけど、
「角度を付けた」報道なんて、報道じゃない!!
と主張してる、今回『МSN』コメント欄で見かけたネトウヨども。
何度言っても、分からんままのアタマだね。
それこそ共産主義とか専制主義とか全体主義の国家では ありません!と誇るのなら、
報道機関を任じる企業が、なぜ、こんなに幾つも あるのか、その理由が分からんか?と。
どれだけの数の報道機関が あろうと、
どの新聞社やメディアも、こぞって判で押したような内容や結論しか出さない、出せないのでは、まさに「大本営発表」でしかないってことだ。
このカンタンな論理が皆目わからんままなのが、あたま悪すぎのウヨ、ネトウヨの特徴(嗤)
それとな、
およそ官憲側すなわち「暴力装置」側が、その公務遂行中に、「土人」だの「ザコ」だのと、
市民・国民に対して侮辱する内容のセリフを吐くこと自体、断じて許されないんだよ。あたりまえだろが。![]()
まあ、私個人的にも見たことは あるよ、昔ながらの「おいコラ」式態度の警察官もw
ああ、もう、
だから私は、このテの履き違えアタマしか持ってない低知性な男どもとウヨ連中が大キライなの(嗤(嗤)
時間のムダさせられるうえに、しまいにゃ、こっちのアタマが痛くなってくるからねw
それこそ、ウヨらが言い募るセリフ、「話し合いや対話はムダ」なんだなと実感する。
当エントリーの本題に入る、その前に、
ネット上のニュースに併設しているコメント欄のオゲレツぶりには、ほとほとウンザリしている私だが、
つい最近も、心底から厭になるようなコメントの羅列で、うんざりも通り越して、なさけない気分。
ほんとうに、特にネット ニュース等のコメント欄は不要、無用です。
特にね、男性と思しき投稿者らの それよ。
それが、いっちょまえに、子持ちデスと きたら、暗澹としますわ。
オメエみたいな、知能も人格も下劣なバ■が、ガキつくって どーすんだ!と。
だいたいが、いわゆるウヨ、ネトウヨなのよね、この手合い。
くだらない感情ばかりを前面にグイグイ押し出して、「論理性」と言えば、しょーもないヘリクツにもなってやしないカン違いを、これが論理性だと信じ込んでるドあ■ども。
ああ
それなのに、
政治、経済、外交、福祉、そういう分野にこそ、ぎゃーぎゃーコメントしたがるのよね(嗤)
もちろん、不勉強だし、勉強してるつもりでも偏りが激しいし、
二言目には「日本の文化を大切に!」などと主張するわりに、日本語の基本も身についてない体たらく。
こういう、いかれたアタマ、性格も屈折して歪んでるくせして、みょうに単純な男、こんなのと ひっつく女の気が知れん(嗤)
とある記事では、
夫の趣味のギターを、リサイクル店みたいな所で、独断で換金・処分して、夫婦ゲンカになったとかいうストーリイを提示してたが、私自身も、古いギターを持っているし、亡母の和楽器を処分した経験も あるので、楽器店で処分しないのはモッタイナイことだよなと思いつつ、目を通してみたんだが、
楽器に限らないよ、
身内の遺品を大量に処分したときも経験したことだけど、楽器とか茶道具とか、特定の層が購入するような趣味の道具類は、買い取り自体、店側から断ることすら あるくらいなんだ。
むしろ、一般的なリサイクル店にとっては、場所塞ぎでしかない。
だって、売れないから、なんですって。
単なるリサイクル店の場合、いわゆる100円ショップあたりに来る客層と動機が共通していて、あくまでも気安く使える日常品を、できるだけ安価で買えたら、それでイイという程度の動機しかないから、ほとんどの客にも店にも、「目利き」は できないし、そもそも、価値なんか分からない。分からなくても通用するレベル。
でさ、
『МSN』に掲載された、その記事に付いたコメントよ。
やれ、男の趣味を理解しない、価値が分からない生き物なんだから、女には注意しとかないと!てな類の、威丈高なコメントだらけ。
このテの男、大っキライですわ~。
うちの親父はね、18金の、ダイヤモンド付きイヤリングを、迷わず、ゴミに出したことが あるんですけどねw
親父なんか、およそ、ものの値打ちだの、品の良し悪しなんどにサッパリ疎い、それこそ、何も分かってない「生き物」だったけどね(嗤)
なぜか、自分の「胴裏」にだけは、えらく拘って執着してたがw
なんせ、庭に植えた草花ですら、せっかく芽を出したところなのに、雑草と間違えてサッサと引っこ抜く始末だったからな。一事が万事。
まあ、高価なアクセサリーを、食卓の上に置いたままにしてあった母親も迂闊なんだけど。
いずれにせよ、自分から見たら、つまらない物に見えても、他者が所有しているもの、大事にしているものは、本人に黙って処分すること自体が、基本的に問題だわね。
つまり、男性・女性に関係なく、その個人の性格、良心、良識の問題です。
最初の話へ戻して、
先日、ぶり返してしまった酷い腰痛の原因になったことは?と思い返してみて、
どうやら、寝不足だったこと、このところ、またぞろ、栄養がマトモに摂れていなかったことなどが重なったのだと思い当たった。
若い頃から、親や周囲の者には、横着な怠け者!という烙印を押されていたけれど、人知れず、ヘンにガマンづよい面も あるのですわ、私は。
とにかく、今後は、もう、これまでのような無理は一切できなくなったんだなあと、深く実感している。
若い人にも言いたいのは、
いまは平気、だいじょうぶ、なんとかなるサと思うような どんなことでも、トシくったら、積み重ねてきた無理がワッと襲ってくるもんなのです。
【続く】
2024.04.24 (Wed)
『Schneewittchenの「腰痛」論w』の続き。
それから、
自分の体質も あるのだろうが、これも、学生時代からの問題で、
睡眠不足になりやすいこと。
手術後は、じゅうぶん回復しきらないうちに、新たな仕事に就き、
これまた、ほどなくして、親が倒れ、その入院先への通いと世話、最後は看取り。
ちょうど半年後に、叔母も亡くなり、その後始末。
大キライだけど、渋々、実家に通って、残された親父の世話。
あの頃、食費と同様に削りがちな睡眠時間が、連日、2時間といった日々が続いた。
そんな日々のなかで、ふと、
「あ、自分の頭のなかのネジみたいなものが、どこかで壊れたな」
という感覚を持った。
それは、いまでも、尾を引いていると感じる。
『黒田氏の お買物』
ところで、
こういった分野の問題について指摘し続けるのも、たいがい疲れてきてメンドクサいので、それでも指摘すべきと思うときは、辛うじて、「ついでの付け足し」形式で済ませるようになってしまってるんだけど、
先日、『毎日新聞』だったのかな、あやふやになってしまったが、
いわゆる障害者就労施設・作業所で支払われる、障碍を抱えた利用者に対する「工賃」なる名称の報酬形式が制度として ある、その「工賃」を上げるためにガンバろう、みたいな内容の記事を見かけたものの、見出しだけで、本文はスルーした。
と言うのも、
私は、数年前の過去エントリーでも、この「工賃」の問題について、何度か指摘してきている。それは、
「工賃を上げるために」ガンバる以前に、
「健常者」なら、法的に義務付けられている「最賃」が、
障碍者なら、まったく守られなくてイイことになってるという現実の基本問題だ。
ここで、私が問題視しているのは、
「健常者」でも障碍者でも、作業内容と出来あがりは同じなのに、という場合。
もっとも、処理スピードに難が あって、その不足分は、施設のスタッフがカバーしているという実情も、作業所と作業内容によっては あるらしい。
たとえば、これも過去エントリーの どこか、たしか、古賀茂明氏のコラムに対して指摘しておいたことだったかと憶えているのだけれど、
私は、ある日、機会が あって、障害作業所の利用者たちが、何やら「アミューズメント」的な、ちょっとした小物類を何点か、しゃれた小さな袋に入れ、その袋の口もとを可愛く縛るように閉じる、という、いたって簡単な単純作業に勤しんでいるのを見たことが ある。
こういう仕事でも、「健常者」が作業したのなら、「最賃」に則った報酬が支払われるはずだ。
だが、障碍者が作業したなら、その報酬は、「健常者」の半人前どころか何分の1しか価値が ないと見做され、最賃から締め出された「工賃」ということになるわけね。
近頃のエントリーでも、私自身が、作業所に通っていたとき、ネット販売用のアクセサリーづくりや、それなりに複雑な手作業を行なった報酬が、時給にしたら300円だったということを述べた。
まあ、そもそものキャリアとは全くの分野違いだし、初心者の私個人は不器用で遅いから、文句を言いたい気はサラサラないけどw
「同一労働」ナントヤラの問題とも通じてくることじゃないのかなと思う。
ちなみに、私が目撃した作業所内の、その手仕事を発注した企業は、あの『産経』だったw
なんとなく好奇心で確認しておいたのだが、おかげで、しっかり憶えてますww
さぞかし、
「わが社は、慈悲深くてボランティア精神ゆたかですから、世のなかに良いことしてますでしょ!エッヘン!<(`^´)>」
というつもりだったのだろうwww
ちなみのちなみに、
これも『毎日新聞』だかが、『日本財団』絡みのボランティア・友好外交展開中デスみたいな宣伝的記事をチラホラと出してくるよねwこないだも見かけたぞ。もちろん、ハナから読まんけどww
あの団体も、例の(旧)『統一教会』『日本会議』、すなわち、「ご利用!ご利用!の安倍」の「悪だくみ」グループ構成集団を成す一角であり、ずぶずぶに癒着してきた、いかがわしい組織の一つだろ。
以前から言ってきたように、
『フジ・産経』みたいな、報道ならぬ煽動は、おっぴろげのアカラサマだからこそ!鼻先で嗤ってスルーできるんだよw
まあ、まともに洗脳される層も存在するからこその、ああいう商売も成り立つわけなんだがww
しかし、アカラサマを避けて、ステルス的と言うか遠まわし的、搦め手的な やりくちで操作しようとする連中は、ある意味で最もタチが悪く、信用ならん。
何を企んでるのやら、ほんとうに、日本の大手紙も、ことごとく信用ならないw
これは、あとから読んだ記事なんだけど、これまたメンドクサイ話だが、ついでのついでに。
何やら、『クルド人』差別に関する記事だったんだけれど、
ごく簡単に言っておくわ。
この日本でも、国内外で凶悪事件を起こしている、まさしく当の日本人は ひきも切らずだろ。
つまり、どこの何国人であろうと、いろいろ問題を起こす者は混じっているし、完全に排除することは不可能ということさ。
ましてや、当の日本の政府が、どんどん乏しくなっていく労働力などの補充を目論んでいる国策であるのが本音ならば、移民してきた側の者たちにとっても、少しは強く出て自己主張してみてもイイんじゃないかと思ってもフシギは ないし、
もともと、自己主張や自己愛の強い者ほど、差別された、排斥された、不当な目に遭わされたという感覚を抱えさせてしまうと、それが積もり積もって、犯罪事件の切っ掛けにもなりかねないのだから、
いわゆる「ウヨ」「ネトウヨ」らは、「日本を守るんだー!!」てな、やすっぽいヒーロー気取りで、われわれ日本の一般市民を、かえって危険に晒すような逆効果を持ってくるなよ。
だいたい、「ウヨ」系が固く支持してきた『自民党=本名:ダッピ統一壺売国党』に目立ち過ぎる「世襲習慣」な。
今度も、二階さんが、早速、息子さんを後釜に据えたってことだけど、
自分が居座り続けるか、自分の子を据えるか、どっちかでしょ。
これって、まさに、独裁政権を戴く国家の最大特徴の一つだよね。
日本も、いいかげんにしないと、後進性が誤魔化しきれんじゃないかとは思うけど、
まあ、なんせ、相変わらず「天皇制」を戴き続ける国柄ですからなあ(嗤)
『和歌山』県民・市民にとっての利益優先で何が悪い、という主張も目につくが、こういう手合いこそ、『沖縄』の米軍基地について批判する人たちに対しては、「日本全体のことを考えろ!!」と怒鳴る(嗤(嗤)
それと、
居座り続けと言うと、例の目立ちたがり麻生さんがシャシャリ出て、なぜか、またぞろの『共和党』代表候補に なってしまってるトランプに面会というので、いくら何でも、もう少しタイミングを考えろという声も高い。
そりゃそうね。
あきらかに、生前のアベシの真似なんだろうけど、
ただし、トランプは、アベシに対して、あるいは、日本人全体について、こういうふうに言ったことを、やはり、皆さん、忘れているようデス。
表面は善良そうにニコニコしてるけど、腹のうちは信用できない、と。
トランプのみならず、バイデン大統領にも、そう思われてしまったようだな。
【続く】
2024.04.24 (Wed)
みなしゃん、おゲンキれすかー(ヘラヘラ)
早くも、暑い感じですなあ。早すぎるわな。
寒いのも厭だが、暑いのも困る。
いやぁ、もう すでに回復しては いるのだが、先日、しばらく おさまっていた腰痛ぶり返しで、ニッチもサッチもの四苦八苦、またぞろ、1分間に数ミリしか動けないという ありさまで、ブログ更新なんぞする気も起きやせんでした。当然、他の用事たまりまくり。
思い起こせば、ここまで酷い痛みに初めて陥ったのは、一昨年あたりからだったろうか、
『微小粒子状物質(Particulate Matter2・5)』
経験したことのない痛みだと、これ、いつかは治ってくれるんだろうか?(泣)という猛烈な不安に苛まれ、まじ泣けてきたもんだけど、泣いたって どんならん。
それでも、1週間くらい経ったら、酷い痛みは軽減していき、なんとか、ほぼ通常どおりに動けるようになった体験を踏まえて、今回は、同様の痛みのなかでも、少しだけ冷静に分析して構えることが できたかなと思う。
専門医あたりの説としては、痛くてもガマンして動くべきとか解説してる記事を幾つか見かけたけれど、
私の場合は、がまんして動けるどころじゃないので、ひたすら安静だ。
はっきり言って、ほぼ寝たきりに近いよ。
もっとも、寝っぱなしというのも、かえって良くないのは理解できるし、実感として、寝つづけるのも苦しいものが ある。
恐らく、うちのベッドのマットレスなどの、たしか、購入時20歳代からという長年に渡り過ぎた使用で、そこも問題なのだろうが、もともと、寝相が良い(?)ほうとは言え、腰痛のときは、なおさら、寝返りが しにくい。
したがって、長時間、同じ体勢で寝つづけがちなせいで、これを変えるときも、激痛に見舞われることになるのを覚悟で、自分を叱咤し、できるだけ、体勢を変える努力を しなければ ならん。
いずれにせよ、飲まず食わずでも、一定の時間が経てば、トイレにだけは行かないわけに いかないので、冷や汗を掻きながら呻きつつ起き上がり、冷や汗を掻きながら呻きつつ、1分間に数ミリの歩みを進める。
やっぱ、杖が必要かと思うところなのだが、杖が あったところで、1分間に数ミリの動きは変えられないだろう。
要は、腰と、痛む側の足には、重心を かけることが、ほぼ全く できないので、その間、ぜったいに、どこかしらに掴まっておれるよう、この家具の次は、あの壁、その次は柱等々と、からだを支えてくれる中継地点を探しつつになる。
重心を かけたときのみならず、痛む側の足は、室内の段差部分などで瞬間的に だらんと垂らした状態のときにも激痛だから、特にシッカリと つかむ必要が ある。
いくら、寝るのが大好きな性分とは言えど、おのずと限界は あるもんで、少しだけ座っていられるかなという気を起こし、少しでも、水分補給し、食べておかないと、とは思い、しばらくのあいだ、机に向かってみても、椅子に座っていること自体で、ますます、足腰に違和感や痛みが増してきて、食欲も ない。
そんなわけで、ほんの短時間でも、すぐに疲労し、今度は、起きているのが辛くなる。
常に、どこかに苦痛が ある状態だと、気力・体力の消耗が激しい。
で、再び、椅子から立ちあがるのも、ベッドに横たわるのも、激痛との闘いだ。
そんななかでも、われと わが身を観察し、今後、このような事態に陥るのを防ぐには、ということを考えるに、
やはり、根本的、直接的な原因は、高校時代に痛めたことが思い当たる。
体育の授業後などに、腰がと言うよりも、太腿の あたりに、ヘンな痺れが起こることに気づいては いたのだが、深刻に考えも せず、誰に相談することもないまま、専門学校時代に入ると、たちまちにして、通学時間の長さと、駅で上り下りする階段の長さなどが倍増したせいか、腰椎の一部に激しい痛みが起きることが頻々となった。
さすがに、異常が起きているらしいことにハッキリ気づきは したものの、若かった おかげも あってか、しばらくしたら、ある程度の痛みは、なんとなく、ひいていったのでウヤムヤ、
やがて、社会人になり就職、仕事という生活に入ると、ますます過酷な通勤途上に痛みが起こることが頻繁になっていった。
これまでには、何度か診察を受けては いるのだが、どの医者も、なんだか歯切れが悪く、明確なことは言わないと言うか、ぶっちゃけ、分からない、らしかった。
近年になって、どこかのウェブ記事を読んだところ、
実は、専門医とは言っても、この方面の診察を明確に下すのは、難しいのだそうな。
それで、もう、私は、医者に頼ることは諦めて、自分なりに下している『椎間板ヘルニア』という見立て及び、自分なりの対処法を探り当てることに基本方針を変えた。
幾つかの市販薬も試しては みたが、ほぼ全く、効果なし。
まずは、痛いのをガマンしても動けというのは、ご法度。
医者や専門家に何を説かれようと、ある程度、痛みが おさまるまでは、1週間だろうが2週間だろうが、ほぼ絶対安静だ。今回は、10日ほども要した。
とは言っても、
最低限の水分補給とトイレの必要はセットで必ず めぐってくるのだから、実際は、一日のうち何度か起床せざるを得ない。
うちは私ひとりなのだから、誰にも何も頼めない。
いや、
むしろ、めんどうみてやらないといけない、アテにしてくる家族だの同居人が いないほうが、ある意味、気ラクだ。
誰かしらが傍らにいるのも鬱陶しい。
1分間に数ミリしか動けないことで、気を遣うのもマッピラだ。
同じ痛みを体験した者どうしにしか分からないだろうし、
こういう事態のときは、医者ですら、役立たずだろうと思う。
いや、
診察とか触診で、指一本すら触れてもらいたくない。
この痛みは、まさに、孤独な痛みで、
まさに、「リーヴ ミー アローン」の痛みなのだ。
まあ、どんな痛みや苦しみも、結局、孤独なものでは あるけれど。
そんなわけで、
比較的軽い痛みのときは、一日二日ていど安静にしていれば、なんとか復帰できるけれど、
ひどい痛みの場合には、そうとうの長丁場になることを覚悟しておき、最低限の飲食物や日用品、衛生用品などの必需品を、ふだんの買物時に可能なかぎり足しておくようにする。
それと、
これは、若い頃からの問題の一つなのだが、
やはり、栄養不足。
自活を始めてからというもの、常に つきまとう問題だったが、
近年は特に、栄養が不足しがちなことを自覚していないでは なかったものの、つい、削りがちなのが食費という現実。
一人暮らしを始めて、ほどなくして、婦人科系の病気になってしまっていることも無視していて、甘く考えていたら、そのうちに、どんどん深刻化していき、
昨今は、生理用ナプキンを無料で利用できる社会運動みたいな報道を見かけるけれど、
私の場合、あの当時で、いちばん厚手の(「特に重い日用」とか「夜用」とかの)高価なものを毎日、昼夜を問わず使っていてさえ、ものの30分もたなくなっていった。
なので、ナプキン代が喰い込んで、ますます、食費を削るハメに。
やがて、
一ヵ月のうちの3週間は生理中、しかも連日が重い、そんな極限状態で何年も耐えていたもんだから、極度の貧血状態。
それでも、鉄分補給しなきゃ~と、鉄分入りの牛乳とか、ほうれん草を買ったりしていたが、
そんなもんで間に合うレベルじゃなかったのに、いま振り返ると、ずいぶん涙ぐましいことだったなあと思う。
シロウトが気休めで購入したものなんぞ、実際には、気休め以下でしかなく、後年、内科医に処方された鉄剤も そうだったが、眼科で処方された目薬も同様で、効き目が違うなんてもんじゃない。まさに、「食品」と「治療薬」の違い。
もともと虚弱なのに、ナプキン代のために、非正規ゆえ、乏しい食費を削る。
仕事を休んで病院に行くのも躊躇われ、
フラフラしながら、気つけのために荒塩を舐めてから通勤というメッチャクチャな生活を続けたあげく、最後は入院と手術。
娘の悲惨な生活は われ関せず、毎日が寿司などのゴチソウざんまいで、人生を謳歌中だった、さすがの母親も、
初めて、こう言ったものだ。
「おまえが、そこまでガマンづよいとは、、、」
と。
ええ、わたしゃ、実家に戻ることだけは、死んでも厭だったからね。
【続く】