2016.03.12 (Sat)
悪いオツムで偏った検索したうえでなのか、そもそも、普段から周囲との かかわり方が悪いのか知らないが、
以前のエントリーでも指摘しておいたとおり、
旧日本軍においては、愚かにもワザワザ「慰安婦」制度を画策し、実行したにも かかわらず、
現地での拉致や強姦は、たびたび起こっていたんです。
それこそ「公正」を念頭に置いて検索し、
感情にばかり浸りきらず、冷静な検証を怠らなければ、
自分自身が生きた時代でないとは言え、事の本質は、ある程度なりに、ちゃんと掴めて分かるはずなんだ。それが、勉強することの本来の意味だろうに。
『南スーダン、民兵に報酬として「女性のレイプ」許す 国連報告書』
2016年3月11日(金) 21時44分掲載
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6194178
「顔本」も「ヤフコメ」も、こんなオゲレツ投稿欄で金儲けすることの罪深さに気づきなさいっての![]()
ここにも、同じレベルのオツムが並んでいる。
いわく、
「戦いに於いて「負ける」とはこういうことだ。
戦うのが嫌とか平和憲法とか言ってる場合じゃないんだよな」
はあ?
だったら、
ひとたび戦争を おっぱじめたら、ぜったいに絶対に勝たなければ ならないよな。
だが、残念ながら負けることもあるわけ。
「勝者」と名付けられる存在があれば、「敗者」と呼ばれる存在は必然だ。
それが現実だということを、とりわけ日本人なら知っているはずだがな。
で?
殊更エラそうな口調で、そうやってトクトクと投稿しているオマエさん自身は、戦争が始まったら真っ先にカラダ張って、前線に出て行く覚悟してるか?
おのれの家族が無残にレイプされ、惨殺されても、仕方ないと思い切る覚悟してるか?
まずは自衛隊にでも入って、いまのうちに、とことんシゴいてもらったら どうだね?
ま、思わず気が遠くなるほど愚かな この手の輩、
どういうわけだか、実態は精神科の患者が熱心に利用している場合が殊に多いというネット上でゴロゴロしてるのも事実だ。今さら驚くことでもないけれど。
私は、この現代では尚のこと、戦争を未然に防ぐ、この努力と知恵を磨くことこそ、これまでに増して一番大事な、人類の責務だと理解している。
何度も言ってきたが、
戦争とは、男の獣性を大っぴらに野放しにできる舞台でもある。
そんな愚劣な性向の男に追随する女も また、愚劣の極みだ。
平常時なら凶悪犯罪以外の何事でもない阿鼻叫喚の事態が、
しごくアタリマエのように見過ごされるのだよ。そりゃあ、正気の沙汰ではあるまいて。
ところが、この現代日本においても、相変わらずバカなことを言い募る輩が絶えない ありさま。
どうなってるんだ![]()
あほか、この投稿者は。養護教諭だって?(呆)
教育上よくないから即刻辞めな。
エゴで子をなし、
しかも、そのテのオツムで、子を教育するのは、頼むから、やめておいてほしいとすら思う。
もうね、ほんと、こういう手合いズラリ並んでるのを見かけるたびに心底、世のなかが厭になる。
精神衛生に悪いので、最初から「見ぬもの清し」を押し通すのが賢明なことなのだろう。
見ぬもの清しなら、こうして、時間を割いてまで、ブログに憤りを綴ることもないのだもの。
おつむが悪い、知能が低いのでは、いっくら勉強しても、一応「教諭」と名の付く職業には就けまいにとは思うのだが、
ガッコの勉強というのは、しょせん、要領だけを問われるに過ぎないのかもしれないと、最近は、つくづく思う。
考えてみれば、
私の卒業した小学校でも中学校でも、子ども心に呆れるような、愚かな主張をして憚らない教師たちも混じっていたし、
身内の教師であろうが医者であろうが、物事に対する感覚や考え方が、私なんかよりも幼稚で俗悪だったし。
敏いのは、おのれ一個の被害意識と損得についてだけ。
それだけに、
彼らは、私と違って、おとなたちの言うことを聞き入れて素直に現世利益を目指してガンバったわけだけどもw
「日本死ね」
と投稿した、例の子持ち女性の意見全てに、私自身は必ずしも同感していないし、
むしろ、自民党や安倍政権の支持者に近い考えかただなと思っている。
それに、これくらいで(というのも語弊があろうが)「死ね」と思うのなら、
この投稿した おかあさん、概ねは苦労少なく生きてこれた、良い意味で平凡な人生だったのかなあとすら思えるのだが、
それ以上に、
自分たちも、「ネトウヨ」御用達と目されているネット サイトを利用しているくせに、
つごうが悪い投稿については、それ匿名だからと逃げ、はぐらかす安倍政権ならびに、
この「死ね」というセリフがケシカラン!とて、
さんざん「死ね」や「殺せ」のアジテーションで鳴らした『在特会』や、そのシンパ連中が糾弾する、この浅ましさよ。
ほんとうに、救いようのない世の始末。
なんで、こんな しょうもないオツムなのよ?
まじ、フシギだ。。。![]()
2016.03.08 (Tue)
長いわりに、聞くほうも答える側も共に、読者が知りたい肝心なところへの踏み込みが、ちと足らーんw
『国際弁護士・猿田佐世氏 予定調和の日米関係を打破すべき』
2016年3月7日
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/176514
この記事で、疎い私個人的に初めて知って、「へえぇ?」と思ったのは、下記の部分くらい。
日本は、とにもかくにも、「ロビイ活動」が下手くそだとばかり聞いてたから。
~でも、彼らが自分たちの意向を米国の意向として日本に押し付けているかというと、それだけでなく、実は日本の意向もある。日本政府は莫大な資金を米国のシンクタンクに提供したり、米国でロビイング活動をしたりしています。~
ブルッキングス研究所には日本大使館から2900万円(2013年)、JICA(国際協力機構)から2500万~3000万円(2012年)、CSIS(戦略国際問題研究所)には日本政府から6000万円以上(2014年)と、米国側が公表した数字はありますが、知り合いの新聞記者が日本の各省庁に取材したところ、日本からそういう数字は出てこなかった。出どころが不透明なんです。日本政府が2013年までに3年間で1億3600万円を払ったロビイスト事務所はTPP推進議員連盟を米国議会内につくってます。
――TPPも米国からの外圧のように報じられていますが、日本が議員連盟をつくらせたわけですか?
~
~
官僚はすごく優秀だし、懸命に仕事をしておられる。ただスムーズな日米関係こそが国益に資すると考える方が多いのではないでしょうか。
~
最終的には日本政府が「辺野古しかない」という選択をしているんですよ。アーミテージ氏は「ダメなら代替案を出せ」と言っているし~
沖縄返還交渉の時に日本政府が「返還してほしい」と言わないので、「返して欲しいならそう言ってくれ」とわざわざ言ったそうです。忖度なのでしょうが~
~
米国は日本のことをとても与しやすい国だと思っているでしょうね。近年日本が従来の日米関係から少し踏み出した政策を打ち出したのは鳩山首相の時くらいです。だから、5~30人の知日派、エキスパートがいれば十分なのです。
~
たしかに、「与し易い国」なのだろう。それは、信頼に値するかどうかとは、また異なるもんね。
なんせ、わが小国の閣僚は、こんな狭い国内の、自分の受け持ち箇所の地名すらも読めないときてるんだからw
あれだけの大国その頂点に立つ人と直属スタッフには、いちいち日本にばかり細かい関心も はらえないだろうし。
ただねえ、
「鳩山が、アメリカ怒らせたー!けしからん!!」
とかって、アメリカ人と結婚してアメリカ在住だという
(私に言わせりゃ)「もと日本人」たちが、
というのは、
このひとたちは、私が旧ブログを やってた産経系の運営サイトのブロガーたちだったわけけどw
そりゃもう、もの凄い勢いで、鳩山バッシングしてた。
まあ、あの頃の私はというと、
産経シンブン社というものの立ち位置さえ、ほぼ全く承知していなかったもんで、とにかく面喰うばかりだったww
(ネットウヨどもは、さもミリオタっぽいながらも、実際の知識に乏しいのは自分だという自覚なしに言ってるのか、あるいは、実は、日本を潰したいという願望とモクロミを秘めていて敢えての焚きつけ投稿なのかは分からないけど)
オバマ大統領も、米軍にとって本当は、グアム移転のほうが、純粋に軍事的には つごうがいいのだと言ってたそうだし
(そりゃそうだわね、ふつうに考えても、まず、近過ぎると動きにくいわな。尖閣の現地に基地造れと言い募るバカも多いけど)、
日本への対応について、実際には、いわゆるジャパン ハンドラーと呼ばれる少数の人たちが主に牛耳っているということも、私みたいな疎い者でさえ、まったく知らないではないのよ。
なぜか、日本側の特に自民党政府ならびに外務省が、ケッタイな動きばかりしてきたということも聞いては いる。
で、それは何故なのか?
ということを一番、明らかにしてもらいたいと、ずーっと思ってるんだけど。
私なんかでも、このニュースの見出しを見たとたん、「まーだ、こんなこと言ってるのか」とウンザリしたのだが。
『米「辺野古が唯一の解決策」
米国務省「辺野古への移設が唯一の解決策」』
2016年3月5日(土) 9時31分掲載
http://news.yahoo.co.jp/pickup/6193474
『米「辺野古が唯一の策」 日本政府と県の再協議注視』
2016年3月4日 18時57分
http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016030401002116.html
【ワシントン共同】米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設をめぐる代執行訴訟で4日、日本政府と沖縄県の和解が成立したことについて、米国家安全保障会議(NSC)のカギンズ副報道官は「日本政府と連絡を取り合っている」とした上で「(名護市)辺野古への移設が唯一の解決策だ」と重ねて強調した。
米政府は移設計画の遅れがアジア太平洋の米軍再編計画全体に影響してはならないとの立場から、日本政府と沖縄県の再協議を注視している。
米海軍省高官も3日の下院歳出委員会の小委員会で「移設計画は日本政府が強く支持している」と表明。「計画は日本政府が管理している」とも指摘した。
【なお、各社記事抜粋部分の文字強調は、当ブログ主による】
2016.03.06 (Sun)
【旧ブログの記録より】
『哲学詩』の続き。
~
一昨日あたりに、
「哲学とは、フシギ発見!のこと」
とか書いたのだけど、金子みすずさんの、この詩は、まさに、そのことを詩っていると思う。
「不思議」
……
わたしは不思議でたまらない
誰にきいても笑ってて
あたりまへだといふことが
「薔薇の木に薔薇の花咲く なにごとの不思議なけれど」フシギだな!
http://www2.tbb.t-com.ne.jp/tarita/page16.htm
そして、この作品、まさに哲学者、思想家としての視線だ。
「わたしと小鳥と鈴と」
……
鈴と 小鳥と それから わたし
みんな ちがって みんな いい
「つもった雪」![]()
上の雪
さむかろな。
…
下の雪
重かろな。
…
中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)も みえないで。
「土」
……
ぶたれぬ土は
ふまれぬ土は
いらない土か。
いえいえ それは
名のない草の
おやどを するよ。
「日の光」![]()
おてんと様の お使いが
そろって空を たちました。
みちで出会った みなみ風、
(何しに、どこへ。)と ききました。
……
のこった ひとりは さみしそう。
(わたしは「かげ」を つくるため、
やっぱり一しょに まいります。)
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/misuzu0,.htm
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みそを歌で熟成 金子みすゞの子守歌CD付き(2010/10/25)
カテゴリ: コラむ
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みそを歌で熟成 金子みすゞの子守歌CD付き(10/25 18:12)
2016.03.06 (Sun)
【旧ブログの記録より(少々加筆等あり)】
哲学詩~みすずさん 2010/10/26 06:12
味噌にも音韻波長の効果ってことかな。
乳牛にモーツァルト聴かせると よく乳を出すとか、そういう話、もう ずいぶん前に、テレビでやってたわ。
「大漁」
朝焼け小焼けだ
大漁だ
大羽鰮(いわし)の
大漁だ
浜は祭りの
ようだけど
海の中では
何万の
鰮(いわし)の弔い
するだろう
私も子ども時分は特に、こういう傾向の感性があったので、この詩には、一読して胸が詰まる感じがした。
あるいは また、この作品のような発言を忌み嫌う人もあるだろう。(私の身内には、そういう者が多い。)
けっこう有名な人だったと思うけど、どなただったか、この詩を読んだ人が、
「この感性では、とうてい長生きできなかっただろう」
とか おっしゃってた。
たしか、金子みすずさんは、自死なさったのだっけ。。。
「お魚」
……
けれども海のお魚は
なんにも世話にならないし
いたづら一つしないのに
かうして私に食べられる。
ほんとに魚は かはいさう。
この詩は↓今回初めて知った。
「鯨法会」
……
はまの お寺が鳴るかねが、
ゆれて水面(みのも)を わたるとき、
村の りょうしが はおり着て、
はまの お寺へ いそぐとき、
おきで くじらの子が ひとり、
その鳴るかねを ききながら、
死んだ父さま、母さまを、
こいし、こいしと ないてます。
海の おもてを、かねの音は、
海の どこまで、ひびくやら。
こういう感性って、「青い目の お人形」という童謡にも みられるものだ。
青い目をした お人形は
アメリカ生れのセルロイド
日本の港へ着いたとき
いっぱい涙を浮かべてた
「私は言葉が分からない。迷子になったらなんとしよう」
やさしい日本の嬢ちゃんよ
仲良く遊んで やっとくれ
仲良く遊んで やつとくれ
http://www13.big.or.jp/~sparrow/MIDI-aoimenoningyo.html
~
「青い眼の人形」は大正12年、野口雨情によって作詞されましたが、<セルロイド>という歌詞があるところから、キューピー人形から想を得たと思われます。これに本居長世が作曲して国内で大流行し、アメリカ公演でも歌詞と相俟って、“Blue Eyed Doll”と呼ばれ、大盛況だったようです。
しかし、青い眼の人形のイメージは何かしらフランス人形的なものが想起されます。これはこの曲の5年後の昭和2年、アメリカから親善使節としてパスポートや切符付きで送られてきた、12,000体ものビスクドール(ジュモーなど)人形などのイメージでしょう。即ち、この曲とこの寄贈された人形には直接の関係はありませんが、贈られて来た人形たちが<青い目の人形>と呼ばれたのは、間違いなくこの曲の影響でしょうし、戦後、この戦争を乗り越えてきた青い目の人形が発見される度に、新聞報道され、青い目の人形=フランス人形のイメージが定着したものと思われます。
こういう心温まる民間の交流も、イケイケドンドンの人たちによって、わずか10年ほどで、日米は犬猿の仲となるのです。
当時を知る91歳のかたのサイトだそうだ。
この世代の生きた声は、どんどん消えていく。。。
私も、あとで、ゆっくり拝見するつもり。
http://www.urban.ne.jp/home/safuro/ongaku34.htm
http://www.dokidoki.ne.jp/home2/furusato/sousei/ningyou.htm
http://www.padoma-net.com/chichibu/ningyo/aoime4.htm
http://www15.ocn.ne.jp/~marifu/html00805.html
【この項、続く】
2016.03.03 (Thu)
かねてから聞きたいと思っていたことの一つに、
「ヤフコメ」あたりを眺めていたら、これにもドドドっと付く、
「親を死刑にしろー!!」
あるいは、
「子どもに やったのと同じことを してやれ!!」
という類の要望コメント。
それの理由が、虐待された子どもが、あまりにも可哀そうだからと言うのだが、
「ネットウヨ」(その殆どは、自民党と安倍政権支持者であることが分かるし、『日本会議』の主張に共通した内容のコメントを並べる(そう、一人で何人分も装ってw)ところを見るにつけても、やはり、ああした連中の主張には、浅はかさと不審と疑問を感じるのだ。
それは、私も虐待された側としての経験に事欠かない身なので、親側に対する強い憤りの感情は、むろんのこと理解できる。
だが、
ああいう「ヤフコメ」(同時に「2ちゃんねる」常連でもあろう)連中の、
「虐待された子どもが可哀そう」と本気で思っているのやら、甚だ怪しいもんだという不信感を持たずにいられないのだ。
だって、
いわゆる全体主義的縛りを(無自覚にせよ)渇望するパターナリズム的根性である愚衆、
あの連中は、
「自己責任」とて弱者叩きが、三度の飯よりもウマいと感じてるんだろうにw
一つ、聞きたいと思うわけ。
すなわち、虐待された子ども(子どもに限らずだが)、この子どもたちが、なんとか奇跡的に生き延び、成人してのちも、残念ながら、家庭を持つ気になれなかったり、自分の子を持つ気になれなかったり、つまりは、
「家庭」や「家族」とか「血縁」「地縁」といった人間関係や組織体を、心底では信用できないし、価値を置く気にもなれないままとしたら、
「ヤフコメ」
(同時に「2ちゃんねる」常連でもあろう、その殆どは、自民党と安倍政権支持者であることが分かり、『日本会議』の主張に共通した内容のコメントを並べたてる連中)
のアンタがたは、自分たちとは真逆の価値観であろうゆえに、
つまりは(繰り返して述べるが)、
「家庭」や「家族」とか「血縁」「地縁」といった人間関係や組織体を、心底では信用できないし、価値を置く気にもなれないでいる(かつての)子どもたちを、責めまくることにもなるのかな?という不審だ。
ごく最近、個人的なことで、ちょっとした或ることに気づいた。
世間で報じられる虐待事件の記事に伴って時おり載せられる、被害当事者の子どもの写真等を見かけるたびに、
「この年齢の子どもが、こんなに暗い眼や表情を するものだろうか」
と思わずにいられないし、そのたびに、胸が詰まるような思いを してきた。
このような暗い眼や表情は、戦争や内戦時環境の ただなかに置かれた子どもたちにも共通して見受けられる。
ところで、私自身も、幼い頃の、正確には、父と、その連れ子たち(一回り以上も年齢が離れた義理の姉や兄)と、いよいよ一つ屋根の下で暮らし始めた頃の写真の自分自身の表情が、それに近いものを漂わせていたことに、本当に、つい最近になって気づいたのだ。
(どこか不安そうな、同時に、どこか悲壮感に伴い、ある種の諦念感すらも滲む、なんとも侘びしげな表情と言ったほうが、より正確かも)
自分の事でも、なんとなく見過ごしていることが多いのだなと、あらためて思った。
たまたま、優しい他人たちの記憶だけで、じゅうぶん満たされていた、私の人生最初の出発点、その、ほんの僅か1、2年のあいだだけが、私にとっては平穏な時代だったのだということには、早くから自覚していたのだが。
その、たった1、2年すらも持ち得なかったなら、はたして どうなっていたことやら。
背筋が冷たくなる思いもある。
だって、肝心の親たちの記憶が、当時の私には、ほぼ全くと言っていいほど、ないのだから。
先日のエントリーでも述べたように、「奇跡の記憶力」を持っていた私をして、こと、父に関しては全くの空白だ。その おかげで、辛うじて、理性を失わずに済んでいるのかもしれない、と思えるほどではあるのだが。
皮肉なことに、
私の母親も、自分の親なんかより、他人のほうが よっぽど、、、というのが、彼女自身の人生への感慨としての口癖だった。
もちろん、母と私とでは、人生の軌跡からして全く異なっているけれども。