2016.05.05 (Thu)
と、旧のブログで問うたことが あったなあ。
あの櫻井よしこさんに向けて。
むかーしの彼女については、私も、全然、詳しく知らなかったし、
時々、テレビやグラビア写真で見かけるていどだったので、彼女の容姿から受ける印象に限って言うのなら、たしかに、知的で上品な婦人というイメージしか なかったな。
ところが、ごく近年になって、彼女の顔写真を久しぶりで見かけたときに、
えっ?と、少し驚いたの。
だって、
なんだか、かつての雰囲気が変わってしまっててと言うか、
ハッキリ言っちゃうけども、、、まるで、
どこぞのヤクザの情婦?![]()
(情婦なんて呼ぶには、かなりのところ、薹が立っていると言うべき年齢では いらっしゃろうが 苦笑)
と思えるほどに、
かつてのような品の良さは消え失せていて、
そうとう無理に若づくりしたアネゴ、、、
という雰囲気になってしまってるように見えたんだもの。。。
(゚д゚;)>すんませんけど。
その後、
彼女の姿や雰囲気から受ける印象が変わってしまっっていたことの理由が、だんだん分かってきたなと思える記事を、いろいろと目にしてきた。
最近では、これとか、
『改憲派のリーダー・櫻井よしこは「言論人の仮面をかぶった嘘つき」だ! 憲法学者・小林節が対談を捏造されたと告発』2016.05.02
http://lite-ra.com/2016/05/post-2206.html
そういえば、これとかも↓
『アーミテージ氏と櫻井よしこ氏に異議あり!』
2014年03月04日(火)11時33分
http://www.newsweekjapan.jp/reizei/2014/03/post-631.php
人間性が、容姿や雰囲気に、おのずと滲み出る、
という説は、必ずしも当てはまるわけではない。
話は変わるけど、
たとえば、うちの母親なんかも、こないだも述べたように、顔相は、単なる美人を通り越して、あたかもギリシャ彫刻かヘレニズム様式か、てなほどに、ご立派そのものだった。
インド人の女性には、「奥さん、うちらと似てるわ~♪」と親近感むき出しにされ、
私の学校時代の友人には、あくまでも中年以降の、と但し書きは付くが、母の風貌を指して、「ヴィクトリア女王」を連想したと言われ、
外見だけ見たらば、どこの大女優かと、他人さんたちに言われるほど、堂々たるもんだった。
実際、若い頃、芸能界にスカウトされたのだが、祖父の猛反対で断念したという話も聞いたし、
私の職場の男性からも、写真を見て、「天女のようだ」とまで形容されたこともある(笑)
体躯のほうも、威風堂々たるもので(苦笑)
ま、ひらたく言えば、こないだも言ったように、巨体、おデブだったわけだけど(爆)
まあ、まだスマートだった若い頃の写真見たら、うちのスケベ親父が狂喜乱舞したのもムリないか、と言いたくなるほどの容姿では あった。
母の きょうだいたちも、美人姉妹であり美男兄弟として、その学業優秀さと共に、生家周辺では、そういう家系として知られていたそうだが、
ただし、妹の一人である叔母なんかは、お勉強はダメで、兄弟姉妹たちのなかでは一番、おバカと見做されていたけれど、おチビちゃんながら、ポートレイト専門モデルを やっていたくらいなので、これも容姿だけは人並み以上だったことに違いない。
若死にしてしまった叔父も、有名どころのポートレイト モデルを やってたので、その忘れ形見である娘に、おとうさんのこと憶えてる?と聞いたら、本人についての記憶自体はないけれど、寝室に、写真を飾ってあるよ、パパ、とてもハンサム、、、と言っていたそうな。
えっ?
当ブログ主の私自身は どうなんだと、知りたいと?![]()
ふふふ、、、やぁねえ。。。![]()
![]()
![]()
私はですな、
あのスケベ親父のほうに似てしまったのよぉ、とほほほほ![]()
もちろんのこと、部分的には母親似のところも あるよ、当然。
しかしね、これが なかなかに複雑なの。
さっきも言ったように、うちの母の中年以降は、早い話がデブだったからwそこだけ見れば、親父のほうに似たのは(一応、やせ形の部類だったので)、まあ、いいのよ、
おかげで、私も若かった頃には、ファッションモデルを目指せとを奨められたことも あったよ。(遠い、遠~い遠~~い眼w)
それでも、顔の つくりだけは断然、母親のほうだったらな、、、とクヤシイ思いは してきたw
かと言って、
母親と父親と、それぞれに似た部分を、現状とは真逆に逆転させたらば、これは これで、悩んじゃう。
だって、
たとえばだけど、部分の例としては、眉なんかは明らかに母親に似ていて、モデル スクールのメイク講師からも、全くイジらなくていいくらいだ、そのままで遠目に見てもハッキリ分かるほど整ってる、と太鼓判押されたもんだけど、
長姉みたいに、父親のほうに似てたらと思うと、ゾッとするよ。
だってだって、親父の眉毛は、まんま「八の字」なんだもーんw
_, ._
(;゚ ∀゚)ノヽノ \ / \ / \
…ほんと、マヌケっぽい滑稽な眉毛してからに、あのドすけべ親父が!![]()
でもさぁ、
体型だけは、母親似だと、とてもじゃないが、ファッションモデルどころじゃないつーの。
それでも、首の細さ、脚の長さなんかは、母親のほうに似たみたいだし、
どえりゃあ巨乳になるのも良しとしてw
全体がデブデブになっちゃうのはねえ。![]()
体型がモロ母親に似てしまった姉なんか、苦労してたもの。
なので、
顔のほうは、まるっと母親コピー、体型は親父のほうだと、まあまあ一番うまくいったんだが(爆)
でね、
通常人の何倍も、頭の回転が速く、学校時分は成績優秀、音楽の才能までも恵まれて、
誰にケンカをフッ掛けられても、一歩たりとも引かず、倍返しすら やってのけられるほどの頭脳と、気の強さは群を抜いていた、うちの母親だが。
脳に異常が あったんだ。
どうやら、先天性らしいということだったが、
中年期に、交通事故のとき、頭を打ってるから、それも後押ししてる面は少なからず あったのか、いまとなっては、私には よく分からないが、
本人が亡くなったあと、そのことを知らされた私は、ええっ?と仰天し、
同時に、
自分が子ども時分、時々怪訝に思っていた、母親の言動のアレやコレやも思い出して、
驚きつつも、やっぱり、、、と思うところも あって、非常に複雑な感慨に おそわれたものだった。
私以外の誰もが、特に、表面的にしか知らない他人なら なおのこと、ビックリ!唖然とするはず。
【続く】
2016.04.29 (Fri)
これは良いことを聞きました。
つい一昨日のエントリーで、「プリンス」の楽曲について解説した記事に絡み、「創発」という理論のことに ちょっと触れたばかりだったけど、
私もね、絵を描くこと自体が、もともと大好き。
ごく若かった頃は、純文学やら、もの書き志望と言うよりはジャーナリスト志望、学問ならば文学よりも心理学、精神医学、
最も憧れていたのは天文学。
でも、芸術分野のほうが、一切の理屈抜きに好きだし、
音楽は勿論、逆らえない魔力の世界で、聴くのも演奏するのも大好きだけど、
一番好きで、何より手軽でもあったのは、絵を見ることと描くこと。
なので、当然、パソコンを入手してからは、「お絵描きツール」的機能は早速のこと、エクセルよりもワードのほうで試しては いた。
しかし、
何度かチャレンジしてみても、ことごとく、屈辱的なほど稚拙な仕上がりにしか なり得ず、時間だけは ものすごく費やしたわりに報われない。
そこで、一旦にせよ諦めたままにしていたのが、私の根性のなさ、凡庸さなんだろうけど、
この記事を読んで、あっそうだったー!と今さらながら思い当たった。
そうそう、全体を一気に描いてしまおうとすると、パソコンの お絵描きツール等では、お話しにならないほど無理がある。だが、できるだけ細かいパーツに区切って、そのなかでチョコチョコ処理する分には、そんなに苦労もない。最後に、全体を合わせればいいわけだ。
これも一種の「創発」。
考えてみれば、日常の そこかしこに転がっていそうなこと。
『おじいちゃんすごい!エクセルだけで描く風景画 2万パーツ組み合わせ、76歳の技術屋「超絶技巧」』
withnews 4月28日(木)7時0分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160406-00000001-withnews-sci
定年後になってから、このことを考案したという高齢の男性は、いわゆる技術屋さん、機械屋さん畑の お仕事でいらしたそうだが、さすが。
まあ、時間だけタップリあるというゼイタクも必要か。
経過を見せてもらうと、だんだんとテクニックも向上していってるのを感じ取れる。
うちの親は、男親のほうが、機械に弱くて、経理畑のベテランだったから、数字には一応つよいはずなんだけど、私が、そもそもコンピューターの原理ってのは、0と1のみであるらしいことを、何かの話の途中でポロッと言ったら、怒りだしたのかと思うくらい、叫び声あげて
大ショック受けてたよw
ただ、絵を描くのは、父も若い頃から好きで、実際、かなり上手かったが(貧乏だった頃は、鉛筆だけでモノクロ写真さながらリアルに描いてた。)晩年は、ちょっと贅沢して(笑)色鉛筆を使って、気の向くままに描いていた。
よっぽど母親のほうが理数系アタマで、絵を描くのだけは苦手だと公言していたが、数字にも機械にも強かったけど、それでも、
病気で倒れて以降、緊急に備えて携帯電話を購入し、最低限度の使用方法を説明してやって、しまいに、メモサイズの冊子まで、私の手で自作してやって、どうしても分からないときは、これを見てと渡してやったのだけど、結局、使いこなせないままだった。
で、絵が大好きで、機械も苦手では ない私、
やっぱり、イラストレータとかフォトショップ等の専用ツールがないとダメなんだろうなあと思っていたけれど、これなら、自分なりに練習したあと、再チャレンジできそう。
嬉しいわぁ。
ただ、重くなっちゃうよ、という声もあるので、あまりパワーの高くないPCしか持てないし、専用ツールを購入する余裕もない私は、ささやかなものから、試しにやってみたい。
描いて表現すること自体に、本能のようにムズ痒いほどの悦びを感じるからです。
ただし、下手の横好きであるw
そりゃあ、
それ専用に開発されたツールが手に入る環境であれば、なんの苦労は ない。
でも、
手もとにあるもので試行錯誤しつつ、コツコツ工夫して、ここまで来た、というところに、まず感心する。
「便利は不便」でね。
それが なきゃ、いっさい何もできないまま、というのも問題だよなぁ。
日本は、何もないところから何かを産んだというよりは、もともと、他国や他民族から仕入れたものを上手く取り入れ、しかも、単なる真似でなく、そこにプラス アルファして、独自の世界を発展させてきた歴史が長い。その力、いまでも健在なのだと言って安心していられるだろうかと、近頃では少し不安。
でも、個人的にも嬉しい記事だった。
2016.04.29 (Fri)
『新潟・乳児殺害、逮捕の母親「出産直後に殺害」』
TBS系(JNN) 4月27日(水)13時8分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn?a=20160427-00000025-jnn-soci
『「中絶相談も応じてもらえず」赤ちゃんを山中に…』
テレビ朝日系(ANN) 4月27日(水)17時16分配信
http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20160427-00000042-ann-soci
「取り合ってもらえなかった」という、くだんの女性の供述は、じゅうぶん あり得ることだと思う。
エゴの強い者は、立場の弱い者の訴えに、耳を貸すことは ない。
私の親も、私が、学校時分は もとより、就職の時期にあたって、いよいよ せっぱ詰まったあたりから、障碍の問題について、この先の危惧を訴えても、一切、取り合わなかった。
自分一人だけで なんとかせよ、親に持ってくるな、こっちは関係ない、
というメッセージだったと解している。
日本でも、昔は、「間引き」ということが多々横行してた時代が あったことは伝わっている。
出産直後の疲労した母親に、到底そんなことは できないはず云々という意見を投稿している者たちも いるけれど、まあ、出産経験だけは ない私個人として言えることもないのだが、
昔の、いわゆる「間引き」は、出産直後の母親自身で、赤子の鼻と口を塞ぎ、、、という話も読んだ記憶が ある。
昔の、それも、子ども時分から身を粉に重労働してきた厳しい気候の地の人は、女性と言えど、いまどきのヤワな日本人とは断然、くらべものにならないのではとも思うし、
たいがいは、鼻と口もとに、濡れた布を被せ、、、という簡単な やりかたで、
産婆を頼めた場合なら、障碍を持って生まれた場合、気づいた産婆が、真相は親にも知らせず、「死産」というタテマエにて、上記の方法で すみやかに そっと始末、、、
という話も、知ってる人は少なくないだろう。
特に、この事件の舞台となった新潟を東北に含めていいのやら微妙だということらしいが、まあ、あのあたり一帯では、日本列島のなかでも、ことに気候風土の厳しさから、飢饉等に伴って、「間引き」も多かったのでは なかろうかということは、私のような疎い者でも容易に察せられるだけに、因果な印象も いや増しだ。
生まれたばかりの あかんぼうなんて、小柄な場合は、ほとんど、おとなの片手のひらに乗ってしまうほどの大きさだし、大の男が手を下さなくても、女の手でも、片手で強く押さえつけただけで絶命するだろうし、敢えて、裸のまま放置しておいただけでも死ぬだろう。
しかも、
これはカン違いしてる者も見かけるが、切断ではない、にせよ、たかだか生まれて間もない赤子の首をば、わざわざ刃物を用いて切ったというのだから、やはり、なみなみならぬ心理の表出を感じてしまうところだ。
まったく、望まれてもいないし、愛されてもいない。
この私も、多少は似たか寄ったかの出生で あったのだろうが(もちろん、うちの親でさえ、さすがに そこまでアカラサマに言ってのけるほどの勇気は なかったようだがw似たようなことは口走ったことが ある。
もっとも、自分ではなく、飽くまで相手のせいにして、だったがww)、
それでも、
かろうじて曲がりなりにも育てているうちには、多少は親らしい情みたいなものは発生してくるのが自然の成り行きでは あろう。
が、しょせん、親らにとって、つごうの悪い存在の子でしかない。
なんぼかは育てられたところで、おさだまりの虐待、こうした親なら、どのみち、殺してしまうかもしれないし、
なんとか生育したところで、
今度は子どもが年頃になってから、親を恨んで殺害に及ぶ恐れも あるし、親に似てか似ずか、おとなしい従順な性格の子なら、身勝手な親に、最後の最後までトコトン振り回されることも大いに あり得る。
いずれにせよ、結局は不幸な人生に終始してしまう恐れが高い。
そこを考えると、私個人は、この不憫な赤子が、まだ無我のうちに、この世を去ったことが、せめてものだった、という思いを禁じえないのだ。
日本の世間も、けっして、温かいとばかり言える所では ない。
さて、
だいぶ以前にも、たぶん旧ブログで述べたのだろうと思うが、
一般家庭内で、しかも実の父親が娘を、、、といった事例が、はたして「稀なこと」であるのかどうか、
あいにく、私の生育家庭は、けっして「一般的」「普通」とは言えない内情だったのが本当のところなので、うちの事例を挙げてみても しょうがないのかもしれないけれど、
ただ、世界的女優とか、有名人の場合は、半生記や自伝のようなものを発表することが多いので、それらを鑑みると、やはり、けっこう多いようだと言っていい事態であることは察せられる。
近年では、ナスターシャ・キンスキーの告白も驚きを誘ったし、
私の若い頃に、ちらっと読んだ記憶のある、フランスか あのあたりの国の女性作家が、子ども時分のことで、実父との、微妙ながらも性的出来事を記していた。この程度のことなら、
と言っても、当事者にとっては、「この程度」とは言い難い気分もあろうが、私自身にも、思い当たることは ある。
うちは、両親とも、いわゆるダブル不倫によって一緒になる前、母のほうは、最初の結婚相手とのあいだに もうけていた娘を手離しているのだが、
こんにちの私が考えるに、
実の父親のもとで育ったにも かかわらず、苦労を重ねた姉の身の上を考慮しても、母の言い分とは逆に、私の父親のもとに来なかったことのほうが、さいわいだったかもしれないと思うのである。
その、異父姉の場合、17歳の身で、時代錯誤にも、姉の父親らに一方的に決められていた「婚約者」を嫌って、他の男との男児を産んだのだが、後日、結局、相手側へ手離した その子と共に、出産して間もない一時期、うちの親の家に逗留し、子育てを していた。
母も、へんに教育的なところを、ここぞとばかり発揮して、幼い頃に離した長姉に対し、私に対するとき以上に、親の権威的態度を ふりかざし、タバコを絶てと厳命したり、子どものためには、それが一番と、母乳での育児を勧めて、そのように させていたのだが、
17歳の姉が、静かに授乳中の部屋に入り込んで行ったり、入浴中に、浴室の戸を、そらぞらしくも間違ったフリして親父が覗こうとしたこと、
この事件の報道を読んで、私は たちまち思い出した。
以前、どこかのエントリーにて思い起こして述べたことが あったと思うが、
私は、体格がズバ抜けてと言うよりも、出生時の異常のせいではと思うのだが、体格の成長が、一般レベルより早かったにも かかわらず、小学高学年に さしかかる頃まで、父親とも平気で入浴していた。
その頃は、内風呂のない住まいだったので、近所の銭湯通いだったのだが、
たまたま、クラスメートの男子と、男湯内で遭遇したことがキッカケにならなかったら、ヘタすると、小学校を卒業するまで、父と、男湯での入浴を続けていたかもしれない。
そんな私自身にも、家に風呂場が出来、十代の終わり頃だったか、そのあたりから20歳代にかけて、親父に、入浴中の戸を開けて覗かれる、ということが、たびたび起きた。
立腹して、母に、それを訴えたこともあるのだが、
うちの母親は、日ごろ、かなり、正義感が強いほうの性格で、気性も激しく、プライドも高く、それに見合う口調もハッキリとしていて、ひとたび怒ると容赦のないモノ言いを するのが常であったにも かかわらず、
そのときは、どういうわけか、父親を責めるでもなく、私の苦情にも、どこか苦い表情で、何やら口ごもっていただけだった。
ちなみに、
母も、先述の姉も、腹違い長姉も、私以外の女は皆、ファザコンであるw
父親の違う姉は、実父を嫌って、むしろ、うちの親父のほうを、おとうさん おとうさんと好いていたので、複雑さが増すのだがww
うちの母親に関しては、毎度の父親との どハデな夫婦ゲンカのたびに、なぜか、押し入れから、特に上段に積み上げてあった重い荷の入った段ボール箱を次から次へと下ろし始める癖が あったので、
私は幼い頃、見ていて泣きながらも怪訝に思っていた。
おとなになってから、その理由に気づいた。
当時、母は、妊娠中だったのだ。
そのせいなのだろうか、
後日、生まれたら私の、唯一、「義理」と付かない きょうだいにあたる子を流産した。
生まれて来なくて よかったね、(たぶん)おとうと。。。(涙)
その後、たまりかねて、自分で、簡単な錠を買ってきて、浴室の戸に取り付けたことが あったのを、きょうまで長らく忘れていたのだった。
実を言えば、実態は、もっと いろいろドロドロ あった。
でも、いちいち思い出すのも疲れるし不愉快だ。
2016.04.27 (Wed)
この曲を、近いうちに、うちのブログでアップするつもりでいた。。。
今度はビリー・ポールかよぉ。。。
まあ、彼の場合は、年齢もあるし、病気も分かってたそうだが。
『米ソウル歌手ビリー・ポールさん死去、81歳』
2016年4月26日(火)10時29分配信マイナビニュース
http://news.nifty.com/cs/entame/showbizddetail/mycom-20160426024/1.htm
いわゆる、「フィラデルフィア(フィリ―)サウンド」っていうの?都会的で、なんとも言えず、色っぽい。
ビリーも そうだし、『天使の ささやき』で一世を風靡した“The Three Degrees”という女性グループも良かったね~。
とっても女らしくて、とにかく色っぽくて。まさに「世界の恋人」。
先日、急死したプリンスのは、「ミネアポリス サウンド」と称されていて、
しかも創始者であるということだ。
『プリンスの急死に世界が号泣。どこがそんなに凄いのか?』
(SPA!)2016年4月25日(月)配信
http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/spa-20160425-1098719/1.htm
~
けれども、一方で楽曲そのものに目を向けると、基礎構造は驚くほどシンプルだと気づく。言葉とメロディを組み合わせるソングライティングの第一段階において、余分な細工がほとんど見当たらないのだ。
~
もちろん、これだけでプリンスの偉大さがカバーできるわけではない。しかしながら、複雑に掛け合わされた音楽なのに、これほどまで多くの人に親しまれたのは、ライトなリスナーをもとらえる分かりやすさがあったからだろう。
しかし、分かりやすさこそ、最も解明しづらい要素であることは、言うまでもない。プリンスは、種明かしをしないまま、逝った。
~
うん、この記事を読んで、思い起こした、「創発」というコトバ。
ま、芸術分野でも特に、名作と評価されるものの構造に多く見受けられるところではないでしょうか。
考えてみれば、「この世はヴァリエテに満ち満ちて」いるのだと、
例のQAサイトで、むかしの回答に述べたことが あったなあ。
あのときの質問者さんは、私の言うところの意味を、なんとか、そこそこながらでも理解できてくれていただろうか?と思うけれど。。。その部分以外は、ほぼ全体が、自分でも、もう 思い出せない。
「分かりやすさこそ、最も解明しづらい要素」
これなんかも、あの「カルト連」のオッサンやババさまらに説いてやって、サッパリこと理解できないようだったからなw
そういうのって、哲学の「エバー グリーン」たる、基本たるところでしょうによ。
その時点で、つくづく、
「あ、この連中、看板に違って、哲学の素養としてもロクに持ち合わせてないし(ネットや他人の言うところをマンマ知識としてコレクションするのが関の山)、そもそも、素質自体が備わっていないんだ」
と気づいた。
向いてないんだから、無理しなきゃいいのに。
あやつらの分身だか部分だか、お面の一つだかwのbragelonneときたひにゃ、「創発」の理論を噛み砕いて説明してやっても、全然ワカラーンというので、ついには毎度のパターンでワケわかめなオステリー起こして、罵詈雑言吐いて寄こしたもんなぁ(嗤)![]()
要するに、あれらは、本質からして向いてないんだ、哲学というものにも、科学にも。
せいぜいが、やすっぽいスピリチュアルの真似事に走り込み、胡散臭い宗教に、ただカブレていくしかない。
自分一人で縋ってるぶんには、どうぞ お好きに、だけどさ、
筋合いもないのに、大嘘ついてでも勝手に引きずり込もうと、ああいう くっだらんハカリゴトするから、傍迷惑になる。
話を戻して、
ビリー・ポールの年齢を知って驚いたことには、うちの親と同年配なんだけど、
わたしゃ初めて、この曲が、FM放送で、たまたま流れてきたのを聴いたとき、ビリーの歌声に、たちまちトロけちゃいましたがな。
じつに名曲、間違いなく「エバー グリーン」の一つだね。
この歌を、ビリーと同じ歌唱力で歌いこなせる人って、いるのかなあ?というくらい、むずかしいぞと思う。
安らかに。。。すてきなビリー。
2016.04.27 (Wed)
『男は女が大好きw』の続き。
もう一度はっきり言いますよー。
3歳前後の幼い子どもにさえも、ヘンなひとだなあと思われるよ、つうの。
ね?恥ずかしくないか??(嗤)
そんなわけだから、
私自身、いまに始まったことじゃなく、世の男に昔から「ロリコン」が多いというのには実感が ある。
ただ、レイプにまで及ばれたら、そりゃあ悲惨なことになってしまったはずだろうけど、
あのオニイチャンらは、おのが同年配の女性を相手にしているかのようにロマンチックかつエロチックな言動をヒソヒソと、
よりによって小児の私に向かって大マジメに?垂れ流してたくらいなので(その異様な雰囲気は、幼い子どもでも、なんとなく察することは できる。逐一の意味内容は よく分かっておらなくても。私は、おとなに囲まれて育ったような環境だから、一般的な家庭の子どもよりはマセていたことも あるかもしれない。おまけに、こちとら聴障なのだから、そもそも何を頻りにゴニョゴニョ囁かれてるのやら、殆ど聞き取れなかったというマヌケな場面w)、
いまでこそ、そういうのも、リッパな?性犯罪の範疇に相当するのかどうか分からないけれど、ある意味では、それ以上に剥きつけられた深刻な事態に陥ることだけは辛うじて免れたのが、振り返ればフシギなほどの幸いだったと思う。
ただ、さっきもチラッと述べたように、幼い私に対して、性的行為に及んだ者のなかには、人格障害の女も含まれていたという事実。
だから、必ずしも、性別だけで括っていいことでは ないのだろう。
しかし、圧倒的割合で、男性が不利なことは明白な事実だと認めざるを得ない。痴漢から強姦まで、およそ性犯罪者の殆どは男性である。このことについては、誰であろうと、反論の余地も ないはずだ。
なので、男性がたは、
特に、ネットのなかでしか、女性に呪詛を吐けないらしいナサケナイ男性は、文句を言う相手を間違ってるということに、いいかげん、気づきなさい。
私が、もし、男性ならば、自分の持って生まれた性を恥じたであろうほどに、男性の肩身を狭くしているとしたら、
それは、あなたがたの同性である男性たち自身なのです。そうでしょうが?
女にヤツアタリするな、みっともねえぞ![]()
女が好きで好きで、どうしようもないくせに(嗤)
私の推察では、女が好き過ぎて、女性に性転換した者さえも、いくらかは混じってるんじゃないか?って くらいだ。
むかし、あるオッサンなどは、実の娘を犯してみたいと告白してきよったが、どうやら、自分自身が女だったらという、まぎれもなく、その自分の血や遺伝子を受け継いだ、しかも異性でもある娘に対する投影からの興味が、幾分かは心理的に混じり込んでいるように思えた。
ところで、
『熊本地震 女性が安心できる避難所を!』
木村正人2016年4月22日 17時36分配
http://bylines.news.yahoo.co.jp/kimuramasato/20160422-00056920/
男はねえ、女の排泄の姿や臭いにすらも欲情するらしいからね(爆)
一般的な女性には到底、理解できかねる感覚のはずだろうけど、
ほんと、男性という性は、元来は女性性の変形されて思いっきし偏った性であるらしいだけに、ときとして、哀れだなあ、、、と思えるほどだ。
これも、私個人の経験から。
むかし勤務していた公的施設の職場では、スタッフが少人数だったせいもあり、同僚のなかの一人の男性と、二人だけになる時間帯も多かったんだけど、
各自の職務分担区分は、かなりハッキリしていて、その男性は、力仕事から軽作業までを含む雑務全般を担当、トイレ掃除も、彼の仕事のうちに入ってた。
これは、私側にも用心が足りなかったとするべきなのか、
あとから振り返ると、まあ、ウッカリしてたなあとは思うんだけど、
トイレを使ったあと、時おり処分したナプキンの類なんかも、その同僚が仕事として始末する。
時間帯等によっては、トイレを使用する者の出入りが、ほんの数人程度に限られている場合、今さっき、誰が使ったあとか、容易に分かるわけだ。
この、栃木だか茨城だか、あのあたりの田舎出身の男が、
あるとき、ニヤニヤしながら言って寄こしたことが ある。
遠まわしを要するに、
私が使用して処分したナプキン等を、汚物入れにセットしたポリ袋のなかからワザワザ取り出して、その臭いを嗅ぎ、とっくりと観察していたらしい。
一言で言うと、ヘンタイとしか言いようが ないわな。
いまどきなら、まさにセクハラと糾弾していい対象だ。
だけど、男性たちにとっては、それほど奇異なシュミというほどでもないのかもしれない。
女子高生を中心に、若い女性の下着、それも、「ナマ下着」とか言うのだろうか、できるだけ、経血等の汚れが付着したものをと所望する向きも あるとか。
こういうのって、チャンスさえあれば、自分自身に対しても否定しきれない男性は、女性には考えられないほど意外に多いんじゃない?(嗤)
ま、若い頃なら、さすがの私も、かなりのショックを受けただろうけど、
「ふーん、そんなに嗅ぎたかったかぃ。せいぜい、気の済むまで嗅いどけや(嘲)
」
と、侮蔑しか感じなくなった私、こういうのは、トシの功と言っていいのかどうなのか、われながら、根性すわったなーと、自分自身に感慨深くも あるwww