2016.11.06 (Sun)
『頭の中で鳴り続けるあの音楽、止まらない理由は? 英調査』CNN.co.jp 11/4(金) 15:00配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161104-35091640-cnn-int
これね、
私も、ちょうど ここ数日、疲労と寝不足のせいか、
撫で肩の宿命でもある肩凝りに伴う耳鳴りの轟音が、一大オーケストラの如く、頭のなかの無限反復演奏状態で、辟易してたとこ(笑)
しかも、自分の好きな曲ほど、当初に覚え込もうとしたぶん、あとあとになって、時ともなく脳内リピートされる確率は高まるんだけど、それだけで済まず、
時を経るにつれて、だんだん、みょうなふうにデフォルメが始まるんだよね。
しまいには、そのヘンにデフォルメされた、原曲とは かけ離れた編曲が、延々と。。。
おまけに、
どういうものか、何かで急いでいるとか焦ってるときほど、がんがん鳴り響くのよ;そのデフォルメされたやつが。
でも、「ウォークマン」等が出てくる以前の時代は、あえて、自分の脳内で鳴り響かせられるようにと、いっしょうけんめい叩き込んでおいて、
外出先なんかで、気に入ったシチュエーションのとき、ここぞと脳内音響機器で再生し、悦に入ってた、って言うね、その頃の若者は。(笑)
Fischer(1860-1934)An Evening at the Royal Theatre, Copenhagen
夢のなかで、立派な音楽ホールのなかに居て、
何の曲なのか、やたら豪壮なオーケストラの生演奏を、目前で聴いてる途中、目が覚めたときに、耳鳴りが していたということも あった。
Chase(1849-1916)The Song(1907)
Stevens(1823-1906)Le Femme a la Harpe
うちの母親が、お三味線の練習を始めた頃、
同じ箇所で躓くのか、何度も繰り返して、そのパートを反復演奏するもんだから、
隣室に居て、ずーっと聴かされ続けていた私は、たまりかねて怒鳴ったこともある。ノイローゼなるわ!!てw
でも、三味線が鳴りだすと、当時、庭に居付いてたノラ猫たちが、母親の部屋の掃き出し窓の外に集まって、じっと聴き入ってる姿が、磨りガラス越しのシルエットになって並んでた(笑)
あれから数十年後の今でも、どうかしたら、あの三味線の音がエンドレスで よみがえってくるからオソロシい。
セックスのときでも そうだけどw
なにごとも、特定反復の し過ぎは、うんざりするもんですよww
うーん、上掲の記事中で挙げられている特徴は、興味深いけれど、
すべての場合に当てはまるものではないと、私も体験上から思うし、
たしかに、どういう特徴を有するとき、その現象が起き易いかという統計的データを示しただけの記事と指摘されても しかたないね。
要は、その特徴がイコールで理由になってるってことなんだろうけど。
心理学者と、脳科学者とでは、仕事の内容が異なるし。
なぜ、ある楽曲の持つ特徴が、その脳内現象の原因になるのか?という掘り下げは、こと、脳に関しては、たいへん難しいのだと思う。現代でも、まだまだ発展途上だからね、この分野は特に。
2016.11.06 (Sun)
だいたいさぁ、
何かと後ろ暗そうな、あんな あくどい俗物アキンド根性まる出しで憚りもせぬトランプなんぞで どうする、って危惧も、しごく尤もとは思うけど、
もし、もしも、なってしまったとしたら、とにかく、何らかの面で大豹変するだろうね、あのまんまで存続できるとは、とうてい、思えないもの。
いっぽうのヒラリーさんにしても、
夫婦揃っての大統領ねえ、、、とも思う。
あの人のダンナ、思いっきり だらしないスキャンダルにまみれて去ったし。
私の持論では、夫婦は同格、しょせん、似た者どうし、だからw
どっちもなあ、、、
というのが、国内外において、実は大多数の胸の内なんじゃなかろうかと。
今回、またぞろ、トランプ候補が、あのフシギな髪を なびかせつ、思わぬ息を吹き返してきたとのことだが、いやはや、しぶといわ。
だが、この原因は、ひとえに、民主党とヒラリーさんのワキの甘さに尽きるようだ。
いま、大変なことになってる韓国大統領も そう。
両親ともに非業の最期を遂げ、
自分自身、亡き母のあとを継いで、ファースト レディ代行を つとめてきた経験もあるのに、あれはね。陰ながら応援してたのに。
優秀なブレーンの助けを借りることは欠かせず、大切だけれども、
それが、あんな胡散臭いのがブレーンではね。おまけに、公私混同とあっては。
最後は、自分一人だ。
「人の高みに のぼる者は」孤独でアタリマエだし、
その孤独に耐え得ないのなら、最初から、人の高みに のぼるのを諦めなさいってことだ。
どっちも女性だから、がっかりだよ!!。。。
ああ、私がアメリカ国民なら、迷うことなく、サンダースさんを支持したであろうに、
と思ってきた、
そのサンダースさんに、あらためて今一度、立っていただけんものやろかね。
惜しむらくは、ちと高齢だけれど、
いまなら、がぜん、圧倒的支持を得ると思うんだが。
こっちも遅かったのか。。。
かおるちゃーーーん!!(?)
サンダース氏が、アフリカ出身の黒人だった父親を持つオバマ現大統領のあとに就くことになったなら、これまた画期的な流れとしての続編になったはず。なんと言っても、これまでのアメリカが忌み嫌ってきた政治主張を唱えている、しかも、移民の子。
移民と言えば、
トランプさんのヨメさん、別れた人も、いまの人も、東欧あたりから来た移民じゃなかったぁ?
まあ とにかく、
昨今の世界情勢の穏やかならぬ傾向を集約したかのような、今回のアメリカ大統領選。
これを一言で言い現わすに、
げっひーん。![]()
ひたすら下品。
何度か重ねて言いたいほどの下品、かつ、おげれつ。
こんなんに尻尾パタパタ振り続けて幾年月、
いまだに ごろにゃんと すり寄り続ける日本の政府。
もしもの結果になっても、
相変わらず、尻尾パタパタ、ごろにゃんごを続けるつもりかよお。。。![]()
かの国も、あの国も、この国も、
政治、その姿には、国民の品位と知的レベルが剥き出しになる、ということが あらわ。
【追記】
この世は、悪人のための世界みたいだからなw
なぜ、一応にせよ善人が、悪人に負けてしまいやすいのかと言うと、
善人にとって、悪人は、あまりにも異質な相手だから、どう出てくるかの予想が しにくいということが ある。自分のなかに希薄な資質であれば尚更。
そして、善人どうしで相談し合ってても、あまり見通しが つき難いのかもしれん。類は友を呼ぶ、からね。
そこへ行くと、悪人と言えども、善人側が、どう出てくるかという予測のほうが、よっぽど容易いだろう。
悪人のなかに、善なる資質が極度に希薄であっても、およそ善人てのは、複雑怪奇なことは しないもんだからさw
「勧善懲悪もの」なんて、だいたい単純なストーリーでしょww
なので、悪人が、最も難儀するのは、同じく悪人相手だ。
いくら仲間でも、安心して寝ても おれんから、孤独。
深淵を覗き込めば覗き込むほど。。。やはり、ニーチェは偉かった。
それでも、善人が、悪人にフェイントかけることは可能なんだけど、
この話は、またの機会に。
本当は、手の内を見せる親切は、一切しないほうが いいんだけどねw
2016.10.30 (Sun)
最近のエントリーで、ビリー・アイドルにハマってるっていうことで、動画を紹介したけど。。。
『“Les yeux sans visage-eyes without a face”』(←そのエントリー)
“Eyes Without A Face (live@saint vincent estate”
今度は、スティーヴにハマっちゃいまして(笑)
あまりにもカッコイイ演奏ぶりなので、
ほんとに弾いてるの~?って、疑いたくなるくらいw
“Steve Stevens - Atomic Playboys”![]()
寝っ転がって足バタバタしながら弾いてるよぉ、器用だなあ(笑)
しかし、凄い速弾きだねー。
これって、子どもの頃から覚えのある誰かに似てるような……??
と感じていて、
思い当たったのが、これだす↓
『宮川左近ショウ』
なんと、私は、今ごろになって知ったんだけど、
上掲のエントリーをアップした、ちょうど1年後の去年2015年5月29日に、暁 照雄さん、亡くなられてたんだ。。。(茫然)
お弟子さんと組んでの晩年の舞台を動画で見てたから、ちょっと やつれてはるのは、さすがに年齢のせいなのかなあと思ったけど、そのぶん、若い頃の見るからにシャープさの代わりに、円熟した優しい雰囲気になっておられて。
78歳になられてたんだ。
でも、やっぱり、若く見えてたんだね。なかなか男前だったでしょ。
照雄師匠も、以前から、誰かに似てるなあと思ってて、今、思い当たったのは、、、
ダリル・ホールだよ!(笑)
うちの母親も、トシいってから始めた お三味線やらを教えてたんだけど、それ以前から、暁師匠の芸をテレビで見るたびに、
「子どもの頃に お稽古 始めて馴染んでるやろから、こうも やすやす、という感じで弾けるんやなぁ。三味線が、まさに、体の一部みたいや」
と感心してた。
ピックで弾いてるところが前代未聞級だろうけど、普通に撥を使っても、やっぱり名手だったでしょうね。
この3人のなかでギター担当の故 松島一夫さんは、うちの親の知人たちのなかでも、私が幼い頃、とっても可愛がってくれたうちの一人に、特に雰囲気が よく似ているのです。同じ九州出身のせいか、話し方も似てた。
私が小学生の頃、交通事故で、残念なことに亡くなられたけど、子ども心に大好きなオッチャンだったので、記憶は今でもハッキリしてる。
見るたびに、そのオッチャンを思い出すので、よけい懐かしいのだ。
ちなみに、この松島さんが弾いているギターってのは、ようつべのコメントで見かけたんだけど、ちと珍しい種類のものなんだそうです。そう言われれば、いまどきは、ほとんど見かけないようではある。。。
なぜか、スティーヴ・スティーヴンスの話が、宮川左近ショウで終わっちゃった
Steve Stevens“Water on Ares”
2016.10.30 (Sun)
『ボブ・ディラン氏、ついに沈黙破る ノーベル賞受賞「素晴らしい」』
AFP=時事 10/29(土) 6:34配信
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161029-00000003-jij_afp-int
はははw
いやぁ、私自身、何事にもカメで めんどくさがりなので、人さまのことは言えんかったのだが、
ディランの「ノーベル賞」授与決定後から取り沙汰されて、いろんな意見や憶測や記事を読んでいて、少し思い出したこともある。
まず最初に思い出したのは、旧ブログのときに、ある記事で、ディランが、今度は、絵を描き始めたというのね。その絵が、世界的有名人の手になるだけあって、高額になったとか。
そのキッカケというのが、ある所で、ある女性に、彼が何気なく描いた絵を、とても褒められて、あなたには、きっと、そっちの才もありますよ、とかいうふうに言われたかららしいの。
それで、ディラン、すっかり その気になっちゃって、まじで描いてみた絵が、かなりの高額で値が付いたと、
詳しくは記憶してないんだけど、たぶん、そういう話題だったと思う。
それで、当時、私も反応して、エントリーをアップして、
ディランって人は、そのトシで、押しも押されもしない大スターなのに、やっぱり、いつまでも どこか少年っぽいのかな、褒められたら、がぜん、その気になるって、ある意味、子どもっぽいと言うか、単純素直な人なんだなあ、高齢になってもチャレンジ精神が旺盛なのは さすがだね、ってなことを書いたと思うんだけど。
男の人って、褒められたら、わりと すぐ その気になる傾向の人が多いみたいだしね(笑)
まあ、賞金が惜しかったんだろとかいう、勘ぐり的なコメントも多数だが、功成り名を遂げて幾年月のディランが、たかだか?あの程度の金額で、思いを左右する必要もないんじゃないのとも思うし。
でも、お金持ちほど、おカネに執着するとか、トシいくほど執着するとか聞くね。
コソッと言うと、ディランは、顔だちに、その傾向が窺えるふしもあるよw若い頃の動画を見たら、なかなかのハンサムだったことに、ちょっと驚いたけど。
私は、ディランの世代では全然ないし(むしろ、彼は、うちの親の世代に近い人)、彼の作品はと言うと、『風に吹かれて』くらいしか、すぐに思い出せる楽曲もないんだけど(『風に吹かれて』すら、学校時分、J・バエズの歌声で知ってからコピーした)、
こんな私にも、彼との共通点みたいなところを感じたには、
最近のノーベル賞騒ぎで、ディランのアーティスト、ミュージシャンとしての長いキャリアを振り返り、分析している記事を読み、どうやら、彼は、自分のカラーと言うか、特性や方向性を、一つに限られて見られることを避けていたのでは ないかなということ。
昔から、アーティストやミュージシャンというのは、極度に気ままでマイペースなのが定番のイメージだけど、別面では、
どんな分野の何にせよ、殊更、人前で目立ちたがり、何かしら変わった事を したがるのは、俗物的でもあるわなw
「私って変人なんですよ」とか「芸術家気質なんです」とか言いたがる人ほど、いたって俗人的価値観の持ち主であるように。
母方の祖父なんか、私の母親が若い頃、芸能界にスカウトされたとき、「人前で芸をするなんて、卑しいことだ!」と言い張って、猛反対したそうな。
ただ、ディランも はや、老齢になってるわけで、ツアー最中だということだったから、そっちに、乏しくなった全エネルギーを集中していた、あるいは、そうしていたかったのだという側面は あったのかなと、私は察していたけど。
デヴィッド・シルヴィアンなんか、まだデビューして間もない、うんと若い頃から、ツアーほど厭な、しんどいものは ないと言ってたよ。
うちの親も、舞台に上がる経験を してきているので、私も かねがね聞いてたし、昔から小耳に挟んでいたように、舞台というものはフシギな世界で、そこに出ているあいだだけは、どんなに しんどくても、自分のなかにエネルギーが入り込んでくるのを実感するんだって。だから、出演してるあいだは、不調であることも忘れてしまってるんだと。その代わり、舞台を降りたとたんに、がっくりきて、へっとへとになる。
なお一つ書き加えておくと、
日常の人間関係のなかで、こういう経験に思い当たる人、けっこう いるんじゃないかと思うんだけど、
何らかの約束とか期限をハッキリしてもらわないと いけないときに、何が理由だか知らないけど、言を左右にして煮え切らず、むやみと引き延ばしたりして、はたをイライラさせて平気な人って、たまに見かける。
こういった人の考えてることが、基本単純な私なんか、どう察すればいいのやらと、従来から不可解で、例のQAサイトで質問したこともある。そのときも、例の「カルト連」の覆面会員が邪魔しにきて、さんざ厭味を垂れ流していったわw自分のことだと思ったんでしょうよww
でね、
心理的に言うと、自分の考えや期限等についての心づもり如何を、いつまでも明確にしない人の思惑とは、言わば、迂遠な かたちでの支配欲なんだそうな。
要するに、
自分を、相手よりも優位に置いておきたいという心理が潜んでいるんだって。
ディラン自身が、はたして、そういう心理ゆえだったかは、もちろん、断定できないけれど、
たしかに言えることは、今回の彼の動向に、おおぜいの人々が振り回されてたよね(笑)
ディランの場合、どっちに転んでも、世界じゅうで話題になっちゃうところを見ると、やっぱり、それだけの大スターなんだわね。しかも、世界最高峰と言える賞なのだから、それも拍車を かけたわけだ。
2016.10.28 (Fri)
『「伝統」vs.「終身天皇制」?』の続き。
ところで、
日本のメディアの問題点の第一は、
特に大手を中心に、政権寄りだという特徴。
これは、ウヨどもが、「ヒダリ」であるー!と、なんぼ決めつけようとも、
『朝日』ですら、基本的には政権寄りなのだよ。
日本の一般大衆が、依然として「茹で蛙」さながら おとなしい傾向のままなのも、一番、原因しているのは、政府以上に、そんな大手メディアからの影響だ。
だから、政治権力側は、国民よりも先に、メディアを懐柔あるいは、安倍政権のように、なんとかして圧力を かけようとするの。
よーく分かってるからね。
誰が、一般国民を「教育」するのに、最も力を持っているのかということをね。
そこに、メディア側の思い上がりもあるだろう。
それでも、日本の特に大手メディアは、政権寄り。
お互い、持ちつ持たれつ関係なのだ。
ま、そもそも、民主主義制度とは、根本からバッシングが避けられないのだし、
実権力は潰えていた天皇かつぎなおして「富国強兵」軍国主義の末、
幼い子どもにまで煮え湯呑ませて敗戦した、
その時点で廃止するのがスジだったんだ。
皇室から一般国民まで、
ゴチャゴチャ文句言うんなら、皇室廃止でいい。
要らねぇ。
たいがい うっせえわ!![]()
形式的呼び名だけ残すことに、何ほどの意味が あるのやら、
私には理解し難いが、
皇室というものが、太古より、「自然の道」に寄り添いつつ続いてきたというのならば、無理なコジツケや小細工を駆使してまでも残すのは、本来の ありかたに全く反しているだろうに。
また、
実のところ、「万世一系」なんぞ荒唐無稽のファンタジーでしかなく、どこかの時点で大きく入れ替わっていることを、表面上はキレイに拭い、そうして また連綿と続けてきたというのが実態ならば、今後も、そういうふうにして続いていくであろう。
それでも続かないなら、続けなくていい。
こういう時代錯誤で奇妙な制度に いつまでも しがみついてるかぎり、
日本国民に、真の思想の独立性と知性は持ち得ない。
いつまでも子どもっぽいパターナリズム依存のまま。
統治権力側にとって、つごうが いいだけ。