2019.05.03 (Fri)
5/2(木) 20:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190502-00026841-forbes-bus_all
「~教育分野で目新しい問題ではないが~」
そのとおりで、
まあ、およそ「教育」というものに つきまとうジレンマみたいなものかな(笑)
ただ、アメリカでも、こういう問題が あるんだというのなら、日本なんかは、骨の髄まで、というレベルだからねえw
ま、国の違いに関係なく、一般大衆とは、そういう傾向なんだろうな。
だから私は、「民主主義」だから「多数決」だ(←違うよw)、
「国民投票」やるべ、というのは反対なの。
こんだけ教育レベルが高い、先進国なんだ、と言いながらも、
相変わらず、アホが多過ぎるからw
なので、私は、一般大衆や民衆というものをも、あまり信用してない。
「~米国人はただ自分が支持する側の人々を擁護し、議論の対象となっている問題については考えない傾向にある~」
へえー!
だって、アメリカって、「ディベート教育」が盛んじゃなかったっけ?
「~現在の米政界では、真実を述べたり追求したりすることがあまり重要視されていない」
いやぁ、むしろ、あちらさんでも認めてるように、日本政界の、とりわけ、安倍ちんらの真似しとるんでしょうよww
日本では、政界でなくても、「真実を述べたり追及したりする」と、袋叩きや迫害に遭う恐れが高いからね。
「空気読め!」
長芋あいや「長い物には巻かれろ!」
「水を さすな!!」
っつう定番のコトバもある、
「忖度ソンタクるるるるるん♪」の国柄ですからw
それでこそ、特別の才能は持ち合わせぬ、凡庸な者でも出世できるシステムだもの。
おりしも、『天皇・皇室』崇拝やってる連中を見てたら、そのことが あらためて実感できるわなww
ただ、個人的実感から、算数・数学に関してだけは、あとあとを考えると、ある程度には、「落ちこぼれ防止」策は重要だと思う。
この分野は、まず正解が決まってるもんだしね。
私個人の場合、国語や現代文とかって、いっさい、勉強なんか したことなかったよ。
もともと勉強ぎらいと言えば それまでなんだけど、国語系の科目に関しては、どうやって勉強すれば いいのか自体、わからなかったもの。
漢字の書き取り練習とか、文学年表の暗記とかなら ともかく、とは言え、漢字の書き取りも、ほとんど やったことが ない。小説でも何でも、漢字が出てくる文章に、日常から接してたら、それだけで覚えていくもんだし。
しかしながら、
私は、たとえば「この詩の作者が、いちばん言いたかったことは何か?」といった問題の答えを外したことは、まず ない。
たいがいピンと来るものが あるので、それを そのまま答えたら、常に、トップ クラスの成績を維持できていたから、ますます、勉強の必要を感じない。
だいたい、詩作品と論文とでは、異なってくるから。
ビジネス文書が「ポエム」では、そりゃ困りますよ。仕事にならねえし。
私個人的にも、すごく困る(爆)
けど、
詩において、論理だけ追及したって しょうがないでしょw
それこそ、「行間を味わいつつ読む」ってものが あるんだし。
私は、その「行間」ってやつを、読み取るのも、自分で書いているときも、かなり苦手なほうなんだけど(苦笑)
それでも、
少なくとも、ガッコの国語のテストや何かで、正答をハズシたことは、まず ないなあ。
京大や東大の過去の入試問題を見たことあるけど、たしかに、ほとんど「いじわるクイズ」みたいなもんだったwこれ作成した人は、よほどのヒネクレもんか、性根が悪いんだろうなあと思ったw
ひるがえって、算数や数学はね。。。
このことも、旧ブログや、その他で述べたことが ある話なんだけど、
私の場合、周囲も、そして自分自身も持て余したのが、
「公式の意味」
を解説してくれろと言い張り、教科担当の先生でさえ、納得のいく解説を してくれなかったら、そこでブチ切れちゃう、みたいな感じでw
クラスの友だちも含めた周囲からは、
「あんたさぁ、公式さえ暗記しといたら、それ使っただけでスイスイ解けるようになるんだから、ね?」
と勧められても、納得いかないと、頭に入れられないんだわ、これが。
われながら、困ったもんだと思うんだけど(苦笑)
そういうわけで、
せっかくの公式を使えないから、自分なりに工夫wしてww、むしろ、文章題だと、いちおう正解を出したりしてたwww
でもさ、ある数学の専門家が言ってたには、ほんものの数学的才能が あったら、「公式の意味」なんて、それこそ、ピンと来るものなんだって。過去エントリーでも紹介した話です。
ところが、『集合論』だけは、難しいと思ったことが ないの。
クラスの優等生たちが、呻吟してたのを横目に、なにが難しいんだろか?と怪訝に思っていたものだ。
まっ、なにごとも、想像力を培うことが大切なんだろうと思う。
想像力の「引出し」を増やす。
それは、学問の世界だけじゃなく、人生そのものにも重大な影響を及ぼすほどのことだ。
さて、例によって、「ヤフゴミ溜め」のコメントを流し読みしてたら、
まさしく、あの「カルト連」の、なかんづく、「ストマック」なんたらいうハンネで、『汚気・愚』に出没してたオジンを ひっさしぶりに思い出したw
そうそう、「形式論理」とかってやつww
よく知らないが、まあ要するに、「文字で書かれていることが全てである」すなわち、ここでは、たとえば、あるコメント投稿者が出してた事例では、宮沢賢治の『やまなし』ですか、私は、この作品は、全体を きちんと読んだことは ないのだが、これに登場するという「青いもの」は「青いもの」と書いてあるんだから「青いもの」でしかない、という、単純過ぎる受け取りかたね。
これは、しかし、問題も限界も ある。
「青いもの」とは、いったい、何なのか。
それを追究していくのも、学問だし、
作者本人が、「青いもの」の正体を知っていながら、敢えて、「青いもの」とのみ記したのか。
あるいは、
それが「かわせみ」であることを、少なくとも、その時点では知らなかったから、単に「青いもの」としておいたのか。
作者が、正直に書くとは限らないのよw
そして、わざと曲解させるように仕向けることも あるだろうよww
ま、
「青いもの」は「青いもの」でしかない!
それ以上でも それ以下でも ない!
という受け止め方は、「アスペルガー」的でも あるのだろうが、
実際、生活上の問題としては、アスペルガーの人にとって、これは猛烈に苦手な示し方だろうなあw
うん、そうだ、フランスの映画にね、『まぼろし』という名作が ある。
これ、むかし、例の『汚気・愚』で回答するときの題材にしたことが あるんだけど、
ちょっとネタバレみたくなってしまいますが、ご容赦ください。
最後のシーンで、亡くなったらしい(自殺の疑いが濃厚っぽい)人が現れる、これを、実は死んでなかったから、そこへ戻って来て立ってたんだ、と解釈するのか、
そもそも、この作品の題名になっているように、主人公の願望から来た幻視みたいなものだったのか、
とにかく、向こうのほうに立っている、夫の姿を している人の所へ行こうと、主人公は一目散に走りだすのだけれど、場面は、そこまでで終わる。
答えは一つに絞れない。
だからこそ、いわゆるクロウト筋のあいだでは名作とされているんだろうけど、そして、私自身も、そう思うけれど、
世の一般大衆の評価は高くないらしい(苦笑)
『まぼろし』とは、最後に見えた人影のことなのか、
あるいは、
それまでの全てが「まぼろし」だったのか。
2019.04.29 (Mon)
『やっぱり「冷気」?w』の続き。
「ヤフゴミん」のなかには、おおかた、これも誰かの受け売りなんだろうが、
『天皇』『天皇制』は、日本人の高い倫理性や治安度を維持するために必要、
等々と、しょうもないことを言ってる輩が混じっていたが、
すると何かい。
『天皇』や『天皇制』が なくなったら、おまえさんは、とたんに、倫理性を かなぐり捨て、犯罪行為に走るのかい。
まあ、ああいう考えかたってのは、白人における『キリスト教』、または、とにかく何らかの宗教の信徒を やってない人間は、必ず悪いことを やらかすに決まっとる、という考えと同じだわな。
わたしにゃ、自分の倫理観その他にとって、『天皇』の存在や『天皇制』は、一切の影響も関係も ない。
自分自身で判断していってることなんでね。
それも できない、思考停止の連中が、「エスタブリッシュメント」を自負する層に焚きつけられて、『天皇・皇室』崇拝者ってわけか。
なさけないオツムと民度だこと(嗤)哲学のカケラも ない(嗤)嗤)
あっ、そうそう、かのイギリスでは「成文化」してないぞ!云々っつうね、そういうのって、なんだか、うちらの日本こそは、大いに好むところのような感じが するんだけども、なぜか、イギリスw
あれは、さすがのオツム、輝かしい狡猾の歴史にかけては、他国の追随を許さなかった国際的代表クラス、栄光の『大英帝国』ならではだなあと思うわよw
総身の知恵もタカが知れw小男『大日本帝国』が、近代化を目指して、いっしょうけんめいに背伸びし、終始、お手本にしてきた憧れの師匠だけのことは あるww
あれほど素晴らしい三枚舌操作能力は、日本ごときが大車輪してみても、かないやしないwww
で、
そのイギリス王室とて、民衆の暴動で襲われかけたことが あるよね。
いかにもな「渡来(――降臨/乗っ取り)の物語」背景を持ち、朝鮮民族(=中国との深い歴史的まじわり)の血を ひくこと明らかという『天皇』を崇拝し、
かつ、
嫌悪・憎悪して やまぬ韓国・朝鮮をルーツとする企業のサイトを愛好する、
この分裂ぶり凄まじき現代日本w
さしづめ、「ヤフゴミ捨て場」を眺めてたら、そのことが、よーく見える。
だから、
しまいにゃ、根深い劣等意識と「同族憎悪」が民族的特徴の一つであり、なおかつ、日本を「パワーゲーム」の相手として引き込みたくてウズウズしてるらしい韓国・朝鮮人こそ、ひょっとして?「ネトウヨ」的な煽りの正体を成しているんじゃあるまいな??と疑わしく思えるわけさw
本来なら積極的に祖国へと馳せ参じるべき徴兵制度もあるのに、にっくき日本に帰化してしまった同胞は、なんだか裏切者みたく思えるんじゃないの?w
在日韓国人は、日本人からの、という以上に、むしろ、祖国の人間から白い眼で見られる「板挟み」傾向もあると聞くし。
特に、日本国籍の取得は、過去の経歴とか周辺関係を厳しく調査して、少しでも引っ掛かるとなると、当局に認めてもらえないらしく、日本では、けっこう難しいのだという話は、全く そのとおりなのかどうか、正確には知らないけれど、昔から聞こえていたのは事実だし、
しかも、暴力団とウヨク団体には、韓国・朝鮮人が多いこと有名だ。
というわけで、
「在日同胞」が、日本国内で、よりいっそう居づらくなるように、
「日本から出て行けー!!」
「祖国へ帰れー!」
と煽りまくりw
そういう構図も、裏側には あるのかもしれないなあとすら思えてくるww
そうして、
つまるところの最終目的さえ合致しているならば、ある層の日本人たちとも、がっちり、手を握り合ってるとwww
なので、
日本人でありながら「ネトウヨ」になっちまってる連中はね、まさに、
大キライな韓国・朝鮮人の、その手のひらで転がされ、踊らされていることになるのよwグヤジイのうww
それ以外は、まず、アメリカの手先、ビジネス ウヨクやってる連中だね。
ま、以前までの一般的日本人の感覚ならば、韓国・朝鮮に対して、殆ど無関心なほうだったはずなんだもの。それこそが、
従来からの韓国・朝鮮人にとっては、このうえない「癪のタネ
」みたいなもんなんでしょw
ところが、
なんと まあ、えらく様変わりしたもんだよねえーw
こりゃあ、あちらさんの勝利じゃないの?ww
いまじゃ、年がら年じゅう、韓国と朝鮮人から目が離せなく、憑り付かれたみたいにドップリ夢中な日本人が激増だものwwwうわーwwww
グヤジイのうグヤジイのうwwwww
でさ、
二言目には「特ア~」とか口走ってる「ネトウヨ」ってのは、例の『日本会議』もしくは、これまた悪名高き『在特会』だのチームなんちゃらだのいうところと関係してて、
ところがところが、
常々から敵対してるはずの『しばき隊』?とかいうのとも、裏では、彼ら、いたって仲良くしてるんじゃないのお??ww
いつぞやは、仲が良すぎて、公衆の面前でケンカ騒ぎ起こしたらしいよねww待ち合わせてデート中の痴話ゲンカを(爆)
せいぜい、見苦しい個人崇拝と罵倒を同時並行で永遠と繰り返しておれや。
この分裂精神の大衆が跋扈するエセ民主主義の国で。
2019.04.29 (Mon)
しかし、まじで、からだが ついていけない。
きのうは、頭痛とダルさと軽い吐き気で、やる気なし。
こないだの金曜日は、もはや夏めいた陽ざしで汗ばむほどだったのに。実際、半袖のTシャツ姿で歩いている人もチラホラ、その翌日から一転して、寒いなあ、、、
という状況だもの。お天気までもが、酷い「格差」かよ。。。![]()
年々、春と秋が縮小していくようだ。
この国から、春と秋なくしては、耐え難きことなり
若い頃に、春先の服装について、気づいたことが あった。
それは、3月までと4月とでは、がらりと変わるんだということ。
具体的に どういうことかと言うと、3月いっぱいまでは、ウール混のニットものなんかを着ていて、まあまあ、ちょうどいいくらいだったので、4月に入っても、つい、そういう服装で外出すると、たちまち汗ばんで後悔したという経験を数年にわたって経験したことだ。
つまり、4月に入ったとたん、ニットものなんかは脱ぎすて、厚手の長袖ブラウスだけ、薄手のブラウスなら、ベストを重ねる程度で ちょうど いいくらいになる。
ところが、今年の4月は、なかなか、厚手のニットが手離せず。そうとうの暑がりな私だけに、トシくって、寒がりになったか?と思うほどだった。
毎年、満開の花を見せてくれる、いつもの通り道の桜も、今年は、へんな咲きかたを していた。
どんな咲きかただったかと言うと、
途中までの高さの枝では、七分咲き以上になりかけてるのに、
中ほどから上の枝では全然、固い蕾のまま。
しばらく経って、全体が満開になったかと思ったら、
下のほうの枝は、すでに「葉桜」、
上のほうは、普通に満開の花だけ、という、みごとに二分された状態。
今年は、桜も、みょうな咲きかただなあ、と思った。
最近、いよいよ『皇室』の話題で もちきり、
異様な持ち上げと異様なバッシングが同時並行の ありさまで、
これじゃあ、ほんとうに、国民大衆の精神衛生上に良くないなあと思っていたところ、
そこへ差して、今度は『秋篠宮』家の御子息が通う学校にて、侵入者が、刃物が、という不穏な出来事が勃発というので、ますますの大騒ぎ。
そう言えば、
何年前だったか、あの頃は、もっぱらバッシング ターゲットになっていた雅子さまが、ある日、駅頭で、どこぞのオッサンに、いきなり罵倒された事件が あったわな。
毎度の「ヤフゴミ捨て場」も相変わらずで、「『皇太子』がー!」「『秋篠宮』がー!!」と真っ二つに分かれた ていで、罵り合戦。もうウンザリだ。
これって、ほんとうに日本人が書いてるのか?もしかして、痴呆が兆してる老人が投稿してるんじゃないの?と呆れるほど稚拙でケッタイな日本語(もどき)でもって、『皇室』崇拝者が、その口で、「親王」と「内親王」の違いすら分からずに、やれ、子どもの年齢と言えども『天皇』候補に対して「クン」や「さん」付けはケシカランぞ!!と、上から目線の説教を かましてみせる「ヤフゴミ捨て場」の滑稽さ。
まずね、
大昔から、王侯貴族を始めとした、身分の高い人というのは、基本的には、直接的に、顔を出して要望を伝えるという やりかたは とらないで、気心が知れ、信用できる者の口を代わりに借りて言うんだ。
じつは、いまの天皇さんだって、何かにつけ、ごく親しい御友人のかたを通して告げておられるらしいじゃないか。
それと同じように、
秋篠宮さんも、おりおり設けられているという、天皇さんと、ご子息がたの「家族会議」で出た意見を、比較的に気楽な立場として、代わりに口に出されているのではないかという見かたもあるね。
それと、
ずっと前、どこかの記事でチラッと見かけたけど、
秋篠宮ご夫妻は、当時、ご長女を、将来の皇位継承者たる悠仁さんの おせわ係的な立場として、お嫁には出さず、ずっと皇室のなかに留めておきたいという御意向だったとか。
つまり、昨今の議論になっている「女性宮家」の関連だったのかなあ?
もしも、そうだとすれば、言わば、「アテが外れた」ということになるのだろうか、と同時に、この問題は、他の内親王たちにとっても、なかなか複雑な心境になってしまうであろうことが窺えるわね。
「自由」や「人権」が ない、とも言えるだろうが、それは、庶民の場合でも、それこそ、生命にかかわるほどの不自由さは ある。
少なくとも、「シモジモ」のなかには実際存在している、病気になっても、医者のところに行けないとか、餓えに直面しているとか、遠からず倒壊しそうな家屋で暮らし続けねば ならない、ということは ありえないのだし、
それぞれ個人としての趣味や娯楽の類に関しては勿論のこと、留学等を含む学歴や職に関しても、天皇家以外の宮家の かたならば尚更、ある程度にはと言うか、そのへんの庶民には、とうてい望むべくもない希望が通るようだし。
ま、最高クラスの「特権」の代わりに、「基本的人権」の一部に、欠損が あるわけだ。
そこを穴埋めしているものは、周囲からの大きなプレッシャーとともに、彼ら自身の大きな自負心だろう。
ここで、前回のエントリー『令は「律令」の令w』にて、『皇室』における「伝統」のことについて再び三たび言及しておいた くだりに、付け加えておくと。
これも、旧ブログで紹介したことが ある、どこかで読んだエピソードなんだけど、
あるとき、『昭和天皇』が御不在にされる日に、どうしても、何かの祭祀の実施日と かちあってしまい、どうしたものか考えていた侍従さんに、当時の良子皇后が、
「じゃあ、わたしが(陛下の代わりに)やろうか?」
と、おっしゃったので、侍従さんが厳しく お諌め申し上げたという内容だった。
なかなか興味深いエピソードだなあと思ったわけよ。
当事者も当事者たる『天皇』という主催者の、その妻たる人、彼女ご自身も皇族の血筋とは言えど、男性しか務まらぬ、務めては ならぬはずの祭祀を、代わりに やっとこうか?と、いかにも気軽く提案なされ、
あくまで、その周囲で お手伝いを担当するに過ぎない立場の職員が、真っ向から拒否するのだから。
「皇室」とは、その「伝統」とは、なんぞや。
そもそも、身分が高いと、実の親から引き離され、専門官によって養育・教育されるということは、洋の東西を問わずに、よく見かける話。あたかも、「出家」した者は、以後、修行に一意専念し、自分自身や自分の実家の者たちに拘泥しては いけないという姿勢に似て、先日のエントリーで私も指摘したように、自分一個のこと、そのまわりのことに気を取られるようでは、「帝王道」に悖るというのは、現代における為政者でも同じことだ。第一に関心を向けねばならないことは、自分や特定の者たちの幸せのことでは ない、のだから。
『皇室』においても、いまの天皇さんまでは、やはり、ご両親のもとを離れて育ったことを寂しく思っておられたと、
それを聞いた美智子さまは、おかわいそうに思われたのだそうな。
で、美智子さまの代から、一般家庭のように、お子さまたちを、ご自分の手もとにて養育されたと。
さて、言っとくけど、わたしゃ、目下も目下の中学生に対して、それが誰であろうとも、「さま」付けで呼ぶ気は ないよ。ご本人の教育上も、あまり良くないように思えるし。
だいいち、
おのれが気に入らないとなると、皇室の かたがた、それぞれを つかまえて、「さん」付けどころか、むき出しの呼び捨てだものな、「ヤフゴミん」どもは。
まともな日本語も使えない、
初歩的な知識すらない、
自分のオツムで思考できないから、邪まな者からの受け売りで投稿しまくり、
こんな連中に、しゃーしゃーと、敬称や尊称の別についての講釈たれてもらっても、笑止千万だわ。ばかばかしい。
それ自体で、あたかも「神」扱いの呼称である『天皇』や『宮』と付く場合、むしろ、私は敢えての、「さん」付けだ。
だいたい関西では、普通に『神』に対しても「神さん」と呼びならわすね。
たしか、『三笠宮』家の どなたかは、職場では、「三笠さん」と呼ばれているということだった。
美智子さまとか雅子さまとかの場合は、そもそもが単に個人の お名前だから、いちおう、「さま」付けにしてるけど、「さま」の場合、一般人どうしでも普通に使用するからね。
外国の要人に対する場合ならば、当該人物そのものに対してというよりも、彼・彼女が代表するところの国民の多くが望む呼称であろうと判断して、その国民に対する敬意を表するつもりをもって、「殿下」なり「陛下」という敬称を付けるにヤブサカでない。
しかしながら、あくまで自国内のことに関しては、私は、この国の主権者でありますから、一個の主権者として、自分なりに判断させてもらってます。
【続く】
2019.04.24 (Wed)
やっぱり「命令」の令かww
『昭和と平成、元号に込められた「願い」はなぜ現実にならないのか』4/22(月) 6:00配信
というコラムですわ。
これ、明治大学の専門職の大学院のグローバルのビジネスの研究科うんたらカンタラいうところの教授さんで、野田 稔氏というかたが筆者ということなのだが。
どうやら、
気に入ろうが入るまいが、「上」から下し置かれた目標を実現・達成できるよう、「シモジモ」国民、民衆は、とにかくシッカリ受け入れて、努力しなさい!
てことが言いたいらしい。
まずね、
「『願い』を現実のものにする 実践者になろう」
ってところで、いきなり、
はあ?
って印象よw
チカラこぶ振りあげて、センセイらしくも指導的口調の主張が並んでいます。
「~そうした名前であり、新たな時代のブランドを皆で大切にし、その名前に込められた意味をしかと受け止める。そして、その元号に恥じない時代を作っていく。それは為政者ではなく、私たち国民であり市民の責務なのだと~」
「私たちはこのブランドを守るべきなのだと~」
「~こうした日本人好みのたおやかな世を保つためには、力強い意志と不断の努力が必要なのです」
「日本の文明は世界で最長を誇り、1万2000年も続いています。その間、外敵からの本格的な侵略は一度も受けずに、国土が踏みにじられることもありませんでした」
「日本人好みの」?「たおやかな世」??
「国土が踏みにじられることもありませんでした」???
ですと。
あなたの言ってることは本当に本当ですか?
いやはや、それよりもですね、
「願い」を命令するとはねえw
宗教と同じやんか。![]()
「要は『自分が自分らしくどう生きるか』」!
ってw
あのですね。明治大学の専門職大学院のグローバルなんたらカンタラの教授さん。
そもそも、いやも応もなく、いきなり「上」から湧いて降ってきたように与えられたものを、イコールで、「国民・市民の責務」だとか「守るべき」なんだとか「力強い意志と不断の努力が必要」だとか。
なんのジョークですか?w
やれやれ、大学で、これから成長していく若者、学生相手に、ものを教える立場の人が、これだもんね。
私は、こんな、のっけからハズシまくってるセンセイに教わりとうないよw
「ブランド」「ブランド」って、どこかの誰かが唱えたリクツを信奉している優等生が、そのまんまでセンセイになりました、って典型だね。
わるいけど、私は、「ブランド価値」というものを裏付ける不断の努力は当然だろうとは思うけど、いつの間にやら勝手に他者から押しつけられた「ファンタジー」を「ブランド」そのものとして信奉する趣味は ない。
このコラムは、時間のムダだあ、読むんじゃなかった
と後悔したもののなかへ放り込んだ。
ま、「ないものねだり」というコトバもあるw
一般的に、子どもとか個人の名付けにおいても、親などが良かれと願いを込めるのはアタリマエと思ってる人が多いようなんだけど、
じつのところ、昔はさ、必ずしも そんなことなかったじゃない?
私が幼い頃には まだ、おじいちゃん・おばあちゃんと呼ばれる高齢の人の名前に、こりゃ酷いなと思っちゃうような名前の人、けっこう多かったの、憶えてるもん。
「捨て」とか「ヨソ」とか。
こういうのは、「名前負け」を避けるためとか、一種の「魔除け」的な意味合いが あるのだと聞いたことも ある。
まあ、昔は、現代と違って、何人いるのか、こしらえた親すらも覚えてられないほどの子だくさんで、しかも女の子だと、しまいにゃ、いちいち名付けするも めんどくさくなって、テキトーに済ませてたというのが実際には多かったのかもしれないけど。
で、私は先日、このエントリーを書いてアップした。
まさか、くだんのセンセイも、うちのブログをパクってないやろな??w
もういっぺん言っとくけど、
「元号」自体については、日本国内においてさえも、『キリスト教』に由来するという西暦一辺倒というのでは、それも またオモロないような感じもする私だって、反対しているわけじゃないのだが、
『一身一元法』には反対してるわけ。
なぜなら、これは、無自覚のうちに、個人崇拝させんがため、一般国民の心理をコントロールする力が働くからだ。無自覚のうちに、だ。
『昭和天皇』のときに、突如として、それを実感、自覚したからね、私は。
ハッキリ言って、無自覚な日本国民と天皇・皇室の関係性は、「共依存」状態にさせられてる。
まあ、いずれにせよ、次期天皇ご夫妻の力で、どこまで、『皇室』に対する関心を繋ぎとめておけるか、あるいは、この間、過去に見られなかったほどの反発なり、徹底的な無関心なりを国民において招いてしまうかがカギだろう。
そこは、マスコミの大衆操作や、宮内庁を始めとする官僚、政権、「エスタブリッシュ」層、それらの、一般国民や大衆には見えざる思惑、計算が大いに絡んでくるだろう。
いわゆるエスタブリッシュ層の者こそは、アメリカに対する「売国行為」に励んでいたという事実。
『昭和天皇』の「沖縄メッセージ」にも、それは現れてる。
なぜか、当の沖縄でさえも、ほとんど追及しないようなのがフシギだが。
「消耗品」にされた無知な庶民は、いい面の皮だ。
皇室も、どうやら、例の『日本会議』と密接に繋がってるようだし。
すでに先日、述べておいたことだが、次期天皇も、おそらくは、『退位』の道を踏まれることになるだろうと思う。
『皇嗣』とやらの、聞き慣れぬ肩書きを得られることになった秋篠宮さんが、最近、あらためて、年齢のことを指摘されたというので、なかには、兄宮の皇位引退を、いまから急かしているのでは、という、悪意混じりともとれるような穿った指摘も あるようなのだが、
いずれにしても、これから30年もつかどうか。
ただでさえ、雅子さまのコンディション問題が解決されたとは見えないし、せいぜい長くても20年ほどかなと、私個人は予想しているのだが、それも、個人的には何ら関係のない話、どうなろうと知ったこっちゃない。
ただ、ヘタすると、10年ほどで、またも「退位します~」ということになったら、ますます、よけいに莫大な税金投入を繰り返し要することになるので、それも また大問題だ。
だから、
それでなくても憲法違反の疑い濃厚な『大嘗祭』を、これは、『大嘗祭』の特徴的な性質上からも、「女性天皇」「女系天皇」を容認するという現実的段階に至る前に、あくまで皇室の内々の行事にしておくか、すっぱりと廃止するか考えておくべきじゃないのかなと言ったわけよ。
もちろん、「総意」やらいうもののなかに加わらせてもらった覚えも全くない私個人は、
「伝統文化」なんて、ほんとは、そんな なかみは ないのだ、どうでもイイことなんだ、
というのが真実であるならば、いっそ、『天皇制』『皇室制度』自体、なくすべきがスジという考えだよ。
なぜならば、
「伝統」そっちのけでいいんだという そのあとに残るのは、どう考えても、
単に「出自差別」「出自優遇」しか残らないでは ないか。
それでは、いつまで経っても、ほんとうの「民主主義」「国民主権」の精神が根付くはずは ない、と思うから。
国民自身が、いつまで経っても、「偶像崇拝」を好む、「お上」まかせ精神の自覚なく、上から下まで無責任で いつづけるしかないから。
天皇家・皇室のなかだけで、天皇の意向のみで全て何事も決めるべきだ、国民は黙っとれ!という、大バカ者のコメントを投稿するヤフゴミんも いたが、
そんなら、苦しい庶民の税金の世話にならずに、天皇家ならびに皇室は、今後は自力のみで、(海外に隠し財産を逃してあるという説も あるが)せいぜい、取り巻きに支援してもらうなりして、やっていったら よろし。
そしたら、秋篠宮さんとこも、あれほど口汚く誹られることもないんだろう。
崇拝するか、罵るか、どっちかで極端だもんな、ネットに溢れかえってる声は。
国民全体の精神衛生にも、はなはだ有害だ。
「裏付けしてもらう権威」なんてものは、
カネだけは唸るほど得た商売人が、最後に手に入れたがるのは「名誉」のブランド、というパターンと同じこと。
長らく、武家が実権力を握っていたあいだは、彼らとの取引による商売。相手先の事情で、実入りが うまく いかないときゃあ、『天皇・皇族』でありながらも貧乏たらたらに耐えなければ ならんかった。
欧米からの画期的な文明・文化が怒涛の如く流れ込み、新たな権威に取って代わる節目までは、ひたすら、中国大陸からの古い受け売り文化を、「権威」ブランドを保つ よすがにして、それを、商売取引に利用するかたちで、辛うじてプライドを保っていた天皇家も、
『ごイッシン』だというんで、ここでも また、士族に担ぎ出されなければ、そのまま潰えていたかもしれないんだろ、あの家は。
この現代においても、パターンは共通していて、「天皇が任命している」ような形式を とってるだけのことだもの。
まあ、「男女産み分け」技術を利用できたのが、秋篠宮家の男子誕生を齎したという説も あるようだし、それが事実なら、ヤキモキ心配せんでも、今後は、それで いけるんやないの?(笑)知らんけどw
2019.04.19 (Fri)
『「安倍一強」は聞き飽きた。』の続き。
『復興以上に大事なのが……」で桜田元五輪大臣更迭 なぜ政治家は震災で失言をしてしまうのか』
大山 くまお 2019/04/18 06:00
どの大手メディアも、安倍政権支持率「高止まり」を演出し、かつ、
始終「安倍一強」「一強の緩みが」と、判で押したようなセリフ。
「勝ち馬に乗れない」ことを忌むような国民に対して、あたかも、どんだけ「アベは強いんだ」とアピールしたいのかという印象。
これらの連中が、政権と癒着していて、何ぞ企んでいるのでは ないかという疑惑は、私なんかでも、だいぶ前から、御用官僚らに対してと同様、深く疑っているのだが、
あのね。
「一強」だろうが、そのトップが まともな者なら、失言だの何だのと、ボロが矢継ぎ早に、こうまでボロボロ出てくるはずないんだよ。
「一強」なのは誰か。
そいつは、まともな者なのか。
それによって左右されるんだ。
ましてや、まともでない者がトップだとね、
こうなるのはアタリマエ。
私個人は、『東京オリンピック・パラリンピック』決定のとき、よりによって、あの『産経』系ブログ サイトでブログを やりながら、「日本は、それどころじゃないのでは?」と苦言を呈しておった。
他のブロガーらはと言うと、
ふだん、「ヒダリ」寄りな意見を主張しておりながら、「オリンピック決定、おめでとう!!」などとヌカす、チョーシのいい輩さえも いた。
なんだ、こいつらは、、、?
と、怪訝に思った私。
いまも、ちょうど改元の話題、新札の話題で、ネットの大きな声とは異なる意見をすると、
「水を さすな!!」
と、こうでしょ。
結局、相変わらずなんだ、この国は。
まるで、「ヤフコメ」と同じなのよね。
「ヒダリ」を装っていても、ひとたび何か あると、たちまち、本性は「ウヨ」「ネトウヨ」だということがアカラサマに出る「ヤフゴミん」は多いけど、
また半面で、
『日本会議』のように、ほんとうに「わが国、日本を愛して」のことなのか、はなはだ疑わしい集団も ある。
まあ、彼らの本性は、商売人だね。
あるいは、
『韓国』を指して「南朝鮮」だの「下朝鮮」だのと呼ぶ連中が、『北朝鮮』の息のかかった連中、まさに『総連』の連中だということ まる出しなのも、「ヤフゴミん」のなかに混じってるのが、「ヤフゴミ捨て場」の大きな特徴の一つ。
逆に、
少数派だが、『北朝鮮』を指して、わざわざ「北韓国」と呼ぶ者も混じってるね。
ふん、まったく、くだらないゴミ捨て場のなかの争いだ。
かつて、「ヒダリ」寄りを自称していたブロガーのところで、
「あなたがたは常々、『ネトウヨは全員、底辺層の貧乏人である』と言うけれど、もしかしたら逆で、本人自身は無職のヒマ人だとしても、その親や家庭は裕福で、また、不労所得みたいなものに恵まれていて、これといった苦労してないから、自民党や、いまの政権を大いに肯定し、継続を望んでる者らも いるのかもしれない」
というふうなコメントを したとたん、
そこのブロガーとは仲が悪い「ミギ」のはずの連中までが、そして、例の「カルト連」の野郎だなと睨んでいた者らも、ソレッ!!とばかりにドドドと集まって来て、あの『汚気・愚(=OKウェイブ・おしえてgoo)』のときに、私の身の上に起こった現象と同様な袋叩きが始まりましたわ。
まったく、どいつもコイツも、ブレまくりで信用ならん![]()
しょうもない「信念」だけは凝り固めてるけどな。
現に「ヤフコメ」は、株などの投資で稼げてる、というコメントが特に多いわな。
なるほどねえ、ってことさw
もうあと どのくらい、私は、このように、ブログで意見を述べることが できるのか、わからないけど、遠からず、この国の政治と人々に関することを何も言わなくなると思う。
日本人は、大昔から、「長いものには巻かれろ」というのを、さも賢い生き方であるとして、美徳のように扱ってきた。
もともと、正直であるとか善良とかいった性質を、見下すようなところが あり、それは、すなわち、権力者や支配層にとって、つごうのいい性質でも ある。
だから、しまいに、倫理だのモラルだのは しゃらくせえ!!という、例の「カルト連」のような主張をするのは、フシギでも何でもない。
多くの日本人、有権者が望んで、そうなってきたはずなんだ。
これぞ、何を今さら、というやつだ。
それゆえにか、
むしろ、自分自身が、「汚い手」を使ってでも、のしあがり、権力者や支配層側に加わる者がエライ、また、
生まれながらに、そういう層に属していること自体がエライ、という考え方を する者は、「ヤフコメ」にも溢れかえっているしまつ。
しかも、
このテのサイト運営者が、もと『朝鮮民族』の出自であることを知りながら、朝鮮人、いや。「韓国人」を侮蔑し、罵りまくるという、はなはだ分裂的現象を起こしているのが、こうした「ゴミ捨て場」に集う「ネット民」てやつだ。
…
「ブラック ホール」の姿を映せたよー!
というニュースを見ていても思ったこと。
人間が生きているかぎり、宇宙空間までもが、ゴミだらけになりかねぬ。
やがては全てが吸い込まれていくが よい。
この巨大な「掃除機」に、宇宙まるごと、ぺっちゃんこにされ、粉々にされて、ぐるぐるグングンと吸い込まれゆく。
それだけのものでしかない。