2019.07.28 (Sun)
あれだね、以前から思ってたけど、
植松と、『寝屋川 中学生なぶり殺し事件』の山田とかいう男の顔、
よく似てるなあ~と。
さて置き、
もう、できるだけ手短に言う。
要するに、
犯した罪が、今さら取り返しのつかないこと、償うことも不可能な事だった深刻・重大な場合ほど、
やった当人自身は、罪を認めることが できないわけよ。
そういう心理。
(そういえば、重大事になることほど、決して謝罪しないのって、欧米圏の伝統的精神文化だっけ??償えない限りは、という理由かららしいけど)
なかみのないプライドやらミエで凝り固まってるタイプだと、ひとたび挫折してしまったとなると、なおさら、そうなるんでしょう。
そもそも、まともなリクツから発生させたでもなくて、(私が何度も指摘してきた)「俗悪」な精神に浸食された、脆弱きわまる思考回路なんだからさ。
こういう心理って、ある意味で、子を産み落とした親たちにも、共通性は あるように思うw
どこの親も、子を産んでしまったら、あと戻り不可能である以上は、ひたすら、そのことを肯定するしかなくなるみたいで、
むしろ、子を持ってない人たちを殊更に見下したり、攻撃(口撃)する連中すら いるでしょ。
こういう連中って、例の植松に通じるものが あるよw
特に、
子を持つことによって、あたかも「人並み」「一人前」になれるってな安易な価値観と錯覚を疑わないできた者は、例外なく、子という存在を利用している自覚もないしね。
で、「産んでもらった恩は」と、あつかましいことを主張するw
うちの親なんかも そうだったけど、
こういう親ほど、自分の子が、障碍を抱えていることを認められないだろう。
あいにく、認めざるを得ないほど重い障碍だった場合は、それこそ、耐えられなくて、自分のほうが発狂するとかw
うちの親が紛れもなく、そうだったように、子の障碍を認めたくない、
認めなくても、それでも、
孤立して苦労するのは、その子自身だけで済む、とあれば、それで済ませておきたい、という本音で、ネグレクトを通しきる。
そうして、最後に言い放つのは、これまでも指摘してきたとおり、
「親に勝てると思うな!!」と、
「勝ち負け」の次元に落とし込もうとする(嗤)
とにかく勝ち負けが全て、という価値観であるなら、
そりゃあ、植松が体現したように、
とりあえずは確実に勝てそうな相手を攻撃するでしょうよ。
異常なほど、気が小せえんだし、
だからこそ、くだらない俗悪な劣等感に苛まれ続けてきたんだろうし。
私が、インターネット上で遭遇し、
「フルボッコにしてやったー!!」と大ヨロコビしてた連中すなわち「カルト連」も、へんに劣等感が つよいんだろか?とは察していたけれど、
案の定で、『ナチス』大好き連中だった(嗤)
ま、「ネトウヨ」現象に現れているように、
日本の社会の病理噴出、ここに極まれり、
ということも指摘できるだろう。
日本のみに限らなさそうだけども。
それが「流行してる」と思えたら、それだけでピャッと飛びつくみたい。
なんせ、軽薄短小の俗悪に侵食され易い脳タイプだからですわ。
それにしても、治せるんかねえ?こういう極度の脆弱性脳というものは。。。
それ自体が、障害の範疇に相当すると思えるし、
まあ、植松は、間違いなく、『人格障害』の面が大きいだろう。
さすがの「ヤフゴミん」のなかでも、最近、やっと、少しはマトモな指摘が出てきてるようだが、
植松の如きは、「信念」(←私は、「信念」なんて、鬱陶しいだけと思ってるけどw)、
あるいは「思想」とも呼べない、
言わば、一種の「流行り病」にカブレたようなもので、
本質的に、「思想の自由」なんぞでは ない。
むしろ、
どうしようもなく「不自由」ゆえなんだ。
頑固、とことん頑な、まるでガチガチの「壁」みたくなるのは、
弱くて不安定だから。
本人としては、それで、身を守ってるつもり、なんだろう。
いま、われわれ社会の構成員に できることは、
取り返しのつかないことが勃発してしまった以上は、
今後の予防策を希求することだけだ。
『かみ合わぬ会話 答え求めて 植松被告と面会続けやまゆり園事件3年』7/28(日) 12:20配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190728-00000010-kana-l14
この記事の本文中に登場する『こんな夜更けにバナナかよ』の、『筋ジストロフィー』を発症した故・鹿野靖明さんという かたは、「奔放」というほどのことでもなかったと思う。
夜更けに、小腹が すいたとかで、台所をゴソゴソなんて、ほぼ全ての人が経験してるはずだし、それを、自分自身の手足では やれないから、というだけのことだもの。
そういう状態が、24時間365日、毎日の日常でしょ。
ましてや、中途の病気や障碍となるとね。
そりゃ、どこかで割り切らないと。精神が持たないでしょうよ。
だから、スタッフ何人かで手分けする。
家族とかのなかで、
ましてや、一人に重点的に引き受けさせると、引き受けさせられた者が潰れてしまうのアタリマエだから。
私自身、以前のエントリーでも言ったように、自分の障碍が なければ、もっと ずーっと生きやすく、動きやすい人生だったろうと思うけど、
その代わり、ここまで、ものごと全般を深く考えることもなかったと思う。
それが幸か不幸かということは ともかくとして、
そうならざるを得なかった。
で、
私も、話しかけられて、返事が できずに、「シカトした」ってな言いがかりつけられ、仲間ハズレにされたとか、何度も ありました。
学校でも、社会人となってからも。
親ですら、
呼んでるのに無視した!勝手つんぼ!!
そういうことを言って怒るんだよ。
もし、植松に遭遇してたら、私も、「意思の疎通が」なんちゃらを理由にして、グサリと やられたかもね。![]()
何らかの状況により、たとえば、うしろから急に話しかけられたりとかしても、なかなか、気が つけないんだわ。聴覚障碍なのでね。
ほんと、他人事じゃないのよ。![]()
2019.07.25 (Thu)
どうやら、『左翼』系の思想や科学を敵視する人に多いのかな?ww
「魂」だの「高次元」だの言ってる「ヤフゴミん」へ。
大概どの宗教でも似たり寄ったりのことを主張するわな。
そして、
そんな宗教のために、人類の歴史はじまって、こんにちに至るまでも、
どれほど夥しい争いと犠牲を齎したか。
要は、殆ど宗教と化したものは、みな同様なことになった。
私自身は、『唯物論・主義』でも『観念論・主義』でもないが、
過去エントリーで、私は、こう言った。
「物質ほど不可思議なものは ない」
と。
この意味、わかる?
答えてみな。
そも、「物質」とは何ぞや?
「心が見させているに過ぎない」か?
では、その「心」とは、いったい何から生じているのか。
生物は、「自分」という生体を守らんとする。
それは、「自然界の命令」なのだろう。
なかには、そこを敢えて克服しようと、われと我が身の危険を冒したがる者も、たまに いるけれど、それにしたって、本人なりのメリットを、そこに見い出しているゆえだろう。
「喜怒哀楽」という感情の動きは、畢竟、自分という存在を守りたいからに尽きる。
自分は可愛い。
反射的、本能的なもので、どうしようもないのが普通だ。
「自殺」や「自己嫌悪」「自己憎悪」ですら、その根底にあるのは、自分が可愛いからこそだ。
むしろ、自分可愛さが強過ぎるのかもしれない。
いわゆる「安楽死」、また、自殺もだが、
これらは、実際には「自分で選択」したことには全然、ならない。
表面的には、そのように見えるけれど、
何が、その方向へ向かわせたことになるやらは、その個人のメンタル等の持ち前や情況にもよるのだろうが、
本質的には、やはり、そうせざるを得ないように追い詰められてのことだ。
ただ、
死よりも辛い苦痛の状況が あるならば、そのことを配慮しないわけには いかないのだろう。
あたりまえに思って過ごしている日常のなかでも、ちょっと考えたら分かることで、
単に、暑い寒いだけでも、感覚や考えに大きく影響する、それが現実。
肉の快楽、かつ、肉ゆえの苦悩と苦痛。
肉体と生存の限界。
そもそも、生まれてくることを選択したはずが ないとする以上、死ぬことも また然りであり、
われわれに、ほんとうの「自由」や「自由意志」による「選択」は、ないのだろう。
「ある」かのように見えるだけ、錯覚しているだけで。
だからと言って、そのこと自体をもって「不幸」だとかいうわけでもない。
しかし、また、
「宇宙」という物質の発生を考えたとき、「自由」の意味は、とてつもない不可思議を帯びてくる。
『観念』と『物質』は不可分だ。
「物質」とは、じつに不可思議な現象なのであり、
けっして、軽んじたり見下して済ませられる次元のものでは ない。
「物質」を軽視するべきなら、「観念」も また同じことだ。
それと、
子どもに対する虐待とか悲惨な事件の犠牲者を悼んで見せるのは結構だが、
どんな酷い両親のあいだに生まれたからとて、
その子の命は、その両親のもとなればこそ生じたもの。
ある男女の組み合わせにおいて生まれた、それだけ。
当然、他の、どこの男女のあいだに生まれたのでない。
二言目には、
「今度、生まれてきたら、もっと幸せな家庭に、優しい親のところに」とか、「あの世では幸せに」とか。
そーいう感覚だから、
何度でも「リセット」できる的、浅はかな考えで吐くセリフになる。
個々の命は、あくまで一回性のもの。
失われたら、取り返しは つかない。
二度と ない。
だからこそ、重く、大切。
大切なものを苦しめ、損なった罪深さ、ということになる。
人間の価値判断だけれど。
まさに、障碍者を虐殺した、あの植松の偏りきった思考回路と酷似しているのが、「カルト連」と、私が呼んでいる連中なのだが、
「安楽死」制度の必要性や「過度の延命」治療等に関しては、たしかに、議論の必要性は あるだろうと、私も思っている。けれど、
実際問題、「排除」しても「排除」しても、それこそ「自然の摂理」によって一定の割合で次々「先天的疾病」や「障碍者」は生じてくるのであれば、キリのない「排除」よりも、むしろ積極的に研究することへ情熱を向けたほうが早いんじゃないかな。
排除ばかり やっていても、結局は生まれてくる、そして、それでも生かしたい、敢えての覚悟で育てたい、これからも生きていきたいと望む人たちも存在する。
だが、もっぱら排除が奨励されたことで、データや研究が遮断されている状態とあれば、いよいよもって、生存可能性は困難な道へと否応もなく一方的に追いやられていくしかないでは ないか。
「生産性が人間の価値を決めるわけではない、という人類が築き上げた英知を再度確認すべきだと思います」と おっしゃる藤田孝典さん。
私には、これこそ、どこか「キレイごと」の危うさを感じさせられてしまうのだが、
さて、「生産性」の ある・なしを単純に問うのならば、
何らかの重度障碍者と言えども、「生産性が全く ない」とは、私には思えないのです。
このことも以前から何度か言ってきたが、
あらゆる疾病、障碍の当事者は、その存在自体で、医療その他に対する貢献が あると思う。
現実に、施設と、そこで働くスタッフといった需要も生み出しているわけで。
私自身も当事者なので、明言できるが、障碍自体が即で「不幸」なのでは ない。
「不幸」となるかどうかは、そこの構成員と社会の状態による。
ただ、個人の問題にして かたづけてしまうと、確実に「不幸」なことになり易いのは尤もだと思う。
障碍が あろうが なかろうが、
現実に、一般家庭の「健常者」たる親が、「健常」だった子をイジメ殺すという事件が頻々の昨今。
「健全なる」肉体に、歪んだ精神が宿った(?)
私に言わせれば、植松でさえ、その脳から生じる思考癖の極端な偏り、遺伝性如何、生育環境、社会的背景など様々の研究対象にでき得ると思うくらいだ。
それにしても、『優生保護法』っての、わりと最近まで存在したんだもんね。
私も、学校の授業とかで教わってるはずなんだけど、とくには疑問にも思った記憶が ない。。。
なんとなく、そんなもんなのかと受け入れてしまうんだろうか。
私自身、乳児期の薬害による聴覚障碍者だから、
先日、どこかの記事で、遺伝性でないのに、聴覚障碍を理由に、妊娠が不可能になる手術を施されたという女性の例を読んで、まさに、他人事では ないんだと思った。
最も強い者を試し、残そうとしているかのような、「自然の摂理」「自然の目的」は過酷だ。
ほんとうに「最後に残る者」は、必然として最も孤独な存在になってしまうことは明らかだし、同時に、そんなことは不可能でもある。
人間の歴史とは、その過酷、残酷に対する延々抵抗と希望の もがきの歴史であったということも できよう。と、
当ブログ主は、過去エントリーで何度か言ってきましたよ。
『ナチス』『ヒトラー』ファンの「カルト連」さんw
相変わらず、修行と哲学が足らんなww
詭弁やヘリクツ、ことば遊びでは ない、「血みどろの たたかい」たる哲学というものを豪も理解できてないオマエさんら。
そんなんだから、オマエさんらと話しても話しても、どうにも
た・い・く・つ
(アクビ)と思っちゃうのだよ(嗤)嗤)
2019.07.25 (Thu)
今回も また思ったのは、
投票に行かない、棄権する有権者が、あまりにも多過ぎということ。
戦後2番目の低投票率ですって。いやはや。。。
北海道だったか?どこかのテレビ局の街頭インタビューで、選挙に行かなかったと答えていた、20代の妻と30代の夫という二人は、見るからに、よく つり合ってというか、ともにヘラヘラした態度と言動だった。
「そう言えば、21日だった?」とか言ってて、投票に行かない理由としては、どこかで聞いたような、手垢のついたヘリクツめいたこと言ってたけど。
「ネトウヨ」と呼ばれても しかたないような軽薄短小のヤカラと同様、こういう男女に、子どもを持ってほしくない、、、とすら思ってしまう。
有権者二人のうち一人だけが投票って。。。
ひょっとして、何かの関連性が ある?
自宅の両隣りの世帯のうち、片側は貧困世帯に相当しているのが、日本の現状だと指摘されてたことと。
まあ、うちも「貧困世帯」のほうに分けられるはずだけどwいちおう、投票しに行ってるがね。
プロとシロウトに関係なく、頻りに『れいわ新選組』を話題に取り上げ、妙に煽りたてるかのような書き手や発信者、マスコミが、選挙戦も後半に入ってから目立っていたようなのだが、そのなかには、実は『自民党』や安倍政権シンパの者も少なからず混じっているのでは あるまいか?と睨んだ私は、今回の参院選は、野党側の得票が、これ以上にも散らばるのを警戒して、山本太郎氏ならびに『れいわ新選組』には敢えて投票しなかった。
山本太郎さんたちには、いずれ来る衆院選で、よりいっそう、がんばってほしい。
事情によっては、投票に行けない場合も まま あるだろうし、「白紙投票」なんてことを やるという人の気持ちも、個人的には、まったく理解できないでは ないのだが。。。
基本的に「無党派」である私自身、病気などで動けず、棄権してしまったことは幾度か あるし、去年だったかのエントリーで述べたように、「この政党・候補者なら、せめてもマシか?」とすらも思えない立候補者ばかりで、投票所に入るまで、う~んう~んと迷い続け、目の前に貼られてある候補者一覧表を呆然と見つめ、備え付けの鉛筆を握ったまま硬直状態で立ちつくし、
こりゃどうにもならない!と思いあまったあげく、
「全員、イヤ!!」
と大きく書いて、投票箱に放り込み、その場を去ったことも ある。
国政の場でも、現シュショーを筆頭に各お大臣を見渡すと、まさに「親の七光り」的、いわゆる「二世議員」が、本人の持って生まれた資質も低いわりには大っぴらに跋扈している現状を憂う声も、やっと高まってきては いるようだが、
(家宅侵入とパンツ騒ぎの、あの「2世」議員、アベシに任命された閣僚としての仕事のほうも案の定の予想どおりで、サッパリ役立たずだったから、最後は本当に、影が薄くて、何ていう名前だったか、とっくに忘れちゃったわ)
ほとんど「アホづら」と罵りたくなるほど、見るからに苦労知らずの、見識も低そうな若造やら、いやに世間ズレだけ しておりますぅ、と、こすっからそうなオッサン、オバハンの顔が(その殆どは、「ジミン顔」であるw)ずらり並んでいるのを見ると、一挙に視界が暗くなって、めまいを起こしそうになる。
いやいや、
ずらりと並んでいるどころか、
立候補者そのものが いなくて、ずるずると現状維持、という事態も、地方自治体では起きているそうな。
ま、人材不足なんだろうかね。。。
経歴また外見的には、いちおう それなりでも、
立候補に あたっての「言挙げ」が、具体性に欠けて、抽象的な美辞麗句ばかりでも、食指は動きにくいわよ。
まあ、「美しい日本」てなキャッチフレーズが最も「お花畑」な、なかみのない抽象的美辞麗句の見本だけどさ(嗤)
以前から言われているが、
『自民党』支持なんて、ほぼコア層の組織のみ、全有権者の2、3割程度に過ぎず、野党全体と対比してみたら、自民党はボロ負けのはずという分析なんだけど、要は、棄権する有権者が多過ぎなことが直接的な問題だよね。
そして、
その『自民党』支持者ですら、二言目には、「野党よりはマシと思うほど、野党がヒドイから、消極的支持なんだ」と言い張るけれど、
それにしても、棄権することが「消極的支持」だとするにせよ、では、与党の どこが「マシ」だと考えてるのか、その判断ですら、とても浅薄な次元にとどまっている有権者が大多数なんだろうと思われる。
「なんとなく~」的感覚だけ、そこから先を考えることがメンドクサイのか、そもそも、考えるオツムが、ないのか。
そりゃあ、普段から考えることを怠らず、判断を下すための幅広い勉強に努めてないと、そうなってしまうよな。
で、どっちとも決めかねるまま、どうせ、どうせ「出来レース」に決まってる、と言い訳し、
投票という最小限の行動にすら向かえない。
とある市民の一人は、インタビューに答えて、
農家の人の多くは、「野党に何が できるんだ」と、つまりは補助金が欲しいという それだけで、与党『自民党』を支持しているという現状を指摘しておられたが、
要するに、「貧すれば」なんとやらで、
余裕が ないあまりに、現状維持のほうへ走ってしまい、そこでガチガチに縮こまってしまっているということか。
また、
『公明党』ね。
この「金魚のフン」と堕しきった党についても、毎度、思うのは、
「おたくら、第一野党よりも、ぐっと低い議席数なのに、与党で ござい、と」
あつかましいねえ、よくも恥ずかしくないもんだな、と。
自民党・安倍政権の暴走の歯止めナンチャラ言ってて、そのとおり できてるんなら、まだ いいよ。
結局、無力。年々、ジミンの付録的存在でしかない。
それでも、
そのジミンが与党の座に居座り続けることにだけは、大いに役に立ってやってる体たらく。
「軽減税率」などと、じつに、しょーもないところで必死に存在感を演出するしかない、ジミンを支えてやってるということだけで居座り続けている、もはや弊害しかない存在。
『連合』とかの神津さんとかいう人?
落ち目なまま、今度の選挙で、ますます落ちたばかりのw『国民民主党』が不憫なのか何なのか困ってるらしくて、
野党第一党の『立憲民主党』は、いっしょうけんめいに秋波を送ってる『国民民主党』と ひっついてやるべきだあ、とか、
まあ、かりにも「労働運動家」だという御仁がですよ、腐れ与党の『自民党』とも組むべきだあとか?ナントカ言ってらっしゃるらしいが、
『労組』だって、私ら非正規の立場から言わせてもらうと、いまや、じつに「貴族的」存在ですわなww
旧『民主党』系が、またも くっついたの離れたのと、あんな みっともない茶番劇を再び繰り返したら、今度という今度は、『立憲民主党』までもが、多くの支持者を失うんじゃないかねえ。
私は正直に言って、
『共産党』と くっついたというより、もっと ずっと厭だけどね、あっちへフラフラ~こっちにもフラフラ~な『国民民主党』のほうがwww
『立憲』にせよ、『れいわ』にせよ、
野党側の得票が分散するモクロミで、おためごかしを言う自民党・安倍政権シンパには重々用心してください。
ふだん、
「『民主主義』とは多数決」などと、どこぞの大手新聞社のオエライが言い放ったという、無知がカン違いして、自分とこの新聞紙上で言いふらしたらしいデタラメだが、そのデタラメを信じきっている「ネトウヨ」は、
ごく一部のコア支持層だけで政権に就いてる自民党。
第一野党よりも低い議席数なのに、「与党」の椅子に座らしてもらってる公明党。
これの どこが、「民主主義」だって?
という疑問を持たないのか?
ああ、そうか、
吹けば飛んでくオツムしかないのだったな(嗤)
しょせん、えせウヨ、ビジうよの おたくらが信奉しているのは、
「民主主義」じゃないよ。
せめて、
「多数決主義」と自称しな。
その実態は、「全体主義」信奉者。
はたして日本が「共産主義」を嗤えるのか?とか、
「ネトウヨ」こそは『北朝鮮』人民になったらイイよとか言われてしまってる昨今、
むしろ、
日本の政治が「一党独裁」的現状にて長らく示されてきたことにも如実に窺えるように、
為政者・権力者が小心者であれば、どうしても好むところの「独裁政治」へと向かってしまう。
小心翼々な支配側・権力側は、細大漏らさず管理したがる。
思考を怠る国民大衆は、従順な生徒のように管理されたがる。
何度も言ってきたが、
有権者の知性が低いと機能しなくなる「民主主義」、これに伴いがちな「衆愚政治」。
しょせん、もともと、「哲学」(慌てて造語するしかなかった近代日本w)も「民主主義」も、借り物でしかなかった、そんな国の国民ですからな。
2019.07.21 (Sun)
しょっちゅう「ヤフゴミ捨て場」でコメントしてるのを見かけるうえに、「ネトウヨ」特有の論理破綻的、幼稚なコメントばかりしている、「ヤフゴミん」の一人が、今度は、こんなこと言い出した(嗤)
「右か左かなんて」云々。
?
おまえさんは、あきらかに、「ネトウヨ」と呼ばれてもしかたないような自民党・安倍政権支持、もしくは、とにかく権力の礼賛者でしょうがw
なーにが、
「各個人の実利的判断で決めれば良いだけ」
だ(嗤)
ほらほら、だから、浅はかですよ、っつうの。
そもそも、『西日本新聞』さんの記事に付いたコメントからなんだけど
(今回は、いささか、安倍政権に おもねった感じも漂ってるのねえw)、
本記事の内容に言及しておくと、
とある会社員は、
「前回の選挙は、野党に投票したけど、今回は、自分の給料が上がったから、自民党に投票する」
と述べたのだそうな。
こういうのが、理念も思想も皆無、ただただ、自己利益だけで判断する、要は、典型的な「日和見主義」なんだ。
政治家でもない、ただの一市民、一国民に過ぎなくても、可能なかぎり、自分一個の視野を超えて、高い思考力と見識を持つよう努力しなければ ならないよ。そのためには、掘り下げた思考に資する、あらゆる角度での知識・情報収集や勉強が必要になってくるわけだ。
しかしながら、
普通に働いてる平凡な社会人は、日々忙しいから、なかなか、そういう勉強の時間が とりにくいのも現実。
だからこそ、
信頼した政治家や官僚にも託して、深く研究してもらい、大きな仕事してもらうのよ。
さて、
「ヤフゴミん」のなかでも特に幼稚なコメントが目立ってる、おまえさんが言い放ったような、
自分一個の実利や利害だけで判断する国民のレベルが、
そのまんま、
政治家のレベルになるんだよ。
それが、
いまごろになって、深刻な問題になってきてるんだ。
わかったかい。
もうちっと深く考えられるようになってから、いっぱしにコメントしなさい。
こんな若造は厭だわあ。。。
実際には、思いのほかに、いいトシしてるオッサン、オバハンだったら、もーっとナサケナイけどさ。
ま、苦労が足らんのやね、こういう手合いは。やれやれ。。。
2019.07.21 (Sun)
えげつないことを やれるもんだなあ。。。酷い。
こんなこと、どうしても防げないというのでは、困るな。
ほんとうに、防げなかったんだろうか。
アポとっていたという『NHK』のスタッフも巻き込まれる寸前だったわけだろうか。
私自身、世間でも知られた老舗の大企業に勤めていたけど、もちろん、自社ビルだし、正面玄関の他にも、従業員用出入口もある、裏手に まわれば、主として車両用の、広くて大きな出入口も ある。
ただ、大阪のオフィス街ど真ん中と言えるような立地だし、周囲も、普通の民家などは見当たらず、ほぼ軒並み、企業のビルが建ち並んでいる。
その点、今回の事件が起きたアニメ会社の所在地である京都は伏見区だっけ?あのあたりも、いかにも京都らしくと言うか、古い町家なんかが建て込んだ狭い通りに面してるんだろうなあと想像してたから、消防車はスムーズに入れただろうかということを真っ先に思った。
それから次々に報じられている内容を拾い読みしているうちに、
消防局としては、建物や防火上などについて、これという問題なく、今回のような事態は想定外、といったような見解が述べられているので、シロウトとしては、「そうなんかなあ」という疑問は なお残るものの、
灯油では なく、よりによって、大量のガソリンを持ち込んで来て撒かれたら、それだけで お手上げ、なのであるらしい。
ならば、結局は、
「ガソリンを持ち込まれることを阻止するためには、どうすれば」
ということに行きつくでは ないか。
つまりは、「セキュリティ」のことだ。
すでに、脅迫的メールも受け取っていたそうだし、警察からのアドバイスは どうだったんだろうか。
なぜか、「ヤフゴミ捨て場」では相も変わらず、
「死刑だ極刑だ!それも、イッキにではなく、ジワジワと苦しめてからだー!!」
などと、
その「ジワジワ」を、どのようにやるか、という提案に余念が ない。
あるいは、
これまた毎度おなじみ、
「生活保護者は、全員が、このように犯罪を起こす!」だの、
「精神病の家系は」云々、
「親族にも刑罰を!」
などと喚いている。
明け方になっても延々と、こうしたゴミ投稿ざんまい。
こういうのって、
犠牲になった被害者や遺族にとって最も冒涜的なコメントだと思うぞ。
いったい、まともな連中なのか?このエラソーに、デタラメを喚き続ける連中は。
それこそ、こやつらこそは「何かの精神病を患ってる無職のヒマジン」じゃないのかよ?
と疑わしいほどの酷薄にして支離滅裂、しかも執拗に繰り返す投稿。
だからね、『ヤフー ジャパン』の社長さん。
こんなコメント欄は、経営者としても恥ずかしく、一人の人間としての良心が咎めませんか?っての。
たとえ、あなたの心底に、親御さんの代からの「用日」とかいったような思惑が潜んでいるとしても。
早く閉鎖されることを、何度でも言いますよ。
さて、
『京アニ事件で考える職場のセキュリティ対策 米では部外者がおいそれと入れないようになっている』
安部かすみ|ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者 7/20(土) 8:33
https://news.yahoo.co.jp/byline/abekasumi/20190720-00134938/
上掲のコラムの筆者さんは、こう おっしゃってるのだけれど。
「日本の大企業はセキュリティの面でまったく問題ない」
と。
ちと ちゃいます。
先述したとおり、バリバリのオフィス街ど真ん中に立つ大きな自社ビルで、出入口が何ヵ所も あるにも かかわらず、
正面玄関を入って すぐの壁際に、いちおう「受付」としているコーナーが あるんだけどね。
いわゆる「受付嬢」てなシャレた女の子が座ってるわけでもなくて、
ふつーに、オバチャンが座ってたりする。
彼女たちは、何の課だったっけかな、「秘書課」というのでもなく、殆ど、何でも屋みたいな存在だったような、、、(苦笑)
私は、その会社では、かなり上階にあった広報で仕事してたけど、エレベーターなんかは基本的に使っちゃいけない、飽くまでも来客用だからとのことで、ヒイヒイ言いながら毎日、長い階段を上がり降りしてたもんだが、一事が万事って感じで、社長さん自身もツマシイと言うかケチくさいというか、やっぱり、もとが個人経営から出発した同族企業らしい風土だった。
で、その大企業、正面玄関にも、警備員なんて、いなかったなあ。
社員用の出入口を通るときは、いちいち、身分証みたいなカードを かざして入り、あとは、社内に居るかぎり、その「カード」を一日じゅう、首から ぶら下げてるけど。
まあ、外部のアポは基本的に とってもらってるはずだが、
さっき言ったように、
いちおうの「受付」には、オバチャンが座ってたりするだけよw
一般向け製品も多数種を売り出している有名大企業では あるから、時々、テレビ局や雑誌の取材も来る。
でも、警備員の男性なんて、少なくとも私は、見た記憶が ないなあ。
もしかしたら、裏手の出入口には、車両整理するためにも、男性の係員を常駐させてたのかもしれないけど。
で、ある日のこと。
私が、父親の病気に伴って辞したおり、上司が、とある料理屋に招いて労ってくれて、いろいろ御馳走になったので、後日、ささやかな お礼の品を、近場の宅配業者に依頼し、社のほうへ届けてもらったのだけれど。
その当時、私は、長年放置していた脚の不調を、やっと決心して手術したばかりだったのだが、手術直後は、べつに、なんということもなかったのに、帰宅して翌朝、起床したとたん、ベッドから床の上に転げ落ちた。
もの凄い痛みに襲われて、一瞬、目の前がチカチカ、何が起きたのかと戸惑ったが、手術で縫合した影響から来たらしい激痛だった。
助けてくれる者は誰も いないのだから、這うようにして、必死で身仕度し、手術してもらったばかりの病院へタクシーで駆け込んだあとなので、しばらくのあいだ、外出は危ぶまれたのだが、お礼を早く済ませたいと、気が急くものだから、片足ひきずりながら、宅配を依頼しに向かったのだった。
さて、翌日か翌々日だったかに、早速、もとの上司からメールが来た。
なんでも、社の受付で、大騒ぎになってたよ、と。
こっちは、ええっ?と驚いたが、
なんのことは ない。
ただでさえオッチョコチョイな私が、脚の痛みを堪えつつだったせいか、社の住所だけ記入して、目的の上司の名前と、差出人である私の名前を記入し忘れるというポカを やらかしていたのだ。
会社に宅配の品そのものは届いたのだが、
小ぶりのダンボール箱の上の貼付票を見ても、誰から届いたのか、社内の誰に宛てたのか、いったい何が入っているのやら分からない。
それで、
受付の女性たちは、彼女たちの上司である課長(男性)を呼んで、これの対処を仰いだということらしい。
しかし、課長にしても、なかみ分からない、誰に渡すべきなのか分からないのだから、このままでは、如何ともし難い。
思案投げ首ののち、ついに、課長は意を決して、こう叫んだ。
「みんな!うしろに下がってなさい!!」
そうしておいて、課長自身は、恐る恐る、箱に手を かけ、フタを開いた。
…
1階へ降りて来るようにと呼び出しの社内メールを受け、私の元上司は、階下へ降りて、受付の所で、課長や女性社員たちが揃って脱力しているのを見た。
元上司から私に届いたメールには、こう書かれていた。
「1階で大騒ぎになってたよ~。
爆発するかもしれん!と思った課長が、女の子たち遠ざけて、ビックビクしながらフタあけてみたら、お礼の品物だと分かって、大笑い。
箱のなかに、メモみたいな手紙を入れてくれてたでしょ?
それ読んで、やっと分かったんだって。
もうちょっとで、警察を呼ぶとこだったらしい(笑)」
うわ、恥ずかし~。。。(赤面)
お騒がせしました。![]()
それにしても、
今回の大惨事の直後、よりによって、お膝もとの市長さんとか、選挙戦の締めを迎えた政党の幹事長さんだとかが、早速、やらかしたそうな。
ネタにすんなや。。。![]()
市長の応援演説のほうは、
「さすが、ぶぶ漬けの京都どすな」
と思っちゃったw
なんか、感覚のズレがヒドい、、、と、
「エリート」であるはずの政治家センセイの、いわゆる「失言」を知るたびに、フシギなほどの気分になる。
どーして、ここで、こういうセリフ、、、?
と、ほんとうに、理解に苦しむ。
もっとも、現シュショーからして、国民の災難を利用した演説かましよるからねえ。
これが「ユーモア」「ジョーク」なんだと思えるセンス。
やっぱり、一種の「障碍」なの?
麻生さんなんかも典型的だけど、
ゲスっぷりをウリにするような芸人さんでも、そうそう やらない、やれないような、軽薄きわまる「ウケ狙い」。
そういう人が、「ことばが命」の政界に殊のほか多いってこと?
ワカラン。さっぱり、理解できない。おもんない。
そのズレた感覚が。
こういうのを笑える有権者が いるのなら、やはり、その有権者が支持するレベルだということだろう。
「あ~、うー、、、」のほうが、よっぽど、マシだったなあ。
「悪気は なかった」?そりゃそうだろうよ。だが、
国民の災難や困難に対する他人事感覚が、どうしようもなく滲み出てる。