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とりあえず、ひかりのくに
     
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Updated   
2025.08.09 (Sat)

戦時の男女/現代の男女の続き。

 

『沖縄メッセージ』のみならず、これは、私も、つい最近になって知ったのだが、戦時中、例の『南京事件』の際には、この『南京』陥落を遂げたことに対し、大いに「お褒めの言葉を下賜」されたという、『昭和天皇』。

『特攻隊』についても、「よく やった」と、感激のコトバを洩らされたことが知られているし、

敗戦直後には、当時の良子『皇后』も、
「『B29』は、敵ながら、まことに立派」だったと。

 

敗戦を決定づけた核兵器による被爆を体験したばかりの広島の人々は、そんな『昭和天皇』を大歓迎し、その熱狂ぶりは、アメリカ人を呆然と させたという。

(なんか、先日の『参院選』に おける、石川県民を連想させるものが あるなあ)

そして、

やがて「高度成長」時代に生まれ育った私自身もリアルタイムで目にし、耳にすることとなった、あの発言。

「気の毒ではあるが、戦争中だったので、やむを得ないこと」。
まあ、たしかに、そのとおりでは あったのだろうし、そうとしか言いようが ないじゃないか、というのも仕方ないことでは あるだろう。しかし。。。

 

私は、いつも、怪訝に思ってきたことが ある。

たとえば、戦時中の体験以外でも、何らかの大災害に遭遇した場合に、「お出まし」いただき、すぐ そばでの お声がけに あずかって、「ほんとうに大変でしたね」などなど、しみじみと親身な お声を いただいたと、それで嬉し泣きしている人の気持ちが、よくは わからないのだ。

 

要するに「有名人」それも、日本で最も有名な人に面会でき、そして、親しげに話しかけてもらえた!と、感激する気分に近いものなのかなあ?と、察してはみるのだが、

同じく、
「お手振り振り」を見たからと、なにが嬉しいのだか、これもサッパリわからない。

わざわざ、厳寒期の戸外に立ち尽くして、いや増しに寒々しい防弾ガラス越しで見おろされ、お手フリフリを見せてもらって、なにが嬉しいのかが、さっぱりワカランのだw

 

なので、

最近のエントリーでも指摘しておいたように、
専門家や識者であるらしい人たちが、「ふつうの人」に違いないはずの、一人の娘さんを頼んで、「救われる」の「救ってくださる」のと、カルト宗教臭プンプンのセリフを言い放ってみせる神経が、どーにも こーにも、わからん!!ww

 

 

話題が変わるが、

私は、若い頃から、たとえば『ドイツ』の職業訓練校などの教育システムの話を聞いたりするたびに、日本も、「どんぐりの背比べ」的であっても、まずは人並みであれば、とにかく人並みでさえ あればという考えかたは脱しておいたほうが、これからの時代、よいのでは ないかなと思ったりしていたのだけれど、

かく言う私の学生時代には、女子が4年制大学を志望することすら、わりと珍しくて、私なんかも、「四大」進学を希望しており、それを言うと、こともあろうに、クラスメートたちが口を揃えて、

「えーっ?4年制?そんなとこ行ったら、卒業するとき、トシいくつになってるんや!嫁に行き遅れるで!やめとき!!」

と、いっせいに大合唱されたことが あるw

 

これに限らず、

なんか知らんが、私は、憧れのロック スターとか好みのタイプの俳優さんの話を しても、友人や同僚に、

「ええっ?そんなトシ離れたオッサン、やめときぃ」

とか、

「あんな地味なオッサンの俳優、どこがエエの??違うタイプにしときぃ」

などと、

干渉がましい口出しをされることが何度も あって、ひょっとすると、うちの母親が、ああいう異常なくらいの過干渉だったから、それが、どこか影響しているのだろうか、どういうことなのかと、われながら、怪訝に思ったりしたことが ある。

だって、ヘンでしょう?

現実に、近くにいる人とかだったら、

「あれは、品行や性格に問題ありやから、つき合うのは やめときぃよ」

とか、コソッと忠告してくるのは、まあ、わかるよ。

でも、たかが、憧れてるロック スターや、好みのタイプの俳優の話ですがな。

やめときぃ、やめときぃ、と、大真面目に心配して止めるべきことか??

なので、

大きな お世話やろ!emojiと、内心、いささかの不興を もよおしたりした。

 

大学進学の話に戻すと、

なんのこっちゃない、みごとに、受験に失敗してしまったが、親からは、「現役合格」以外は断じて認めない、(やっぱり、女の子だし?)浪人までして進学する必要は ない!と、つよく申し渡されていた。

実を言うと、この頃の私は、自分自身の障碍についても無知かつ無自覚で、周囲の環境や状況によっては、そこからの影響を受けた場合、聴力が予想外に激しく左右され、極度に不安定化する恐れが あることについても甘く考えており、試験官からのルール説明や試験本番の英語のヒアリングも、開始してみたら、全く聞き取れないことにショックを受け、血の気が引いていく思いを した。

そこへ さして、タイミングが悪いというのか、ほかにも、たまたま、隣席の受験生から、思いがけない妨害(と言っても、わざとでは なく、その子自身も、焦って必死だったことから起きたことなんだけれど)とか、

こんなはずでは、、、emojiなアクシデントが想定外に重なり、不本意きわまる結果を知った母校の恩師たちは、だったら、うちで進学すれば いいよと、鷹揚に誘ってくださったのに、当時の母校には、まだ、4年制大学が併設されておらず、もし、併設されていたなら、素直に、そちらへ進学したかもしれないけど、あの頃の私は、「短大には行かないよ!」と、ヘンな意地を張りとおして、結局、まったく外部の専門学校へ進学した。

 

ところが、
この専門学校についても、母親の意向どおりに唯々諾々と従って、いざ、入学してみたら、またぞろ血の気が引くほど、えらいことになってしまったのである。

詳しいことは、またの機会に しておくけれど、これも要するに、私の障碍を、母親が頑として認めなかったことが根本原因だったのだが、

加えて、

あわよくば、私の障碍などは、ほんとうに、私自身の思い込みでしかないのだということを「既成事実化」できうるのでは ないかと、母親の心底で計算していたものらしい。これも また、母親が亡くなってから、そうとうの年月を経たあとで、やっとかめ思い当たったことだ。

亡母は、鈍すぎ、疑わなさすぎな娘の私を、腹の底から軽侮し、ほんとにオメデタイ、バカなやつだが、おかげで、コントロールしやすいわい、と、せせら嗤っていたのだろうと思う。

 

実際、私さえ、ガマンづよく耐え、いちおう卒業でき、なんとか就職の運びになれば、母親の願望は、首尾よく かなったのだろうが、私にだって限界は ある。

さすがに、辛かったわ。。。

ただ、担任の先生や校長先生は、私の事情を知って、気にかけてくださり、可能なかぎりの便宜を図ってくださったのは、ありがたいことだったと思っている。

それにしても、つくづく、自覚に乏しく、ボンヤリしていたのだなと、われながら忸怩たる思いも、いまだに残る。

 

母親とは、このときこそ、徹底的に闘っておくべきだったのだろうが、あまりにも、私の立場が不利すぎた。

あかんぼうの頃の経緯など、当の本人こそは知りや しないのだし、障碍を負うことになった事情は、いっさい、私自身に知らされることなく、隠蔽されたままだったのだから。

 

近所の幼馴染みのとこの おばさんは、とても優しくて、責任感が強い人だったので、専門学校時代の私の困惑と苦悩を、たまたま、ふとした会話のなかで知った あと、

「奥さん、○▽ちゃん(←私のこと)かわいそうよ」

と、

うちの母親に向かって、わざわざ、忠告しに来てくれていたということを、

あとから、私に告げた母親は、内心では、非常に不快だったのだろう、

怒りを抑えつつ、底意地の悪い表情を浮かべて、私を横目に見つつ冷笑していた。

あの顔、いまでも、まざまざと眼前に浮かぶよ。

 

 

まだ元気だった頃の母親と、ボランティアのイベントなどで交流が あった人から、これも母親の死後に聞かされた話なのだが、

その人は、大学卒業後の若い頃から一貫して、障碍者の施設を運営するなどの福祉活動を通じ、いろいろなケースの障碍者を知り尽くしているので、私の障碍についても、いまからでも「障害手帳」を取得しておかないと、今後の私の生活は、非常に困難なものになるだろうから、早急に、と、真剣に忠告してみても、うちの母親が、みるみるうちに、不快そうな、険しい表情を隠そうともしないので、それ以上は、何も言えなかったのだと言っていた。

 

子の将来よりも、自分のミエやエゴを守るほうが大事だったんだろうな。

 

【続く】

 

 

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Updated   
2025.08.08 (Fri)

カン違いばかりのチミたちにwの続き。

 

さて、

私の実家の、むかしの隣家の御主人は、いわゆる「『シベリア』抑留帰り」の人だった。

この話も、旧ブログか、どこかの過去エントリーで述べておいたはずなのだけど、

そこの おばさんの述懐では、『シベリア』から帰ってきて、まだ若い頃の おじさんは、ふだんは温厚で、とても穏やかなのに変わりは ないのだが、ひとたび、お酒が入ると、途端に、人が入れ替わったかのように暴れだし、もともと、力が強い人だったので、出刃包丁ひとつを握って、足もとの畳に突き刺し、それを そのまま、畳ごと頭上に持ち上げて、片手でブンブン振り回し、手が付けられない暴れ様だったとか、

そんな話を聞いても、当時の私にとっては、絵に描いたような、気は優しくて力持ち、いつも にこやかな働き者、しかも器用で、いざとなったら、頼りがいのある おじさん、というイメージしか なかったので、いまだに、想像できないくらいに意外で、たいへん驚いたものだった。

私の知るかぎり、中高年期以降の おじさんは、先述したイメージどおりの姿から、いささかも逸脱することは なかったのだが、

うちの親父の場合も、ふだんは、特に切っ掛けもないかぎりに おいては、まあ、おとなしいほうだったのだが、これが、ひとたび、何かしらの逆鱗に触れる切っ掛けが あったり、特に、お酒が入ると、ほぼ必ず、最後には大変な暴力沙汰に なるので、娘として、最後まで、この癖に つき合わされた私は、こういう面でも、とても苦労してきた。

父親で苦労せずに済んだ女性には、私の男性観を理解することは難しいだろうなと思う。

 

一見は、まったく対照的だった二人とも、戦時の世のなかを、それぞれに体験しているという共通点が あるからなのかな?とも思ったが、

もちろん、シベリア帰りの おじさんと、戦線に出ることなく、エリートとして過ごした うちの親父とでは、体験の重みは、比べようもない。

 

 

次は、そんな親父の親戚筋の女性の話。

こちらも、旧ブログか、過去エントリーの どこかで、思い出して取り上げたことが あったと思うのだけれど、

親父の養家の、たしか、母方の従弟に当たる人の奥さんだったと憶えているのだが、

私が中学か高校生のとき、その奥さんと、もう一人、同じく親戚筋の女性が、はるばる、千葉県から来阪、うちに一晩か二晩ほど、泊まっていったことが あった。

親父の案内で、大阪観光するとのことで、私とは初対面だったが、母親のほうは、すでに、千葉での法事の おりなどに交流していたことも あり、明るく、にぎやかに話が弾み、一同、笑いさざめいていた。

 

その おばさんには、片腕が なかった。

ご本人に直に聞くのは、さすがに、気が引けるし、たぶん、翌日、親父に連れられて、おばさんたちが、観光に出かけるため、うちを出発した あとに、母親から聞かされたのだと憶えているが、

くだんの おばさんは、若い頃の戦時中、親父の従弟である夫とともに、『中国』の『満州』かな?そこは記憶が曖昧になってるけど、あちらで生活していて、ある日、ご亭主に召集令状が来た。

やがて、この おばさんと共通した苦難の体験を持つ人たちと同様、敗戦国民まっしぐらの身となってからは、広い異国を逃げ惑う事態と なった。

その逃避行の さなかに、何らかの危難に遭遇し、そのときに、おばさんは、片腕を失ったのだということだった。

私も完全には憶えていないので、断言は できないが、「切り落とされた」のだと聞いたような気もする。。。

 

そんな地獄図絵のなかで、ある中国人の男性が、偶然に出会った、この おばさんを、自宅に かくまい、世話を してくれ、そうしているうちに、おばさんは、その男性の子を身ごもった。

けれど、おそらく、男性のほうにも、妻子は いたのだろう、いつまでも置いてもらえる情況では なく、おばさんは、やがて、産み落とした赤子を連れて、日本へ戻ることを諦めず、そうして、ついに、千葉の、もとの婚家先に辿り着いた。

 

当時は、自分の子どもを、泣く泣く、中国人に託したり、あるいは、やむを得ず、置き去りにして、そのまま帰国してきた人々も少なくなかったであろうに、この おばさんは、残った片腕で、異国の男性との あいだに儲けた あかんぼうを抱き、海の向こうの故国へ帰ってきたのだから、称える言葉も見つからない。

けれど、おばさんの苦難の月日は、まだまだ続いた。

 

中国で召集されたまま、消息が分からなかった夫のほうは、おばさんよりも先だったか後だったか、とにかく、こちらのほうも、命からがらで あったろう帰国の後、恐らく生きては おるまいことと思っていたのでは ないだろうか、異国で生き別れになっていたままの奥さんの、想像だに しておらなかった姿は、片っぽだけになっていた その腕に、自分の子でない乳飲み子が抱き抱えられているでは ないか。

夫は、たちまち、激昂した。そして、荒れた。

 

やっと再会した夫に、出ていけと怒鳴られ、家の外へ叩き出されたものの、だからといって、実家に戻ることも できなかったのだろう、それから、どれくらいの あいだか、室内には入れてもらえず、おばさんは、乳飲み子とともに、縁側で寝起きしたそうな。

 

残った片腕で、かつてのように、家事を こなしつつ、それ以外の時間は、あかちゃんと、縁側で耐えているうちに、夫の怒りも徐々に静まっていったのか、もとの主婦としての生活に少しずつ戻っていけたのだろうか、いまは遠い中国で、現地の男性との あいだに生まれた女児は、学校の勉強が好きな、優等生だったらしい。すくすく成長して、快活な女性になった。この人には、私も、亡母の法事で、一度だけ、会ったことが ある。

おばさんに似たのか、にぎやかに おしゃべりしながら、綿入れ袢纏の袂を合わせつつ、明るい笑い声を あげていたのを思い出す。

 

やがて、辛く当たられた夫も亡くなり、初めて、観光と名の付く旅行に繰り出したのだろうか、

あれから長い年月を経ても、いまでも鮮やかに私の脳裏に浮かぶのは、

「やっと、こんな日が来たのね、楽しくて たまらないわ」

というふうな陽気さに満ち溢れ、失った片方の腕の袖を揺らしつつ笑っていた おばさんの姿。

 

 

ちなみに。

橋下さんが、大阪市長やってた頃だっけ?沖縄で相次ぐ米兵の性犯罪を防ぐために、当地の風俗業を活用してほしい、みたいな提言(?)をブチあげ、どえらい顰蹙を買ったことが あったのは。

かれこれ10年以上前になるのかな、ほとんどの皆さんは、すっかり忘れてしまってるよね?()

 

もともとは、一対一の夫婦関係を重視し、快楽のみを目的とした性行為は忌むべきとする『キリスト教徒』であるからなのだろうか?家族を伴い来日していることも多い米軍内部の人には、いちおうにも せよ、アメリカ人なりの倫理規範というものが基本には あるようで、そこに照らせば、米兵の性犯罪を防ぐためとは言えど、「風俗」のススメとは、そうとうの屈辱感や抵抗感を もよおさせる発言であり、日本人みたいに、軽い気持ちで性欲はヒョイと処理♪ヒョイと処理♪とばかり風俗へゴー!(^^♪という感覚とは根本的に異なるのだという指摘が、あの当時、日・米双方の事情通や識者たちから指摘されていた。

 

まあ、時代を、もっと もっと遡れば、かのペリー提督に対しても、日本側は、同様なことをソソクサと やっていたというし。

国際的にも知られていた日本男性の「買春ツアー」を、『昭和』のオッサンたちと同様に、現代の、若い男たちも楽しんでいるそうだし、

いまどきは、なんと!昔なつかしの()「立ちんぼ」を、みずから やってる女の子たちの出現が相次いでいる。

 

基本的には、女性側の味方を したい私も、昔からの定番だった、家計を背負ってという痛ましい事情でもなく、聞けば、しょーもないこと この下も なかろう理由で、ホイホイ立ちんぼ やってるような、そんな女性の味方を しようとまでは、さすがに、思いまへんわ。。。

 

ほんで、あかんぼ産み捨てに至る、このパターンだもん。
しかも、ゴミ箱とか便器のなかとか。。。

 

やはり、日本の伝統なのでしょうか?民族性なのでしょうか?w

戦後一貫して、この国を操ってきた親分アメリカの「拝金」の教えに忠実な『自民党』が、こんにち、こうなるように、呼び覚ましたのでしょうかww

 

 

もっとも、私個人は、「元祖:人種の坩堝」に近い成り立ちを経てきた日本人に、「民族」などと呼び得べきほどのものは ない、という考えですけどね。

ましてや、
「単一民族」などと のたまった、知性もなければ教養もなく、配慮なんて高尚なコトバは、死ぬまで覚えることも ないであろう、これでも「与党」の重鎮と呼んでもらってるオジイサンには、開いた口が ふさがらん()

似合わんボルサリーノ、単なる伊逹(=ミエミエ)のクロス ペンダント()

 

トランプとの共通性が窺えるわよね。

年甲斐もなく「ワル」に憧れてる俗物だ。

 

市長を やってた橋下さんの「提案」が顰蹙を買い、女性に対する、沖縄の女性に対する「道具」扱いだ、とんでもない侮辱である、ということの自覚すらないという批判が巻き起こっていた、その出来事は さて置くとして、

特に、かの『南京事件』において凄まじい事態を齎した、『皇軍』日本軍の あらゆる暴虐のなかでも激しく目立った、女性への性暴力、レイプ。

これは、それこそ、日本の公が設けた『慰安所』であり、そこで発散させるべく仕向けることで、戦地に おいても、一般の婦女を襲うことを防ぐことが可能になりえようと目論んだのであるか、これも、とうてい、甘い、甘すぎる見通しであった。

 

なぜなのか、女性では なく、男性だからこそ、理解できるのじゃないですか?

「男は皆ケダモノよ」

と、

みずからを称してきた男性なればこそ。

 

要するに、
おカネのための商売であると わかってやっている「割り切った」相手とでは、ツマランのでしょ()

 

一般家庭の、ふつうにシロウトの女性を怯えさせて、さんざんに逃げ惑わせてから、ゲヘヘ、、、( ´;;ё;;)と襲いかかるほうが、だんぜん、楽しい()そうでしょ?(()

 

ましてや、戦地に おける食料は自力で、現地にて調達せよというトンデモ指令のもとでは、一般の民家に押し入り、そこの娘たちを襲うことはセットになるのが必定。

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.08.08 (Fri)

近年は、
「バブル世代がぁ~」とか、
「『日教組』に支配された左翼の教育でぇ~」とか、
ちょっと目を通したら、すぐに、

「あ、またコヤツら、世代が違うせいか、実際には、まったく知りもせずに、勝手な想像だけで決めつけてるな」

と思わせられるような無知蒙昧を喚くバカ造が著しく増えていると窺えるので、

「いったい、どこの誰から吹き込まれて、実態とは乖離した思い込みを、おのが脳みそに棲みつかせているのやら」

と、あらためて呆れてしまうことも多い。
なので、これで何度目になるのか、また言っておく。

 

まず、『日教組』と言えば、故アベシの、国会内での下品なヤジで、首相のヤジなど前代未聞だというので、時の議長だったかが慌てて制止していたことを思い出してしまうのだけど、

私が義務教育を施されていた時代は、まさに、「ヤフゴミん」あたりが常に罵倒しているような、「左の教育」花盛り!だったはずなんだわね。

ところがサ、
実態は、先日のエントリーでも指摘したように、中国など、アジアの各国へガンガン侵略していったことを、なぜか、ことごとく「進出」などという、さも人畜無害っぽいコトバに替えており、いかにもアッサリさらりと説明していたので、何の思想にカブレても いないし、批判精神など知りも しないし、勿論、戦争から遠く隔たった時代に生育した子どもの私でも、
「ヘンなの。。。emoji
と思わせられたということを回想して述べておいた。

 

教科書のことだけでは なかった。

当時でも、何かしらの校内行事が あれば、まずは、国旗掲揚、するすると揚がっていく『日の丸』を、じっと見上げていなくては ならなかった。いまでも同じように やってるのか どうか、子どもを通して知る機会が なかった私個人は、実際のところを知らないが。

そして、あの頃、「国歌」の位置付けには まだ、なっていなかったはずの『君が代』を歌わせられる場合も少なくなかった。

ちなみに、
小学校の低学年時分、『君が代』を初めて習ったとき、歌詞は意味不明だし、間延びしたような曲調で、なんとも陰気くさい感じが して、子どもには歌いにくいしで、

「ヘンな歌、、、emoji

と、困惑しながら思ったことを憶えているw

もっとも、おとなになってからは、オーケストラで交響曲の形式にして聴くぶんには、間延び感もカバーでき、うまいこと荘重さが醸し出されてきて、なかなか、悪くないと思うようになったけど。

でも、やっぱり、歌として歌いやすいものでは ないなと、いまでも思う。
単純に、自分では歌いたくないし、プロの歌い手によるものでさえ、あまり聴きたくは ないなあ、辛気くさいし、という感じだ。

 

で、

修学旅行もね、小学校では『伊勢神宮』へ、中学校では『皇居前広場』にも行きましたわよ。

 

いったい、これの どこが「左翼教育」やねん?ww

 

ただ、最後の「団塊の世代」に当たる兄なんかは、大学生時代、当時の『社会党』支持を明言していたり、『皇族』についても大いに批判的で、
「税金で良いもん食って贅沢しとる連中!」
などと罵倒していたものだったが、
まあ、たしかに、兄が教師になった あかつきには、思うさま、「左派」的な教育をば、おのれの生徒たちに施していたのかもしれないけど(苦笑)

少なくとも、兄たちの世代よりも もっと あとの世代である私らが受けさせられた教育に、「左派」的なるものは全くと言って過言でないほど、見当たるところは なかったし、そんなものなのかと、べつだんの疑問も持たずにいた あの頃を振り返ってみれば、むしろ、バリバリ「右派」寄りの影響下に あったのだなと、今さらにして思う。各市町村自治体にも よるのかも しれないが、私の学校時分から成人に至るまで、どちらかと言えば「左派」寄りの市長だったらしいし、それでも、これが実態だったのですよ。

 

 

また、いわゆる「バブル」時代についても、私自身、リアルタイムで経験した世代だけれども、あの時代ですら、ウハウハ笑いたくなるような気分の良い思いを味わえたのは、皆が皆では ないよ!っての。何度も言ってるけど。

 

ところで、

いつぞやにも述べたように、

【落とし穴】日本の養子制度

もとは、非常に富裕な実親の屋敷を生家として出生しておりながら、何の因果なのか、親父一人だけ、母方の実家筋へ、乳飲み子の年齢で養子に出されており、やがて勃発した開戦後、親父の生家の実兄たちは、若くして戦死。

本来なら、三男坊の親父に、実家の跡取りとして順番が回ってきても当然だったはずが、貧乏な養家では、たった一人の跡取り息子として育てられていたので、大阪市内の実家は、親父の弟が継いだ。

戦時中こそ、若くしてエリートの身分を誇っていたとは言え、戦後の親父は、だいぶ以前の過去エントリーでも述べたように、敗戦処理に携わっている最中、例の「掛け算」事件でw進駐軍の米兵と大喧嘩したりで、そこには いられなくなったという大番狂わせ。

一時は、地元の議員に選出されたことも あったらしいのだが、その後は結局、本来の実家が ある出生地で新規まき直しをと、千葉の片田舎の養家のものは、墓以外は全て、かなぐり捨てるようにして、大阪へ出た。

そして、姉の夫が経営していた会計事務所に入れてもらい、それまでは縁のなかったソロバンの扱いを覚えることから始まり、30歳にもなろうかという男が、小学生に混じって、そろばん塾に通ったそうな。

 

まあ、ある意味、もとの生家を思えば、とんだ貧乏くじを引かされたような立場だったとも言えるわけだが、

親父の実父(私から見て実祖父)という人は、技術官僚時代を経たのち、若くして海運会社を興していたものの、すでに病没しており、かつては、「御殿」と囃された屋敷も傾いていた。

そんな事情だったから、資産や財産などというものは、たった一坪の土地の そのまた部分すら所有しておらない。

なので、

このことも、いつぞやの過去エントリーで回想したように、

『大阪』の内とは言えど、片隅も片隅、言ってしまえば、「しがない」、ごく平凡な小規模農家でしかなかったものが、たまたま、先祖から受け継いで、ほそぼそと耕してきた田地田畑が、降って湧いたような土地・不動産ブームによって、まさに「成り金」農家が続出、それまでは、泥土に まみれていた農婦も、金ぴかアクセサリーを、じゃらじゃら纏い、鼻高々で歩いているようすを見かけた母が、「ダサい成金趣味まる出しで」と嘲笑していたという現象は、私の周囲でも実際に起きていたわけだ。

 

あとは、

たとえば、株式投資が、一般の人々の あいだでも、ブームになり始めていたのか、『NTT』株を買えたの買えなかったのと、職場の人の話題を、耳にしたことも憶えている。これも回想して述べたように、うちの親父なんかは、自分自身が、人さまの会社の経営を指導する職業でありながら、とある新興企業の株にチョイと手を出して、サッと引っ込めたという体たらくだったし、儲けどころか、少額で済んだものの、失敗したと言って、しょげていたものだ。

 

 

ところで、こういう記事が あった。

私は、すでに知っていた話なので、本文までジックリ読むのは、気が進まなかったのだが、

『戦後3日で、占領軍向けに設置された慰安所』

という『ヤフーニュース』の記事。これに対して、例によって「ヤフゴミ捨て場」では、

「自虐史観だー!」だの「当時は合法!」だの「日本だけじゃない!」などと、ヘリクツや知ったかの類、意味不明な言い訳めいた見苦しいコメントがワンサカあふれとるだろうなあと、それがウンザリゆえ、ふつうに読むのも、気が重くなってしまいがちなんだけれど、一つだけ、指摘しておく。

当時は合法だったという、ほぼ定番の言い訳についてだ。

「慰安婦」の人たちの事情も、いろいろだったわけで、初期のうちは、公的に募集を かけたりも して、主には、いわゆる「風俗」業界の、あるいは、家計の事情を背負った成人女性が構成していたにしても、あれよあれよと言う間に、もっともっと大ぜい必要だということになっていって、仕事の内容を騙されて、という人たちだけでなく、まだ子どもの年齢の少女たちも、無理やり連れ去られていったのね。

 

少なくとも、未成年の少女をば、「慰安婦」にすることが、『国際法』に違反してなかったか?と問わば、そりゃ、、、

もろに違反しとるに決まっとるわ!ばかたれが!!

 

で、

当該の記事に対するコメントで、ある投稿者が、概ね、このように述べているのを見かけた。

当時の日本政府が引き揚げ者を嫌がったのは事実。引き揚げてきた人たちに自治体も冷たかったのも事実。自ら望んで占領地へ出向いた人たちは除き、やむなく行った人、その地で産まれた人たちには過酷な仕打ち。帰ってきたら住む場所や仕事もなく、周囲からも冷たくされる。シベリア抑留されて命からがら帰国した人たちは共産主義のスパイ扱いを受けた人も多くいた。結局のところ人間は自分や自分の近親者さえ良ければ良く、同じ国の人間であってもいざとなったら何かしら理由をつけて突き放す

 

…うん、
私もね、広島や長崎の被爆者たちが、当時、陰に陽に差別を受けたのだという話を聞くたびに、差別した側の人たちだって、そもそも近所のとか隣町のとか同郷人といった身近な存在だったのであれば、要するに、立場を同じくしていた人どうしであるはずなのに、なぜ、そこに差別したりされたりといった構造が出来あがるのだろうかと、はなはだ怪訝に思っていた。

 

まあ、たとえば、白人種が、黄色人種を侮蔑したり、差別するのは、しごく単純に、

「だって、自分たちは、なんてったって白人だけど、アンタらは黄色なんだから!!」

っていう、ただ それだけ、みたいだけどさ()

ところが、

少なからぬ日本人ってのは、立場が弱い人、いわゆるマイノリティとか、社会的弱者とか障碍者などに対して、堂々と虐めるにせよ、あくまで口先では、もっともらしい理由を述べたてて、だから、いじめられても当然なのだ、いじめられるほうが悪いのだ、という、まずは、前以っての体裁らしきものをば つくっておこうとする姑息かつ小狡い傾向が ある(()

 

こういうことを、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』と、このなかの「右」系が、特に熱心に、やってきてるわな。とりわけ、安倍政権時代は、トドメを刺すかの如き仕上げぶりだった。

 

よりによって為政者が、よりによって自国民に対して やっちゃうって、言語道断の所業だよ。

だから、私は、『自民党』歴代政権のなかでも、安倍政権の罪深さ、断じて許すまじと思っているのである。

この怒りは、石破政権に対しても続いている。

しょせん、『自民党』は、弱い者いじめが大好きだ。

 

だが、

ま、そもそも、おおかたの日本人ってものが、本音では、しょせん、弱い者いじめが、単純に大好きなだけなんだろうと思ってるけどね、障碍を抱えて生きてきた私の見るところではw

 

【続く】

 

 

Updated   
2025.07.28 (Mon)

【続】宇宙が終わるまで、踊ってろグルグルwの続き。

 

このところの私が、ふと考えるのは、引き続きだが、
「宇宙の最初のタネ」
それは、どこから来たのかということだ(苦笑)

いまのところは、広がり続けている、けれど、やがてのことに収縮を開始する、そして、ペッチャンコの末路を迎えるのであろう、われわれの、この宇宙の機序のこと。

 

ことわっておくけれど、われわれの、この宇宙が原初のものとか唯一無二とか決まったわけでは全然ないのよね。

いつぞやも言ったように、ギュウギュウのギュウemojiemojiの あとドッカーンと きて、お次は爆風スランプ広がり続け(←いまココw)
最後は急にペッチャンコ。

で、またぞろギュウギュウのギュウemojiemojiの あとドッカーンemojiお次は爆風emoji以下、繰り返し。

いったん、「この一粒●」が出来ちまえば、あとはドッカーンからペチャンコまでルーティンみたいなもんだからwべつだんのフシギは、ないっちゃあ、ないかと。

ほんとうのフシギは、それは、ほんとに最初の「タネ粒」?だ。

そんなことツラツラと考えたりする私wなんせ「壮大なるソーゾー力が!」ww

 

まっ、どんな大層な王国や帝国に、豪奢な城やら、ご立派な墓をバシバシ建立しようと、

最後はギュウギュウそしてペッチャンコ。

ロシアの、アメリカの、イスラエルの、日本の、その他、すべての お偉い面々もギュ~ウ~とペッチャンコなのwww

溶けて流れりゃ皆おなじ♪

 

脳みそは幼稚園児にも負けるオッサンやジイサンが、飽きも せず次から次へと、いらんことばかり しくさるが(emoji

そんなオッサンやジイサンに媚びてしやまぬ「さもしい」口をパカッと開けて待っているのは「災いの箱」。

 

「希望」という名のペンペン草も生えない、不毛の荒野にしていくことしか できないのか、そのために遣わされたのかとすら思えてくるような連中も、みんな一緒に、最後はペチャンコ()

 

しかし、こやつらと一緒にムギュ~ムギュ~されるのは、、、emoji
厭だっ。。。!!

 

 

Updated   
2025.07.28 (Mon)

宇宙が終わるまで、踊ってろグルグルwの続き。

 

男って、ほんとうにダメなんだなあと、つくづく思うことが増えましたわ。

まあ、うちは、見本である親父を通して、わかってたけどな(苦笑)

 

男性はね、劣等意識、とりわけ、経済力や支配力に劣等感を持ち始めると、まずは、性犯罪に走るし、この規模が大きく、深刻になってくると、いよいよ、ドンパチを始めたがるのさ。

かと言って、
うんまいこと やれたとなったら、今度は、チョーシに乗りたか ほうだいで、高転びに転ぶ。

もちろん、迷惑千万にも、周囲をガッチリ巻き込むさ。ああ、迷惑千万。emoji

 

「駒」になる者は、どんどん利用するし、弱い存在は、どんどん踏みつけて犠牲にする。

性犯罪と戦争はセットで、何度も言ってきたように、男どものサガ。

 

もちろん、女性こそが、みなもとたる基本の存在だから、男性の全ては、そもそも女性から発しているものには違いない。

『キリスト教』の お説とは、真逆もイイとこです。

だから、あのテの宗教の信者は、科学を忌み嫌ったりするわねw

 

けれど、女性とて、争いごとを起こし、往々にして、残酷な仕打ちも行うにせよ、その大概は、女性ながらも男のような猛々しい性質と思考回路とを持つタイプだったりするし、
それにしたところで、男性並みに大規模なレベルへは なっていきにくいだろう。

戦争は、以前にも述べたように、こんにちでは「文明の利器」と呼べるものも多々、生じさせてきた。

男性という存在は、ずばり、女性の「不良品」「出来損ない」「異常発生」なのだと言っても過言でなかろうからw良くも悪くも、偏りと極端性を持っている。良くも悪くもね。

 

そんな男性たちが もたらしてきた「文明の利器」の数々であるにも せよ、ほんとうに、われわれが生きるうえで欠かせないと断定できるほどのものが、どんだけ あるのか?

と問わば、
じつのところ、かなーり、あやしいのでは なかろうか。

ハッキリ言って、余計なもののほうが多いのでは なかろうかw

少なくとも、どんなに良さげなものでも、悪い面、不要な面も、抱き合わせ販売みたく、くっついてくるww

 

まあ、弊害、公害と呼ばざるを得なくなるほどの物事を蔓延させずに いられなかったとすれば、それは、この世界が、それだけ生きづらいからでも ある。

 

あらゆる宗教も、科学が未発達な時代には、人間の思考力では納得しかねる理不尽や不条理に、もっともらしいリクツを被せて、受け入れやすい神話の類、物語に仕立て上げ、生きづらさを慰めたり、誤魔化したりするためのものでも あった。

ところが、その生きづらさを、もっと増大させ、わざわざ加速させているのが、「異常発生した不良品」たる男どもと、それを産み落とし続けた、ばかな女どもです(苦笑)

 

で、今後は、男女の性別を気にする必要も なくなっていくであろうと、日本が誇る『ノーベル賞』受賞者の予言である。

まずは『天皇・皇室』にとっても、期待たかまる科学技術では ありませんかねw

やんごとある事態に直面しておりながらも、ミエ張って、余裕あるところをガンバって示し、「自然の、コウノトリの ご機嫌に」なーんて、必死でカッコつける必要も なくなるわけです。

すでに、現『天皇』家の一人娘でいらっしゃる御令嬢、次期『天皇』と予定されている『宮』家のほうの、末子である御子息も、ともに、科学技術の力を借りての御誕生でしょ?w

 

そう言えば、またぞろ、どこぞの週刊誌だか月刊誌だかが、くっだらねえ記事を出していたようだが、例のごとく、私は、見出ししか見てまへんwwけどね、

見出しからして、「上皇さまの願いを」ウンタラ踏み躙りカンタラみたいなデッチアゲは、さすがに酷いと思いますぞ。

「愛子さまを天皇に」望むって、そんなことを、前の『天皇』さんが、いつ、どこで のたまいましたかね?むしろ、真逆の お考えのはずだと思うけどね。

『上皇』位という位を新たに設けさせておいて、「譲位」というのか、生前の引退を可能にされたのも、『浩宮』さん、すなわち、いまの『天皇』さんに対する言外の圧なのかなと、私は察してましたけどなw

『秋篠宮』さんも、トシとってしまってから、私は できません!と、おっしゃってたもんねww

 

それにしても、

なにやら、島田某氏とかいう、宗教や葬式の研究家さんが、頻りに主張しておられるらしい、愛子さまが『天皇』になればと、そこで、いったい何が「救われる」と言うのやら、さっぱり意味不明だがwwwまあ、見出ししか読んでないからなのかもだが、さりとて、辛気くさそうなのを堪えて、本文を拝読してみたところで、やっぱり、意味不明なままだろうな、時間のムダは避けたいものだと判断しておいたwwww

 

そもそも、愛子さんは、あえて『天皇』になりたいでしょうかね?求められたならば、引き受けても、と、お考えなのですかね??

「愛子さま天皇!」を主張する連中ってのは、ほんと、人権蹂躙して平気の平左の無自覚、無神経きわまる連中だわな()

 

 

ま、最後に、『ガザ』の話に戻るけど、

私も、あのへんの画像や動画を見かけるたびに、おとなも子どもも、それほど痩せているようには見えなかったり、男の人たちは、思いきり力仕事を行なっていたりするところを見るにつけ、食糧事情が酷く追い詰められているというのは、どこまで事実なのだろうか?と、チラッと思えたりもしていた。

しかし、よくよく聞くと、だいたい3分の1ほどの人たちが、飢餓に直面しているというので、では、それ以外の、3分の2ほどの人たちは、まあまあ、それなりに食事できていると、そういうこと?だったら、同じ『ガザ』の住民どうしの あいだで、何が、差を齎していて、この極端な状況に陥っているのだろうかと、そのへんまで、しっかり取材してもらいたいと思う。

要するに、
喫緊の対象なのは、3分の1の人たちであるわけで、そこへ向けて集中させないとならないのでしょ?

 

 

それと、『ガザ』では、相変わらず、子どもを産み産まれ続けていることへの怪訝さを述べている「ヤフゴミん」のコメントも見かけたけど、

それはね、彼らには彼らの理由や大義名分が あるのでしょうよ。

日本だって、かつては「産めよ増やせよ」と、盛んに唱えていた。戦争の「駒」にするためにね。

 

で、

昨今は、とうとう、「女性にも徴兵制を!」と、
遠慮会釈なく主張し始めた、どあつかましい男ども。

女性側もね、いつまでも、男どもの身勝手な要求に従うのは やめなさいよと思う。

ただでさえ、軍隊内の性犯罪も防げてないようなのに。

軍隊内で襲われ、戦地や前線で襲われ、どこまでも襲われる対象のままな女たち。

 

昔は、出産は命がけだった。

母乳も、女性にしか出せなかった。

現代でさえ、出産や育児って、多かれ少なかれのリスクと苦痛を伴う。

 

それを、豪も産めや しない、乳も出せない男どもがね、ずうずうしいったらありゃしないよ。

おのれらのシュミの延長に過ぎない戦争に、女たちまでも駆り出せとは()

 

あーたがたの言う、「国」って、なんなの?

「愛国心」って、なに?

そんなに結構な、良いものですか?

 

しょせんは人工物の最たるものでしかない、国だの国家だの。

せめて、ドンパチ争わずに維持できないのか?

 

 

誰も彼もが、子どもの立場や人生を利用する。

親という者は、まことに罪深い。

苦しむであろうことを承知で産み落とし、

あまつさえ、恩に着せるのだもの。

【続く】