忍者ブログ
とりあえず、ひかりのくに
     
<< | 2026年10月 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 | >>
[2318]  [2317]  [2316]  [2315]  [2314]  [2313]  [2312] 
Updated   
2026.10.31 (Sat)

近頃の話題、それも、大きな懸念や危惧の伴う話題として挙げられることの筆頭に、『AI(人工知能:Artificial Intelligence)』に関することが、いよいよ目立ってきているが、これは、すでに何年も、いや、もっと前からかもしれないが、錚々たる世界的科学者などの幾人もが、人類規模としての警告を発してきているところを何度も見かけている。

いやはや、ここまでの事態になるまで、アッという間だったね。

気候変動の急激さと似て、私が若かった頃から、せいぜいが数十年の あいだに進んでいる。

インターネットの利用をプライベートでも開始した当初から、その「見切り発車」的スタートが齎す弊害は、多岐に わたって深刻なことになるだろうということを直感し、特に、いま子どもである世代については、できうるかぎりの警鐘を鳴らさねば ならないと、「汚気・愚」などのQAサイトやコメント欄を設けているサイトなどに対して、運営管理を疎かにするな、社会的責任を自覚せよと、個人の範囲ながら努めてきたつもりだが、イヤガラセや誹謗中傷された私のほうが、かえって、運営に睨まれ、ペナルティを課されるしまつだった。
そんな私ですら、『AI』の危険性については、もとが出遅れていて、「IT」分野にも疎いせいで、いまだに、なんだか漠然としている懸念のようにも思え、だいいち、あくまでも人間が、しっかりとコントロールすべきなのだから、それが、どうやっても追いつかず、破綻を招く恐れが拭いきれないのであれば、まだ引き返すことが可能な地点にいるうちに引き返すべきじゃないか、それが できない理由は何だというのだろうか?と、要するに、それほどには、ピンと来ては いなかった。

 

ただ、この方面の話題を目にすると、『AI』が、やがて「自己意識」のようなものを持ち始めて、それとともに、人間のコントロールを逃れようと凄まじい暴走を始め、ついには、人間社会に、とてつもない危険を齎すだろうという深刻な警告が、その方面の専門家や識者たちから発されることが やまないので、見かけるたび、なんとなく、つられるように、自分の周辺で経験したことなどを、あれこれと思い浮かべるようなことは よく あった。

 

いま使用しているパソコンには装備されているので、何かを検索しようとしたら、いちいち、AIへの質問機能を利用することを勧めてくるのだが、回答を表示し終えるのに、いつも、数秒ほど待たなければ ならないので、その数秒にイライラしがちなものだから、積極的に使おうという気は薄い。

たまに、手もとが狂って、AIに質問する機能を呼び出してしまったときは、舌打ちしたくなるくらいだ。

それに、「生成AI」とやらに頼って、特に、文章などを代理で作成してもらおうなどという気には、まったく、なったことが ない。間に合ってますので不要、という感じ。

 

若い頃は、「物書き」にでも なろうかと言うか、障碍のため、普通の就職が困難だったので、自分以外の人から、概ねは評価してもらえ、それも、年がら年じゅう、「なにやってもダメ!あほ!」と罵ることを忘れなかった親らですらも、文章を書くことだけは、まあまあ、悪くは ないんじゃないかと、そこそこ肯定してくれるほどだったし、ましてや、他人さんから、この方面については一目置かれるといった感じの評価を得られることが珍しくは なかったし、で、

なかでも、高校時代の『現国』担当の教師からは、

「□▽さん(←私のこと)は、いったい、家では、どんな勉強を しているんでしょうね」

と、

ここまで聞いた時点では、てっきり、私の勉強ぎらいを嘆いておられたのかと思いきや、

続けて、

「彼女は、将来、とても大きな仕事を するでしょうね」

などと、私が いないところで話していたと、親しい友人たちから聞かされたことが あったのを、このトシになって、恩師に対する申し訳ない気持ちとともに苦笑しながら思い出すことが ある。

ことわっておくが、

「現国」ですら、それほど、デキが良かったわけでもない私なんぞよりも、テストの得点が常に高く、成績がトップだった生徒は、クラスメートや同学年に何人も存在していた。

おまけに、

ほんとうは、書くことが好きなわけでは ない。

むしろ、めんどくさくて苦痛なくらいだということも、過去エントリーで述べてある。

 

せっかく認めてもらえることは、あまり好きでもなく、素直に純粋に好きなことは「下手の横好き」の域でしかないという哀しい現実なので、昔から「好きこそ ものの上手なれ」と言われるが、どうも疑わしく思っている。

なので、文章に関しても、自分で才能が あるとは思えない(苦笑)

 

書くという行為にも、エネルギーは必要なのだ。

ましてや、仕事上などの必要に迫られたわけでもなくて、誰に頼まれも しないのに、ただ産みたいから産む、あ いや、ただ書きたいから書く!書くことが好きだ!という動機の小説家さんなどは、ほんとにエネルギッシュなんだわなと、ほとほと感心する。

 

私の場合、あくまで仕事のためとか、論文みたいなものだったら、しかたなく書くけど、

それでも、

AIに、自分の代わりに文章などを作成してもらいたいとは全く思わない。

 

でも、ま、

先述したように、世間一般的なカタチの就職には、そうとうの困難と苦労が予想されたゆえ、それこそ、いわゆる「でもシカ」で物書きになるくらいしか思いつかなかったものだから、やはり、基本的には、何らかのカタチで、「文章」に関わる類の仕事に就いていたわけで。「コピーライター」も やったし、校正、校閲も やったし、これは便利なというので、自分で書いた文章を、自分で校正・校閲して、印刷発注せよという、本来ならタブーと言って然るべきような芸当を、よく命じられました(苦笑)

それまでは、専門の社やライターに外注していたのだが、私が入社したら、上司も同僚も、

「便利な新入りが来たから、外注せずに済む分、経費が安上がり!」

と、ホクホクしていたw

だからと言って、こちらに幾ばくかの手当等を支給してくれるわけも一切なく、ただ単に「便利な やつ」あつかいだった(苦笑)

 

たとえば、旧ブログの頃にも触れたことが あったと思うのだが、

最初に入社した職場で担当した仕事は、これまた皮肉なことに、人並みの聴覚を必要とする業務だった。これまたまたまた、うちの冷酷な母親の命令に等しく、毎度の「この道しか ないで!!」という、ほとんど恫喝されたような経緯から、その仕事に就いたのだが、社長らの言うには、入社試験の作文に、力量ありと見込んだので採用した、ということだったが、実際の業務は、かなり特殊なほうの仕事で、たしかに、プロのアナウンサー(なかには、あるテレビ局や、FM放送局の現役アナウンサーに来てもらったことも あった)が、こちらが書いておいた原稿を読み、それを、こちらで録音し、BGMなども組み合わせた編集作業を するのだが、当然、各種の音響機器類を操作する必要が ある。慣れない作業なので、納期が立て込んでいるときは、仕上げなければ ならないものが山積み状態になってきて、かなり焦る。

新入りだった私は、先輩社員が命じるとおりの作業と、休憩時の飲み物の準備なども課せられていたので、自分自身のノルマが果たせない場合は、こっそり残業でカバーしていた。

一人のほうが落ち着いて集中できる性分でもあるので、そういうときこそ「本番!」とばかりに没頭していたら、いつの間にか夜中近くになっていて、まだ20歳代だったし、帰宅の遅さを心配した親が、電話してきて、「いつまで やってるのか!いま何時だと思ってるんだ」と、怒られたことも一度ならず。

で、

録音や編集作業で、いろんな種類の音響機器を使うわけなんだけども、そういうときに、フシギに思うことが何度も あった。

というのは、

社長は勿論、先輩社員たちにも黙ってのサービス残業、親も怒って電話してくる、そんな深夜に さしかかるまで作業していると、私も、さすがに、いよいよ焦ってきて、繊細な機器類を操作するには、極力、落ち着いて、慎重に扱わないと いけないのだが、うまく いったかなと思ったら、予想外のミスが あったり、ヘンな箇所が あったりで、やり直しが重なってくれば、だんだん、操作が乱暴ぎみになってくる。

これで最後に したい、今度こそ、ちゃんとなっててくれよ~と、つい、指先に必要以上の力を込めてしまい、スイッチやボタン類を、ぐぐっと押下。

すると、そんなときに限って、まるで反発し、抵抗し、拒絶するかのように、バチンemojiと撥ね返してくるのである。

そういう現象が起きると、

「もしかして、機械にも人間のような心や感情みたいなものが ある?あるのかも。。。」

と、深夜の薄暗い職場で一人、なんとなくゾッemojiとするような感覚を覚えた。そうなると、大慌てで、照明を消し、戸締りを し、逃げ出すかのように退社したものだ。

 

 

最近のAIについては、人間のような自意識を持ち始めて暴走し始めたら最後、制御できなくなった人類と、その社会全体を破滅させるのでは、といった深刻至極な恐れを説いている記事を多く見かけるようになったが、

やはり、私は、

「機械は、あくまでも機械だからねえ」

と思うし、
たしかに、パソコンの仕組みなども、われわれの脳の働きと似た共通性を持っているんだな、生物も、一種の機械では あるし、とか思うけれど、

「自意識を持つ」とは、つまり「自己保全の欲求」を持つということで、そのように仕込む、要するに教育するのは、やっぱり、人間側でしょ。

その人間側の企図するところに、機械は単純・素直に従うことが基本の大前提であるからには、機械の問題すなわち人間側の問題に ほかならないのだと思う。

まあ、機械の「自意識」やら「暴走」を恐れる前に、人間の邪悪さを恐れて警戒するべきなんじゃないですかね。

 

ちなみに、

『マイ ナンバー』と同様の制度が、日本よりも、ずっと早くから実施されていた、たしか北欧あたりの どこかの国では、とっくに、国民の殆ど全員の個人情報が、「ダーク ウェブ」といった所で売買されていると暴露している記事を読んだことも ある。もう何年も前に。

 

ところで、

旧ブログでも触れたことが あるが、

『オフィスの妖精』という作品を連想することが増えた昨今、
やはり、星 新一氏は凄かったんだなあと、つくづく思う。

私は、どちらかと言えば、まずは古典から、みたいな考えが あって、近・現代の作品でも、たとえば、一人の小説家について、この作家と定めたら、初期から晩年まで順を追って読了していくという やりかたを、20歳代から意識するようになっていて、そのために、特に、近い時代や同世代の作品は、なかなか読むことが できなくて、星 新一氏のようなジャンルの作品は、どうしても後回しにしてしまうというか、もちろん、キライというのでは全然ないけれども、まあ後回しでイイとすら思っていたのだが、

40歳代になるかという年齢にもなって、だいぶ年下の男から勧められた何冊かの文庫本のなかに、星 新一氏のものが数冊まじっていたのを、内心で、相手の男を、「ろくに教養のない、いまどきの軽薄な若造のくせにナマイキ」と、少々軽んじる気分も なきにしもあらずだったのでw「これ読めよ!読んでみなよ!」と、つよく勧めてくるのを、あ~うるせえなぁと思いつつも、しかたなく受け取って、そうなると、もともとキライでは ないことなので、いざ読み始めたら、おもしろくなり、借り(させられ)た数冊を、イッキに読み終えた。

おかげで、
いま、こうして、星 新一氏の素晴らしい作品について話題にすることが できるわけで。

 

ちなみに、いちばん気に入った作品は、『友を失った夜』です。

 

【続く】

 

 

PR