2026.10.14 (Wed)
『「ヤフーコメント」の有害さ、ヤフゴミんのボンクラさは相変わらず。』
の続き。
で、
むやみと規模が大きいだけに、「ヤフごみ捨て場」のヤフゴミんを眺めていたら、否応なく痛感するのが、知性レベルに見合った文章と文意というものの仮借なき ありさま。
それだけでは なく、
まずは、ハンネと言うかアカウントと言うのか、それからしてが噴飯ものの愚かな名乗りを見かけるので、これにも呆れてしまうことが多いのだが、
たとえば、先日などは、「ヤフコメ見るのは」バカ、とか名乗る者を見かけたのだが、ならば、コメント投稿までしているテメエは、どんだけバカなんだ、ということにしか ならないのだがwま、こういう自分棚上げに無自覚なタイプは、知性や知能の問題を抱えているに違いないだろう。
ことわっておくけど、
私は、知能面に障害ある人を嘲っているつもりは ない。
何らかの経緯や事情で、そういう脳の質に なってしまったのは、しかたないことだ。
だが、
知能面にハッキリと問題や障害ある者が、世間の大多数を構成しているわけは ないし、実際には、ほとんどは、中途半端な知能や知性レベルが「普通の者」たちであるとして構成しているだろう。
で あれば、
政治なり社会の重要な問題なりについての主張や提案を試みるときに、自分の述べ様や論理の用いかたが、まともに機能しているのか どうか、つまり、適切に伝わっているか、理解を得ることが できているか否かは、おのずと、気に かからぬはずは ないので、やはり、国語の教育、もっと言えば、論理を鍛える訓練を強化すべきなのでは ないかと思う。
それらと必然的に切り離せない、読解力の問題も ある。
そんなこと、気にも かからぬ、気にしたことなんか ないというのであれば、それは、手前勝手な垂れ流しのレベルでしかないこと明白だ。
人前で発表する恥と傍迷惑を わきまえてからにしておけと言っておく。
まさに、「チラシの裏」にでも書きなぐっておれば よいものを、わざわざ、人前に出張ってきて、ああだら こうだら、延々と垂れ流したいのは、なぜなのか?自分自身に問え。
それから、
これも甚だ多いのが、
初歩的、基本的な勉強も せず、ちょいと検索でもして調べてみることも、自分のアタマ一つで考えてみることも せずに、とにかく、誰かが、多少は有名な人、えらい人が言っていたからと、最初から終いまで、真に受けて、いっちょまえにインターネットを駆使しまくり、デマだろうが何だろうが、元気よく拡散!一直線だ。
冒頭に挙げた『ICC』についても同じ。
思い込みなのか、わざとなのか、『ヤフーコメント』欄で、相も変わらず、嘘やデマを堂々と拡散しているのが多数派。
ま、「民主主義とはコストが かかるものだ」というのは、そういうことですよ。
『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』の、かの老害ジイサンあたりが のたまった内容とは全然ちがうだろうよ(嗤)
どこぞの大手新聞社のオエライが、社説か何かで尤もらしく言っちゃったという「民主主義は多数決」も そう(大嗤)
私、前回のエントリーで、このように述べました。
「正義というコトバを聞けば即座に、いろいろヘリクツで返してくる光景が多々見られる」が、
「誰かのために、誰かが泣いて苦しむしかないような理不尽を、『正義』とは呼ばないよ」
と。
要するにね、
正義という概念には、普遍性が備わっているはずで、
どの国の、何かの組織・団体の、どこかの誰かの立場やら都合やらだけに合わせて、そのつどコロコロと、真逆に変化するものなんざ、「正義」と呼ぶに値しないよ、ってことさ。
だからこそ、ここでも やはり、ある種の「すり合わせ」や「落としどころ」や「妥協」や「譲歩」やらが必要になってくるのであって、そういった点は、「民主主義」と共通している。
しかし、ま、あからさまなまでに「民主主義」が機能していないのに、それを国名にして恥じない国も あるのが現実だけれど(嗤)
この日本も、そうとう、危うくなってきている。
どなたかが、安倍政権の頃に、「民主主義は、強制的に、幕を下ろされてしまうかもしれない」というふうに危惧しておられたのを憶えているけれど、
ほんとうに、そうなりつつある。
象徴的な事件が、つい最近になって暴露された、例の簗氏の言動だ。
再び言うが、
私は、あまり驚かなかったというのは、
「札束で頬を引っぱたいて」言うことを聞かせる。
簗氏のような思考回路や言動のパターンは、もともと、『自民党=本名:ダッピ統一つぼ売国党』のオハコと言っていい やりくちだからだ。
それは、『沖縄』を見ていても明らかなことで、沖縄にも、昔から、『自民党』支持者は少なくは なかったが、ついに今回、自民党系の知事を圧勝させるに至った。きつい言いかたでは あろうが、結局は、カネ(の事情)に屈したと言えよう。
もっとも、前知事が良かったのに、とは、私でも、言わないよ。
けれど、、、
なんだか、溜息だけが出てくる。
地方の場合、農家を中心にした『自民党』岩盤支持者たちは、従来から「補助金」目当てだというし、ということは、シモジモに至るまで私利私欲の花盛り、そうして、やがて、こんにちの日本を、とうとう「『自民党』一党独裁」も同然の状態にまで仕向けてしまった。
しかも、このうえ、「議員数を大幅に削減せよ!」と、正体は『自民党』のシンパどもが最後の一押しとばかりに喚き続けている。愚か者らが騙されて唱和する。
いわゆる「一票の格差」のことも「違憲」相当の底辺イジメにも、見逃してきて恥じも せぬままな司法界に対しても、わたしゃ、ハラワタが煮えくり返ってます。
そりゃあ、デマに公益性が あった、なーんてデタラメを大真面目な顔して のたまっちゃう特殊な世界だものな(嗤)
ここも、『自民党』に対するヒラメうようよな世界である。
特に『毎日新聞社』は、「サナ活」という軽薄なキーワードで煽り、
案の定、愚衆は、いつになく投票所にワラワラ繰り出して、
ついに、「大政翼賛会」も現実の視野。
それなのに、
野党側の誰やら、もと代表を務めていた御仁は、今後、与党『自民党』の不祥事を追及するのは やめときます、ってな、愚衆迎合宣言ブチアゲ。
私、次の選挙は思い切って、ボイコットしようかと思ってます。
ほんとうに、ここは無理にでも投票しておくべきかと思える野党が、ない。
真夏の酷暑の なかを、
前回の選挙も、例年になく寒かったなかを、痛む腰を なだめつつ出向いた結果が、高市と『自民党』大圧勝だもの。
ほんとうに、寝ていたほうがマシってもんだ。
民主主義を、まともに機能させるためには。
古今東西、民衆というものは、アホで感情的で、目先のことに汲々として、それ以上の関心を持たない受け身の怠け者。
権力者は、アホで感情的で、目先のことしか関心を持てないくらい汲々としている受け身のままでいてほしいから、民衆に対して、それに見合った教育(=コントロール)策を施してきた。
愚衆は愚衆のままでしかないのなら、どのような主義の政治体制の もとに あろうが、選挙もムダ。
世界の各国が証明していることだ。