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Updated   
2021.12.02 (Thu)

伝統、技術、工芸そして和服――モノの価値とは。の続き。

 

敢えての「侘び寂び」精神ってやつだろうか、これって、実は、むしろ裕福者の道楽なのである。

いわゆる「玄人うけ」「通好み」な『大島紬』は、「泥染め」とも言うだけ あって、ほんとうに地味。

本来は労働着みたいなもので、言わば「ジーパン」に相当するかな。
「Tシャツ」も、もとは下着だったという。

日本の浴衣、古くは「小袖」も、そんなところだったらしいが、
やはり、結局は、よりラクで動きやすいものが勝ったということだろうか。

そういう実用性を放棄しても残るとしたら、
それとは全く異なるところに価値を見い出され、残しているわけだろうが、
ただ、よほどの機会が なければ、出番も ない。もしかしたら永久に。

こうなると、一切の日常からは切り離し、博物館入りしかないね。

 

 

たしかに、こんにちでは、あらゆる装いのルールもタブーさえも変化している面は多いだろう。

けれど、和服ならではの約束事やマナーも、まさに「伝統」の うちなのである。

 

 

昔は、たとえば「遊郭」(いまも一部地域で残ってるそうだが)とか「遊女」「女郎」って存在が あったそうだけれども、どんなに売れっ妓であろうと、なかでも「太夫」とか「花魁」っての?豪華絢爛な着物や簪やらで埋もれるほど着飾っていても、足は素足だ。

これには「粋」とかいう理由も あったそうだけど、
凍える真冬だろうが、どこまでも裸足なのだと。

 

もし、「粋」が本当の理由なら、18世紀頃のフランスの『エンパイア(帝政)様式』とかいう、シュミーズみたいなドレスを真冬になっても無理して着ていた、そのために、肺炎に かかって亡くなる女性が相次いだ、みたいな話を連想させるが、

私が若い頃、一緒にテレビの時代劇を見ていたとき、
母親が、ふと、私に向かって、

「おまえ、気が ついたか?」と言った。

 

赤貧洗うが如きビンボボ武士の妻女ですら、身なりは粗末でも、足袋は堂々と履くだろう。

だが、しょせんは「苦界」、「娼婦」、どんなに格式が高いとされる「太夫」や「花魁」でさえも、足は素足なんやで、足袋を履くことは許されん身分、そこが、武家などと違う、厳しい掟なんや、と。

うちの母親の解説が本当に正しいか否かは知らないけど、ちょっと似ているようでは ある。

 

 

要は、かけた金額それ自体なんかは二の次なのだ。

厳然と先んずる「ケジメ」がある、ってことらしい。

 

日本は昔から、特に「形式」を重んじる気風が、いまも濃い。

 

「ヤフコメ」投稿の一部に見られるように、

本来は労働着であったものを、値段が高額なんだからと、それに免じて、いわゆる「フォーマルな」場にも着ていけるということになれば、
すなわち、金額最優先になった、ということにも受け取れる。

ある意味、「成金趣味」とも言えよう。

 

すれば、

判断基準は飽くまでも金額の多寡、

「TPO」といった判断は、いっさい構うことなく、仕来りや約束事、マナー、それらの由来も何もかも無視、無知でも済むよね。

 

良いか悪いかは置いておいても、

そこで確実に消滅する、目に見えない「伝統」も あるわけで。

 

だから、

たとえば「『大島紬』を、フォーマルの場で着用して、なにが悪い?なんたって、値段が高いのだよ」

と主張していながら、

『大島紬』などの他にも、あらゆる「伝統」的物事を、税金を大いに投じてでも温存すべき!と論じるのは、根本的にヘンなのよ。わかるかな?w

 

なんか、『天皇制』『皇室制度』にも重なってくるねw

 

ついでにだけど、

最近、「ヤフゴミん」v.s「ヤフゴミん」でモメてる光景が増えてきてるがw
こういうとこでも、もはや『皇室』は、国民を分断している明白な現実、

まずは各メディア・マスコミ界が煽りまくって、自分たちの「飯のタネ」で あり、国家権力筋からの要請も あるのだろうから、陰に陽に、われわれ庶民国民をコントロールしようと画策しているのが鼻につくほど酷いのが分かる。

これは、週刊誌などの「お約束」、あからさまなゴシップ以上に、いちおう「信憑性が高い」「お堅い」とされる大手紙全体のほうが、むしろ、タチが悪いと思える。

 

そんなわけで、いまでは、ますます、おげれつネタの宝庫と化している『皇室』。

 

近頃、眞子さんの「エゴサーチ」も指摘されていたようだが、

加えて、何かと主導権を握りたがる御性格なのか、「お育ち」ゆえにか、ついつい、そんな姿勢になってしまうのか、こういったところは、ほんとうに、おばあさまの美智子さま譲りって感じね(苦笑)

 

でさ、

ある『ヤフゴミん』の、よく見かける内容では あるのだが、小室さん夫妻の、要は、今後の『皇室』への「喰い込み」を危惧するコメントに対して、

なぜか、ガシガシ反論・擁護しようとガンバる「ヤフゴミん小室派」側がw

「いったん『降嫁』した以上は、二度と『皇統譜』に戻ることは あり得ないのだ。『皇統譜』とは、常に一方向、一方通行のカタチでしか あり得ないルールだ」といった趣旨の反論を していて、
末尾で、「不勉強」だぞと、大いに嘲笑の ていだったのを見かけたが、

いや、ちょっと待った。

この問題については、むしろ、不勉強なのは、嘲笑した側の「ヤフゴミん」、オマエさんのほうだよ。

 

なぜかと言うと、

いわゆる『皇統譜』への復活は、単に結婚による「降嫁」などとは関係ない、『旧皇族』再帰をと、他ならぬ、現『宮』家のなかの人たち自身も支持しているからだ。

だから、
けっして、「荒唐無稽な妄想」と、一刀両断には言い切れまいわけ。

 

現代だからこそ、危うい所で留まっているのかもしれないが、
何度か指摘したように、大昔なら、権力争いの材料になりかねなかった「小室・眞子さん騒動」。

ましてや、ひとたび権力の座に就いた者の つごうや思惑による采配で、いくらでも「勝ち組」にすることが可能だった、そういう歴史だ。

 

いまのところ、一般国民の あいだでは、『旧皇族』復帰については嫌悪や反感が強い傾向らしいのだが、

ウカウカしていると、今後も、ますます『皇室』に投入される税金は増加する方向へ向かいかねない。

と言うのも、

最大にして最高の既得権益集団、まず『宮内庁』の官僚根性が腐っとるだけでなく、結局のところは、『皇室』『皇族』の人々だって、ご自分たちの都合が最優先なのだなということは、これまでの流れを見ていたら、察しは つく。

 

私は、『上皇』位を、あっさりと設けたのを見て、『皇室典範』なんて、意外なほど簡単に変えることが できるんだなと、けっこう驚いたものだ。

 

今回、『秋篠宮』さんも明言されたように、
「『皇室』の儀式というものの軽さ」という印象も、単なる印象では ないってことだろう。

『昭和天皇』も『香淳皇后』も、祭祀関係の儀式には、熱心でなく、かなり軽く考えていたようだし。

 

 

『秋篠宮』家へ、いわゆる「皇統」が移ることについて、危惧されているのも理解できるなあと思う、最近の記者会見の内容を少々聞いただけでもね。

 

かと言って、
またぞろ『皇室典範』を変更して、晴れて、愛子さんに「女性『天皇』」を、といっても、それは それで、あれや これや深い懸念は ある。

まず、愛子さんにだって、そんな重圧を背負いきれるのだろうか、という危惧。

 

彼女も、けっして、メンタル系が強いほうでは ないように思えるし。

環境が安定して提供されているかぎりに おいては ともかく、
ひとたび難題が起きて、内外に乱れを生じると、非常に苦しまれることと思う。

 

これからの『皇室』『皇族』は、ますます縮んでいくのであろうから、
愛子さんにとって、ご両親以外に、心底から安心、信用してアドバイスを得られる身内や側近の確保も困難になってくることは予想できよう。

 

 

第一、『皇室』ならではの最優先事項たる「伝統」であるところの「男系」。

「男系」で ひたすら遡って辿れば、最終的に『神武天皇』だっけ?
私はウロ覚えだけど、最終的な祖先に あたる特定の『天皇』に行きつけなくなるわけだよね。

 

【続く】

 

 

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Updated   
2021.12.01 (Wed)

大島紬製造現場に暗雲 染料材シャリンバイの採取者が不足奄美の南海日日新聞11/28() 13:02

https://news.yahoo.co.jp/articles/4ce67aefdda6e074c204f3b668c8db7ccf0536da

 

ほんとうに、女性でも、和服を着ている人ってのが、お正月にさえ見かけなくなって久しい。

かく言う私も、実家を出てからは年々、季節行事の類も疎かになる一方で、

幼い時分から、(父親違いの姉の「お下がり」だった)振り袖に「コッポリ」履いて、ティーンに さしかかった頃からは『京友禅』に「桃割れ」結って、日本の お正月情緒に浸っていたものであったはずが、それも、母親が元気だった頃まで。

 

なんせ、自分一人で着られない、これが最大のネック。

そのうえ、和服特有の決まり事とか、着たあとの始末等々を考えただけで、着る気が失せる。

振り返れば、母親の葬儀以来、はや、かれこれ数十年近くに わたって、和服を着ていないのだ。

もちろん、ちっとも困らん。むしろ、ただ保管中にも注意を怠っては いけないのがメンドクサい。

 

元気な頃の母親が、時おり、虫干しを兼ねた和箪笥総ざらえとばかり、一枚ずつ、畳(たとう)紙から取り出しては、それぞれの着物や帯を確認し始めると、私も自然と近づいていって、職人や材の不足による希少性だとか手入れ方法とか、母親による解説を、あらためて、ひとくさり聞かされ、それから、母娘ならんでの、しばしウットリ鑑賞タイム。

あの頃は、虫干しやシミ、汚れのチェックなどを、めんどくさいものと考えたことすら なかったのに。

母親にとって、なかには思いきって買った高価なものも あるので、それらの細かい作業をメンドウに思っている感じを微塵も出さなかったというか、むしろ、「至福の ひととき」だったからだろう。

 

思うに、

自分の好きなもの、価値あると信じられるものを引き継がせたい相手を持つことは、幸せなことなのだろう。

 

 

ン十年前、私が二十歳代の頃までは、さすがに、お正月となれば、男性の和服姿も、そんなにまで珍しいものでなかったし、

うちの親父なんかは、私の母親が、自分のものを新調するついでだったのだろうか、懇意にしていた京都の老舗の呉服屋さんで誂えた、多分「総裏」だか「胴裏」ってやつを、殊のほか気に入っていたらしい。

カルタか何かをモチーフにした古典柄で、男性用に ふさわしい渋い色調だった。けっこう、お値段も張ったそうな。

それが、結婚に関連しての行事だったか、あるときに、兄が、和服を着ることになったからと、親父に無断で、母親が兄に貸したままになっていた。

 

さあ、新年を迎え、久しぶりに和服で外出をと、ウキウキ張りきった親父は、お気に入りの「胴裏」が見当たらないので、たちまち おかんむり。

この話も、旧ブログで披露した記憶が あるのだが、

自分の知らない間に、大事な「胴裏」が、倅のところへ取り込まれたままになっていたと知った親父は、

「俺の胴裏を返せー!!」と激怒w

 

あんまり騒ぐもんだから、私も呆気に取られて眺めていたのを憶えているが、

貸した母親も同じく呆れはてて、

「アンタな、自分の息子に取られた取られた、返せ返せって、胴裏ごときで大騒ぎするようなことかいな、あほらしい」

と、諌めていた。

結局、親父は、その大事な、お気に入りの胴裏を、息子から取り返して、やっと、気が済んだらしい。

二度と、貸すこともなかったようだww

 

 

さて、

まず第一には、『大島紬』だろうが、なんなら化繊の「二部式・ワンタッチ・簡易式着物」であろうと、そもそも、およそ和服を着る気になるか?ってこと。

 

現代人のライフ スタイルでは、和服は、とかく、活動しにくいのが現実だ。

和服を着て、帯を締め、草履や下駄を履いて、あの満員の通勤電車に乗れるか?

 

そもそも、一人でチャチャッと着られない、

着たら着たで、事後、いろいろなメンテナンスに注力を要する。

 

草履もね、普段から履き慣れてないと、かなり痛いよ。

 

うちの母親なんかは、若い頃から好きで着慣れてるから、和服や草履のほうがラクなくらいだと言ってたけど。たしかに、和食店を営んでいた頃も、民謡の教室運営や行事のときも、和服姿が多かった。

それでも、いよいよ病身となった晩年は、和服を着ることは皆無となっていった。

 

和服って、現代では、「道楽」とか「好事家」「趣味人」のものという印象が つよくなっている。珍しく和服の人を見たら、何かの お稽古事を やってるのかなと思うことも多い。

叔母も、お茶席に出たりで、和服を着る機会が多く、うちの身内のなかでは「おバカ」で通っていたのにw意外なことには、自分でも着付けの免状を持っていたようだ。

 

 

いまでも圧倒的に絹地が多いだろうから、雨に濡れたり、汗かいたからって、洗濯ジャブジャブは不可、かと言って、下手なクリーニングには出せないし、昔ながらの「洗い張り」だの「丸洗い」だの仕立て直しも必要になってくるし、自宅で保管するにも、箪笥の材質やら防虫やら虫干しやらと、何かと手間が かかり、気も遣う。

 

 

ちなみに、

どこかの福祉系サイトで見かけたことが あるのだが、

とある大手クリーニング工場では、作業所から出向の かたちにした障碍者を、最賃以下の時給で長時間コキ使っていると、怒っている親御さんも いるようだ。

 

じつは私、
娘の障碍を無視したくてしょうがない母親の言いなりに入った専門学校(少なくとも平均的聴力が必須な学校w)を卒業する頃、障碍が あるので、事務職にしろ営業にしろ普通の会社に就職するには難しいかも、と考え、絵を描いたりするのは好きなので、和服の生地の図案を描く職人になろうかと考えたりもした。実際に、つて(懇意にしていた呉服屋さん)を頼って、現場の人の話を伺ってみたら、この仕事は、当時でも、地方の田舎から出て来ている若い人が殆どで、集団で寮生活していて、お給料は少ないということだった。

他にも、

本当の志望の一つはジャーナリストだったので、とりあえず、スポーツ系などの新聞記者として始めてみる気が あれば、紹介してあげるよという話もあったけれど、
喫茶店ウェイトレスのアルバイトですら、お客の注文を聞き取るのに難儀したことを考えて、無理だろうなあと諦めたことも ある。

 

 

さて置き、

うちでも、着物道楽だった母親や叔母が遺した和服を何枚も保管しているのだが、これでも、ぐぐぐーっと減らしたのだ。

華やかさ満点の「総絞り」やら、涼し気で綺麗な色合いの「夏大島」やら、洋服にでもリフォームしてもらうしかないかなぁと当初は考えていたものの、その費用の余裕もないわ。

正直、金のインゴットとかを遺してくれたほうが、よっぽど助かるってもんだぜw

 

叔母の分は、家が一軒建つだろうと言われたくらい、高価なものが夥しく遺されていたのだけれど、

あいにく、私には、和服を着る趣味も習慣もないし、

そのうえ、おデブだった母親のものは、丈は、なんとか調節できても、幅がブカブカ。

おチビだった叔母のは、幅は、まあ なんとかでも、丈が全然、無理。

わたしゃ、もともと、日本女性としては高身長で、スマート体型だからね。

 

いまでは、生前の母親や叔母なんかよりも、よっぽど、ものを知ってると言えるようになった私だが、

あの当時は、まだ、こういった方面の世事に疎かった私は、

ネットでテキトーに探して、和服買取業者に来てもらい、どさどさ取り出して、ほぼ片っ端から売ろうとしたら、さすがに言われた。

「買ったら、なかなか高価なものばかりですよ?少しは残しておかれたら」と。

でも、ほんとにテキトーな値段で持って帰ってもらった。

あの業者さん、さぞ、ほくほくだったろう。

 

 

母親に次いで叔母が亡くなったとき、新幹線や飛行機に乗らなきゃいけない遠方まで、仕事を辞めて、叔母の家を かたづけに行き、特に大量に残された和服に仰天し、まずは、本人が住んでいた地域の福祉バザーに、親しくしていた人のツテを頼んで、ミンクのコートや何かも一緒に運んでいってもらったのだが(完全に、ただで譲り渡し)、それでも なお大量に残り、そのなかから、私自身の好みとか、母親を通して持っていた知識によって選り分けたものだけを、私の実家に運び込んで、自分の生活や体調とか仕事もあるので、つい、そのままになっていたら、

いつまで置いとくつもりだ?と、当時は、まだ元気だった親父にブーブー言われたので、実家に通って、整理したというわけ。

もちろん、親父は、値打ちなんぞには全くの無知だった。

 

そこから、やがて親父も亡くなり、その直後、近所の人もフシギがるような不可解な現象が起きたりしたあげく(この話も、いつか詳しく書くかもね、お楽しみにw)
やっとの思いで、私んちの狭い自宅へ運び込んで以来、

亡母の生前、私のは いらないよ!と言ってるのに、勝手に拵えた「紋付色無地」なども保管している和箪笥のなかには、母親の友人、知人らが頻りに欲しがっていた『大島紬』も含まれている。

 

いかにも南国のものらしいと言うか、一見して、ちょっと、蛇のウロコ模様を連想させる『大島紬』。

地味ながら、その特筆すべきは、感触、肌触りの素晴らしさだ。

肌に沿う特有の柔らかさ、それでいて、サラッとしている感触も独特で、私個人的には、ぶっちゃけ、ねまきとか肌着だったらな、と思うくらい。

でも、和服だからねえ。

 

【続く】

 

 

Updated   
2021.11.29 (Mon)

ここでは、話題を絞りw

例の小室さんの、主としてマスコミに対する おじぎについても、とやこう言われていたようなのだがww

どんだけ深々と頭を下げているようでも、その目は、しっかりと、こっちを見張ってるみたいだ、とかって批判?w

 

でもさ、かのブルース・リーだったら、大いに褒めてくれるかもよwこれ、あとで ちょっと説明するけど。

 

私も、子ども時分に、幼なじみが、あるときから、まさに「腰を二つに折り深々と」という お辞儀の仕方を するようになったのを怪訝に思い、その理由を聞いてみたら、要は、相手の心証を良くするためだ、というふうなことを言っていたのを憶えている。

 

幼なじみの親の離婚に関して、詳しくまでは知らないんだけど、その子の家庭も、おばさん側に根本的問題が あったようで、おじさんは、家庭を大切にする、とても子煩悩な人で、自分の父親で苦労していた幼い私の眼から見れば、子どもの友だちにも優しい、真面目な良い おとうさんと思えていたのだけど、なんだかアッサリ離婚したようにも見えて、フシギだった。

うちの母親が、自分の厄介な家庭事情は棚に上げw生来の「おせっかい焼き」で、当時、幼なじみの父母の両方から言い分を聞いており、事情を、かなりのところまで知っていたのだが、
やっぱり、おばさんのほうに問題が大きいのでということを、おじさんは言っていたらしい。

ただ、問題が、と言っても、うちの母親やwいまどきの女性のような、たとえば「不貞」だの「不倫」を はたらいたとかいうようなことを、おばさんが やっていた、とは全く違うのだが、

むしろ、おじさんのほうが、他の女性と、その連れ子ともども引き受ける覚悟で一緒になりますと、うちの母親に向かって明言していたそうだ。

 

いま、自分自身が、この年齢になって分かるんだけど、
当時の おじさんは、まだ若くして、たいへん有名どころの料理長を務めていたくらいだから、腕に技術あり、景気の良い時代でもあり、経済的には、強気で やっていける立場だっただろうけど、
かたや、
若い頃は美容師だったという おばさんは、もともと『茨城』か『栃木』あたりの出身で、結婚して来阪して以来、ずっと専業主婦だったから、経済的に不安も大きかったはずだと思う。たぶん、おじさんのことだから、うちの親父とは違って、少なくとも養育費については、できるだけの配慮を したものと思うけど。

 

まあ、子ども心にも、そこの おばさんは、かなり独特な、ヘンな性格の人のようには思えていたので、おじさん側の言い分に、無理もない感じは持ったのを憶えている。

 

幼なじみが、近所の おとなたちに対して、不自然なくらいの、バカ丁寧な お辞儀を始めたのは、そのあとからだった。

 

ちなみに、

この幼なじみには、うちの親父の連れ子の一人だった、腹違い姉のように、私が大事にしているものを壊されたり、隠されたりしたことが何度も あったし、他の近所の友だちと結託してイジメてきたり、悪いことを唆されたりしたことも あった。はっきり言って、嘘つきで、底意地の悪い性格だったが、中学あたりから猛然と、勉強を頑張りだした。それで、地域では2番手か3番手くらいの高校へ進学した。

 

でも、
それなりに、私が、「なるほど」と感心して反省を促されたようなことも あった。

たとえば、彼女には、妹が いるんだけど、その妹が、まだ あかちゃんに近い幼児なので、たまたま私らが食べている お菓子などを欲しがって、むずかったり大泣きしたり、その単純でアカラサマな反応がオモシロくて、年齢が大きく離れた、義理の姉や兄など、おとなに囲まれて育ち、「弟か妹を、デパートで買って~」と、親に せがんでいた末っ子の私は、ある日のこと、アイスクリームを買い、共に食べながら、くだんの幼なじみに言ったことが あった。

「今から、□◆□(←幼なじみ)ちゃんちへ行こうよ」と言ったら、「今ダメ」と即座に拒否された。

なんで?と聞いたら、「妹が欲しがって泣くから」という返事だった。

 

なお、私自身は、生まれつきと言っていいほど幼い頃から、およそ、人の ものを欲しがるということが殆どなかったノンビリおっとりな性格なので、真逆に、大っぴらに何かを欲しがって泣き叫ぶ子の ようすが、なんとなく興味深かったのかもしれない(苦笑)

 

 

でね、

ブルース・リーは、映画のなかのキャラだけでなく、本来の彼自身がバリバリ「武闘派」で、『截拳道(ジークンドー)』とか言ったっけ、ケンカに勝つための、かつ、「哲学的」武道の家元でもあったという。
そんな彼が、あるとき、指導するべく若い男性が、われわれと同じような、ふつうに目線も下げ、頭を下げる お辞儀を したところ、即座に頭を はたいて、同時に、「目線はゼッタイに外すな!」とダメ出ししていたそうな。

これは、ブルース自身が、まだ子どもの頃に、師匠格の男性から、きつく注意されたことが あったからだとか、そういったエピソードを、ブルース・リーのファンである私は、若い頃に視聴したドキュメンタリー番組か何かで紹介されていたように憶えている。

ま、

とは言えど、小室さん自身は、そういった武道とかに縁が あったようでもないし、彼の「二つ腰折れ」お辞儀wの理由は、私の幼なじみと共通したものだろう。

要するに、相手の心証を計算、慮ったつもり、といったところなのだろう。

まあ、かえって逆効果みたいなんだけどねw

幼なじみも、おとなたちには、「なに?あの子、唐突な」と、嗤われていたと思う。

あれこれ、無理もないのだろうが、

だからこそ、「どこまでもシツコイな、俺らの悪口を言いふらすマスコミがよ。前みたいに、誰がヘコヘコお辞儀なんか してやるもんか、ケッ」と、なってもフシギは ないわな。

 

いずれにせよ、お辞儀なんかは、一般的には、その人の心理や性格がモロに出やすい しぐさの一つだろうなと、以前から思っていた。

 

 

ところで、

黙れ平民!!」

とある『宮』家の『女王』さまが、ネット上で のたまっていたんだそうなw

 

それ、美智子さまの前で言ったら どうよ?とも思っちゃったけどw

 

そんなセリフを吐いた経緯とか前後の文脈とか、ちょっと検索してみても不明だったので、事実なのかどうかも知らないが、

もしも、わらわの眼の前で 口走ったとあらば、

お黙り!!このドぶ◆■く女!

「そなたは、最高級生活保護が なかったら、あきらかに底辺でしかない能力の分際で!!」

と怒鳴りつつ往復ビンタ喰らわしちゃうかも しれないアタクシww

 

あ、でも、とたんに、国家権力に雇われた何人もの護衛がスッ飛んでくるのかw

こっちがタイホされちゃうのねww

 

一人では何も できない、戦うことも、わが身を守る能力もないまま、
とことん「お膳立て」してもらって、自負心とウヌボレに無自覚な、あの人たち。

 

近く、数十億円もの御殿の新築が成って、めでたく入居するときの、次代の『天皇』家の表情が見ものですなあw

さっそく、『宮内庁』は、報道規制を命令するかな()

 

 

ところで、

ただでさえ、いろいろと『北京 冬季オリンピック』のことが懸念されていたうえに、しかも、「新型コロナ ウィルス」の、これまでと全く別系統に変化し、感染力も増大していると見られるものが登場しており、すでに、世界各国で広がりつつあるという。日本も、これから、冬本番だもんねemoji

 

だいたいさぁ、『武漢』で発生した、その原因が、いまもって不明なままだもんな。。。原因不明のままで、どうするってんだよ?

 

治療用の飲み薬の効果も、大幅に下落したそうで。

 

 

最近、ふと耳にした、懐かしの『レターメン』の『ラヴ』。

「これ、フィギュア スケートのBGMにしたらステキじゃない?さしづめ、王子さまな羽生クンあたり、どうかしら?中国の女性ファンたちが、またもや「アイヤー!!!」と、いっせいに叫び、泣いて悦んでくれるわよ()」と思っていたのに。

 

 


 

 

Updated   
2021.11.29 (Mon)

えー、最初に宣言いたします。

あたくし、『自民党』のことは、今後、
『自由だっぴ党』
と呼ばせてもらいますよってにw


 

まずね、

いつに変わらぬ軽薄短小老政治屋アソウさんまでがトクトクと、ここぞのネガ キャンに利用して得意になってた、そのキャッチ フレーズは、
パクられたり、自分の意図や結論とは全く異なるほうへ歪めて利用されたことの何度か ある私が最初に、『立憲共産党』と言ったわけだけどさ()

 

まるで、『日本共産党』と組んだせいだ!と言わんばかりの論調が、どこも かしこでも、幅を利かせているようだが、

ここは『立憲民主党』に、敢えて大きく譲歩し、盛り立ててやる側へ回った『日本共産党』が、今回の『衆院選挙』で最も損したな、
『立憲民主党』は『日本共産党』に謝ったか?というようなことを、私は言っておいたけど、

単に選挙だけのことなら、従来どおり、『日本共産党』は、自分とこだけで戦うほうが、よっぽどラクなくらいだろうと思う。

 

『(貴族)連合』と切れずに、『国民民主党』と、よりを戻すみたいなことに なろうものなら、

『日本共産党』は、もう、『立憲民主党』のキゲンを伺ってやることは ないのよ。もっと自己主張したら いい。

 

それよりも、今後も、『自分に伝票を切る怪』を除いた「野党共闘」を続ける方針ならば、『立憲民主党』を盛り立てることよりも、他の協同関係にある野党それぞれの盛り立て合いに、力を入れるほうが良い。

 

なにしろ、あっちゃこっちゃフラフラとブレるのが、何事も、いちばん、始末わるいわね。。。
そもそも、旧『民主党』からしてが、そうだった。

 

それとね、
『自分に伝票を切る怪』の代表選を やるの やらないの、『自分に伝票を切る怪』創立者、つまり、この怪の最高老害たる、もとが『自民党』構成員たる松井はんは、なんだかんだと翻して居座りが決定とか、
そこを指摘されると、「共産党は どうなんだー!志位ガー」と喚き散らすバカモノども。

 

あのね。『日本共産党』は、その名が示すとおりに、『共産党』ですからのw

あの党には、あの党ならではの流儀や理念や思考方向が あるのよ。
あたしゃ、よくは知らんけどw

 

室井佑月さんの夫君である、ええと、最近、トシのせいか、忘れっぽくてw、何と言ったっけかな?(苦笑)ああ、そうだ、米山隆一氏からの批判に対して、
やれ「『共産党』の代表は!?志位は!?!あれこそ、民主主義ちゃうやんか!!」という指摘には当たらないわけよw

オマエさんらが、お門違いを喚いているだけなの、わかったかい?()

 

 

そもそも、根本が噛み合わないまま ひっついて、単に選挙戦のために共依存しているだけの「腐れ縁夫婦」みたいな、まぎれもない「野合」たる「自・公連立」に比べて、

実際の政策・施策方針が概ね一致している「野党共闘」は、庶民国民にとって、なにも矛盾など していない。

 

 

あっという間に、『ダッピ』騒ぎも下火にしてやり、
あとは、ひたすら『自由だっぴ党』の代表選ばかりを大々的に報じていたテレビ、新聞業界で あった。

 

「『自民党』あやうし!」キャンペーンで、『自由だっぴ党』支持者らの危機感を煽り、「期日前投票」へと誘った、『読売』と『産経』コンビw

逆に、

「消極的支持層」だか「浮遊層」だか「無党派層」だかを、安心させるためか、無気力の惰眠のなかに眠らせるためにか、

「『自民党』だいじょぶだよ!!ゼッタイ!」と、子守歌よろしく言い聞かせていた『朝日』ww

『朝日』だって同罪なわけでしょ。ま、わかってるよ()

この国は、「『天皇』を中心とした」腐敗集権の国であることは。

一般の有権者国民は、相変わらず無自覚にして不勉強だから。

 

野党共闘、当落を分けたものは? 出口調査でみえた「勝ちパターン」朝日新聞社 2021/11/28 18:00

https://www.msn.com/ja-jp/news/politics/%e9%87%8e%e5%85%9a%e5%85%b1%e9%97%98%e3%80%81%e5%bd%93%e8%90%bd%e3%82%92%e5%88%86%e3%81%91%e3%81%9f%e3%82%82%e3%81%ae%e3%81%af%ef%bc%9f-%e5%87%ba%e5%8f%a3%e8%aa%bf%e6%9f%bb%e3%81%a7%e3%81%bf%e3%81%88%e3%81%9f%e3%80%8c%e5%8b%9d%e3%81%a1%e3%83%91%e3%82%bf%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%80%8d/ar-AARdATb?ocid=FUJITSUDHP

 

『立憲民主党』の小川淳也氏が、『自由だっぴ党』の、もと「デジタルなんちゃら大臣」だった平井卓也氏に圧勝って。
それは、本質的に「敵失」みたいなもんでしょう。

あの平井氏じゃあね()勝って自慢にするには当たらんわ。

そりゃ、これで負けてたら、目も当てられんけど、実際あり得ることやからなあw

 

 

ふだんは威勢のイイ辻元さんもね、『自由だっぴ党』の重鎮らに縋る前に、本来やるべきことが あったんちゃうの?

私なんか、
「二階さんとこへ詣でて行った」と聞いて、あれ以来、何してはるんかな?と怪訝に思ってたくらいだもの。

 

 

しかし、あれだね、

『自・公』支持者のみならず、『維新』の支持者のなかにも、少なからぬ、「野党連立候補者」への投票が見られたというのであれば、これは意外なことだった。

幸先良いじゃないですかね?()

 

いずれにせよ、来夏の「参院選」を迎える頃には、現首相である岸田さんたちの手腕もハッキリしてきているだろうし、

なにしろ、「野党連立」「共闘」を甚だ恐れていて、
いまのうちに、芽を摘んで、潰してしまいたいとの思惑はヒシヒシと感じるね()

 

 

『日本維新の会(=自分で自分に伝票を切る怪)』に投票するのは、
やっぱり、勉強不足の「無党派」が多いからなんだろうと思う。

あとは、やはり、
従来の野党では、どう やっても、しょせん力弱いものにしか なれまい、という思い込みと諦念。これには、マスコミ・メディア界の思惑と操作も絡んでいると思しい。

 

「歌を忘れたカナリア」と呼んでいいのかどうかは知らないけど、「公器」たるを忘れた、と言うのか、

ほんとうはネタで食ってる商売人でーす!という本音が あらわになっても恥じない、日本のマスコミ・メディア界。

 

あれやソレや、あっちでもコッチでも、まるで、単に物量だけで圧倒されてしまった戦勝国『アメリカ』v.s戦前・戦中の日本さながら。

「阿修羅と帝釈天」さながらの、
この世は「正義じゃないんだ、力そのものなんだよ」の摂理かいな?w

 

それと、やはり、

自民党こと『自由だっぴ党』の腐敗ぶり、特に、税金の用い方、カネの汚さは、どうしようもないところまで堕落しているのは分かりきっている、それでも、飽くまで自分自身が、『自由だっぴ党』の利権関係などに所属している者は、そのまま!そのまま!で済むと思ってるんだろうけども、

そうでもなくて、

わかりやすい不満を持っている者は、
『自由だっぴ党』が、税金の用い方やカネの汚さを改めてくれさえ したらなあ、それだけでもイイよ、
という程度の、わかりやすい不満ゆえに、
ただ、わかりやすい「身を切る」というプロパガンダやスローガンを掲げている、それ以外は、まるっと『自由だっぴ党』の分身に過ぎない『維新の会(=自分で自分に伝票を切る怪)』に、やすやすと靡いてしまって投票、という単純な図式だろうと思う。

要するに、ここでも、不勉強で、表面だけを見て判断する、「ふわぁ~」っとした有権者が多いということだ。

こういう、知性の低い手合いは、まさに「金持ちネタムな!僻むな!!」と罵倒されても、しかたないとすら思う。

 

とか、「ベーシック インカム」を やってくれるなら!!と、その一点だけで縋りつき、『自分に伝票を切る怪』のブチあげた「なんちゃってベーシック インカム」byケケ中に騙されてる自覚が ないのかもな()

 

 

さすがの『自由だっぴ党』政権も最近になって言い始めた「中間層を大事に」という主張と言うか、タテマエ。

「中間層を痩せさせるとマズイ」ということを、私は、かれこれ10年以上も前から警告してきたんだけれど、いまでは、それでは追いつかないだろうと思っている。

つまり、先日も言ったように、

「今すぐに、最も可処分所得を必要としている層とは?」「貯金に回せる層とは?」を考え、

「身を切る」以上に、「全体の底からアップ」しないと、どうにも ならないところまで来てしまっている、と。

 

全体の底からアップして、文句を唱える層は いないよ。

誰も損しないからだ。

往々にして、「底辺」ほど、ささやかな小さな幸せで満足するからね。

 

問題は、ここまで落ち込んでしまったまま、あらゆる各層間の断絶そして憎悪、くだらない争いにばかりエネルギーを費やしてしまった国で、どうやって、これから、全体の底をアップできるんだろうか、ということ。

 

 

ま、しかし、これとて、『自由だっぴ党』が言い始めるのは、またぞろ10年以上先になるんだろうな()

私は、その頃には、もう とっくに、この世の人では ないかもしれないので、子も孫も ない身、日本が消滅しようと、痛くも痒くもない。

 

不勉強のまま、弱い者いじめを して、全く反省も しない風潮の国など、どうなろうが、残念にも思えないし、同情も できない。沈没すりゃええ。

 

 

Updated   
2021.11.23 (Tue)

【再度】『聖』と『俗』。演出と犠牲。の続き。

 

それと、

私は全くと言っていいほど知らない人で、そうとう高齢の女性のようだが、若い頃はアナウンサーだったとかいう、、、ああ、そう、下重暁子さんと おっしゃる、すでに文筆業に専念しておられて久しいのだろうか、例の眞子さんの結婚に伴った騒動について何度か繰り返し主張されていたみたいで、

要は、
「眞子さんたちだけに『家制度』を押しつけるのは愚か!彼女の自由で良いのだから、黙ってなさい!」という論調に終始していたようだ。

私は、この女性のコラムも、見出しだけじゃなあ?と思い、
試しに一度だけ、本文を読んでみたのだが、あ、やっぱり、もうエエわ、という感想しか持てなかった。

だってね、

天皇制』『皇室』制度、それ自体が、もろに「家制度」そのものを全肯定してるじゃないの。

そして、家制度」こそが、この国の「連綿たる」「伝統」なんでしょ?

 

われわれが「押しつけ」?

だ・か・ら、

私は、押しつけてませんよ、ってw

 

「家制度」そのものを体現している『天皇制』や『皇室』制度を無自覚にか?支持しながら、同時に、
一般へ向けては、「家制度を押しつけるな!」ww

 

やっぱ、話にならないじゃん(_)

 

けれども、

「一般人と全く同じくらい自由にしたら よい」とは、とうてい、思えませんな。

 

「なかの人、おかわいそう」?

だったら、
特別扱いするための、ケッタイな制度は、やめるしかないわなあ、
それだけのことだ。

 

 

さて、先日も取りあげた内田 樹氏の、「アンタにとって、『天皇制』『皇室』制度を なくすリスク以上に、これらの制度が存在するデメリットを言ってみろ?」という主張については、そのエントリー内で述べたとおり。
とにかく汚い『自民党』はダッピッピw(誹謗中傷?ww)

要は、一人当たり換算で、たったの1円だろうと10円だろうと、召し上げられるものは召し上げられたうえに、なぜに、「つらい、苦しい、悲しい、籠の鳥」などと、逆恨みめいて嘆かれなきゃならんの?ってこと。

私の疑問と見解に近いらしい、法学の専門家さんも、

「かわいそうと思うのなら、廃止するしかない」

と、ズバリ指摘していたようだが、要するに、そういうことに帰結するほかは ないと思う。

 

ダブスタや甚だしく無理な矛盾を常に抱えさせられていると、気がヘンになってくる。しまいにゃ、感情鈍麻だよ。

 

ただ、
本質は商売人であるマスコミ、メディア界が、大衆を大いに煽り、ノセまくって儲ける話題づくりのために、殊更『皇族』の人たちを、尽きせぬ芸能ネタ扱いするのは、すぐに止め、必要で妥当な報道に徹するよう、各社、自戒してもらわなくては ならない。

滾滾と湧き続けるかのように見える「ネタの泉」も、寄ってたかって汲み尽くせば、早晩、涸れる日を招く。

 

われわれ一般大衆に向かって、「やめなさい!」「黙れ!!」と、
ヒステリックに説教する前に、最もマスコミやメディアに近い言論人たちも、まず、先に言うべき相手が あるだろに、と思う。

 

その矩を超えるところから、
「ミギ」にとっても「ヒダリ」にとっても、なぜか同様に忌まわしく思えてならないらしい、「『天皇制』『皇室』廃止」という主張や動きが起き始めるのだから。

 

 

で、内田氏ご自身は、
「『天皇制』『皇室』制度を廃止するリスク」
とは、どのように重大なことを想定しておられるのかが不明なのだけれど、

ただ、「リスク」面と言うなら、私も以前から言っているように、『天皇』や『皇族』を、民間へ「野放し」にするリスクは あるだろうなと考える。要するに、「悪い虫」「ヘンな虫」が寄りつきやすいというリスクねw

だからこそ、敗戦後の憲法のイの一番で縛ってあるのだろうと思うし。

 

ああいう、特別扱いと慇懃無礼、崇拝と軽侮が常に同時並行で向けられるような存在の人たちは、意外にも、けっこう鬱屈しているのを隠しつつ、気を遣い過ぎたり、媚びたりも する、その分も、プライドや自尊心とか自負心に縋るあまり、逆に、尊大な、心底ではウヌボレていて、見下す態度がチラチラ見え隠れしていることに自覚が薄い。そうやって、どうにかシャンとして折れるまい!とガンバっているゆえに、かえって脆い。
その意外な脆弱さに つけ込まれ易い。

と、まあ、そんな感じが していた。

 

 

ヨーロッパあたりの先進各国では、とうの昔に、「王室」や「帝室」を廃し、共和制に移行した あとになってから、かつての君主と一族が巻き返しを望み、これを担ぎ上げる郎党や王党派みたいな集団が走り回り暴れまくり、というような話はトンと聞かないのだし、

『教皇』なる宗教的地位の世界最高権威も、中世の頃の腐敗と反道徳性は凄まじきに至り、そのことを、やりたかほうだい謳歌する『教皇』本人・一族・係累・関係者一同、いっこうに恥じも せず、気にもしなかったらしいが、
こんにちでは、それでは通らなくなっており、いちおうは、いかにも道徳的な『教皇』のイメージが定着している。

 

さて、わが国の『天皇』も、多分に宗教がかっているが、いくら何でも、戦前・戦中の頃のような「現人神」の「絶対君主」時代に戻ろうなどと欲する国民は、さすがの日本に おいても、こんにち、ごく限られた方面の、狂気じみた連中くらいだろうと思うが、しかし、それだけに、現代では、『日本会議』を筆頭とした極右的主張の組織構成員が、狡猾さをフルに発揮して、陰に陽に、正体をボヤかしつつ、平凡・凡庸な民衆に喰い込もうとて画策し続けている。

 

「特権階級」と一般民衆。

どこか心底からウヌボレている人々と、ぼんやりノホホンとしている人々とは深く共通性が あって、どちらも、担がれたり、踊らされるのが好きだw

 

だから、
何を「国民投票」に かけるとしても、先に、この国の上から下まで、全体の知性レベルを上げていって おかないとならない、そう言ってきた。

 

ただに自由を、一般の国民、大衆なみに与えたら、「聖性」を備えているゆえに、誤謬や誘惑などに倒されはしないのか、特別な人たちであるのか否かは、すぐにバレるだろう。

 

 

「違法なことは、何も ないじゃないか」「証拠は あるのか」と、頻りに擁護する者たちへ。

そのセリフを、アベシなどの政治屋に ついても言うのか?()

 

法律なんて、凡俗の世界の最低限でしかないのだ。

ほとんどの国民大衆が、おのれを棚上げして、『天皇』と『皇室』に対し、飽きもせず要請し続けているのは、

単なる法律の基準クリア、などでは ないでしょ?

 

「聖性」とは、政治屋どものように、「法的には問題ないので」という苦しい言い訳が効くステージじゃないよ。

あなたがたは、まさか、「」ってコトバを知らないかな?

 

もちろん、私は、そんな難しい要請は しないけどw

 

 

(旧)『民主党』政権時に、「ハマグリ」という仇名で呼ばれていた議員が、国会開設の記念式典だったかで、『天皇』ご登場を待っていたとき、
居並ぶ議員たちとともに待機しておられた『秋篠宮』が、じっと立たれたまま お待ちになっているのを尻目に、詳細は曖昧ながら、たしか、なぜ立っているんだ、とか、さっさと座ろうぜ、みたいなことを言い放ち、問題視されたことが あったようなと憶えている。

それと、

『れいわ新選組』の山本太郎氏の、例の「『園遊会』おてまみ事件」ね。

当時、旧ブログでのエントリーに、この話題を取りあげ、いくつかの角度から、批判的見解を述べた私は、特に、あのときの侍従長だか『宮内庁』長官だかの態度を非難した。

仰々しくもwわざわざのオリジナル巻き手紙をば、山本議員から差し出された『天皇』さんが、驚きを あらわにも されず、いつもどおりの落ち着きある ごようすのまま、山本氏と少々の遣り取りを かわされつつ、ちょっとだけ開いてみるような しぐさも されたあと、すみやかに、侍従長だか『宮内庁』長官(風岡氏だったかな)のほうに向きなおられ、ほとんど「うやうやしい」ほどの しぐさで、今しがた受け取った巻き手紙を手渡された。

そこで、ニュース映像撮影のカメラが、まともに映し出した場面によって、それまでの一部始終を、さっきから仁王立ちの ていで睨んでいたと思しき侍従長だか『宮内庁』長官が、思いっきし、むくれ顔して、この事態への怒りを憚ることなく大っぴらに表現していたのが見えた。

そして、小柄な『天皇』さんが、ご自身よりも大柄な侍従長だか『宮内庁』長官に預けるべく差し出した手紙を、「当然だ!!」と言わんばかりに、山本氏のほうを終始、睨めつけながら片手で受け取って即、自分の羽織の袂に捻じ込むように突っ込んだのを見た私は、

「どっちが『天皇』で『侍従』なんだか!」

と、嘲笑しつつ非難したので あった。

 

そういう場面の記憶とか、怪訝に思うことも いろいろ あって、近頃では、どうも、一般の国民よりも、じつは、国会議員や『宮内庁』の関係者など、『皇族』がたに近い人たちのほうが、よっぽど、『皇室』『皇族』に対する軽視や見下しみたいな風潮が進んでいるのかな?と思うようになった。

まあ、案外と、大昔から、こんな傾向は多少あったのかもしれないけど。なにしろ、現代の政治屋と大差なく、互いに利用し合う世界だから。

 

 


虚ろな空間に、何かが あるように思って、ただ幻影を見詰め、

根本や本質からは、眼を逸らす癖が抜けない。

それでいて、細かいところはネチネチと気にする()

 

「哲学」というコトバも概念も持ち得なかった この国は、いまでも、他国からの借り受け暮らし、
真似事で表面だけ撫でて、わかったつもりになって、もっともらしく演じているのみ。

権力層もメディアも民衆も。

「上級」だろうが「シモジモ」だろうが、極端から極端へ持ち上げてみたり落としたりトコトン叩きまくったり。

いつ、餓えたケダモノみたいに牙を剥こうか剥かれるか、
虎視眈々と、怯え。

 

 

それにしても、『令和』という元号が発表されたとき、『昭和』も そうだったし、『平成』も特に そうだったと、「名前負け」を危惧した私。

また当たったみたいだなぁ(;^ ^