2021.12.31 (Fri)
『「勝ち負け」が全て』の続き。
不運にも、ひとたび つかまったら、逃げ出すときは、命がけになる。
と言うのも、
先述したとおり、逆恨みが癖の性分だから。
だから、「自己愛性」。
自己反省しない。ぜったいにね。
頑ななること、壁の如し。
かと言って、
ヨシヨシと持ち上げ、なだめるようなことを言ってやれば、たちまち天まで舞い上がって、ほとほと持て余すほど、つけあがるのよ。
諌めたり、叱ると、根に持つ、逆恨みする。
味方したり、褒めてやると、チョーシに乗って、どこまでも。
とかく、扱いに困る。
本人だけは、「反省したら死ぬ!」ってやつなのwだから、もう必死だ。
生きるか死ぬか、死ぬときは諸共、くらいに思ってる。
リクツや論理じゃないの。
もちろん、正義感や倫理感や道徳でも芸術でも ない。
自分を打ち負かした相手のことは、やれ不道徳だとか人情が ないとか言って、どこまでも指弾するけどねw
まあ、自分が勝つことだけが唯一の正義と思ってるみたいだ。
「特権」層や「上級国民」さまで あろうと、真逆の「底辺」層であろうと。
あのテの連中にはね、結局のところ、「勝ち負け」しかないのよ。
そりゃあ、医師でも専門家でも、できるだけ避けたい種類の「患者」「クライアント」だと言われるだけのことは ある。
治療して治るとか、少しは改善できるいう類の患者でもないんだし。
せめてカウンセリングしたら したで、今度はカウンセラーに異常執着したりね。
最も密接に関わらざるを得ない家族は地獄の沙汰となるのもフシギは ない。
感情的には、とりあえず、うまくいってる分には、あくまで自分自身のテリトリー、
それは、はっきり言って「私物」「所有物」の感覚で扱うから、「自己投影」の作用で、むしろ、なりふり構わずに、自分と利害を共有している仲間にとっての「外敵」から守ろうとする傾向もあるんだけどね。
それを、当人自身と、騙されてる者、知っていて利害を共有している者らだけは、「仲間思い」とか「頼りがいが ある」「人情に篤い」とか言ってるわけww
ただし、それは それで、いずれは、やっぱり恩に着せて縛りつける理由にするよ。
どのみち、この手合いと関わるのは、あとあと、非常に しんどい。
「トリモチ」のようにネバネバねちねちしてるのが特徴だからw
およそ、サバサバあっさり、おっとり、泰然、というところが ない。
激しい被害者意識で逆恨みして、
それとはウラハラな冷静さでもって着実に復讐するための計算を熱心に めぐらす。
そういうエネルギッシュさ。
この異様なエネルギッシュさは、はっきり言って、生育環境などのこととは、ほとんど関係ないと思う。
たしかに、生来の恨みやすさを刺激するような環境だと、藁に火を点けるようなものかもしれないが、
むしろ、生まれつきの脳の問題のほうが大きいんじゃないかな。
だから、治療が困難。
ふだんから、必要以上に、周囲を窺って
(これも、本人にとっては、「気遣い」してるつもりらしいw)、
むやみな不安や警戒心に苛まれるとか、それで僻む。
なので、いつも淋しい。
常に寄っかかれる確かな対象が、自分の手で操れる対象が、欲しい。
だから、勉強などを頑張る、出世欲が強い。
宗教とか「スピリチュアル」的な方面に のめり込んでしまったり、それも これも、不安や疑心暗鬼や被害意識に陥りやすいゆえなんだろうかなと。
ま、エゴ剥き出しの「道連れ」志向なんてものは、世のなかで頻々と発生する虐殺事件だけのことじゃない。
実際は、政治の世界でも、水面下では、年じゅう やってるわね。
やるか やられるかの世界で真っ先に犠牲になるのは、常に、力弱い者から。
「自分の手で操れる対象」、と言うと、
最近、『虎ノ門』病院の30歳代の医者が、よりによって、家宅侵入と窃盗を はたらいていたというニュースが あったが、
東京から石川県まで、わざわざ遠征かよ?と怪訝に思っていたら、
かつて『金沢大学』に所属していたそうなので、いわゆる「土地勘」「勝手知ったる」的な地域だったということだろうか。それに、大都会よりは地方のほうが、ドロボーに入り易かったのかね?
このテの窃盗癖は、金銭に不自由しているわけでなくても起こしてしまう事例が少なくないという現実が あるそうなので、そうすると、殆ど「病み」のレベル、心理的な面でも考察しなければ ならないのかもしれない。
私の推察では、潜在心理的に、「支配欲」を満たしたいという強い欲求が、下地としてあるのじゃないかと思っている。
「支配欲」を満たしたいがために起こす犯罪は、いろいろと あるものだ。
傍目には分からないような意外な劣等意識や自信のなさが あるのかもしれないし、これは、そういう面を払拭せんとして、勉強を頑張り、
なまじ、高レベルの学校に進学したり、難しい職業に就くことで、いよいよ昂じてしまうかもしれない。
したがって、上手く盗みおおせたということに安堵と快感を覚えてしまうのかもしれない。
それ以上に、やはり「自己愛性」「自己中心性」「幼児性」が拭い難く あるのだろうか。
貧乏人から盗んだのでは、実際、被害者側にとっては死活問題だが、
金持ちからばかり盗んでいたら、辛うじて警察沙汰には ならずに済んでいた、ということも あるのかもしれないが、それが かえって災いし、何度も繰り返すうちには、ついに逮捕される。
上手く やれたぞ!という快感との背中合わせで、いつ発覚するかというスリル以上の懸念に四六時中、苛まれる。はずなのだけれど。
【続く】
2021.12.31 (Fri)
ここんとこ、更新ごぶさただったので、今回アップしたエントリー内容は、少し前の話題になったりしてます。
さて、
ちょっと気になっていた『維新』の参院議員である片山氏、「意識混濁」の状態に陥ってしまってるそうだが、86歳とかいう年齢と、息子さんも議員であるということを知って、これじゃ、同情は できないなと思った。
だいたい、無責任だとすら思える。
ヘンな例えかたかもだけど、高齢になって、犬とか猫とかペットを、自分の癒し、慰めのために飼いたいなあと思っても、最後まで責任を持って、せわを してやれない恐れが あったら、敢えてガマンするもんだろ。
それが、ほんとうの責任感というものだ。
片山氏も、ご自身の高齢を考えるべきだったろう。
政治家として、やり残したことや、支持者の付託に応えきれていないとかいうことが あるのなら、すでに議員を やってる息子さんも いるんだし。
だいたい、『維新の会』は、改憲勢力の先鋒を自負しているのだから、倒れた片山氏までも利用してるのかなと思うぞww
まあ、当の片山氏も、利用してくれてイイと思ってるかもしれないがw
ま、『ジミンだっぴ党』なんぞは老害の巣窟の筆頭だから、こんなものが相変わらずの政権与党というのも、日本の進退を窮まらせている大きな要因の一つでは あるだろう。
もっとも、『ジミンだっぴ党』に限っては、若くても、愚物が多いけどな(嗤)
うちの亡き親父も、心臓とか腸に、生まれつきの弱点は ありながら、しょっちゅう深酒できるほどの体力が あり、そうとう頑健なタイプで、
これは殺しても死なんのじゃないかとまで思わせられたもんだがw
さすがに80代に入ったあたりから、めっきり弱っていった。
それでも、90歳代に差し掛かっても なお、カネの計算力だけは衰えなかったもんだがw飽くなき執着だねww
ふつう、80歳代後半にもなって、意識混濁で、それが「一時的に倒れた」だけ、なんて、誰が思うかよ。
ほぼ再起不能と見做すのが妥当でしょ。
まあ健康で、まだまだ しっかりしているようでも、これだけ高齢になると、やっぱり、若い頃のようには いかないもんだよ。
もっとも、そうは言ってても、私自身、年齢が全てなんてサラサラ思ってない。
高齢でも、しっかりした思考力を保ち続けておれる人も いるし、
若くても、どうしようもないバカが多々いるのも現実だ。
ことわっとくけどな、
コラ!老害の見本、麻生ジイサンのように、「立憲共産党」と、私が冗談で言ったことをパクり、悪意の罵倒の意味に変換して、しつこく繰り返すバカうよども。
われわれ庶民国民にとって、むしろ「立憲共産党」くらいの政党で、まあまあ、ちょうどイイ!んだよw
「朱に交われば赤くなる」とか言うけれど、
黒く塗ったら真っ黒よろしく、『ジミンだっぴ党』のコバンザメを やり続けた『公明党』は、もはや、すでに黒々の『昏迷党』に改名すべき ありさまだ。
それこそ「ダッピ昏迷党」なんざ、まじで いらんわい!!!(激怒)![]()
さて、いわゆる「通り魔」的であったり、「死なば諸共」的テロ的、あるいは逆恨みによる巻添え犯罪が頻々と起きている世のなか。
大阪の『北新地(曾根崎)』では、心療内科系のクリニックで、とんでもない事件が起き、院長も含め、多数の犠牲者が発生した。
この事件の犯人であるオッサン、例の『京アニ』事件と呼ばれている殺戮事件の犯人の やりくちを真似したらしいという。
自分の倅くらい年下のバカモノを真似こいたという、
いやがうえにもナサケナイ話だが、
やらかしたことは、まさに「狂人」の沙汰としか言いようがないけれど、
ただ、そもそも、単にアタマが悪いというのでは なく、長年の職人的技術を身につけており、仕事は できるタイプだったというだけあってか、唖然とするほどの、その細かさ、執拗な、エネルギッシュな用意周到さ。
向かう方向性によって、けっこう出世するのか、稀に見る凶悪犯罪者か、二つに一つの典型。
警察の検証が進むにつれ、どんだけイヤラシイ性質しとるんかと思えることが次々に出てきてる。
視野狭窄で愚かな おのれの身勝手な恨みと怒りのために、
身勝手な凶悪犯罪を起こして、世間の見知らぬ人々を巻き込んでまでも苦しめようと謀った、
その最後の最後に、おのれ自身と同じく、会ったこともない人々の憤りをも招き、怒りと恨みの業火に包まれて死んだ。
くだんのクリニックの非常扉や消火栓やらを目張りしたり塗ったりして、開けにくくしてあったことも分かったらしいけど、そんなことしてる最中を、誰にも見咎められなかったんだろうか。
非常扉の目張りは、そのクリニックの人が剥がしておいたそうだけれど、それ自体、すぐに警察に通報してたのかな。
こうした事件を防ぐ社会的手立ての一つとして、今後、いいかげんな造りの建物を認めては ならないね。
あるいは、業種によっては、1階でしか開業できないことにするとか。
歯科医院なんかも、ことに治療最中の患者は逃げにくいだろうし、治療に不満を抱えて逆恨みとか起きやすそうだし、考えてみれば、メチャ危ないかも。。。
それにしても、ニュース記事だけでは、まだ分からないことも ある。
防犯カメラに残っていたらしい映像によれば、たとえば、犯人は、自分で着火したガソリンの火柱のなかに入ってたとかいうんだけど、それで よくも助かったもんだわなあ。イッキに火だるまにも ならんかったの??
しかも、
他の来院者で、慌てて逃げようとする人たちを つかまえては邪魔しようとしていたとか。
そのうえで、最初期のニュースでは、なんか、おっさん自身は自力でエレベーター乗って逃げてたということだったがな。どういうことかね?
まあ、それも これも一時的なことで、結局、きのう30日に亡くなった、というニュースが あった。
私はね、こういう、「他罰」の権化は、イコールでウヌボレの権化であり、「自己愛」の権化なだけで、
「狂人」というよりも、そもそもが『自己愛性人格障害』だと思う。
だから、どんな治療法や薬を用いても、治癒や軽快は、まずもって困難だろう。そもそも、病気じゃなく、持ち前の性質、性格の問題が大きいのだから。
この種の者は、もともと自分が悪いのに、しゃあしゃあと他者のせいにして恥じないからね。
それだけじゃなく、とことん、自分が可哀そうで可哀そうで、 たまらないんだ。だから、
ちょっとのことでも、ひどく悪くとらえて、被害意識に膨れあがる。
いったい、そんなことになったのは、どこに原因が あったのだろうかと、努めて客観的に突き詰めて分析するだけの知性と能力が あれば、最悪の事態にまでは突き進まずに済むはずだが、
こうした手合いの場合、最終的には、必ず、自分は一切、全く悪くない、あくまでも他者に原因の全てが ある、という結論以外は認めないんだ。
なので、他者が、どんなに気を遣って配慮しようが、助けてあげようが、それすらも、本人の劣等意識を刺激する材料にさえも なり得る。
もともと不安感が つよい本人としては、ヘンな完璧主義的な面が強固に あり、しかし、至らぬ自分を棚上げにして、他者の言動や対処については、いろいろ不足を感じやすいもんだから、そのせいで、かえって逆恨みを招きかねない。
この連中はね、一言で言うと、とにかく暑苦しい。
当の本人自身は、真面目すぎるほど真面目なつもり、ただ ちょっと情熱的な、親切な性格、くらいに思ってウヌボレてるみたいだけどw
たしかに、みょうにマメだし、世話を焼くのに熱心だったりもするけど
(基本、エネルギッシュだからw)、
異常に深入りして、それを、本人は、「めんどうみてやったのに!」と喚いて、恩に着せるネタにするからね。
それだから、
「『自己愛性人格障害者』だけは、とにかく関わるな」
「もし遭遇しても、スタコラ逃げ出せ」
とまで言われちゃう。
【続く】
2021.12.08 (Wed)
『「クリスマス ツリー」の輝きも「ティアラ」の輝きも、ただ虚しい。』
の続き。
『ヤフージャパン』の「アクセス ランキング」か何かのトップ一覧に並んでいるのが皮肉なことよと心底から思ったのが、
この、国家の不徳と行政の無力、周囲の無関心と冷淡による「子殺し」事件と並んで、
現『天皇』家の一人っ子にして一人娘が「大切に、愛情深く育てていただいた」おかげで、「成人」の日を迎えたということで、
それが同じランキング入りして並んでいたこと。
やれ、「愛子さんの反乱」などと、単に、愛子さんと同じく(前)『天皇』家の一人娘であった清子さんが所有しているものを借りただけのことなのに、「ティアラを新調する余裕もないのか」って噴飯ものの誤解を並べ立てているのが、どこぞの外国のメディアだというので、ついに ここまでネタにされるのかと呆れると共に、
「おたくらは日本人ちゃうんやから、ほかっといておくれやす!w」
と反発したくもなるというものだが、
もちろん、国内は国内で、ああだ こうだと相変わらずカシマシイ。
しまいには、どこぞのテレビ局で、およそ似つかわしくない、朝の番組の司会を やっているらしい、とある俳優あがり(さがり?w)が、
「ぼくらは、皇室の かたがたに、義務を押しつけ」
云々と唱え始めたという見出しを目にして、
(いつものように、見出ししか見てないので、その俳優だかタレントだかの主張が結局どういう結論だったのかまでは知りませんw)
「ちょっと顔がイイだけのナヨッとした優男で、おつむは弱そうだな」という印象を持っていたのは、どうやら間違いでもなかったようだと冷笑しつつw
「だ、か、ら、『押しつけてる僕ら』のなかに、私は入ってないよ、っての!!」
「『籠の鳥』だ悲しいだのいう状態になったのは、そもそも、あの人たちの御先祖と、その利害関係者のせいでしょうが」
「恨むんなら、シモジモ平民庶民じゃなく、自己顕示欲の権化だった自分の先祖を恨んだらエエがな!!」
と、
心中で叫んだ しだいw
これも「ヤフゴミん」の一人が言うには、
「女系『天皇』で何が悪いの?」と、ひらきなおって。
あ、の、ね。
おたくは、バリバリの「血筋・出自差別主義者」ですか?っての。
「『天皇』家や『皇室』『皇族』から、その類稀なるとしている伝統とやらを取っ払った あとに何が残るのか、これに答えてみなさいよ」っての。
しょせん、答えられないんでしょ?
論理性皆無の思考停止の差別主義者だからね、オマエさんらは(嗤)
「男女差別」以前の問題なんだと、何度言ったら分かるんだかw
「世界の潮流は」と、エラソーに言うのなら、それは、『皇室』の『王室』化じゃなくて、『共和制』移行だろ!w
先日、『バルバドス』が、英連邦から抜けて、『王室』制を廃し、『共和制』国家としてスタートしたというニュースが あったが、
どういうわけか、『ヤフージャパン』って、このテの話題は、あまり載せないし、そそくさと引っ込めるみたいなのね(嗤)
ほんと、厭だわキライだわぁ、
『ヤフージャパン』と『ヤフゴミ捨て場』、その運営、経営陣。
最近は、掲載した各メディアの記事に対する「学びが ある」だとか「新しい視点」だとかいう評価ボタンを3種ほども拵えて、これに「リアクション」したら、各社への支援になるとか表示し始めたよねw
いよいよ、マスコミ・メディア全体を、くまなくカネメで強力に抱き込む作戦開始かい(嗤)
んで、『朝日』あたりが、さっそくの協賛と言うより翼賛体制を明言と きたww
『皇室』関係の話題や、それに群がる俗物・軽薄短小どもを眺めていたら、つくづく、日本人であることの恥ずかしさと嫌悪を感じてしまう。
こんなにまでバカっぽい、筋の通らない連中ばかりの国だっけか?と。
ほんとうに、『皇室』という存在は何故に、こうまでもオゲレツで俗物根性まる出しな日本の国民性を鮮烈に呼び覚ましてしまうのだろうか。
むかし、何かの記事に載ってたエピソードなんだけど、
ほら、(旧)朝鮮の『李家』皇太子だか王太子だかと結婚した『梨本宮』家の長女として『女王』の「身位」であった方子さんが、あちらに嫁ぐこととなった日を前に、当時の『皇后』(『大正天皇』妃、『昭和天皇』母)に挨拶するため面会したら、『皇后』は、励ましの「おコトバ」を垂れつつも、その表情には、あきらかに軽侮の冷笑が浮かんでいたと、方子さん御自身の屈辱感にじむ述懐を読んだ記憶が あるよ。
ちなみに、
幼い頃から「気品ある」と定評のwわらわにも、ティアラにロング ドレス姿で撮影した、若き日の(いや、けっこうトシくってたけどw)御真影が あるのだがww
当時の職場の同僚たちなどに、「伯爵夫人みたいやん!」などと言われましたもんですよゲラゲラwww
…こら!そこ!なにが おかしい!?!![]()
ま、
ひとまずの肩の荷を下ろした心地でホッとしておられるのは、
なんと言っても雅子さまだろうと お察しするのだが、
じつは、私が かねて思っていたには、現『皇室』の女性たちのなかで、ティアラが自然と お似合いなのは、ダントツで雅子さまだと思うの。
もとは一般人であり、『皇族』の血筋では ないのにね。
「黙れ平民!」
と のたまったナントカの『宮』家の長女さんなどは、だんぜんナンバー1の似合わん殿下ですやん(大嗤)
要するに、血筋は関係ないみたいだなと、つくづく感じさせられるわけよ。
それと、「奇矯」な感じは、ああいう立場の人には良くないね。芸能人じゃないんだから。
やはり、「大き のり まします」でないとね(笑)
…閑話休題。
以前に、
いわゆる欧米の「先進国」あたりから批判されるような、日本のなかの「男尊女卑」について、当の日本女性こそが、あまり真剣には、それらを解消し、向上していこうとする情熱が乏しいように見えるのは、
実のところ、個々の家庭内に おいて、「財布を握っている」のが、つまり、実権を振るっているのが、夫よりも妻のほうであること大多数ゆえか、という旨を述べたことが あったと思う。
『皇室』に おいても、男性の後継者を最重要と位置付けている「伝統」の おかげで、『皇族』に生まれた女性は、『皇女』と言えども、男性の『皇族』に比べると格段に離脱しやすく、むしろ、女性『皇族』の自由を確保できていたものを、なまじ「男女平等」と四角四面なことを言い始めて、せっかく辛うじて確保されていた「女性『皇族』の自由」を失うことになるぞ、と いう指摘は、私も、ああ~、なるほどね、とは思った。
それが たしかなら、
眞子さんの場合も、結婚前に離脱しておくことも可能だったはずなのに、なぜ、そうしなかったのか?
時間は じゅうぶんに あったのだから、さっさと離脱しておいて、一般人となってのち、「小室家の人」になったのなら、あれほどまで叩かれることもなかったろうに、という意見も理解できるのだが、
結局は、固く拘っていた「20歳代のうちに」という条件も意外や翻して、お誕生日の一日を過ごしたあとで(つまり『皇族』としての お手当の支給が絡む)、どこまでも結婚による『皇族』離脱となった。
メディア・マスコミに対する苦言は、私も縷々述べてきたが、
『秋篠宮』さん御自身も、せっかくの記者会見で、「許し難い」誹謗中傷といったことは言及されたらしいけれど、国民一般が最も不審に思っている肝心のことについてはスルーされて終わったそうだから、
いくら記者会見を厭わずに応答されても、それも しょせんは予定調和的なものだね。
今回の騒ぎで得られた根本的ダメージ、ダーティなイメージは、払拭が難しいくらいのもので、けっして浅くは ないと思える。
ただし。
「ウヨ」どもに言わせれば、
あるいは、もともと、『皇族』自身で、そのように主張してきたに過ぎないのかもしれないところの、
「数千年もの維持してきた男系という伝統。これなくば、『神武天皇』まで遡れない」
それをバッサリと断ち切り、無視して、
「現代人たるもの、男性でも女性でも良しとすべきだ」
というのは、そりゃあ、そのはずなのだ。
が、
何度でも指摘しておく。
「『皇室』ならではの連綿たる伝統」それを やめてしまったら、
残るは、単なる血筋差別に過ぎないだろが。
それを承知で、なおも、無理に続かせようとするのは、いったい、誰たちなんだか。
少なくとも、私は加わってない。
なので、
自分や自分側の主張を「僕らは」という括り、「国民は」と勝手に代表して述べるのは やめなさい。
不愉快だったら ありゃしないよ。
まさか、「世襲」の政治屋稼業を大いに批判している者らが混じっているとも思えないが、
いったい、血筋や家柄差別の何が、そんなにも良いのかを、説明できるのか?おまいら。
未開民族の「酋長」崇拝じゃないんだからw
きちんと論理的に説明できるんなら、聞いてやるよ?ww
ま、できないんだわね(嗤)
論理能力ゼロの未開種族だから(嗤(嗤)
「ティアラを つくってあげていただきたかった」と言いつのる半面で、
先進各国の半分にも満たない額の給付金を、国民一律に配布することを糾弾。
あくまでも、つごうの良い権威や権力者側と悪人が大好きで、
弱者を憎んでやまない。
「最上級の生活保護」には疑問も持たないが、
「最底辺」のための福祉は叩きまくる。
あたかも、膨大な数の殺人を犯した者は英雄視するが、
数人程度の殺人犯は、単なる重罪に処すように。
それが、日本という国。
2021.12.07 (Tue)
それらは、少なくとも今、さしたる辛苦には晒されずにいて、これから先も そうだろうと単純に信じていられる軽薄短小のための消費的娯楽の一つでしかない。
先が暗い、救われない苦しみのなかで、じっと俯いて縮こまっている人にとって、
『キリスト教』が、『皇室』が、いったい何の意味あるものか。
彼我の断絶は甚だ深い。
国内外とも深刻な問題を抱えたままの国でも、巨大なクリスマス ツリーに点灯され、集まった群衆が歓声を あげた、などというニュースを眺めていて思った しだい。
かく言う私も、自宅すぐ近くのカトリック教会のクリスマス ツリーがイルミネーションで輝くのを楽しみにしては いる、本来単純なノンキ者なのだけれど。
医者の誤診で、手遅れとなった結果、2歳頃に「ウイルス性脳炎」による重度の知的障碍者となった17歳の息子を、「心中」するつもりで殺めたものの、母親自身は、あれや これやと、死ぬ方法を試したにも かかわらず、とうとう死にきれなかったという、そんな母親の裁判の記事を読んだ。
一読して、
ここでも、ああやっぱりな、自分以外を殺すのはカンタンに殺せても、
自分自身を殺すのは、自分の子を殺すよりも、もっともっと困難で、死にきれないものなんだな、
それくらい、人間は、自分が最も可愛いものなんだ、誰よりも。
と、
まして、自国と言えども、身内と言えども、親身になど なるものか、
いざとなれば、わが子を殺すよりも、自分自身の命を絶つほうが恐ろしく困難なのだ、
しょせんは他者が、冷淡でも冷酷でも当然なのだろうと、
あらためて思ったことだ。
さて、
この母親自身、長年に わたる苦労と疲弊のために、心身の治療を要しているらしいのだが、くだんの一人息子を出産した年齢が、当時、すでに30歳代も後半だったようで、息子の後天的障碍が切っ掛けになったのか どうかは、記事ではハッキリしなかったが、そもそもから、結婚相手との出会いや夫婦仲も、スムーズなものとは言えなかったように受け取れた。
日常生活の あらゆる面で、他者の配慮と助力に大きく頼らなければならない重度障碍を背負っている場合、とりわけ、知的障碍の場合は当然のこと、障碍児・者自身の自力で生きのびることは不可能なはずだから、
これは もう、当の障碍児本人以上に、その親のほうこそが直視し、現実を認識して、適切な対処を早急に迫られる。
まずは、対応可能な施設に入所できるよう動くことなどは、障碍児本人で なく、親なのだが、
くだんの事件の親子のように、ただでさえ周囲のフォローが乏しいうえ、障碍児の粗暴性如何によっては、どこからも入所を断られたまま、という事態も現実として あるわけだ。
私自身、重度の知的障碍児の母子グループと接触した経験が あるのだが、
重度知的障碍と言っても、やはり、皆が皆、同じパターンや傾向を示すわけでは ないのである。
これについても過去エントリーで述べたことが あるが、
ことばを発することすら一切不可能で、自分の感情や意思を示すには、まるで、あかんぼうや動物の鳴き声のような発声を もって表現するしかないような重度障碍児でも、
「この子は、ほんとうは、もの事や人の本質のところを見抜いているのでは ないか?」
と思えるほど、独特の鋭敏さを示す子も いた。
自分自身はコトバを話せなくても、他者の発言や態度の意味するところ、醸し出すものは、むしろ、「健常児」以上の鋭さと繊細さで理解する能力を備えているように感じさせられるほどなのだが、
また別の障碍児は、
本人は、自分が、衝動的に、または継続的に興味を惹かれた対象の事物を、まさに憑かれたように見詰めて飽きず、長時間を、ちょっとも動かない。
その場所に おいての公的ルールや禁止事項となっていることを、ハナから一切無視、自分の衝動的欲求を通しきることだけに徹して やまない子も いる。
こういう子の場合、しては いけないことなのだと、根気づよく説明しようとも、まさに「馬耳東風」。
このパターンを示す障碍児だと、たしかに、全く手の施しようもないほど、言うことを聞かない。
口答えするでもなく、反感を態度に出すでもない。
視線は、さっきから興味を感じているもののほうへ釘付けになっており、その眼だけが異様に輝きを見せて、ひたすら自分の関心対象だけを黙って見詰めたままだ。
横に立って、いっしょうけんめい話しかけている者など存在していないと言わんばかりに、完全に、徹底的に無視しきっている。
専門筋の指導者なら、こういう障碍児であっても、何らかのコツのようなものを会得しているのだろうかと思ったりするのだが、なんと言っても、親は大変だよなと思う。
くだんの「心中未遂」事件を起こした母親の実母も、老人性認知症ということで、これと二重の介護負担になっていたらしいが、
なまじ、同じ集合住宅の上と下で生活していたのも、皮肉な結果を招いたのでは ないだろうか。
私自身、
それでなくても、ほかの兄弟姉妹全員が片親違いゆえ、特に母親から すれば、いちばん遠慮会釈なくコキ使い易い存在の娘だったうえ、近場に住んでいようものなら、ほんの30分ほどの買物中にも、電話がジャンジャンかかってきて、すぐさま出て、用向きを伺ってやらないと、受話器を取るなり激しい怒声が飛んで来た。
あの頃は、ほんとうに、死んでしまいたくなったものだ。
「親が原因で障碍を負った私の、親らの召使みたいな人生って、なに?」と。
もちろん、ほかの兄弟姉妹は、それこそ、存在していないに等しいほど、なんの役に立つどころか、相談できる相手ですら なかったし、ヘタすると、彼ら自身の問題を持ち込んでくる恐れも高かったので、私から近づくのも躊躇われるほどリスクのある対象だった。
そして、皆それぞれに、親に対する複雑な恨みを抱えていた。
なぜか、私は、ここでも、彼らのネタミの対象だった。
少なくとも、父母ともに私の実親であったからなのだろうが、そのために、他の兄弟姉妹からは、私一人が背負って当然、という正当化の理由にもなっていた。
くだんの事件の母親の実母とて、もちろん、心身しっかりしているうちは、孫のことを心配し、手助けも してもらったのだろうけれど、
それだけでなく、もし、金銭面でも多少の援助を受けていたのであれば、どうしても「負い目」は抱え込みがちになるだろう。
これは、私自身の経験でも、そうだった。
この母親には、実の兄も いるそうなのだが、主として経済的な面での「負い目」を背負い込んでいると、どうしても、親族一同からさえも、全てを押しつけられがちになるし、自他ともに、「そんなの仕方ないだろう」で かたづけてしまいがちになるものだ。
だから、若くて余力が あるうちに、さっさと見限ってでも逃げ出しておくに越したことはないわけだが、障碍を持っている身となると、現実は厳しい。
概ね、障碍者には世間も冷たいものだが、
親のほうも つけこむし、最後は帰ってくるのを待ち構えている。
ここで、一つ重要なことは、
「障碍者」と一口に言っても、重度であるのか、
そこまでは行かない、中途半端な程度だと、障碍児の親も、子に対する態度が大きく分かれることになるようだ。
もちろん、保護者としての責任を自覚している親が普通のはずであろうけれども、
そうでない親も少なくないかもしれない。実際、うちの親は そうだった。
なまじ中途半端だから、「健常者」と ほぼ変わらない「自己責任」を要求される。
私は、職場でも、陰に陽に障碍を大いに利用されることが少なくなかったが、
最も利用し続けたのは、ほかならぬ実の親だった。
息子殺しの事件の話に戻ると、
しんどさを こらえて、母親が動いた おかげで、ここならと思える施設が、せっかく見つかったのに、ただ「送迎サービス」の有無で左右されてしまうのであれば、その部分を、なんとかできないものなのか?
個々のケースによって、融通を利かせる余地も くふうも皆無なのか?と思うのだが、
他人は勿論、行政も役立たず、結局みなが「他人事」だった結果、起きてしまった「障碍児殺し」。
まずは、
ここの融通が利けば、あとは、なんとかなると思えるケースを見逃さないことだと思う。
たとえば、こういった面での調整を図る「コーディネイター」的役割の人や組織は無理な話なのだろうか。
例の『相模原』に おける重度障碍者施設での虐殺事件の下手人をば「英雄視」して信奉する「ヤフゴミん」が圧倒的に多い「ヤフゴミ捨て場」なのだから、またぞろソレッと飛びついて、
「病人、障碍者は殺せ殺せ」
「貧乏人や『生活保護』や『障害年金』受給者は死ね死ね死ね」
の大合唱が沸き起こっているのだろうなと思っていたら、
毎度の「重度障碍児・者を生かしておいても しょうが なかろう、やっぱり『安楽死』制度が必要だ」と、飽き飽きするほど見かけてきた定番の主張を大っぴらにしている「ヤフゴミん」は、今回、意外に、あまり いなかったようで、思わず拍子抜けだったw
その代わり、
そういった主張を、あからさまにでは なく、「奥歯に物が」挟まった ていの、遠回しな言いかたで済ませている手合いが少なくなかったみたいww結局、言いたいことの本音、本質は変わらないのだな(嗤)
以前にも指摘したのだが、
障碍を持っていたら、「死刑」宣告されにゃいけないわけか。
本人が、これ以上は苦しみたくない、生きていても仕方がない、『安楽死』で結構だと、自分で意思を示せるのなら まだしも、
くだんの『心中未遂』事件に おける息子は重度知的障碍なのだから、『安楽死』だろうが何だろうが、本人自身の意思を確かめることも できない。
まさに、問答無用の死刑。
罪状は、「重度障碍につき」ってわけだ。
【続く】
2021.12.02 (Thu)
『【続】伝統、技術、工芸そして和服――モノの価値とは。』の続き。
そもそも、古代の「女性『天皇』」だって、次代の男子への中継ぎ的存在でしかなかったというし。
愛子さんまでは、単に「女性天皇」で済むかもしれないが、
そのあとの代からは、そうは いかなくなる。
なんだかんだと、いったん始めてしまえば、
ま いっか、このままで、となるのが、俗世と人の習いである。
「万世一系」こそを誇ってきた『天皇』家を支える、たぐい稀なる伝説wファンタジーwwは、そこでプツンと切れる。
つまり、「やんごとある」wわれわれ庶民と、なにも変わらなくなるわけねwww
以前も言ったように、
「やんごとある」でも良い、ということなら、それは、われわれ庶民と同じ地平に立っているわけだから、特別優遇するには全く当たらないし、それでも なお特別扱いと(多少の犠牲は伴うにせよ、破格の)優遇を続けるのであれば、
残るは、より純然たる血筋や家柄差別でしか なくなるのよ。
考えてごらんなさい、
もしも、伝染病なり大災害なりで、「トリアージ」を迫られたときに、『皇族』と一般人となら、断然、『皇族』が優先されるだろう。その『皇族』が、どれだけ、治療の効果が なさそうな状態だったとしても。
自分自身が人事不省状態に陥っていたなら、抗議する自力もないだろうけど、
もし、自分の家族とか大切な人が、同じく救命が困難であることに大差は ないどころか、こっち側の可能性の高さは無視して、問答無用で『皇族』のために、命を遠慮しなければならないとなったら、私は「怒髪天」になるわよw
「男系・女系」の別なく、とにかく連綿と続いてきたのだ、そこに価値あり、ということとするのなら、われわれシモジモだって、「やんごとなき」人々ということになるはずよ?(笑)
『天皇制』『皇室』、
やっぱり、この制度は、こんにちでは無理と矛盾の体現でしかない。
「なかの人」たちも国民も共に、ダブル バインド、矛盾の坩堝に投げ入れて、混乱させ、思考力、論理力を奪い、無気力、無関心、低劣な精神へと押し遣っている、それが現実だ。
悦んでいるのは、「『皇室』ポルノ」に浸っているヘンタイ連中だけ(嗤)
…
私事の余談だが、
数年前に、『龍村』の刺繍帯を、近場の呉服屋へ持っていって、どれほどの値段が付くものか、見てもらったところ、
店の人は、あきらかに目を瞠りつつも、なんとまあ
「1万円で」と来た。![]()
しかも、他に、この帯と合う和服もセットで売ってもらえたら、、、と、
いかにも、舌なめずりするような眼つきで言う。
『龍村』ですよ?正真正銘の『龍村平蔵』。
初代さんのか二代目さんのかまでは、私には分からないけど、制作者名と共に『龍村』製であることを示す特有のラインと、一点物だからなのか、この帯の「銘」と言うのだろうか、重々しい固有名が付けられている。
売らずに持って帰ることにした『龍村』を、店の人は、いつまでも未練たらしく、何度も確かめるように めくってみたり引っ繰り返したりして、思案し続けていた。
おそらく、『龍村平蔵』の本物を目の当たりにした経験が なく、目利きの自信が乏しいのだろうか。
私は、内心の呆れを隠しつつ、その店の人と少し話を していて、
「宝石も そうだし、和服も、買ったときは数十万も払ったのに、売るとなったら、ねえ。ものの値段って、何だろうと思いますよね」
と言ったら、店の人も、思わず しみじみと頷いたものだ。
そりゃあ、子どもの頃から、わざわざ京都の老舗の呉服屋さんが、うちへ訪問して来て、いろんな反物を次々広げてくれるのをウットリ眺めつつ、ここで また母親のウンチクを聞かされた私の眼でも、「お、これは?」と思える生地に、5百円といった値札が ぶら下がってるんだものな。
この ずっと以前にも、かなり大ぶりのダイヤモンドや高価な宝石付きの指輪、海外の有名老舗ブランドの腕時計などを、なかば好奇心で、近所のショッピング モールへ来ていた買取業者に見てもらったら、
やはり、信じられないほどの安値を告げてきて、そこでも、あ、そうですかとアッサリ退散することにした その とたんに未練タラタラで、
待ってください、ご相談によっては、、、などと引き止めてきたのを断り、さっさと帰ってきたことが ある。
てなわけで、
買うときは「清水の舞台」だったかもしれないが、売るとなったら、あっけないものなのである。
『龍村』は、いまも、うちの箪笥で眠っているが、
この帯には、ちょっとした来歴がある。というのは、私の叔母は、若い頃、誘われて、ある写真家の専属モデルを やっていたのだが、
名前を聞けば、高齢の人なら、すぐに、「ああ、あの」と思い当たる、かつて、首相も務めた高名な政治家の、その夫人が出していた冊子の表紙モデルとして登場し、撮影されたときに着用したのが、くだんの帯だったそうな。
その帯を気に入り、買い取った叔母は、
朱赤色の地に、古典的にして大胆な趣向でデザインされた金糸銀糸の色も鮮やかな牡丹の、盛り上がらんばかり立体的に刺繍された帯が、
叔母にはハデになってしまった頃、毎度のパターンで、私への「お下がり」として寄こした以後、たまに私が和服を着るとなると、その帯の出番となっていた。
黒地の『京友禅』に朱赤の帯は、よく映えてくれた。
けれども、哀しいことに、私自身にも、もはやハデになってしまって久しく、それで、いったい、いくらで売れるのだろうかと、「買取します」看板を出している呉服屋に持ち込んでみたというわけ。
ちなみに、
『世界無形文化遺産』に輝く『文楽』の本拠地、わが大阪には、このように立派な伝統芸能も あるのだが、
こういった活動に対する補助金を、当時、『大阪維新』の橋下氏が、知事時代に続いて市長時代にも、「稼げない」「既得権益」とて激しく糾弾し、カットするぞと脅しを かけるような攻撃的主張を繰り広げ、それが また、橋下氏には毎度のパターンと言って過言でないほどにwあちこち誤謬と認識・知識不足だらけ、しかも、ひらきなおってホッカムリというwwこれを是正すべく各界から向けられた指摘と批判が巻き起こったのを憶えては いるのだが、その後、このことも、どうにか解決したのだろうか。
あの当時、橋下氏に対して、大阪らしくユーモラスに切り返していたらしい、すでに高齢の『住大夫』丈は、いっぺんで、健康を損なったそうだが。
いまは「コロナ禍」に伴った深刻な問題の あれこれが、
さすがに頭の なかには、まだドッカリ残っているはずなのだが、
先頃の「衆院選挙」結果を見るに、
どう考えても、大阪人は完全「鳥アタマ」かつ「どМ」化してしまったのかと思えてならないのだけれども。
~
「文化には、"もうかる文化"と"もうからない文化"がある。文楽は1体の人形を3人で操る。太夫も三味線もさらには裏方も、何人も必要な集団芸術。オーケストラやオペラなどと同じで、人件費や制作経費などをすべて入場料にかぶせれば、普通の庶民の所得では行くことはできなくなる」~
https://www.jcp.or.jp/akahata/web_daily/html/5bu-ishin/06-ishin1.html