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Updated   
2022.01.24 (Mon)

近頃の疑問点の続き。

 

次に、

最近の下世話きわまる事件では、

『池袋』あたりの、いわゆる「ラブホ」の一室で、全裸の高齢男性が刺殺されており、異例の速さでもって、下手人の20歳代前半という女、ならびに、「用心棒」代わりか「元締め」なのだか、「元カレ」と兄弟らの計3人が捕まったそうな。

 

最初のニュース内容とは異なっている部分が出てきたりで、メディア側も、正確な情報を仕入れきれてないようすだが、

さっき、防犯カメラに映っていたらしい犯人の女の姿を見て、いまどきの20歳代にしては、意外なほど おとなしそうな、地味な容姿に、これまたビックリだ。

まあ、お年寄りにとっては、このくらい地味で おとなしそうなほうが、安心感と好感を持つのかもだが。

 

おおかた、客の御老体が、一戦交える前にと、バスルームを使っているあいだにでも、女側がサイフを物色していて、それを見咎められたので、といった経緯なのかなと思うけど、このパターンであるのなら、それほど珍奇な構図でも ないだろう。

それ以上に呆れられていると言うか、もしくは「ヤフゴミ捨て場に おいては」だが、ほとんど感心されているらしいのが、82歳という被害者側の年齢だ。

 

いまどきは、この事件の下手人みたいに猛々しいのが女にも増えたようだし、

高齢者も同様で、一見して10歳ていど若く見えるようになった時代だから、80歳代でも、せいぜい70歳代には見えるだろうし、それに見合った体力の人も多いのだろうと思うけれども、

世間知らずのアホが勢揃いしている「ヤフゴミん」のなかには、「元気な爺さんだ!」と褒め称える向きも少なくないので、相変わらず、カン違いの思い込みバカがが多いことよと、こっちにもホトホト呆れた。

 

おまけに、

下手人の女を指して、「手練れ」だの「感心した」などと、
無神経にも、褒めコトバを並べてる者も いたわよ。

恐らく、自分の言ってることが、どんだけ顰蹙もののバカさかげんなのか、わからんのだろうけど。

もちろん、通報しますた。

 

 

まず、これまで何度も言ってきたし、ここでも言っとくが、

男性と女性とでは、およそ性的、特にセックスそのものに対する感覚が、根本的に異なる。あくまで一般的にはだけどね。

 

性欲の激しさからして違うのは、性的犯罪率の多寡にハッキリ出とるわな、大昔から、現代に至っても。

なので、男の側は、カネとは無関係に、性欲のみで犯罪を起こすこと頻々の現実だが、

対して、
女性は、単純な性欲ゆえのみからの犯罪は少ないし、
性的なことが絡んでいるにしても、多くは、有形無形の心理的なものが潜んでいたり、経済的な要因が絡む。

単に金銭絡みの欲だけならば、男性と殆ど変わらないのかもしれないが、

それでも、カネ欲しさで直接の殺人に踏み込むよりは、その前に、自分自身が大きなリスクを負ってでも、からだを売るとかのほうへ回ることが多いだろうと思う。

 

 

瀬戸内寂聴氏あたりが生前に言ってたという、「女性は何歳になっても、女として」云々という発言も、一般的な女性と比べて、非常に精力的な、エネルギッシュな生きかたを された瀬戸内氏個人ならではの思いは知らないけれど、

ほとんどの女性は、男性のような、セックスそのものに対する執着では なく、あくまでも「女として、性的欲求をも惹起させる」くらいに、何歳になっても綺麗でいたいという、外見についてのミエみたいな欲に過ぎない。

多くの男性の、単純な性欲と、それを発散できる快楽と、性的主導権を失っていくことへのメンツに近い屈辱感とか寂寞感みたいなモロモロとは違うのよ。

 

 

まあ、私の身近にも、性欲が異様に つよい女も いるには いるけどさ。

そして、脳みそにも偏りが激しい。

そのくせ、数字と言うかカネの計算だけは、ずば抜けてるのよ()

『自己愛性人格障害』の診断名を持つ、親父の先妻との長女だけど。

『自己愛性人格障害』の特徴の一つだとも、男性に多いとも聞いてるが、とにかく、性的なことへの拘りが、なぜか激しいのよね、どういうカラクリになってるのか分からないけど。

 

 

くだんの殺人事件の被害者となった高齢男性も、日本の男性には最も多い感覚だろうが、若い女性を相手になら「勃つ」というよりも、「勃たせてもらえる」という期待しかなかったのだろう。

でもね、

これも一般的には、高齢者を相手に性欲を感じるどころか、

いくら、身も蓋もない商売に過ぎないとしても、客を満足させてあげようというサービス心すら乏しいだろうなw

 

この事件は、発覚したばかりで、まだ詳細が不明だけども、

概ねは、自分の好みでも全然なければ、まして老人相手に、どんだけの大金を くれると言われても、本音では、お断わりしたいのが、特に女性側の本音の感覚だよ。それは、男性は、わきまえておくことだね。

でも、「しょせんカネ目当て」と、相手を軽蔑する資格や筋合いも ないやね。

 

オバハンやババアは厭だ!という多くの男性の感覚は、女性も同じことなのw

少なくとも、ふつうは、ジジイもオッサンも厭よww

 

私個人の経験に過ぎないけどw

「俺は、あっちのテクが凄いんだ、自信あるぞ」

と、おめでたくウヌボレてる男ほど、ヘッタクソww

ヘタだと思われてることを感づいた とたん、見るも哀れなほどに、しょげかえったり、
逆に、プライドが傷ついた!と勝手に恨んだりもね┐(_)┌

 

テクなんかは平凡でもイイの。まだしも若い男のマシなところはね、メリハリが あって、ヘンなシツコさが ないことw

ヘンなシツコさは、あきらめの悪いオジンの特徴よww

 

冷淡な私なんかは、なるべくサッサと済ませてくれというのが本音だからwいつま~でも撫でさすり、ヨダレたらしつつ、あっち こっちとコネクリ回し続けてるオッサンなんかは、はよ切りあげろやぁ!!とイライラしてきて、ベッドからドスンと突き落としたくなるww

そういう男にかぎって、最後の最後に、

「こうやって、触れ合いながら眠ること自体が好きなんだぁ♪」

なんどと、うっとりヌカすもんだから、

だったら、おとなしく眠ってろ!!emojiと、二度ウトマシイwww

 

もっとも、

なかには、そうとも限らない事例も なくは ない。

が、それも、限られた条件によるでしょうよw

 

そのへんのオッサンやジジイが大金を積んだって、腹のなかでは女側は、鼻つまんで、相手になってやってるのだろうww

その点から言うと、

近頃の若い女性たちの感覚は、私らの若い頃と比べてさえも、そうとうに変化してと言うか狂ってきてるのかなぁとも思えるけど。

 

女性の側にも、心理的なコンプレックスゆえという側面は あるだろう。

人間の社会では、ことに日本の社会では、とにかく若いことにダンゼンの価値を置くし、若い女性は「商品」そのものの扱いだ。
そう、商品価値でしかない。

 

だが、殺人にまで及ぶというのは、さすがに滅多とないことにせよ、基本的には、カネを はずんでくれたらネ、という目的でしか なかろう。

 

ま、これが「高級クラブ」などで あろうとも、ずべて含めて、およそ「風俗」の世界というものは、カネ第一、カネの多寡によって、女性に対しても客に対しても、価値の判定が即座に下る。

「カネこそは愛、愛が あるならカネ」
愛⇔カネ、そういう世界だもの。

風俗の世界にも、学歴の世界にも、ものすごいピンキリ格差は あるのだよw

 

なので、同じ女性から見ても、僅かなカネなんぞと引き換えに、見知らぬオッサンなどに、ほいほいと自分を売る女の子も、なさけないことだなとは思うけれど(しかも、経済的に困ってるわけでもなく、親は裕福で、私立の お嬢さん学校の生徒とかさ)

その気にさせて、夢を見させてくれるだろう、「勃たせてくれる」だろうとの勝手な期待が外れたからと、カネ返せ~みたいなオッサンや爺さんも、このうえなく、みっともない。

 

「頑張ってる」という褒め言葉を向けて恥じない「ヤフゴミん」どもよ。

だ・か・ら、オマエさんらは、この下もなく軽蔑されるんだ()

 

いいかげんに「ヤフゴミ捨て場」を出て、世間勉強してこい!(大嗤)

 

学歴以前の問題だわよ┐(_)┌ヤレヤレ

 

 

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Updated   
2022.01.23 (Sun)

エコ!エコ!と叫ばれる御時世だが、

もう何年も前から思っていて、旧ブログでも指摘したことが あるのは、

学校の制服の「衣替え」時期などの問題や、社会人になってからも続く、不合理な服装の問題、特に女性のストッキングやら男性のネクタイ、スーツなど。

それと、

日常の商品での、いわゆる「過包装」などの問題。

これは、私は、めったにない祝い事などで遣り取りする高級な贈答品等であれば、包装の華美さも、ひとつの文化だと思うので、たまにはイイじゃないかくらいに思ってるけれど、そういうのじゃなくて、本当に日常で使用するもの、たとえば、ティッシュペーパーなどの取り出し口に貼ってあるビニールとかフィルム部分とか。

あれって、ごく たまに、貼ってない製品も あったんだけど、その分なのか、いくらか安価だったし、実際に使ううえで、とくに支障も なかったよ。でも、いつの間にか、まったく見かけなくなった。

なので、

私は、こういったビニール・フィルム部分に固執している企業側のリクツが理解できないでいたのだけれど。

旧ブログの頃、このことを指摘したら、どこかで誰かが、このビニールで商売している会社だって あるんだよ!みたいに言ってたようだが、

まあ、いろいろな点で、ないよりは あったほうが、という程度のことだろうし、

「レジ袋」を原則廃止となった いまでは、そんな細かいこと、通用しないはずだとも思うんだけどな。

 

使い終わってからの、フィルム部分の分別も しにくいのよね。

いろんな製品を使ってきて、メーカーの違いなのか、同じメーカーでも、製品によるものなのかは分からないけど、あのフィルムは、すんなり外し易いものも あるのだが、多くは、けっこう、手間かかる。わりと力を入れて外したら、周囲の紙の部分が一緒に剥がれていて、外したフィルムに へばり付いている。

 

似たことで、
スーパーマーケットの食品や総菜類の包装パックには、各種のシールを色とりどりにベタベタ貼ってある、あれも、売る側の事情も あるにせよ、ちょっとは減らせないのか、もしくは、もうちょっとキレイに剥がし易くできないのかなと思う。

最近、ああいう部分まで剥がす必要は ないので、付いてるまま捨てて よいらしいということを聞いたけれど、以前は、爪を痛めかねないほど、神経質なくらいに、剥がす努力を していて、
どうしても剥がしきれなかったときは、

「ふん、よけいな時間とられて、こんなの、おカネ払ってる一般消費者の責任にするほうが間違ってるわな。その分も、価格を上乗せしてるんだろうし」

と、心のなかで捨てゼリフと共に捨てていた。

 

 

あと、これは女性ならではの問題意識だけど。

下着、ブラジャーのことだ。

私が若い頃までは、いまのような分別も せずに済んでいたから、ブラジャーなどの複雑な構造の女性用下着類も、せいぜい、剥き出しにならないように、不要の紙袋に入れるなどして、他のゴミと一緒に処分していた。

近年は、私もトシくってきたのでw「ワイヤー」入りのブラジャーなどは、よっぽどドレス アップする機会でもないと、ふだんは、もっぱら、ワイヤーなしの、オバンくさい、シンプルなブラしか使わないんだけど(苦笑)

ストレッチ レースで縁取りした洒落たパンツも、私は皮膚が弱いせいか、ある程度以上の時間を着用していると、密着接触による つよい痒みを必ず引き起こすので、まず普段使いでは買わない。


それでも、
ビンボボらしくも、さんざん使い古して、どうにもクタビレてきたら、やっと諦めて、金具を用いている部分などは、切れ味の鋭い鋏を駆使し、可能なかぎり解体、分別してから捨てている。これが、ワイヤー入りになると、そうでないものの何倍も手間と労力が かかるから、時間も大きく取られて、ウンザリしてしまう。

 

「女のフンドシ屋」wと揶揄されてきた、『京都』に本社を構える、ある大手の女性下着専門メーカーでは、処分したい下着を送付したら、その企業側で処理してくれるというサービスも あるそうなんだけど、そこまで する気も ないし、なんと言っても、自分の着古した(恥ずかしいほどクタビレたw)下着を、他人さんに見られるのも、かなり抵抗感あるし。

 

ワイヤーの持つ機能を、現代の技術で、分別する必要のない材質で、というわけにも いかないんだろうか。

肩が凝るから、からだの線がハッキリするような衣服も、もともと好きじゃないし、ワイヤー入りブラジャーなどで、体型をカッチリととのえる必要もないしw

今後、ますます、ワイヤー入りを購入するのは避けると思う、私はね。

 

それにしても、

むかし、住んでいたマンションで、下着を何度も盗まれたことが あったのを思い出した。

旧ブログでも書いたけど、

繊細なレースなどで ふんだんに飾っているなどの お洒落な、かつ高価な下着だけが、それは大概、ブラとパンツのセットになってるんだけど、揃えて盗まれてた。

そして、アカラサマなまでにハッキリしていたのは、

いかにもオバンくさい、シンプルで安価なブラやパンツは、そのまま残されていたことw

 

なかには、買ってから一度しか使ってなかったものも盗まれていたので、苦しい生活のなかで、たまにはとフンパツして購入したものなのに、、、と、猛烈に腹が立った。

 

犯人は、たぶん、あとから入居していた隣室の男。

よく振り返ると、洗濯物を干しているあいだなど、とたんに、タバコの臭いがプンプン流れ漂ってきていた。

無頓着だったので、気づかなかったけど、隣りのベランダから覗かれていたのかもしれない。

警察に被害届けを出すだけでも しておくべきだったなと、今にして思うが、入院や手術の必要など、思いがけない事情も生じていたので、ほどなくして引っ越した。

 

私が、そこに入居して間もなくから、

「いつも見ています。一度お会いして、お話したいので、連絡ください」てなメモが投函されてて、「あんた誰?()」な事も あったし、

その後、別のマンションでも、収集の日に捨てておいたゴミ袋のなかの、ストッキングだけが引っぱり出されたのか、1階の共用エントランスの、私宅の郵便受けに、なぜか入っていたことも あった。

ババアになった今でさえも、つい2、3年前、連絡くださいとかワケわからんメモみたいな手紙みたいなものが投函されてたりしたので、もともとは無頓着で迂闊な私でも、若い頃以上に、こまかく用心する癖が ついた。それでも、限界は あるわな。

 

ほんと、女の一人暮らしは、何かとメンドウが多い。

女が、メンドウ、かつ剣呑な思いを するハメになる原因は、少なからず、男どもによる。

 

ヤフゴミんが、「女がオバンがババアがー」と喚いているのを見るたびに、

「エラソーにホザいとるけど、バカを産む女は、なるほど、『諸悪の根源』なのかもしれんが、それを助長し、増大させてるのは、おまいらみたいなバカ男だぞ」

と、唾棄したくもなるのよ。

 

「ヤフゴミ捨て場」のヤフゴミんの、あさはかなオツムでもって、信じ難いほどの世間知らずで管見のくせして、バカ晒してる自覚もない俗物ということは、特に政治や経済の分野で、目を覆いたくなるほどアカラサマなのだが、

たとえば、

下着やストッキングの大手メーカーである『アツギ』の国内工場が廃止され、今後は中国が生産拠点となるらしいというニュースに付いたコメント欄では、「日本製を買わないからだ」という、よほどの世間知らずなのか、管見だらけ。

 

買わないんじゃない。買えないんだよ。

理由は大きく二つ。

一つは、国内で、多くの人々の収入が伸びないまま、あるいは下がったせいで、割高なものを避け、少しでも安いものしか買えなくなったこと。
それも、贅沢品ではなくて、生活必需品を。

 

企業経営者らのエゴ、身勝手、あさはかさ、先見のなさと、これに おもねり、癒着し続けてきた『自民だっぴ党』政権の舵取りが根本的に間違っていたことによる。

 

もう一つは、これも同様の理由からなのだが、

われわれ一般の消費者が、日本製のものを購入しようと思っていても、気づけば、もはや見渡すかぎり、ほぼ中国製に、いつの間にか、取って代わられていたことによる。

あえて、割高でも、日本製をと探してみても、なかなか、ないのだ。

 

悪辣なアキンドどもと『自民だっぴ党』こそは、「格差拡大」によって、底辺層や「奴隷層」を増やす分、特権層や「上級国民」との決定的に克服できない大差を定着させ、国内を二分しようと目論んだのかもしれないが、

どっこい、

まさに「みんなで貧乏になろう」路線を驀進する結果を招いてしまった。

 

「日本製を買わずに、中国製の安いものを買いたがる国民が悪いんだ」とホザくヤフゴミんのバカさかげんは甚だしく、単なる世間知らずなのだか、『自民だっぴ党』のシンパだから、必死で擁護してるのか、

とにかく、権力層を守らんとして、呆れるほどの的外れをホザきまくって恥じない連中だ。

こういうバカを のさばらせて商売しているのが、『ヤフージャパン』だ。

 

たしかに、
『皇族』らに、新年早々、高い所から見下ろされて感激している、めでたい国民も少なくないのだそうだから、やっぱり、この国の名ばかり「主権者」がバカなんだろうな。

 

「象徴」なのに、あれこれのゲタを履かせないと いけないと、心底から思ってるらしい時代錯誤のカネ喰い虫『皇室』なんて存在は、いいかげんにサッサと廃止してもらいたいけど、ゲタを履かせてエエカッコするのが「象徴」ということはだな、この国と国民が、そういう姿であるという代表なんでしょ。

 

さしあたっては、次期『天皇』ご一家が、数十億円を費やした御殿に入居される光景が楽しみだわねえw

 

【続く】

 

 

Updated   
2022.01.19 (Wed)

【続】愚直に最短距離を目指す優等生は視野狭窄の続き。

 

で、

医学部在学中の叔父は、殊のほか、教授の お気に入りとなり、
どこへ行くにも一緒に連れて行かれて、

叔父の姿が見えないと、教授は、「△□クンは、どこに いる?どうして、ここに いないんだ!」と騒ぐほどだったという。

 

この話を聞かせたら、私の級友たちは、

「それって、、、博士の異常な愛情!?

と指摘していたものだがw

とにかく、叔父は、ふつうの医者では なくて、アメリカに留学し、研究の道に進もうとしていたらしい。

が。

ここでも、高齢の父親(私の祖父)の鶴の一声。

「年老いた父親を置いて、外国へなど、許さんぞよ」。

 

叔父には、弟だけでなく、兄も いたのだが、この、いちばん上だった叔父は、私が小学生の頃に、大学の山岳部で活動していて、とある高山にて遭難死。

 

学業優秀なだけでなく、ガタイも大きくて、スポーツマン。
見るからに豪放磊落な気性で あったが、また優しかった。

彼の両親は勿論だが、義理の姉である私の母親らも、後年になっても、ずっと、「あの子が生きていてくれたら」と嘆いていた。

ふしぎなことに、子どもだった私の眼から見ても、この叔父は、祖父にも、義祖母にも、まったく似ていなかった。

 

では、医者になったほうの叔父が、はたして、誰に似ているか、

それは、恐らく、もとは「無学文盲」で あった、そして、鋭敏な頭脳を生来として持っていた義祖母だろうということは、私にも察しが つく。

 

 

先妻が遺した息子たちを、きつい後妻に、完全に潰されてしまっていた祖父にとって、どの面から見ても、跡取り息子として申し分ない、人間が「できた息子」、
それが遭難死で、思いがけずも先立たれ、失ってしまったあととなっては、必然的に、次男である医学生の息子に跡取り役を負わせなければ ならなくなったのだから、異国になんぞ やるものか、という感じだ。

 

言っても昔の人だからね、

私の母親に対しても そうだったわけだけど、

子どもが、自分なりの進路や希望を見つけても、それが、親である自分の つごうに全く差し障り なければの話。

経済的には裕福なのだから、反対も干渉もせずに、認めてやれたはずなんだけれど、

ひとたび、自分の つごうに合わないとなったら、子どもの希望は一瞬にして、単なるワガママと見做して憚らない。

子どもが抗う姿勢を見せようものなら、最後は、執拗な泣き落とし戦術、ウンザリさせ、根負けさせる。

 

 

以前にも言及したと思うけど、

結婚についてもね、うちの親父は、

「代々の墓の守りを しないのは、とんでもなく怪しからんことだから、特に田舎では、親だけじゃない、村じゅう総出で容赦せず、本人が嫌がって泣こうが どうだろうが、テキトーに見繕った相手と強制的に結婚させるし、子が生まれないなら、養子を とるなりする、それも これも、墓を守るためなんだ」

と言っていた。

 

昔の人はサ、「家」意識とか、子どもは親の所有物、といった感覚が濃く残っていたんだな。

そういう感覚は、それに反発して、逆らって、苦労したはずの、私の母親らの世代にすら、かなり残っていたと思う。

本人自身が反発していた分、自分も また、親と似たことを してしまっているという自覚は乏しかったけど。

本人らは、自分の恨みツラミと被害意識ばかりに拘ってて、自分自身の抜き難いエゴについては無自覚だった。

 

 

私は以前から言ってることだけど、

「優等生」ちゃんは、その、悪しきまでの「素直」さゆえに、「信仰」の如く毒され易い。

 

そして、それは、あくまで本人(の視点)にとっての挫折」が訪れたときに起き易い。

例の『オウム真理教』の幹部連中とか典型だったでしょ。

 

 

ほんとうの思考力、哲学を持たないで、ただ、要領が良いのが取り得だとなると、いささかも思い悩むことなく、上のほうから降ってきたタスクを耳にするや否や、最短距離をパパパと探り当て、さっさと実行するのみ。

そこは、たしかに、優秀なんだろう。

 

倫理や良識や哲学なんぞ、「最短距離」の前には、平気で かなぐり捨てるんだ。

「最短距離」こそ至上!!だからw

 

もっとも、あくまで「上」と、自分のための最短距離だわよ。

こういうのが、えてして、「エリート」というんで、官僚になったりするから、始末が悪いのだ。

意外と、リーダーになっては いけないタイプだよ。

だから、「上」の見識如何が大事になる。
だが、「上」も また、、、ってとこさねww

 

 

私の実体験で思うには、

ほんとうに優秀な人ってのは、もちろん、大きな挫折や悩みに苛まれた経験が少ないからこそ、自分に幻滅とかは しなくて済んできた分だけ、少なくとも、その時点までにおいては、大いに余裕あるからなんだろうか、意外と、デキの良くない相手に対しても、あまり蔑むことなく、
「ああ、あなたは、それでいいですよ、いい、いい、がんばったじゃないですか、それで結構ですよ~」
みたいに、大らかに受け止めてくれる人が多いのかなあと、特に職場で感じたことはある。

そりゃ、私のデキが悪いだけ、ってことなんだろうが(苦笑)

 

ただ、

要するにね、

事あるごとに、他者を蔑んで、

「わたしにも できることが できないなんて」

「わたしでも やってきたのよ、なぜ やれないの?」

「わたしでも」「わたしでも」

「わたしが」「わたしが」

といった罵りコトバが定番のように、つい出てしまう人ってのは、どんなに自信満々そうに見えていたとしても、意外と、きつい劣等感のカタマリなのよ。

 

だから、

こいつは自分よりも下だ、と踏んだら、即で、軽蔑を隠さないというのは、
どんだけ、自分自身を低く見積もって生きてきたのか、
ということに他ならないわけ。

それがミエミエだということに気づいてない。

 

で、

逆に、

自分よりも上と感じたら、とたんに平身低頭で、あやかりたいと願い、
家来や側近の位置に就きたがったり、いっしょうけんめい真似しようとしたり。

だから、しごく「素直に」「毒される」。

 

若造なら尚更よ。

引出しと、その容量が少ないからね。

 

トシくっても、引出しが少ないままで済んでると、ほぼ成長しないまま固まる。

要するに、俗物。

終生、「上」とか権力とか世間の大勢が決めた価値観しか持てない習性だから。

じつに「素直」なることカラッポそのものですわ。

 

『東大』も医者も、俗物にとって、ブランド信仰の如き対象。

 

最後に付け加えておくと、

IQが高いから、人間性も高いかというと、むしろ逆のことも多いくらいで、

まあ、関係ないだろうw

 

「最短距離」――それをカンタンに見分けられるから、悩まないだけ。

 

思い悩まない人間は、さあ、どんな人間でしょうか。

 

「最短距離」だけが目的の人間は。

 

 

「最短距離」を進む能力が ないことで思い悩んだ若造は、安易に、他者を殺めようとしましたが。

 

 

Updated   
2022.01.18 (Tue)

愚直に最短距離を目指す優等生ちゃんはの続き。

 

以下の話は、いわゆる不倫によって、自分の子を、義理や不義理だらけの複雑な人間関係の渦中に引きずりこんでしまった人に、よーく読んでおいてほしいくらいなのだが、

私と、たったの半年しか年齢が違わない、いちおう義姉に あたる、親父と先妻の次女だけが生き別れで暮らしていたので、お互い あかんぼうだった頃のことは除くと、親父が亡くなったおりに、ほぼ初めての対面となった。

先方からは、実際のところを何も知らない分際でありながら、ずいぶんと失礼なことを、言いたいほうだいに言われたが、
そのなかのイヤミの一つが、

(兄は)頭が良かったし、本当は『早稲田大学』に行きたかったのに、家計が苦しいからと、無理に国公立を強制された」。

 

なに言ってやがんだ!emojiemoji

と、怒髪天になるのを、こらえましたよ、私は。

ここで言わせてもらうわ。

 

をい、■子(←親父と先妻の次女)

親父はね、

私の母親が後妻として同居するまでは、勉強ぎらいで劣等生だった姉も兄も、中卒で!働きに出すつもりだったんだよ。おのれの だらしなさで、経済的にも苦しかったからね。

 

それを、私の母親が、自分の妹に借金し、持病を押して、店を経営しながら、

姉は私立のアホ女子高に入学させ、
これに激怒する親父を なだめつつ、

どんなアホ学校であろうとも、トップの成績で通していれば、そこそこ良い会社に拾ってもらえるから、卒業するまでは頑張って勉強しなさいよと、懇々と励まし、

そのコトバどおりに、有名商社に入社できた姉は、そこの同僚と結婚した。

相手も高卒で、エリート コースこそ歩めなかったけれど、さすがに大手の商社マンだ。景気も良かった時代だから、30歳代になるや、一生ものの立派な家を建てた。

長じて短大を卒業した上の娘(私から見て、義理の姪)は、これも大企業に就職し、結婚して、すぐ離婚したものの、その後、とある女子大へ編入学して、どうやら、『心理学』修士だか博士号だかを得たらしい。

ふん、私ていどの洞察力もないのにw

母親である義姉に似たのか、小さい時分から、年子の妹はイジメたおして泣かす、行儀が悪い、その性格のヒネクレぶりに、今から これでは、将来どうなることやらと、愚かもん祖父母すら心配させてたくせして、
ナマイキにも、よりによって心理学の修士だ博士だってさ()

とは言え、

姉らの長女が、なぜ心理学を、と言うと、要するに、自分らの母親(私の腹違い姉)が、『自己愛性人格障害』の診断を下されるほど、どうしようもなく、性格と行状に深刻な問題だらけで、父娘ともども難儀したことが、心理学を志した動機なのだろうかと察している。

私の場合も、心理学に格別の関心を持ち始めたのも、第一に自分の親らが原因だったから。

 

結局は自殺した兄のほうも、これは、会社勤めは無理だと判断した後妻である私の母親が、家計が苦しいゆえ、塾も行かせられないし、私立も無理だから、ぜったいに国公立一択!!そして教職公務員!!
と、ハッパを かけ、お尻を叩きまくり、

その代わり、実子である私なんぞには望むべくもなかったほどの気配りを怠らず、(たとえば、勉強の合間の休憩に、自室から茶の間へ出てくる時間を決めて、飲み物の希望を聞いてやり、お菓子や夜食と共に用意、気分転換の話し相手を して、励ましてやる。そこへ いくと、私なんか、夜遅くに宿題している途中で、飲み物を自分で入れようとした とたんに、「うるさーい!台所でゴソゴソしてんと、さっさと寝なさい!!」と、こうだ。えらい差でんがなw)

まずは、地元で二番手の進学校である公立高校へ。

ちなみに、一番手の公立高校では、昔から『京都大学』への進学が最も多いらしい。

 

この頃の私は、幼稚園にも行ってないくらいの幼児だったのだけど、

あれは、高校合格発表を、兄本人と、母親に手を引かれてトコトコ歩く私の3人で見に行ったときだったんだろう。

一つの場面だけをハッキリ憶えている。

あの日も、ここいらでは珍しいほど、雪が降っていたように思う。

発表を確認し、帰宅する途中だったのか、中学生と全然似てない若い母親と幼児とが3人ならんで歩いているときに、ふと、兄が言った。

「おばちゃん(←私の母親)!握手しよう!!」

と。

 

私は、キョトンとしながら見ていた。
母親と兄が、道端で、なぜか握手しているのを。

 

さあ、今度は、国立大学合格に向けての闘いだ。

塾に行けない兄は、幼い私から見ても、ガリ勉だった。ますますガリ勉になった。

進学校に入学できた おかげで、中学生の頃よりも、周囲からの刺激を受け、勉強に積極的に取り組むようになったのだろうと思う。

義理の息子の尻を叩き続けていた母親も、その分、少しラクになったのかも しれない。

 

だってね、

勉強して勉強して、ガリ勉してガリ勉して、それで、やっと「駅弁」だよw

 

私自身は、恥ずかしながら、勉強というほどの勉強は、したことが ないと言っても過言で ない。

だって、まったく勉強しなくても、学年でトップ クラスだったから。

ただし!

いちおう得意な科目だけ!w

まったく勉強する必要を感じなかったのは。

得意な科目はね!!ww

 

苦手な算数も数学も、「公式」を覚えないから、さっぱり解けや しないw

級友にすら呆れて言われましたよ。

「公式さえ覚えたらスラスラ解けるんやから、とりあえず覚えなよ」

と。

でも、覚えないww

 

ちなみにね、小学高学年の頃、お昼休みなんかに、クラスメートどうしで教え合いっこしようと約束して、

私は、むろんのこと、算数の課題を、級友たちに教えてもらったわけだがw

これが、先生や親よりも厳しくてww

 

もともと、私の やる気が乏しいせいか、

しまいに、

「あんたぁ()聞いてるんか?覚えたんか?まだ分からんのか!!emojiちゃんと やれぇー!!!emojiemoji

と、アタマ叩かれてたwww

 

 

計算題はボロボロ。

でも、文章題だと正解。

この話、過去エントリーで述べてあるけど、

『集合論』だけは、何も悩むことなく、スンナリ納得できたので、成績も上々だったのよね。

 

あらためて考えるに、

人間計算機みたいな母親ら、数字に つよい身内の面々が、では、理論的数学の分野でも強いかな?と言うと、それは、どうだろうか?とも思う。試したことないから分からんけど。

 

 

母親から聞いた話では、私らと同居するまで、親父と姉に虐待されてたせいか、激しい『チック症』持ちだった兄は、知能指数も、私より、もっと ずっと低かったんだと。

ついでに私自身のIQは、学年でもトップ クラスに高いということが、中学時代になって判明、

それまでは、兄よりも、もっと ずっと、知能が低いようだということだったので、親らもビックリこいてたwww

 

ただし、IQも、いろんな要因で変動するらしいし、肉体的にも家庭的にも不利な面が大きい私なんかは、IQ変動幅も極めて大きい典型なんじゃないかなと思う。

 

愚かな母親の腹のなかで窒息死しかけてたくらいですから、幾つ何十になっても、アタマ酸欠でボーーーのままですわ。

 

 

ここで再度ことわっておくけれど、

うちの兄が、「駅弁」とは言えど、国立大学に入学できたのも、
まだ若かった後妻である私の母親が「教育ママゴン」と言うのか、

「勉強する気が ないんやったら、教科書も捨ててしまえー!!」

と、火を吐く勢いで叫ぶなり、学生鞄ごと、庭にブチまけたことが あるというくらい、鬼の如く、兄の尻を叩きまくった おかげで、塾一つも行かせずして合格させたわけだが、

その最大の理由は、当時の親父が だらしなくて、家計が苦しかったからだ。

 

 

裕福な家庭で育った叔父の場合、もちろん、塾も行かなかったのだが、と言うか、そもそも、塾なんか必要としていなかったのだと思う。

おそらく、学校であれ塾であれ、他の学生と机を並べて授業を受けるのも、かったるいことだったろう。

なんせ、IQ200くらい あるんじゃないかという話だった。

当然、
「勉強せい!勉強せい!!」

と、
祖父母らも、私の母親みたいに、のべつ、息子を叱咤する必要なんか ない。

 

下の叔父も、同じ高校に進学しただけあって、優秀さでは負けなかったはずなのだが、

兄である叔父に言わせれば、「弟は、アタマが悪い」んだそうな。

 

この叔父のキメ台詞、

「バカは相手にせん(時間のムダ)」。

 

弟のほうの叔父が、「にいちゃ~ん、ちょっと教えてくれよお」と泣きついても、

「おまえみたいに、人に聞いてるようじゃダメだ」

とピシャリ。

 

勉強って、人に教わるものじゃないんですとさ。

 

【続く】

 

 

Updated   
2022.01.18 (Tue)

視野狭窄。

 

数日前、大学共通試験会場の一つとした『文京』区の『東京大学』構内で刺傷事件が起き、数名の被害者が発生という、その犯人が、高校2年生のガキだというので、呆れていたら、

あとから知ったには、愛知県内でトップクラスの進学校の生徒で、将来は医師を目指して、東大を受験するつもりだった「頭の良い」「優等生」だというので、

「こんなもん、医者になったら、患者が殺されるわいな!emoji

と、ますます呆れた。

 

では、私の叔父のことを、再び話そうか。

過去エントリーでも、少し触れたことは あったかと思うけど、

私のとこは、全てにわたって、ややこしいこと このうえない事情がギュウギュウの家系なので、なかなか困難なのだが、なるべく掻い摘んで言うと、

この人は、祖父(私の母親の実父)と、後妻に来た祖母(私の母親の継母)との あいだに生まれた子どもの一人で、祖父母の年齢が、かなり離れていたため、私の母親を筆頭とする先妻の子どもらと、後妻の子どもである叔父たちとの年齢差も大きいほうだったので、すでに高齢になっていた祖父の代わりに、うちの母親が、長女として、授業参観や懇談などの学校行事に出向いてやったりしていたそうだ。

というのは、

そもそも、母方の義祖母という人は、いわゆる「身分違い」もイイとこで、家柄の格差のみならず、昔の、ひどく貧しい庶民の女性には少なくなかったそうだが、小学校で習うレベルの読み書きすら できない人だったらしい。

この人が、私の母親や叔母、叔父たち、すなわち先妻の子らを、徹底的にイビって、苛めたおし、勉学優秀であっても、進学を断固阻止したのだそうな。

 

自身が高学歴で、本来なら教育熱心だった祖父も、気性の激し過ぎる、若い後妻の尻に敷かれっぱなしの体たらくで、

たとえば、弁護士か教師になりたかった私の母親は、せっかく合格していた名門女学校への進学を断ち切られ、さりとて、
美貌に注目されてスカウトされた芸能界に入るのは、祖父が猛反対したうえ、慌てた親が勝手に決めた、顔も知らない相手に、十代で嫁がされたというので、私は、うちの母親から、その両親に対する恨みツラミをも、年がら年じゅうの如く聞かされ続けていたものだ。

 

母親らは、義祖母が、自分たち先妻の子どもの進学などを邪魔した動機には、義理の長女である私の母親との年齢差が近いうえ、生育環境の違いが歴然としていたことから、継母のネタミを買ったのだろうと言っていた。

同時に、「若い女の色仕掛けに参って、後妻に迎えた」父親(私の祖父)に対しても憤慨していた。

 

けれど、義祖母は、おせじにも美人では なく、「色気」のあるタイプでは全然なかったし、幼い私の眼にも、むしろ、およそ色気のカケラもない、感情むき出しで、男のようにガサツなタイプに見えていた。

 

この義祖母との縁は、じつは、うちの母親自身にあった。

それは、戦時中のこと、すでに実母が病没していた母親ら兄弟姉妹は、地方の田舎へ「個人疎開」していたときに、たまたま通りかかった見知らぬ若い女性らの一行が、大ケガを負い、あかんぼうを抱えて、行き倒れ寸前まで困窮していたのを見かね、父親(祖父)が不在の家へ、私の母親が、家に入れて泊まらせてやったのが切っ掛けだったという。

 

その後、

子どもだけで疎開させていた家へ、時々、仕事の合間に、食品や消耗品の補充や金品を届けるために やって来ていた祖父が驚き、勝手に他人を入れては いけないとの言いつけを守らなかったと、私の母親を、きつく叱ったそうなのだが、

ところが、そこから、どうなったものやら、結局、祖父は、その若い女性を、後妻に迎え入れた。

 

その前の経緯が あって、

妻を亡くしていた祖父には、再婚の縁談話も あったのだが、これには、祖父自身が、乗り気になれず、断ったのだそうだが、私の母親を始めとする、幼い弟妹らは、その縁談相手の女性が、穏かで優しい人柄だったので、ぜひ、この人に来てもらいたいと熱望していたゆえ、たいへん残念だったという。

同時に、

結局、継母となった私の義祖母に対しては、母親としての資質を直感的に疑い、拒否反応を あらわにして、祖父らに反発したのだが、どうにも ならなかったという。

 

私が思うに、

義祖母が、私の母親らに、とことん辛く当たった原因は、そのへんにも  あったのでは ないかと。

 

それでなくても、

うちの母親は、ダブル不倫で再婚した親父と、その連れ子らへの不満も募らせており、その勢いで、最終的には、まだ幼い私自身も激しく口撃されていたのだから、ほんとうに、私は、母親らの「ゴミ箱」的存在だったなと思う。

 

もちろん、母方の叔母も叔父も、先妻の子どもは皆、彼らの実父と継母(私の祖父と義祖母)に対する怒りと恨みを終生、抱え続けていた。

 

ところがね、

そんな義祖母も、私には、いたって優しいと言うか、けっこう気難しいところも あった祖父よりも、よっぽど、小言一つ言われた記憶が ないのよ。

 

おりおり、親に連れられて訪ねて行けば、祖父は必ず、2、3万円ほどの小遣いを渡してくれるのだが、すると義祖母は、私に向かって、「爺さん、今いくら渡したか?」と問いただし、「それなら」と、祖母のサイフからは、4万円5万円、というパターン。

一度行くと、こんな調子で、たちどころに5万円以上、お正月なら10万円は、小学生のフトコロに転がり込む。

うちの母親は、

「ほんとうは、おかあさんに渡すつもりで、おまえに渡してるんや」

と言っていたけれども、

まあ、これを、私から取りあげることだけは なかった。

私のほうも、小・中学生ながら、概ねは、モネやルノワールといった画集の特大版やら『ピーター ラビット』の絵本やらボードレール詩集の豪華版などに費やしていたものだ。

 

とにかく、気前の良い祖母で、気前が良すぎるうえ、特に私に対しては、帰りに持たせてくれるケーキなども、大きくて豪華なデコレーション ケーキを、まるごと一箱というふうなぐあいだった。

なので、叔母などは、「この子のことは可愛いと思うのかねえ?」と、自分たちに対する態度と比べて、フシギがっていたが、

私にとっても、母親や叔母・叔父たちが、この義祖母から、酷い仕打ちを受けていたなんて、信じられない感じも あった。

 

ただ、あるとき、私の母親が、

「おまえ、義理の子どもに、いっしょうけんめい してやったって、なんにも ならんぞ」

と、

義祖母に言い放たれたと、些か口もとを歪めつつ呟いていたのを憶えている。

 

要するに、
うちの母親が、親父の連れ子である義理の子らに、必死で尽くしているというスタイルのなかには、母親自身の大義名分であった「義理の親としての責任!」という、いかにも誠実を任じる以上にも、実子の私の眼から見てさえ、そこには、そうとうの、ある種の「ミエ」をも感じ取っては いた、けれど、

最大の根本的動機は、やはり、
言ってみれば、あの義祖母に対する「アテツケ」も込めていたのだろうと思う。

 

そして、義祖母のほうも、それを鋭く見抜いていたというわけだろう。

 

 

さて、
「無学文盲」である義祖母の、頭は悪くなかったどころか、むしろ鋭敏な頭脳で、祖父の後妻になってからは、買物などに出た街なかの看板やらを眺めて、様々な文字や読み方を覚えていき、

あるときなどは、うちの母親が、何かの事情で、とある金額の多寡について尋ねたところ、義祖母は、たちどころに、正確な金額を即答したというので、私の母親自身、計算機並みに、数字に強い人だったが、義祖母の計算力と記憶力の優れていることには、ふだんの恨みも忘れ、感心しきりの体だった。

 

義祖母は、私の母親から、いったい、どうやって計算したの?と問われ、

「ワシにはワシなりの やりかたが あるんじゃ」

と答えたそうな。

 

 

義祖母の次男である叔父の話に戻す。

叔父が幼稚園の頃、担任の先生と、父兄代わりの私の母親が懇談したとき、

「おねえさん、この子は、一を聞いて十を知る、なんてもんじゃないです。一を聞く前から、百も千も分かってるんじゃないかと思わせられますよ」

と言われたそうな。

 

やがて、地元で一番の進学校である高校時代、本人が、大学の志望を言う前に、教師のほうから、

「あー、おまえは、東大でも どこでも、好きなとこ受験したら いいぞ」

と断言された。

実際、叔父自身に、ここの大学が、といった、べつだんの拘りや考えは なかったようなのだが、そこへ決め手となったのは、私の祖父の一言。

「家から通える、いちばん近い大学!!」

で、『大阪大学』医学部だ。

志望動機は、それだけ。あっさりしたもんだ。

 

 

いまごろのシーズンになると、私自身が、大学を受験した辛い頃を思い出す以上に、

叔父が、思いがけず「腸閉塞」になって、急遽、入院していた病室から、試験会場へ出かけて行ったということを思い出すのだけれど、

その頃、祖父宅から帰宅した母親が、和服の帯を解いて、そそくさと部屋着に着替えつつ言うには。

「□ちゃん(叔父のこと)、えらい病気で入院中やのに、大変やったねえ、さすがに、阪大の医学部の試験は難しかったろ?」

と労うと、

叔父は、いつものクールな調子で、そっけなく、

「ううん、カンタンやった」

と一言。

もちろん、ストレート合格。

 

 

ところで、

むかしの実家に、時々訪ねて来ていた営業マンの若い男性が、ある日、うちの兄宛ての同窓会の案内ハガキが、玄関の靴入れの上に無造作に置いたままになっているのを目敏く見つけ、

「あっ、息子さん、国立大学を出てはりますの!?」

と聞くので、私の母親が、

「駅弁やんかw」

と答えると、

「えーっ、ひどいなあ、ボクなんか、私立ですよお;」

と嘆いてたそうな。

 

【続く】