2022.05.07 (Sat)
そりゃあ、いわゆる「オレオレ詐欺」みたいなことに易々と引っ掛かる人が多いのも頷ける。
ましてや、インターネットに親しんでいる世代の人々ですらも、ほいほい引っ掛かって乗せられているようすを聞けば、なかなか、なくならないわけだよなあとも思う。
いわゆる「キャンセル商法」とかいうやつじゃないの?とて、大いに不審なことが増えてきているような気がする昨今。
最近も、『栃木』だかの地方の和菓子屋が、当日キャンセルされた「柏餅」を買ってほしいという主旨の「SNS」発信したとたん、「やさしい」客が押し寄せて、かえってウハウハになったのだそうだが、
顔も名前も堂々と出しちゃってる、いかにも、いまどきのと思しいほどに、まだ若いらしい、この店主の説明どおりのことが実際に起きていたのだとしても、こういう やりかたは、いずれにせよ、もう二度と使えないものと、肝に銘じることだ。
この次も やったら、事実かどうかとは無関係に、大いに顰蹙を買うだけだから。
とは言え、
儲けてる者は、どこかで汚いことを やるからこそ儲かるのだ。
「悪名は無名に」なんとやらで、とことん顰蹙を買うことも、ある意味、「有名」になる手段のうちとして、ひらきなおっているのかな。
「憎まれっ子、世に憚る」。
政治の世界でも、議員に立候補するために、まかりとおらせている実態が あるのだから。
べつに憚りもしないのに、憎まれてるケースも あるけどw
そう言えば、
昔の事だが、『洋服の』ナントカとかいうチェーン店が、派手なチラシを出しているのを、購読紙の折り込みで見かけたことが ある。
それは、ずばり
「助けてください!!」
という、さも悲痛な調子のキャッチで目を引き、
このままでは倒産してしまう~という、
もろに泣きつき商法と言うか、「倒産商法」とかいうらしいが、
いまほどには、インターネットを利用した集客・宣伝がアタリマエでなく、まだまだ、旧来式のチラシなど紙媒体中心の宣伝・集客方法が最多で あった頃、私自身も、当時は まだ、仕事上で少々使う以外は、個人のプライベートでのネット利用は ごく少なく、もっぱら大手新聞を継続購読することで、日々の情報を収集していたので、くだんの洋品店チェーンの「泣きつき」チラシを初めて目にしたときは、とっくに、世間の景気も、目に見えた下り坂になっていたことも あり、本当に倒産危機に見舞われているのかと、いささかは驚いた気分で見た記憶が ある。
ところが、
このチェーン店、よほど「味を占めた」のか、
以降も、たびたび、その強烈なキャッチを用いたチラシを折り込んだものだから、もちろん、「仏の顔もナントヤラ、もう、その手にゃ乗らないよ」と冷めた目で見る人も増えていったことであろうと思う。
かれこれ20年ほど前だったか、当時の職場の近くに あった、ある有名な老舗の和菓子店にて予約しようとした経験が私自身も あるのだけれど、
その店のショウ ウインドウをチラチラ見ていた私が欲しいと思ったのは、結婚式のときの引き出物などに使われる特有の和菓子で、特上の「練り切り」とかいう、そこいらの一般の店で入手できる類のものでは なかった。
そこで、ある日、思い切って、こじんまりながらも古めかしい和風な造りの店のなかに入り、そこの人に申し出て、値段など尋ねようとしたら、真っ先に、「ご結婚用の お品ですか?」とか何とか聞かれたように憶えている。
単に、私個人の好物なので、自分で食べたかっただけなのだが(苦笑)
考えてみたら、結婚予定でもないものが、単に好物だからという理由で、重厚な「鶴亀」を象った婚礼菓子を購入しようとしたのだから、いま振り返ると、自分でも苦笑してしまう。
しかし、世のなかには、よりによって「葬式まんじゅう」が大好物で、これが手に入ると、家族全員で喜びのバンザイを せずに おれないという話(マンガだけどw)も あったくらいだから、それに比べれば、世間と些かズレていようとも、めでたい婚礼用の高級和菓子が好物なのは、「葬式まんじゅう」好きよりはマシだろうと、自分を慰めている しだいであるw
さて、そのときは、個人の少量注文は受けられない品ですのでとかいうことで、やんわり断られたと憶えている。
何らかの お式なり、お茶席なり、ある程度以上の、まとまった量で注文を受ける以上は、どこの誰あるいは組織なり企業で、納入日の厳格な確認および前日にも再確認と共に、「手付金」「内金」「前金」の類や、万が一のキャンセル料は勿論のこと、そもそも、当日キャンセルなんて あり得ない話。何十年も前から常識ってもんだろう。
商売側も客側も、そもそも、シビアな世界であり、ボランティアやってるわけじゃない。
お涙ちょうだいのマヌケなんだか狡猾なんだか判然としない商売人が拵えたものなんか、胡散臭くて、私は買ってまで口に入れたくないな。
『自民だっぴ党』の、防衛関係の要職に就いているらしいウヨウヨ議員あたりが、例の『ウクライナ』が、日本に対して感謝してないのか どうかと騒いだらしいことも考えると、
もともと単純で、押しつけがましいのを「正義」と思い込んで疑わない気風が あるのは、「プーチンのロシア」と変わることのない日本であるし、
さても、さもしい時代になったもんだ、、、と思う近頃の世相、
いや、まあ、昔から、こんな類のことは まま あったのが現実なのだろう。
ただ、やはり、ネット上のことになると、かつてない規模と拡散のスピードが激しいから、よけいに、さもしさに輪が かかったような感じは募る。
それでも、私の考えるところと似たような感想を持った人は、やっぱり、幾人かくらいは いるようだ。
しかしながら、
以前は「オーサー」とか呼ばれていた人たちの「ヤフージャパン」コメント欄に寄せた見解(嗤)
まあ、そりゃ、顔・氏名・肩書付きだから、しかたないのだろうが、
めったなことは言えないから、オブラート包みも分厚くして、奥歯に物が挟まった ていのダメ出しくらいが精いっぱい、てな感じまる出しだ(嗤)
いくら和菓子でも、甘すぎる見解www
「フード ロス」が出なくて良かった等々なんて意見はズレてるよ。本質は、そこじゃない。
かつての『洋服の』なんたらと同様な趣の、「柏餅、買ってください」。
『朝日』系列は、体よく、その店の宣伝に加担してやってるじゃんかと、呆れる思いで見た。
だいたい、キャンセルされたという数量にピッタリ符合する「500個」の「柏餅追加」が、あっと言う間に作れて、これまたアッと言う間に完売いたしました、ってね。いやいや
全体、すごく不自然な話だというのは、さすがの「ヤフゴミん」らも次々に指摘しているようだが、
『朝日』もなー、さも「美談」めいた煽りで終わらせずに、話の矛盾点や、キャンセル料などは どうしたのか?などのツッコミを せんかいや!(嗤)
やっぱり、視聴者ナメとるやろ?w![]()
裏で何やっとるやら、どいつもコイツも。![]()
![]()
あとはですね、女性の生理用ナプキンのことを少々。
近頃では、ビンボボ女性のため、生理用ナプキンを恵んでくれるようになってきているそうなのだが、
私自身、むかし、長らく、婦人科も患っていた時期が あり、その間は、生理が非常に重くて、しかも、期間も長くなっていき、ついには、ひと月の殆どが生理中という凄まじい ありさま、ほんの1週間に満たない中断のあと、すぐに次の生理が始まるという状態に陥った。
なにしろ、経血量が毎日これまた凄まじく、もっぱら「多い日の夜用」など、数十年前の あの当時の商品群のなかでも、吸収量や保持能力の高いものを選んで使っていても、ほんの30分ほどしか もたず、仕事中はヒヤヒヤしどおし、帰宅後は疲れきって睡眠中、少しウトウトしただけで、ハッと目を覚ますと、早くも、寝具まで汚していたことが たびたび。
もう なさけなくて、泣きながら起きて洗濯し、自分の憎たらしい おなかを、自分で どつきまくっていた。
障碍を隠して就職した非正規だから、病院通いも ままならないなか、
実家に戻るのだけは、死んでも厭だと、乏しい収入のうち、食費を大幅に削って、ほとんどオムツのような特大ナプキンを大量に購入していた あの頃。
仕事帰り、それを抱えて、フラフラしながら、一人暮らしの自宅に帰っていた。
もともと、じょうぶな体質じゃないし、粗末な食事と、一時的な「気つけ」とか「カンフル」とかの意味で、「荒塩」などを舐めつつ、必死で仕事に行っていたけれど、通勤の駅の階段を上りきれず、踊り場で手擦りに つかまったまま、卒倒しそうになるのを こらえていた日々。
遅刻が増え、青白く暗い顔を見て、「なに?この人は」と、ろこつに眉を顰める同僚たち。
もちろん、看護師もビックリするほど酷い貧血になっていたわけだが、いまも、あの頃に無理を重ね続けた影響は、手術後も ずっと残っていて、心身ともに、もう、無理は できない。
花の命は、すごく短く、報われぬ苦しきことのみ多かりき、だ。
そんな私だから、
生理用ナプキンの無料配布という結構な記事を見かけるたびに、少し気になっている。
生理の重い人ほど、高機能・高価格なナプキンを購入しなければ ならず、最も費用が嵩むことを、関係者は理解してくれているだろうか?と。
そして、
どんなに優秀にして無料のナプキンも、根本的な問題の解決には ならないことも。
2022.05.05 (Thu)
このところ、またぞろ、体調を酷く崩してしまっており、ブログ更新する気にもならなかったのだが、
痛い苦しい
のを堪えつつ、這うように身じたくして出かけて行き、
やっとの思いで購入してきた市販の医薬品や、ささやかな栄養補給を心がけながら、病院にも行かずに頑張ってるところです。
今回も、なんとか、自力回復を目指したいと切に思う。![]()
さて、近頃のニュースなどを眺めていて、どうしてなのだろう?と、またも感じているズレのこと。
まあ、公的でも個人的でも、ほぼ毎度のことなのだけれど。
まずは、「プーチンのロシア」問題から。
これまでにプーチン大統領が のたまう見解、
『ウクライナ』や、われわれ「西側」諸国に対して、ああだ こうだと述べている指摘や抗議の意見が、その少なくとも概ねが、すでに「プーチンのロシア」側こそが やってきたことであり、または、これから やるつもりマンマンであろうことを、
あべこべに、ウクライナや西側が、やってきたのである、または、やろうとしているのだ、と主張している、
この奇妙な矛盾に、誰も気づかないようすで、
「プーチンが、またまた怪しからんことを!」
と、ただ単純に憤るだけのコメント投稿が多いのは何故なのか。
私にはキミョウに感じられる。
このたびの『ウクライナ』への侵攻と言うか侵略だが、相変わらず、止みそうにないままで、この騒ぎに関する一連の報道や情報を追いかけ、熱心に注視し続けてきたものと思しい、特に『ヤフーコメント』を筆頭に、ネット上のコメント投稿に大いに参加してきた投稿者らは、気づいていないのか?と、怪訝に思うことが多いのだ。
まあ、自分側こそが やってきたこと、企んでいることを、あべこべに、
相手側が やってきた、やっている、企んでいるに違いないと主張するのは、これも、被害意識の つよい「自己愛性人格障害」者などの一大特徴、常套手段の一つですけどな。
次は、
やらせ、じゃなくて河瀬カントクの、自分とこのスタッフに対する暴行が暴露されたに あたっての言い訳について。
はっきり言って、あくまで私個人的に、「安倍ポチ」の一員として、胡散臭い俗物のうちに入れている氏のことは、せめて、メディアに登場する頻度さえ少なければ、アベシのようにチョロチョロチョロチョロして、そのせいで、しまいに怒髪天になることもなく、単に、無関心なままで済んでいた対象なのだが。
引き起こした「暴行」についての彼女自身の釈明みたいなものの内容が、甚だ不審に思われたのに、これについても、コメント投稿に励んでいる連中のなかには見受けられなかったようなので、ヘンだなあ?
と思ったしだい。
と言うのは、
河瀬氏は、何やら、非常に重たいカメラ機材を抱えての撮影中、ふと、手順が狂ったみたいなことで、当時、撮影スタッフの一人だった男性が、彼女のカメラ機材に付属の何かを引っ張って、間接的に軌道修正と言うのか、誘導と言うのか、そうやって、河瀬監督をサポートするべく図ったところが、予想外の裏目に出てしまい、河瀬氏の逆鱗に触れた かたちで、腹部を蹴られるに至ったという。それが切っ掛けで、くだんのスタッフたちは、『河瀬組』を去ったという話だったが、
それについての河瀬氏ご本人の言い分では、最初、彼女の体を直接に触れつつ誘導しようとしたものだから、なにしろ非常に重たい機材を抱えつつ、ギリギリのバランス状態で作業していたため、思わず反射的に、スタッフの足を蹴ってしまったのだとかいう説明だったようだ。
しかも、そのとき、たしか、エスカレーターの上に乗っている状態だったとかいうことも加えられていたと記憶している。
で、
この話を、誰も、素朴にヘンだなぁと思わなかったのかしらん?と。
だって、本当にギリギリ危ういバランスで作業していたのなら、おなか、いや、足もとだろうと、とっさに蹴る、なんて動作を とれるもんかしらね?
「いや!!
ちょっ!ちょっと待った!!
今あぶないから!触らんといて!!」と叫ぶのが精いっぱいと違うかな??
そのあとに激怒したということなら、まあ理解できなくも ないんだけど。
現場に いなかった者には、全体に奇妙で、ようワカラン話。
個人的には興味も薄いから、この話題は、ここまで。
次は、メディアの記事の述べようについて。
たとえば、いわゆるデフレが、日本で長引き過ぎていること、この原因について、とうてい読む気もしないので、見出しか冒頭部分のみチラッと見ただけなのだが、どうやら、たぶん、われわれ一般の消費者を指して、「物価上昇をヘイトしている」と呼ぶ、どこぞの雑誌社の記事も あるようなのだが、
しかし、ここで「ヘイト」という言いかたを するのも、おかしいと思う。
だいたい、単純に安いのが好きな向きに負けず劣らず、「ぼったくり」級に無意味に高価なものも好きな日本人は少なくないんじゃなかろうか。
「物価上昇をヘイト」しているのが、一般消費者の傾向としてあると言いたいのなら、その根本には、やはり、一般労働者の賃金や可処分所得の低迷が続いていることから論じていなければ嘘だと思う。
アキンド、商人というものは基本的に自分の利益、儲けのことしか考えないからね。
そんなものをば、国家運営の基盤に置いていたら、やがての行く末はメチャクチャになるのが当然です。
まあ、『自民だっぴ党』は、あまりにも、商売界と癒着し続けてきたわな。
最後に、
「少子・高齢化」問題。
これも また、メディア記事、ネット投稿者ら共に、根本のところから目を逸らしているように思える。
なかには、やたらと、「子どもを産まないのが問題」、「持とうとしないのはケシカラン!」とか、
あげくは「独身税とれ!」みたいなメチャクチャを言う投稿も見かけるのだが、
現状、最も搾取されている存在であろうのは、子どもどころか、結婚する余裕もないほど低収入のまま、しかも劣悪な労働環境のなかで働いている人たちのはずだ。
これについても何度か指摘してきたのだが、
いまどき、子どもの一人や二人でも拵えようかと思えるのは、現代日本社会に おいては、比較的に生活の余裕が ある世帯じゃなかろうか。
もちろん、しょせんは中途半端な余裕でしかないのなら、家計が苦しいなかで育つ子どもも、かなり可哀そうかもしれないし、いっそ、自分たち夫婦の生活水準維持を最優先しようと判断する世帯も少なくないのだろうし、
しかしながら、
ちょっとくらい厳しめの節約を要することになっても、やっぱり親になり、子どもを持ちたいと思うのも自然の人情だろうし、伝統的価値観の一つには違いない。
なので、ほとんどの人々にとって、「人並み」の結婚も出産・子育ても、本来なら、自然の欲求のなかに含まれていたはずだろうにと思う。
ただ、
現代に おいては「先進国」を筆頭に、児童の労働が規制され、教育や医療・衛生の観点から、一般レベルと言えども、国家や社会から要請される水準が総じて高くなっていることが第一に挙げられる。
いわゆる発展途上国などでは、いまでも出生率が高いのだからということを理由に挙げる向きが多々あるけれど、これも、昔の日本と重なるところが複合的に あって、
わが国も含めた庶民階級では、「下手な鉄砲も数」じゃないけれど、
多く産んでも、まあまあ普通に育つのは一部だけだった、それは、貧しい家計を助けるためのダイレクトな労働力として期待され、でなければ、つまり、「跡取り」以外の子や、女子であったり、障碍者で あったりした場合は、幼いうちから丁稚奉公やら嫁に出され、あるいは障碍者専用の集団に加わらせたりと、「口減らし」を兼ねて、体よく追い出されてきた歴史が ある。
もちろん、そこには、これも定番のこと、現代の日本社会でさえも、俗に言う「甲斐性のない男」にほど、ありがちなパターンとして残っているのが、欲求不満を誤魔化せる娯楽の少なさゆえと、ある種の示威行動に準ずるが如きセックスゆえの、行き当たりバッタリな多産だ。
これも、何度か指摘してきたのだが、
日本列島に おいて、1億2千からの総人口が多いか少ないのかという議論は さておき、
根本的には、高齢者の生存年数の飛躍的な伸び そのものよりも、
出生数および若年層とのバランスの悪さが問題のはずだ。
まあ、私個人は、はやくも学校時分から、子どもを持ちたくない、というよりは、自分は親にならないほうが よいだろうという判断を していて、その幾つかの理由は、過去エントリーで述べてきているわけだが、
近頃では、それらのことに加えて、
やっぱり、この国の激甚災害への不安が大きくなっている。
もしも、いま、私自身が、出産可能な年齢と健康状態だったとしても、
もはや最大の理由は、自分の足もとで、あの『阪神』や『東北』で勃発した規模の大災害、いや、それ以上のものが、いつ起きるかもしれないという不安のなかでは、もう それだけで、二の足を踏みたくもなる。
それでも敢えて、子を産み落とすと決心したものなら(もっとも、ほとんどの人は、「決心」とも言わない、アタリマエに近い軽い気持ちでホイホイ産むものなんだろうけどw)、
わが子には、将来、できるだけ若いうちから、海外の どこででも生活していけるだけのスキルを身に付けるよう、親として、可能なかぎり協力してやりたいと考えるし、
子ども自身が理解できる年齢になれば、そのスキルを常に念頭に置いて学んでいくように言い聞かせるだろうと思う。
結局、そのためにも、親側の資力が、ある程度なりに必要なわけだ。
しかも、むずかしい障碍などを背負わずに出生し、せめて人並みの能力と健康体で生育していけることが、実際には大前提となるだろうから、やっぱり、「賭け」でしかない。
そして、
わが子を、「賭け」で儲けたくは ないなあという個人的本音も ある。。。
しんどいので、きょうは ここで。![]()
2022.04.23 (Sat)
『「マッチポンプー朕」~個人独裁国家と『アメリカ』』の続き。
~
「思い出すことがある。私が2014年にアフリカのルワンダを訪れたときのことだ。同国は中国から巨額の開発援助を受けており、現地では現場監督を含め大勢の中国人が建設現場で働いていた。私が現地のルワンダ人に「大量進出する中国企業に脅威を感じないか?」と聞くと、こんな返事があった。 『武力でわれわれを植民地支配した(欧米の)ベルギーより、経済進出で金をばらまく中国のほうが、ずっとましだ』」~
それも また、目先しか見てない、ずいぶん甘い考えだと思うけどね。
かつての日本も、いまの中国と似たようなことをバンバンやってきたわけだけど、ただ、それは、わりと単純な目的だったろうし、その点では、もっともっと底深いところを、中国は狙ってやってるだろうとは思う。
~
「世界は自由と民主主義の価値観を共有する欧米と中露などの独裁国の冷戦時代に入ったとする論調が多いが、冷戦後の欧米中心主義の秩序を固守する勢力、中露などの独裁大国の勢力、そして、そのどちらにも与(くみ)しない勢力の3つに割れているという見方もできる。 世界が二分されるという単純な議論に乗ってアメリカに追従するだけでは道を誤る。冷静に新興国や途上国の言い分に耳を傾け、日本独自の外交ポジションを構築すべきだろう」~
ところがですね、
「新興国」や「発展途上国」ってのは、現状の『ロシア』『中国』『北朝鮮』と同様、専制的あるいは個人独裁国家が やたらと多いよね。
で、そういう国は、そういう国どうしで、お互い不干渉で参りましょうやと、
そこには、自分たちの独裁を継続することを第一にした思惑が あろう。
相手の専制や独裁には無関心な代わりに、自分とこの専制や独裁も、目を瞑っててもらう。
全体的に、政治への国民の関心も低くは なく、つまり、日本人のように諦めては いないように見えるし、任期を明確に定め、選挙制度も機能し続けているようだと思しいアメリカの場合、大統領が、個人としての、また、長期にわたる独裁政治を行なっていた時代ってのは、あったのかな?
私が知るかぎりで、
少なくとも、それを目論み、実行しようとしたのは、トランプ氏(及び、彼の家族)くらいだろうと思う。
『北朝鮮』の「金王朝」や「プーチンのロシア」のように、「トランプ王朝」を打ち立てたかったんでしょうかね。
で、私も、過去エントリーにて、トランプ政権が発足した当時、
彼とロシアとの あいだに、いったい何が あったんだろうか?
と、非常に訝しく思っていることを述べておいたのだが、
最近になって、フランスの「極右」政党の党首が、ロシアに、大金を借りていたとかいう記事を目にして、
ああ、これかな?トランプ氏の抱える事情も、と思った。
何らかの弱みを握られているようだとは察していたけど。
とにかく、「力で現状変更」が許し難いのも そうだろうが、時代錯誤はマッピラ。
たとえば『イスラム』原理主義とか過激派の主張するところを、「わが国では」こう、これが伝統なの、と唱えられても、そんなもん、まっぴらだ。
ああいう主義主張が、およそ人間にとって正しく真っ当なものであるなら、
「マッチョ」信奉の男どもだけでなく、ほとんどの女性たちにも妥当性が あるものなら、
なぜ、あれほどの性暴力が頻々と起き、女性の人権を侵害することに対するデモや抗議が続いているのだろうか。
言って悪いかもしれないが、現状では、全体的に、けっして知性や教育レベルが高いとは言い難いような国の女性たちがだ。
彼女たちの あげる瞋恚の声を、他国人の私らは、ただ無視していれば いいのだろうか。
やはり、女性は人間のうちに入れていない?
だったら、むろんマッピラだよ。
もう一度、言ってあげようか。
戦争が、少なくとも、大規模な戦争が起きないようにする方法とは。
戦争と性犯罪がセットで脳に組み込まれてる男が いなくなることよ!w
「人類が学ばない」のでは ない、男には学べないの。
本能的に組み込まれてるから。男の脳みそには。だから繰り返す。
そして、
いろんな「文明の利器」たるものは、戦争が最も多くを産み出したでしょう。
で、その「文明の利器」によって、人類全体が困ったことにも なってる しまつ。
あと、付け加えておくのは、
まさに「終わってる人」アベシの ご意見お説なんかを、なぜ、『毎日新聞』などの大手新聞社が取りあげてやってるのかね。
やっとかめ、あの政権が倒れてくれたと思いきや、意地になって着用し続けた「アベノマスク」を、ふつうのマスクに取り替えると同時に、
ほとぼり冷めました~と言わんばかりに、チョロチョロチョロチョロしてる。
あの顔、見るのも厭だ。
軽薄を象徴したような声も しゃべりかたも、ひたすら嫌悪が募る。
私が、安倍晋三という個人からして大っ嫌いな理由はね、
ここでは第一の理由だけを述べるとすると、
国家権力を駆使してまで、弱い者苛めを するからです。
そして、
それは正しいことだと、
なぜ、正しいと信じるのかというと、
あくまで自分個人の利益になることは正しいことだと疑いもなく、幼児的素直さで信じているからだ。
プーチンに対する憧憬とシンパシーを抑えきれずに、チョーシこいたことを言うわけよ。
あのチョーシじゃ、もし、プーチンのロシアが、ウクライナを たちどころに制圧・掌握していたものなら、今ごろは、何を口走ったやら、知れたもんじゃない。
ロシアでも中国でも北朝鮮でも、アベシと共通していること、
それは、ごく一部の「オトモダチ」以外は、自国民であっても
「こんな人たち」
と敵視し、排除する。
こんなの、政治家としても論外でしょ。
あーやだやだ。
2022.04.23 (Sat)
「仲間を助けるため」
――ふん、いかにも「マッチョ」の大義名分だよね。
「あんたのために」は自分のためw
これは、『アメリカ』だって御同類と言えば そうなんだけど。
『「新冷戦」論への疑問とルワンダで聞いたあの言葉(週プレNEWS) - Yahoo!ニュース』4/22(金) 6:00配信
「プーチンのロシア」に対し、積極的にせよ消極的にせよ、諸国が一様でないのは、それが現実だということだろう。よくある話だ。
世のなか、そんなバカな理不尽なと思えることでも、実際に罷り通っていたりするし、
その裏には、やはり、何らかの利害関係やシガラミが横たわっていたりする。
利害やシガラミと理想や正義は関係ないからね。
当初から、私は、
「特に、問題の『東部地域』だけは、入手しないままで終わるわけには いかぬと考えているのであろうプーチン大統領に対し、「独立」を主張している くだんの地域を敢えて切り離すことにより、国家としての『ウクライナ』全体は死守し、同時に、『NATO』加入条件を満たすことにも なり得るのでは」と、思うところを述べてあるのだが、
すでに『クリミア』のことも あるから、のちのちのことを考えると、簡単に「そうですか」とは いかないのだろうとも思う。
しかし、どこまでも拘り、意地になったままでは、いつまでも終わらないだろうし、
もはや、これだけの犠牲を積み重ねてしまってるから、あとには引けなくなってしまっても いる。。。
だから、とにかく早く切りあげないと いけなかったんだが。
正直な感想を言えば、
ここまで膠着してしまうと、双方ともに主張の極端な差異が あることも相俟って、どっちが どれだけ本当のことを言っているやら、他国の一般人には判断が難しい。
特に、「人道回廊」っての、ウクライナ側は、ロシアが攻撃してくるから使えないままに終わったと言い、ロシア側は、ウクライナのほうに、使う気が ない、「市民を盾にしている」とか言う。
そもそもウクライナ側の一般国民の事前避難方法にも、致命的マズさが あったように見受ける。もしかしたら、わざとのことだったかも しれないし。
バイデン大統領については、すでに、『アフガニスタン』問題に おいて大失敗していると思うし、同様に、ゼレンスキー大統領についてもだ。
ゼレンスキー大統領に関しては、この戦争が終了後に、ウクライナ国民の、彼に対する本当の評価が どう下されるのか、私は、興味深いとも思っている。
いずれの大統領にも、何らかの意図なり思惑あってのことだったかも しれないが、
私が、もしも、彼らの立場だったなら、どのように対処したか、たぶん、異なる方法を とっただろうと思うので、そもそもからして、誰の味方を するつもりもないことは明記してある。
『アメリカ』に対しては、日本の一国民として見ても、また、過去、諸外国に向けた仕打ちの荒っぽさと、そのイメージとは裏腹の巧妙な悪辣さを見聞するにつけても、タチの悪い国だという感は ある。
けれども、
そのような経緯を繰り返してきて、オバマ大統領の あたりから、方針の転換が、それまでに なく打ち出されたようには思える。
それに、いま、『ディズニーワールド』で、『LGBTQ』に かかわる『フロリダ』州の「州法」を めぐって起きている「特別自治権」廃止の騒ぎなどを見ても、まだまだ、いかにも「アメリカは田舎」が本質なんだなという感じが する。
知事が『共和党』だというし、トランプ氏の影響なんかも あるのかな?
しかしながら、
どうであれ、この『ウクライナ』侵攻問題については、つとめてシンプルに考えざるを得ない。
つかず離れずが賢い やりかたである、自国の「国益」第一に考えよ、という、もっともらしい冷静な意見も、時と場合によると思う。
まずは、
ここで、またもや「プーチンのロシア」を勝たせてしまうとマズイ、
ということ。
もし そうなったら、
わが国も含めて、今後の諸課題が、どれだけの悪影響を被ることかは明白だ。
それは、「対ロシア」の基本姿勢を示しただけでも明らかになっているのだが、それ以上の事態を想定しなければ ならなくなっている。
プーチン大統領は、「味を占めている」から、何度でも繰り返す。
少なくとも今回、プーチン氏は、あきらかに悪い。致命的に悪い。
そうでは ないのだろうか。
ここぞと、日本国内でも、アベシを支える『日本会議』系の連中や「ウヨ」「ミリオタ」連中が、ほとんど悦びにも等しい声を あげているのを見るにつけ、私は、プーチン大統領に、もう、腹が立って腹が立って。
なんてことを してくれたんだろうかと。
自国の政府やトップが、「大本営発表」のもと、つごうに合わない情報を遮断し、強圧的にコントロールするために、国民の権利や人権を奪って よいとは、とうてい思えない。
それは、国民を、無気力な、または野蛮なバカに仕立てあげる方法だ。
当の国民にとって、このうえなく悪い統治者であることは明白なはず。
ところが、
『日本会議』とアベシ、そのシンパ連中は、国民主権を奪うべきだ!と、はっきり宣言していたんだからね。私は『ユーチューブ』で見たよ。
このことを、どこのメディア企業も報じない。
それどころか、相も変わらず、アベシを登場させてやり、言いたいことを言わせてやっている しまつ。
ほんとうにブキミだよ。
そう言えば、先日、「あくまでも中立」もしくは「カクレ親ロ」なのか どうなのだか、誰かが、
軍事関係の支援では なくて、「戦災を被っている一般の人々に対し、『生活の質』を維持してもらうための物資を援助」する程度が望ましいと主張しているのを見かけて、
「ただいま戦争中なんですけど。『生活の質』どころや おまへんのやけど!
」
と、そのキレイごとの悠長さに呆れたことだ。
プーチン大統領が唱える「大ロシア」ってのは、それを日本に置き換えたら、さしづめ「大日本帝国の再現を」みたいな主張でしょ。
そりゃ、時代錯誤なんてもんじゃない。
なにを血迷ってか!と言うに ふさわしい。
いま、いよいよ尖閣が沖縄が、そして北海道までも!と、いやがうえにも不安の声が高まってきたおり、
万万が一、もしも、日本の国内で、侵攻事態が起きたとしよう。
そのときに、「自国の国益上」とて、「第三者」的他国に揃って知らん顔されたり、
せいぜい「食料や日用品の支援」だけで済まされたら、どう思うのですかね?古賀さん。
まさかだろうけど、
とにかく、今のところ、ロシアあるいは中国に呑み込まれるほうが、アメリカよりはマシだと思うのですかね?
「旗幟を鮮明に」しなければ ならない場合も ある。
内戦とか国内紛争の範囲を超えているから、この『ウクライナ』侵攻については、つよく憂慮する国民が多いのだろう。
【続く】
2022.04.19 (Tue)
『人を殺させる者、させられる者。』の続き。
とは言え、有権者・国民全体の知性が、そうとうに高くなる社会が実現される日は、恐らく、はるかに遠いのだろう。見果てぬ夢のように実現不可能なのかもしれない。
そのことは、すなわち、まともな「社会主義」や「共産主義」が実現されるにも甚だ困難であり続けたことの本質的理由をも示しており、
往々にして、それらの主義を掲げている国に おいてこそ、最も、情報の極端な遮断や管理社会による専制・独裁的為政者・政権が出現し、尚且つ操作や小細工してでも、長期に わたり居座り続ける例に事欠かない原因でも ある。
ま、『共産主義』の実現に至るまでも、その前に要請されるのは、やはり、有権者・国民の知性と聡明さであるのは同じことで、これなしに無理やり導入してしまえば、あたかも「先祖返り」した如くに、当然、あらゆることの強制的管理、はては「密告社会」を招く、そういうことなのだ。
古今東西も現状も、結局のところは、
一言で言えば、やはり、「プーチン」的存在一人に振り回されている。
故ソルジェニーツィン氏にも見通すことは できなかった。
なぜ、このような事態を迎えることになるのか、
どのように防いでいくのかを、どこの国であれ、民族であれ、政治体制を とっているのであれ、よくよく考えておくべきことだ。
さて、ここ最近の日々は、私が学校時分から確信していたことの一つ、
「文学界の最高峰は、ロシアにあり」
ということ、それが、何度か、わが胸中を よぎっていた。
なるほど、「プーチンのロシア」、とりわけ、プーチン政権下にあるロシア国民と、ドストエフスキーたちのロシア、これらの甚だしく深い、少なくとも、そう見える乖離を、どう解釈したら よいのかと。
ただ、ひとつ言えるだろうことは、
間延びしたように なだらかな平坦な場所には、けっして ありえない、峻険たる「文学の高峰」に至る恐ろしく険しい細い道なき道の下には、人々の生活の、民衆という存在の、血の涙が幾層にも重なった地下水脈として流れていて、
いよいよ頂上に辿り着けば、そこには、怨嗟や悲嘆の呻きが ひっきりなしに立ち昇って谺しており、合間合間に、ささやかな慰めと、かすかな願いの囁きも入り混じっている。
私自身、学生時代から、特にドストエフスキーを好み、その作品の殆どは読了していたのだけれど、『カラマーゾフ』だけは「最後の お楽しみ」的に未読なので、はやく読んでおかなくちゃと、かねてから思っている。
トルストイ、チェーホフ、ツルゲーネフ、プーシキンもだ。
なので、
侵攻が激しくなり始めてから、ウクライナの どこかの街で、プーシキン像が撤去されたというニュースを見て、理解は しつつも、なんとも言えず哀しくなった。
ドストエフスキーも、非常に敬愛していたという、プーシキン。
『「プーチンはウクライナ人を殺し、同時にロシアも殺している」ロシア人作家が語る“本当のロシア”とは【報道特集】(TBS系(JNN)) - Yahoo!ニュース』4/17(日) 9:20配信
「2月24日以降、ずっと悪夢を見ているような気がします」
でしょうね。
まったくの他国人である私ですら、『ウクライナ』侵攻が報じられてからというもの、毎日げんなりする気分だもの。早く停戦をと思わない日は ない。
「プーチンを倒せるのはロシア国民だけです。私たちが目指しているのは、ロシア国民に理解してもらうために彼らと対話することです。彼らを私たちの仲間に引き入れたいのです。しかし残念ながら、これがとても難しい。そのためには、新たな仕組みや手段を見つけなければいけません。今、それを検討しています」
とても難しいのかあ。。。
それは困るなぁ。まじで困る。
「新たな仕組みや手段を検討している」
これについては、他国の者も精いっぱい協力したいところです。
そう言えば先日、やはりニュースに登場した、在日ロシア人の若い女性が、ロシア国内で、「声に出さないデモ」みたいな活動を実行し始めているとか言ってたみたい。たとえば、支払いする紙幣の端っこに、メッセージを書き込んで手渡すなどの方法で。
「血を流さずに今の政府は出ていかないというのは明らかですから、その結果、ロシアという国が新たに数か国に分裂すると思います。非常に困難なプロセスになるでしょう。もしかしたら内戦になるかもしれない」
ああ、、、![]()
世のなかの おとなたち誰もが、予想しているようすも なかった「『ソ連』崩壊」を、その20年近く前の児童・生徒の頃、ハッキリ予感していた私なんかでも、そこまでのことは考えてなかった。
でも、言われてみれば、
『アメリカ』の前大統領だったトランプ氏の政権が、退くべきときが来た最後の最後に、議会が襲撃され、死傷の場と化した、あの悪夢と恥辱の出来事が起きたのだものね。
「プーチンのロシア」が、その程度で済むはずは ないか。
しぶとく悪足掻きする連中のパターンだ。
ただでは起きないし、転ぶときは、傍も巻き添えにするか、傍だけ転ばせて、自分が立つ。
それが「敗者」にならないことだと信じている。表面的な、目先の「勝ち負け」でしか考えられないオツム。
最後に、これだけは、明確に言っておきたい。
同じ日本人に対してなんだけど、
以前から、言っておかないとと思っていたこと。
日本国内で、ロシア料理店などを営んでいる人たちや、少なくとも一般のロシア人に対して、差別や排斥的な言動を とるのは、やめなさい。
なんと下品で、短絡的なことか。嘆かわしい。恥ずかしいったら ありゃしない。
地方の温泉宿泊施設だかが、早速やらかし、あろうことか、公共交通の案内表示などにまで、利用客の一部からのクレームが あったことを理由に、そうした動きが見られたという報道を見たけれど、
そんなことを やっても、何らの改善や解決にも ならないどころか、
われわれ日本人にとっても、あとあと、けっして良くないことを招くもとに なる。子どもの教育にも甚だ悪い。
…
立って、今すぐ、十字路に行って、ひざまづいて、地面にキスを、
それから、四方に、世界じゅうに、お辞儀して、大きな声で、
わたしは、人を、殺しました、と…
(「ソーニャ」の ことばのウロ覚え――ドストエフスキー『罪と罰』から)
『罪と罰』の登場人物のなかでは、現代日本女性のハシクレである私にも理解しやすかったのは、ラスコーリニコフの妹ドーニャだな。
「聖と穢れ」に引き裂かれているかのようなソーニャの、ある意味での欲望さえ垣間見える、家族への やみくもな犠牲的奉仕は、
殺人を犯し、やがて、人の世の刑に服することとなったラスコーリニコフたちへの奉仕へと切り替えられたことによって、彼女のなかにも潜んでいた ある種の歪みが ただされたのだとも思える。
とにかく自分が、自分さえ犠牲になれば いいということにも ならない。
誰かが誰かに犠牲を払わせるのを、可能なかぎりで防ぐことも大切なのだ。
ユダヤ人という存在に対する、作品のなかでの扱いは、かのシェイクスピアにも興味深いものが あるのだが、ドストエフスキーも、ユダヤ民族を殊のほか嫌っていたそうな(苦笑)
ところで、
『誓いの休暇』という『ソ連』時代に制作された映画が あるのを知っている人は、いまどき少ないだろうか。
『西部戦線異状なし』のパウルたちと、何も違わないような、ごく若く、純朴な兵士の、つかの間の出会いと別れの物語だ。
もっと古い、終戦して数年後の制作である『山河遥かなり』はアメリカの映画だが、
こちらは、『ナチス』のせいで、家族全員が引き裂かれたまま、あても なく彷徨する、東欧の少年と母親の再会に至るまでの物語。
私は、学校時分に、テレビで観た記憶が あるものの、
長いこと、『誓いの休暇』とゴッチャになっていた。
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【旧ブログ2011/04/02の記録から抜粋】
亡き母が
忘れ得ぬと言い残せし
ト翁の『復活』
われも手にせむ