2022.05.26 (Thu)
『再び、「ズレを感じるとき」』の続き。
それにしても、「ヤフゴミん」のなかには、ああいう「マルチ商法」の類に引っ掛かったことが あると告白している者が少なくないようだったので、わたしゃ、かなり驚きました。
しかも、その言い訳が、「意識高い系だったから」ですとさ(嗤)
「意識が高い」んじゃなくて、低級な欲が旺盛過ぎたんでしょうw
だいたい「ヤフゴミん」って、株などの投資で大いに儲けてますヨ♪と、ふだんから、コメント欄で自慢しまくる者も多いんだけどねえ(嗤)当然、アベシまんせー!!だよネェ(嗤(嗤)
まあ、集団の「ヒエラルキー」でもって、「信者」らをコントロールしようと はかる仕組みは、宗教も政治も同じですわな。
これは、ついでの付け足しだけど。
『ヤフージャパン』以外のポータル サイトでも、復活させた「コメント欄」というものに対する意見が出てきたりしているようでw
先日は、「コメント欄を設けるのは、あくまで企業やサイト側の自由だ」とする投稿も見かけたが、
こんなものは、たった一言で済むのよ。
「自由と責任」。
ほれ、マイノリティや弱者叩きが大好きなネトウヨが、誹謗中傷を投稿する「自由」をジャマしてくれるな!とて、特に好んで言い放つセリフの定番、それが「自由!」ですよねw
「自由には責任が伴う(はず)!」とも、よく力説してるよねえ?ww
私自身、例の「いやがらせカルト連」の誰やら(たしか「キグル●だったかな?w」)に、ブログのコメント欄を閉じているのは卑怯だ!とかと、
ま~、しつこくイチャモンつけられたことが あったが、こっちの勝手じゃ。そんなもん、知るかい。┐(-_-)┌
あの連中こそは、うちのコメント欄へ連日しょっちゅう押し掛けてきて、支離滅裂で凶悪な罵倒・恫喝投稿を大量に並べ立てて荒らすんだからよ。
こちとら、あの連中みたいなヒマ人でも なければ、
何かの胡散臭い集団構成員として、手分けするための徒党を組んでるわけでも なし、
毎日毎日、ブログやコメント欄の管理だけして生きてるのと違うからな。
ちなみに、当時の私は、自分が被った被害が、何によって引き起こされたのかを突き止めたいと思って、多少いろいろと追跡・調査していた頃も あるのだが、
まずは連中、案の定、かの『2ちゃんねる』常連でも あったようだ。
あんな、犯罪者の巣窟みたいな所へ出入りする やつらの気が知れんわ、ほんとに下品でモノズキだなあと、
私なんかは心底から呆れてたもんだけど。
いまでは、『ヤフージャパン』コメント欄が、かつての『2ちゃんねる』の代替を果たしてるよね(嗤)
だから、『ヤフージャパン』の運営に対しても、何度も言ってきたの。
「管理責任を持ちきれないのなら、コメント欄は閉鎖しなさいよ、社会的に有害なレベルですから」と。
ところで、
旧ブログか過去エントリーでも述べておいた話なんだけど、
たとえば、小学生の頃、うちの母親が、『PTA』で親しくなっていた保護者からの誘いを断り切れなかったのか、その保護者の娘であるクラスメートと一緒に、ある日、とつぜん、「新興宗教」に相当する類の組織の集会に連れて行かれたことが あった。
そこの会場に入ってから、あたりの ようすをキョロキョロ眺めていた私は、やがて、「教祖」なる人物が(私に付き添っていたクラスメートは、「先生」と呼んでいたようだが、遠目には、子どもの眼にも、まだ、わりと若いように見える、女性で あった)、さも勿体ぶった、「お高く留まった」みたいな ようすで、側近と思しき者らに、うやうやしく かしずかれつつ、壇上に登場し、設けられてあった「玉座」のような雰囲気の席に着いて、ほどなく、私は、強烈な違和感と嫌悪感を もよおしてきた。
「教祖」のみならず、
そこに いる人(信者)たち全員にも、なんとも言えない異様さを感じて、
帰宅後、母親に、
「アレなに?
あんなのヘンやん
」
と訴え、
もちろん、そもそも本気でなかった母親も苦笑して頷き、以来、私ら親子が参加することは二度と なかった。
それより何より最もショックだったのは、
私の隣りに終始つき添い、いろいろと、その場に おいて やる事と決められているらしい しぐさやらルールを、懇切丁寧に「教えて」くれたクラスメート、つまり、うちの母親と、『PTA』で親しくなった おばさんとこの長女なんだけど、
彼女とは、小学校に入学当初から長らく同じクラス、しかも、偶然、名前も一字違いの同音だったせいか、先方から親し気に仲良くしてくれて、優しく穏かな性格の彼女に関しては、ただの一度も、不快な思いなど したことが なく、たびたび、お互いの家へ遊びに行き来していた頃が あった。
そんな彼女は、私と違って、りっぱな優等生なのに、あんなヘンなものに夢中になってるなんて、なんで、なんで、、、
と、それが第一の衝撃だったわけ。
ところが、彼女の おとうさんが急に亡くなられてしまい、お葬式のときに、私も母親らと参列した記憶が かすかに あるのだけれど、こまかいことは憶えていないものの、なぜか、彼女の おじいちゃんが、よろよろと玄関先に出て来られ、手にしていた お茶碗らしきものを、いきなり、出入口のセメント敷きの所に叩きつけて、カチャーンと割られたので、それと同時に、参列していた人たちの あいだから、「おお」「ああ~」と いう溜め息まじりの どよめき声が響き渡ったことだけは鮮明に憶えている。
あとで母親に尋ねたら、そのクラスメートの おとうさんが生前、日常的に使用されていた お茶碗だということだった。
振り返るに、
うちの母親も、おばさんも、あの頃は、まだ30歳代なかばくらいの年齢だったのだ。
彼女の一家は、残された全員が、悲しく、将来が心細く、辛かったことだろう。
いまになって考えると、どうも、この頃から、おばさんやクラスメートたち一家の異変が起きていったように思えるのだ。
やがて、私らは中学生になり、別の学区になり、以来、疎遠になっていたのが、お互い20歳代になっていた ある日のこと、突然、彼女からの連絡が あり、訝しく思いつつも、「遊びに行って いい?」と言うのを断る理由も ないので、なかば戸惑いつつ、約束の日時が来た。
会ってみれば、
子どもの頃と変わらぬ、利発そうな清楚な雰囲気は そのままに、
しかし、私が真っ先に驚いたのは、あの、屈託のない、明るい眼差しが、すっかり、底光りするような、得体の知れないような表情の眼つきに変わっていたこと。
彼女は、なぜか、見知らぬ中年男性を伴っていた。
ますます困惑する私に、言い訳のような理由を言っているのを聞けば、どうやら、あの新興宗教への、再びの勧誘が目的なのだった。
せっかく久しぶりの再会なのに、残念だけれど、玄関先での立ち話だけで帰ってもらったが、彼女らが去ったあと、うちの母親は、
「な?こんなことやろうと思ったわよ」
と言った。
私としては、あれから、きょうに至るまで、例のヘンな新興宗教の団体に入ったままだったということに、まずは驚いていたのだが、
むしろ、もともと真面目な性格の優等生だった彼女だからなのかなぁとも思った。
いずれにせよ、とっくに疎遠になっていた私のところにまで、信者仲間を連れて訪ねてくるくらいだから、その組織もジリ貧状態だったのでは なかろうか。
【続く】
2022.05.25 (Wed)
まずは、例の誤送金について、もう少し。
あくまで「法的には確保」したと、もとの公金の殆どの金額を回収できるとか、役場の口座に復することが できることになったとか、
そういうニュースが あったようだが、
けっして「よかった」んじゃなくてデスね!
まあ、全く取り戻せないという事態よりは、ずっとマシ、だろうにせよ、
あんなケッタイな伝票で通るとは、ふつうは思わんだろうに、シッカリと確認も しなかったのか、トンチンカンなんてものじゃないデキの新人、
それ以上に(以下か;)
無責任な「メクラ判」突いてたのかい?
と思える役場の上司ら、
「これは何です?以前は、こんな伝票は使わなかったですけど?」
とか言ってあげなかったのか、
事後になってから「だいじょうぶデスか?」と言ってきた不親切な銀行、
特に、氏名も顔も全国一斉に晒されちゃったネコババ野郎は、ちっとや そっとの軽い刑罰を受けるよりも、もっと重い罰を、すでに受けさせられたようなものだろうな、はははいやはや。
くだんのネコババ男の面相を見るにつけても、「どこが『男前』やねん?(嗤)」という感想は正直、禁じ得ないwそれどころか、どう見ても、こりゃ「よた者」「チンピラ」や ないのかい?!
と言いたくなるほどの、ガラの悪い風貌だったな。。。やっぱりか。
特に、カネに汚い県民性なのかという印象は、アベシと、その地元の おかげで、私のなかでは、すでにシッカリ確定していたものの、そこへ加えて、美意識やセンスも皆目、備わっていないようだと思えたわww
役場の失敗の、呆れるほどの愚かさについては さて置き、
ネコババ田口の場合、なにが「罪」と言ったら、それは、悪意、悪質性、ひとえに、すべて分かっていたうえで、まだ全然、何の決着も ついていない、どう扱うべきか分からないままの、そもそもが自分のものでは全くない金員それも公金をばサッサと右から左へ、自分の勝手で動かしたことだ。
すべて知っていて、(カジノ関係の業者に)ほとんど、または全部を振り込んだことと、
単にカン違いして振り込んでしまったこととは、悪意と悪質性に おける大きな差異が ある。
大いに悪意あった田口某、ならびに、役場の職員を庇い立てするような向きにも言っておく。
「ミスや間違いは、誰でも、どこかで やってしまう恐れは あるのだから、あまり責めるのは、、、あすは我が身」
などという、それに真っ向から反して、
職員らのミスや間違いに、徹底して つけ込んだのは誰なのかってことだ。
そう、あきらかに、当の田口自身だろが。
こやつこそは、他者のミスや間違いを最も容赦しなかったのだから、今後、おのれが生きていくうえで、自分自身のミスや間違いや迂闊さは、断じて許されないよなあ。
完璧な姿勢で処していくのがスジというものだろう。
すでに、どデカい間違いを犯した こやつこそがだ(嗤)
それから、
これも「ヤフゴミん」の主張を見かけたのだが、毎度のように、こやつらのアタマと精神の程度を せせら嗤いたくなったこと。というのは、
なにやら、地方から都会へ出てきた学生とか、まだ入社して日の浅い会社員などをターゲットに、これと同様、地方出身の、同世代の者が、二人一組などになって、街角で、奇妙な勧誘を執拗に繰り返しているという現象を、『関西テレビ』だったかが報じていて、その記事の内容に よれば、くだんの勧誘する二人組から取材を始め、確認を進めていったところ、
結局、もとは「マルチ商法」とか「ねずみ講」とか呼ばれるようなことを やって、おそらくは前科者か、それの寸前まで行ったようなヤカラが、社会に戻って来て、またぞろ似たことを やろうと画策し、しかし、さすがに今度は、司法分野の専門筋の協力を得たとかで、「コンプライアンスが」云々と小賢しいことを並べ立て、その「商法」や「講」組織のテッペンおよび直接の配下らを、「カリスマ」だの「師匠」などと呼ばせており、
要は、
まさに「法の抜け穴」を利用して、
実質は以前と同じ「マルチ商法」「ねずみ講」の類を繰り返しているものらしい。
さすがの「ヤフゴミん」と言えど、精いっぱいに「法の不備」ということを指摘し、これについての「議員の怠慢」ということをも あげつらっていたが、
ここに、はなはだ余計で、やっぱり浅はかだなと、私が思ったのは、
「ネトウヨ」と呼ばれるような論調でもって投稿したがる者の大きな特徴の一つで あるところの、
「何でも かんでも、政治や政府のせいにするのは、好きでは ないが」云々
てな、しょうもない前置きだ。
もっとも、こういうセリフを常用する者の本音は知れている。
あくまでも、『自民だっぴ党』のせいにだけは するな!![]()
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って牽制と願望なのよw
それだけだわね(嗤)
で、まあ、あえて厳しいことを言うとだね。
ああいった勧誘の類に、やすやすと引っ掛かってしまうのは、若い世代に多いというのも事実なのだろうが、これは、いわゆる「世間知らず」と呼ばれるような、「世間知」の低い、人生経験の乏しいことから来る面が最大であろう。
しかし、
こういった面での「ストックの乏しさ」を抱えたままであるゆえなら、それが「いいトシ」の中高年だろうと高齢だろうと、同じく易々と引っ掛かっている現実が あるわけで。
特に、高齢者の場合、自分が若かった頃や現役時代とは多かれ少なかれ変化しており、様々な変遷が あったのだということについて甚だ疎くなっており、ある時期からは、ほんとうに全く不勉強となったまま、のんびりマイペースで生きてきて、そのうえ、もはや、おつむの働きも鈍ってきている場合は少なくないだろう。
そこに加え、
そんなレベルでも、現役時代には、かつての景気などが手伝い、なまじな大金を持ち得ていれば、のほほんと生きてこれた分だけ、そうとうにウヌボレても おり、実際的には、すでに不相応な自負心ばかりを維持し続けて、本人だけが現役の延長気分で いることも多いのだろうと見受ける。
ウヌボレや自負心は、えてして脆い。
頭脳や身体が弱ってくると、「防御本能」的に、反比例するかのように、なおさらウヌボレや自負心を つよく保とうとする傾向が出てくる。
なので、
なかには、コンビニの店員さんなどが、いっしょうけんめい忠告しても、警察に駆けつけてもらおうとも、頑なに拒絶し通して、何らかの「反社会的」組織や存在に、うかうかと大金を渡してしまう、これ自体が実質的に反社会的行為になってしまうようなことを犯してしまう。
私なんかは、懇切丁寧な注意や啓蒙では効かないのならば、いっそのこと、反社会的組織に加担した!ということで、これは もう、ずばり犯罪行為であると指定してしまったらイイのにとすら思うくらいだ。
さて、くだんのヤフゴミんが言うように、「法の不備」は「議員の怠慢」といった指摘は、これ自体は尤もだけれども、それは置いといて、
ここでも、あえて厳しいことを言えば、
なにも子どもや知的障碍などじゃないのだから、
いかに世間知らずで あろうと、大学生にもなって、やすやすと引っ掛かるのは、それこそ「自己責任」と言われても しょうがないことだ。
極端なことを言えば、
引っ掛かるカモさえ いなければ、詐欺を はたらこうと、手ぐすね引いてる者が いても、どうにも はたらきようが ないわけでね。
だいたい、ごく普通レベルの常識に照らして、おかしいと思わないほうが、おかしいようなことだ。
人並みのアタマを持って、大学まで進学して おきながら、
何が悲しくって、
特定の店で、毎月15万から30万もの買物を続けなきゃならんの??
その時点で、おかしいと思わないのが、おかしい。
そりゃ唸るほど金持ちなら、本人の好き勝手かもしれないけど、
「これは自己投資である」などと、まるめ込まれて、
大枚の借金してまで言いなりになる若造も、そうとう、おつむがヘンだし、思考回路が狂ってるよ。
こんな若造が、選挙に行っても、狡猾で悪辣な政治屋にこそ、良かれと投票するに決まっとるわねw迷惑だわ!ww
それでも、
あくまで守るべき存在の子どもでもなければ知的障碍者というわけでもない、
いちおう、大のオトナの本人がだ、
こんなものを信用して、これからも継続する、それで満足であると思うのなら、誰にも止められや しないわね。
そこらへんと比べれば、
「何でも かんでも、政治や政治家のせいにするのは」
という「ヤフゴミん」の前置きセリフは、じつに余計で浅薄。
「自己責任」や「自己判断」だけでは逃れようも ない、どうしようもない社会制度の不備・不足こそが、真っ先に問われるべき、政治家や政治の責任だよ。
まあ、それとて、有権者・国民が、最終責任者なのだけれど。
【続く】
2022.05.22 (Sun)
『【続】なぜ こうなった、日本経済』の続き。
この現代に おいてさえも、戦争となれば、やはり、堅実な「兵站」というものは欠かせない重要事で、実際の働きを各方面で大いに担う存在である兵士たちの処遇に関することも特に大切だ。
企業トップらは、「安売り」も「差別化」という方向で、目先の利益を得るために、一般社員・従業員の人件費から削減していくという、最も安易で危険な方向に走り出した。以来、そのまま、止まることが できないというか、するつもりも なさそうだった。
校閲業務に携わっていた当時の私の視点からは、むやみとIT導入を すれば いいというものでない分野には真っ先に、あくまでも、その分の人員・人件費削減をセットにした目論みから、いきなりITに頼るわけにいかないはずのことから拙速にも進めた。
結果、障碍を殆ど気にせずに就けるだろうからと思って、やっと、現場で、ほぼ自力の蓄積で身に付けてきた仕事を失ったことも あった。
その反面で、
ほんとうにIT化を逸早く促進すべき方面はチンタラと鈍く、昔から象徴的とされていた「ムダな会議」などの旧弊も捨てることなく引きずり続けて、
結局は、中途半端なIT化と旧態依然とが同居しているという、甚だ奇妙な状態のまま、こんにちに至っている。
だいたい、企業トップも政界トップも、ITにトンと疎いままのジジイという存在が、いまの日本の、取り残された状態の理由を体現するシンボルのようなものだ。
思えば私個人的にも、何らかの組織・団体、特定政党を支持する有権者と政治屋連中の混じり合い絡み合う、政争と言う名の既得権益争いの ごつごう「政治」に振り回されて、いらぬ苦労を味わうハメになっていたのだなということを、今さらにして、つくづく自覚する しだい。
そうして、
「自己責任!!」
の叫び声が谺し続けている、この国が残したものは、
周辺の他国に対する疑心暗鬼、
マイノリティや弱者への蔑みの心、
いつ何時、襲い来るかしれない大災害への不安と怯え。
それでも、目を逸らし続けている。
恐らく、終わりが来る その日まで。
そりゃ、子ども産みたくもねえわ、こんな国で。
われわれ底辺庶民は、いじめ殺されるか、いずれは被災して死ぬかだもんね。
さて、
いわゆる「バブル」崩壊については、真っ先に不良債権処理の大失敗、『日銀』の不良債権問題対策の失敗も挙げられているが、(宮澤政権時に、金融機関への公的資金導入を提案するも、マスコミを含めた各界から猛反対が巻き起こり、首相自身も、あまりヤル気も なさげな腰砕けになって終わったという。)
90年代に入ったあたりからは、もう すでに、当時の私が勤務していた職場でも、「終わったなあ。。。」というふうなセリフが飛び交い始めていたのを憶えている。
そうして、90年代後半からは、企業や、特に金融機関の大型倒産が相次いでいった。
もともと日本は、大昔からの『皇室』行事全般にも代表され、近・現代の先端産業に至るまでも明らかなように、自分で一から産み出す能力には乏しいので、ほぼ常に、他国や他民族が考案・開発したものを土台に、それより いっそう使いやすくするための観察・分析を行なったうえで、大概は細々した付加価値をも添えて、あとから乗り込むパターンを とってきた国民性だ。
要するに、図抜けた「天才」というよりも、真面目にコツコツな「優等生」気質なんだろう。
近年は、国家の施策などでも、他国が やって失敗したことを、わざわざマネしているのか?と訝りたくなるような しまつで、しかも、周回遅れと きている。
なぜか、あさはかな「ウヨク」連中が有難がってる中曽根氏の政権は、1982年11月~87年11月にかけて続いたが、
あたかも麻薬のような、いわゆる「バブル」の発生を、次いで、その悲惨な崩壊以降、ずっと続くこととなった日本経済低迷の時代の糸口を招いたのが中曽根政権だという指摘も ある。
ところで、
『中曽根政権』直前の1982年6月に『IBM産業スパイ』事件というのが起きている。これなんか、もろに、入れる箱、すなわち「ハード」は真似しやすいけど、なかみ、「ソフト」を発案し、実現させるのは苦手、という日本人の特徴が出てしまった感じの事件だな。
で、
当時は『G5』としての「協調介入」で あった、例の『プラザ合意』のときに、出席した大蔵大臣が、竹下さんだ。
のちの首相時代、いまだに揉めるタネであり続ける『消費税』を導入し、
あのクッダラナイ『ふるさと創生』とかで、日本列島の津々浦々に1億円バラ撒いたことも あった竹下さん。
田舎者の能力やセンスを見極めて、それで、何なの?という感想しか ないわ(呆)
ついでやけど、
「アベノマスク」で嘘臭い媚びを披露し、社会的弱者を侮辱する発言を行なった、この人の孫だとかいう芸能人のナントヤラ、わたしゃ、アベシと同様に大キライですわ。
当時の『アメリカ』大統領レーガン氏が来日した おりは、日本のマスコミも熱烈歓迎の ようすだったが、
若かった私なんかは、政治・経済の難しいことまでは考えていなかったものの、ただ、やたらとアメリカ大統領に媚びまくる日本の首相に、
なんかキモチ悪いな、、、![]()
という印象が残っている。
「不沈空母」云々と言うセリフにも、素朴な不快感が あった。
こうした、
アメリカに思いっきり媚び媚びの日本の首相、という定番スタイルは、以後も代々ずっと続いていった。
それは、ウヨらが言う「媚中」なんてレベルのものじゃない。
主として、商売人の思惑が大きかったであろう「媚中」も問題だが、
「媚米」は、もっと年季が入っていて、もっと複雑怪奇だ。
アメリカ、アメリカ、アメリカ、
すべてはアメリカが絡む、日本の命運よ。
つい最近も、ガス田か何かの掘削施設を、『東シナ海』の中国側ラインすれすれに新設し始めたというので、中国に対して、日本政府が抗議したらしいのだが、
まあ、いまでは、あちらさんの技術力や経済力のほうが上まわってきてるわけだし、真逆に、ビンボボ化が進行中の日本は、以前からモタモタ モタモタしてるっつう話も あったからね、
中国側も、グズを待ってられっかよ!てなもんなのだろうか。
そういった海底資源を取り出すことの特異なまでの熱心さは、大喰らい中国としては、エネルギー供給問題の喫緊性が殊のほか高いからだろうとは思っていたけれど、
最近の『ロシア』との事情展開も あることだし、
「あんたとこは、仲良し(?)プーチンのロシアから融通をタップリ増やしてもらったらエエやんかい
」
と、私ですら、ちと、ピキッとしたものを感じは したがw
だいたい、何事も腰が重いんだろうね、日本側の姿勢も。
ひるがえって、
どうやら、『フランス』の極右政党党首と同様に、おカネのことで弱みを握られていたらしいトランプ前大統領でさえ(←こういうのって、「国賊」とか「売国奴」とか言うんちゃうの?)、個人的に「恩義あるプーチン」に倣ってか、しまいには、子分のアベシに対する疑念すら もよおしているということを隠さなかったくらいだ。
すべて言いなりに従い、
お相伴したゴルフ場では、おなかを見せて媚びるかのように、ひっくり返って横たわり、誘うように、手足バタバタさせてた、涙ぐましいアベシにすらもw
一方で、
お見かけしたとたん、小犬のように喜色満面の小走りに駆け寄り、懇願してまで来てもらった温泉では、さぁー!裸の つきあい つきあい♪とばかり、背中まで流してあげようとしたらしいプーチン大統領が、結局、どういう態度に終始したことか、
さすがの「鳥アタマ」日本人と言えど、少しは、国民としての羞恥と共に屈辱の記憶の片鱗くらい残っているはずだがな。
あまりに媚びすぎたもんだから、国家の威厳なんてものはカケラもないよなあ、日本って。
このうえ、いよいよビンボボ国家になっていけば、ただ憐憫の対象として、世界じゅうから持て余されてしまいそうだぜ(怒)
ウヨどもに言っとくけどな、
ビンボボ国家にゃ、オマエさんらが大好きな軍事関係に注ぎ込むカネなんか ねえし、
無理に注ぎ込んだら、即で国民全体の生活を逼迫させることになる。
それは、即で、国力を落とすことになる。
戦前・戦中の『大日本帝国』を真似してるとしか思えない、けど、
それすら実現できてない(嗤)滑稽な「金王朝共和国」まっしぐらだぞw
ただし、
いまでは、「王朝」も「英雄」も「ヒーロー」に値する存在も、この日本には、もう ないのだ。これからもな。
だったら、いまこそ、一般の有権者・国民は、どうするしかないのか。
「力なき正義や理念」は、たしかに、しまつの悪い、役立たずでしかないだろう。
しかし、「理念と正義なき力」は、阿鼻叫喚の破壊と暗黒を齎す。
「力」こそは、正義や理念を備えていなければ ならないのだ。
ならば、その「力」とは何であるのかを考えなければ ならない。
要領の良さや狡猾さばかりを官民挙げて磨くのでは なく、
真の知性と論理力と哲学精神を養わないとね。まじで消滅するよ。
何年も前から私は言ってきたように、
典型的な「大国間に挟まれて右往左往、難儀する小国」の姿、
それが年々あらわになってきている日本。
2022.05.21 (Sat)
『なぜ こうなった、日本経済』の続き。
しんどいのが ぶり返してしまって、先行エントリーの続きをアップするのが遅くなりましたわ。。。![]()
さてですね、
日本は「生産性が低い」「成長できない」、
そりゃまた、いつから、どうして?と、首を傾げるばかりだった私。
いちおう、戦後の「高度経済成長」期、やがて公共事業や不動産投資中心に大いに注力した『中曽根政権』から、ドル高に苦しんでいた『アメリカ』を救うための『プラザ合意』のみならず、今度はドル安だからと、『ルーブル合意』にも至り、で、
わが国のほうは「円高ドル安」によって発生した「バブル」の時代それ以降から、こんにちまでの日本を生きてきた私なのだけれど、そこまでの流れを、しっかりと理解し、詳細に記憶しているかというと、そんなことは ないのである。動きが激しいうえに、けっこう ややこしいのよねえ。
とにかく、どんなに「景気が良い」とて、世間が浮かれ、沸き返っていようと、私個人は、そんなことからは遠く、およそ人並みの人生とは言い難く、
子ども心にも、「この親のとこへ生まれてきてしまったからには、、、
」と、
どうしても、なんか暗い将来の予感が もたげてきて不安で、
もう、生きてるだけで精いっぱいだわ、てな感覚だったよ。
外見は、おっとりノホホンに見えてたらしいけどね。
『私の苦悩は、誰も知らない』。
だって、人並みの身体条件でないうえ、家庭環境劣悪だったんだからさ。
せめても、どっちか一つにしてもらいたかったわよ、まったく。![]()
そして、やはり若い頃は、政治や経済の世界についての関心は、それほどには なかった。
それでも、のちの職業では、新聞などからの情報をマメに得ておかなければ ならなかったので、同世代と比べて、かなりの関心が あるほうだったろうとは思う。
ただ、「バブル」の頃には、うちの近所周辺でも、まさに「土地成金」が、けっこう発生していたようだったことはウッスラ憶えている。
うちの実家は、もともと、この地域とは全く無関係な遠方から引っ越してきたので、「よそ者」と見做されてきた部類だったし、もちろんのこと、「土地持ち」なんぞでは ないのだが、私が幼稚園・小学生時分あたりから、住宅などがドンドンと増えていったので、それだけ、うちと同様の「よそ者」が大勢、流入していたわけだろう。
それまでは、ほんとうに田畑だらけの、大多数は先祖代々からの中小規模農家が多かった地味な地域だったようだが、せいぜい、市の中心部にでも出向かないかぎり、日常の買物を する店舗ですらも、近辺ではロクに見当たらないほどだった ここいらも、あの頃、田畑を手離し、農家、少なくとも専業は やめて、マンションやアパート経営に乗り出した「土地成金」が続出していたようだ。
そんな「土地成金」が闊歩している姿を指して、うちの母親なんかは、
「きょう、駅で電車を待ってたらな、まあ、いかにも成金まる出しの、センスも何も あったもんやない品のない金ピカ趣味のカッコして、得意そうに歩いてるオバちゃん見かけたけど、ほんま、ここいらの土地持ち百姓まる出しやった」
と、思いっきり嘲笑していた。
あの当時、たしか『NHK』でも、
「さああ!好景気日本の皆さん、ハリキッて まいりましょー!!」
みたいな盛り上げ調子のドキュメンタリー番組やってたのも憶えてるよ。
そして、うちの親父も何を浮かれたのか、どこぞの株に投資して、完全に失敗していたw
もともとケチで小心な性分だったせいか、辛うじて、「お試し」程度から始め、アッと言う間にビビりまくり、ほうほうの体で撤退したから、大きな損害にまでは至らずに済んだらしいが。
私自身は、病気しながら働いた頃は特にだが、なぜ、こんなにシンドイのか、報われぬ思いを しなけりゃならないんだか?と、派遣や非正規の身分で働いていたときの辛い記憶ばかりが重たく残っていて、
あとから気づいた小泉政権やケケ中らの やっていたことについても、憤りは消えない。
日本だけが取り残されている状態の発端には、まず、「バブル崩壊」の後始末に失敗したこと。そして、その後の「IT(情報技術)導入」が、あまり うまく いかなかったからだという2大指摘が あるようだ。
この指摘は何ゆえというと、これも あとになって思い当たったのは、私自身も若い頃から、盛んに言われ始めた「リストラの嵐」ってやつ。この毒が、すでに回っていたこと。
つまりは、すでに人手不足が始まっていたのであり、しかも、企業組織に おける「育成」ということを かなぐり捨て始めていて、私自身も、この網に絡め取られていたところの、やみくもな「即戦力」なるものをば求め始めた企業は、当然、深刻な人材不足の道へと、まっしぐらに足を踏み入れていた。
そのため、怒涛の如く押し寄せてきていた世界規模の大波、「IT」化への準備や移行に注力する体力が、もはや、殆ど残っていなかったのであるらしい。
日本だけ取り残され、浮上できないままでいるという、
世界じゅうから、その不可解さは特異レベルとまで見做されている状態に陥ったままであることは、これらが直接的にして大きな原因だったのだというわけらしい。
それでも、短命だった旧『民主党』政権の後半からは、景気は明らかに上向き始めていたというのに、
多くの国民、有権者たちは、よりによって、胡散臭い「バイ!マイ!アベノミクス!!」と歌い、「官製相場」を繰り広げて、ますます格差の拡大を定着させようと企んだだけの安倍政権をアッサリ返り咲かせ、
あまつさえ、歴代最長にしてしまった。
これも運命とか宿命なのかな??![]()
加えて、日本には、経営者、企業トップを「甘やかす」ような特徴的気風が あるという。
そこには、日本においては、ごく限られた存在である大企業を中心とする経済界と、『自民党』政治との底知れぬ癒着も悪影響を及ぼしているはず。
経営者の甘え、エゴ、政権との癒着、これらのことは、専門筋の指摘が なくても、私自身の勤務経験などのなかで、幾つかの企業に おいて、如実に感じられてきたことだった。
実家の親父だが、身内の会計事務所に、いちおうの重役として所属しつつ、やがてはフリーとして、自分自身の顧客の企業を幾つか持っていたのだが、それら、主として中小・零細規模の経理を見たり、経営顧問を引き受けていた頃の親父が、税務署と渡り合って、連日、神経を擦り減らしてヘトヘトになる時期は特にだが、
自宅で晩酌中などの おり、相手を する母親にコボす話の内容を、私は食事しながら横で聞いていたりした。
たとえば、
経営者一族の身内に、勤務実態というものが一切ないのに、けっこうな高額の「給料」を与え続けるための名目だとか、彼らの家庭内のプライベートな支出のために、会社のカネを流用する方法をと、ためらいもなく要請してきたりする、そんなことのために、税務署の執拗で細かい追及を上手く かわさねば ならず、大いにストレスのタネにも なっているらしくて、顧客企業の社長のみならず、そのワガママな家族や、あつかましい親戚ともども含め、舌打ちしながら罵っていたことも よく あったようだ。
『日産・ゴーン』事件が発覚した おりの過去エントリーでも少し述べたように、
顧客の一人で あった社長とは、税務署の追及を、どうにか こうにか、かわし切った「ねぎらい」だったのか、社長とっておきの自慢の お酒を注がれて、仲良く二人、差し向かいで話しながら飲んでいるうちに、
何かの ひょうしで、親父の不満が飛び出してきたのを、社長のほうも応酬し、もともと、両人とも酒癖が悪いもんだから、殴り合いの大ゲンカになって、親父は、おでこにタン瘤こしらえて、よろよろと帰宅したことも あった。
ちなみに、ここの社長さん、フランス人の血を引いておられますw
愛人の女性も おられましたww
で、
せっかく、どこかの資産家の令嬢を おヨメさんにしていたものの、すでに長年、家庭内別居とか冷戦状態だったらしく、
その日も、朝からスキッ腹かかえたまま、急な案件のアドバイスと帳面をチェックしてもらうため、うちの親父を訪ねて来られた。
それで、
私の母親が気を利かせ、急いでサンドイッチを拵えて、コーヒーなどと共に、テーブルに並べたら、
社長さんは、おなかを押さえつつ、おずおずと、
「あの、、、
奥さん、それは、ご主人の朝ご飯で?
」
と、弱々しく尋ねるので、
「いーえ!社長さんに召しあがってもらおうと思って
」
と、うちの母親が答えると、
「え、、、ワタシの?
そ、そうですか!それは それは」
と、感激の面持ちで言うが早いか、サンドイッチを つまみあげ、
以降、
すべて食べ終わるまで、ただの一言も発することなく、
ひたすら、むしゃむしゃゴックンと、ガッついていたそうな。
その姿を見て、うちの両親は、社長さんが帰られたあと、
「かわいそうになあ。ありゃあ、お嬢さま育ちの奥さんに、食事も一切、作ってもらえないらしいからなあ」
と、しきりに哀れんでいたw
【続く】
2022.05.19 (Thu)
最近、「ヤフゴミん」のうちの誰かが、何やら、
「値上げしたら、『われわれ庶民』と言い張る者たちに限って、政府と企業の批判する」のだとか、
「そのシワ寄せは、中小・零細企業に いくので、賃金は上がらないし、非正規が増える」とかも言ってたけど。
べつにサ、「われわれ庶民」と言い張る者(!w)たちに限って、政府と企業を批判するってことでもないだろう。
ただ、この現状では、生活が ますます圧迫されるという事実は事実なのだし、そこには、政府と企業が根本的に大いに関係してるわな。批判されても しょうがないだろうよ。
まさか、
こないだ、うちのブログ エントリーで、ちょっとだけ指摘しておいたけど、どこかの雑誌の記事あたりが、
「値上げヘイト」する消費者ガー、
みたいなこと言ってたらしい、これに賛同してのことなのかな?(嗤)
しかし、だいたいね、なぜか、とにかく「値上げしたら批判されて、そのシワ寄せは中小・零細企業に いくから賃金が、非正規が」ってのは、根本的な順序からして間違ってる。
ほぼ虚偽に等しいことを主張していると、運営にも通報したぜ。こういうコメントも有害だと。まあ、ムダだろうけど。
この投稿者、ケッタイなことに、どうやら、いわゆる「左巻き」とか「サヨク」とか呼ばわれそうなコメントが多いようなのだが、
「ミギ」や「ホシュ」に、エセがウヨウヨしていることと同様、「ヒダリ」にも、やはり、こういうエセが いるってことかいなと思った。ややこしいのうw
さて、
以前のエントリー『ズレを感じるとき。』でも指摘した、
「いわゆるデフレが、日本で長引き過ぎていること、この原因について、とうてい読む気もしないので、見出しか冒頭部分のみチラッと見ただけなのだが、どうやら、たぶん、われわれ一般の消費者を指して、『物価上昇をヘイトしている』と呼ぶ、どこぞの雑誌社の記事も あるようなのだが、しかし、ここで「ヘイト」という言いかたを するのも、おかしいと思う」
「『物価上昇をヘイト』しているのが、一般消費者の傾向として あると言いたいのなら、その根本には、やはり、一般労働者の賃金や可処分所得の低迷が続いていることから論じていなければ嘘だと思う」。
大企業の正社員や、エリートと目される、一部の層は除く、一般的または、そこにさえも届かないクラスも含めた、つまり、ほとんどの労働者の賃金や可処分所得が増えない(それどころか減少してさえいる)状態が、じつに数十年にも わたって、ずーっと続いてきたなかで、少なくとも日常生活に直結しているものの値上げラッシュが受け入れ難いのは、そんなの当然である。
先日、いつも購入していたキッチン ペーパーの愛用品が、いつの間にか、見かけなくなったので、行きつけのスーパーマーケットやドラッグ ストアでも探し続けていたのだが、すっかり、店頭から消えた。
しかたが ないので、『アマゾン』あたりには あるのだろうか?と思って、サイトを見てみたら、品そのものは あるようだが、レビューには、不満の声が並んでいた。
実際、私も、その製品は、一つ100円くらいで入手できていたのだが、なんと
いきなり500円に値上げされていた。こちらもイッキに、買う気が失せた。![]()
それでも、ここへ来て、他国事情など別様の情況も加わり、いよいよ、あらゆる方面で次々に値上がりが続いている現実を、われわれ庶民(!w)、一般消費者には、どうしようもない。。。
問題は、どうして、こんな状態にまで至ったのか、ってことだ。
ここで、
上に挙げた、同じエントリー中の、「少子・高齢化」問題」の くだり、
「現状、最も搾取されている存在であろうのは、子どもどころか、結婚する余裕もないほど低収入のまま、しかも劣悪な労働環境のなかで働いている人たちのはずだ」というところへ加えるのを忘れたことを、ここに あらためて述べよう。
出産・子育ては置いておくとして、
まず、結婚しない、できない人が多くなったという、言わば前代未聞級と言えそうな、こんにちの世相の ありさまには、じつは、隠れてる理由が、もう二つほども指摘できそうなのだ。
と言うのは、
いつぞやの過去エントリーでも、うちの実家の親父が、生前に述懐していたことを紹介したように、
少なくとも彼らの世代までは、結婚しないで いるという状態は、ことに田舎に おいて、ほとんど身内に近い人々によって構成される村じゅうから、断じて許容されないことなので あったという。
本人以上に、その親が、
「おまえのとこの息子(娘)を、結婚も させず、いつまで一人で置いておくつもりだ?」
と詰め寄られ、厳しく責められるそうな。
で、
村の連中に世話された相手を、たとえ、本人が気に入らなかろうとも、無理やりにでも結婚させられる。
そうして、次には、
子どもを儲けるのも当たり前のこと、これについても、うるさく干渉される。
なぜなら、
田舎では、「家」の継承、とりわけ「墓の守り」は、否応を言える余地もない義務であり、責務そのものだったから。
と、このように、親父は言っていたわけだが、
おそらく、昔の田舎ともなると、結婚や出産の問題は、すなわち、自分たちの「村の維持と存続」如何にまで直結し、左右する要件でも あったからなのだろうと察する。
子どもだけじゃなく、墓も いらない、という時代にまで なった。
ところで、
婚礼というイベントが あれば、自分が営んでいる商売のほうにも大いにメリットが齎される、そういう目的を秘めつつ、しかし、周囲には、その秘めた目的がバレバレになってしまっている、そんな人が、うちの母親の知人のなかに一人おられて、
当時、私も若い頃だったので、その人から、顔を見れば、お見合いをと勧められるものだから、いささか困惑の苦笑を浮かべつつ、やんわりと断っていたというような時期が あった。
そんな私に、その人は、
「なぜですの、お嬢ちゃん、じゃあ、この お人なら どうです?」
という感じで、写真を持参してきて、熱心に掻き口説きつつ、他の人の縁談も まとまりそうで まとまらない、焦れてイライラしてくるほどだったけど、やっと、本当に、まとまってくれましたわ等々とブッチャケたりで、それは もう、自身の商売にダイレクトに結びつく勢いでもって、日々、数々の縁談の お世話という名の、営業に励んでいるという具合。
それでも、
私自身が、いちおう「適齢期」と呼ばれる時期だったン十年前、すでに当時から、昔ながらの「お世話する人」が いなくなってきている、ということはハッキリ指摘され始めていた。
なので、営業を兼ねている「お世話」でも、親切心で やってますのよ、という装いも、じゅうぶん通っていたようだ。
生活が苦しいからという理由が、結婚しない、できない理由に挙げられているのは、昨今、わりと頻繁に見かけるようになってしまったけれど、
これに関しても、昔から言われることに、
「一人口は食えない、二人口は食える」
という、私も初耳だった当時に、この意味を聞かされたことが あるのだが、
要は、独身でいるほうが、むしろ、生活費などは嵩みがちなので あり、意外と、夫婦で生活しているほうが合理的で安あがりに済む、
というほどの意味らしい。
それならば、こんにちに おいても、生活が苦しいからこそ、思いきって同棲なり結婚なりして、「二人口」になってしまえば いいのじゃないかと思えるけれど、
昔なら、近所に一人や二人は いたという、いわゆる世話焼きオバサンなどは、絶滅危惧種となって久しく、もう、そこいらで見当たらない。
あとに残るは、業者の「結婚相談所」等だろうが、これは、しっかり有料だ。しかも、けっこうリスクが ある。
へたにネットなんかで探すと、もっとリスクが伴うしね。
これも昔から言われるところの「貧乏、ひまナシ」というわけなのか、
いや、ヒマだけじゃなく、なんと言っても資金に乏しければ、遊びに出る余裕もないだろう。
それは、つまるところ、
交際や結婚の相手を探す、見つける機会にも乏しくなるということへと繋がってくる。
結果、「ブラック」な職場と、自宅との往復に明け暮れる、味気ない日々の繰り返しを重ねつつ、年齢も重ねていく。。。
ほんとうに、なんか凄まじい時代になってしまったな。
【続く】