2022.11.07 (Mon)
気温の上下の落ち着かなさも、やっと おさまってきたようで、
すでに、この秋も深まってまいりました。
暑いのも厭だが、寒いのも厭だ。
こないだ、ニュース一覧の見出しのなかに、「寒いのをガマンしていたらボケる」とか認知症に繋がるとかいう警告のようなコトバが あったので、思わずギクーッ
としつつも、
「んなこと言われたってさ、この冬の暖房は節約!節約!でキマリなんでしょ?どないしてくれるんや!!
」
と、つい、ムカッときてしまいました。
まだまだ騒ぎが続いている、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』問題ですが、これに関して、「信仰の自由を侵害する恐れ」云々ということで、団体側を擁護するかのような指摘を する人が絶えないようなので、ちょっと ついでに言っておこう。
まずね、
すでに、この国では、ていの良い やりくち、と言えるのかどうか知らんが、れっきとした民主主義憲法に保障されているフリしておいて、その実は陰に陽に、特定の宗教(もどき)を押しつけられてますがな。
そう、『皇室』がらみでね。
しかも、その『皇室神道』とやらの元締めさんは、彼らの大切な「祭祀」というものを、きちんと やらないでおくのなら、いったい、なにが「伝統の重み」なんだ?という、
まさにアクロバット的存在矛盾と滑稽さが避けられないと きてる。
私が常々、「女系『天皇』」など論外であると指摘してきたのは、そこの問題でもある。
まあー、言わないのよね、なぜか。
あの家の「祭祀」は、男性でも女性でも、何の不都合は ありや なしやを、肝心の元締めさん自身がね、言わない(嗤)
そりゃ言えないわな(大嗤)
言ったら、なにもかもが大変なことになるんだものwww
で、まずは、
『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』みたいな団体を、いわゆる「宗教」団体と認めていいのかどうかですわね。
本国『韓国』に おいては、あの団体は、宗教組織とは思われてないとか、むしろ、商売やってる団体と思ってたとか、一般の人たちは言っていたそうじゃないか。
何を信じようと、それ自体が「宗教」であり「信心」というものなのだから、そこを侵害しちゃいかん、という見解は、違うと思うぞ。
だって、
たとえば、何かの薬剤を服用することで、困難な病気や障碍が治癒すると信じ込まされてる人たちが いるとする。現実にも、あり得る話だわね。
その薬剤が、じつは、治癒どころか、健康を蝕み、肝心の病気や障碍を悪化させてしまうシロモノなのに、本人が、それを服用することで治癒できると「信じ」ているからといって、それを放置していいのか?
ダメでしょ、「国民を守るべき」はずの行政や国の怠慢でしょ。
ましてや、
そりゃ、本人だけが服用して満足してるだけなら まだしも、そのことによる弊害は、当人個人の損害だけで済むほど単純な話では ないし、
なによりも、
執拗な、覆面的勧誘や政治面に及ぶことで、多くの他者にまで悪影響を及ぼすようでは、言語道断でしょ。「自己責任」レベルを超えてるよ。
あの『オウム真理教』なみの事件までは起こしてないから~って、なにをバカなこと言ってるんだ。
あんなレベルになるまで野放しにする気か?
っての。論外やろが。
ところで、
先日来、このことも言っておこうとして、言いそびれてたことが ある。
それは、いわゆるネトウヨどもが、口を揃えて、
「日本は、韓国に乗っ取られているのだー!!」
(アメリカに↑と言うなら ともかくw)
てなセリフを、近年、頻りに言いふらしていたこと。
ここの読者の あなたがたも憶えてるでしょ?
なぜだか、
最近になって、旧『統一教会』問題が白日のもとになってからは、殆ど言われなくなったというか、実際その状態になっていたこと、少なくとも、なりかねない寸前まで来てしまっていたということがハッキリしたからなのだろうが、
私はね、あのセリフを言うネトウヨどもが、なぜか、みょうに勝ち誇ったような口調に感じられてならなかった。
だから、過去エントリーで、一度ならず、
「むしろ、日本が、韓国、韓国人あるいは在日朝鮮人たちに乗っ取られているのだ!と宣言めいたことを言えるのが、ほんとうに悦ばしく思っているみたいだな」
と指摘した(嗤)
かつ、
だから、「左翼」どころか、いわゆる「右翼」やら、「安倍政権」ならびに『自民党=ジミンだっぴ統一売国党』を支持するネトウヨどもこそ、本当の「反日」じゃないのかね?と。
どうやら、これらのことも図星だったんじゃなかろうかw
まあ、一般大衆に はたらきかける力が最も大きいのは、なんと言っても、宣伝・広告業界や芸能界・芸能人たちだ。
その方面も昔から、じつは「在日」が多いということは、ひそかに知られているわね。
その事情すらも また、日本自身が招いてきたと言える側面は あるのだが、
ま、こんにちでは、ネット上で最もタチの悪いコメント欄になっていると、あちこちから指摘されている『ヤフーコメント』欄を見てごらんなw
ここの経営者は、もともと、どこがルーツですかな?
彼の御先祖筋も また、この国にやって来て、どんな商売を されてきたのですかな?
ことわっておくけど、私は、差別意識から指摘しているのでは全然ないよ。
先日のエントリーで、
てい良く、更なる情報収集みたく「携帯電話番号を登録せよ」とか言うよりも前に、おたくとこのコメント欄を廃止すりゃエエんじゃないかい、という旨、くだんの『ヤフージャパン』運営に申し入れしておいたと言ったことに続いて、昨日一昨日も、
「きちんと管理できないのなら、コメント欄を設ける資格は ないぞ」との申し入れを しておきましたわ。
いやはや、
たいがいは怒りで締めくくることになりがちな政治や経済の話ばかりも なんですし、私自身、うんざりしてるので、
ともあれ、「芸術の秋」ということで、話題を切り替えましょう。
私は、幼稚園児から小学校に入学するあたりの年齢で、すでに、自分は、ことのほか、絵を見るのも描くのも大好きだという自覚は あったのだが、
当時、特に好んで描く題材に選んでいたのが、ケーキの絵でね(笑)
ええ、ゴージャスなデコレーション ケーキです。ほら、誕生日とかクリスマスのときのような、蝋燭が たくさん立ってるやつね。
あとは、やっぱり、多くはチューリップなどの(←描きやすいからサw)花とか、かわいい女の子(←自分の理想像かなw)なども描きちらしていたけど、
人物の場合はね、鼻のない顔を描いてましたわ。
実際、周囲の子たちからも おとなたちからも、そのことを指摘されて、ちょっとフシギがられたり笑われたりも したし、
こういうのって、「小児の心理的に」どうだとかも言われちゃいそうだけれど、理由はカンタンなのよ。
(特に、正面を向いている顔の場合)うまく描きにくくて難しいので、
メンドクサいから、はぶいて済ませてただけヨw私は そういう横着者ww
かわいい系イラストなんかだと、あえて、鼻が ない女の子の顔なんか、めずらしくもなく、よく見かけるよね。
で、ケーキの絵に戻るんだけど、
まずは、円形のケーキを、やや上から真横にかけて見た角度で描いてみるのだが、
いつも困ってたのが、立てた蝋燭の描き方。
と言うのは、蝋燭そのものを描くのが難しいのじゃなくて、蝋燭がズラッと並んで立てられている状態を描くのが難しかったの。
自分でも、どう克服したらいいのやら、さっぱり分かんなくて、悩みながら描いてたw
でね、
その頃は、夏休みとか、まとまった休暇の季節には、母と二人で、東京の叔母の家に滞在することが多かったんだけど、ある日、いつものように一人遊びを していて、たまたま、玄関先の敷地内に居たところ、隣家の お屋敷(大企業の重役の御家庭)の2階から、私と同年齢くらいの女の子が、窓から顔を出していて、手をヒラヒラ振りながら、私に向かって呼びかけていることに気づいた。
どうやら、
「あなた、うちに いらっしゃいよ、こっちで一緒に遊びましょう」
と、誘ってくれているのだった。
それからは、夏休みの あいだじゅう、そこの おうちの姉妹や、彼女の友人たちに混ぜてもらって、ほぼ毎日、一緒に遊んだわけだけど、
あるとき、お絵描きを していて、
私は相も変わらず、蝋燭を立てたケーキの絵を描こうとしていたw
遊びましょうと誘ってくれた女の子のほうも、なぜか、そのときは、デコレーション ケーキの絵を描いていて、ケーキ上に立ち並んでいる蝋燭も、ちゃんと立体的に、然るべき位置と角度で描かれているのを見た私は、そこで初めて、自分が描いてきた蝋燭の描き方が、どのように改善されるべきだったかということに、がぜん、気づいたわけ。
土台のケーキ自体は、そこまでは上手く描けてるとして、そのケーキの上に立ち並んでいる蝋燭たちを、私は、なんと、放射状に描いてたのよwわかるかしら?
要するに、
円形のケーキの縁(ふち)で、火が点いている蝋燭たちは、それぞれのアタマの先を、いずれも、ケーキの外側に向けて、ばったり真横に倒れ伏してる状態なのよwわかる??
つまりは、横からと真上から俯瞰した視線が同時なわけで、
あのピカソのね、正面顔と横顔を同時に描いた肖像画とか あるでしょ。ちょっと まあ、あれのケーキ版みたいなもんよね(爆)
このことを思い出した切っ掛けが、とある動画を見ていてなんだけれど、これです↓
『【ルソー】あなたはいくつの違和感に気がつく?【天然ヘタウマ】』
この解説シリーズ、画家自身の人物像や人生も踏まえていて、とってもオモシロいのよ(笑)
【続く】
2022.11.01 (Tue)
いつもの気まぐれで読んでみた、どっかの(ネット)記事で、名門『コロンビア大学』教授だったか、経済学の専門家という人が、インタビューに答えて、もっかの日本の経済政策について、ああすべきだ、こうすべきであると、滔々と論じておられたのだが、
読み始めから、誰かを連想するなあ?と思ったら、
そうそう、いまでは すっかり雲隠れの(?)、あの「リフレ浜田大先生」も、『イェール大学』とかの名誉教授だっけ?と、思い出したw
さて、
とっくに国内でも(例のケケ中さんみたいなw)アメリカからも聞こえていた(なんだか「ジャパン ハンドラー」たちが言ってそうなw)お説であり、どシロウトが僭越ながら、目新しさなど一つもないのみならず、日本国内に特有の過去から現在までの経緯や事情を無視しているようにさえ感じられた内容だった。
まあ、ここらへんを無視して、なんぼ高邁なる学説や理論を垂れられても、このような立派な教授や専門家たちよりも、この点だけは、恐らく、私のほうが、現実を詳しく知っているだろう。
一人の日本国民かつ社会人・労働者として生きてきて、真っ先に疑問を申し上げたいのは、まず、
「雇用の流動化」を図らなくちゃならんのだ!
と、そう おっしゃられましてもですね、
私なんかは、かの「小泉・竹中」コンビの当時から、ハッキリと、えらいセンセイがたや錚々たる専門家たちが唱えているような、あらまほしき道を、この足で歩いてきましたのでね。
その結果から申し上げると、
日本では、転職すれば するほど、どんどん不利になっていく、って現実が あることを御存じないのですか??
ってことなんですわ。
しかも、転職の理由は、やっぱり、待遇や報酬の酷さが第一なんですけどね、転職して、そのへんが改善されるのかっつうと、なかなか どうして、そうは問屋が おろさない。
大企業には、組合組織というものも あるけれど、もちろん、そういう所の正社員は、待遇や報酬のことで、それほどには悩む必要もないんだろう。わたしゃ、見てきて知ってるわよ。
かく言う私、日本で生活しているなら誰でも頷くような、天下の大企業でも勤務しましたけど、同じ大企業に在籍していても、正規と非正規では、「殿上人」と「下人」ほどのw待遇差が あります。
それだから、当時、直属の上司が、なぜか私を、正社員のみ参加する会議や出張にまで連れ出そうとして、部長から止められてたことも あるw
もう一つ、
「即戦力」
すなわち、入社して即から、できてアタリマエを要求されるような時代に入り、
もちろん私も、(ほぼ独学で身につけた)いちおうの専門スキルを持っていたけれど、日本の会社って、そういうのは、じつは昔から、どっちかと言うと嫌うのよね。特に女性社員には、契約内容に ない、専門外の業務も、あれこれ、こまごまと、やらせたがる。これは、日本で殆どを占めている中小・零細、かつ、いわゆる同族企業の特色と言っても過言で ないだろう。
そういうなかで、
能力を適正・公正に判断できる、その能力、識見、アイデアにも乏しい人たちが、えてして、上司やトップの地位に就いてることが多いんですよ。
たぶん、私なんかが考える「能力」そのものの判断基準というか価値観が、どこかで大いに異なるんだろうなと思う。
「ヤフゴミ捨て場」では相変わらず、まともに会社勤めもしたことなさそうな連中が、バレないとでも思ってるのか、コメント読んだらバレバレな愚かしいことを言い募ってるけど、その代表的キーワードの一つみたいに頻出するのが、「努力!!」ってコトバと並んで、「無能」ってコトバ。
たしかにね、仕事が異様なまでに できない社員って、どこの職場にも一人や二人は いるもんだよ。たいがいは、何らかのカクレ障碍みたいなもんだろうけど。
でも、そんなのは、ごく少数。
さすがに、大多数は人並みか、中の上くらいの能力は備えている。
日本人って、そういう人が多いと思う。
で、「箸にも棒にも」な、どうしようもないほど無能では あっても、無理にでも探せば一つくらいは、「そこにいてもイイよ」と言ってあげられそうな長所も、まあ あると思うのよw
たとえば、クソが付くほど生真面目とかねww
なので、単純な作業内容であれば、なまじっか、怠け者の私みたいにwイイカゲンな手抜きなど夢にも考えたり せず、コツコツまじめに やり遂げようとしてくれる、少なくとも、そのつもりくらいは持ち合わせている。そのかわり、時間をも異常なほど要するけど。
もっとも、私の場合、その人たちよりも不利な、あきらかにハンデを抱えた新入りだから、本来の仕事量が、他の同僚たちの2、3倍こなすことを要求されるうえ、その、「異様に仕事できない」さんたちの分をも引き受けさせられたから、しまいには逃げ出すしかなかったのだけど。
言っとくけど、私だって、優秀どころか、どんくさいマイペース タイプですよ?それを こらえる、本来の自分の天然・自然を曲げに曲げるストレスよ。そうして、こなせば こなしたで、ねたまれるんだよw
しかも、給与とか、何らかの手当だって、私よりも、ずっと先に入社してる分、その人たちのほうが、いくらか多く もらってた。
つまりは、
仕事できない、無能な社員だとしても、その人たちの分をも、「ロハ」でカバーできる「スケープ ゴート」が一人いさえすれば、必ずしもクビにも ならずに、置いといてもらえることが多いのよ、「温情ある」日本の会社では。その頃はね。
いまのシステムは どうだか知らんけども。
だいたいさ、おかしいでしょ。
たとえば、前回のエントリー
『【続】「人類の進歩と調和」は どこ行った?w』でも述べたように、
「内部留保」に拘り過ぎるほど拘るのは、将来的リスクに怯えてのことだけが理由じゃなくて、
内部留保すなわち、その企業の信用度に影響するから、と言ったって、
まともな報酬も出さずにコキ使ったり「ヤリガイ搾取」するような「ブラック企業」の「信用」って、なんなのよ?と、私なんかは思うの。
まともな報酬、給与ってのは、基本的一般的なレベルの生活費が賄えるってことですよ?
個人的事情等で、あえてパートを選択したとかなら ともかく、少なくともフルタイムならね。
「働かざる者、食うべからず」ってな主張は、それこそ、現実を無視した愚者の言うことです。
実際は、働かずにゴチソウざんまいな人も いるわけだしねw
はっきり言ったら どないや?w
言いたいんでしょ?言いたくて たまらんのでしょ?ほーれほれww
そ、病気だろうが老齢だろうが無関係に、
「働かざる者は、死なせるべし」と。
「姥捨て」を、この現代に甦らせようぜえ!!www
世界じゅうから大顰蹙を買うけどね、気にしない、気にしないっと(嗤)
働こうが働くまいが働けなかろうが、食わないと、生きていけないのは、誰しも同じ摂理だからねえw
ましてや、働いてるのに、ろくに食えないって、なんじゃ そりゃ!だ。
専門的な見地だか理論だかでは、売り上げに応じてのはずでなければ ならない従業員の給与をアップさせるために、内部留保を用いるのは、ダメぜったい(←株主さまが激オコになっちゃうから?w)、ということになってるそうなんだけど、いったい、誰が言いだしたんだろ。
そもそも、
こんにち、その内部留保を異常なほど積み上げてくれた要因の大なる一つが、従業員の報酬を抑えたり下げたり、人件費全体を大幅に削減した おかげだということじゃないですか![]()
なんとも虫のイイ、ご都合な話じゃんね。
2022.10.30 (Sun)
『【続】「人類の進歩と調和」は どこ行った?w』の続き。
国民を納得させる、それをスッ飛ばし、怠って、国の根幹を支えている民衆の怒りを押さえ込むことが できなくなったら、はたして、そのときには どうなるか。
少し考えたら分かるはずだろ。
世界の歴史では、ついには「暴力革命」を招いていたパターン。
ところが、「カタギ」の庶民は武器の類を持たぬ この国で、オボッチャマやオジョウチャンたちが、時にも あらずして、ファッションで「暴力革命」を起こそうと暴れまくったわりには、これまた、時にも あらぬに、相変わらず おとなしい国民大衆が、隣りの国々が過去に経験してきたような屈辱の事態をも、従容と受け入れるのだろう。
白井さんは、大学で教えていらっしゃるので、学生たちに、アンケートのようなことを実施したところ、
「『平成』時代は、まあ、良い時代だった」、便利で~、みたいな答えに呆れてしまったというふうな感想を述べておられたが、
そこは、いまどきの若い人たちって、みょうに「ものわかりのいい、良い子ちゃん」が増えたなあと、私も、前々から言ってたことと関連するのでは ないかと思う。
ある意味、昔からの日本人の好みである「謙虚さ」と相俟って、将来の明るくない予想を思えば、この いまは まだしも、という感覚も あるのだろう。
かく言う私自身、インターネットだのパソコンだの全く、夢にも出て来ない時代の生活を知ってるわけだけど、そりゃ、障碍者や弱者の立場を嘲笑い、叩きのめそうとせんばかりのコメントが溢れかえり、安倍政権時から、ますます酷くなったネットのコメント欄や
(『ヤフーコメント』は、いまや筆頭格だもんね。何を考えてか、最近に なって、今度は、携帯電話の番号をとか言い始めたが、そんなこと云々するよりも、まずは、社会的悪影響しかない、そのコメント欄を廃止しろや!
と、先日も申し入れておきましたw)、
それを助長せんとするかのような『自民党=ジミンだっぴ統一売国党』議員の言動や、各メディアの論調には、まさに絶望の気分に陥ること多々だったが、
たしかに、それでも、便利な面は ある。
特に、聴障者である私にとって、電話代わりのメールや、自力で調べられる検索機能は、なお万全とは言い難いものの、なくなると困るくらいの必要性は生じている。
もっとも、パソコンが購入できて、使えるかぎりでの話だけどね。
ある面、「便利は不便」なのだが、その逆は ないw
社会が どうで こうでと言う前に、私の場合、自分の生育環境と障碍のことが壁になり、何かと思い悩むことが多かったから、募る辛さや、怒り以上の不安、なさけなさを、そのたびに、むしろ、自分自身で なんとか抑え込もうとする心理からか(でないと、自暴自棄になってしまうか自殺しかない)、子ども時分や学生時分には、世のなか、自分よりも、もっと重い障碍を背負って、また、もっと辛い環境のなかでも、苦労しながら生き抜いている人たちも いるのだ、それなのに、自分は、なんて弱いのかと、泣きながら、われと わが身に言い聞かせていた。
もちろん、身勝手な親の言うことを、真に受けていたのでね。
いまの自分が振り返ってみれば、
なるほど、小学校1・2年生のときに担任だったベテランの女性教師が鋭く見抜いたとおりだった。
自己主張できないくらい素直すぎて問題だったんだなあ(苦笑)
まあ、ね、
人生とか生活って、辛さが大部分であれば あるからこそ、自分なりに、ちょっとした楽しみを見い出して、つど、気分転換しながらの、ささやかな部分で、どうにか生きのびていられるようなもんかもね(苦笑)
それすら できなくなったら、そりゃ大変だもの。
『キリスト』教が基本の影響もあるのかなと思うのだが、自殺は罪という感覚が あるという。昔は、埋葬するのも、自殺者の場合は、それ以外の死者の墓地とは厳しく別にされたと聞いたことが ある。
キリスト教の考えかたとして、自分の生活や人生を肯定し、大いに誇るような言動は、単なる自慢では なく、すなわち、このような生を与え、生かしてくれる神の恩恵をこそ称賛することに繋がると、そういう考えかたであるようだ。
その点、日本人は、手前のことを自慢しやがってと、昔から白眼視する傾向が あるので、ことさら謙遜しておくほうが無難では あるだろうが、キリスト教徒とは逆に、自殺や自死に対する罪悪感は薄いほうゆえ、かの「切腹」などという行為も、むしろ、あっぱれと称賛されるほどのことだった。
『アメリカ』にせよ、ヨーロッパの各国にせよ、もしかしたら、精神的にも、ある意味では、日本より厳しい面が あるのでは ないかなとも、私は思っている。
まず、黙っていて「わかってください」は通らないというし、外国から眺めているぶんには、一見ゴージャスで優雅なように見えて、意外と不衛生だったり、治安の問題でもケタ違いな面も ある。
それでも、日本を出て、気に入った国で生活できている人たちの表情や態度を見れば、実際は、現地にての思わぬ苦労や、いろんな不満は あると言いつつ、なんだかんだ元気で明るく誇らしく、生活を楽しんでいるようす、もとが同じ日本人とは思えないほどの前向き強気で、大らかにも見えるのだ。
むしろ、そういうタフなくらいの姿勢でないと、生き抜くことが できないのかもしれないと。人種差別も、日本以上に大っぴらなのは よく聞くし。そのたびにヘコんでいたら、そりゃ、やっていけないよね。
日本にいるときとは異なるのだろう、自己主張と割り切りがハッキリしている傾向なのは、アメリカやヨーロッパ各国で長年にわたり生活している日本人たちに共通しているようだと見受ける。
要は、自分の選択と、来た道を、基本的に納得できてるか否かなのだろう。
そこに納得が ないと、被害者意識を捨てられず、いつまでもグチを言いたくなるし(それでも、グチは、言いたいなら言ってしまうほうが いいと、私は思うよ。ただし、きちんと分析・検証のうえでが望ましい。そこを、無理に良い子ぶって、ひたすらガマンして抑え込むのは、かえって良くない)、
それだけなら ともかく、
お門違いのネタミ僻みを起こし、自分よりも弱そうな者を、陰湿に痛めつけようとする。
その段階も過ぎると、どういうことが起きるか考えなさいよと、私は常々、権力の座についている者に対して言い続けてきた。
これも、以前から指摘してるんだけど、
いわゆる「守りに入る」ってやつ?てか、現状維持ってか、まじで余裕が なくなってくると、とりあえずフリーズするのよね。日本って、まさに「今ココ」状態なんだろうと思う。しかも、すでに長年だ。
で、フリーズしたままだと、確実にやられてしまう、そこまでも追い詰められたら、暴発する。
もちろん、おせじにも良いことじゃないし、野蛮な時代の人類じゃない、はずなんだから、そこのところ、時代錯誤や暴発で破壊みたいな悲惨な事態は避けたいわよね。でなきゃ、人類史を営々と重ね続けてきた甲斐もないというもんだ。
それと、
さも、「あなたのため」とか「あなたのことを思って」とかいうフリして言うコトバも態度も、けっこう見抜かれるもんなのよ。すぐは分からなくても、いずれはバレます。
そして、このような言動に対して、まともに言い返すのも、けっこう難しいものだから、かなりの不審を積みあげてしまったあとの異議申し立ても、もはや、ケンカ腰になりがちだったり、ケンカそのもので終わってしまったことも、私自身、何度か経験した。このへんは、日本人の国民性かもね。
ン十年前、私が20歳代の頃から、義務教育の段階で、いわゆる「ディベート」というものを授業に取り入れることが望ましいという提言は よく見かけたのだが、いまも取り入れてないのかね?自分に子どもが ないため、実際、どうなっているのか分かりにくい。
安倍政権は、なんだ「道徳」「愛国心」とやらを大事に、と、力を入れてきたそうだけど、
まったく、どの口が言うとんのや?
だわな(嗤)
腹の目的ミエミエだよ(大嗤)
「支配組」と「被支配組」の分断、格差拡大。
いまだに続けているし、止めようともせず、受け入れ続けている、それが、この国の状態で、すでに長い。
最後に、
良記事を紹介しておこう。
『弁護士ドットコム』さんのも、いつだったかな、ずいぶん前、たしか安倍政権時の記事で、なに言ってんだとムカッとくるような論調の記事を目にして以来、『アエラ』と同じく、ほぼ、読まなくなっていたんだけれどw
これは、久々に良記事だと思う。
『なぜ専門職の図書館司書が非正規なのに、異動繰り返す「素人」が正規職員なのか 官製ワーキングプアの構図』
弁護士ドットコムニュース 2022/10/29 09:57
ただし、
「非正規公務員」に関する問題は、これも私が20歳代の頃から聞こえていたのよ。
だから、当該記事で指摘されてるよりも、もっと ずっと早くからだ。
当時の同僚で、前職は、市役所で事務系のパートだかアルバイトしていたという女性だったが、彼女の言ってたには、
「わたしらアルバイトやパート職員に、力がいるとか、めんどくさい仕事は全部おしつけて、正規職員たちはノンビリお茶してたよ」
と。
本人の言ってる感じでは、パートやアルバイトで勤務すること自体には不満が あるわけじゃなかったみたい。彼女も、当時は、いわゆる主婦で、まだ小学校低学年の娘が いる生活だから、正規でフルタイム勤務は、つごうが合わなかったのだろうと思う。
いまは、よりいっそう「多様化」しているのだから、個々のニーズを、よく勘案して、柔軟な制度づくりを推進していかなくては ならない。
そのためには、一般人の個の力は弱い。
私自身、非正規の専門職で、長年、苦労したよ。
じつは、学生時代、うちの母親は、まさに「図書館司書」資格を取れ!と、頻りに言っていたの。
当時は私も若くて、自覚に乏しい世間知らずだから、かなり、その気になっていたものの、これも、いま振り返ると、高校時代から始まっていた腰痛の持病や(書籍を扱う仕事は、意外と重労働が伴う)、こんにち明らかになった問題を考えると、ならなくて よかったなと思うわ。
てか、
聴覚障碍の娘に向かってだよ、母親である おのれが原因であったことも隠しとおし、障碍は、おまえの「星」が悪いのだ、おまえの努力不足なのだ、努力すれば、どうとでもなるんだから、よりによって「速記者」の学校へ行け!と、こうだもの。
かなりトシくってから、自分の稼ぎで、別のことを勉強し直したけども。
あの魔女みたいな母親の言うことを真に受けて、遠回りの甚だしかったことよ。
けっして、良い結果どころか、最悪の結果を招くことにしかならないんだと、このトシになって、つくづく思うわ。
親は、子のためを思って言うんだなんて、嘘だな、と。
ましてや、「壺」宗教モドキや『日本会議』と結託している政治屋の施策を支えんものと、『ヤフーコメント』欄で、まことしやかに、「議員や公務員の人数も報酬も大幅削減すべき」とか「小さな政府を!」と叫ぶ投稿者ね。
『ジミンだっぴ統一売国党』議員の不祥事発覚のたびに、
「与・野党議員とも」
と、押し広げ、押しなべてしか言わないwこやつらが、何を企み、どこの息が かかってるのか、もう いいかげん、分かるでしょ。遅ればせながらも、気づこうよね。
たとえば「障碍者福祉」や『生活保護』制度なども同様のことで、いまのところ無縁で済んでいる、これからも自分自身は そうだと信じて疑わないゆえ無知なままノホホンとしてる国民・大衆に、実情や実態、事実、真実を よく知らしめること。
個の声は、どんなに悲痛でも、あえなく黙殺されるだけなんだから。
やはり、勉強と連帯は必要なのです。
2022.10.30 (Sun)
『「人類の進歩と調和」は どこ行った?w』の続き。
さてさて、
金持ちほどケチで、握り込んで離さない性分だとは、昔から指摘されていることだがw
企業の「内部留保」を、ここまで異常に溜め込み続けて、まだ飽きないみたいなんだけれど、そもそもの動機は何なのか問うと、一言で言えば、いわゆる「M&A」に対する恐怖だとか言ってたのね。もしかしたら、現代になっても、日本では、中小・零細規模の企業が殆どで犇めいてるということと、根幹で関係あるのかもしれないけど。
そりゃ、リスクに備える「内部留保」も大事だろう、が、その内部留保に しがみついてること自体で、企業自身が、リスクを招いていると思える。
設備投資も、なかなか行わない実態だと聞くし、
私は、シロウト考えなのだろうけど、一般消費者でもある従業員の報酬を上げることも、「将来投資」のうちだと思うのよ。
ところが、上げるどころか、下げてるんだからな。。。
現金だけじゃないのよ、内部留保は、と、得意げに説教する連中もいるけど、
余裕があるからこそ、現金以外の資産を入手しておくのだし、ほんとうに せっぱ詰まれば、やっぱり現金化するもんでしょ。
M&Aのこと、はたして、それだけなのかどうか、私には、いまも分からないけれど、
まあ、恐怖の心理ってのは、「もしや もしや」の疑心暗鬼が続くうちは止められないものなんだろうなとも思うが、
たまたま、だいぶ以前に、ネットで見かけた『赤旗』の記事では、全体で、日本国の国家予算レベルを凌駕するほどの、もはや、常軌を逸している凄まじい額に上っているという指摘だった。
だいたい、内部留保がドンドン積み上がったのは、私自身も、勤め人として晒されてきた人件費削減と、ほれ、法人税減税の おかげだと言うではないか。
「愛国」を声高に主張してきた「ウヨ」連中の、
「日本製品を買え、ガンガン買物するのだ!中国製や韓国製品を買うのは、日本人としてケシカラン!」
などと、
まさか、自分自身で日常の買物に出向いて、じっくり品定めや検討する必要もないほど、のんびり贅沢な生活してるのか知らないが、はなはだ世間知らずの一端として、これも数年前から、私は、ふだん使いの食品や日用品ひとつを とっても、とうの昔に、日本製と表示されている商品を見つけるほうが困難な状態になってるんだぞ、と、指摘してきたのだが、
いまではカン違いに等しくなってしまった感のある「ものづくり日本!」というキャッチフレーズみたいなコトバも、近年、私の日常生活のなかで、なんとなく不安を覚え始めた些細な兆候。
むかしは、こういうことは、めったになかったのにと思うんだけど、日々に改善、進歩こそ すれ、たとえば、食品や日用品のパッケージや小袋などを、スムーズに開けにくい、イイカゲンな つくりのものが増えてきたのかなという実感もチラホラある。
もしや、それだけ、日用品の製造分野でも、機械の劣化など そのままに、こまやかさ、丁寧さが お座なり、なおざりになってきているのでは なかろうな?と。
ドイツでは、一般家庭のなかで日常に使用する製品に絡んで、「工学」に関する話題も盛んに出てくるという話題も挙げられていたようだが、さすが、『マイスター』制度が昔から ある国だなと思った。
(ただし、むかし購入したドイツ製の折り畳み式踏み台は、なんか使いにくくて、実家を出てから新たに購入した日本製で、同じく折り畳み式踏み台のほうが使いやすかった)
日本では、こともあろうに理系の大学生が、なんと、白熱球によって出火する危険すら知らず、幼い子どもを焼死させてしまった悲惨な事件も起きた体たらくだ。上から下まで全体の知性、知識、教養の低下が激しい。
とは言え、
うちの母親や、理系でもない私ですら、家庭で用いる程度の電化製品や機械もの全般に対しては、ある程度の理解力や適応力が備わっているのに、かつて『帝国陸軍将校』だった親父ときたら、これが からっきしダメ。そんな親父でも、二十歳そこそこだった青年時代の戦時中は、スパイ専用の器具やら物騒な武器各種を取り扱っていたんだからねえ。
劣化は、この頃すでに始まっていて、だから敗戦したんだろ?とも思えたもんだw
すでに「先進国」の看板も嘘ッパになってきたとか言われてるし、えらい円安だから、まだしも、そこで稼げる一部みたいな状態だし。いわゆる「発展途上国」からの出稼ぎを入れて、若い層の激減人口分をカバーと言ったって、もはや日本じゃ稼げなくなってるんで、、、と、出稼ぎ外国人からも言われ始めている。
ま、そもそも、『民主主義』も『資本主義』も「ミギ」も「ヒダリ」も、ことごとく、なんちゃってレベルでしかない日本。
最近は、「『トヨタ』が~」「自動車産業が~」と、これまた、白井さんたちも含めた各界の識者が口々に言ってるようだけど、その自動車だって、日本の発明じゃないw
これも、当ブログは、何度も指摘してきた。
日本は、もともと、真似やアレンジが得意なだけで、根幹を創造したことは ない。単なる物だけじゃないよね。あらゆる面で そうだ。
たま~に、外国から、これは、と、注目されることが あっても、あえなく横取りされたり、それどころか、みずから流したりしてる しまつ。
日本自身が、あらゆる分野で、他国や他民族の発明や考案を、体よく盗んで稼いできた歴史の報いのように。
当ブログは、数年前だったかな、「経済成長!経済成長しないと!」という焦りの声が、どの立場の識者からも大きくなり始めているのを見ていて、ふと、疑問を抱いたことが あり、
今後の日本に おいては、いわく「経済成長」を横に置いといての施策を考えるしかないんじゃなかろうかと述べたことが ある。
ということは、つまり、「棄民」さえも奨励した、まさしく「発展途上国」で あった日本としての位置から やりなおし、ってことになるのかもだけど、実際、ここまで来たら、ありえない話でもないでしょ。![]()
これから日本の若い人は、積極的に国外へ出て、そこで活路を見つけるべきですよと、国外の識者たちも口を揃えるように言っている。
それと、特に若い層の自殺の問題ね、「打たれ弱さ」かも、みたいな話題も出ていたが、これは、日本だけの問題では なく、まさに、そもそものルーツを同じゅうしている隣の民族、『韓国』でも、似たようなことが言われ続けてきたようだ。なので、もともと国民全体の気質も関係しているのかもしれない。
まあ、汚い罵りコトバなどにカンタンに潰れるようでは、潰れる側の精神的脆弱さの問題もあるのかもだが、
私自身、特に障碍や肉体面の不利のことで罵られたら、どうしても立腹するし、
いまでは、このとおりの、何事であれ、言うべきことは言う!言わない、言えないのは、自分が弱いからだ!というスタンスの、たくましいオバはんになったけれどw
こんな私でも、若い頃は、立腹するというよりも、はなはだヘコんでしまい、呑み込む涙すらも出ないまま、ただ、屈辱感だけを呑み込むことが まま あった。
だってね、言い返そうとしても、相手が矢継ぎ早に言い放ったコトバを聞き取れないことも多いから、なまじ言い返して、かえって、もっと嗤われることも あるんだから。
なにも、「奥歯にモノが挟まった」ような、要領を得にくい、キレイごとに聞こえるような話しかたを する必要は ない。私自身、そういう「話法」で誤魔化すタイプは好かない。
けれど、
先方に、「打たれ強さ」や逞しさを要求するよりも前に、やっぱり、自分の側は勿論、また、志しを同じくする仲間を守るためにこそ、ある程度にせよ、短絡的でないように、コトバを選ぶこと、論理性に気を つけることは大事だよ。
ね?かわいい坊やの白井さん(苦笑)
まあ、相手は、白井さんよりも格段の有名人で、俗世の権力筋とオトモダチみたいだからw若々しい学者である白井さんからの罵倒の一言で潰れたり自殺したりは全くないから、よかったねw
打たれるにせよ、強くするためのものではなく、叩き潰すために打つ。
あるいは、
ほれほれ、潰れろ!という目的意識というほどの自覚や悪意までは、百歩ゆずって、ないとしても、とにかく、お門違いの、と言うか、本来なら、向けて然るべき方角へは、怖気づくんだか何か知らないが、向けられない分を、叩きやすい、弱い立場の者、その だいたいが、自分よりも弱いはずと踏んだ者を相手に猛然と叩くんだ。
念のために言っとくけど、
ここに、大なり小なりの権力者は叩く対象に入らないんだよ。
政権を批判するなー!!と喚く『ジミンだっぴ党』、
おっと、私は最近、さらに少し加えた、
『ジミンだっぴ統一売国党』
と、呼んでますがw
この腐れ政治屋党の支持者らに、かたがた言っておくぞ。
政権を批判しなくて どうするんだ?
むろん、施政方針等について、政権は、国民を納得させなければ ならない。
「壺」の助けや何やかやで、やっとこ、政権の座に昇ったのであれば、せめて、多くの主権者・国民を納得させることが要請されるのは当然だ。
国民主権の国、のはずだからだ。
その主権者の全員が、現在の政権を支持しているはずもなく、
それどころか、直接の選挙に おいても、選ぶ対象から外しているのが、現状の大多数では ないか。
さらに それどころか、
外していると言うよりも、さっぱり分からないから、のほほんとしている主権者たち。
納得を得てもいないのに、多くの国民は、おとなしくして、ただ見守っている(?)では ないか。
その結果の見通しの甘さは、主権者である国民も共有だし、
ましてや、突発的な、致し方ないことにまでも、むやみに悪意を疑いは しない。
ところが、旧『民主党』政権時の大災害時に おいては、『自民党=ジミンだっぴ統一売国党』は、官僚界ふくむ、その支持組織やシンパどもを煽りに煽り、従来どおり、カネに もの言わせて手伝わせ、悪意マンマンで返り咲いたわけだが。
残りは相変わらず、ものごとの是非や見分けもアヤフヤな、知性に欠ける「信者」のような精神性しか持たぬ有権者・国民が、「勝ち馬に乗っている」つもりで、押し寄せる濁水の津波に呑み込まれていっただけ。
【続く】
2022.10.26 (Wed)
私が小学生時代の『万博』だったかの標語を、タイトルに掲げてみて、まじ、苦笑してしまった。
まずは、このところの『沖縄』に おける市長選、
いずこでも『オール沖縄』陣営が完敗したとかいうニュース。
この『オール沖縄』っていうやつね。
じつは私、あの『首里城』復元建設中の大火事で、莫大な税金を費やしながら、あっさりと燃してしまった事件を切っ掛けに、それ以来、沖縄のことは、以前ほどには注視しなくなってる。第一には、あの出火原因を、きちんと究明しようとすることよりも、なんだか「悲劇の沖縄~」的、自己憐憫的な言動を前面に出す人々や、むやみと同情的に とらえる人たちが多く目につくと言うか、鼻につくくらいだったこと。
なんだか、『韓国』あたりが常々言ってそうな主張だったなw
まあ、それは ともかく、
なんだかんだ、『ジミンだっぴ党』の候補者を当選させてしまってる沖縄県民と、その現実について、あれこれの疑問が湧いてきてしまっていたからね。
たしかに、米軍基地の過集中という問題は あるし(沖縄に集中させていることが、戦略上に有利なのだからと言い張るウヨが多いけど、それは違う、むしろ逆だと、オバマもと大統領も明言していたようだけどね)、
集中してる分だけ、当然、様々に弊害も大きくなる。
だからと言って、
「内地」へ移せよ!との主張は、根本的に違うんじゃないかという感も ある。
自分たちが厭だから、とにかく、そっち(内地)へ持って行って引き受けろや、そしたら解決するんだよ、みたいに聞こえちゃうもん。
だいいち、
もはや、米軍関係で生活費を得ている人々も少なくないという現実の難しさ。
それだから、正直なところ、すべての米軍基地を なくせとか言う気は ないんだとか、心底、米軍基地や米兵がキライなわけじゃないんだとかいう、沖縄県民・市民の複雑な声も聞こえてくる。
『ジミンだっぴ党』から立候補した、沖縄出身という、もとアイドルの議員が いるよね。あの人なんか、当選の弁で、米軍基地などの、沖縄ならではの問題は、これから勉強します~とか言ってたでしょ。それどころか、その人の親御さんは、米軍基地関係の土地で儲けたとかいう話も、どこかの記事で読んだ。
例の「座り込み」とかいうことについて、もと『2ちゃん』のナンタラいうのが、相変わらずなんだろうけど、そうとう意地の悪い指摘を したというので、ちょっと騒ぎになってたみたいだが、私個人的に、『2ちゃん』や、その創立者だとかいう者のことには興味も関心もないと言うか、むしろ不快に思っているくらいなので、騒ぎのことも、詳しくは知らない。
たしかに、沖縄の過去の経緯を目の当たりにしてきた高齢の人たちは、深い憤りを抱えていても無理は ない。
けれど、寄る年波で、毎日、長時間を「座り込み」に費やすエネルギーもなくなってきているのでは ないかなと思うし、若い人たちにとっては、生まれる前から あってアタリマエ、いて当然、という米軍基地と米兵の存在なのだろうから、全体的に、高齢層との温度差は、年月を重ねて、どうしても大きくなっているのだろうと察する。
ひとつ、あらためて付け加えておくと、
私が調べてみたかぎりでだけど、『沖縄タイムス』にせよ『琉球新報』にせよ、かの『昭和天皇と沖縄密約』については書かないみたいね?wやっぱりタブーなのかしら?ww
で、「オール沖縄」だけど、ほんとうに「オール沖縄」なのけ?
という疑問を、いつだったか数年前に、当ブログで、ちょっと述べたことが あったんだけども、そのすぐあとに、「それが どうした!」的な感じで反発しているコメントを、「ヤフゴミ捨て場」の、これは珍しく、「ヒダリ」系と思しき者の投稿で見かけたこともある。まさかだけど、ほとんど、私のブログ エントリー内容に対するアテツケなのかなと感じられたくらいだw
でも、ま、
いまでも私は基本的には、もちろん、沖縄の味方でいますけどね。国家権力の横暴に屈することなく頑張ってほしいと、陰ながら思っていますよ。
先日のエントリー内で、
人間って、管理しきれるものではなかろうと、子ども時分から考えていた、ということを述べたけれど、
民衆は、イデオロギーそのものでは動かない。
これは、庶民層は特にそうだ。基本的に、日々の生活で精いっぱいなのだから。
逆に言えば、生活が概ね安定してさえいれば、「暴力革命」にまで走る可能性も低い。
だから、けっして、民衆に対して圧政を敷いては ならない。
圧政のもとにある民衆は、まずは自分よりも弱いと見ている、実際にも そうである者から叩き始める。
それが尽きたら、次に向かうのは。
結局のところ、国家も、その権威・権力者も、民衆が支えているのだ。
だからと言って、媚び媚び芸能人みたいなのも困るわね。
思想だのイデオロギーだのの追究に費やせる者は、それだけ、暮らしに余裕があり、恵まれている階層と、少なくとも昔は、相場が決まっていた。かのマルクス自身も そうだった。あるいは、ゲバラもカストロも。
うちの母親が若い頃のボーイ フレンドの一人で あったという『京都大学』の学生は、いまでも知られている、さる大企業の御曹司だったという話を聞かされたことが あるんだけど、『共産主義』に傾倒していたと。
ほら、うちのブログの、どこかのエントリーで、トルストイの『復活』という作品を主題にした和歌モドキを記したことが あるけど、これを読むようにと勧めてくれたのが、その京大の学生だったということも言っていたのを憶えている。
学問に勤しみ、机上の理論に親しみ、深い思索や思考に耽る余裕が あり、おぼっちゃま的な人の良さも ある。それなら まだ良い。
いまどき、ろくに学問もしてきていない、名ばかり学歴で、ヒマさえあれば考えることといったら、「シモジモ」を侮蔑し、いかに上手く操縦しつつ侮辱するかの模索に耽り、性格も悪い、実際、入れヂエしてもらっては悪いことばかり熱心に やりまくる、そんな政治屋が跋扈している、この国。
ところで、
『ユーチューブ』を見てたら、私が普段、多く見ている方面(まず音楽ね、最近は『汀夏子』さんの舞台映像が増えちゃったけどw、腰痛に懲りて、いろんなストレッチ方法の解説とか、もともと好きなバレエやダンス系、あとは、動物系、料理、旅行、アイメイクの方法とか、そんなとこ)とは全く異なるのに、なぜだか、時々紛れ込んでくる、政治分野のネット番組。
ああ、また白井さんのだわ、と思って、今回は、
『【白井聡 ニッポンの正体】売られる国の落日「失われた30年の罪」~目標喪失とさまよえる欲望~』2022/10/25
という対談番組を視聴しました。その感想を交えながらの、今回のエントリーです。
流れで、話題が いろいろな方面に入って行ったりするので、
私の感想も、それにつれて、いろいろになるんだけど、
まず、日本は、どうも、全体的に、「変わる」ってことが厭みたいよね。
もともとからそうなのかというと、そこは分からない。歴史上で、幾つかの大きな転換点、分岐点は あったわけだし、変わるのが厭な傾向というのは、なにも日本だけに限らず、通常は、人々の一般的な性向ではあろう。皆、生活してるんだから。何事も、あまりに極端なことや混乱を好む人は、世界的にも少ないはずだろう。
そうね、
私個人の実感からしても、たとえば『ウォークマン』が売り出された頃の日本は、「あったらイイな」みたいなアイデアと、それを実現してみようとする元気は、多かれ少なかれ、まだ あったように思う。
まあ、いわゆる「バブル」と言われた時代の追憶に浸って、政治分野を筆頭に、年老いた権力者たちが、「あの素晴らしい」ナニを もう一度!やら、
あの時代を経験していない若い者はと言うと、ごく表面的でアヤフヤなイメージだけを、むやみと膨らませ、その時代を過ごした人々に、お門違いのネタミ僻みを向けて見せたりね。
しょせん「バブル」であって、ほんものじゃない、はかないニセモノなんだから。
あの頃だって、ほんとにイイ思いを できた人々も いれば、そうでない、そんなところとは無関係な人々も、もっと多かったのが現実よ。
ただ、モノだけは豊かになりつつも、まだまだ足りない感は あったので、それだけ、「分かりやすい」世相では あったかもしれない。
単純にモノのことだけ言うのなら、欲しい物は、まだ たくさん、いろいろ あったし、あったらイイのに、こうだったらイイのに、という欲求や欲望は分かりやすかっただけに、目指すべき新規技術や改善の方向も見つけやすかっただろう。
いまでは、そんな欲求や欲望によって、自然の摂理という根本次元での不安や危惧が大きくなってきている。
むしろ、従来の単純で軽薄な欲求や欲望を、いかにして こらえられるか、あるいは、ベターな方向へと、価値観からシフトしていけるかというところに来てしまっているわけで。
『アベノミクス』云々の失敗、ということも、私自身は、『アベノミクス』だ「トリクル ダウン」だを打ち出した当初から、そんなウマいこと行くかよフンwと批判していた。
もちろん、何度も言ってるように、「経済学」のケも知らない低学歴の私の直感に近いようなものでしかないんだけど。
とにかく、初期の段階で、安倍もとは、
「10年くらいのスパンを経てみて」
みたいなこと言ってたから、
「なにぃ?! このうえ10年も待たなアカンというのか!!
」
と、私は立腹したよ。
白井さんが言うように、「2年、3年」どころの話じゃなかったのよww
憶えてなかったの?w
ま、『アベノミクス』は やめようよ、という方向に行かないとしたら、
理由は一つでないにしても、究極、まだまだ、
格差拡大を続けたい、
それが、『ジミンだっぴ党』ならびに、その支持者らの本音なのだと、
私は見透かしてます。
なんせ、「日本なんか、どうなってもイイ」んだそうだものw
(続く)