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Updated   
2022.11.25 (Fri)

最近、
ついに、汀 夏子さんの画像を幾つか漁りまくったなかから、パソコンの壁紙に据えちゃいました()

立ち上げるとき、閉じるとき、それを見ては、ついついemojiデレデレしてしまいますぅemojiemoji

とうとう、こんなになってしまった。。。(苦笑)

 

さて、

近頃ハマっている『ユーチューブ』動画のなかでも、先日のエントリーで紹介した『山田五郎 オトナの教養講座』シリーズ。

ルソーの巻で大笑いしたあと(いまだに、思い出しただけで笑えてくるw)、また いろいろ視聴していって、今度はヨハネス・フェルメール『窓辺で手紙を読む女』についての解説中、当該作品のなかの背景になっている壁の部分に、本来は、『キューピッド』の絵が描き込まれていた、ということが判明後、近年の修復作業によって、画家本人が描いていたとおりに復元という話、私もチラッと聞いていたのだけれど、

くだんのサイトで解説者を つとめておられる山田氏は、いたく御立腹の ていで、ここは復元せずに おいとくべきだったのだ!との御主張なのだが、

いやいや、むしろ、レプリカとして残せば良いのは、復元前のものでしょうね。

いっそ、両方を並べて展示するのも、また興味深い。

 

現に、おおかたの日本人が「みなまで言うな」を好み、「陰翳礼賛!」の われわれにとって、「余白の美」というものは、最も しっくり来る美意識では あるし、お気持ちは重々理解できるのだが、

やはり、日本人と西洋人の感覚の違いは多かれ少なかれ あるだろうし(とは言え、かの『ロココ』にウンザリして、シンプル・素朴な農家暮らしに憧れた王妃も いたわけだw)

時代によって違う感覚も あるはずだし、

なによりも、学術・研究としての復元である以上は、もとの姿に戻すのが当然だとされても しかたないですよ。

学問・研究というものは、ただに美意識や感覚で左右されては いかんでしょ。

その美意識・感覚からしてが、なんぼでも揺らぐ余地が あるわけですからね。

 

それよりも、
フェルメールが亡くなった以降に塗りつぶされた形跡が あるとかいう、そっちの方が興味深い。誰かしらね?塗りつぶした動機とか、気になるなあ。。。

 

 

で、概ねの日本人が好む西洋絵画というのも、幾つかの傾向が見受けられるそうなのだけれど、

私も勿論、特に好きな画家の一人であるフェルメールは、『デルフトの眺望』などでも感じられるように、空間と時が止まったかのような、ある種の非現実的な、夢のなかの場面のような静謐感が あり、
そこに、真っ先に目を奪われるわけなんだけれど、

この、独特の静謐さに釘づけになる感覚は、ルソーの場合にも感じられる。

 

ところが、フェルメールの修復論争で指摘されるところの、ごちゃごちゃ「ビズィ」でないから好もしい、この余白やピンボケぐあいが良いんだよ、という主張とは反対に、

ルソーのほうはと言うと、かなりゴチャゴチャしつつ、見るからにクッキリみっちり、だよね?なのに、妙な静謐感が ある。

 

ちなみに、
私は、田中一村の絵を見ると、いつも、ルソーをも連想してしまうのだけれど、

もちろん、田中画伯とルソーとでは、国やジャンルの違いを考慮しても、根本的、土台の技術レベルからして比べものにならないのだが、

この両者の唯一と言っていい共通性は、やはり、独特な静謐感だと思う。ある種の、悪夢のような不気味さが漂っているほどの。

かつて、横尾忠則氏が、ルソー作品のパロディを提示したように。

 

しかし、同じ静謐感が あると言っても、フェルメールの作品からは、そういう不気味さまでは感じない。

もっとも、この時代のオランダ絵画、あるいはフランドル絵画からは、総じて、独特の印象を受けるのだけれども、

同時代、同じオランダの画家で、ヤンセンス・エリンガ(エーリンハ)という、それこそ、いまだに埋もれたままと言っても過言でないほどの画家が いたのだが、この画家の作品の一つに、『読書する婦人』という絵が ある。

この絵にも、フェルメール、また、彼と似たテーマや作風の、たとえば、デ・ホーホといった画家たちの作品から感じ取れる、おだやかな、やわらかい温かみよりは、一種の不安感や不気味さを、私は感じるのだ。
描いた画家本人に、そんな意図は微塵も なかったであろうけれど(ルソーも そうであったように)

 

そこに描かれている唯一の人物である女性は、その場面のなかで最も目立つ鮮やかな色の上着を着ていながら、ほとんど背中を見せて腰掛け、その横顔は、白い被り物の陰に隠れていて、どのような表情を しているのか、まったく窺い知れない。

 

タイトルとは裏腹に、この絵の主人公は、読書中の女性とは違うので ないか?

と、瞬時に感じさせる。

そう、本当の主人公は、夢のなかで私が歩きまわった「室内空間」そのものなのだ。

 

と言うのも、

このエリンガ(エーリンハ)の『読書する婦人』という絵には、私にとって、なんとも言いようのない感慨を もよおさせる個人的事情が ある。

それは、過去エントリー

北斎meetsフェルメール?

HammershøiとElinga

にて述べてあるとおりで、

どうしても、特別な感覚を もよおさせる1枚なのである。

 

 

大多数の日本人が好むらしい、静けさを感じさせる作品。

空間と時が停止したような場面に伴う静謐感。そこまでは共通していても、やわらかさ、温かみでは なく、ある種の不気味さを感じさせる作品がチラホラ存在する。

日本人が好む静謐感とは、どちらなのだろうか。

 

ただ、私が推測するに、

もしかしたら、多くの日本人は、ルソーあるいはエリンガの作品が漂わせているような、静謐さ以上の「不気味」に通じる要素までは、あまり、感じ取っていないのかもしれない。

 

たしかに、私のような感覚は、けっして、日本人の多数派のものでは なさそうだ。

たとえば、10代の頃に、モネの『(アルジャントュイユの)雛罌粟』という作品を初めて見たとき、なんとなく、「もの哀しさ」の感覚を覚えたのだが、そのことを言うと、聞いた人の全員から、いったい どこが?なぜ?と訝られたものだ。

 

この「もの哀しさ」の感覚は、何によって もたらされているのか、一見は、平和な、おだやかな、美しい光景であるばかりなのにと、私自身、説明しにくいなあとは思っていた。

 

ところが、だいぶ後年になって、とある冊子を読んだときに、その疑問が解けた。

それは、美術解説の方面では、知らない人が ないほど著名な専門家による解説だったのだが、

いわく、くだんの『雛罌粟』で、同時に、丘の上と降った所にいる、二組の母子連れは、じつは、同じ人物たちなのだと。

つまり、丘の上と下で、「時の流れ」を表現しているのである、と。

 

時の流れ。

それは、とどめようもなく、否応なく流れていく。

夢のように美しく、平和な、おだやかな時も、刻々と流れて、過ぎ去ってゆく。

 

私は、自分が、この絵から感じる「もの哀しさ」の理由を、やっと理解したのだった。

 

ちなみに、ニナ・リッチの『レール デュ タン』は、私が初めて自分の稼ぎで購入した香水です()

 

 

それにしても、

山田五郎氏の美術解説チャンネルを視聴していると、まさに、美術世界と言えども、「孤高」どころか、俗な世相や価値観の変遷といった、人間の生々しい歴史と密接に関わり合っているのだなあと納得する。

 

私の学校時分も、たしかに、「実技」ばかりで、「美術史」といったことの授業を受けた記憶は皆無に等しい。

そういう分野は、それこそ、大学段階で選択して、専門として学ぶものなのだろうと思っていた。

 

私の中学時代の美術担当教師などは、外見以上に、性格がヘン、というのが、私ら生徒のあいだでも、もっぱらの評価だったものだがw

この教師は、美術史や作品解説どころか、自作の絵について、これは、ある夜なかに、激烈なるインスピレーションが湧いて、イッキに描きあげた、などと、わけワカメな抽象画を自慢したものだから、

それを聞いたとたん、つい、フッと嗤ってしまった私を目敏く とらえ、
以後、根に持たれて執拗に攻撃された、苦い思い出が ある(苦笑)

そのあげく、美術の成績をアカラサマに酷く落とされたもんだから、うちの母親も驚いて、担任の先生に、どういうことですか?と問いただしたことが あった。

そのとき、担任の先生は、

「ああー、はいはい、美術の□※センセイですか」

やっぱり、という口調だったそうで、

あとで私も、母親から聞いた話では、あの美術教師は、職員室のなかでも、激しく浮いている存在だったらしいとw

 

だって、ほんとにワケわかめな、描きなぐった感じの、ばっちい抽象画だったんだもんwemoji

真面目は真面目な性格なんだろうけど、めっちゃプライド高かったのよね、あの先生ww

 

まあ、他人の作品自慢を聞いて、つい、プッと笑った私も悪いしw

見たまんまのとおりに、ただようゴミまで描き込んで、親父に罵倒された私が言えるクチでは ないかww(先日のエントリー内の参照エントリーを参照くださいませw)

 

 

これは、私の高校時代、いたく感じ入ったことなのだが、

社会科とか歴史とかの授業で、ここでも やはり、ひたすら暗記を要請され、つまんない科目の代表格のように、私も思っていたのだが、高校も、やっと3年生になってからだったか、担当が替わった世界史の女性教師が、『第1次世界大戦』あたりからの各国の事情や国際的な動きを中心に解説してくれたことにより、それまで感じることのなかった、イキイキとした「人間の歴史」というもの、それは、われわれ現代人が生きている こんにちの世界の様相にまでシッカリと繋がっているのだということを理解できる講義だったので、生まれて初めて、
歴史ってオモシロい!
と感じたものだった。

その先生が担当するようになって、初めてと言っていいくらい、世界史の成績がグンと上がった。

じきに受験シーズンに突入してしまったのが残念だったなあと、いまでも思う。

 

 

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Updated   
2022.11.15 (Tue)

「地獄への道」の続き。

 

それから、

とあるネット記事では、「アル中」と、それが齎す、脳の異常、ということを、専門家が解説しているものに目を通してみたのだけれど、こちらについても少々。

 

私とこの親父は、「しらふ」のときは、たしかに、パッと見、おだやかな、おとなしそうな性格の人に見えるという人が少なくなかったのだが、
ところが どっこい、
ちょっと何か、気に障ることや、つごうの悪いことが勃発すると、壊れた瞬間湯沸かし器の如くに火を噴く勢いで、凶暴な様相を見せることが たびたび あった。

まあ、もちろん、養家での生い立ちが薄幸であったことや、戦後に就いた職業が、本人の性に合わないゆえのストレス(ただし、娘の私の目から見れば、親父の性分にピッタシ合致してる職業だったと思うんだけどねwおカネの計算が大好きだったからww)とかも あったのだろうけど、

その代わりか何なのかしらんが、徹底的に、やりたいほうだい やってたことも多々あるのよ。

 

まずは、私ら家族に、ひどい暴言を吐いたり(こっちのほうは、むしろ、口達者な母親のほうが酷さの点で勝ってたけどさw)命に かかわりかねないほどの暴力を振るったり。

 

私の場合、ずばり言えば、障碍に つけ込まれ、いわゆる「経済的虐待」も加わった。

それらの みなもとが、親父らの生育環境などから来る根深いストレスだったと言われれば、けっして、否定は しないけれども、

少なくとも、ガマンばかりしてきたどころか、
世間で大いに糾弾されるような非倫理的な、その性格を咎められるような勝手なことも多々やってきてるのは事実だ。

過去エントリーで何度か述べているように、

私の母親が、子持ちの人妻だったにも おかまいなく、情熱的にと言うか、異様に執拗に迫りたおして、あげく、(私を)妊娠させたにも かかわらず、土壇場のド修羅場から、なんとかウヤムヤに逃げ出そうとして、意地の権化、はたまた、鬼女と化した(←私の母親w)に、首ねっこ とっつかまえられて、詰め腹を切らされるハメになったこととかね()

 

まあ、結果的に、親父と、その先妻の子らにとっては、ある意味、それまでの地獄の沙汰の如き生活から救い出されたと言える側面も大いに あったわけだけれどもw

そのトバッチリで、引き換えに犠牲になったのは、私だよww

 

親父はね、20歳代の若い頃、まだ「アル中」に なっていなかったはずの頃から、酒癖の悪さで知られていたらしい。

たとえば、酔っぱらって、

「おお、うまそうな鉄火(マグロ)じゃないか」

と言うなり、

火鉢のなかでカンカンになっている真っ赤な炭を、素手で、つまみあげようとしたもんだから、周囲が慌てて、羽交い絞めにして止めさせた、という逸話も ある。

…異様でしょ。emoji

 

まじで やろうとしたんだってさ。

真っ赤に燃えている炭をね、素手で。

 

まずはね、

私みたいな虚弱体質の者から言わせれば、お酒を飲める、それも多量にイッキに飲めるということ自体、エネルギッシュ、基礎体力が あるからなんだと思うよ。

どんだけ体調を崩しても、懲りずに飲み続けていたし、
それでいて、兄も呆れていたとおり、肝臓が悪くなりもしなかった。

私が厭がるので、あまり飲まなかった母親は『C型肝炎』になっていたけど。皮肉だよね。

 

さて、本題は、

今回のタイトルである『地獄への道』について。

 

地獄への道は、(見せかけの)善意が敷き詰められている。

 

これも最近のことなのだが、

動画を見ていたら、時々、宣伝が入って、本来の動画が中断されるよね。

そのコマーシャルのなかに混じっていたのが、聴覚障碍者の代わりに電話を かけてくれるという団体が あるのだそうで。

たいがいは途中までしか見ないし、できるだけ すみやかにストップさせてしまうから、内容を詳しくは見てないけれども、

なにしろ、私は、たとえば『ヤフージャパン』関係のことで、困り事が起きるたびに、電話それも、番号を選択していく形式の受付案内で、何度も本当に困ったことが あるので、当ブログで、そのおりの憤りやらを ぶつけていることを知っている読者さんも おられるだろう。

なので、

電話を代わりに かけてくれる「リレーサービス」?知らなかったわ、、、と、一度は興味を持って、いつになくシッカリ見てみたんだけれども、

見てみて、私は、ぜったいに、利用しないと思った。ここのはね。

この理由は、あとで まとめて述べます。

 

もう一つ、

どこぞの雑誌社だったかのネット記事内で、何やら親切そうなイメージでもって、就職・転職を斡旋しますという触れ込みの団体を、最後尾で紹介していた。

やれやれ、こういうふうに、メディアも協力してるんだな。

 

これらは、『日本会議』のオトモダチ団体でしょうが()

 

「全ての人が希望と尊厳をもって暮らせる社会へ」ですってさw

彼らの腹の底の目的と、実際に(裏で)やってることを考えたら、まあ、嗤っちゃうわよねww

 

 

先日来、これまた よりによって日本国の外務省が、『ODA』に かこつけて、アフリカあたりの学校、それが、例の『世界平和統一家庭連合(旧 統一教会)』が設立した学校に対し、開校の祝辞やら大枚の祝い金を拠出していたとの記事を見かけるが、政治屋連中と口を揃えた如くに、知らんかった知らんかったと、ひたすら言いわけしている。

 

 

『日本会議』にせよ『()統一教会』にせよ、このように、正体を慎重に隠しつつ、国家の権力システムに協力させて、無知でメデタい民衆に、底のほうから喰い込み続けているわけだ。

われわれが気づいたときには、時すでに遅し、って算段。

 

 

Updated   
2022.11.15 (Tue)

『サクマ式ドロップス』を製造していた会社が、来年早々に廃業予定、というニュースが出ていた。

この缶入りドロップには、私個人的にも、幼き日の想い出が ある。

幼なじみらと、缶から一粒ずつ取り出したドロップの、何色が出てくるか「おみくじ」感覚で予想したり、互いに好きな色を取り合いになったり、

表面に まぶされている粉が取れて、それぞれの味の果物などの色が透き通るように光るのが見たくて、いったんは口のなかに放り込んだのを、わざわざ、手のひらに出して確認してみたり(汚いねw)

小学校に入学して初めての遠足の おやつに、母親が買ってきてくれたのが、この缶入り『サクマ式ドロップス』だった。

母親は、

「おかあさんが子どもの頃から あったんやで」

と、言っていた。

私らの世代では、日常的な菓子ひとつを とっても、種類豊富になっていたので、小学校も高学年くらいになると、このドロップスは、あまりにも定番イメージゆえ、他の様々な菓子のほうに目が行くようになって、いつしか疎遠になっていったのだが、それでも、あらためて聞けば懐かしいし、容器もドロップ自体も、なかなかオシャレなものだったなと思う。

いまのうちに、一缶だけ買っておこうかという気を起こしたものの、すでに、オークション サイトあたりでは、信じ難いほどの高値で出品されているそうで、いまどきらしい現象では あるのだろうけれど、いささか呆れてしまった。

 

さて、

野坂昭如氏の原作である『火垂るの墓』は、私は、たしか小学高学年か中学生頃に、あるマンガ家さんによって描かれたものを読んでおり、男性のマンガ家さんの手によるためか、なかなか迫力ある緻密な画風も手伝って、その凄惨な描写に大ショックを受けて以来、こんにちでは『ジブリ』アニメによって知られているという当該作品を、決して見ないし、野坂氏の原作そのものも読む気になれないでいる。最初に読んだマンガから受けた影響が強烈で、滂沱の涙どころか、まじで、ご飯が喉を通らなくなるだろうことが分かっているから。
それでも、あの時代の実際を体験したことがない者にとって、たいへんな勉強になったと思う。

 

戦時には、身内や親戚でさえも、どのような態度になるものか、
このへんのことは、とある(お名前は失念しているが、知名度のある人だった)女性の おかあさんが、戦時中も欠かさず書いて残されていたという日記のなかにも、同じような情況が述べられていて、
戦時の人心は、ほんとうに、いやらしくて、利己的で、殺伐とした世相になったことを嘆いていた くだりが あったそうだ。

 

 

話題を替えて、

ところで、

最近の当ブログで紹介した、美術方面を解説する動画にて、今度は、モローをテーマにしている回を視聴した。モローも、私の好みの画家の一人なので、彼の個人的な面でのエピソードも、少しは読んだりしていたのだが、あまり踏み込んだものでは なかったので、モローと、特に、その母親の関係性について、有名な『エディプス コンプレックス』という説も引き合いに出し、いろいろと解説されている内容に、へえ~と驚きも したが、

支配的な親に、特に経済面で君臨され、それでいて、子に依存し、子のほうも否応なく「共依存」的な立場に引きずり込まれるという情況は、私自身も経験してきている。その最大要因が、私の場合、あきらかに障碍ゆえであり、しかも、障碍を負う原因を つくったのは、ことも あろうに、親たち自身だったのだが、両人とも無自覚か無自覚を装っていたふしは ある。

私自身が、なかなか、そのあたりのことに気づけないままで、トシくってしまったわけだが、

たしかに、異性どうしである息子の母親というものは、娘の母親とは、多少の違いが あるのかもしれない。

たいへんな美青年の母親であった、むかしの隣家のオバさんを通しても感じたことが あったし(じつは、息子の嫁にと、私を望んでいたらしいオバさんは、私と しゃべっているときに、ふと、『息子の嫁に対しては、やっぱり、ヤキモチを焼くもんなのよ!』というふうなことを、真面目な顔で言い切ったことが あったのを思い出した)
また、私の母親と兄は、血の繋がりは ないのだが、母親は、私なんかよりも、義理の兄のほうを、何かにつけて拘って、そして必死だった。

もしかしたら、母親にとって、実の娘、どういうわけか、似ても似つかぬ異質な娘よりも、ダブル不倫でスッタモンダの あげくに ひっついた男の面影を宿す、若い分身、という感覚のほうが大きかったのかもしれない。

 

ただ、私は、かのフロイトの理論は、あまり、と言うか、少なくとも、全体的に信用は しない。

20歳頃だったと思うが、フロイトの著作を読んでみた当初から、かなり偏った考察だなと思って以来、こんにちになっても、その違和感は消えていない。

 

「なんと言っても義理だからこそ、親の責任というものを果たさなければ ならない。あんたは実の子だから、気楽に無責任にしておれるんよ」

などと言い放っていた、うちの母親。

 

そんなバカな言い分が あるかい!!emoji

と、いまの私なら、一刀両断に処すのだがw

 

くだんの、興味深い美術解説に対して言っておきたいことが ある、それは、

息子にとってであれ娘にとってであれ、

母親というものは、人生最初に出会い、終生に わたって つきまとう、「ファム ファタール」であるということ。

大多数の人にとっての母親は、

男女の別なく、われわれが しがみついて生きる大地の法則、この世の第一聖典、犯すべからざる女神、逆らい難き魔女なのである。

 

そう、
この世で最も、しまつ悪い存在なのよ、母親という、およそ「産み落とす者」はねww

『キリスト』教の説話に おいて、罪深き存在と決めつけられているのも、しかたない、ような気もするwww

 

キリスト教もさぁ、マリアは、イエスは、性欲や性交なんぞには無関係で産み、生まれてきたから尊いのだということにしておきたいのなら、
今回アメリカに おける「中間選挙」で、争点の一つになったという「人工妊娠中絶(堕胎)」を禁止するどころか、

いやらしい、恥ずべき性欲やら、醜い計算やらを めぐらして産むくらいなら、むしろ「人工妊娠中絶(堕胎)」を晴れて大いに認めるほうが、お説に かなうと言えるんじゃないの?wどうよ?原理的キリスト教徒さんや『共和党』の人たちww

あるいは、
人工的な出生方法を奨励し、発展させ、いずれは、性欲も性交も一切ナシ!そういう出生方法でしか認めないということにしていくとかさwww

 

日本なんか、この先、子どもが生まれなくなり過ぎて、人工的出生方法に頼るしか なくなりそうだもんね、『皇室』とか、すでに。

「自然に まかせて」いたら、「やんごと ある」になってしまいそう(苦笑)

 

【続く】

 

 

Updated   
2022.11.07 (Mon)

【続】秋の深みに寄せての続き。

 

うちの母親のほうは、と言うと、これも また変わっていて、

書く、描く、両方とも苦手なんだと、プライドの権化みたいな性格のわりには、めずらしく、自分で認めていた。

親父と同様、母親も、学校の優等生で、どの科目も よく できたそうだが、なかでも、音楽の才能は、専門の教師から太鼓判を押されていたという。

ところが、絵を描くことと、書道だけは、うまく できなかったと。

 

しかしながら、母親の書く字は、娘の私から見ても、ちょっと驚くくらい、荒々しい、男っぽい筆跡だったのだが、書道の場合は、そこが良いのだ、力強さが際立っていて良いと、そのように褒められるのだが、書くのも描くのもダメだと、自分で認めざるを得なかった その理由と言うのは、いずれも、

紙から大きくハミ出してしまうから、

ということだった。

 

あるていどの年齢になれば、ふつうは、書くにせよ描くにせよ、取りかかる前に、それなりの構図を考えるでしょ、目の前の紙のサイズを考慮しつつ。

うちの母親はね、ひとたび、筆を手にすると、

このままでは、もはや、この紙のサイズを超えてしまう~
と気づいていても、

ああ、また やってしまった、、、
と、紙の外にハミ出すまで、やめられない止まらないと。

 

ただ、色彩感覚は非常に優れていると褒められても いたそうな。

 

一言、申し添えておくと、

母親は、脳に、ある種の異常が ある人でした。

本人は、毎度のように、こういうことについてはハッキリと言わずに誤魔化してたけど、

いまの私の知識から察するに、恐らく、母の姉妹の遺伝的要素も鑑みて、たぶん、『癲癇』の傾向を持っていたのだと思う。振り返ると、思い当たる発作も、時々起こしていた。

もちろん、母自身は、関係ないことを述べ立てて、もっともらしく言い訳にしていたので、私も、なかなか、そこまでは気づかなかった。

本人としては、隠しておきたい、コンプレックスだったんだろうな。

 

親父は、自覚なき「アル中」だったわけだし、ふだんの睡眠中の寝言や動きも異常に激しいことが たびたび あった。こういうのも、脳の異常に関係しているらしい。

 

私は、両親の これらの傾向を、幸いにも、全くと言っていいほどフシギと受け継いでいないのだが、

しかし、
両人とも、脳に異常が あったということなら、実の娘である私自身も、、、かな?(苦笑)

 

 

美術から、次は文学の話題を少々。

幼い子どもの頃や学校時分に読んで、いまでも、時おり思い出すほど、つよく深く印象に残った童話や小説たち。

旧ブログか過去エントリーで述べたことも一部混じってるかもだが。

 

ワイルド『大男の庭』『若い王様』

なんとも言えない、ふしぎな、神秘的な感覚に打たれたのを憶えている。まだ、小学校1、2年生くらいだったと思う。もちろん、ワイルドの名すらも知らなかった。

 

 

アンデルセン『人魚姫』は、何も言えないまま、ただ「水の泡」になって消えてしまうなんて、あんまりだー!と、幼な心に、たいへんな悲劇性を感じ、ショックを受けた。

 

うちの母親は、『マッチ売りの少女』で泣けた泣けたと言っていたのだが、動物好きの私にとっては、むしろ、ウィーダ(ラメー)『フランダースの犬』のほうで、人間に つきあったがために、ひどい空腹のまま道連れになり、ついには凍死したパトラッシュのほうが、あまりにも かわいそうと思ったw

 

いずれも、現代に おける先進国のような、子どもを守るべきだの権利だのの概念が なかった時代。

幼い子どもに対してであろうとも、情け容赦が なかった。

 

 

これまたオスカー・ワイルドでww『幸福の王子』。

耽美派ワイルドのことなんて、全然、知らなかったんだけどねw

ここでも やっぱり、
つきあわされた燕のほうが かわいそうじゃんかと思っていたww

でも、最後に、ゴミ捨て場のなかに放置された王子の心臓と、燕の骸を指して、

「最も尊いものが二つ、あそこに ある。あれを持ってきなさい」

と、雲の上で、神さまが天使に命じたコトバに、胸うたれました。

 

 

ひるがえって、日本の『ごんぎつね』(新美南吉)

いまでも、滂沱の涙なくしては読めません。

あほな「ごん」が いじらしくて、いじらし過ぎて。

兵十の辛さ、切なさが分かり過ぎて。

 

浜田廣介『泣いた赤鬼』も。

この作品には、必ず一緒に思い出す、ちょっとした個人的な出来事が あった。

 

私が入園した幼稚園は、私らが初代の園児だったらしいのだが、その創立に あたって、いろいろな準備活動に協力した うちの母親は、娘の私が小学生になっても引き続き、学校関係の活動全般に熱心だったのだが、

幼稚園が始まる少し前の ある日のこと、うちの家の玄関先に、大量の童話の全集が運び込まれた。

見れば、それらの絵本の、美麗な装丁、色彩も鮮やかなカラー刷り。
表紙を見ただけで、幼い頃から、本を読むことも好きだった私は、胸を わくわくさせ、これらは、てっきり、自分のためのものなんだと思い込んだ。

ところが、よくよく聞けば、私が入園予定の幼稚園に納入されるものであり、何やらの つごうが あって、とりあえず、うちで預かるために運び込まれただけ、というのだ。

それを聞いて、心底がっかりした私を見かねてか、母親は、

「あしたには、あんたの行く幼稚園に運んでいってしまうから、どれか、読みたいのが あるんなら、今晩のうちに、一冊だけでも、おかあさんが読んであげよう」

と、好きなものを選ぶようにと言ってくれたのだが、

ぬか喜びした ていの私は、とにかく残念で残念で、拗ねてしまい、意地を張って、いらない!と言ったように思う。

それでも、未練がましく、たぶん、やっぱり これ読んで~と、最後には ねだったのだろうか、

くだんの『泣いた赤鬼』を、そのときに、母親に読んでもらったらしいことを、うっすら憶えているせいか、いつも、つられて思い出すのである。
あのときの、美しい絵本たちが、自分のものにならない、がっかりした気分とともに。

 

 

『安寿と厨子王』。

よく知られている森 鴎外の『山椒大夫』では なくて、ここでは、子ども時分の私が読んだ、あくまでも小児(小学校低学年頃)向けの本が前提なのだが、これの執筆者名は分からない。

安寿が身投げした沼の前に、小さな ぞうりが揃えてあった、という描写に、それが何を意味するのかを初めて知り、なんとも言いようのない、つよいショックを受けたのを、いまだに、まざまざと思い出せる。

 

長い長い苦難の旅の すえ、やっと見つけ出した、目が見えなくなっている母親と遭遇、すでに出世していた厨子王が、海原を渡る大きく立派な船に、生き残った母を連れて乗り込み、いまは亡き姉と乳母を偲び、

二人の名を、声に出さず、そっと、口のなかで呼んだ。

このような表現に、子ども心にも深く感じ入ったものだ。

 

 

かくも平易にして、かくも香り高い気品。

「黙礼」というコトバも、初めて知ったのが、小川未明の『野ばら』。

やがて老人の前を通るときに、青年は黙礼をして、ばらの花をかいだのでありました。~

 

小川未明には、『赤い蝋燭と人魚』という作品も あり、小学生の頃の私は、作中の人魚の真似をして、自宅の仏壇の引出しに しまわれていた大きめの蝋燭を取り出し、学校の図画で使う水彩絵の具でもって、絵を描こうとしたものだから、兄たちに笑われたことを憶えている。

(窓のガラスに直接、大きな絵を描いて、母親が、外の道路からも見えるから恥ずかしいと、嫌がったことも あったw)

そして私も結局は、うまく描くことが できなくて、なげやりに、全体を赤く塗りたくった蝋燭が、その後も ずっと、仏壇の引き出しのなかに転がされたままだったことを思い出した。

 

 

そのほか、

芥川龍之介の一連の中国伝奇シリーズ。

『杜子春』。

物語の始めから、どこか茫漠とした不安感が漂っている。
それは、やはり、日本の風土には ない茫漠さだ。

春である。
春の夕陽に照らされる街角で、ぼけ~っと佇む主人公「子春」青年の、いかにも たよりないイメージだけが、最初に読んだ小学生の時分から こんにちまで、ずっと残っていた。

そうして、ふと思い出すたび、なんとなく、あの不安のイメージを、わが身のことのように感じてしまう、一種の心地悪さ。

なので、長いこと、読み返す気にもなれないでいたのだが、それにしても、あの結末って、どうなるんだったっけ?と、最近になって確かめてみたら、

意外にも、幾分の爽快さをもって締めくくられていて、ああ、そうだった そうだったと頷いた。

 

ほかにも、

先日のエントリーでも触れた、『奉教人の死』。

痛ましくも、ある種の甘美でさえ ある、あっと驚く意外な結末。

 

 

幼稚園から小学生ごろまでに読んだのは、ザッとザッと、こんなところで、中学生になってからは、ロシア文学やフランス文学を中心に、翻訳もの小説が多くなっていった。

もちろん、洋の東西を問わず、ジャンルも問わず、まーだまだ、たくさん あるのだが、制限字数が尽きそうなので割愛。

 

いずれも、死ぬ前までには、いつか読み返したいと思っている、主として、幼稚園から小学生の頃に かけて読んだ絵本や物語。

胸が いっぱいになって、苦しくなってしまうかもしれないけれど。

 

 

Updated   
2022.11.07 (Mon)

秋の深みに寄せての続き。

 

私は、以前から言ってきたように、美術鑑賞や、自分で描くことも好きなんだけど大好きなんだけれど、哀しいことに「ヘタの横好き」だという自覚は辛うじて あるからw先述の動画を視聴していて、ルソー本人も、自分の描き方に困難や問題が あるのを自覚していたのなら、きちんとした指導やアドバイスを受けてみようという考えは なかったのかいなと、そのへんは怪訝に思ったのだけども、

こういう人を、なぜか、堂々とアカデミックな場で、絵の教授に就けてしまうという、その流れのフシギさw

ルソー自身の、ある種の「強運」も あったのだろうが、

こういうところは、やっぱりフランスならでは、なのかな?と、

日本では、まあ、あり得ないだろうなとも思った。

 

でも、日本人は、どういうものか、昔から、ルソーの絵が好きらしい。

言われてみれば、私自身も、部屋に飾りたいほど好きとまではビミョウだけど?けっして、きらいじゃないわw

 

 

うま過ぎて、名声とどろき、名を残す。

ヘタ過ぎて、大笑いされ、名を残すw

 

つまりは、うまいとかヘタとかを超越した、独特の世界観に満ちている場合も あるわけでね。

 

 

これも、日本人が特に好む『印象派』。

フランス国内に おいて最初の展覧会で発表したとき、当時の専門家らの怒り心頭を誘い、くっそみそにコキおろされたっていう、定番の話が あるじゃん?それが真実、正確なところかどうなのかは、かなり怪しいらしいけど。

それは さて置き、

まあ、まじで怒りを誘うってことならば、それだけ、ある種の脅威を感じさせるからでも ある。

だからこそなのだろうけど、

その点、むしろ大笑いを誘う場合は、まあまあと、大目に見られ、許され、受け入れてもらいやすい、ってことなのか(苦笑)

 

じつはね、この動画の直前に、ヴェラスケス(なかなか渋い、いいオトコよねemojiディエゴ)の『ラス メニーナス』についての解説を聞いた そのすぐあとだったので、

「遠近感覚の計算もバッチシのベラスケスとは どえらい違いやったんやなあルソーって、はははw」

と、私も大笑いしてたの。

 

たとえば、近代アメリカの画家であるサージェントあたり、私も特に好きな画家の一人なのだが、
その筆遣いを見たら すぐ分かるように、ヴェラスケスの影響を受けてる画家は、時代を超えて、世界的に多いだろう。

 

同じスペインの偉大なる先達として、かのゴヤも また、ヴェラスケスを大いにリスペクトしていたからこそ、自身も また同じく宮廷画家として、あの『ラス メニーナス』に比肩し得る作品を ものしようとし、やっぱ無理だ、かなわないと諦めた経緯が あったそうなんだけれど、これはねえ、描かれている対象の人物たちの、実際の風貌とか人物的魅力如何も影響してるんじゃないかと(苦笑)

あの可愛らしい、幼い王女と比べられたら、、、ね?()

 

ちなみに、ヴェラスケスからゴヤに至るまで、百数十年も あいてるんだね。

まあ、現代人の私なんかから見たら、どちらにせよ大昔の、錚々たるの古典的な大家のイメージだから、そんなに年数あいてたの?と、少々意外だった。

 

さてさて、

作品とは別に、ルソーのようなタイプの人って、たまに、いや、けっこういるみたいね。まあ、もともと私自身も、他人事みたく、えらそうに言えるクチじゃないかもだがw要するに、「いい人なんだけど、独り善がりとか無神経」だったりというw

これが、わかりやすいようで、わかりにくいのよね。

単純なタイプの人なのかなあと思ったら、いやいや、けっこう複雑かも、いや、やっぱり、ひたすら単純なんだww

だからこそ、次に どう出てくるやら、けっこう、予測しにくいんだけれど、そのときが来てみたら、やっぱり、いつもどおりの単純さwww

 

ルソーに関しては、うちの過去エントリーで、少々触れたことが あったけど、

私が なんとなく想像していたのと、そう大きくはハズレてなかったみたい(苦笑)

 

ただ、ルソーの色彩センスは、これも独特のようでいて、さすがフランス人だなという感じ。

 

ルソーは、典型的なフランス人かつ男性ならではの「天然もの」()

 

飛ぶ物が大好き、動く物、好きなもの、関心を持っているものは、とにかく真ん中に大きく大きく描きたい()

 

反面、ヘンなところで拘って、こまかーく執拗なまでの描き方を せずに いられないw

(じつは、私が、若い頃に、小説の筆を折った理由の一つが、これww)

 

けど、苦手なところは、いっしょうけんめい隠すww

隠してるのがバレバレなのも気づかずにwww

 

実際、ルソーは、ごく若い頃に、犯罪を しでかしてるそうなのだが、こういうところも、単純な衝動性ゆえでは ないかな。

 

要するに、

あのピカソが羨ましがったというほど、おとなの男性というよりも、幼い男の子のまんまなんだ()

だから、ある意味、どうにも憎めないんだろうね()

 

で、

さすがに、ルソーよりは、私のほうが、もう ちょっとは、らしく描けるぞ?wとは言っても、

ヴェラスケスなどの偉大な画家は勿論どころじゃないが、
さりとて、ルソーのようにも、世界的高名な作品を残せるわけでは全然ない。

なぜなら、
天才でもなければ、天才すらブッ飛ばすような、ある種の突き抜け度も ない、ただの中途半端な「横好き」でしかないからだw

 

ただ単に好き、それだけ。
そこだけが、ルソーと私の、辛うじての共通点だろうww

 

 

どんな分野でも、特に芸術分野では、要は「スタイルが ある」か どうかが、大きな分かれ目だと思う。うまいとかヘタとかいうこと以上に大事な。

 

その人の作品でしか表現し得ないものが確かに ある。

つまり、余人を以って代えがたい、掛け替えが効かない、オンリーワンってことね。

 

 

ところで、うちの親父は、これも、以前のエントリーで話したと思うけど、

かのピカソが大キライでねw

さっきの先行エントリーでも述べた、正面顔と横顔を同時に描いた作品なんかを特に嫌っていて、

私が、乏しい知識でもって、

「あれはね、理論的な、実験的な作品で」云々と、せいいっぱい説明してみても、

親父は、

「なんか知らんが、おれは嫌いだ!」

の素朴な一言で却下w

 

そもそもピカソは、本来的に、ふつうに描いたら、それは それで、非常に技量の優れた具象画を多く残していることを知らないようだったし。

でもね、

ルソーのほうは、親父が、その存在を知ってたかどうかを、私は確かめたことは ないんだけど、

ルソーの絵を見たとしても、親父は、大嫌いだったピカソの絵を見たときのように、まじで怒ったりは しなかったんじゃないかなと思うw

もちろん、褒めもしないだろうけどww

 

親父自身、若い頃は、育った養家が貧しかったせいもあって、ふつうの黒鉛筆だけを用いて、モノクロ写真のような写実的な絵を描くのを、ささやかな趣味にしていた。

 

そんな親父がリスペクトする絵は、日本画は別格のものとして、西洋の絵画であっても、基本的に、バリバリ正統派な、端正な具象が一番。

好みの一例を挙げれば、『グレー』シリーズで知られた浅井 忠とか黒田清輝とか、そのあたり。

(ちなみに、『湖畔』のモデル女性は、うちの母親の若い頃の風貌と少し似ている。なので、複製画集をプレゼントしたことが ある)

あと、東山魁夷の作品も大好きで。

 

 

実の娘である私は、もともと、こういうタイプの子では あったんだけど↓(苦笑)

【続】「芸術」って?やれやれw追加だよww

まあ、それでもね、少なくとも、ルソーよりは、もう ちょっと、マシな()絵を描けるんじゃないかとは思うわけよw

学校時分の美術の授業では、自分のアタマのなかのビジュアルを、紙の上に再現できるだけの技量が追いつかないもんだから、時々、
「なんだコリャ?」
と、先生やクラスメートたちから嘲笑されることも あったけれど(苦笑)
それと同じくらい、褒められることも あった。

たとえば、文学作品、詩の一場面の光景を、自分なりに想像して自由に描くとか、テキスタイルとして想定した図案とかは、おもしろがられたりした。技術としての陰影の つけかたも、美術教師に褒められたのよ。

 

【続く】