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Updated   
2023.09.03 (Sun)

サイコパスの教育方法(?)の続き。

 

『サイコパス』というのは、私から見れば、むしろ、非常に子どもっぽいようにも思える。

幼児的な感覚や狭い視野のまま、オツムの狡猾さと身体だけが大きくなったような極度のアンバランス。

 

だからこそ、自分本位の思惑や欲求を満たすことには、年齢を重ねるごとに、こまかく計算できるようになり、確実に達成するための小細工に余念が ないけれど、

いざ達してしまったあとのことはスッコ抜けていたり。

大概は男性に多いパターンやタイプと思うんだけど、

緻密なんだかズサンなんだか、よくワカランのは、まさに、『札幌』市の事件の下手人となった女が そうだ。

 

 

ところで、

旧ブログを やってた頃に、同じサイトのブロガーの一人で、ご本人も、ご亭主も、比較的軽度の知的障害であるが、夫のほうが、本人よりは もっと軽度だと言っていた人が いたのだけれど、そのせいなのか、
「夫は、なぜか、いつも心配そうな顔で、私を見る」
とも言っていた。

そして、

子どもは『発達障害』で、かなり困らされたことも吐露していた。

と言うのは、特に手を焼いたのが、嘘を つく癖が あったから、と。

 

ただ、その嘘の内容も、とくに悪気が あるわけでは なくて、ほんとうに、しょうもない場合が多かったのだそうだが、親としては、そのあたりのことは承知していても、事情を知らない他人さんは振り回される。

そういうことが繰り返されたので、子どもに、嘘を つく理由を聞いてみたことが あったと。

すると、子どもが答えたには、単にオモシロイからだと。

なにがオモシロイのかと重ねて聞くと、

嘘だと知らずに、あたふた慌てている人の ようすを見るのがオモシロイと。

それだけのことなんだと。

 

で、

親として、嘘を つかれて振り回される人の迷惑を考えなさいよと諌めて、以後、社会人になり、年齢を重ねるとともに、徐々に改善されていき、いまでは、ほぼ、そういうことは なくなったと言っていた。

 

 

もう一つの事例。

これは、もっと深刻な話で、私の母親から聞いていたことなんだけど。

ただし、うちの母親も、脳の異常のせいなんだかなんだか知らないが、たまに、とんだ作話を口走ることが あったのを、いまでは、私も気づいている。

さて置き、

数十年後の今は、詳細な部分や結末などは、記憶が少し曖昧になってしまってるものの、おおよそ、こんな話だった。

むかし、うちの母親が若かった頃、当時の住まいだったアパートの共用廊下だったのだろうか、たまたま通りかかった2階の窓際で、幼稚園か小学校の1年生だったか、それくらいの年齢の女児が、両手に、なぜか、煉瓦を一つ抱えているのを見かけて、怪訝に思ったという。

 

女児は、無感情な顔で、さっきから、何かを待っているらしく、じいっと、下の通りを見下ろしていた。

 

私の母親が目撃したのは、そこまでだったと言っていたような気もするが、

その後、いきなり、窓の下の道へ向けて、手にしていた煉瓦を投げ落としたのだという。

ちょうど そのとき、くだんの女児と年齢が同じくらいの女の子が通りかかったところだった。

 

幸い、直撃を免れた女の子は、その頭上に煉瓦を投げ落とすべく待ち構えていた女児にとって、何の理由なのだか、とにかく、気に入らない相手だったらしい。それで、相手が、窓の下を通りかかるのを、根気よく待ち構えていたそうだ。

 

ちなみに、

この女児、私の義理の姉(←親父側の長女)だったとか言ってたっけか。もしかしたら記憶違いかもしれないけど、

たしかに、一回り以上も年長の義姉には、幼かった私も、両親の眼が届かないところを見計らったようなタイミングで、なんとも陰湿なイヤミを言われたり、ねちっこいイヤガラセを さんざん やられたし、
人並みに嫁いだあとも、みずから起こしたトラブルだらけで、
ついには『自己愛性人格障害』という診断を下されている。

 

 

サイコパスとか、あるいは自己愛性人格障害とかも、私の見るところ、どうも、通常レベルの人の何倍かは、「逆恨み」する傾向が あるように思える。

要は、非常に自分本位な考えで、怒りや憎しみを激しく募らせたり、
それは もちろん、客観的な立場から見ると、お門違いだったり、なぜ、そんなことで、、、と、唖然とするような理由だったりする。

 

しかも、

自分こそが、他者に対して、無礼を はたらき、不快な思いを させていることには無頓着という以上に、当然だというナゾの優越感覚で棚上げしている。自分本位だから。

 

そうして、
まだ幼い頃から、早くも計算高いだけに、まともに反発したら、自分のほうが危ういと分かってる相手には、「面従腹背」ってのか、少なくとも表面だけでも逆らわないどころか、積極的に諂いも する。

権力が大好き、権力崇拝だからかね()

 

そのかわりに、
自分よりも弱そうな立場とか、逆らうのが困難な状態にあると見た者へ向けて、大いに八つ当たりする。

 

こういう傾向の事件、街なかでも時々起きてるでしょ。

無関係の歩行者に向かって、いきなり、車で突っ込んでいった理由が、ストレスとか、女にモテないからとか、交際相手にフラレてムシャクシャしたから、とかってさ。

 

 

ある意味では、過敏とか、病的に敏感とも言えようけれど、

だが、

札幌市の事件のように、「腫れ物に触ら」ぬような育てかたは、やっぱり、間違ってるわな。

そのくせ、

見ようによっては、「経済的虐待」とも言えそうな、
何を買うにも、どこへ行くにも、常に父親頼み。

父親が いないと、どこにも行けない、何も買えない。

 

あげく、

年齢も父親に近い、けったいなコスプレ趣味も、なんだか、父親に似ているオッサンを襲ってしまった。

 

 

とにかく、自分は悪くない、自分を思いどおりにさせてくれない、自分に不愉快な思いを させた相手が悪いんだ、という感覚が滅法つよいのかな。

 

過去エントリーでも、おりに触れて、これらのキーワードに なり得るのでは ないだろうかという指摘を述べてきた。それは、

(リクツ抜き・自分本位な)被害意識」だ。

 

 

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Updated   
2023.09.03 (Sun)

前回のエントリーうんざりする夏の終わりにに、ちょっと補足しておきます。

というのは、

「『サイコパス』のような子を、どう教育すべきか」
という、難しい問題なのだが、

ヤフゴミ捨て場のなかに、
「小さなワガママを許していては いけないのだ」
というようなことをコメントしているのを見かけたので、逆に、その投稿者や、賛同している人たちに問うてみる。

「小さなワガママ」って、何のことですかね?

 

私は、幼い子どもらしいワガママは、時には許容してやれば いいと思うし、むしろ、あまりに細かいルールを設定して、子どもが息苦しくなってしまうようなガンジガラメな育て方は、けっして良くないと思う。実際、そうした虐待事件も起きている。

 

うちの母親の口癖が、

「わたしは過保護だから!」

というものだったがw

のちに、私の苦難を知った他人さんは、

「それは過保護じゃなくて過干渉!」

と、喝破していた。

 

親父は親父で、もともと、細かい性格だから、子どもに対しても、しょうもないルール設定、過去エントリーでも言ったように、たとえば、入浴時の掛け湯が、上がり湯が、洗面器に何杯まで、とか、そういう、異様に煩いことを言いだすので、
さすがに、このときは母親がタシナメていたものだが、

そういうふうに、一事が万事、自分の示威的・恣意的ルールを押しつけられないなら、今度は逆に無関心になってしまう。

 

親父については、このトシになっても、いまだに、ふと、まざまざと思い出してしまう光景が ある。

私が幼稚園児か それくらいの頃、

毎度のごとく、両親の大ゲンカが突如として始まり、激昂した親父は、手に握った箸を、母親の眼に、今しも突き刺そうとしたことが あった。

 

さすがに、それは実行されずに済んだけれど、その一場面だけが、いまでも、急に脳裡に浮かぶことが ある。

 

もう一つは、

やはり幼い頃、両親の大ゲンカに割って入ろうとして、母親を つかんで殴りかかろうとしている親父の腕に すがりつき、どうか やめてほしいと泣きながら頼んだら、
一瞬、私のほうを見遣った親父は、ニヤリと哂っていた。

 

 

また、両親は、二人とも、それぞれに、殊更、人前で、私を辱めるのを楽しんでいた。

障碍を負わせた私を。

 

 

学校時分は、母親を心配して、修学旅行さえも躊躇った私が、自活を始めてから、ただの一度だって、実家に戻りたいなんて思うどころか、そんなことになったら、死んだほうがマシだと思ってきたけれど、

両親ともに亡くなった いまは、自分一人で、とにかく静かに、地に還りたい、あの猛々しく騒々しかった親らの墓にだけは、ぜったいに入りたくないと思う。

 

 

過干渉は、子の人生を歪めてしまう。

干渉し過ぎる親は、肝心なときには、本当の意味では、子を守らない。

 

自分の不安や利害意識からの干渉、すなわち、自分の つごうで支配し、コントロールしようとしているだけ。

 

 

子を持ったことのない私が、

親に逆らえるくらいの力、体力的にも頭脳的にも、対等に近づいてきたら手遅れだということを言ったのは、

たとえば、
まだ ごく幼い頃の子どもが、何かしら気に入らないことを されたというので、年齢が近い子に対して、本気で叩きに行ったりして、相手の子を泣かせてしまったりということは、わりと よくあることだと思うけれど、

そういうときに、自分の子に、

「あんたも、同じように叩いたろか~」

と叱って、
実際そのように叩いたとしたら、たぶん、ほとんどの子は、エーンと泣きだすのだろう。

でも、そのあと、膝にでも乗せて、おだやかに諭してやれば、だいたいは素直に、そういうことは やっちゃいけないんだなと、幼心に少しずつ理解していくのだろう。

 

ちなみに、

「あんたにも同じように やっちゃろうかぁ」
というのは、これも、うちの母親が、よく言ってたセリフなんだけどw

もっとも、
娘である私自身は、いたって素直な子だったからw自分が言われたのでは なく、

ある日のこと、小学生と思しき、よその子が、何か悪いことを、たしか、近所の庭で咲いている花をポキポキ折りまくってたのを見かけたときに、

「あんたの首も、ポキッと折ったろかあ~うひひ」

などと、お得意のセリフで怖がらせてやったとたん、その子は、即座にピューーーemojiと逃げ去ったそうなww

 

しかし、なかには、自分が叩いたのは、叩くだけの理由が あったのだからと、かえって、叱った親を恨む性質の子も いるかもしれない。

 

まずは、その子なりの、怒りの原因を聞いてやることだと思う。

そのあとに、

でも、いきなり、相手の子を叩くのは いけないよ、いやなことを されたのなら、いやだから やめてね、と言うことが大切だよ、いきなり叩いたら、自分が悪いやつにされちゃうんだよと、

要は、自分にとっての「損得」を分からせること。

 

これは、『サイコパス』の場合に限らず、一般的な性質の子にも言えることだろう。

そもそも、おとなになっても、自分自身に降りかかって直面しないうちは、たいがい「他人事」なのだ。

もともと、自分本位が基本なのは、一般的にも同様。

ただ自己利益や損得を計算し、辛うじて、自分を律しているなんてことは、サイコパスでない、ほとんどの人も そうだろう。

 

それでも、
大多数の人は、成長するに したがって、多かれ少なかれ重ねた経験・体験を もとに、想像力を養い、他者のことにも配慮が、多かれ少なかれ、できるようになっていく。

自分が、多少の不快な思いを させられたとしても、もちろん、損得計算を働かせる、それだけでは なく、他者の置かれている立場や、自分とは異なった感覚や考えかたも あることを、多少なり考慮できるように なる。それが、精神的に成長するということだろう。

 

自分本位というのが、『サイコパス』や『自己愛性人格障害』や、ある種の『発達障害』には特異に顕著な性向なのであれば、せいぜい、そこを利用するように躾けるしかないのでは なかろうか。

自己利益や損得計算だけが突出していて、極度の「他者への想像力不足」は、どうやっても なおらないのであれば。

 

もちろん、ふつうレベルの感覚の人は、ましてや親とか先生とか、教育するべき立場の おとなだったら、これはイカンと思えば、厳しく叱ったりも するはずなんだけれど、そうすると、逆恨みするのよね。

そもそも自分側に原因が あるということを指摘してみても、そんなことはガン無視。自分本位制だから。

 

かくて、ひたすら、被害意識を積み重ねていくってわけだ。

 

たとえば『少年院』とかさ、ああいった矯正や更生のための教育施設を出たあと、なぜか、もっとワルくなったってな話も聞いたことが あるんだけど、

もしかしたら、
一つには、「逆恨み」する癖とか、ただ「被害意識」だけを募らせてしまう性質も原因なのかもしれない。

悪気が、というか、自分が犯したことに対する罪悪感や良心の咎め、というものが非常に希薄だと、よけいに、そうなってしまうかも。

 

それだけに、
とにかく自分をヨシヨシしてくれて、何でも肯定してくれる相手は、好き勝手でき、気分が良いから、みずからも、その相手の味方を することに努める。それが、自分は「義理堅い」んだというカン違いにもなってるんだろうけどw

けっこう多く見かけるわな、こういう手合いは。単に、自分の利害と一致してるから癒着してるだけなんだけどねww

 

で、
そういうふうに肩入れし合っていた相手が、何かの ひょうしに、意見や見解や方針を違えたとなると、ソッコーで、「裏切者ー!!emoji」と叫びだす。

 

最後は必ずのように、「勝ち負け」を問題にするんだwww

そういうパターン。

 

【続く】

 

 

Updated   
2023.09.01 (Fri)

「世界で一番高い山は、ヒラマヤ」の続き。

 

なので、

おい、ヤフゴミども。

えらそうに、嬉しそうに、「障害者ガー」と、一括りや十把一絡げに罵るのは やめろ!(激怒)

 

そういうオマエさんら自身、私の眼には、

そうとうの内部障害、それも、ずばり言ってオツムや精神方面の障害を抱えているんじゃないか、
単に、自覚が ないだけなんじゃないか

とすら思えるコメントが夥しいぞ。

自分棚上げの「上から目線」、自国語・母語であるにしてはケッタイな日本語モドキで悪態を つく、真っ赤な嘘、作話の数々。

ほんと、バチ当たればイイと思うわ()

それこそ、「次に生まれ変わった来世」で、バチ当たればイイと(()

 

そう言えば、先日も、

子どもを死なせた事件だったか、あるいは、障碍者問題の記事に付いたコメントだったか忘れたけど、

これがまた毎度毎度の、

「次に生まれたら」「来世では」

というアホまる出しに混じって、

「子孫に災厄が行くのですよ!」

てなコメントも見つけたので、見逃さずに通報しました。

「こういうコメントの内容こそは、昔から、障碍者を貶め、侮辱するために利用されてきた」のだと。

 

 

例の『札幌』市での殺害・切断事件についての続報に付いたコメントでは、

こんな異常な子を持ってしまった親は、どうしたら いいのか?というようなコメントも あった。

 

あの事件な、やっぱり、父親が、自宅に入らなかった、あるいは入れなかった理由も、大きな鍵の一つだと思うわ。

娘は、アッシー&ATМ代わりの父親と、ほぼベッタリ状態だったみたいだから、

むしろ、夫婦関係も問題で、女房のほうから拒絶されてたのかな?

いずれにせよ、家族間の絆ってやつが、そして、「クランケ」である自分の娘との信頼関係が危うかった。

それを取り戻すべく、ヤッキになる。

 

もし、あの下手人が、いわゆる『サイコパス』だったとして、その特徴についてなどは、専門家である親も知っていたはずだろう。

あの精神科医の親が、根本的に、おかしいことを やらかしていたのは確かだと思うし、

まず、精神科領域に限ったことでなく、そもそも、自分の家族に対する治療を、医者自身が自分で行うことは、まず ないというのは、世間一般でも知られている。

それなのに、

伝え聞くかぎりでは、どこまでも囲い込むようにして、娘を育てた。

 

さて、

これも、世間の人々の殆どがカン違いしていることの一つで、

「感情」と「理性」は、別のものではなく、そもそも一体にあるものなのだ。

 

自分が可愛いゆえの自己保全欲求は、この世の生物の基本。

それは、リクツいっさい抜きの感情を支える土台も土台なのだが、
だからこそ、理性を必要とするわけだ。

 

『サイコパス』の場合、

サイコパスに限らず、『自己愛性人格障害』と呼ばれている類も共通だろうと思うが、

第一には、まさに異常なほどに、想像力が乏しいとも言えるのだろうし、それだけ、あくまでも自分の視野でしか、何も感じられないのだろう。
したがって、常に自分本位、自分にとって感じる良し悪しのみになる。

 

ひいては、少しでも不安や不快を避けるための、絶対的自己優位性を求めるようになり、それが、完璧な支配、究極は他害することで得られる優越感や快感に繋がっていくのかもしれない。

 

その「自分にとって」という唯一無二の理由に おいても、個々の知性や視野の広さの違いは現れるにせよ、大概は自分の目先の利害損得で行動してしまうから、ついには凶悪犯罪人として捕まったりもするわけだが、

ほんとうの「自分のために」という計算が効くのならば、かえって、理性による抑制が働くはずなのだ。

 

卑近な例を挙げるなら、性犯罪の分野。

あらゆる犯罪のなかでも性的な犯罪は、やはりダントツで男性が起こしてきたことが圧倒的に多い現実、それでも、大多数の一般的男性は、心底に、つよい欲求を抱えていたとしても、そうそうの新聞沙汰や警察の世話になるようなことまでは仕出かさない。

それは、理性の働きによる。

往々にして、女性よりも、男性のほうが、理知的、理論的というイメージが つよいのも、女性以上に、理性で押さえ込まなければならない苦労が つきまとうからなのだろう(苦笑)

 

だが、

ひとたび何らかの権威や権力を得た男性は、真っ先に性的欲求を解き放ってきた事例を、たぶん誰もが知っているだろうw

 

すなわち、サイコパスというのは、あくまで自分目線に偏った利害意識や損得計算に徹することしか「できない」わけで、

むろんのこと、それが悪いほうに働くと、世のなかの悪徳企業やら政治屋やらにも夥しく見受けるように、むしろ、権力を行使できる立場の者ほど、その分、やらかしてしまうことは、古今東西の実例で、大多数の人が、頭のなかだけでも よく知っていることだ。

しかしながら、

サイコパス的性質というものは、実際に、われわれの基本的な性質と重なってもいるわけで、

ただ、極端なまでの自己利益や自己の優越のみを欲する(ことしかできない)がゆえに、飽くなき権力欲や支配欲も強烈となる。それを満たすために、頭を働かせる。結果、それなりに、目的を果たしてしまう。

 

話が横道に行くが、

誰ぞのタレントだかの弟にして、本人も、もと芸能人だったらしいが、「姉の七光り」よろしく、『千葉』県内の、どこかの市会議員に当選したという。

私は、もともと、芸能界に対する興味は薄いほうで、ましてや、世代の違う若い芸能人には、まったくと言っていいほど無関心なので、知らないままでいたのだが、

その者は、なんと、前科が あるのだそうで、それも、単なる交通違反とかじゃなく、「強盗」だの「致傷」だのという凶悪さ。

議員に立候補するまで、何の仕事を していたのかも全く知らないのだが、

インタビューに応じたときの受け答えをチラッと読んでみて、

あ、こりゃ やっぱりダメぽ、、、と思えたのは、

彼が、「栄誉を得た」と、甚だ俗物根性まる出しなセリフを吐いたこと。

 

まあ、なぜに、こんなのが、、、と思えてしまう場合、いろいろな背後事情も あるわけだろうが、一つには、なんと言っても「数」の問題が最大要件になる政界なので、やはり、後押しした組織、いわゆる応援団っていうのか、そこの質によるところが、常に左右すると思われる。

要するに、権力を得させた あかつきには、どのような罪を犯していても、

「禊は済んだ!」

と同時に、リベンジさながらの

「栄誉を勝ち取った!」

という、安易なウヌボレに浸る当人をして、利害絡みの背後連の代理を担わせるという事情も大いに あり得ようという現実。

このことに、一般の有権者は、厳しく眼を光らせて、監視し続けておかなければ ならないのだ。

 

俗物は、やはり、わかりやすくて小賢しい、要するに「あざとい」ものに(しか)共感(できない)し、

自己つごうしか考慮できないスーパー俗物は、最後は、単なる「勝ち負け」だけを問題にする。

どうやら、サイコパス的要件を、かなりの確率で満たすと思しき、うちの親も そうだったのだが、

とにかく「自分が勝った」か否かに拘り、とことん固執する。

 

で、

サイコパスみたいな、凶悪な、異常な子どもを持ってしまった親は、どーしたら いいのでしょうか?という お悩みについては、

まあ、自己利益についてだけは、一切の迷いが なく、非常に敏い性質というのだから、自己のための損得意識を、うまく活用するしかないんでしょうねえ。

 

サイコパス的な性質ってのは、圧倒的に男性に多いのだろうけど、殆どの男性は、女性よりも強烈な欲求を、辛うじての理性で抑えている。

それは、第一に自分と自分のものを守るために他ならない。

やっちまったら失うものとの天秤に かけている。

万一、やっちまったときのリクツも、あれこれ考えてるw

したがって、ヘリクツや理論に走りやすいww

 

なので、

男性なのに、ネトウヨみたいな感情むき出しの、論理能力なしは、ほんもののアホーだよw男性的魅力もゼロww

 

ナントカ言う、日本では有名な数学者、たしか、岡 潔だったかが、その昔、「情緒だいじ!」とかって言い遺したのだそうで、これが、なぜか、感情むき出しの通常運転しかできないウヨらが大喜びの主張というのだが、おそらく、これについても、ウヨ・ネトウヨならではの得意とする、甚だしいカン違いなのだろうと思うw

ひょっとすると、ご本人自身が、およそ理論の人ゆえに、漠然たる曖昧模糊たる情緒や情緒的なるものへの理解が、実のところは困難だったからこそ、とにかく尊んでおいただけ、かもしれないしw

 

だが まあ、「数学は芸術」と言い切っておられた広中平祐氏も おられるのだし、

たしかに、結局のところは、音楽などと同様、「こういうふうに できてる」としか言えない世界だ。

 

ま、私は、いつだったか、何かの記事を読んで、岡 潔の主張する思想的なところに疑問を感じて以来、興味を持てなくなってしまってるので、詳しいことまでは知らないけどもw

 

 

ということで、

わが子がサイコパスだった場合。

自分が されたら厭なことは、たぶん、他者も同じく厭だと感じるものなのだと分からせる、

ましてや、
自己優越の快感を目的にして他害を なせば、深く恨みを買うこと、

やがては、それが、可愛い自分を致命的に追い詰めることになりかねないことを分からせる。

 

基本的には、われわれ一般的な性質の者と同様で、自分を守りたいのなら、要は「遵法」精神ってやつを教えて、叩き込んでおくしかないのだろう。結局は、それが、可愛い自分を守るための基本条件なのだと。

 

もっとも、政界・財界には豊富な事例が見受けられるようにw表面的、あくまでも法的には問題ないと見せかけておいて、水面下で えげつなく悪賢いことを やらかすのがサイコパスならではなんだろうけどw

 

いずれにせよ、幼いうちに とりかかっておかなければ ならないわけで。

親に逆らう力が ついてしまったら、万事が手遅れだ。

 

 

ま、
サイコパスこそは、ほんとうの賢人が、うまく使いたおすべき存在だねw

サイコパスに使われてしまうのでは真逆。

しかしながら、その「真逆」が、なさけない世のなかの常。

 

 

Updated   
2023.09.01 (Fri)

言っちまったw

「汚染処理済み水:海洋放出」を始めた現政権の農水相が。

「オセンスイ」。

言ったぁ~ッ!!ww

ヒラアヤマリだwww

 

 

『福島第一原発』に おいて、溜めに溜めてきた汚染水、おっと、処理水と言わなくちゃならないんだった、その海洋放出開始に伴い、あちこちで、いろんな軋轢が激しくなっているようだ。

そこで、二つ三つ、さしあたって言いたいのは、

やれ、「安全なら飲んでみろ」というイチャモン()に対する反論()と して、

「海水だから飲めるはずないだろ」という言い返し。

 

いや、それは、
「安全だから海洋放出できるんです」と主張するのなら、放出前のものを飲んでみろと言ってるわけじゃん?

「安全じゃないから、海洋放出するな!」と言ってきてる以上はサ。
もしかして、違うん?

 

だから、私は、多核種除去装置『ALPS』を使用していても、最後まで取り除けないゆえに、海水希釈・海洋放出するしかないのだという『トリチウム』の問題を、先日も、あらためて指摘してあるわけ。

 

なので、せめても反論するのなら、

仕上げに海水希釈・海洋放出することによって、安全性を確保できうるのだから、希釈前のものを飲めとは、ムチャを おっしゃります、
とでも言っとけばイイんじゃないの?w

 

なんか、しょっちゅう出てくるので、見出しだけ目についたけども、たとえば、『ひ■●き』とか『ホ■エ』とかいった、ダボハゼの如くに、手あたりしだい何にでも口出ししてるうえ、個人つごうの利害損得チラホラ、なんなら剥き出し連の一員ね、

わたしゃ、こういう手合いが大きらいなもんで、これまで、彼らの主張を取りあげてる記事なんか、いっさい読まなかったし、その根性と底意地ワルそうな顔写真付きでデカデカ載せたのを突き出してくるメディアには、本人ら以上に、すごく腹が立つんだけどさ。

 

よく見かけることの一つで、

相手側が感情むき出しで、その実、裏に、自己つごうの計算を潜ませていると思しき場合、こちら側が冷静に反論するには、相応な根拠の用意が あること、可能なかぎり科学的であることが、もちろん大切なのだけれど、そこで根本的にズレたことをトクトクと言い放ってしまったら、イッキに滑稽感満載になってしまうから、注意しないとねw

ああいう連中も、何の需要が あるんだかサッパリわからんけど、ちっとは黙ってりゃええのに()

 

それと、

『立憲民主』党の議員だったかな、やめなさいと、党からも注意されてると思うんだけど、ただ「汚染水」という言いかたを、頑なに やめない人が いるそうな。

何の戦略ゆえなのか、そんなもん考えてないのか知らんけど、

当該議員に対しては、

「いつに変わらぬヘタクソな やりかただねえ、ただでさえ落ち目な自党の足を引っ張って、何が良くなると考えてるの?」

と言っておきたいw

 

大きな政治ヴィジョンはアピールできないくせに、毎度チクチク言うことだけは小まめな小粒な、ナルシスト議員も不要だわ。

 

まあ、かく言う私個人は、どシロウトながら、先日も述べたように、あの大事故が起きた当初の頃から、いずれは海洋放出するしかなくなるのでは なかろうかという旨を、旧ブログで指摘してあったので、
溜めに溜めたフレコンバッグやタンクの数には仰天したものの、放出の事態には、大して驚きは ないし、

自分たちでも検査し続けてきて、数値を確認して、

「科学的には問題ないと理解している」

にも かかわらず、

「でも風評が~もっと補償を~」

と、そればかり言い募る『福島』県民や地元の漁業者たちにも、正直、同情は薄いよ。

 

個人的には、ただ、賛成でも反対でも なくて、

「こうなってしまったんだから、もう仕方ないわなあ」という心境のみ。

 

地中深くに埋めろと言われたって、地元の反発も必至だろうし、
なにしろ、大地震の恐れが常に つきまとう国土だからねえ。

 

あと、

一般人が、何を分かって、「黙れ黙れ!トリチウムは無害なんだ」未来永劫に、てなことを断言してるのか。

専門家でも、主張がバラついてるのに。あの大事故当時からだよ?
わたしゃ、忘れてませんよ。

 

大手紙を筆頭に、マスコミもバカまる出し。

「異常なーし!」「検出なーし!」と、口を揃えて唱えたところで、

放出して1日2日3日で、何を喜んでるんだか()

 

ほんとうに問題視し続け、注視、監視していかなければ ならないのは、今後の「30年」にも わたってだろ。やれやれ。

 

まあ、数年後には、皆、どーでも よくなって、忘れてるだろうよw

 

さて、

今年の夏は、特別な暑さだったと言うけれど、

これまでのエントリーでも先日のエントリーでも触れたように、
私が20歳代の頃から、すでに、「異常気象」というコトバは頻りに飛び交っていた。

たしかに、「温暖化」現象は年々ひどくなってきているのだろうし、これからも続くのだろうから、
やっと、今年の夏も終わってくれるかというところに差しかかって、まだまだ続くという厳しい残暑以上に、はやくも、来夏のことが思いやられてゲンナリだ。

 

 

それからね、

ますますゲンナリさせられるのが、「ネット民」なかんづく「ヤフゴミ」どものヘイト投稿。

 

最近、『恵庭』市で発覚した、知的障碍者への、地元議員による長年の搾取案件。

こういうことって、『障害作業所』を含め、大なり小なり、昔から蔓延していたことだろう。

私自身は、こういう施設に通うことなく、障碍を隠し続けながら辛うじて生きのびてきたので、近年まで、詳しいことは知らないでいたのだが、

その、恵庭市での案件を報じている記事と、もう一つ、『発達障害』の人の事例を紹介した記事とを比べると、ヤフゴミんのコメント投稿数の差が大きいことにも呆れる()

 

恵庭市の障碍者搾取案件は、あまりに酷いと憤るコメントが さすがに優勢で、ネトウヨにとっては つごうが悪いんだろう、
そのかわりに、発達障害のケースを述べている記事のほうへ飛びついて、いつものように、「甘えるな!」コメントを乱発しとったわ(()

 

そもそも、恵庭市のほうは、歴然と発覚した事実なのだが、発達障害のケースを伝えている『読売』の記事は、それを執筆担当した専門医の、フィクション混じりでないという保証は ない。

 

それでも、発達障害のほうの記事には、またぞろ、えらそうに、「甘えるな」的コメントと、あきらかな虚偽を述べ立てるコメントが並んでいたので、

「ちっ!いいかげんにしてくんないかなemoji

と思いつつ、あまり酷いものは通報しといた。

 

でね、

過去エントリーでも、何度か述べてきていることだけど、

【続】拘り

【続】「必要とされる人は自分のペースで仕事ができる」??

障碍者もイロイロなのだ。

 

私自身、聴覚障碍者だが、まさに、その障碍に つけ込まれるカタチで、他の、もっと始末の悪い、すなわち、仕事が できない、しかも「健常者」であるはずの先輩同僚社員たちのサポートと言うか尻拭いを させられてきたんで、

毎度毎度、相変わらず、十把一絡げに、

「面倒や迷惑かけられる健常者は辛いんだよ、障害者は甘えるな」

云々と言い募るのを見るたびに、こちとら、いや~な気分になるわけよ。

 

まあ、私が迷惑こうむった「健常者」たちは、あとから振り返れば、じつのところ、あの人たち自身が何らかの「カクレ障碍者」だったんじゃないか、あるいは、まさしく『発達障害』だったんだろうけれど、

それは、私自身にも、かなり、その傾向は あるんだよ。

 

生まれつきの体調の悪さを堪えて、本来の性格である、そうとうのマイペースを自己矯正する努力を しつつ仕事してきて、

その傍らで、先輩同僚らは、勤続年数の違いから、私よりも多い報酬を受け取りながら、どこまでもマイペースを貫き、

それどころか、
おそらく、発達障害というよりも、カクレ精神障害だったのであろう先輩同僚は、なにをカン違いしてウヌボレたのか、ずいぶん、えっらそーにダメ出ししたり罵ってきたことも あったよ。

 

障害者であることがハッキリわかってる新入りに向かって、尻拭いしてもらいながら、恥ずかしいとかないのかいなと、私は心中で呆れたけどね。

 

言っちゃって わるいけど、
やっぱり、脳の異常とか精神病の場合、あらゆる障碍のなかでも特にイヤがられるのは、無理も ないなあと、思わなくは ない。それ相当の実感ありますもん。

 

実際、自分自身が精神系の病気で、「障害作業所」に通ってるけれど、そこで一緒してるメンバーのなかにも、同じく精神障害者がいて、相手するとシンドくてイヤになると言ってた人も いる。

だいたい、同じ病気どうしで、互いにキライ合うというのと、性格が似た者どうしで、仲が悪いというのは、なんか、よく似てるねw

 

私なんか、同じ障碍の人、または、自分と似た性格の人とは、ケンカになりようもないし、きらいになったことなんて一度も ないww

 

もちろん、個々の程度の差からくるものは大きいと思う。

たとえば『アスペルガー』なんかも、これも私自身、あてはまっているんじゃないかと思える面は あるんだけど、発達障害と同様、世のなかの殆どの人にも、多かれ少なかれ、あてはまってるところは あるだろうと思うよ。

「何割アスペ」ってなコトバも聞くくらいだからね。
後述するけど、『サイコパス』もだ。

 

【続く】

 

 

Updated   
2023.08.26 (Sat)

最近の事故・事件について思うことの続き。

 

あ、そうそう、例の『札幌』市の、一家総出で首ちょんぱ事件ね。

先に、買物とか物価高のことに触れたからか、チラッと思ったのが、

あの下手人は、まったくの無職だったらしいから、むろんのこと、稼ぎもゼロだったわけだが、

何を買うにも、どこかへ出かけるにも、すべて、精神科医やってた父親が、いちいち承知の上で支払いしてやってたようだが、
すべてにわたり、そういう状態だったのだろうか。

本人が、いちおう、自分の自由で使えるような「お小遣い」というものもゼロ?

 

障碍を負っている私自身も、大なり小なり経験が ある、「経済的虐待」ということでは ないにせよ、

いいトシになった娘が自分で支払いすべきところを、過保護か過干渉だか知らないが、
父親が、そのとき そのとき、その場その場で支払ってやっていたということなら、それも また、ある意味の「がんじがらめ」状態だったんではと思う。

やっぱり、過保護とかいうよりも、むしろ、監視的傾向を濃く感じる。

そうなると、あの事件の異様さを鑑みるに、結局のところ、何が目的の「監視」だったのか?という疑問も起きてくる。

 

 

最近の『ヤフーコメント』で、いわゆる「ヤメ検」の弁護士さんが、やっと、少しはマトモな専門筋らしい見解を出しておられたが、

いやはや、
これまでの専門家筋、心理学者らの、焼けたか煮えたかワカランような、生半可な ていの、ゆる~い「見解」よりは、ずっとマシだったように思えるw

 

「暴行に対する復讐」のためだったんだから、親子全員、許容できる!理解できる!!などと喚き散らすヤフゴミんも、ほぼ すっかりと、鳴りを潜めたようだし()

 

たしかに、
あの親子らの結託ぶりの基礎には、ある「共通目的」が あって、それを めぐって、利害を同じゅうしていたため、互いに協力し合っていたのだとするならば、そこには、「復讐」という、少なくとも感情が あったのかも しれない。

ただし、その「復讐心」が、はたして、われわれ第三者にも理解可能なものだったか、あるいは、それなりに妥当なものだったのか どうかは、また別の問題であることは論を俟たない。

 

おそらく、理由はコジツケでも よいから、崩壊しかけた家族間の「連帯意識」を保つのが第一の目的だったのかもしれない。

連帯感を高める(=自分が攻撃されない)ために、「外敵」設定は、政治の世界でも古典的なセオリーだ。

 

 

たしかにね、うちの身内でも経験してるけど、必ずしも、直接の担当医でなくっても、治療する側の一員として、あるいは家族でも いいので、精神科領域の治療には、患者の信頼が、第一に重要になってくる。

じつは私も、先日のエントリーで述べたように、母方の叔母が罹患したとき、やはり、私らから見れば、いろいろと荒唐無稽な類の言動が頻発したので、うちの母親は、そのたびに、

「あんた、なにをバカなこと言うてるんや!」

と、いちいち怒鳴りつけてた。

姪である私は逆に、とりあえずは、「ふうん、そうなん?」というふうに、いったんは受けとめてあげてたので、今度は、

「うんうんと聞いてやってたら、妹が、ますますヘンな妄想に浸ってしまうやないか!」

というふうなことを言って、かえって、私が怒られた。

当の叔母は、私と母親の応酬を見て、拗ねたり泣いたりしていたが。

 

そう言えば、

その母親が倒れたあと、ほぼ寝たきり状態になって長期入院中、いつものように仕事帰りに見舞い、介助しながら夕食を済ませてあげたあとで、いきなり、足が痛い!と騒ぎだしたので、母親の足を さすりながら、そんなに痛いのなら、看護婦さん呼ぼうか?と、私が言うと、そばで見ていた親父が、

「いや、こいつは、近頃いつも、どこそこが痛いって言い出すんだよ」

と、私を制止し、それから、今度は母親のほうへ向かって、

「どこが痛いんだ!?足が痛いのか?腰が痛いのか?どこだ!!」

と、厳しい口調で問い詰めたら、母親は、ヤケクソのように、

「腰が痛いーっ!」

と叫んだので、

「え?足じゃないのかよ

というようなことも あった(苦笑)

 

 

さて置き、

直接の下手人である娘のほうは、三十路を目前にするまで、さんざんワガママほうだいに育てられたという話が本当なら、いま、取り調べで、さぞかし、何もかもが生まれて初めての不自由な状態だろうから、いずれ、子どもの頃から やってたという、火が点いた如くに凶悪なブチ切れ状態を発揮しやせんかとも思われるw

 

「家族共通の精神疾患」も ありうることと指摘されている親子全員を、次は、当局が「精神鑑定留置」を開始する予定だそうだが、

やはり、この事件の報道当初から、私が危惧していた、精神科医たる父親よね、最大の問題は。

通常の2、3倍くらいなのだろうか、異例の長期間を費やすのも頷ける。

これに相対する任を負うことになる専門医は、よほどシッカリした人を、慎重に選っていただかないとね。

 

単に、猟奇とか快楽殺人とかで単独犯というレベルでは済まないのだから、

ほんと、前代未聞と言っていいほどの、難儀なことになってきたみたい。。。