2016.10.17 (Mon)
上記のエントリー後、
「光を当ててもらっただけでも、ありがたいと思え!」
てなコメントが、けっこう多くて、
なかでも、私のブログを読んででもいるのか、
「校閲校閲と偉そうに言うな!!」他、どこかで見たパターンの罵詈雑言オンパレード、口汚いこと このうえない典型的ヤフゴミ野郎が鼻につくので、ここに追記し、せせら嗤っておいてやる。
(いちおう、きゃつの これまでのコメント記録を覗いてやったら、案の定で、腐れネットウヨにして妄想どすけべい野郎だったwま、一事が万事の典型。)
あのな、
現実には「ありえない」、
つまり、虚偽や虚構でしかないものに、なんぼ「光を当てた」つもりでも、現実には実際には本当には、どこにも何にも「光を当てた」ことには ならんのじゃよ(嗤)
アタリマエじゃろが(嗤)嗤)
そこには、実体というものが存在してないのだから(嗤)嗤)嗤)
どーして、こうも、ものの道理が分からんのか、
オツムが悪いのか、こやつらは。
まあ、私に言わせりゃ、
校閲なんて、どこまでも陰で裏方に徹するべきキャリア職は(むしろ「光が当たる」なんてことは あっては ならないくらいの現実)、めでたきレンアイがテーマの若造向けドラマには、およそ最も不向きなのであって、ありえないことを でっちあげてまで、うら若きヒロインに据える必要もない。
たぶん、もとの作者さん自身も、もう少しは実際に よく知ってるであろう、普通の一般的な編集職なら、滑稽なまでの無理な設定にならずに済んだろうに。
それにしても、うちのブログを読んでんのかー?と思えるような事例が、旧ブログ以来、年々増えてると、不審に思うことが たびたび あるんだが、
これは私に限らず、近頃は、そのへんの一般しろうとのブログやらコメントを参考にする程度どころか、もろにパクって、そのうえで、ぱんぱんに膨らませてるみたいな。
かりにもプロの書き手がですよ。報酬もらって。
あの、あれよ、
次回の東京オリンピック用で、最初の発表エンブレムのとき大問題になったことと共通してるわな。
(余談だが、また言うのだが、最終決定したエンブレムのこと、特に良いとも悪いとも思わんが、色だけでも、「黄金のジパング」日本古来の渋~い金色にしたほうが、あの致命的なまでの地味さも薄れたと思うのだが。)
なさけないねえ~。。。
ネット漁りまくって、
めぼしいサイトというサイトにて、複覆面で、煽りコメ入れるアルバイトしつつ、しがないライター商売のためのネタ仕入れか。しかもロハ。
糊口を しのぐためなんだか、
苦労不足ゆえに視野も世界も狭くってネタ不足なんだろうが、
ただでさえ乏しい才の枯渇なんだか知らないけど。
実際、こういうやつ、いるみたいだから。体力エネルギーだけ旺盛でも、才能と持ちネタには乏しいんでしょうねえ。
以前も言ったように、
私には、原案として提供できるだけのネタなら唸るほど あるよw
浜の真砂は尽きるともじゃないけどwwしかも、すべて現実から得たものだ。
かなり凄まじい話が多いから、生前の親からは、書くな、親に恥かかすなよと脅されたしw自分で書くにもエネルギーが膨大に要請されるので、ハナから萎えちゃってるけどww
提供してほしいなら、要
ゼゼコだwww
ただでパクるなよ?あつかましいwwww
2016.10.10 (Mon)
実を言うとね、
この記事を出している『ビジネス ジャーナル』さんとこは、いつだったか、何かの記事を読んだときだったが、
今後は、ここの記事は、読む必要なしと判断して以来、一切、読んでこなかったw
これと同様に判断していて、私にとっては、時間のムダだから、ハナから読まないようにしているメディアは、他にも幾つか あるよww
けれど、
今回は、先述したような個人的動機が あったものだから、
ドラマそのものにも、主演女優さんにも関心ないけど、久しぶりに、ここの記事を、ザッと読んでみたわけ。
で、読後の感慨を述べますと、
この記事に飛び付いてる相変わらずの「ヤフコメ民」らの浅はかコメントの羅列に比べたら、
さすがに、今回『ビジネス ジャーナル』さんの述べている内容のほうが、よっぽど、事実、真実に のっとっています。
少なくとも、当該業界の人の談話として紹介されている内容には、経験者として私も無理なく頷けるし、
再び言うが、
この記事で述べられている懸念、出版、活字世界全体の甚だしいレベル沈下のことも、もう何年も前から、私自身、おりに触れては指摘してきたことと同じだ。
ああ、想像もしてない向きが多いだろうから、付け加えておくけど、
「校閲」って言っても、新聞とか雑誌だけのものじゃないのだよ。
あらゆる方面に、本当は欠かせないものなんだ。
単なる読み物なら、何かのミスが あっても、それが即、命にかかわるといった緊急事態になるところまでは いかないから、あとで、「訂正」なり「おわび」文を載せれば大概は済む話だろうけど、
たとえば、薬品の説明書とかね。
けっこう、いいかげんなことしてる大手製薬会社のことも、私の経験上、知ってるよ。
そのように、「校閲」と一口に言っても、様々な分野が あるのですわ。
校閲そのものが、いまでは極希少な専門分野になってしまったけれど、その希少ななかでも、それぞれ各分野に分かれておるのです。
だから、新聞業界なら新聞、医療系なら医療系専門で やってきた校閲者も いるわけ。
私は、基本的に、ジャンル問わずで やってたけど。その代わり、浅く広くで、ある特定の分野について専門的に知り尽くしているわけじゃない。
他の専門職では、たとえば、医師なども そういう面はあるよね。
まっ、ただ、もし私が、こういうドラマの制作者側なら、職業なりの実態を違えずに、
それでいて、その職業実態だからこそ起き得ることをドラマ仕立てにすることは不可能でないと、そのほうがオモシロいと考えるんだけど。
虚構や荒唐無稽にまでしてしまわなければ、何もドラマにできないわけでは なかろうに、と。
ただし、
実態につかず離れずだからこそ、始末の悪い、危険な作品も あるわね。小説でも映画でも。
だから、
これは本
なのだ、テレビ
なのだ、という基本の戒めは、
それらを受け入れる側も、しっかり持っていないと いけない。
だが、現実は、そうも いかない。いってない。
世のなか、老若男女のなかには、本だからテレビだから、本当のことなんだろと信じ込んでる者が、ほれ、ネットのなかにも跋扈してるでしょ。
まさに、そのネットが、いまでは、
「ネットで」「ネットなんだから」
という問題に直面してる。
2016.10.10 (Mon)
『「ありえない」デフォルメの許容範囲とは。』の続き。
時代劇なんかについても、考証の専門家から、あの番組メチャクチャしてますぜ、という旨の指摘を時々、読む機会は あるけれど、一般視聴者の側としては、教えてもらうまでは、なんとなく、そんなもんかと思ってて、ほとんど疑わないわな。
なぜなら、本当のところを知らないからだ。
医者や看護師や警察官は、そのへんの個人の範囲でも、日常で接することは少なくないだろうが、
プロの校閲者に接した経験が ある者は、間違いなく、それらの職業人とよりも格段に希少である。
世間一般では、「校閲」というコトバすら知らないでいる人のほうが多いかもしれない。
ましてや、「校正」と「校閲」の違いなんて、業界経験のない人は、知らないでいるほうがアタリマエなのだろう。辞書を引く気もないだろう。
むろん、
「校正」と「校閲」とは重なる面もあるが、本質的には全く異なる仕事だ。
簡潔に言えば、
校閲者は、校正者も兼ねられるだろうが、
校正者に、校閲者が兼ねられるとは限らないのだ。いや、兼ねられないことのほうが、ずっと多い。
案の定、無知で浅はかで妄想を述べては、他者を貶めんことに余念のない「ヤフコメ民」が、「ヤフゴミ」捨て場にワラワラ集ってるけど、
本当に知っている立場の者から見たら、こんな無知・無教養を恥じる能すらもない、哀れな存在も ない。
シナリオから校閲に至るまで、それぞれに多かれ少なかれ経験を持っている私には、一目見ただけでも分かることだ。
毎度のヤフコメ民は、まともに仕事したことも何らかの職業経験を積んでも こなかったのか、あっても、非常に限られた世界の経験しかないのに(仕事にも人生にもw)、
同一人物の重複投稿が、かなり混じっているとしても、ほとんどが、
極めて貧弱なる想像&
「ググって」知ったか&
ウヌボレ満開
で投稿しているに過ぎないね。
恥ずかしい言動を撒き散らす前に、少しは謙虚ということを覚え、おのれの無知を わきまえておくほうが いい。大いに傍迷惑だから。
ましてや、その人生において、ろくろく、仕事や職業に就いたこともない、たとえば、自称「自宅警備員」以外には経験もないようなヒキコモリやキャリア無しはね。
そんな状態のなかで、少しは、実情や現実面に より近い指摘が できている投稿者も、ごく僅かながら いるよ。
この場合は、
まず、自分は知らないのだという自覚が あるから謙虚にならざるを得ないということ。
ネット検索してみて、にわか知識を仕込んでおいて、それが さも、最初から、自分の身に備わった知性で論じているのだと言わんばかりの臭い芝居を演じないこと。
自分の知らない職業について、威丈高に論じたがる前に、まずは、想像力と視野を広げる練習を してからでも遅くは なかろう。
ネットのなかだけで、きいたふうな投稿に明け暮れ、すでに老齢に さしかかっている連中は、今更、どう改善することも叶わず、デカくて分厚い色眼鏡を掛けたまま、この世を去るしかないだろうが、
ええ若いもんが それでは、あまりにナサケナイし。
これじゃあ、どんだけ恵まれてて、そのまま年老いていけた苦労知らずでも、最も侘びしい年寄りじゃないか。
いまどきは、「書を」じゃなくて、ネットを捨てよ、街に出よ、だわな。
せっかく、自由の利くカラダと若い脳みそを持っているうちに、もうちっと、視野を広げておくために。
ネットあたまとネット色眼鏡がブクブク肥大・肥厚しきって、
もはや取り外すことさえできなくなってしまわないうちにね。
テレビのドラマや歌謡番組やバラエティ番組の類は、もともと、ほとんど見ないほうだった私も、自分が ごく若い頃には、まだ、インターネットやパソコンが一般には普及していなかったことを、むしろ幸いだったとすら思える。
ネットあたまにネット色眼鏡を掛けたままで死にたくは ないもの。
さて、当該職業について言い添えておこう。
極端な言いかたではあるけども、ごく初歩レベルの校正作業なら、専門スキルが なくても、業界用語を知らなくても、
ぶっちゃけ、単なる「間違い探しゲーム」感覚で できないことも ない。
その程度の仕事で済むのであればだが、何よりも、視力が良くて、体力が旺盛で、
元の原稿と、チェックするべき原稿とが、ぴーったし同じに出来上がってるかどうかをシッカリ見逃さなければいいだけだ。
要するに、若い人のほうが有利だろう。
だが、
もともとの原稿からして間違ってたとしても、単純な「校正ゲーム」では指摘できないよね。
いかに偉い人や博識なるセンセイや気鋭の学者や、大手新聞のベテラン記者であろうと、その原稿を書いたのが誰であろうとも、
校閲者は、的確に指摘しないと ならない。
その指摘は、もちろん、必要時には、印刷業界の現場技術者にも向けられる。
もしも、プライドの高い人たちを憮然とさせるようなことが あろうとも、
これは完全に無視される恐れが明らかかと思えても、
一歩も怯まず、そうしてあげることが仕事であり、職業人としての良心であり、相手のための親切でさえある。
なぜなら、著作者本人と著作物、出版社の信用問題に直結するものの、校閲者個人は、けっして表に出ることのない裏方スタッフだから。
光が当たったことは ないだろうし、ゆえに、地味なコツコツ世界。
校閲というものは、少なくとも、その分野において登場するコトバと、そのコトバの背景に横たわっている事実や事情、経緯までを網羅して備えていないと、いざというとき、手も足も出ない。
だから、
普段から、少なくとも職業上、必要、また、必要になるだろうと見込まれる情報を優先順位を考慮しつつ(無限の引き出しじゃないからね)選り分けながら、欠かさず勉強、勉強に尽きる。
私も、いまだに、知らないままでいたコトバなんて多々ある。
もっと ぶっちゃけると、学生時代は、文法の授業なんかも苦手で、興味なかった。
だいたいが編集業界というのは、厳しく締め切りに追われる仕事の典型分野だが、
当該記事でも述べられているように、校閲者が、一日で こなさなければならないチェック量はハンパないよ。
どこの出版社や新聞社も、自分とこから出している印刷物は全て、大概は一つの校閲部に通させているだろうから、このドラマが、もし、一つの雑誌につき、校閲専門部署を備えているという設定だとしたら、それからしてが荒唐無稽と言っていいと思う。そこは知らんけど。
なので、目を傷めたり(パソコンでチェックするようになってからは尚更)、ずっと机に向かったままだし、ストレスで胃を痛めたりは付きものだし、
幅広い知識と教養だけでなく、冷静さと責任感と根気と体力も要るわけ(←どれも、私に乏しい適性だぜ!しくしく。それだから苦痛だったわよ、とーぜんw)。
まさに、「舐めんなよ!」なのだ。どんな職業でも そうだけど、
知らない者が、とやこう言うのは、それが どれほど滑稽なことか、
ちゃんと知っている側にとっては、一目瞭然だ。
2016.10.10 (Mon)
『石原さとみ『校閲ガール』、放送事故レベルの現実乖離に批判殺到 「校閲をナメるな」』
Business Journal 10月8日(土)12時50分配信
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161008-00010004-bjournal-ent
うん、私ね、数年前に、例の『産経』系ブログ サイトで旧ブログを やってたとき、産経の校閲部所属の人たちが、時おり、執筆したコラムが出ると、必ずのように目を通して、特に思うところが あれば、自分のブログで話題にしていた。
そのときのエントリー記録を探し出すのが、またもメンドウなので、ここに載せることは できないけど。。。
上記の記事で、
「結果として出版物全体の質の低下を招く」と述べていることも、
以前から、私も、おりに触れ、述べてきた懸念と同じ。
いまでは、おそらく多くのかたが ご承知のようにw産経シンブン自体は アレなんだがww
さすがに、純然たる校閲分野の話に、本社の経営方針とか思想的歪みとかいったことが介入する余地は、ほぼ ないわけでね。
かつ、私自身が、この方面の職業に従事した経験が あることから、それを話題にしたエントリーをアップしたことが、あの頃、何度か あったので、
今回、この職業に就いているという若い女性を主人公に据えたドラマが始まったという記事を読んで、
「へ~え、それは珍しや」
と思い、苦笑しつつ読み始めて即、
「ありえねぇわw」。。。
というのは、くだんのドラマの設定が、案の定の荒唐無稽さ、という意味で、ですよ。
それ以外にも、同じく『産経』の一般記者さんが、エッセイ的な軽い内容の記事だったかで、
「青色吐息」云々
と大真面目に書いてたんで、
「なんや それ、青息吐息
と言うのなら昔から ある表現やけど、もしかして、『桃色吐息』
という歌謡曲の題名とゴッチャにしてへんかー?」
とツッコんだことが あった(笑)
ま、いちおう、新聞社と名の付く所でも、特に、いまどきの若い記者ほど、このような無知の傾向を増しているのは実感しているのだが、
ほんとうに、ことばを知らない人、誤った言いかたが罷り通り易くなったのも、ネット投稿が一般人にも普及してから、ますます増えているような気は している。
また言っとくけどw
例の『OKウェイヴ・おしえてgoo』を根城の一部とする「カルト連」の一味であるbragelonneね、
あの、
「はぁ。。。」(吐息)ていう、
ウヨご愛好らしき本居宣長は「モノノ アハレ」論なるを
「のたまわります」センセイがさ、
よりによって、フランス語だの、「言語学の専門家」なんたら自称してたっつう(爆)
いーから、おまえさんは、日本語の基礎から身につけて、それから一席ぶちなさいよね、っての(嗤)
ウヨとか、なかんづくネットウヨって、こういうのが夥しいね。(軽蔑)
自称「心理学徒」「心理学の専門家」の自己愛性人格障害女も引き下がるレベルか(爆)
大迷惑と侮辱こうむった私は、「汚気・愚」運営側が、あまりにも無責任なので、あの当時、自分で、いちおう調べてみたらば、
センセイ「本名」としている氏名でもって、関係方面の著作を出しているという、胡散臭い情報も出てきた。
しかも、あろうことか、
どこぞの地方大学図書館が、その「著作」を、購入していたという記録を見たときは、わたしゃ我が目を疑って、唖然と いたしましたよ。(爆)爆)
ま、このセンセイの正体、やっと近頃になって、ひょんなことをキッカケに、ほぼ確定できたので、今後の楽しみであることは、先日のエントリーで触れておきました。
ところで、
そう言えば、以前にも、家庭に事情ある子どもたちが生活する養護施設という舞台設定のテレビ ドラマが、現場の従事者、実際の経験者である子どもたち当事者を含め、各方面から非難轟々になったことが あったなあ。
まぁ、テレビ ドラマなんだから、敢えて「想定内」でしょ?と言えば そうも言えるんだろうけど。
コメント投稿のなかにチラホラ見える、
(文句を言う人が いるのは、その職業に就いている人たちが)
「バカにされたような気分になるからでは?」
という憶測による指摘にも、全く、ピンと来ません。
それを言うのなら、むしろ、荒唐無稽なほど華やかというか、ハデっちいイメージで描かれていることのほうが、気にかかるというのじゃないのかなあ。
つくられたドラマを現実にあることと、すっかり思い込む人、多いのだから。
もっとも、私自身は、このドラマを見てないし、今後も見る気は ないので、よくわからない。
一般的な編集担当者が主人公なら、それほどの荒唐無稽でもないかと言える点は ありそうだけど。
くだんのテレビ ドラマでも、「編集vs.校閲」という対立構図を設定されているそうだが、それってのは、
新聞社における、一般の記者と整理部の仲が悪くて?
「(金棒じゃなく)モノサシ振り回してる鬼!」
「(記事を書く)悪魔!!」
と互いに罵り合いながら仕事してますとかいう、この笑い話、
私が、『産経』系サイトでの旧ブログで書いたように、むかし、どこかから聞いたか何かで読んだかした話なんだが、これとソックリ?なのねえw
かく言う私は、実は、若い頃、作家とかシナリオ作家を目指して勉強していた頃が あるし、社会人として最初の職業は、ライター、コピーライターが出発点だったし、時期の長短含めれば、かなり、いろんな職業を経験したほうだと思うけど、なかでも、校閲という分野は、かなり長く続けた。ちなみに、コピーライターと校閲とでは、真逆の世界というコトバが当てはまる。それを同時に こなしてたこともある私ww
なので、私の職業生活は概ね、コトバを相手にしてきたと言って過言でない。
と言うのも、
私が背負っている身体障碍の影響から左右されていたという、
およそ適性や好悪は超えて、のっぴきならぬ個人的事情が あったからなんだけども、それは さて置き、
くだんのテレビ ドラマの原作なり脚本を書いた人が、「校閲」という職業について、どこまで、きちんと取材して、その本質や実際を知ったうえで、ドラマ化するための敢えての「デフォルメ」等を行なったのかは、もちろん知らないのだけれど、
やれ警察が、銀行員が、ナースが、と、いずれの職業に従事する主人公を、思いっきりデフォルメなり、付け足しして描いていたとしても、これらの職業は、世間的に、けっして珍しいものではないのだし、こういう職業を持つ家族が居る人となったら、その何倍も多いわけだ。
だが、校閲なんて職業は、インターネットやウェブが幅を利かすようになった昨今、ひとくちに出版業界だ編集業界だと言っても、そういう分野のなかに居てさえも、本当のところに疎い人が大半だろうし、大手の新聞社それも、旧来の紙媒体に従事している人でもないと、まず、詳しくまでは知らない世界だろう。
(続く)
2016.10.01 (Sat)
すべての希望から締め出され
もう一つの悪夢が押さえつけようとする
おれが家から遠く離れているときに
おまえが一人でいると告げるためなんかで電話するなよ
裏切りや騙すのは容易い
からかったり、いじめるのは簡単だ
だが、開放を得るには難しいのさ
顔のない眼
顔のない眼
顔のない眼
顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない
多くの時間を費やした
夢を生かし続けるため すべての嘘を信じて
いまでは哀しくさせるんだ
真相に怒り狂わせるのさ
過去の おまえを愛していたために
顔のない眼
顔のない眼
顔のない眼
顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない
おまえが、音楽に浸り聴き入っているとき
他の誰かのポケットに滑り込み
車を盗んで、ラス ヴェガス
ああ、ジゴロの溜まり場さ
州ざかいでウロついて
聖水をワインに変える
飲み干せよ、おお
バスに乗り、幻覚の旅に出る
最先端に いようとして、殺人事件の本を読む
おまえが、そこから出て行っても、おまえのことを思ってる
唱えろよ おまえの祈りを
今、眼を閉じて
そして、なぜだか
おまえを軽蔑していない
今、できることの全ては
一度は そうだったように、愛すること
新しく、よみがえって
だが、おまえの眼からは消え去ってしまった
おれも悟ったほうが いいのだろう
顔のない眼
顔のない眼
顔のない眼
顔なき おまえの眼に、人間的な恵みや気高さは持ち得ない
そんなにも人間のクズなのさ、顔なき おまえの眼
そして今は、ますます悪くなっている
(超意訳?)
――Billy Idol "Eyes Without A Face"
ビリー・アイドルっていうミュージシャンが いることは、むかしから、その顔も見てて知ってたんだけど、
楽曲のほうは、たぶん、一度も聴いたことなかったの。
この人って、普通にしてたら、典型的な金髪碧眼タイプの白人で、かなりの美男子と言っていいと思っては いたんだけども、
むかしの音楽雑誌のグラビア等で見かけるたびに、
けっこう人気あるらしいけど、どーして、いつも思いっきし唇を捻じ曲げて、こうも不機嫌そうな顔してるんだろ、、、と怪訝に感じてて、その楽曲に対する興味までが削がれていたんだと思う。
で、
最近になってハマってるのが、これなんだけど。
この夏、たまたま見かけて、
ああ、そう言えば、いたよなあビリー・アイドル、いっぺんくらいは聴いてみるか、と、気まぐれに視聴したとたん、気に入っちゃって、ここんとこ、繰り返し聴いてる曲の一つ。
――In the Midnight Hour――
Billy Idol“Eyes Without A Face”
BILLY IDOL“Eyes Without A Face. Live 1984”
この映像↑、ステージで、演奏中に、ビリーがマイクを落っことしてるのを、コメントで「ハハハ(笑)」と指摘されてるね、私もクスッとなったわw
ライヴ映像のビリーの色白な横顔は、少年っぽいほど若い。。。この頃でも、20歳代後半くらいかな?
ギターのSteve Stevensも、めっちゃカッコイイ。
バック コーラスの、ボンデージ風な衣装の女の子が可愛い。
…でも、白人って、劣化が激しいなあと思う場合が多い。
もちろん、何歳になっても、年齢相応の魅力を保ち、ステキな人も また多い。
特に東アジア人種の容貌は、ほとんどが、若い頃から地味めだし、トシとっても、それほどの激変は少ないほうだと思うけど、
「命短し恋せよ乙女」「若いうちが花」だということが、外見的にも あまりにモロだと、そりゃあ、なるべく早くから頭角を現しておいて、若いうちに、めいっぱいエネルギッシュに華々しく過ごしておこうとするのだろうかね。
殊にロック ミュージックの世界では、激しく燃え尽きて、そのまま、あっけなく亡くなってしまった、という事例に事欠かない。
あちゃらの人たちって、男女とも、日本の若者よりも数段、おとなっぽいと感じるのは、映画俳優とかでも顕著。
白人の場合は、なんせ、体型の変化がスゴいことも多いし。
わりと近頃のものらしいビリーたちの動画も見たけど、
なんか、『カジャ グーグー』時代のリマールやニックを連想して(ジェズは、若い頃のカッコイイ面影も残しつつ、年齢相応に渋くなってて、グッドで ございますけどね)、『80’sショック――私が愛したオトコたち(笑)』(←過去エントリーです)
最初のうちは、「ビリーよ、おまえさんもか!」「なんでやねん!!」と、
怒りに似た気持ちだったんだがwやがて哀しきナントヤラ。
上記で紹介したPVも、一種の耽美的世界観みたいなものが感じられて、なかなか魅力的な映像になってる。
ビリーの腕のポーズなんか、ちと「ナチ」っぽいけどw
いまでは、あの ひん曲げた唇さえも、いと愛らしく思える(笑)
まあ、これも「スタイル」なわけだろうね。
怒りと不機嫌むき出しの顔つきも、むしろ真っ正直?で、とても結構ですね、いと好まし(笑)
こんなふうに思えたの、ビリーが初めてよん![]()
それに、どこかユーモラスなのね。
卑しく媚びた笑顔なんかよりも、よっぽど良い。
ちなみに、
くだんの楽曲は、ビリー・アイドルが、下記の映画を鑑賞したとき、触発されて生まれた作品だそうな。
【参考】“Les Yeux Sans Visage”『顔のない眼』(1959年公開フランス映画)
父親である医師を演じている俳優には、どこか、無声映画時代の雰囲気を感じる、少し古い映画。
(全体とおして鑑賞できる動画も あります。私も見せてもろた。
追記:但し、グロ嫌いな私でも、なんとか耐えられたとは言え、このテの映像等に悪影響を蒙るタイプの人は、避けておいたほうが無難かも、です。あしからず。)