2019.03.28 (Thu)
『けしからん『ソフトバンク/ヤフー』』の続き。
それにしてもだ。
最先端技術を つかさどる世界の代表格のはずだろ?「インターネット」ってのは。
そのなかでも、『ソフトバンク/ヤフー ジャパン』は、国内で最大手の一角じゃないかい。
それが、ひとたび何か問題が起きたら、
聴障者にとっては泣き所の、ややこしい電話案内のみかよ。いやはや、えらく素朴なこって。
まじで、この際だから、今度こそは、プロバイダーから変えちゃる!
と思ってたんだけど、
最初に相談させてもらったスタッフのニイチャンに、
「これまで契約してきたものを止めて、新契約となると、違約金とか工事代金とか発生しちゃいますから、正直、おすすめできません」
と言われた。
でもまあ、カスタマーサービス電話番号を調べてくれて、教えてもらった おかげで、なんとか、なんとか、かたづいた、ようだ。。。やれやれ。
と思いきや、
なんかイヤな予感が、なお残る。。。![]()
というのは、
『ソフトバンク/ヤフー』が寄こす宅配業者から、うちに来る直前に、予告電話一本、入れてもらえないですかねと尋ねたら、大まかな時間は指定できますが、電話の御要望については お受けできませんということだったので、しかたない、
こういう場合には、玄関ドアを開けっぱなしにする、もしくは、ドアの傍に立ちっぱなしで、ひたすら待つのよ。
相手が来るまで。1時間でも2時間でも。
真冬の風が吹き込もうとも、真夏の熱風が押し寄せようとも。
なぜって、ドアホンも聞こえないからね、私の場合。
先日は、寒さが戻ってきた感じだったし、『ソフトバンク』の店舗を探し回って疲れたせいか、カゼっぽくて、体調が良くないから、玄関のドアを開きっぱなしにしておいたあと、ちょっと横になってたら、タイミング悪く、業者が やって来ていたのに気づかず、
そそくさと「ご不在連絡票」だけ置いて行かれちゃってた。
だいいち、
何度も念押しといた予定時間帯と違うがなー!!サガワくんよぉ!![]()
あわてて、電話受付に、再配達を頼もうとしたら、なぜか、受付の女の子の声が、
「お客様の お声が聞こえません」
とか言ってるようだったが、アッサリそのまま、冷たくプツン。
あ?えっ?ちょっとお!!
それは、こっちのセリフですがなー!!!![]()
たいがいの場合、玄関ドアが大きく開いてるのに、インターホン鳴らしても、玄関先へ出て来なかったら、大きめの声かけて呼んでくれるんだけど。
もう一度、配達担当の人に電話し直して、これから持って来てもらいたいが、何時ごろになります?と聞いても、ハッキリとは分かりません、多分、夕方の5時ごろまでなら、なんとか、、、と言ってるらしい。
そんなら、5時までということで待ってます、玄関のドアホンが聞こえないから、ドアを開けっぱなしにしてあるので、もし出て来なかったら、大きな声で呼んでくださいね、と、あらためて念押し。
というわけで、終始、スッタモンダが続いた。
なんだか、うちのクソ親と『ヤフー』が、がっちりリンクしたかのような構図だった。。。
だが、
私にとって、このメンドクサ~イ「構図」は、人生の様々な場面において定番パターンとさえ言えるものだ。
何故かは知らんが、呪いなんだろうな、母親の。![]()
私の障碍特性上の必要から言っても、特に、メールや、聴力を必要としない調べものなどの有用性は あるから、ただクサすばかりにするつもりは ないのだけれど、
マスコミ業界も含めた商売人、その御用達の政治屋、そのまた御用達の役人ども、
それらを戴いているだけのことは ある一般国民・大衆が、どんだけ~;なレベルなのかということも思い知ってしまったのは、インターネットの世界を通してならではだった。
ネットを使ってなかった頃は、いまの世のなか、これほどに、バカが跳梁跋扈してるとは、想像の外だった。
「パソコンやインターネットなど ないほうが、しあわせだった」という意見にも頷ける気が してくるな。
「こんなもの、イラネ!!」のなかに放り込んでしまいたくなるような気も してくるよ。
さて、近く行われる統一地方選挙、そして、参院議員選挙。
そこで、懐かしの1曲を。
〽これから始まる大レース~
ひしめきあって いななくは~♪
「駄馬いっせいにスタート!!」![]()
でもでも、1頭2頭くらいは、駄馬じゃないのも混じっている、と思いたいわなあ。
そうでないと、ますます無気力に陥ってしまいそうだもの。。。
ちなみに、
以前の地元首長の選挙で、候補者が、いずれも『自民』か自民寄りの党から出てるという、異常なほどの狭い選択肢しかなかったので、
思案投げ首を繰り返しても、どっちの候補者にも投票する気になれず、
なおも迷いつつ、とうとう、投票所に着いて、そのなかに入り、白い投票用紙を、意味なく凝視しながら、筆記具を握っても、なお、決めかねていた。
いつまで そうしているわけにも いかない、投票所のスタッフたちに不審に思われてしまうと焦ったあげく、
「全員、イヤ!!」
と書いた用紙を投票箱へ![]()
もちろん、「無効票」にしかならないわけだが、どうにも こうにも、ゲンナリする候補者しか いなかったもんで。。。![]()
「白紙投票」はダメだという基本の考えを堅持する私が、このようなことを したのは、それが初めて。
願わくは、選択肢が あるようでいて、どれも選択したくないという、ある種の「拷問」めいた選挙だけは、御免蒙りたいものである。
しかし、
「選択肢が あるように見えて、実は選択になっていない」、
こういうことって、選挙以外の場面でも、私の人生では、けっこう多かったような気が する。。。
一例を挙げると、
聴覚障碍者なのに、よりによって聴覚を駆使しなければならない仕事のための養成学校へ進学せざるを得ない情況へと、母親の意向で、追い込まれたこととか。
母親に言わせれば、
「アンタには、この道しかない!」
ということで、そっちを選びたくないのならば、
障碍のことを隠し通し、あくまで健常者として、普通に就職すべし、さあ、どっちにするんだ?
という、母親が設定した「二者択一」的情況になってしまっていた。
それ以前、
そもそも、幾つかの理由で失敗した大学入試でも、まず、ヒアリング式のテストに、全く、歯が立たなかったのよね。。。
就活の面接でも、確実に、「健常者」の数倍は、エネルギー消耗してた。
だから、
それこそ「就職氷河期」なんて、何十社と面接を繰り返すのはアタリマエと言われていたけど、私には無理。ほんとにブッ倒れるよ。
あのころの母親の胸中では、いったい何を期していたのか、現在の私は察している。
つまり、私に対する常日頃の口癖だった、
「おまえのは障害なんかじゃない、単に、性格の問題なのだから、根性と努力で、どうとでも できるはず」、
ひいては、
「私の娘は、障害者なんかじゃございません!」
ということに したかったからなんだ。
要は、
私が、「健常者のフリ」を終生やり通せることを、固く望んでいたわけ。
母親の知人たちのなかで、障碍者福祉に関わっている人たちは、私の将来に深刻な影響が残るだろう、と忠告していたらしいのだが、うちの母は、ろこつに不快な表情を浮かべて、無視を貫いていたと、これは、母親の死後になって、親しかった人から打ち明けられたことだ。
もともとが、おつむボンヤリ、性格おっとりなタイプで、最初から、他者を むやみと疑ってかかるマメな性質では全然なかったので、巷間、よく聞くところだった
「条件付きでないと、わが子を愛せない」
といった、いわゆる「毒親」の問題が、当の自分の親に該当しているなどとは、私は、つゆほども気づいてなかった。ひたすら、自分を責めていた。
なんせ、アル中・酒乱の亭主の存在さえも、うちの母親は、自分の健気さ、正義の立場としてのイメージづくりに利用していたとも窺える。
また、
子である私にしてみれば、親父を信用できるはずもないのは、火を見るより明らかという感じにならざるを得ないから、どうしても、母親に つくしかない。
いかにも太っ腹でアネゴ肌的な、気性は非常に激しいが、きっぷの良い女であり、親であるという演出のための仮面を被っている母親の、その仮面の下の異形の顔に、全く気づいていなかった。
恐るべき計算高さ、駆け引き好き、くだらない見栄っ張り、
その動機は、やはり、娘の私でも、なかなか理解し難いほどに深い劣等意識だったようだ。
じつに、母親が亡くなって、だいぶ経ったのちだ、やっと気づいたのは。
これを選んだら、いずれ詰むのは 目に見えている、
あるいは、
どうにも せっぱ詰まって、
「どれも腐り始めているのは分かっちゃいるが、とりあえず、傷みが より少ないものを拾いあげるしかない」
という情況のなかでの「選択肢」。
それは、「選択死」への道。
2019.03.28 (Thu)
以前のエントリーでも、『ヤフー』は怪しからんという内容を述べたことが あるけどw
最近またぞろ、
この怒りと言うか不信感を新たにする出来事が あった。
数日前のこと、どこかで手続き上の行き違いが あったのか知らんけど、『ヤフー』関係の機器に支障が起きた。もうメンドイこと このうえないが、かと言って、このまま、手を つかねておっては、支払ってる高い料金が本当に1日ごとにムダになってしまうじゃないか!
電話よりも、メール連絡のほうが好つごうな、聴障者たる私にとって、
しかも、新聞を購読してない、テレビも見れないとなると、やっぱり、ネットが利用できないのは困ってしまう面も大きい。なので、
急ぎ、近場(と言っても、かなりの距離)の、過去、パソコンを購入したりしてきた大型電気店へと走り、たまたま、『ヤフー』関係のキャンペーンを やってるところを見受けたので、声かけてくれたスタッフの人に、すみませんが、筆談で相談させてもらえる人お願い、と頼んだ。
『ソフトバンク』の各支店も、ひところを思えば、かなり、たたんでしまったのか、相談に応じてくれたスタッフの人が、近距離の店舗を検索して、やっと一つ見つけてくれたものの、
そこを目指して、該当付近を探し回っても見つからず。
飲まず食わずで、おなかペコペコだは、持病かかえてる足腰が痛くなっちゃったはで、ヘトヘトになって、
あきらめて、結局、自宅から電話することに。
キャンペーン スタッフの人が、「電話になるので、大変かとは思いますが、、、」と、案じてくれたとおり。いや、そんなことは、自分で分かってる。
案の定、ほとんど聞こえないのを、あぶら汗、冷や汗かきまくりつつ、
あてずっぽで、マニュアル案内の か細い声が要求してくるとおりしているつもりで、てきとーにピッポッパ。![]()
何度か かけ直し、最初から聞き直しを繰り返して、やーっとかめ、ナマの人間の声らしきものが、かすかに聞こえ始めたので、こちら、聴覚障碍です、と、まずは ことわって、何人か応対する人が替わって、そこから先も、さんざんに待たされ、
本格的に やり取りが始まってからも、途中、話が噛み合わなかったり、そうとうにトンチンカンな応答(こういう場面は、私にとって毎度のこと)を交えつつwかれこれ1時間ほど経過。
受話器で強く圧迫し続けた耳が赤くなって、痛い。![]()
聴障者はツライよ。。。
思わず、グチを言いたくなった出来事でした。
何度も何度も繰り返さざるを得なかった、このテの出来事が あるたびに、ナサケナイ、なんとも言えずミジメな気分になるのよ。
健常者の世界では勿論のこと浮きまくり、
さりとて、同じ聴障者どうしのはずの世界でも、なじむには、もはや時機を逸してしまった、まことに中途半端な存在である私にとって、
これが人生、
と言うか、疲れる。
心身の底深くから、疲れる。。。
ところで、聴障者との遣り取りにおいて、筆談等に応じるのは、「合理的配慮」のうちということで、いまでは、法的義務あるいは「努力義務」になっているらしいんだけども、専門筋や弁護士さんでも、それを知らない人が多いみたいな感じ。
当の私自身が、わりと最近、知人に教えてもらうまで知らんかった。
それで、スムーズな遣り取りのために、対面の場合なら筆談をと、あらかじめ用意しておいたペンとノート![]()
差し出し、お願いしても、相変わらずで、いっさい、応じてくれない人も少なくないのが現実。
電話じゃ埒が明かない場合であっても、ファクスが不可能ときたら、
話スムーズに進まないと、応対する立場のアナタもイライラするでしょうに?と、
ぶっちゃけ、障碍者である こちとらも内心、かなりイライラしてくることもある。急いでる場合は特にね。
しかし、それを、チラッとでも、雰囲気に出してしまったら、たちまち、人間関係とか悪くなるでしょ。
しょうもないことで不利益を被りたくは ないから、ここはグッと こらえて、平身低頭、どうか、どうか、お願いしますぅ~;と、拝み倒すくらいでないと。
つくづく、世のなか、聴障者のことなんか、そもそも考えてないわな、と、あらためて、身に沁みまする![]()
まあ、そうは言っても、私だって、自分自身が体験してない障碍については、理解が及んでないこと多いだろうからなあ。
で、こちらに拝み倒させるほど、頑なで意地の悪い相手というのは、たいがいの場合、さも勿体つけ、恩着せがましく、エラそーに踏んぞり返った態度と、こう、相場が決まってるってなもんで。
字が上手くないからと、自分で決めつけていたので、人前ではゼッタイに、字を書かない態度を通していた。異様にプライド高かったからね。
まあ、筆談にせよ、それ以外の方法にせよ、幼児期からの聴障者である自分の弱点を常日頃から自覚し理解していて、日常的に慣れてる私は、
いま何の話なのか、その要旨に関係する、言わば「キーワード」一つが分かりさえすれば、そこから全体をサーッと理解することが できる場合は多いんだけど。
いわゆる健常者また健聴者にしてみれば、殊更、大層な、めんどくさい作業、というイメージが あるみたいで、筆談のコツ的なことなんて、普段思いもしない、知る気もない人が殆どだろう。
なので、
こういう場面に慣れてない、かつ真面目な人ほど、いざとなると、やたら丁寧に、話すコトバ全てを書き連ねようと、無意味なくらいガンバってくださるから、そりゃメンドクサイわよねえと思う。
お察しできますよ。こちらも、ますます、申し訳なく思っちゃう。m(_ _)m
小学校で1年生から担任だった、昔かたぎなベテラン教師が、いみじくも見抜いたとおりとなった。
純真で、同情心あつい、素直な性質の子どもだが、あまりにも自己主張が できなさ過ぎるままだと、この子は将来、大変な苦労を することになるだろう、と。
思えば、
幼稚園、小学校と、担任教師に促されても促されても、専門医に診せるのを忌避し、
「おまえのは障害じゃないんだ、性格の問題だ!努力と根性が足りないからだ!!」
と、障害手帳の申請をトコトンまで邪魔し、就職の足を引っ張り、
時すでに遅過ぎた補聴器を、高価なため、やっと片耳の分だけ(本当は、両耳でないと いけないのだが)購入するのに資金援助してくれた親父に謝れ!と要求し、
結局、私の障碍タイプでは、どんな補聴器も役に立たないと分かったら、これまた呆れ果てたように、「ワガママ」呼ばわりし、さんざん罵り、
すべてを私一人に押しつけ、
周囲の全員に、「あの出来損ない娘が悪いから、こうなった」ということに しおおせたのち、死をもってトンズラこくのに間に合った、
要領だけはスバラシく抜きん出たクソ親。
他人よりも、しまつが悪い、実の親。
これで、「自己主張」だの「自己肯定感」なんざ、
ハナから培えるわきゃねえのよ。
ややこし過ぎる人間関係、愛憎入り乱れる血縁関係のなかに放り込まれて、一人だけ幼児だった私の眼から見れば、家族らは、不可解で凶暴なオトナばかり。。。
そう言えば、むかしの勤務先の、かなり年上の同僚で、
ご本人自身、そうとうの問題を抱える人物だったんだけれど、あるとき、うちの親と会って、食事を共にする機会が あったあとで、
この同僚は、こう言った。
「あんた、おかあさんを信用し過ぎだよ!」
その当時は、私も若かったせいか、ピンと来なかった。
これらのことも振り返ってみれば、
自分自身が邪まなら、相手も また、その類に違いないと疑ってかかるのが心理だろうし、
狡猾どうしの駆け引き勝負よろしく、相手を陥れてでも、自分が勝とうとヤッキになる。それが生き甲斐ですら ある、似た者どうしこそは、自分の同類を嗅ぎ分け、見分けられるもんだと。
ところが、自分自身が持たざる性質の相手だと、とうてい、想像も及ばぬまま、ただ素朴に単純に、相手を良いように理解しようとする。
この場合は、自分と似ても似つかない相手だからこそ、なかなか見分けられないんだと思う。
まして、親だとね。
子どもにとっては、自分の親を疑って かかるというのは、どうしても困難だ。
ダブル不倫の計算づく、しかも根本バカ女が妊婦、その腹のなかに いるうちから、脳性マヒにならないほうがフシギな状態で放置、
予定日もデタラメななかで産み落とされ、
したがって、大難産の重度仮死状態だったわけで、
その時点で、栄養どころか、酸欠脳状態。
だから、何十年このかた、「ぼ~~~」っとしてるの!!しんどいからよ!
自慢の立派な墓に、終生執着した相手と同じ穴ぐらの底、目論見どおり納まって、
おまえさんら「共依存」夫婦の死後の世界や「来世」とやらは、
さぞやシアワセ万々歳?
今回、私が、「そういう星のもとに生まれて」、自分の「宿題」を果たしたのだ、という、もっともらしいスピリチュアル話が真実であるのなら、
次に、「宿題」を果たさなければ ならないのは、まさに、おまえさんたちだ。そういうことだろ?(嗤)
いったい、この世で最初の「カルマ」とやらを拵えたのは、誰だったというのか。
ならば、やっぱり、宇宙ごと、この世は消滅すべきだろが。
まったくもって、無意味なオハナシが あったもんだ。
【続く】
2019.03.18 (Mon)
『『自民党』と心中しますか?』の続き。
なんでもかんでも、とりあえず「ミギ」と「ヒダリ」分け、「サヨクには負けない!!」なんて、幼稚なセリフ吐きまくるバカうよらが、「ヒダリ」系の特徴だ!とまで揶揄する、いかにも青臭い勢力争いやら机上の理念争いは、もう けっこう。
けれど、
現状、土台から腐ってしまったんでは、そこに留まっていては いけない。
余談だが、朝鮮学校と言えば、
先日のエントリーで少し触れたけれど、ずっと以前に、『朝鮮学校』OGだという人たちのブログを覗いたことが あり、なぜか、母校のことを、あまり良くは言わないようだった、その理由は、とある人の話によれば、家計が厳しい父兄・保護者たちからも容赦なく、学校側が何かと名目つけては、お金を集め、それを、校内の備品とかに使うでもないから、学校が苦しいままなんだと。
通学生の各家庭から徴収した、その お金が、じゃあ、どこに流れてるのかということを、くだんのブログ主さんは述べていたと憶えてるんだけど、私もウロ憶えだし、まあ、断言できるところじゃないから、外部の者には分からないね。
『朝鮮学校』を無償化から外すのは不当だ、差別だという主張に対しては、あるていどの反論も できるだろう。
「各種学校」だって対象のはず!とは言っても、そこにも基準や要件は あり、日本国の大臣見解と教育要領等に のっとっている場合に認められるのであって、実際に認められている各種学校ばかりじゃなく、対象外とされている学校も少なくないという。
そうかと思えば、
『朝鮮学校』側を一も二もなく擁護する人の意見では、朝鮮学校だけが排除されてるのだから不当である、即、適用すべし、と述べている人も いる。それが事実なら、もちろん、そうだと思うよ。
でも、一般には知られていなかった、『朝鮮学校』助成金みたいなものを各自治体が長年、支給し続けていたり、土地代を格安で貸し続けてたとかにもかかわらず、運営が苦しいって。。。?
なかには、ホームレスのテントじゃあるまいに、公共のスペースを占拠し続けてる問題を指摘された朝鮮学校も あったんじゃなかったっけ。
それらが発覚し、自治体が次々に取りやめる措置を とったら、いよいよ運営が苦しくなって、「無償化」に加えろ!ってわけ?
いまもって同様の状態なのか、詳しい事情は分かりにくいし、私個人的にも、もともと『朝鮮学校』界隈に疎い、
かつ、ことさら排斥する気とて全然ないんだけども。
「どのような内容の教育でも受ける権利が ある」としていて、それ自体を妨げているわけでは ないし、この日本のなかに、現に、学校を置かせてもらい、通えているじゃないかい。
先日のエントリーでは、
在日朝鮮人の青年にインタビューした『朝日新聞』のウェブ記事を読んだ感想を述べたわけだけれど、
くだんの青年は、『朝鮮学校』だけ通っていた頃は、「日本人は、悪い人ばかり」だと思い込んでいたそうで、日本の学校に通い出してからは、「日本人にも良いやつが たくさん いるんだ」と、考えを改めたということだった。
どういうこと?
それが、彼らの「民族的アイデンティティ」ってなわけ?
と思ったの。
やっぱり、偏った教育してるんじゃないか?と。
偏った教育は、「受ける権利」どころか、
それを施された子どもにとって、よけいに生きづらく、不利益にしかならないんじゃないかね。
だいいち、ここは、日本国内ですよ?
『朝鮮学校』一歩出たら、日本人だらけでしょ。
いったい、どうやって育ってきて、こんにちまで生活してたんだよ??と。
あの『産経』に負けず劣らずの定評を得てしまっているw『朝日新聞』が、ろくに裏付け取材もせず、テキトーな嘘ッパ書いたわけかね?
「朝鮮学校は、地域社会に対してオープンなんです!」って、つよく主張してる人たちもいるよね。
それなのに、どういうことよ??
まあ、あの学校の極端な偏向方針は、無償化を認定してほしいがために、近頃になって、多少は変えてるのだそうなw
ただ、私個人は、自分自身の学校時分を振り返ってみるに、日本側の公教育についても、不満は ある。特には、やっぱり、自国ならびに国際間の歴史についての教科内容だ。
もの足りないくらいと言うか、胡散臭く思えてくるくらい、いやにアッサリ、急ぎ足で通り抜けるような、そういう印象が残ってる。
試験に出てくる設問に解答できる程度に暗記していれば、それでOKなんだ、と、無言のうちに仕向けられてるような。
こういう、思考停止的授業や勉強は、もっともツマラン。
私の高校は私立だったせいか、恩師たちのなかには、せっかく用意されてある教科書を全く用いず、他のところから、既存の教科書では望めないほど詳細、かつ、一般の国民は疎いであろう、そして、日本人としては、そうとうにショッキングな内容の資料をも集めてきて、それを、こまめにプリントして配ってくれたりした教師も いた。
日本特有のと言うべきなのか、日本の場合、多くは、積極的に「物語」化するわけにも いかないが、さりとて、自分にとってマズイことならば、敢えてフタして、黙っとく、という やりくちね。
このあたりが、
「クレイジーなまでにコンプレックスむき出しで、いかにも暑苦しい」印象の朝鮮人・韓国人と、
「いちおう冷静に見えるのは表面だけ、本性はビビリ過ぎて、結局クレイジーまで いっちゃう」日本人との国民性の違いなのかなあ?w
まあ、基本的には似てるやん?と、私個人は思ってるわけよww
ただ、「積極的物語化」なんざ、日本の、それこそ「天皇」ファンタジーにも明らかなように、もともと、こっちが本家なみでーい!というもんだw
昨今では、日本も、そろそろ「先祖返り」を目指し始めたのか、どこかの時点で方針転換を目論んだと見えて、「ネトウヨ」といった連中を筆頭に、それこそ「積極的に物語化」活動。インターネットの登場を幸い、めいっぱい利用して拡散しまくってるわなww
まあ、むき出しが好きか隠すのが好きかの違いだけかな?www
「教育行政の政治的中立」、ねえw
ところが、
いつの時代にも、権力や政治というものは、教育を逃しは しなかったww
「政治」と「教育」は分けて扱うべき、って、
そりゃあ、自分たちの胸にこそ、手を当ててみよと言いたいですがねw
『朝鮮学校』の政治性むき出しぶりは、自他ともに認めるべきところじゃないのかしら?ww
極端な場合を想定すると、
たとえば、あの『IS』ってのが、われわれの国内に学校つくって、どうやら、テロリスト養成に繋がるような危ない教育を施していても、
「教育を受ける権利」
だからと言えるか?ましてや、支援金よこせ、って要求を呑めるか?
そこまで極端では ない、かどうかは ともかくとして、日本人の場合だと、
『朝日新聞』ウェブ記事に登場した、『朝鮮学校』出身の青年の発言を例に、これを逆に応用すれば、
「朝鮮人は悪人」、
そういう、「ネトウヨ」まる出し学校を、それこそ『北朝鮮』国内に建てさせてくれて、しかも、支援金まで出してくれるかなあ?
ありえないわなあwソッコーで叩き潰されるのが関の山でしょうなあww
それでもさ、
日本人の一員である私としては、朝鮮人よりも思想が進んでいて、鷹揚で太っ腹な国が自国であることのほうを誇りにして喜びたいけど。
それにしても、『北朝鮮』と、在日朝鮮人は、殊のほかにフシギだ。
よくもまあ、忠実なる「同胞」たちが、おおぜい生活しているほうへ向けて、物騒な物を次々飛ばしてくる、それを恨みにも思わないほど、彼らは「将軍さまマンセー」なんだろか?ハラ立たないのか??と。
「恨」で有名な民族がさw
『総連』幹部ともなると、祖国と密接に行き来してきてるんでしょ?苦情の一つも言っとかないの?ああ、言えないのか。。。
日本人の立場として看過できない、例の「拉致被害問題」に関して、最も協力してもらえそうなはずの『総連』系・在日朝鮮人が、
それどころか、拉致犯罪に加担していたのは彼ら、という話。
どっちかと言えば、あまり関心ない以上に、
筋合いもない一般市民を突然、拉致したままの『北朝鮮』にも、その手下みたいな『朝鮮総連』にも、日本人としては、けっして、良いイメージ持てないのだから、その息が紛れもなく かかってる『朝鮮学校』に対しても、よけいに好感は持ちにくいしで、結局、ようワカランかったわ。
何人であれ、教育を受ける権利は、家庭の経済事情に左右され(るべきで)ない、という純然たる理念は、もちろん理解できるけれど、
私個人の考えとしては、すでに言ってきてるように、
もとより、家計に支障が ないのであれば、高校進学に問題もないはずなので、現実的には、あくまでも低所得者向けの支援をシッカリしたら良いこと、
義務教育でもないものを、財源が乏しい乏しいと言いながら一律に無償化するとは、「ポピュリズム」そのものであり、かえって、格差を広げるだけと思っている。
まぁ、イデオロギーなんどにゃ関係なく、大概、どこの国でも、たかだか「1%」の連中だけが極端に良い目を見てる、あるいは、酷い目を見てる、ってことかな。
でも、そんな極端さをグイグイ吸収し包み込み、もにょもにょ柔軟に調節できるのは、圧倒的な庶民層だ。
せいぜい1%の特異層が、どんだけガンバっても、人間、「起きて半畳、寝て一畳」の基本に変わりなく、三度の飯を大量に食らってみても、消化できるわけでなし、はたまた、天皇さんや おエライかたの やんごとなき儀式やなんかで、庶民の腹は満たせない。
次の選挙でも、『自民党』「圧勝」なんてブザマを繰り返す事態になったら、完全に私は、もう何も言わなくなると思う。
個人的に、残された時間と労力を、これ以上は費やしたくもない。あとは野となれ、山となれ。
子ども つくっちゃってる人だけは、何があろうと、これまでどおりの楽観を貫き、希望を捨てずガンバんなさい。それは、あなたがたの最後まで全うすべき義務でもありますから。
茹で蛙な国民が気づかないうちに、
とっくに始まってた日本のカウント ダウン。。。
2019.03.18 (Mon)
本年2019年の選挙は、まさに、このことを決める選挙だ。すなわち、
『自民党』ならびに、これと癒着している官僚どもの愚政・悪政に、庶民層が代表するところの一般国民が、これまでどおり従容と、崖から次々に飛び降り心中する如くな国民でいることを受け入れるのかどうかだ。
東北の大震災および津波による影響で、宮城県石巻市の自宅の基礎が腐ってしまっているにもかかわらず、仮設住宅や復興公営住宅に入居が許されないということで、なすすべなく、シロアリにやられたみたいに、柱のなかが空洞と化している自宅で、そのまま暮らしているという70歳代男性のケースを、一昨日、『TBS』系が取りあげて放送したという記事を読んだ。
こういう家屋は、次に、もしも、また大きな地震が来たら、イッパツだろう。
ま、現状、個人で、家を所有するということは、こういうことなのだな。
つまり、おりおりのメンテナンスは勿論のことだが、ひとたび何か大ごとが あったときの深刻なリスクを考慮しなければならないのは、自動車を所有することや投資などと同様で、本来ならば「自己責任」、最後の最後まで自力で始末できる力が ない者が、手を出すべきでは ないということさ。
終始、自力で対処できうる者であるとしても、そこの「ヤフゴミん」、だからと言って、自分と違って非力な者を蔑み、誹るには あたらないぞ。
私が常々言うように、
おのれの恵まれていることに感謝しておれば よいのだよ。
さて、うちの母親が、まだ倒れていないころ、新聞の(しかも、実家では、『読売新聞』一筋だった!w)政治欄を読みこなす元気が あったころに、ある日、ふと、私に向かって言ったことのなかで、最も印象に残っていたことが ある。はや、数十年も前のことだ。
それは、
「中国が、これから、非常に大きな力を持ってくる」ということと、
「日本は、今後、国民間の格差が大きく開いてくる」ということ。
なるほどの これらの見解は、「少子高齢化」現象の予測と同じく、一般の新聞やテレビ番組等からでも、日常、まともな専門筋の警告を聞き分けることさえ できていたなら、うちの母親ていどの低学歴な主婦、そのへんの無教養な一般人にも、基本的理解は わきまえておれたことなのだ。
日本政界随一の古だぬき・欲ボケ政党『自民党』というのは、景気と内需拡大のためと称して、イコールで、なかんづく建築・建設・不動産業界と長年つるんできたイメージも殊のほか大であるが、
私は、旧のブログにおいても、あの東北の大災害後、間もなくのエントリーにて、いわゆる「持ち家」政策の弊害と、(利便性や質の良い、様々な生活背景を持つ多くの人々が入りやすい)公営住宅を推進してこなかった自民党の長年の施策を批判しておいた。
このような点についても、もう何十年と前から、専門家筋に指摘されていたことである。だが、そう言う声は、大手メディアが殆ど取りあげないせいか、広がりを持たない、か細い声だった。
結局、どれだけの人が敏感に、そういう真っ当な指摘の声に、耳を傾けるかだ。
大企業と宗主国アメリカの御用達政党『自民党』の国策であった「原発」の安全性についても しかり。アベシが例によって、恥ずかしげなく、無知まる出しに、「わが国の原発は安全」と、そればかり言い張って、当時、共産党の吉井議員からの深い懸念に対し、とことん突っ撥ねたのと同じく、まさに「万死に値する」ほどの、国民に対する深い罪だ。
よくもまあ、例の『日本会議』あたりに返り咲かせてもらって、
いまだ居座れてるもんだし、
こんなのを居座らせている有権者も有権者だ。
これも何度も言ってきたことだが、たとえば「生活保護」というセーフティ制度を
(「生活保障」へ名称変更することに賛成と同時に、実施となれば、まだまだ時期尚早では あるとしても、「ベーシック インカム」制度や、その他についても、あらゆる角度から、そろそろ本気で検討開始しておくほうが よい。この国は、もう、そういう段階に至ってしまってる)
バッシングする連中のなかに、みずからも非正規であるとか低所得層であるとかいった者たちが、本当に混じっているのなら、こんな無知で愚かなことは ない。
「生活保護」バッシングは、そのまま、いわゆるワープア自身の首を絞めつけるブーメランに ほかならないからだ。
障碍者の殆どが、「障害年金」等に頼れるわけでないし、いわゆる作業所におけるタテマエ名称である「工賃」も、「最賃」は基本として守るべきなのに、なぜか、福祉分野に明るいとされる人たちのなかにさえも、これを指摘する人を見たことが ないのを不審に思う(私個人が知らないだけならいいんだが)。
およそ、まともな「労働」とは見做せない作業だからというのが理由であれば、そんな作業を、いったい誰にさせているのかということの根本的な意味から考え直すべき。
現実は、安倍政権になってから、雨後の筍のごとくに跋扈し始めた福祉業者の「補助金ビジネス」が蔓延しているでは ないか。しかも、ここでも役所と癒着している。
私自身、障碍者でありながら、「健常者」のなかに混じり、健常者のフリしての仕事だったから、専門スキルを持つとは言え、長年、使い捨てにされることを余儀なくされてきた、危うい社会人生活だったので、あのチョーシのいい小泉元首相の、そのナナヒカリ二世氏が、アベシの「次の首相」としてトップ人気、という世論調査か何だかの結果発表を見るたびに、ケッ!!と、いまいましく思ってしまう。
どうして、こうもバカばっかりなの?
性懲りもない、愚かな日本国民。
大学出ていても、バカ。
数年前、私の旧ブログでは、今後の年金制度についても、ヘタすると、80歳から支給になっていくんじゃない?wと言っといたけど、
当ブログでも、過去エントリーを見てごらん。
『アベノミクス』も『オリンピック』も、当初から私の言ってきたとおりになっていってる。
「無党派」そのものである私自身は、選挙権を得てからというもの、いかなるときにも、自民党に投票したことだけは皆無なので、
いと軽いミコシ氏に「信任を得た」だの「国民が選んだのだから」「選んだ国民の自業自得」などとと断言されると、甚だ気分が悪い。
ただでさえノーテンキなうえに不勉強で、ものごとの表面だけしか見えず、本質を見る力もなければ、その気もないアホな連中と一緒にしないでくれるか?と、腹が立ってくる。
何度も言うように、
いまは、一般国民にとって、戦後最悪の政権だ。
せいぜいが「1%の既得権御用達」政権であり、
そこへプラスしても、その「1%」に走らされている「鉄砲玉」連中だけが必死に支えている。
それで裏切られたら、「ケチって火炎瓶」w、昔から、そういう政党だ。
住宅ローン、教育ローン。
長年かけて、多くの国民を借金漬けや貧乏にしてしまった『自民党』という名の暴力団と官僚ども。いや、どっちが舎弟か親分かw
さて、野党に対しても、危惧は大きい。
野党が経験を積み、育つ余裕もないほど、あまりにも長く続かせてしまった自民党政府、とりわけ現政権の後始末ときたひにゃ、これをば、
はたして、今のレベルの野党に やりおおせる力が備わっていると信頼する気には、正直、なれないし、
『民主党』時代、小沢さんだか誰だかが推進してきたことが、少ない得票で何故か圧勝する選挙システムだの、官僚らのコントロール目的で人事権掌握だのと、その結果が、現政権の暴走を助長することになってしまっているのであれば、自分たちが勝つとばかり踏んでいたウヌボレと、その先見の明のなさだけは、腐れ自民党に負けてないな~と思うわけさ。
まるっきりのシロウトでもあるまいに、
もとが自民党のベテラン議員だったとも思えないほどの体たらくは、
例の細野さんとか前原さんとか、あるいは、元首相の野田さんみたいに、ひょっとしたら、最初から計算づくの、ジミンのスパイなんじゃないのぉ?と疑わしく思えたくらいだよ。
それにしても、『民主党』政権最後の元首相だった野田氏だけは、自民党支持者からのウケが別格に良いのよねえw
二言目には「ミンスが」「ミンスの悪夢が」「ミンスに比べたら」と言い募る安倍シンパですら、「野田だけは、比較的、よかったなあ」なーんて褒めてもらっててw
現 野党連に念押ししておきたいの。
安倍政権直後の あとしまつ、できますか?
現政権が、やっと退陣した あかつきと同時に、
水面下に沈められてたトンデモ事態が次々ボコボコ浮かび出てくるかもしれない。
政権を奪ったとしても、あの短かった与党時代のように、再び、「聞いてないよお~?」とオロオロするか、イライラと怒鳴りまくる姿を国民の前に晒すのか。
自民党と固く癒着しちまってる官僚どもを、どのようにコントロールできる?
「宗主国」wアメリカさまに対しては どう?
非協力なのは、あれらの連中だけじゃないよ、せっかくの政権交代後、ほどなくして、『民主党』政権時代を狙ったかの如くに起こった大災害と大事故を思うにつけ、これは、大自然までが、非協力的なのか?という感じだったものw
だから、日本は、もうダメなのかもしれないな、何もかもが遅過ぎたのかな
と思ってしまうのよ。
天にも見離されたか、日本。。。
現実に、あの暴走と、弱者イジメの冷酷政権を、どうやって制圧するんだか。。。
カネ第一の軽薄短小な国民たちを満足させられる?
あるいは、カネ第一から転換させられるだけの説得力ある?
フタあけてみたら、やっぱ財源が~!やっぱ社会保障減額!やっぱ要増税だ!とか言いつつも、
『朝鮮学校』までをブーブー言わせ始めた「高校無償化」みたいなポピュリズム政策は要らない。
餓死者を出してる この国は、「知性を上げる」ために、高校無償化なんて、のんきなこと言っておられるレベルじゃないの。
「先進国」としての務めを果たせるレベルにすらないのよ。
【続く】
2019.03.08 (Fri)
『「そのうちに、脳も死なんうち すげ替える」』の続きです。
血管が細いらしい私自身も、入院時、通常では ありえないほど長時間、点滴の針を挿入したまま、しまいには、腕がパンパンに腫れたことも あったし、
全身麻酔、また、局所麻酔を必要とする手術を受けた経験が あるのだが、
もともとは楽観的な性格でもあるせいか、初めての手術前の私は、わりと平静で、医師たち医療側を信頼していて、当日のオペ スタッフのなかに、偶然、小学校時代に仲良くしていたクラスメートが含まれていたことが判明したことで、意識が飛ぶ直前まで、取り囲むスタッフたちの笑い声に包まれつつ、意識が飛んだ。
それが、
手術後、覚醒したとたん、
それまで経験したことがないほどの凄まじい苦痛が襲ってきて、
そのおりになって、自分は、普通の痛み止め処方が全く効かない体質であることを知った。
なので、
いまでは、私は、今後、どのような病気になって、また手術が必要ということで、からだにメスを入れなければ ならない事態になっても、手術後の激痛が緩和される保証がないかぎり、あの苦痛を思うたび、メスが入る手術は拒否するつもりでいる。
そのかわり、病気そのものが齎す苦痛に耐え、そのために、死の訪れが格段に早まっても、これも承知のうえでの「選択」、と せざるを得なくなるわけだが。。。
私の場合、自分の生来的肉体的な弱点から来るであろう病気と、それに伴う苦痛のことは、何度か繰り返してきているので、おおよそ分かってるものの、
それでも、その時になってみないと分かんないね、結局は。
相も変わらず、苦労知らず、もの知らずゆえなのか、おつむに欠陥でもあるのか、あさはか極まる「ヤフゴミ」どもに言っとくわ。
これで何度目かいな。
あのね。
人間、死そのものを恐れるよりも、
痛みや苦しみのほうが耐えられないものなの。
そして、それは、
自分自身で体験しないかぎりは軽く考えがちなものなのよ。
ただ、目の前の苦痛から逃れられるほうに向いてしまいがちで。
本人は勿論、家族でさえもだ。
病院の付き添いも、看護も、患者を大切な存在と思っている家族でさえ、長期にわたると疲弊してくるし、
家族までもが何らかの病を得てしまうこともある。私も経験者。
私は、だいぶ前に、ある人から、告白されたことが ある。
その人は、アメリカ人と結婚していて、アメリカ在住なのだが、末期癌の実母を看取るために、日本へ帰国したところが、
なかなかシッカリ者の賢い人なので、看護師の教えどおりの在宅看護が行き届いたのか、思いのほかに、おかあさんは延命し、それにつれて、日本での滞在が長引いて、看病を引き受けていた本人は、早く自分の家庭に戻りたいあまりに、敢えて、母親の死期を早めるよう細工した、という告白だった。
ましてや、いつもいつも、痛い、苦しいなかに置かれてきていると、からだだけじゃなく、それに引きずられる気持ちは滅入る。
どれだけの冷静な判断力が残るだろうか。
もしも、同じ苦痛を、再度、経験することになっても いいと(通常レベルの出産なんかは その類で、ほとんどの人は一過性の苦痛だし、軽い人は本当に軽くて、回復も早いから、また出産したいと思えるのだろう)、
そう思えるということは、それは、それほどには大した苦痛じゃなかったということでしかない。
自殺しようと思うのも、このうえ なおも生きてるほうが、より苦痛だと思うからでは あろうが、
まさに その瞬間のことは、決行した時点での本人にしか分からないことだし、
殆どの人は、究極の苦痛のことを想像するから、なんとか避けようとしながら生きているのが実情かもしれない。
もし、苦痛さえ なければ、現状の何倍もの自殺者が増えることだろう。
私の旧ブログでも披露したことが ある実話だけど、
ある女性の母親が、癌か何かで臨終まじかとなり、その娘である女性ら姉妹が見舞いに行くたび、なんとか、母親の気持ちを引き立たせようと、彼女が常々、それまでの人生最高の楽しい想い出としていた、夫と共に過ごした外国暮らしの想い出へと、水を向けても、ただ、虚しそうな表情を浮かべるだけになってしまったのが哀しい、と言っていたのを憶えている。
そして、その母親は、いまわの際の苦しみに臨んで、誰を呼んだかというと、
「おかあさん!」
自分の夫でも子どもたちでもない、
とうの昔に亡くなっている母親だったというのだ。
「透析」問題に話を戻すと、
いまは、かつてよりも、苦痛などが軽減されてきては いるそうなのだが、それでも、基本的には、まだまだ苦しい処置方法のようで、やはり、「もう厭だ」と言いたくなるほど辛いことのようだ。
そりゃあ そうだろうと察する。
いくら「治療」と称しても、もとの健康状態に戻るわけでは ないのだから、患者は、その後の人生で最後の最後まで、膨大な時間と労力を費やすことになり、その間も、水分を始め、摂取するもの全般に、細心の注意を払いつつの、しんどい生活となる。
ちなみに、私の過去の経験と、身うちの医者のことを考えるに、
医者(また看護師も含め、多くは)、身も蓋もないと言うか、無神経と言うか、ある面で冷酷な部分は ある。そうでなければ務まらない仕事という実際も あると思う。
今回の報道のケースも、私自身は しろうとなので、よくは分からないけど、
当該患者さんの場合、透析中止後、ものの数日で、大変な苦痛状態になってしまったところを鑑みるに、すでに、そうとう悪化してしまっていたのでは あろうか。
記事の説明を読んだかぎりでは、最悪の体調に陥ってしまっている場合は、敢えて、透析処置を行わないという医療的判断も あるそうなので、
ということは、
何らかの理由で、ひとたび、透析を中断したために、その間、状態が悪くなってしまい、また そのために、今度は本当に、透析を再開することさえ不可能になってしまう、こういう場合も ありうるということじゃないの?
この患者さんは、医者の提示のなかから、透析中止を「選択」したうえで、では最後まで、この病院で お願いします、ということで、当の『福生病院』に入院したという経緯らしい。
ところが、本人も想像以上の苦しみで、担当医も、苦痛緩和処置を施していたとは いうが、とうてい、追いつかない苦しみだったようだ。
おそらく、私の場合と同様、継続投与不可となっている鎮痛剤の切れ目が来ると、耐えられない苦痛に襲われたのではと思う。
それで、こんなことなら、透析を再開したいという気持ちを訴えていたようなのだが、医者側は、それに取り合わなかったらしいということも、記事の どれかで読んだけれど、どうも、このへんに、問題の本質が あるように思う。
「インフォームド コンセント」に深く関わることだし、ここは追及してほしい。
例の長谷川某が起こした騒ぎの あのとき、猛反発の一員を つとめていた連中までもが、それも忘却の彼方なのか、
今回も、カネと「自己責任」のヘリクツでもって、病院や医者側の肩を持って やまないようだから、毎度のことながら、こやつらの「民度」とやらと、そのメデタきオツムには、ほとほと呆れるのみ。
どういうものか、
私が、ずっと糾弾してきた「汚気・愚」 、そこで遭遇した「カルト連」のなかにも、『オウケイ ウェイヴ/おしえてgoo』で質問を投げかけては、やれ、自分は医療関係者である、だの、「代替医療」についてウンタラカンタラと頻りに述べていたのを、不審に思ったことも ある。
あれ以来、私自身、自分で極力、調べあげたことのなかには、
「ヨメは看護婦で、『ホメオパシー』推進活動に いそしんでいる」者も含まれている。
それにしても、このテの活動は、一般の人々に知られざるまま、そうとう長く続いてきているのだろうかと思うのは、
私が20歳代だったン十年も前、当時の同僚女性から、ふと聞いた話を憶えているからなのだが、
その同僚が、初出産で長女を産んだおり、間もなくして、あかちゃんが血を吐いたので、仰天して、病院へ駆け込んだところ、一般的には投与されているはずの「ビタミンK」だかが未投与だったせいということが判明したということだったらしい。うろ覚えだが、おおよそ、そんな話。
そのときの私は、「ホメオパシー」だの「レメディ」云々について、ほぼ全く知らなかったので、「へえー。。。」としか思わなかったのだが、
あっ、そういえば、、、
と思い出したのが、例の「カルト連」との経緯のなかだったわけ。
【追記】
ちなみに、くだんの もと同僚の御主人は自衛隊員であり、
夫婦そろって、忠実なる『自民党』支持者。
符号が合い過ぎることに、私が気づいたのは、やっと近年。
…このままだと、ほんとうにダメになるな、この国は。
それを悦んで活動している連中が、「ヤフゴミ捨て場」と言い、ネットじゅうで跋扈しているわけ。
悪意を自覚アリでの者も いるし、もちろん、全く自覚なしのメデタい軽薄短小も大勢いる。
あれだね、これも やっぱり、『日本会議』系の一派ですかな?
再び三たび言っとくが、
現首相のアベシは、自分一個の くーだらない執着心のために、周囲を巻き込み、倒れさせること必定でも、決してやめない、
そういう忌まわしい性質ですよ。
ここに至って、さすがに もうハッキリしてるはずなんだけど。
倫理感覚を投げ捨て、自浄能力皆無な古だぬき自民党と、
「おつむとミコシは軽いがよい」を如実に体現している、ことごとく自覚に乏しい現首相、
これを返り咲かせた『日本会議』および、
その中心的シンパを なす「ビジネス ウヨク」の目論見どおりに、
ただ今、あらゆる「民度」が激下がり中の、
「この道しかない!!」亡国路線まっしぐらな日本。