2019.06.14 (Fri)
まあ、たしかに、「公的年金」だけでは、「満足な水準には届かない可能性」どころか、大企業の正社員や正規公務員といった少数層に属しない、つまりは殆どの人が、まず心細い状態となるはずだろうから、それへプラスして、民間保険会社の「養老保険」なんかを見つくろい、一つは入っておくほうが いいよというのは従来から指摘されていたと思う。それは私も若い頃から、そのことは周囲から聞いていて、いちおう知っていたし。
特に『国民年金』ってのは、そもそも昔は、主として「自営業」の人向けの設計だったので、雇われと違って、自分で采配できるんだから、それこそ自己責任で、老後の準備しといてくださいよ、「公的年金」は、部分的な助けでしかないよ、というのが もともとだったとも聞いてる。
ところが、私が知ってる小規模自営業の人でも、けっして順調な資金繰りや余裕ある経営とは、おせじにも言えないから、長年にわたって、保険料を納入してなかったりするのが現実。けっこう多い事例じゃないのかなと思う。
だから、
国民年金は、生活保護以下の受給額だ、けしからん!!と言って、生活保護バッシングしたり、下げろ下げろというのは、ほんとうに愚かな話なの。
当ブログでも以前から言ってるように、
障碍や病気持ち、その割合が増えるのが自然・当然になってくる老齢者でも、さあ働け働けという制度にしたがってる現政府は、ほんとうに愚劣だなと思う。
それ以前に、『自民党』という政党の、先見性のなさよ。
彼らの「先見性」たるは、もっぱら、権力上の駆け引き、一般国民・民衆そっちのけで矮小な次元の「勝ち負け」にばかり発揮された結果が、こんにちの日本の状態に ほかならない。
つい最近の騒ぎでも、「受け取らない」「受け取ってないから、そもそも、ない」だのと、とっくの むかしに大バカであることが明らかな お大臣らが、またまた、バカな騒ぎを拡大しているしまつ。
もう、手の施しようもないね、この国。
生活保護叩きの嵐を巻き起こし、それに勢いを得てのように、性懲りも なく安倍政権が返り咲いたとたん、じつにイの一番に削減し、数度にも わたったことだけは、他の公約やら政策と比べて、アメリカさまに おもねった武器の爆買い以外では、これだけは唯一、ごりごりに実行したのよねえ(嗤)
いかにも、弱い者いじめ、庶民いじめが得意な安倍政権ですわ。
おかげで、いわゆるワープア、低所得層の収入も、低いままにしておけるというものだわな。
公的年金だけでは やってけない、、、そうだ、不足分を生活保護で補填してもらおう!と思っても、これが、今次安倍政権以前なら、もう ちょい、ゆとりを望めたのだろうけど、もう、それもムリムリになってる。
たとえ補填してもらっても、おそらく、家計は苦しいままだろうから、あまり期待しないほうが よろしいね。
そういう「セーフティネット」とか「ナショナル ミニマム」というものは、全てが連携してくるんだよ。そこを分かってない国民が多いから、自分で自分の首を絞めるハメになってから騒ぐ。
ま、『自民党』ばっかりを政権に就かせてきたツケだ。
わが国が、せっかく、大いに体力を持っていた頃、まだ余裕あるうちに、『自民党』の数ある大きな問題点に目を つぶることなく、容赦なく、政権交代を果たして、
『自民党』以外の政党にも、どしどし、経験を積ませておけば よかったのにね。遅過ぎたんだと思う。
あるいは、
一般国民が知らないところで、戦後すぐからアメリカの「ジャパン ハンドラーズ」的計略が着々と進行していた、ってとこかもな。
要するに、敗戦国となった時点で、日本の将来像は、日本人によるものとは言えず、あくまで一部の日本人(含アベシの爺さん)を使って間接的に達成するべく、アメリカが描いた遠大なる計画だったのかも しれない。
ところで、
近頃は、やけに「老害を追い出し、若い世代を!」と叫んでる、単純そのものなコメントなんかを見かけることが増えたが、
先日、前川喜平氏が、「ゆとり教育」というのは実は まさに「自分で考える」力を養成するための方針だったのだとかいうことを解説しておられたようなのだが、なるほど、私は、世代が違うし、子を持ったこともないので、よく知らなかったが、そういうことだったのか、と思いつつも、
しかし、そう おっしゃるわりには、
「自分のアタマで考える力」を持ってる若い人が、日本社会のなかに増えた?ようには全然、思えないのだがなあ??
やりかたにイマイチ、くふうが不足していたのか、やっぱり、どこかで頓挫したということだろうか。
まあ、自分自身を振り返っても、意外と若い頃のほうが浅薄な思い込みを していたり、親の世代や俗世間の受け売りを、自覚なしに信じ込んでいたりするもんだ。
それは、高齢者に多く見受けられるところの、「自分は、こういう考えや やりかたで、実際、長の年月やってこれたんだから、これで生きてこれたんだから、これが正しいということだ」という、視野の狭い頑固さとは また違って、
若い年齢の場合は、ひとえに、人生経験や引出しの少なさゆえだろう。
さて、
『アベマ テレビ(AbemaTV)』とかいうのは、その名称からして、いかにも、現シュショーに おもねっとるのかいな?という第一印象だったものでw『ヤフーニュース』で紹介されていても、私は普段、ほとんどスルーだったのだが、今回は、「哲人王」とか「民主主義の敵」とか、それって、どういう意味のことなのかなあと思って、サッと目を通してみた。
~(若者への訴求に力を入れる自民党について「うまい手ではある」と話す本郷氏だが、)一方で田中芳樹氏の小説などで出てくる「哲人王」という表現を引用し「『我々庶民にとって幸せな状況というのは哲人王を戴いている状況である』という言葉があるが、哲人王とは深く将来を見通せるような知性に溢れた王様のことで、その王様の言う通り後ろを付いていけばいいという意味。田中先生はこれが民主主義の一番の敵だと、リーダーにすべてを任せるのではなく自分たちが勉強してリーダーを選ばなければいけないと表現していて、この問題は特にそうだと思う」と指摘した。~
ん、そうね。
しかしながら、本郷センセイ。
「自分たち(庶民・国民)が勉強して」というのは、高い知性に左右される情報の取捨選択が、「民主主義」のキモを なすはず、なんだけれども、それが、
現実には、そうは なっていないと言わざるを得ないよね。
とくに安倍政権下では、それがハッキリしている。
そして、
高い知性によって選り分けられた知識や情報を持ち得ない国民・民衆に、「哲人王」の述べるところを理解することすら できないだろう。
したがって、
われわれにとって賢明なリーダーを選び出すことも できは しないのだ。
まっ、よりによってクサレ『自民党』やアベシが、「哲」の付く「王」なんぞで あるはずもないわな(嗤)
2019.06.11 (Tue)
「大学の立地」というので思い出した。。。
『千葉大学』だっけ、ここへ来て、学費値上げの話題。
以前も述べてるように、うちの兄は、いわゆる「駅弁大学」出て、ガッコのセンセイだったんだけど、
それというのも、私の母親が、ダブル不倫でママハハになっちゃったゆえの責任感から、と言うよりは、
その亭主ならびに、打ち負かした先妻、その子らを始め、
不倫で再婚したことを怒って勘当された自分自身の実家や親戚らを見返し、
何よりも、世間へのミエゆえに、
かつまた、肝心の酒飲み亭主の稼ぎの悪さも大きな理由であり、
そして また、「ふつうの会社勤め」は到底、向かないであろうこと明らかなヘンクツな義理息子の将来の問題それ すなわち、
後妻の自分が君臨する家庭に災いを齎す恐れ
に直結していたので、
これをば未然に防ぐためにも、最善と考え、しかも、若かりし頃の自分の憧れの職業の一つでもあった(もう一つは弁護士だとさw)、教職公務員に就けんものと、鬼も真っ青の教育ママ(ハハ)ゴンと化身した、あの当時の母親は、いまにして思うに、やはり若かったのだろう。
20歳代の身で、ダブル不倫の子(←生まれながらに罪を背負ってる私でーすw)を まず産んで、それから ほどなくして、10と幾つかしか年齢差のないママハハとなり、義理息子を朝に夕に鞭撻し続けた。
その凄まじいエネルギーは、亭主と先妻のあいだに生まれた子らのなかでも、一人だけ男子である息子以外には、ほとんど向けられることなく、実の娘である私に対してさえ、投げやりであったw
さっさと障碍を認めて、よりいっそう真剣に、将来へ向けて対処すべきが親の責任のはずだったんだけど。このツケは大きいよ。
IQが平均レベルよりも下回っていたという兄が、「駅弁」とは言え、国立大卒。
平均よりも大幅に上回るIQの私は、大学も出てないぞおw
たしかに、兄は、ガリ勉してたよ。でもね、単純に、「努力」だけで済まされる話じゃない。
やっぱり、子育ての概ねは、母親の態度、姿勢と気迫が左右するんだ、それが現実だなと思う。
とにかく、学費の余裕がないのだから、中卒で就職させろ!という亭主を抑え込み、塾なんぞに一切、通うことなく、自力のみで目指せ!国立大をと厳命されて、平均より低いらしき知能指数ながらもガリガリごりごり、私の母親の要請どおりに進学を果たした兄は、それでも、隣県なので、下宿しての通学だったが、
私には、「女の子だから」という理由で、何校も同時受験や一浪も絶対に許さないし、下宿させるほどの遠方もダメというのが基本のかわり、私大でも、なんとか合格したんならば、まあシブシブ進学させてやるわい、というスタンスだった。
ま、それで、
スッタモンダしつつも、先妻の子である姉や兄が独立した その頃には、重ねた借金も、だいぶ返済し終えていたこともあってか、劣等生の部類ながら、4年制大学進学希望が、いちおう許された末子の私は、受験の時期を迎えたおり、とある私立大学の下見に出かけたことが あった。
もっとも、腹違いである兄らには、「俺ら進学のときとは、だいぶ待遇が違うやないかー!」とブーブー、さんざんイヤミ言われたけどw
しかたないやんか。
だいたい、おのれら進学の費用は、飲んだくれ親父がアテにならんから、私の母親が、自分の妹に借金し、自分でも商売して、資金つくってやったろ。
それだけに、気合も凄くて、受験勉強のための協力も惜しまなかったのは、私のときには全く望めなかった。
真冬の寒さに震えていても、酷暑の夏で汗ダラダラでも、
「こら!ストーブの、クーラーの電気代が もったいない!!はよう寝なさい」
夜食や飲み物を自分で用意しようにも、
「夜中に台所をゴソゴソするな!!うるさいから、はよ寝ろ!」
こんな調子。
それに、私は、兄らとは年齢がグッと離れてるから、そのときには、家計の負担も比較的ラクになってたんよ。
それでも、自分らと同じ条件にしろ、ずるいぞ、差つけやがって、てか。
だったら、
あの当時、親父が言い放ったとおりに、中卒で働かされたら よかったのか?ってことだ。
さて、
下見に行った その大学は、ほぼ、山のなかに建っていた。
こういう立地の大学は、べつに珍しくは ないのだろうが、府内とは言え、自宅から近いとは、おせじにも言えない長距離なので、入学するとなれば、電車を乗り継いだうえ、最寄りまでバス通学が必定。
ふだん、バスを利用する機会に乏しかった私は、それが まず不満でw
思わず、
「なーんで、こんな辺鄙な山んなかに建てるねん?!街なかに建てたらエエのに」
とブーブー言うと、
母親は すかさず、
「街なかの大学に入れんアンタが悪いww」
「そりゃ、ここの大学は、運転手付きの自家用車か、自分で外車運転して通えるくらいの お嬢さま用大学やねんから、どんな辺鄙な山のなかでも、べつに かまへんのやろ、あんたみたいな『貧乏人の お嬢さま』と違ってw」
と、せせら笑っていた。
こういうときの切り返しの回転は、めっぽう素早いオツムしていた、うちの母親ww
と、そこへ、
まさに在学生と見受けた若い女性が、はたして高級車から颯爽と降りてきた。
見るからに高価そうなバッグや靴、海外ブランドの洋服。
またまた思わず、心のなかで、
「バスを使いなはれえー!バスで通うんだあー!バスで!!」
と叫んだ、ぼろジーンズ姿の私だった。(笑)
私が卒業した高校も、付属の短大が あって(私が卒業してから、4年制大学も併設されたらしい)、なにもワザワザ、よその大学を受験せいでも、、、うちに来なさいよ!!と、先生がたに、
また、
「4大」に行くってぇ?!嫁に行き遅れるやんかぁ!!と、クラスメートらに言われたのだが、
やっぱり、地元では富裕層の通う「お嬢学校」と定評ある伝統校だったので、それに対する反発心のようなものも、かすかに あったと思う。
それなのに、こうして下見に行くことになった大学の一つは、私の母校よりも、よりいっそうスケールの大きい富裕層のためのような大学だったんだから、なんとも皮肉なことよ、と、われながら思った。
まあ、第一には、学部の希望が あったもんでね。
単なる「国文」等は、将来の職業のことも考えあわせて、ほとんど、視野に入れてなかった。
中学・高校とエスカレーター式に最後まで母校の附属に進学し、清楚で可愛い制服を脱ぎ捨てた あとは、ばっちりメイクは相変わらずのまま、短大へ。変化したのは『サン ローラン』あたりのブランドものに身を固めているところだけ、という、 かつてのクラスメートと、駅なんかで遭遇すると、
「いやぁ、○○さんや~ん♪どないしてんのぉ」
と駆け寄って来て、
「あんたも、うちに進学したら よかったのにぃ」
と無邪気に言われたりするので、
見るからに、「あとは、お金持ちの家の息子と結婚して、専業主婦になるだけ~♪」という雰囲気が滲み出てる、高校時代と変わらぬナンパそのものなアーパーお嬢まる出しの、かつてのクラスメートを前に、苦笑するしかなかった私。(笑)
私らの出身高校のほうの修学旅行も、いつ頃からか、国外がアタリマエになっていて、ちょっと驚いたとともに、うらやましく思ったのを憶えている。
どうしても、その大学の、その学部を出なければ ならぬ、そのうえで就きたい仕事がハッキリしてるというんなら、どんな泥水すすってでも、というのは、理解できるけど。
昔だったら、学業優秀、もちろん、将来も有望な者のための「奨学金」を得て、というようなレベルにない者が、いわゆる「Fラン」だとか、そのへんの大学に、とにかく進学するだけして、「奨学金」という名の借金を して、忸怩たる思いを抱えながら風俗業界でアルバイト。。。
社会人スタートと同時に、たいした借金を背負い続け、風俗嬢まで やらなきゃならない事態に陥るケースもあるという、この世相。
「相対的」もクソもない、この国において増え続け、固定化さえし始めている「貧困層」問題を、なんとかしないとね。
それにしても「海外留学」というのは、昨今の「奨学金」制度で大きく問題化しているようなことは なかった私らの学生時代には、恵まれている層のオボッチャマ、オジョウチャマ以外の庶民には、まだ殆ど夢に近いレベルの話で、
よほど学業優秀であるとか、将来の目的が確固としてるとか、「ワーキング ホリデイ」みたいな制度あるいは、それらでもない、その他では、単なる表面的「箔付け」のために、ちょうど、この国の世襲政治屋さんあたりがw劣等生でも通えるレベルの私大に、カネとコネに もの言わせて行くようなケースくらいしか なかったと思う。
同じ「風俗業」でもピンキリ、それこそ、高度経済成長時代の昔の『銀座』や『赤坂』あたりの超が幾つか付くような高級店なら、一介のホステスと言えども、有名女子大卒で、英語ペラペラの才色兼備という人材も いたというが(なぜなら、国内外の要人やエリート企業人の お相手や仲介を務める場面も多いから。そもそも、それなら普通の企業に就職しても困らない立場だし、いずれは独立して、自分が一城の主になることもできるし、いまどきで言う「パパ活」の対象なんかとは全然、次元が違うよw)、
ひるがえって、
場末の、うらぶれた、いかがわしい店でイカガワシイ接客なんぞに従事しても、そういう世界に適性が あり、本人自身が抵抗感も ないなら ともかく、リスクと辛さを堪えてガンバっても、思ったほど儲からないでしょうよ。そりゃあ、なんだかなあと思うわね。
2019.06.11 (Tue)
『【続】「メンタル弱い系」?』の続き。
『練馬』の、もと高官だった父親に殺された息子は、
「こんな人生に誰が した!!」
なんて喚いていたらしいが、
私に言わせれば、
けっして「不幸自慢」するつもりじゃないけども、やっぱり、
「まずは障碍や病気が ないだけでも、どんだけ生きやすいことか。その上、カネにも不自由してないのに、甘ったれんなー!!」
と言いたくなってしまうよ![]()
『川崎』での事件のほうは、犯人が子ども時分、よその家のなかに勝手に入り込んだりと、多少の特異な傾向が見られたというから、赤の他人である近所の住人までもが、「あそこの家の居候」呼ばわりして嫌悪していたことの原因になったのかもしれない。
私の幼なじみの一人は、やはり、隣家の留守中に、無断で上がり込み、勝手 気ままに、そのへんの物を探ったり、置いてあった果物を食べてしまったりしたことが あった。
実は、私が、その子の嘘に騙されて、加担した かたちになってしまい、真相を知った親が仰天し、お詫びの品を持参して、そこの家の人に謝りに行った出来事だった。
私は騙されて、という事情だったためか、その家の人は、「子どものしたことですから、ましてや、おたくの○○ちゃんは、何も知らなかったんですから」と、鷹揚に済ませてくれたそうで、ふだんはヒステリックなほどガミガミ言う親が、このときは、さほど怒らなかったと憶えているのだが、
さすがに、幼なじみのほうでは、いつも穏やかで優しい おとうさんが激怒したらしい。
私んとこの家のなかにおいても、親らが留守だと知ると、必ずのように、タンスやら何やら、扉という扉、引出しという引出しを開けて、なかの物を探りたがる。
なので、親が帰宅して驚き、私を問いただすと、毎度、その子が原因なので、呆れかえっていたし、私自身も叱られた。
その幼なじみは、もともと、問題の ある子だった。
まず、やたらと嘘が多い。
また、私みたいな、ハッキリ言って、おせじにも「恵まれ」てないはずの者に対してまで、むやみと ねたむ。
いま思い出したのだが、
中学時代、うちへ遊びに来たクラスメートに、母親が、そのへんに無造作に置いてあった財布から、いつの間にか、高額の札を抜き取られていたことも あった。
で、その お金で、他の友人たちと共に、近所の店へ繰り出し、思い思いに軽食を おごってもらっていたことが、あとになって判明した。
もっとも、母が気づいたときは、すでに「あとの祭り」、指摘されて初めて、私にも、その子の不審な行動に思い当たったのだが、もはや、確定するのは不可能だったこともあり、敢えて、とくには何も せずに済ませておいたと記憶している。
しかも、
どういう神経なのか、あのとき、われわれが、店内で注文してるあいだ、その子は、うちで盗んでいたと思しき お札を取り出し、ヒラヒラと、得意げに見せびらかしてのけたのだ。
友人たちと、「あっ、いーなあ、お金持ち~」と囃しつつ、ワイワイ食事してしまった無邪気な自分たちにも、われながら呆れてしまった。
そのクラスメートも、くだんの幼なじみも、表面は、いたって愛想が良すぎるほど良いのだが、
のちに、卒業アルバム等を見ながら振り返ると、なんだか得体の知れない「闇」を持っているかと思わせるような、なんとも不自然な眼つきを していながらも、殊更に媚びた感じの笑みを浮かべているところが、両者とも共通していた。
でも、こういうところでは逆に、「問題児」のなかでも、二手に分かれるのかもしれない。
中学生となると、そもそも、女子のほうが幾分かはオマセだからなのか、なんとなく、ふてぶてしさのような雰囲気を、すでに漂わせていたりする子も出てくるwかと思えば、
男子の場合、やはり、まだ子どもっぽさが残っていて、みょうに寂しげに見えたり、融通の利かないクソ真面目そうに見えたりする子が多いように見受ける。
ところで、
その幼なじみの、たった一人の妹には、それほどの問題も なく、いたって おとなしい子だった。
いま思うと、姉である幼なじみは、その母親である おばさんに似ていて、妹のほうは、のちに離婚した おじさんのほうに似ていたように思う。
おじさんは、ある有名どころの老舗にて料理長を務めている、子煩悩で真面目なタイプだったので、幼なじみの母親である おばさんと離婚して、他の女性と再婚し、その女性の連れ子ともども一緒に暮らすことにしたと聞いたときは、子ども心にも驚いた。
それも切っ掛けになったのか、
年齢を重ねるにつれ、幼なじみの嘘は、回りくどく、間接的になった分、ますます悪質化していった。
その反面、勉強のほうは、意外に頑張っていて、そこそこ優等生になっていた。
どうやら、その母親から受け継いだらしい、彼女の嘘の特徴は、人と人のあいだを引き裂くような内容が多いことだった。
これは、うちの母親も、そういう嘘の傾向を持っていたことに気づくまで、そうとうの時間を要した。
もちろん、幼い頃から、そばで見てきた私は、その子なりに、また、うちの母なりに、ある面で傷つきやすく、繊細と言っていいような良い面もあることは知っている。
そして また、うちの母親も指摘していたことだが、おばさん、すなわち、幼なじみの母親の人間性に、何か引っかかる、どこか信用に値しないと思わせるものが あるのは、にぶい子どもの私でも、ずっと感じていた。
もちろん、世のなかの母親のせいにばかりしては いけないだろうが、
そうは言っても、やはり、母子関係というのは、父親との関係以上に密接ならざるを得ないゆえ、影響力も、より大きい場合が多いように思う。
特に男の子の場合、屈折度を深めてしまうのかもしれない。
おそらく、『練馬』のほうの事件では、高位の官僚たる父親は、典型的な「仕事一筋」タイプで、家のなかのことは一切、奥さんに任せきっていたのだろうか。そう せざるを得なかったのだろう。
どうも、報じられている生前の息子の言動を読んでも、やっぱり、ここの家でも、「母子関係」の問題が深刻だったようだ。
うちの親ですら、私が若いうちは、いたって分かりやすい暴力性ゆえ、もっぱら父親のほうを嫌悪・憎悪し、殺意まで覚えるほどだった、その分までも、母親を可哀そうに思い、庇い、信用していたわけだが、そんな私も このトシに至って、やっと、気が ついてきたわけで。
つまりは、母親のほうが、むしろ、よりタチの悪い者だったということに。
本人自身は常に自分を最大限に正当化し、どんだけ苦労している立場であるか、ということをアピールし続けていた。
したがって、自覚は なかったようにも見えるけれど、
あれほど精いっぱいのアピールに努めていたところを思うと、やっぱり、内奥では、罪の意識を押し込めていたんだろう。
特に、親父と一緒になるためには、あたかも賭けのように産み落とすことが必要だった、私という娘に対する支配欲と依存心、恐れと軽侮が入り混じる、異様に屈折した感情。
ほんものの「悪女」の要素を内深く持っていて、外見は大した美女だったが、父に対しては、まさに「深情け」ってやつでw私にとっては「毒親」で あったというのが結論とせざるを得ない。
…
障碍かかえてたら、イジメなんかは、どこへ行っても、社会に出てからも、多かれ少なかれ、どうしても経験する。
あれほどまでの凄惨な事件になる主要な原因を考えると、やっぱり、親や養育者を始めとした生育環境が第一に疑われるのは当然なのだろうが、
それでも、そういう辛さを経験しながらも、ほとんどの人は、こんな犯罪に及ぼうとは思わないだろうし、他者のためのみならず、自分のためにも、一線の手前で踏みとどまっていると思う。それが、本当の「自分可愛さ」を含む理性というものだし、過去が辛ければ辛いほどに、もう これ以上の惨めな思いを、よりによって、みずから重ねる愚は防ぎたいものだ。
それが、あれらの事件では、そうは いかなかった。
息子殺しの父親が、いかに「父親不在」の「機能不全」的家庭にしてしまっていたとしても、
息子の遺した言動からは、母親の普段の言動のほうが透けて見えてくるような感じが する。もちろん、良かれと願ってのことだったのだろう。
「育てたように、子は育つ」とも言われる。
まあ、どちらの事件も、犯人は自殺し、息子は殺されて、本人の口からは何も聞けない。
残された親族側の言い分しか聞けないわけだからね。
私だって、子どもの頃から試した自殺を果たせていたら、以後、親らは、自分らに つごうのいい役回りだけを演じ続け、すべてを、ひとえに私の欠陥ゆえということで かたづけただろうと思う。
『川崎』の事件の犯人は、近所の人にまでも疎まれていたらしい事情を知れば、やはり、こちらも何らかの『発達障碍』的な傾向を感じる。
それでも なお、こんな悲惨な事件まで起こさなくても済んだのでは ないかという疑問は消えない。
2019.06.10 (Mon)
『「メンタル弱い系」?』の続き。
ついでに、
最近、かつての『(大阪教育大学附属)池田小』事件を彷彿とさせるような、ある学園の児童・生徒を狙っての動機から犯行に及んだと思しき、「無差別・通り魔」的事件が起きて、それから引き続きの如くに、そういう事態を恐れてと言い訳しているらしい、もと高位の官僚だった者が、自分の息子を殺害したという事件が『練馬』で起きた。
『川崎』も『練馬』も、個人的に、身内の縁や何かで、多少の なじみが あった所なので、ほんとうに、物騒な時代になったという感じが した。
ごく若かった頃のことでは あるが、こっちがヤラレる前にヤッテしまおうかと思っていた時期が、私にも あったので、一つ屋根の下で暮らす家族のなかに、どうにも手に負えない凶暴な者が居ると、おちおち、夜も安眠できないという情況を経験してきており、心身ともに持て余してしまうことは実感として理解できないでもない。
そういうわけも あり、こうした事件について、このブログで取りあげ、意見など書き記すのは、とても、気持ちが重たくなるので、つい、避けてしまいたくなるのだが、それは さて置き、
まず思ったのは、
『練馬』で起きた、もと高官だった父親の息子殺しで、これほど社会的にはエリートそのものな立場だった人に、こんな事態へ至るまでも、相談する相手の一人も いなかったのか?という驚き。これは、他の人も指摘していたようだが、息子だけじゃなく、親のほうも、社会的に孤立していて、かつ、エリートならではのミエが あったためではないかという。
私自身は、人の子の親になったことがないので、基本的には、子としての立場からしか言えないのだが、
自分にボコボコ殴られる親の姿なんて、本心では、見たくもない。
親を、他者を殴る、殺すのは、自分自身を殴り、殺しているんです。
ある意味で最も冷酷だった母親に対してさえ、親父に殴られたり、タバコの火を押しつけられたりするのを見るくらいなら、自分が やられるほうが、気分的にはマシだった。
母親のほうは、けっして、そこまで、私を思ってくれてなかったみたいだけど。。。w
うちは、親子が逆転してるみたいなところが あったので。
自分が殴られる恐怖と痛みは、私も、親父にサンザン味わわされたけれど、
じゃあ、殺したろうかと思った時期もあるほど、にっくき親父を、死ぬかなというまで殴り倒してスッキリできるかと自問すれば、けっして、そうでは ない。
ああ、この自分に殴り倒されている親。。。なんとも言えない、なさけない思いが するものよ。
皮肉なことに、強圧的だった親ほど。
実際に、自分が実行したわけじゃないけど。
そして また、
ついに、親に見離され、殺される子どもの絶望というものも、筆舌で表現しきれない悲哀だ。
これは、私自身の実感からの、つよい疑問なのだが、
はっきり言わせてもらえば、
何らかの障碍とか心身の明らかな不調を抱えているわけでもないのに、人並み程度にも働きに出られないというのは、いったい、どうして、どういうことなのかなとは思っていた。
しかも、家庭内で、家族のために確かに役立っているというわけでもない場合。
特に、男性の場合に目立つのは、やっぱり、仕事して、稼いでいないと、そうとう鬱屈するみたいだなと。
家庭を持ち、子どもが いて、虐待して死なせてしまい、逮捕されたというパターンでも、無職の父親だった、と言うケースは多いのかと感じられるほど、目につく。
高校時代のクラスメートでもあった幼なじみが、
この子は典型的な「アーパー」タイプだったけどwおとうさんは、私も見たことが あるのだが、キツイ肉体労働の工場勤めで、とても真面目な人だった。
あるとき、何の話でか、その子が、
「男は、働いてナンボや!」
と言い放ったのを思い出す昨今。
で、その発言の主は、若くして結婚した。商売人の息子で、高校生時代から つきあってたという同い年の、よく つり合ってナンパな同類男と(笑)
世のなか、大いに稼いだら稼いだで、たちまち「女遊び」なんかを始めるのは、男性の定番みたいだし、自分自身の甲斐性でなくても、とにかく、自分が使えるカネが手もとに ありさえすれば、放蕩三昧になるケースを よく見聞きするけれど。
もちろん、健康面の問題および金銭の不自由なければ、稼ぎに出ることは しなくても、ふつうは、旅行なりの遊びや趣味には精出すだろう。
両事件とも、親が裕福であるとか遺産とかで、家庭内の軋轢は あれど、経済的には恵まれていたらしい。
ところが、
『川崎』の事件のほうの犯人は、親に殺められた息子と違って、パソコンもスマホも所持しておらず、部屋にはテレビくらいしかなかったそうな。
よくまあ、大の男が、毎日退屈もせずに?と思う。
これらは まさに「小人閑居して」云々じゃないのかしら?
だいたい、とんでもない暴力や犯罪を実行する者は、それだけのエネルギーを持っているに違いないのだから、長年にわたって年がら年じゅう、ひまと体力を持て余すような生活ぶりでは、発散しきれずに、ヘンなものが溜まってくるだろうよと思う。特に男性は。
まず、私個人的に、何よりも理解できないなあと感じたのは、
それほどまで厭な家に、なぜ、居座ったり、自分から帰って来るのか?
ってこと。
私なんかは、実家に居た頃、障碍のせいで、なかなか就職がスムーズにいき難かったし、将来の不安も大きいから、早く、親元を出たいと思いつつ、幼い時分から ずっと、酒乱の父親から、母親を庇ってきたこともあって、なかなか、親もとを出るのに時間を要したが、その間、当の母親には、
「家が居心地良いから、出て行かないんだろう、おまえは」
と、さんざん、イヤミを言われ続けたよ。
ましてや、黙って小遣いを添えて置いてくれるだのは ありえないし、食事も作ってくれないよ。
だから、そのままジッとしてたら、ますます、身動き とれなくなっていく。
やっとの思いで、一人暮らしを始めたら始めたで、そのときは母親も協力してくれたものの、今度は、親を見捨てて出て行った、みたいに言われたし。
働いて働いて、病院にも行けず、トコトン体調を崩した末に、手術を要する病気になったときでも、実家に帰りたいとは微塵も思わなかった。
もし、再び、親と一緒に暮らさなければならなくなったとしたら、今度こそ死んだほうがマシだと思ってた。
さすがの母親も、意外とアンタ、根性あるなあ、と感心していたほどだ。
この頃になると、親に対して憎悪というよりも、遠縁の親戚程度か、他人みたいに、深入りせずに済む関係になれたら いいのにというのが本音だった。
結局は、入院・手術を機に、実家の近くに戻ったけど、そのうちに、母親が いよいよ頻繁に入・退院を繰り返す状態になり、それにつれて、頭のほうも、ますます おかしくなってきて、
あるとき、近所のスーパーマーケットへ買い物に出て、帰って来たら、
電話の呼び出しが けたたましい。
ほんの30分ほどのあいだに、何度も何度も かけ直していたらしく、
受話器を取ったとたん、
「どこへ出かけてたんや!!こっちの用事が あるのに!!!」
と、大音声。
食料が尽きてきたから、そこのスーパーへ、ちょっと買い物、、、と言っても、大声で、
「とにかく電話を すぐ取れ!!!」
の一点張り。
ほんとうに、目の前が暗くなって、窒息感を覚えたよ。
これから、こういう生活になるのか。。。と。
まじで、死んだほうがマシだと思ったわ。
いま思い出しても、ゾッとする。
とうとう、隠そうともせず、依存心を剥き出しに、私を全力で縛りつけようと かかってきた親たち。
ここに至って、私の障碍を敢えて知らん顔し続けたことの効果が表れたわけ。
うちの母親は、なるほど、たいした策略・計略家だったw
「親に勝てると思うな!!」と叫んだ意味。
だから、『川崎』の事件では、「居候」と呼ばれつつ、育ててもらって、せわになったんだからと、老いた伯父さん夫婦の介護を、もしや、一人で担わされていたんじゃあるまいか?と、最初は推測した。
ほんとうに厭だったら、とてもじゃないがガマンできないよ。親と言えども、顔を見るだけでストレスだし、極力、かかわりたくないもん。
金銭の不自由もないのに、すごく厭な家から出て行かないとか、
わざわざ自分から舞い戻ってきた、ということの心理が、どうも よく理解できないのよ、私には。
やっぱり、これは間違いなく「甘え」の一種なんだろうと思える。
【続く】
2019.06.10 (Mon)
『言っても聞かない相手は「アリの一穴」で誘導せよ』6/10(月) 6:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190610-00056566-jbpressz-bus_all
『子供を殺した元事務次官に「正義」は全くない』6/10(月) 6:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190610-00056656-jbpressz-soci
上掲の記事、続けて読んだら、なかなか興味深いものが あるよ。
特に、『言っても聞かない相手は』のほう、けっこうオモシロく読めた。
この筆者の奥さまが、「人間と微生物を一緒にしないで」と おっしゃったというのも、一理は あることだと思う。
微生物は、ごくシンプルな摂理に否応もなく従っているだろうけど、人間の場合は多かれ少なかれ複雑な思考を働かせてのことが殆どだろうから。
一言で言ってしまうと、自分自身にとっての「メリット」、利害如何なんだろうね。そこには、「価値観」というものも、人間には密接に絡んでくる。
価値観が根本的から異なる相手だと、いくら話し合っても、平行線のままに終わりがち。
それどころか、お互いに侮蔑し合ったままだったり。
特に、ふだんは、わりと立派なことを言ってのけているにもかかわらず、いざとなると自分一個の分かりやすい利益を最優先する本性の者ほど、いわゆるゴチゴチ石頭に豹変する場面は多いと実感している。私個人的に、うちの親が特に、そういうタイプだったから。
要は、自分のメンツ、立場、支配的な それが脅かされるとなったときに、顕著に現れるという特徴が あった。
そして、言い及ぶのは、「勝ち負け」。
親子のあいだでも、「勝ち負け」に拘る。
自分一個の、または、自分側の「勝ち」が至上の価値と思いこんでいたら、そりゃあ、「汚い手」を使うことなんか、平気でしょう。
平気どころか、「汚い手」を駆使できることに、誇りすら感じているでしょうよ。
「陥れられたほうがバカで悪いんだ」と。
あるコメント投稿者さんが言っているような「正しいコミュニケーション」もクソもないのよw
ああいう手合いは、あくまで自己利益と合致していると判断したら、それこそ「ベタ甘」も演じるけど、
ひとたび、自己利益に反すると感じたら、たちまち、手のひら返し、相手を「裏切者」として徹底的に罵倒し、攻撃・排斥しにかかるよ。
おそらく『自己愛性人格障害』なんだろうな。
ま、筆者さん提唱するところの、「そうぜざるを得ない状況に もっていく」と言ったって、それこそ微生物みたいに、大自然の摂理に従ってるだけというのでなければ、人間の場合は大概、いまどきで言う「ブラック企業」だの、手っ取り早く「パワハラ」的になりがちでしょう。
あるいは、「現人神」だの、
どこぞのシュショーみたく、「森羅万象すべてを担当!」とかさ(嗤)
と言うか、それ以前に、
「そうしなければ ならない」とは、本質的に どういうことなのか、
を見通し、見極めなければ ならないわけで、
よっぽど勘の鋭い人でないと、それがパッパッと判断できるとは限らないわな。
目先の程度で済むことなら、わりと素早く判断を下せる人は多くても、
これが大局的に、ながいスパンで考えて判断しなければならないとなると、非常に限られた資質の人になるだろう。
まず自分一個、自分の側の利益に囚われているようなスケール小さい者にはムリな能力。
政治とか環境問題の分野は特に。
それは、かなりの時間を経てから、思い知らされることになる。
もちろん、皆を巻き込み、手遅れになってしまってることも あるだろう。
自分の日常生活範囲には、それほど影響も関係も及んでこないだろうとしか思えないと、他人事感覚になりがちだしね。
スケールの小さい、自己利益にばかり囚われている者が、「パワハラ」と呼ばれてしまうような、理不尽な強圧でもって、
これまた、スケール小さい、奴隷根性の者は、ヘイコラとばかりに従ってしまう構図。
かの孫子が兵法という『囲師必闕』にしても、「空になった城」を易々と手に入れる裏から逃げ出す者たちが いれば、やはり、それ相応のリスクは つきまとうでしょう。
物理的に外側からの「枠」を与えても、あふれてしまった水は、逃げ出すしかないね。
人間の場合、水や微生物のような単純な物理的行動を とるとは限らないしね。
それこそ、
「国民から主権や人権を なくせ!!」
「国民の生活が大事というのは、まちがっとる!!」
と叫ぶ『自民党』議員を見て、
「これは恐ろしい、二度と、自民党は支持するまい」
と思うどころか、
ますます支持する国民大衆、とかいう現象ね(嗤)
はて?『自民党』の目的は奈辺にあったのだろうか??w
人間たるもの、われもわれも、とは ならないだけの知性を持たないと、
「権力者が国民を都合よく支配する」状態は容易い。
でも、知性と価値観に共通性が大きい者どうしなら、スムーズに運ぶ。
あとの細かいところに拘るか否かも、価値観で変わってくる。
潔癖と狭量、大らかと だらしないのは、紙一重。
うちの親なんかも、私が若い頃、「それ、環境上の問題になるらしいよ」と言っても、
「うちだけが、気を つけてもムダ!無意味!」
の一言だった。
しいて言えるなら、大局的見地を持てない凡庸者には、分かりやすい、いわゆる「見える化」でもしないと、なかなか、動機付けも困難で、意欲も湧きにくいかな。
何よりも、
「もう、欲も得も ないわ~」![]()
「気持ちは あっても、からだが ついて来ん!!」
という現実がね。。。(苦笑)
【続く】