2019.08.24 (Sat)
『大臣の時計』の続き。
これも言い添えておくけど、
日本軍の場合、「国家管理売春宿」を運営したことの理由が、戦地でのレイプを未然に防ぐために、ということだったらしいけど、そんな小賢しい計算なんか、アッという間に吹っ飛んで、
やっぱり、現地の女性たちをレイプしまくる事態が頻々と起きたという。
そりゃあ、長い行列つくった兵士を捌くのに、あまりの忙しさで「3分診療」じゃあるまいに、ソソクサと済ませねばならない、味気ない「慰安婦」相手よりも、ひどく怯えている一般女性を、心ゆくまで犯すほうが楽しくてヤリがいあるんでしょうよ、男の獣性にとっては(嗤)
男にとって、ケンカとセックスは似たようなもんでしょ?w
それに臨むときの男の顔つきって、どちらでも ほぼ同じだもんww
脳科学的に、男性の脳は、食欲と性欲も隣り合ってるんだそうで、
シベリア抑留させられた兵士の述懐だったか、
空腹が極まり、恋しい恋しい「銀シャリ」御飯を脳裏に思い浮かべただけで、なぜか局部が勃起してしまったという話も あった。
まあ、当時、(準)日本人として、日本軍に加わった全体数としては少数だったにせよ、当時の兵士となった朝鮮人男性も、「慰安所」を利用したことだろうし。
『慰安婦』にせよ『徴用工』問題にせよ、
末期に さしかかると、人手も足らず、結局、日本の敗戦目前となる頃には、もう、万事しっちゃかめっちゃかで、お給金も、その頃にはウヤムヤになってしまってたのと違うかな?
それを、あんなエライめに遭ったのに、最後は払うもん払ってもらえないまま終わりを迎えたんだから、いまからでも払ってほしいわ、という訴えを、個人としての それは、誰にも、
たとえ政府・国家と言えども、阻止・妨害は できない。
なぜなら、民主主義の基本であることに、遅まきながら、韓国の国民たちも気づいてきたからだ、という、この見解は、以前、たしか、姜 尚中氏が述べておられたと記憶してるんだけど。
私個人的には、これらの問題に特に関心が つよいというほどでもないので、詳細までは知らないが、
韓国の現大統領である文氏も、安倍政権に対し、当初は、少し待っていてほしい、政府として解決するための時間を与えてほしい、というふうに表明しておられたらしいから、当然、国家間における取り決めの重大性は踏まえていたのだろうけれど、国民や裁判などの動きが、予想以上に早かったということだろうか。
そこへ差して、「レーダー照射」問題とかも起きてきて、この泥沼に至ってしまったような。
ま、先日のエントリーでも指摘したように、
韓国には、近い過去の経緯から募らせたらしい、日本に対する反感から脱却し、どうあっても「精神的自立」を果たしていくようにしないとマズイんじゃないかとも思う。
このままでは、
従来、冷静と言うよりは、どちらかと言えば、本心では無神経・無関心に近かった日本側も、昨今の「ネトウヨ」が代表するような、それこそ「朝鮮民族」顔負けに暑苦しい、しかもオゲレツきわまる連中が跋扈する勢いが止まらなくなりそうだし、
それに乗じたオゲレツ政治が いよいよ、まかり通ってしまいそうで。
結局のところ大いに感情的な性質なのは、日韓に大差なさそうだし、そういう感情優先の性質どうしの者は、仲良くするにつけ、反目するにつけ、お互い極端な事態を招きがち。
国でも個人でも、
過去は どうあれ、なんとか適度な距離を保つよう心がけるほうが賢明なのだろうと思える。
やけにベタベタするか、猛烈に火花を散らすか、
一般の個人間でも同様。
こういう、甚だしい依存と憎悪の背中合わせは、いわゆる『人格障害』の特徴だ。
さて、政治家たる河野氏その人については、
あの大事故のあとだったか、原発の問題についての見解を取り上げていたブログを、たまたま見かけたことが あって、そのときは、自民党の人にしては、と、わりに高く評価しておいたんだけど、
安倍政権に入ってからは、保留中よw
ただ、
この人には「上から目線なところも見受けられる性格」といった指摘が あるそうなんだけれど、
お父上に肝臓か腎臓の生体移植の必要が出たときに、息子から、、、というのが、父親として躊躇と抵抗感が あったのか、河野パパのほうは、そこまで せんでいい、と おっしゃったのを、息子の河野さんは即座に、
「親父は黙っとれ!!」
と、怒鳴りつけたそうな(笑)
やっぱり、仕事の上においても大先達たる おとうさんに、まだまだ生きていてもらいたいわよねえ、と思ったのを憶えている。
それにしても、インターネット花盛りとなった昨今、つくづく思うんだけど、
激務のはずの大臣が、いちいち、ネットのチェックとか「エゴ サーチ」とかしてるヒマが あるんかね?
それとか、
あきらかに『自民党』が関与してるなと思わせるくらいに、この党の議員が、いわゆる「まとめサイト」だとか「ネトウヨ」的個人ブログなんかから、くっだらん下劣なネタを拾ってきては、自分とこでワザワザ拡散するバカがチラホラいるでしょ。なんたら山のサツキさんとかさ(嗤)
最後に、時計に話題を戻しておくと、
そういえば、
フィリピンの伝統芸能で、『バンブーダンス』というのが あったっけ。
意外な気もするけど、向こうも、竹が多いのかな。
中学生頃から、『少林寺拳法』に憧れ、実際に始めようと考えた私は、
『合気道』にしときなさい!女の子なんだから!耳の形とか変わっちゃうよ、と、周囲の全員から止められたのだが、
大学の部活で、『少林寺』を習っていたらしい兄に、ヘタな技を かけられても、幼い頃から駆使した噛みつき戦法やら必殺おんぶ式背骨がため、その他あらゆる抵抗手段でもって撥ね返していたw
「ジクテック」なんかは、さすがに しないけどww
最初はフザケてだった兄も、だんだん、マジで かかってくる。
でも、勝てない。
「なぜ、おまえには、このワザが効かんのだ!?」
をいをい
大学生の兄と、小・中学生の妹の苛烈な闘いwww
そんな私は、子どもの頃から、ブルース・リーのファンなんだが、
ブルース・リーと言えば「ヌンチャク」。
ヌンチャクも、たしか、フィリピン由来の説が あるそうな。
アチョーーー!!!
いや~ん カッコイイ~
![]()
私自身も、皮膚が弱く、金属にカブレやすいし、夏場は特に汗かくから、腕時計するのも鬱陶しいんで、「おお、竹製の時計ですって?これ良いかも」と思ったしだいでした。
おしまい。
2019.08.24 (Sat)
河野さんの時計で大騒ぎw
…昔はねー、「金時計」というのは、いわゆる「成金」のシンボルみたいに思われてたみたいよね。
漱石の『猫』とかに、そういうシーンが出てきたような記憶が ある。
で、
「竹」が「金」に見えたんだとwどこかの「ツイ民」とやらの目にはww
もっとも、あくまで写真を見ての誤解だったわけだが。
「日本民族」なんてコトバ(そんなもん、ないわ!w)を振りかざしてる時点でね、あさはか度合が知れますわな。
金でも竹でもエエがな、その人のセンスやろ。
あくまでも、場違いとか、先さまに失礼にならんようにしておれば。
私もね、別に自慢するつもりは ないのだが、事実として、たとえばガラス玉のアクセサリーを つけてたら、なぜかダイヤモンド
と間違えられたりすること多い(笑)
それが、たまたま赤い色のものだったら、ルビーだと思われちゃう。青い色ならサファイアね(爆)
ごく若い頃から そうだったんだけど、
なんでやねん??と思ってたら、
「あんたって、どこか気品が あるから、そのせいちゃうか」
と言われたこともある。うふっ
ぷふフ。。。ふはははwww
なにが可笑しい!!![]()
もーちろん、たまたま、写真上で映ったものが誤解された、というのとはワケが違うで。![]()
あくまで実物を目の前にしてのことだ!w
それで、
そういうカン違いを言われるたびに、
「これ、ガラスやでえ~wエヘヘ」
と苦笑しながら正直に否定するんだけど、
そんなことより何より厭だなあと思ってきたのは、ねたまれることも多いからなの。
だから、
河野さんが、へんな誤解を正したいと思ったのであれば、その気持ちは理解できる。
まあ、時計の件で、まさにイチャモンつけた「ツイ民」は、とんだオッチョコチョイと言うか、思い込みが激しいんだなとは、私も思ったけど、
「ひょっとしてワザとかな?」
と思えるほどの、あまりに浅はかな流れw
このイチャモンに対して、毎度の「パヨク」だ「韓国」だと決めつけて糾弾している連中だって、しょせんは同レベルでしょ。
ついでに少々。
最近、韓国が、日韓間の軍事的協定、『GSOMIA』(グソミア?w)というのか、それを破棄通告してきたというんで大騒ぎだけど、
いよいよ思ったわ。
「やっぱり、どーこが『外交の安倍』?またしても、国民をリスクに さらしおった
」
とね。
もちろん、韓国も愚かしいと言うべきなんだろうが、先方には先方一流のリクツの構成や言い分は あるんだろう。
要は、
「報復」では ないよ~「報復」でないよと言い募る日本の本心のところを、韓国だって見抜いてるんだ。
だから、それなら!
と、向こうも意趣返し まる出しに動く。
日本はね、私は常々このように察するところを指摘してきたが、
せめて「感情的」には見られないようにと、そこのところだけはチマチマと計算めぐらし、表面的には「感情まる出し」と言われないように小細工する。
これを、日本ごときじゃ足もとにも近づけないくらいにスケールでーっかくしたのが、少なくともトランプさん以前までのアメリカだw
ところが、
韓国は、本心を敏感過ぎるくらいに敏感に察知する(←劣等感やコンプレックスが深い人の特徴でもある)と同時に、やみくもな反応を素早く返してくるとき、日本のような計算やら小細工なし、いきなりの文字どおりの剥き出しに差し出してくる。
その違いなのよw
だから、
畢竟、行きつくところは、どっちも感情的なのであって、よく似てるよなあと言うわけ。
なお ついでの付け足し。
先日、これも大騒ぎになった『表現の不自由』とかいう催し物について、当ブログでも話題にしたが、
自分が展示会場へ出向いて行ったわけでは ないので、その他の展示物については、『天皇陛下』の「御真影」を燃した!燃した!と糾弾されてる作品のことくらいしか知らない。
ただし、この作品については、ある識者が、
「天皇の写真そのものを燃やしたのでは なくて、作者の心象表現のなかの一部分なのであって、『燃やした』ことになるのは、作者自身の内面的全体ということ」
というふうなことを指摘しておられたにもかかわらず、
「ヤフゴミ溜め」は勿論のこと、他の一般記事などでも、「天皇の御真影を燃したー!!」という解釈を頑として変えることがないようすだ。
ただ、とある作品の場合は、兵士へ贈るような『日章旗』に寄せ書きしたものを名付けて『間抜けな日本人の墓』とかとしているというので、これでは、「表現の不自由」に当たるのかなあ?剥きつけた、アカラサマに過ぎると言うべきなようなのだが、と、私個人的にも疑問には感じた。
さて、くだんのエントリーにおいて、
「『従軍慰安婦』の象徴だとされる少女像と並べ、『ライダイハン』の象徴像も展示したら?」という旨のことを述べた。これは、すでに言ったように、「普遍的スタンスに中心的視点を置いたもの」であって、国家どうしの政治的争いに直結させたものというよりは、「普遍」の問題として示唆しているのだろうと受けとめているからである。
要するに、
戦争というものは、古今東西、主として男どもが やりたがることなのであって、
戦争となれば必ずのように、『従軍慰安婦』もレイプも生じる。
戦争とは、男ならではの獣性が大っぴらになっても、一切、咎められないどころか、積極的に発揮できる大舞台なんだということを、私は、何年か前に指摘したけれど、
時代とか国の違いなんか関係ないのだよ。
共通点は、男のサガみたいなもんだということ。
そんな男のサガにホイホイ付き従うような女どももバカだけどさ。
【続く】
2019.08.24 (Sat)
『【続・続】「料理嫌い」の言い分つれづれ』の続き。
ま、最後はボヤキで締めくくっちゃうけどw
料理という一連の行為には、買い物から始めて、最後の かたづけまでを含め得るわけで、
私自身も、あれこれ考えたすえに購入してきた食材の下処理、特に冬場の水で洗うのは、指先が痛くなるほど かじかむのが辛い。
極度の貧血だった頃は特に。
そういったことを抜きにできるなら、単純に、調理自体のみであるなら、それほどの時間を要せずに済む方法を とれば、苦にはならないようにすることも可能だけれど、
台所が狭いという状況も、料理に とりかかるのが おっくうになりがちな原因として、たしかに、無視できない大きな要因だと思う。
切っていった野菜などの置き場にも難儀するようではね。
だから、なおのこと、事前の段取りとシミュレーションを やっておかないとならないわけ。
「セルフ ネグレクト」すれすれの、うつのアタマで やれることじゃないよ(苦笑)
一人暮らしの場合、じゅうぶんに広い台所を持っている人は、日本では珍しいほうだろうし、
食材も余してしまいがちだろうし(私自身は、好き嫌い激しいながら、意地でも、食べ物を残しませんがね。あくまでも自分が食べることが可能だと、すでに知っている、分かっている食材についての努力だけど。飽きた余ったなどの理由で捨てることは、ほぼ全く、ない。)
とかく、スペースに余裕が全く なく、狭すぎるという、日本特有と言えそうな居住上の縛りは、家事全般についての不利さに繋がってくると実感する。
特に調理は、体力も気力もないと、どんどん、おっくうになってしまう。
生活費のなかでも、逼迫してくると、真っ先に削減してしまいがちなのも食費だし、
疲労しているときほど、むしろ、食事は大事なんだけれど、かえって、真っ先に なおざりにしてしまいがちになる。
そして、ますます、健康状態がダウンする。
かつて、実家を出て、一人暮らしを開始してからは、慢性の睡眠不足を堪えつつ、お弁当を拵えて出勤していたのだが、
普通は「こんなの あり得ねえわ!」と言われてしまいそうなほど、つましい食材を、これまた手抜きしまくりで。そんな程度のものでも、がまんしていた病気が進行するにつれ、不眠症も、いよいよ悪化していって、ずっと続けていくことは できなくなった。
1秒でも横になっていたい、そんな状態では、料理や弁当づくりどころじゃない。
暴力を振るい、無責任だった親のために、いっしょうけんめい尽くしたとて、自分は、親と同じように高齢になり、弱った状態に陥ったとしても、誰にも何も頼めやしない。
自分ら自身の親の老後の世話は知らん顔していた うちの親だが、
ほんと、いいほうに回れたよなあ。。。
「因果応報」って、なにがあー?と思っちゃう。
世のなか、
まずまずの家庭環境で育っていても、平気で他人を巻き込んだ理不尽な凶悪犯罪を しでかし、親きょうだいの人生までも破壊する子だって いるのに。
つくづく思うわよ。
障碍のために合わない職種の仕事を終えてから、心身ともに疲れきった からだを押し、
母親が亡くなったあとの親父のため、どうかすると「フラッシュバック」を起こしかねない嫌悪感を堪えて、買い物と、好きでもない料理づくりに、実家へ通った頃の日々を思い出すと、
もう一回、ああいう生活に戻れと命じられても、二度と できないわ~。カンベンしておくれやす。
おしまい。
2019.08.24 (Sat)
『【続】「料理嫌い」の言い分つれづれ』の続き。
ただ、
これまたフシギなことに、
私は、要領が悪いわりに、大きな失敗は殆ど したことが ないのだ。
少なくとも、
食べられないほどにマズイとか「げろマズ」級の失敗は ない。
調理に とりかかる前、ある程度、レシピ確認とともにシミュレーションしておく、それを怠ったり、うっかり忘れたりしていて、作業途中に、順序良く いかなかったりすると、思わず、
「バカ!バカ!あたしのバカ~!!」
と、自分で自分のアタマを どつきたくなるw
それでなくても、うちの台所は狭いので。段取りを考えてから始めないと、収拾つかなくなる恐れが高い。
ところが、
もたもた、チンタラやってるわりに、できあがったものは、それなりで、
味として、けっしてマズくは ないのよ。
ちゃんと切っておいたはずの人参が、ぶら~んと繋がっていて、苦笑まじりに叱られたことは あるけどww
むかし、ある年の大晦日、
椎茸を煮ているあいだ、台所の掃除を同時進行させようとしてウッカリと、椎茸の鍋に、埃を混入させてしまった。
これでは食べる気になれないが、量も あるし、
いまさら捨てるのも もったいないと考えあぐねたすえに、いったん全部の椎茸を取り出し、鍋のなかも洗い、あらためて煮なおした。
それを、「年越し蕎麦」や「おせち」の具にするため、実家へ運んだら、
舌が肥えて、味にヤカマシイ母親が一口、
「うん、美味しい!!」
と叫んだ。
思うに、二度にわたって煮含めたためだろうか。「ケガの功名」かな?
そのあと、
今度は親父が つまんでみて、口をモグモグさせつつ、何を言うやら、
「ナマか?」( ・◇・)?
と のたまったので、「さも美味そうにパクつきながら、『ナマか』は ないやろがー!!
」
と、アタマに来たw
母親は、なぜか、ニヤニヤしておった。
このように、ふだんは、食べることと調理に熱意ある母親だったのだが、
世間のコメントにも圧倒的なように、「つくってもらうほうが断然おいしい、毎日の義務となったら、厭気が充満してくる」という本音に窺えるとおりなのか、
たしかに、私が つくったものは、ちょっとでも批判できる余地ありと思えば、チクチク言い、あるいは、
横から口出ししていた自分のアドバイスが的確だったから上手く行ったのだ!と恩に着せつつも、
とにかく、ふだんに増した大喰いと化し、バクバク食べまくっていたw
これらにつれて思い出すのは、
若い頃からオツムの軽い、ハデっちい、家で料理なんか一切やったこともなかった叔母が、家庭を持つといった切っ掛けで、あるいは、
お世話になった人のために拵える料理が、いざ、やってみたらば、それなりに美味い出来だった、ということの意外性だ。
あれほど、「食べる人」専門、料理づくりを厭う人だったのに。。。
典型的な「やれば できる」ってやつなのだろうか。
もっとも、うちの母親は、
「あいつは、お米とぐときも、やれ、マニキュアが傷むとか言って、しゃもじ使って とぎよるわ、横着者が」
と罵っていたけれど、
その妹である叔母が、あるとき、こう言った。
「あんたの おかあさん(=私の母親)は、子どもの時分から、料理担当だったの。掃除はメンドくさがって、やりたがらないから、それは、私が担当してた」
なるほど!
母方の実祖母は、乳飲み子を残したまま、若くして亡くなったということもあるし、
だから、「苦手」と言うよりも、幼いうちから姉妹間で、自分のほうが得意とするところに従い、受け持ちが自然と決まっていき、
結果、インテリアにも凝る叔母のとこは、室内が常に小綺麗に整えられているのか、と思った。
いっぽうで、
うちの母親は、時々、親父が癇癪を起こすくらい、そして、私もイラ~ッとくるくらいに、家のなかをゴチャゴチャさせてしまうタイプだった。
やっぱり、親父とは異なるタイプの『発達障碍』の傾向なのかね。
出しっぱなし、放りっぱなし、開けっ放しの三拍子。
外出したあとの母親の部屋なんか見たらば、どろぼうが荒らしていったか?!と思えるほどの乱雑さ。
もともと、気が短いせいもあって、気持ちが外へ外へ向かってるときは、「立つ鳥」ならぬ、あとを振り返ることもしないで、ひたすら濁しまくって出て行く。
「散らかってるほうが落ち着く!」
と、ひらきなおった本人は言うのだが、
それでも、気の張る来客が ある場合などには、さすがにミエっぱりだけ あってか、それなりにキレイに かたづけることは できるんだけど、
ふだんは、もう、ほったらかし。
あらためて料理のことに話を戻すと、
調理師の免状を持っているという、近所のオバサンは、私が幼い頃から虐待されていたのを知らないはずもないのに、
うちの母が亡くなったあと、
おとうさんの世話に専念してあげなさいよ、などと、
口やかましく干渉がましいことを言ってきたけど、
このオバサンが、うちの親父のためにと、マメに拵えて運んできてくれる料理が、ことごとく、
「気持ちは有難いんだが、なぜかマズイんだよなあ。。。?」
親父は困惑していた。
旧ブログか過去エントリーでも綴ったけど、
これも子ども時分に、本来は伯母である養母が病没し、それ以後、養父の食事を用意するため、学校から帰れば、遊びや宿題どころでなく、
昔の田舎のこととて、品揃え乏しい店々を急ぎ買い物に回り、入手した豆腐やら魚やら、子どもの手で辛うじて ととのえた せっかくの食卓を、その拙さに怒った義理父に、しょっちゅう、ひっくりかえされたと、
思い出しては恨みを込めつつ話していた親父を筆頭に、
私の周辺では、まず、「調理に慣れている」「料理が得意」なほうの男性が多いのだが、
うちの親父のように、そういう家庭事情で否応もなく慣れていたというケースも あれば、あるいは、単に料理が好きなので、苦にならないだけという男性まで、その年齢層も学歴も職歴も生活背景も様々。
メンドクサがりの私は、「つくる人」である彼らに、「食べる人」を やらせてもらうことも多かった。
親父なんかは、私の母親が亡くなって、まだ元気だったうちは、かぼちゃの煮つけなんかチャチャッとつくって、
ヘルパーさんにも、味付けが上手ですと褒められていたし、
ビンボボ娘の私は、それを、タッパーに詰めて、持ち帰ったりした(笑)
【続く】
2019.08.24 (Sat)
『「料理嫌い」の言い分つれづれ』の続き。
ちなみに、
母親は、口に合うとなったら、がぜん、器ごと、自分のほうへズズズィっと引き寄せる癖が あったw
「わたしは病弱だから」
というのを理由にしていたが、
親父のほうは逆で、
自分一人だけ食べるのは、なんとなく、気が引けるのか、
晩酌しながら つまんでいた刺身を、横に座り込んだ猫が、穴の あくほど凝視してくるのを見ると、息が詰まるかのように、うぐぐ、、、と、ヘンな、あえぐような呻きかたを して、しかたなく、猫にも一切れ、また一切れと、大事な刺身を渋々、与えていた(笑)
猫のほうは、もらった刺身の一切れ一切れを、些かも味わっているようすとて なく、ただちに呑み込み、ただちに次の一切れを期待して待ち構えるのみw
なんだろうなあ、、、
「世話焼き」を自任していた母親は、兄弟姉妹が多いなかでの長女、
酒乱の親父は、養家先の一人息子として育った、という違いは あるんだけど。
心理的にオモシロいなと思う。
ちなみに私は、犬や猫が欲しがっていても、わりと平気で無視できる。
それは、自分の食事よりも先に、犬や猫たちの食事をシッカリ済ませていてこそだが。
それ以降に欲しがるのは、あくまでも「おやつ」「間食」「おねだり」に過ぎないから、むやみには与えない。
あんまり欲しがると、部屋から追い出し、入って来れないようにするのだが、そうすると、猫は拗ねるわ拗ねるわ(苦笑)
また、私がフシギと親に似なかった大きな点の一つが、
いわゆる「精が付く」とされるような食材は、生まれつき弱い おなかを、かえって こわしてしまい、あとあとまで影響が長引くこと。
動物性のものに限っては、いろんな側面(=見ため、食感、その他)からも、好き嫌いは多いのだが、
植物性のものならば、ほぼ100パーセント、食べる。
ただ、以前は、タマネギなどは、火を通さずナマのままであれば、一口も食べられなかった。タマネギそのものは大好きなのだが。。。
このように、どうしても、体質に合わないものも少なくない。
何でも食べろ!と強制すると、命にかかわる場合も あるのだ。
もともと、食べることに対する欲求が あまり つよくない子どもだったことも、親に似なかった。
そのせいか、夏場の夕食などは、ご飯の炊ける匂いが漂ってきただけでゲンナリしてしまい、よく、夕飯は いらない、と言って、叱られたりしていた。
出産予定日を大幅に過ぎてから、大変な難産で生まれたせいなのか、たしかに、平均よりも妙に大柄な子どものくせに、いつもダルく、虚弱。
いまでも、夏の暑さには殊のほか弱いので、昨今の暑熱の異様な高まりには、心臓の調子まで狂ってきそう。
なんせ、あたしゃ、冬生まれだからね
溶けちゃう(笑)
なんだかんだ言っても、
食べることに欲求が つよい人は、その分、エネルギッシュである。
うちの母親も、生まれつき病気が多いというのが、にわかには信じられないくらい、活動的だった。
真夏の昼食などには、よく、「冷やし中華」や「そうめん」を用意してくれたが、母の場合、自分自身の欲求で、「冷やし中華」には「錦糸卵」などの具材を盛りだくさん、「そうめん」なら そうめんで、それだけを用意するのは、本人自身がガマンならなかったようで、必ずと言っていいほど、これまた盛りだくさんに各種の天ぷらなども添えることを厭わなかった。
冷房の届かない台所で(「届かない」というよりも、換気の必要から、冷気が勿体ないと、台所の出入口を閉めておくので)、火を使う作業後、つくるだけ つくった、せっかくの麺類なのに、自分が食べるのは あとまわし、まずは汗を流さねばと、シャワーを浴びに走っていた。
もともとは低体温で、汗を かきにくい体質のはずなのに、真夏の調理というものは、それくらい大変だということが察せられたものだ。
で、
つくった本人も、やっとこさ、食べ終わったら、やれやれ、一件落着!とばかり、ひたすらゴロゴロし始めるので、あとの洗い物などは、ほぼ私が一手に引き受けていた。
見かねた親父が やろうとすると、
「ほっといてよ!!
」
と、母親は激怒するんだわ、これが。
幼い時分から、掃除や洗い物などは勿論、親の靴磨きに至るまで、料理は ともかく、それ以外の家事全般、母親の体調を気遣って、私が手伝うことが多かったので、たまに、それを見た近所の人などが、うちの母親に向かって、
「あんたとこの○○ちゃん、よーく仕込んであるなあ~」
と、ほとほと感心していた(笑)
母親に言わせれば、
「それくらいのことして、バチは当たらん」
と、それだけ。
要するに、ほぼ「女中」「下女」あつかいなのだ。
まさに『白雪姫』か『シンデレラ』かw
ところが、トイレ掃除だけは、むかしから、なぜか親父が毎回やってた(笑)
母親も、これについては、黙って やってもらってた。
ついでに、
母親の足の爪切りも、親父が やってあげてた(笑)ので、その理由を聞くと、はなはだ おデブだった母親の腹が つかえてw自分では、足の先に、爪切りが届かないからだそうな。それで、
しょうがなく、親父が代わりに、プチプチ切ってやるのだが、
母親には、それでも なお不満が あり、
「おとうさん、最後の仕上げに、いちおうヤスリかけてくれることは くれるんやけど、5本の指を同時にグワッと握って、イッキにヤスリかける、フリしてるだけやんか」
と、文句を言っていた(苦笑)
それから察するに、
狭いトイレ内の掃除も、母親の体型では、困難が あったためだろうかと思う。
むかし、親父の顧客の一人である、さる中小企業の社長さんが、帳簿を見てもらうため、心尽くしの手土産を手に、うちへ訪ねて来られることが時々あったのだが、そのおりも、用件が済んでから、しばしの雑談を楽しんでおられた。
親父が、話の流れのなかで、トイレ掃除やら朝の布団の かたづけまで、自分が やっとりますわい、と、おのれの女房を横目に、イヤミたらしく、自慢たらしく言ったところ、いつも温厚な社長さんは即座に、
「なにを おっしゃる!ワシかて、それくらいのことは やっとりま。まして、奥さんが、からだ良くないんやから、アタリマエだっしゃろ」
と、うちの親父を諌められた。
昭和の時代、すでに老齢に入っていた男性が、ですよ。
しかも、大阪のなかでも、かなり古臭い気風の残る地域の。
ちなみに、この社長さんは、昔(戦後すぐあたりかな?)、まだ とても貧しかった若い頃、大阪の最南部から大阪市内までの道のりを、大八車か何かに商売もの積んで押しながら、毎日てくてくてくてく歩き通したというほどの凄まじい根性の持ち主だった。体力も凄いわね。
なお ちなみに、
私のほうは、中学生頃まで、自分の耳そうじを、兄にやってもらっていたwもちろん、兄の膝枕でww
「耳かき屋」の男性バージョンかwww
それを見た親父が呆れて、どっちが兄で妹なんだか、と苦笑していたが、
兄のほうもヘンな凝り性でw綿棒なんて市販のシャレたものは うちには ないから、薬箱の常備品だった脱脂綿を ちぎって湿らせ、マッチ棒の先端に巻き付けて、最後の仕上げは、それで丁寧に拭ってオシマイとしていた(笑)
さて、話を戻すと、
むかしの先輩格の同僚と、料理についての話題になったとき、
その同僚の甥っ子が小学生の頃、嫁いだ姉らとともに、実家に訪ねてきたおり、お寿司か何かの出前を注文し、そこで「お吸い物」くらいは つくらないと いかんかな、と強迫的に思い立ち、がんばって拵えた それを、
くだんの小学生の甥っ子に ただ一言、
「…まずい!」
と断定されてしまったんだそうな。
その話を聞いた私は、苦笑しつつ、さも ありなんか、と内心で思った。
というのは、彼女、仕事が できない人だったから。
そして、
文字どおり、「強迫」的な性格だった。
もちろん、クソが付くほど真面目なわけよ。
もう一人いた先輩格の同僚も、それに輪を かけてと言うくらいに、もっと甚だしく、仕事が できない人だった。
毎日、なかなか豪華な お弁当を持参してくる。
くだんの、まずい お吸い物を拵えた同僚が、ある日の昼休み、
「その お弁当は、いつも自分で つくってるんですか?」
と聞いてみたら、おかあさんがつくって、持たせてくれる、とのことだったと言うので、私は、
「そりゃーそうでしょう」
と、やっぱり思った。
本人が、自分で つくれるわけないし、その気もゼロでしょうよ、と。
ぜったいに そうだ、とまで言う気は ないが、
と言うのも、
私自身、料理するのが酷くメンドウになってしまうのは、
体力と気力の問題に加えて、
およそ「段取り」とか「要領」というものがマズイ、という自覚が あるからなのだ。
くだんの同僚たちについても、こんな私以上に「要領の悪さ」が甚だしかったゆえである。
【続く】